第78章:嫉妬する程可愛くて?
【SIDE:七森桜華】
春ちゃんとの交際から2週間が経過して、少しずつ関係に慣れてきた。
私が、じゃなくて春ちゃんの方がね。
最初は扱いがあまり変わらず不満だったけど、今はちゃんと女の子として接してくれる。
そんな彼は今、世間では人気者になりかけていた。
事の発端は例の女装モデル「HARUHI」とモデル「桜華」の兄妹モデルとして、芙蓉ブランドの広告をつとめたこと。
ついに全国的に広告が出されて、街中にも目立つように大きな広告が出されたりした。
自慢じゃないけど私は同世代の女の子の支持がある人気モデル。
世間的には知名度もそれなりにある。
春ちゃんはこれまで何度か雑誌程度にはのったことがあるけど、女装モデルとしては本格的なデビューになった(本人は嫌がってるけど)。
日本の大手化粧品会社の芙蓉ブランドは有名ですぐに話題になった。
『あの可愛い美少女は誰?』
メディアをにぎわすその話題。
やだ、照れるじゃない、お仕事もっと増えたりしたらどうしよう?
とか、思っていた私は予想外の事態を迎える。
世間を賑やかせているのは私じゃない。
『実は男の娘!?モデル、桜華の兄は美少年女装モデル。その秘密にせまる』
なんで現役モデルの私じゃなくて春ちゃんが人気になるのよ~っ!!
春ちゃんは可愛い、女装モデルバージョンは本気で美少女にしか見えない。
それはその場にいて圧倒された私も認める。
気弱な性格がお淑やかそうな女性を演出してることもある。
「私じゃなくて春ちゃんが次の芙蓉ブランドの広告なのは納得がいかないっ。咲耶さんっ、これはどういうこと!!」
事務所で私は社長になだめられながら、咲耶さんに文句を言う。
今日、次のお仕事の話をしにきた彼女はソファーに座って優雅な仕草で紅茶を飲む。
「貴方も知っての通り、春日の人気はかなりのものです。正直、これほど話題になるとは思いませんでした。芙蓉ブランドが次も春日に頼もうと思うのは当然ではなくて?」
「……私は抜きってどういうこと?芙蓉ブランドの契約的には私も入ってるんじゃ?」
「桜華も評判は悪くありませんわよ?でも、女子高生層からは人気はあっても、春日と並べてるとインパクトが違う。貴方の負け、プロな分かるでしょ?」
うぐっ、それはつまりモデルとして負けたということ?
「幸いにも春日は私の要求に逆らえません。次も使わせてもらって、今度は単独のモデルとしてね。桜華は……また次の機会にでも考えさせてもらうわ」
ガーン、完全敗北!?
私もモデルとしては自信もってやってきてるの。
それを可愛いからって新人の春ちゃんに負けたなんて、屈辱しかない。
私は咲耶さんの去った事務所で怒りにまかせて暴れる。
「うきゃー。何なのよ、もうっ!!」
「お、落ち着いて、桜華ちゃん。気持ちは分かるけど、業界じゃよくあることでしょ」
「そうかもしれないけど……春ちゃんに負けたのは嫌~っ!!」
社長や他の子達の制止もあり、私はようやく落ち着きを取り戻す。
うぅ、そりゃ、私だって春ちゃんが可愛いのは認めるわ。
話題性も十分にあるのも理解している。
広告塔として起用するのに十分価値があると咲耶さん達も判断したんだろう。
「春ちゃんは男の子なのっ!それを女性用化粧品の広告にするって……」
「いいじゃない。春日君、可愛いんだから人気も出るわよ?」
「……おにょれ、春ちゃんめっ」
ぶつけどころのない怒りを私はため込んでいく。
モデルとしてのプライドを傷つけられた事が許せないのっ。
家に帰るや否や、私は春ちゃんの部屋を襲撃する。
「こらっ、春ちゃんっ!!」
「お、桜華?何?一体、どうしたっていうんだ?」
「私は今、怒ってるの。どうしてか分かる?」
「……全然分からないけど、不機嫌なのは分かる。何かあったの?」
春ちゃんはいつものように園芸雑誌を眺めていた。
その横には自分の記事が書かれた雑誌が置かれている。
「ふーん。春ちゃん、自分の記事とか見るんだ?」
「え?あ、これは……その、クラスの奴から渡されたんだよ」
照れくさそうに言う春ちゃん、まんざらでもない様子?
「女装モデルに興味ないんじゃなかったっけ?」
「それはないよ。女装するの嫌いだし」
「……だったら、何でそんなの見るのよっ。自分の可愛さ、再確認?」
うぇーん、春ちゃんがナルシストの変態になっちゃった。
私が彼に詰め寄ると困った顔をしながら彼は言うんだ。
「誤解だって。別に僕の記事を見てたんじゃなくて……」
「だったら、何を見てたって?」
「……桜華の記事。この雑誌、桜華の特集が組まれていたから。僕の事じゃなくて、桜華のを見ていただけだよ?」
彼が雑誌を開くと、そこには私の記事がくまれていた。
今回の芙蓉ブランドのメインは一応は私だから……。
春ちゃんにこれほど人気が出るのは想定外だったの。
「桜華のインタビュー記事とか見てたら、本気でモデルに憧れてなったんだなぁって……。改めて桜華って自分のしたいことに努力して頑張る偉い子だなぁって思ったんだよ。桜華のそういうところ、僕も見習わなくちゃ……」
微笑みを浮かべて私を褒める春ちゃん。
私は頬を赤らめながら、嬉しくなる。
春ちゃんに褒められるなんて最高じゃない……って、騙されちゃダメー。
「それはありがとう。でも、それとこれとは話が違うの」
危うく怒りを忘れてしまいそうになる。
今日の私はそう簡単に騙されないんだからっ。
「私は春ちゃんに負けたんだよ」
「……ごめん、何の話か分からない?」
私が今日あった事情を話すと彼は顔を青ざめさせながら、
「はぁ……またしなくちゃいけないんだ」
「モデルとしてお仕事があるのはいいことでしょ!」
「桜華には悪いけど、好き好んで女装モデルしてるわけじゃないし」
春ちゃんはモデルに対してプロ意識がない。
むしろ、嫌悪感に近いものすらある。
私がモデルとして活躍するのには結構苦労もした。
その職業をバカにされている気がして悪気がないって分かっていても許せないの。
「春ちゃん。私は怒ってるの?なぜか分かる?」
「僕がモデルとしての自覚がないから?」
「それもあるけど……女の私より可愛いなんて卑怯じゃない」
「そーいわれても、好きで女顔じゃないから……むしろ僕は男らしくありたい」
それは春ちゃんから縁遠い言葉ね、永遠に無理そう。
華奢な体つき、女性同然の整った愛嬌のある顔つき。
睫毛も長くて、唇なんて男のものじゃなく、小さくて可愛いの。
これで男なんて誰も信じない、生まれてきた性別を本気で間違えたとしか思えない。
そんな美貌のある兄を私は少しだけ羨ましく、嫉妬してるんだ。
「私より人気になって悔しいじゃん」
「……そうかな?桜華だって今回の広告で人気出てるじゃないか」
「私なんて微々たるものよ。春ちゃんはワイドショーを賑やかせてるんだよ?」
私が引き立て役って言うのがそもそも納得できないのっ。
今のところ、春ちゃん事態は活動をそれほどしていないので直接は騒がれてない。
これから本格的に活躍したら、十分人気者になれると思う。
「……桜華が何を気にしているのか僕には分からない。けれどね、桜華は桜華じゃないか。これまで築き上げてきたものがある。もっと自信をもてばいいよ」
「モデル業界って需要がなくなったら終わりなの。人気を維持するのも大変なんだから。下手に敵を作ってもイメージダウンだし、気にして当然じゃない」
「桜華に余裕がないのは気のせい?いつもの桜華ならもっと自信満々じゃないか。桜華は可愛いよ、それは恋人である僕が保証する。だから、自信をもっていいんだ」
……春ちゃん、最高っ。
彼の一言で私は完全復活、凹んでいた気分も一新。
そうだよね、こんなところで終わる私じゃないもの。
春ちゃんはにっこりと笑う。
「桜華にはこれからもモデルとして頑張ってほしいよ」
「……うぅっ、春ちゃん。うん、頑張る。私、頑張るから」
応援してくれている人がいる。
その事が本当に嬉しい。
春ちゃんを気にしていた心の狭い自分が情けなくなる。
負けないように頑張ればいいだけじゃない。
ある意味、ライバルができたと思えばいいの。
「私、春ちゃんに負けないように頑張るわ」
「……その意気込みは僕としては微妙」
こうして、私は自信を取り戻したのだけど……現実はそんなに甘くない。
翌日、社長から新しいお仕事の話を聞かされた。
今度は雑誌の新作洋服のモデルのお話。
ファッションモデルは私の本業なので、いつもの事だ。
「昨日は荒れてたけど、ご機嫌は治ったの?」
「まぁ、気にしていてもしょうがないっていうか、私は私なりに頑張ります」
「その意気よ、桜華ちゃん」
その時、事務所のスタッフが電話を片手に私達に言うんだ。
「すみません、社長。話題の春日君を広告モデルにしたいって何社からオファーがあるんですけど、どうしましょうか?他にもメディア関係からも彼をとりあげたいって話もありますし。すごい人気者になってますね」
……く、悔しくないもんっ。
いいもんね、私はいつも通りのお仕事するから……悔しくなんて、ないんだから……。
うわーん、やっぱり悔しいよ。
私、春ちゃんなんかに負けないっ!!