第77章:兄妹でなくなる日
【SIDE:七森桜華】
春ちゃんからの待ち望んでいた告白。
喧嘩もして、ずいぶんと大変だったけど恋人になることができた。
無理やりじゃない、本当の意味での恋人関係。
モデルのお仕事中に咲耶さんにあったので、私は咲耶さんに事の経緯を説明していた。
彼女には恋人になる男の子を紹介してもらうつもりだったので断るためだ。
「それで、私に報告してくれたわけね」
「当日になって、断るのも悪いと思ったんですけど連絡先が分からないので」
「それはまた後で教えてあげるわ。うーん。でも、何ていうか、こうも簡単にいくと私としては面白みがないわねぇ」
面白みってまた何を企んでいたの?
「結果としてはこちらの思うとおりに進んでくれたからいいわ」
「あの、何の話ですか?」
「ふふっ。気にしないで。それより、桜華。貴方に紹介するつもりだった男の子って、実は用意していなかったのよ」
「……はい?」
咲耶さんの話はこうだ。
喧嘩していた時に春ちゃんからの相談を受けた彼女は、私に男を紹介するといって彼を追い込むのが目的だったらしい。
「人間って何だかんだ言っても、失ってみないと大切さに気付けないのよね。現実になって初めて分かる事もあるの」
他の男、恋人ができるかもしれないという喪失感が結果として春ちゃんを自覚させた。
だから、作戦としては間違っていないし、感謝すべきでもある。
それでも咲耶さんが何かしてくれるっていうのは……素直に頭を下げれない。
だって、絶対何か他に企んでいそうだもの。
「今回の件、一応、感謝しておきます」
「いいのよ。桜華には感謝されなくても。私が春日のためにしたことだもの」
「……ま、まさか?」
「今回のって大きな貸しだから、春日を芙蓉ブランドの女装モデルとして使わせてね」
くっ、やけに親切だと思ったら春ちゃんのモデル権が狙いだったのか。
咲耶さんらしい理由で私はため息をつく。
「春ちゃんがオッケーするならどうぞご自由に」
「ありがとう。春日は恩を仇で返す子じゃないから説明すれば納得してくれるもの」
ここまできて私や春ちゃんに断る権利などない。
春ちゃんは不本意だろうけど女装モデルでも何でもしてもらう。
「そういえば気になってるんだけど……春ちゃんって春日の事よね?お兄ちゃんじゃないの?呼び方変えたんだ?」
「元々、私は春ちゃんって呼んでました。もうお兄ちゃんは呼べないですから」
「恋人になるってそういうことか。隠そうとしないのは桜華らしいわ」
“兄貴”も“お兄ちゃん”も春ちゃんには使わない。
私達は義理の兄妹ではなく、恋人になったんだ。
今までは人前では“お兄ちゃん”と呼んでいたけどそれもやめることにした。
世間体もあるので堂々と恋人宣言はしないけどね。
「……来週ぐらいにまたお仕事を頼むわ。恋に浮かれないように。じゃぁね」
咲耶さんが去って私は肩の力を抜く。
あの人は苦手だ、でも、悪い人ではない。
「春ちゃんには私からも説明しておこっと」
また嫌な顔をするんだろうな。
春ちゃんは美人だから女装させてもよく似合う。
できればそれは独占しておきたい気持ちがあるけども、咲耶さん相手に反抗は出来ない。
下手に逆らわず、協力する方がいいと最近分かってきた。
敵にするより味方にした方がいいってね。
「……あのさ、桜華。ちょっといいかな?」
「ん?何?」
その夜、春ちゃんが真剣な様子で私を自室へ招く。
私はいつものようにベッドに座ってると彼は複雑な表情をしていた。
「何か顔色悪いけど、春ちゃん、具合でも悪いの?」
「今日、咲耶さんから事の経緯を聞いたんだ。桜華、どういうこと……?」
「あー、モデルの件?仕方ないじゃない。あの人が色々としたおかげで春ちゃんと恋人になれたらしいんだから。悔しいけど、逆らわないでね?下手に敵に回したくないから犠牲になって」
がっくりとうなだれる春ちゃん。
そんなに凹む事かな、モデルになるってすごいことなのに。
「……僕は普通の男だから。女装とかしたくない」
「可愛いから仕方ないじゃない。生まれ持った女顔を活かせばもっと人気出るよ?」
「人気なくていいから平凡に生きたいです」
春ちゃんは忘れているようだけど、前回の女装モデルHARUHIと私の広告ポスターは来週から全国で公開される。
後悔してる場合じゃないんだけど、面白そうだから黙っておく。
春ちゃんはもっと自分に自信を持てばいいのよ。
可愛い容姿なら可愛い容姿の自分を受け入れて、活用すればいい。
私は自分が可愛いと思ってるし、それだけの努力もしてる。
モデルとしての自信だってある。
……春ちゃんには弱気というか、心の強さを求めていきたい。
「いつまでもウジウジしてないで、受け入れればいいじゃん。モデル料として結構な額のお金ももらえるんだから。そうだ、来週、デートしよ?私も仕事がお休みだからちょうどいいでしょ」
「いきなり話が変わった」
「春ちゃんが凹みそうな話題から変えてあげたの。もうすぐ冬だから、冬物の服が買いたいの。いいでしょ、付き合ってくれるよね?嫌とは言わせないわよ?」
荷物持ちとして春ちゃんを利用する。
それ以上に、兄妹じゃなくて恋人としてのデートを早くしてみたいの。
「いいよ。桜華の好きな所へ行こう」
「……言ったわね?後で悔やんでも知らないんだからっ」
私がニヤッとして言うと彼は焦りだす。
「あっ、今のはなし。変な所へ連れていかれたら嫌だからなしです」
「ぶーっ。ダメだよ、春ちゃん。男の子なんだから一度言った事は守らないと……。ほら、男に二言はないってよく言うでしょ?それとも春ちゃんは女の子?どちらから?」
「……お、男です」
ちょっと意地悪な言い方だったかな。
春ちゃんをからかうのは恋人になってもやめられない。
「ねぇ、春ちゃん。ちょいとこっちに来て」
「こっち?」
春ちゃんも私と同じようにベッドに座る。
私は彼に身を寄せるように肌を触れ合わせる。
何もしなくてもこうしてるだけで幸せになれる。
「うぅ……桜華、暑苦しい」
「……春ちゃん。少しは空気くらい読みなさいっ。いい雰囲気だったのにっ!」
「ご、ごめんなさい」
幸せな時間を春ちゃんに邪魔されるなんて。
「ホント、鈍感な所は意識改革させなきゃいけない」
「僕はどうすればいいか分からないだけだよ」
彼には乙女心を理解させる必要がある。
まぁ、焦らなくても時間はいっぱいあるんだから、少しずつでいい。
「これから春ちゃんを本格的に私色に染めてあげなくちゃいけないわ」
「今まででも十分、桜華の好きなようにしてきた気がする」
「まだまだ甘いよ。本番はこれからなんだから」
私の言葉に苦笑いをする春ちゃん、拒否する様子はない。
「……でも、逆に春ちゃんも私を自由にしていいんだからね?分かってる?」
奥手な彼に何かできるとは思えないけど、私は彼にそう言った。
恋人と兄妹には大きな違いがある。
それをこれからもっと春ちゃんには理解してもらいたい。
私だってもっと幸せになりたいもん。
「いい、春ちゃん?私達はもう妹と兄の関係じゃないの……彼女と彼氏の関係なんだから、しっかりしてよ。大丈夫?」
「まだ恋人になって2日目だからよく分からなくて」
「言い訳禁止。自分で考えて私を満たしてくれなきゃダメなの」
私も当然、春ちゃんを幸せにしたい。
そうやって関係を重ねていくのが恋人だと思うの。
「……というわけで、何かやってみて?」
私のフリに春ちゃんは戸惑いながらも考えている。
少し前まで距離が離れそうになって、別れる事も諦める事も覚悟してた。
恋人になれたって言う事実を一番信じられていないのは私かもしれない。
私のために何かしようと考える春ちゃんの姿を見て私は微笑する。
大好きだよ、春ちゃんっ。