第72章:敵対する妹
【SIDE:七森春日】
桜華が僕に対して厳しい(?)のはいつものことだ。
しかし、敵意を持って接してくるのはこれまでと違う。
今ままでなら数日経てば、機嫌も良くなるのが普通だったのに。
「……男のくせになよなよしすぎ。邪魔よ、どきなさい」
朝、廊下で会っただけでとんでもない毒舌攻撃。
桜華は僕を嫌いになったというより、敵対視している。
僕が彼女を傷つけたあの事件から早5日。
険悪状態はさらに悪化していく、このままだとホントに関係が壊れてしまいそうだ。
「あんなに桜華を怒らせたのは久しぶりだよなぁ」
僕は昼休憩中にひとり、屋上で昼食を食べながら考えていた。
彼女に嫌われたかったわけじゃない。
怒らせたかったわけでもない。
ただ、僕は桜華に理解して欲しかったんだ。
恋愛をして交際をするのはいいことだと思う。
恋人と言う言葉に憧れる桜華の気持ちも分かっている。
けれど、僕自身が恋をまだ知らない以上、付き合うと言うのは間違いだと思うんだ。
桜華を泣かせて、悲しませてしまった時に僕は気づいた。
本当に桜華を好きになって、恋人になりたいって。
僕の中に彼女を思う気持ちは確かにあるのに。
どうして、桜華はそれを理解してくれなかったんだろう。
「僕の言い方も悪いんだけど、仲直りしたい……」
秋風を肌で感じながら僕は青空を見上げた。
心地よい風、僕は立ち上がるとフェンスにもたれながら中庭の方を見下ろす。
ようやく咲き始めたコスモスの花が中庭一面に綺麗な色を見せている。
まだ満開とはいかないけど、屋上から見れば十分に美しい花畑になっていた。
「……へぇ、ここから見下ろすと本当に綺麗ね」
いつのまにか、僕の横にいた咲耶さんが声をかけてくる。
「咲耶さん、来ていたんですか?」
「前の学校でも良く屋上に来ていたの。だから、クセみたいなものかな」
「……咲耶さん、前の学校からどうしてこの学園に転校してきたんです?」
僕は以前から気になっていた事を尋ねてみた。
咲耶さんが転校してきた白鳥女子高は有名な女子高だから余計に気になる。
「そうね。春日になら信頼できるから教えてあげるわ。私、あの学校で問題を起こしたの。恋愛絡みのね?意味、分かる?」
女子高で恋愛絡みってもしや、女の子に恋をして?
つまり、咲耶さんはそちら系の人?
彼女は僕の反応に微笑して「多分、違う事を想像しているわ」と言った。
「恋愛は恋愛でも、女の子じゃない。私はいたって普通の女の子だもの。私が恋をしていたのは教師よ。同じクラスの担任だった人でね、すごくよかったの。1年の時から恋人関係を続けていたわ」
「教師との恋愛ですか。それがバレてしまって?」
「えぇ、親も呼び出されて私は退学処分。相手教師はどこかの学校に飛ばされて、そこでお終い。でも、そういう相手に恋をしちゃったんだからしょうがない。後悔はしていないけど、ずいぶんと凹んだものよ」
夏休み前だった事もあり、1ヶ月と言う時間が彼女を復活させたらしい。
咲耶さんの意外な過去に僕は「恋って大変ですね」とつぶやく。
「大変だから恋なんでしょ。何も障害のない恋愛はつまらないもの。そういうキミはどうなの?桜華に恋しちゃってる?」
「いえ、桜華とは喧嘩ばかりしてますよ。数日前からかなり危険なくらいに、険悪モードです。どうしようか悩んでいます」
僕の事を話すと、咲耶さんは普段の桜華の態度から信じられない様子だ。
フェンスにもたれた身体を離して、僕に詰め寄る。
「え?本当に?あのブラコン娘が?嘘でしょう……あり得ないと思うわ」
「……桜華を傷つけてしまったのもあるんですけど、理解して欲しかった事もあるので、どうしても僕からは折れづらくて」
「ふたりとも意地になっちゃってるわけだ。どうするの、仲直りできそう?」
仲直り、できるとは今の段階では到底思えない。
だって、死ねとか言うんだよ、あの桜華が。
普段から悪口は言うけど、そういう事は言わない子だったのに。
「……僕は仲直りしたくても、本人の怒りがおさまらないとどうにもならないです」
「意地っ張りそうなタイプだから案外、長引くかもしれない。今日はモデルの仕事の件で会うから、その時に私の方からも気にしてみてあげる。春日も男の子なんだから、しっかりとしてあげないとダメよ?」
咲耶さんに言われて僕は「そうですね」と頷くしかなかった。
僕も桜華と喧嘩したいわけじゃない。
何とかするためにも桜華には怒りを抑えてもらわないと。
具体的にどうすればいいのかな。
……はぁ、気が重いよ、本当に。
放課後になって、部活へ行こうとしていたら偶然にも校舎内に桜華とすれ違う。
向こうもこちらに気づいて立ち止る。
無視とかされると思っていただけに、ちょいと安心。
「桜華。これから仕事なんだって?頑張って」
「……はぁ?何で兄貴に心配されなきゃいけないの?私がモデルするんだからうまくいくに決まってるじゃない、バカじゃないの?ていうか、バカだったわ。バカは近づかないでよ、バカが移ったらどうしてくれるのよ」
こ、怖い……いつもに増して桜華が怖いです。
僕を恫喝する妹は面倒そうに、
「さっさとどいて。私はアンタに何かかまってる暇はないの。どきな……さい、何よ?」
僕は咄嗟にすれ違おうとする桜華の身体を掴んでいた。
どうしても、ここで喧嘩ばかりしていたらダメになる気がしたんだ。
何でも早めに対処しないと後でひどい事になる。
「桜華。この間の事なら謝るから許して。僕が悪かったからそんな風な態度をとらないでよ。喧嘩したままなんて嫌なんだ……」
「うっさいのよ、兄貴。私はもう兄貴なんて知らない。そう言ったのは自分じゃない。私は兄貴を許さない、理解もしてあげない。だから、もういいでしょ?お互いに関わらないのが一番いい。うざい妹から解放されてよかったわね、兄貴」
「……それでも、僕は桜華の事が好きだから」
静まり返る廊下に響く僕の言葉。
僕ら以外に誰もいないからこそ言える一言。
「好き……?私が望んでいるのは妹としてじゃない。女として見てくれないなら、私は兄貴なんていらない。私はお兄ちゃんが欲しいんじゃないの、恋人が欲しいのよ。兄貴にその気がないなら、他の男の子と付き合う。それだけの話よ」
僕の掴んだ腕を乱暴に引き離す彼女。
こちらを睨みつける瞳は寂しそうで、泣きそうな目にも見える。
「兄貴も周りに美人ばっかり集まってるんだから、良い恋をして恋人作ってみればいいじゃない。私はもう何も言わないわ」
完全なる拒絶、桜華に拒まれた事が僕は辛くてショックだった。
「もういいでしょう。私も仕事があるの。相手している時間がないって言ってるじゃない。私は行くわ、それじゃね」
僕を相手にもしない、眼中にはない素振りを見せる。
廊下を去っていく妹に僕はこれまでにない焦りと悲しみを感じた。
「ど、どうしよう?桜華、マジで怒ってる……」
このピンチを乗り越える方法は……僕自身が恋愛を見つけないといけない。
「……何でこんなことになっちゃったんだよ、桜華」
人気のない廊下に立ちつくす。
しばらくの間、僕はずっと桜華の事を考えて悩み続けていたんだ。