第68章:男の娘って何ですの?《後編》
【SIDE:七森桜華】
春ちゃんが女装モデルとして使われる、その件に関しては私は大反対だ。
なぜならば、何かもが冗談ですませるお遊びじゃないから。
私が彼の浴衣女装写真を雑誌の掲載に許可した時はまだお遊びで済む話だった。
だから、悪ふざけもあって載せたけど、今回は違う。
芙蓉ブランドの広告用ポスターのモデルという事はモデルである私と同じ立場としての“お仕事”として載るという事。
それとこれとは話が大きく全然違うの。
「何が、男の娘よ。あんな女装趣味の男たちとうちの春ちゃんを一緒にしないでよね」
別に彼らに偏見があって言ってるわけじゃない。
私もモデルとしてそういう趣味があることは理解している。
けれど、春ちゃんは別に女装が趣味じゃない。
小さい頃からスカートはかせたりしているけども、それは本当に遊びでの話であって、彼自身そういう趣味はない。
嫌がる彼を無理やりっていうのは私の複雑な乙女心の表れだ。
好きな子ほど意地悪してしまうの。
「……それなのに、今回の展開は何?」
あの咲耶さんに気に入られたって言うのがそもそもの間違い。
相手が権力者である以上、私はなすすべがないのも事実。
私の春ちゃんに勝手なことをさせたくない気持ち。
でも、それが現実的にできそうにないという、私は複雑な心境を抱えている。
本当にどうすればいいのやら。
「とりあえず、春ちゃんが反対をしてくれればいいんだけど」
あの気弱な春ちゃんが咲耶さんに頼まれて断りきれるだろうか。
私の心配の種はつきない、はぁ……。
どうしてそこまで反対して、何が嫌かって?
答えは簡単、これ以上、彼に好意を抱く女の子が出てきて欲しくないの。
何だかんだいっても恋人にはしてもらえないし、妹のままだし。
ここで彼好みの可愛い子でも出てきたら、その子になびかれる気がしてたまらない。
「……鈍感過ぎるって言うのは本当に罪よね」
私は嘆きながら、彼が下手な事をしないように祈る。
その“祈り”がむなしく“怒り”に変わるのはそれから数時間後のことだ。
「……お・に・い・ちゃん、これはどういうことだ、くぉら!?」
私は控室にふたりっきりで春ちゃんを尋問中だった。
私がモデル事務所に来るとなぜか先に彼が来ていた。
しかも、今回の撮影の件をOKしたらしい。
あれだけ言ってあげたのに、それでも承諾するとは春ちゃんもおバカすぎる。
何をどう考えてそういう結論に至ったのかの説明を要求する。
「あれだけ私が珍しく優しく言ってあげたのに。何で、OKしたのかな?あん?」
「ご、ごめんってば……!?」
「言っておくけど、本当に冗談ですまないからね?」
「……だって、咲耶さんが……あ、いや、何でもないです」
さらに彼は私に隠し事までしているらしい。
それを黙って見過ごす桜華ちゃんじゃないわよ?
「何よ、今の。咲耶さんに何か言われたの?それとも脅された?」
「えっと、その、あぅ……」
「男の子だったらはっきりしなさい。事と次第によれば、痛い目見ずに済ませてあげる」
それは逆に事と次第よれば痛い目にあわせるという意味だけど。
おびえ切った彼は謝罪ばかりで何も話そうとしない。
ホント、この兄は頼りなさすぎる。
それが普段は可愛いと思う事もあるけど、今はただ普通にムカつくわ。
「だ、大丈夫だって。今回限りって約束だからさ」
「バカじゃん?一回限りであの人がすませると思う?ありえない」
絶対に一度OKさせたら、二度目は決定済み。
どう言いくるめるかは分からないけど、手段を選ばないはずだ。
だからこそ、最初の一回だけは絶対に阻止するように言ってあげたのに。
自分からこの世界に足を踏み入れてしまってるじゃない、春ちゃん。
「……はぁ、もういい。自分で決めた事ならこれ以上は反対しない。どうなっても私は今回ばかりは責任持てないわよ」
「いつも何かあっても責任を取ってもらった覚えもないんですが」
「うっさい。こっちは真面目な話をしてるの。いい?お兄ちゃんはモデルとして契約するの。そうなると、遊びじゃすまない。仕事としてきっちりとしてよね?そこだけは私もちゃんと一線引いて決めてる事だから」
モデルの仕事だけは中途半端な事をするのは許さない。
それは自分自身の事もそうだし、他人の仕事においてもそうだ。
遊びや半端な気持ちでされるのはものすごく腹が立つ。
この仕事だけは小さな頃から憧れてきたものだけに、こだわり持ってやってるのよ。
「おーい、おふたりさん。話あいはすんだかしら?」
頃あいを見計らうように咲耶さんが部屋へとやってくる。
諸悪の根源、憎しみで人を●●できればいいのに。
残念ながら実力行使するには相手が悪すぎるわ。
こちらもモデル業界でお仕事をもらえなくなるのは非常に困るもの。
権力者は怒らせちゃいけない、それは一般常識だから。
彼女は春ちゃんを別室へと連れて行き、スタイリストとメイクさんに任せる。
その間、私は打ち合わせをすることに。
今回の撮影のテーマとポーズ等の打ち合わせでいつもと何も変わらない。
相手をするのが春ちゃんだっていうことが一番大変なの。
「……一体、うちのお兄ちゃんに何をしました?」
「何って?いやねぇ、変なことをしたわけじゃないのよ?」
「だったら、どうして昨日まであれだけ拒否してた撮影に参加するんですか。何かしたとしか思えません。言っておきますけど、お兄ちゃんに何かしたら許しませんよ。それだけは覚悟しておいてください」
「ブラコン炸裂って感じね。兄思いの妹、行き過ぎればただの痛い子よ?」
……ああ言えばこういう、本当に相性が悪い相手のようだ。
私は苛立ちを必死に我慢しつつ、彼女と話を続ける。
「大体、彼は女装なんて本来はしないんです」
「そりゃ、彼は生粋の男の娘って感じじゃないもの。分かってるわよ。それくらい、趣味と強制されたものじゃ意味が違う。男の子でもスカートをはきたいって子はいるし、女装して楽しむ子もいる。春日のように妹に強制される子は極少数だと思うけどねぇ」
「……だったら、何で彼を今回の撮影に起用したんですか?」
「前にみた雑誌で私は運命を感じたわ。この子しかいないって。男の子が女装をするとどうしても、男の部分が隠し切れていないの。何気ない仕草とか、わずかな雰囲気が残るもの。それなのに、彼はそこを見せない。それが一番好きになった理由よ。それに春日は純粋でかわいいじゃない」
小さな頃から春ちゃんは女の子のように育ってきている。
元から彼を男らしいと感じたことがないくらいだもの。
それはある意味、当然のことなのよねぇ。
「今回の化粧品は一つのきっかけに過ぎないの。春日の起用で話題を集めて、次の本当の勝負に出る。それだけの話よ」
「お兄ちゃんは一回限りと言ってました……嘘をついたんですね」
「あらら?そうだっけ?私は覚えてないなぁ。一回だけ?私は試しに一度してみて欲しいって言っただけよ。本人だってやってみたら二度目は楽しくなるかもしれないでしょ?違う?否定はできない、そうでしょう」
「……どんな手を使ったかしりませんけど、二度目はないです」
私が二度目は阻止してみせるわ。
他人に私の春ちゃんを好き勝手されるのは本当に嫌なんだ。
「ふふっ、桜華って本当に春日一筋なのね……可愛いわ、そういうの」
軽く彼女に笑われてしまう、相手にもされてない感じがする。
「……そろそろ、春日の準備ができたみたい。行きましょうか」
私たちは撮影現場に向かうとそこにいたのは――。
「ウソでしょう?これは……」
その場にいた誰もが驚愕する、だって、私ですら正直びっくりしている。
素材が一流なのは知っていた、男だって意識がないくらいに可愛いもの。
だけど、そこにいたのは私の知らない春ちゃん。
長髪美人の大和撫子、どこから見ても完璧な美人な女の子がそこにいた。
身体のラインも抜群だし、何より、容姿の整った顔は本物の女の子そのものだ。
メイクさん、気合いれすぎ……と言いたくなるくらいに美人に仕上げてる。
本人がスカートを嫌がったんだろうけど、ショートパンツスタイルなのも気にならない。
長髪のウィッグをつけて、ロングストレートの髪型をしているために色っぽさもある。
「これは、さすがに驚くわ。春日が美人なのは分かっていても、想定外の美人さね」
「……そうですか、僕は怖くて鏡を見たくないんです」
「怖がる必要はないわ。どこに出しても恥ずかしくないもの。桜華、貴方はどう思う?」
咲耶さんからそう言われても私は「いいんじゃない?」的な台詞を言うしかできない。
だって、自分の心臓がものすごく高鳴っていたから。
ドキドキと高揚感が高ぶる、まずいってば……。
こんなハイレベルに仕上げてくるとは完全な予想外。
こちらがドキッとさせられるなんて思ってもみなかったの。
逆に私はこの状態の彼と一緒に仕事がしたいとさえ思ってしまう。
それが咲耶さんの罠だっていうのは分かってる。
それでも、私は……。
「……あのぅ、桜華。僕はどうすればいい?」
「私たちの言うとおりにしてくれれば大丈夫。心配しないで」
さきほどまで大反対だったはずの私も自分から手伝うくらいに今の彼を認めていた。
「ほら、お兄ちゃん。さっさと準備して。一応のモデル撮影についての手順を説明するから」
認めざるをえない、男の娘モードの春ちゃんは本当に美人過ぎる。
「……逆に悔しさを覚えるっていうのは自分として情けないかも」
相手が男だっていうのに、その事すら差し引いても負けてる気がするの。
まさか私のライバルが春ちゃんになるとはねぇ。
緊張と混乱の春ちゃんを私たちは全員でサポートしながら撮影開始。
ポスター撮影は順調に進み、その日のうちに撮影は終了。
その後、出来上がったポスターは一ヶ月後に公開されることになった。
……やばいなぁ、私……ものすごく楽しみになってる。
はぁ、春ちゃんが可愛過ぎて、撮影の2度目を反対する理由を失っちゃったかもしれない。