第65章:まさかの嵐
【SIDE:七森春日】
「もう一度言う?単刀直入に言えば、私は貴方が欲しいのよ」
咲耶さんのいきなりの告白!?
僕はドギマギして行動不能、むしろ、脳内パニック。
「大丈夫、安心して。後悔はさせないわ。私に付き合って?いいでしょ?」
「……え、えぇー!?」
予期せぬ告白イベントに驚きの声を上げる僕。
普通の精神をしている人間ならば当然そういう反応を示すはずだ。
そんな彼女は自分の発言の意味に気付いていないらしい。
「ん?春日、どうかしたの?」
「い、いえ、どうしたのって……」
「これから私に付き合ってほしいの。ダメかな?時間ない?できれば今日、時間が欲しいんだけども」
「……はい?時間って、あれ?」
何だ、何かがずれている気が……。
「これから行きたい場所があるの。部活で忙しいと思うけど、時間を作ってほしいのよ。お願い、春日。今日しかダメなの」
「そーいう意味ですか……」
彼女は僕をどこかに誘うつもりで「付き合って」と使ったらしい。
私と付き合って ≠ 私に付き合って。
単純ながらもそういう言葉の違いに気付けなかった。
くぅっ、定番の罠にまんまとはまった自分が悔しい。
何とか立ち直りながら僕は話を聞くことに。
「それで僕にどこへ行けと?」
「私が案内するわ。大丈夫、変な場所でも海外でも船の中でもない」
「僕はどこに売られていくんですか。まぁ、冗談はさておいても、部活がありますからすぐには……無理です?」
なぜか僕らに向けられた人々の視線。
気がつけば部員の皆が僕たちを見ていた。
うぅ、部長として本当に気まずいんですけど。
「部長、今日は帰ってもいいですよ?」
「そうです。せっかくのデートなんですから楽しんできてください」
「ここは私たちで後片付けもしておきますから。いってらっしゃい」
「ついでに今度何があったか報告してもらえれば嬉しいです」
部員たちの生温かい声援……僕の応援ではないのね。
咲耶さんはその反応を味方につけて意気揚々と言う。
「ねぇ、許可は出たみたいよ?春日、私に付き合って」
「……はぁ。そこまで言うなら、お付き合いしましょう。本当に変なことじゃないんですよね?」
「心配せずとも大丈夫。私を信じてね」
そのパーフェクトなお嬢様の笑顔に騙される男が多数いそうだ。
僕はそう感じつつも、咲耶さんには断り切れずに誘いに乗ることにした。
部活を適当に切り上げて、後を任せる。
すぐに僕らは校門へと向かうとそこには黒塗りの車が止まっている。
その前には桜華を連れていったあの黒服のお兄さんがいる。
どうやら彼は専属の運転手のようだ。
「お嬢さま、お待ちしていました」
「少し手間取ったわ。これから向かうから、運転をお願いね」
「かしこまりました。どうぞ、春日様」
僕はその人に案内されて、車に乗り込むことに。
車はどこかに向けて発進、こうなれば黙ってついていくしかあるまい。
車内はかなり広め、こういう車ってかなり高そうだ。
「咲耶さんって本当にお嬢さまなんですね」
「そう?別に普段から意識はしてないけど。普通の生活よりも少しだけいい思いをさせてもらってるだけ。そんなことより、聞きたいことがあるの。この前はちゃんと聞けなくて。結局、春日は桜華と仲がいいの?」
咲耶さんの質問に僕は様々なことが脳裏に浮かぶ。
桜華と仲がいい、それは極めて難しい質問なのだ。
「一応、兄妹としては仲がいいような、ちょっと普通の兄妹とは違うというか、どちらかといえば主従関係というか、せめて待遇の改善を望むというか……普通に兄と妹としての関係に憧れる時点でおかしいというか、妹に甘えられるのは夢だったはずなのに、なぜか……」
「おーい、春日?ぶつぶつと何を呟いてるの?大丈夫?」
「ハッ!?はい、大丈夫です。えっと、桜華との関係ですか?普通だと思います」
「……普通?お兄ちゃんラブって感じなのに、あれで普通?そう、私は世間に疎いからふたりが恋人みたいに思えたけど、違うんだ。あれが世間の兄妹の普通なのね。へぇ、私には兄妹がいないからわからないけど、そうなんだ」
彼女はそのことに納得した様子を見せた。
すみません、ちょっと嘘をつきました。
世間の兄と妹はあんな風な関係では決してありません。
むしろ、兄>妹ではなく、兄<妹という立場関係も普通ではないか、と。
言っていてものすごく悲しくなるのは気のせい?
咲耶さんは「義理の妹についてどう思う?」という質問を続ける。
「義理だといっても、本当に僕らが子供の頃に親が再婚してますから付き合いの長さで言うなら実兄妹そのものです」
「義理の兄妹って事は月並みだけど結婚もOKな仲のわけでしょ?血の繋がらないことで、一線を越えちゃうこともあったりして?嫌だ、そういうことって実際あったりするのかしら?ねぇ?」
「漫画やドラマの見過ぎです。実際には……似たようなことはあるような、ないような」
ちなみに言うまでもなく、僕が桜華を襲うのではなく逆展開だ。
過去数度、ひどい目にあわされかけてきている。
「あっ、でも……それなら春日は桜華のことをどう考えているの?」
「え!?」
「桜華は前からある噂があって、実は超がつくブラコンだってモデル業界では噂だったの。それが事実だっていうのは前回の対面のときに実感したけど、春日の方は?桜華に対してシスコン気味だったりする?」
「いえ、それはないです」
桜華の対応に困らされていることは多々あってもシスコンではない。
そりゃ、大事な女の子の一人では当然あるんだけど。
「そこを否定されると桜華が可哀想。春日は乙女心に鈍い、と……メモメモ」
「メモされても、困るんですが」
「あははっ、冗談よ、冗談。逆にシスコンです、じゃドン引きだもの。そっか、桜華とはそういう関係ではないんだ。ちょっと安心かな」
安心って何が?と尋ねることはできない。
しばらくすると、彼女はジッと僕の方を見ている。
「あ、あの、何ですか?」
「お願いだから少しだけジッとしていて」
彼女は僕の顔に触れながら何かを思案中。
何だろう、僕が何をしたというのだ?
「うーん。これは悩むわ、素材がよすぎるだけに贅沢な悩みが発生中。う~ん、この場合だと……それじゃ目立ちにくいか」
何やら思案中の彼女だが、顔が間近に来て僕的にはドキドキです。
女の子の顔面UPは正直、心臓によろしくない。
咲耶さんは金髪のキレイな美少女。
言うまでもなく顔立ちも整っている。
そんな少女が目の前にいて反応を示せないなら男ではない。
「……よしっ、決めたわ。もういいわよ、春日」
「一体、何だったんです?」
「それはついてからのお楽しみ。もうすぐよ」
車がたどり着いたのは繁華街の一角だ。
そこにあるビルの中に入っていく。
確かこのビルは桜華のモデル事務所の所有するビルで何度か来たことがある。
「ここって桜華のモデル事務所ですよね?」
撮影したりする場所も兼ねていると聞いている。
「そうよ、私の目的地はここなの。いいからついてきて」
内部に入ると数人の女の人に咲耶さんは話しかけていた。
僕も夏休み中の花火大会の時に会った人と会話する。
インパクトがあったせいか、僕のことを覚えている人が結構いる。
「……ふふっ、人気者じゃない」
「思い出したくない辛い思い出でもあります」
僕らが通されたのは撮影所の方だった。
そこにいたのはモデル会社の女社長、名前は神埼さんだったか。
「お久しぶりです、神崎さん」
「春日君。また来てくれたんだ、嬉しいなぁ。あら、隣にいるのは芙蓉さんじゃない。話は聞いてるわ。そう、“彼”を使うの?」
「はい。社長、その件でお話があるんです。お時間いいでしょうか?」
「私はいいけど、ちょっと待って。ついでに桜華ちゃんも呼ぶわ」
ぬわぁ、桜華!?
お仕事中だったらしい桜華が流行ものの服装を着てこちらに来る。
モデルバージョンの桜華を見るのは雑誌の中だけなので、結構新鮮かも。
「ん?何です、咲耶さん。私はあの件は反対だって言いましたよね?……って、お兄ちゃん!?何でここにいるの!?」
僕の姿を見るや否や、彼女は僕の襟首をグイッとつかんで、
「お兄ちゃん、何でこの人と一緒にここに来るのよ?本当にいいの?私はお兄ちゃんを守ってあげようと珍しく頑張ってあげたのに。もうっ、何でそんなにやる気なわけ?お兄ちゃんをそういう風に育てた覚えはあるけど、タイミング悪すぎ」
桜華が何やら怒鳴っているが僕としては理解できずに「何のこと?」と尋ねる。
そこでようやく彼女も何かを察したらしい。
「ま、まさか……。咲耶さん、お兄ちゃんには何も言ってないんですか?」
「当然。言って逃げられると困るもの」
「……この人、最低だ。やること、私以上に荒いわ」
桜華は咲耶さんにそう暴言をボソッとつぶやく。
「さぁて、メンバーも揃ったことだから本題に入るわね。明日の芙蓉ブランドの新作化粧品の広告ポスター用の撮影には桜華と春日、ふたりを採用したいの。桜華は今みたいな感じで、春日には……女装モデルとして担当してもらいたんだ」
あまりにも衝撃的発言で僕は口をパクパクさせるだけで言葉がでない。
今、咲耶さん……何をおっしゃりました?
前回の告白騒動に続きびっくりさせられてます。
「春日……貴方は“男の娘(おとこのこ)”として活躍してもらいたいのよ」
思わぬ彼女の発言に桜華は絶叫、神崎社長はなぜか嬉しそうに笑い、僕は……放心状態で立ち尽くすしかなかった。
……僕の人生、知らない間にバッドエンドフラグですか?
このまさかの嵐、文字通り、僕の人生を狂わせていくのだった。