第64章:貴方が欲しい
【SIDE:七森春日】
大変なことになりました、はい……。
僕は桜華の部屋に連れ込まれて拉致監禁の真っ最中。
ベッドに放り出されて激しい尋問が行われていた。
「いい?今後、咲耶さんに近づくのは禁止、OK?」
「いや、クラスは同じな上に隣の席だから無理です」
「……この私の命令に逆らうわけ?いい度胸ね、お兄ちゃん」
彼女はぬいぐるみをこちらに投げつけてくる。
桜華は何気にぬいぐるみ好きなので部屋には大量のぬいぐるみがある。
だから、僕はぬいぐるみに埋もれつつあった。
重い、どうしてこのぬいぐるみはこんなに重いんだろう……うぅ。
「大体、あの咲耶さんって何者よ?」
「桜華のスポンサー様だろ?」
「……それが気に入らない。権力者って大嫌いよ。偉そうに上から目線で言うこと言ってさぁ」
桜華は昼間の出来事を気にしている様子だ。
あの彼女がいとも簡単に強制退場させられるなんて。
咲耶さんの手強さは誰よりも強いと感じられる。
「あんまり下手に逆らわない方がいいんじゃ……」
「それがムカつくの。権力を盾にするのって気にいらなさすぎ」
「でも、そのおかげで、桜華もモデルに選ばれたんだろ?」
「そうだけど、そうだけどさぁ……気に入らないのよっ」
彼女が僕の上に覆いかぶさるように乗りかかってくる。
「うぐっ、おもっ……」
「今、重いって言った?」
「い、言ってません、です。それより、咲耶さんと仲良くしてみたら?」
「無理ね、無理。仲良くできる相手じゃない」
彼女を僕の身体からどかしつつ、説得を試みる。
ふたりが無暗に敵対する必要はないはずだ。
「そうかな?咲耶さんは桜華の事をモデルとして気に入ってるようだったよ?」
「そりゃ、気にいってもらえるのはいいけど、あの態度は何?」
「えっと、それは……」
確かにそれを言われると僕としてもフォローはしにくい。
悪意なき無自覚、それを罪と言えるかどうか、性格の問題もあるからねぇ。
「私との相性は最悪よ。それによりにもよって私のお兄ちゃんを狙うなんて……」
「狙う?それは何の話?」
「……いい加減、お兄ちゃんの鈍感さにはイラついてるんだけど?ちょっとは乙女心を考えなさいっ!それに昼の事だって、何を勝手に否定しまくってるの。私とお兄ちゃんはお試し交際中でしょうが。忘れたの、あん?」
僕は桜華に詰め寄られて「ごめんなさい」としか言いようがない。
だって、他人の前で恋人宣言するのには抵抗がある。
僕らはホントの恋人じゃないわけで……。
「そろそろ、本格的に既成事実を作るべきかな?」
「既成事実……その言葉の響きがとんでもなく危険な香りがするのは気のせい?」
「ストレートな表現にしましょうか?」
「いえ、いいです。しないでください、全年齢対象じゃなくなる発言は控えてください」
それはそれで大人の事情が絡んでるのです。
「……お兄ちゃん。私以外の女の子と何かあったら、潰すよ?」
こ、怖いよ、ヤンデレ妹。
「潰すって、マジで?」
「当然。私のものにならないなら、この世界から消すわ。覚えておいてね?」
桜華は僕を睨みつけて気が済んだのか、そのまま部屋を出て行く。
ブルブル、ガタガタ……震えが止まりませぬ。
「桜華に逆らえる日が来るのは遠そうだ」
髪色が戻ったら性格まで元に戻った気がする。
……とりあえず、様子見として大人しくしておくとしよう。
下手に逆らっても意味なんてない。
あー、本気になった桜華は怖いからなぁ。
「はぁ……。これって僕にも非があるのかな?」
僕はため息をついて彼女の部屋を出て行くことにした。
翌日、放課後になっていつものように部活をしていた。
今日は夏休み明け、最初の活動日だ。
園芸部は基本的には週2回ほど集まってする。
それ以外にも水やりなどでほぼ毎日行動はしているけどね。
「先輩、肥料をあげたいんですけど、予備は部室の方にありましたっけ?」
「肥料?どちらの奴、あっ、そっちの奴か。確か先月買ったのがあるはず。持ってくるよ。ちょっと、待っていて」
園芸部の部室は中庭の端っこにある倉庫のことだ。
すぐに部室の中に積んである肥料を持ちだす。
こう言う力仕事は僕ら男の仕事なんだ。
「……肥料はあげすぎに注意だよ。栄養過多でも、花はダメになるから」
「はーい。分かりました」
「こちらの容器に移し替えておくから自由に使っていいよ」
素直な子たちで物覚えもよく、僕としては後輩たちに教えるのも楽しい。
そうやって、後輩指導をしていると視界の端に風になびく金髪が見えた。
咲耶さんだ、と気づいたら隣にいたのはうちの妹だった。
桜華のモデル撮影は明日だし、何かあったのかな?
どうやら、桜華は騒ぐだけ騒いで怒った様子で去っていく。
「……また何か言い負かされたのかも」
桜華と咲耶さんの相性は本人も言ってた通りに悪いらしい。
やがて、咲耶さんの方がこちらに気づいて歩いてきた。
「春日、今日もお花の手入れ?毎日、大変そうね」
「好きでしている事ですから。それより、桜華と何か?」
「あぁ、見てたんだ?うーん、ちょっとねぇ?春日に関係ある事なんだけど」
「僕にですか?」
何だろう、嫌な予感がするのは気のせいだろうか。
「桜華に相談したんだけど、拒否されたから直接交渉するわ」
「あの、ものすごく嫌な予感がします」
「気のせいよ、気のせい。あのね、春日。私……貴方が欲しいの」
……今、何とおっしゃられました?
予感的中、全然、嬉しくないっ。
「全然、理解できないんですけど」
「もう一度言う?単刀直入に言えば、私は貴方が欲しいのよ」
今度ははっきりと、可愛らしい微笑み付きで言う彼女。
何度言われても言葉は同じ、欲しいってどういうこと?
「ね、ねぇ、あれって告白じゃないの?」
「きゃーっ。七森先輩と転校生の先輩からいきなり告白されてる~」
周囲にいた後輩たちがざわめきだす。
「……え?あれ?」
僕は混乱していて行動不能だ。
意味が分からない、どういうことですか?
「大丈夫、安心して。後悔はさせないわ。私に付き合って?いいでしょ?」
「……え、えぇー!?」
脳内回路が繋がるのにものすごくタイムラグが生じていた。
大声で叫ぶ僕に笑顔の咲耶さん。
いきなりの告白、今度は一体、どういう展開!?