第62章:桜華の天敵《前編》
【SIDE:七森桜華】
今朝の始業式、私はとんでもないものをみせられた。
体育館に集まり、始業式が始まるのを雑談しながら待っていた。
「ねぇ、あれって七森先輩じゃない?」
友人の和音が指差す方向。
いきなり、ざわっと場の雰囲気が慌ただしくなる。
「ん?うちのおにーちゃんがどうしたっての?いつもながら、私の春ちゃんでしょ……?え、えぇー!?」
周囲の生徒同様に私も騒がずにいられないでいる。
なぜならば、そこにいたのは……。
「な、なんで?春ちゃんがメイクなんてしてるの!?」
あの女装嫌い(いつもは強制的)の春ちゃんがまさかのメイク姿。
いつもの女顔がメイクアップで美少女と化している。
うわぁ、めっちゃ可愛い。
本人は周囲のざわめきにうんざりと言った様子。
元から素材は抜群に良いもの。
それをこんなにも可愛く仕上げたのは誰?
「は、春ちゃんが女体化した!?何よ、あれ?誰があんな真似をしたの?」
「え?桜華じゃないの?いつもの悪戯でしたんじゃ?」
「違うって。いくら私でも普段からさせてくれるわけないもの。それに、あんなに綺麗なメイクなんて……プロの犯行じゃない?」
そう、私が彼を女装させる時は休日のみ。
平日にさせようものなら、春ちゃんの本気の抵抗で成功した試しがない。
それをいとも簡単に実現させた人物がいる、ということ。
私は誰なのか分からずにいる。
その注目の的、春ちゃんの隣にいるのは金髪の女の人だ。
彼女にも視線が集まっている。
「ん?あの人、どこかで見た気がするような……んー、思い出せない。誰だっけ?」
あの子が春ちゃんがさっき言っていた転校生かな。
金髪許可、ということは地毛かしら?
髪と言えば、私もそろそろモデルの仕事のために黒髪を染め直さないと……。
春ちゃん好みの黒髪ストレートを泣く泣く仕事のために、前の状態に戻さなきゃいけないの……かなり複雑な心境ではある。
「まぁ、あとで聞けばいいか」
私はそんな風に軽く考えていたの。
それが間違いだと気付くのは、それからあと数時間後のお話。
放課後になって、私は春ちゃんに連絡をとるも、携帯には出ず。
携帯電話を持って来ていないという事はないはず。
学校の玄関を見ると、まだ靴は置いてある。
ということは学内にいるのかな。
私は信吾さんの所へ行ったり、うろちょろして学内を捜索。
「あっ、ようやく発見!もうっ、携帯に電話しても繋がらないし探したじゃない」
やっと見つけたと思ったら、春ちゃんは謎の金髪美少女と一緒にいたの。
「始業式の事も聞きたくて……って、隣の女の子は誰?」
私が声をかけると春ちゃんは身体をビクッとさせて動揺する。
何だ、この震え方は……怪しい。
長年、この兄を間近で見つめ続けてきたからこそ分かることがある。
けれど、私たちの間に入り込むように隣の美少女がきた。
そして、とんでもない事を口走りやがったの!
「別に、貴方には関係ないでしょ?私の春日に何か用事でも?こちらはデート中なの」
最初はその言葉の意味を理解できずにいた。
デート、そうか、デートしてたんだったらしょうが……ない……って、でぇと?
「な、何で!?で、でぇと!?どういう意味なのよ、こらぁ!!」
私は思わず春ちゃんに怒鳴る。
デートってどういう意味か詰め寄ると、彼を守るように彼女が私の前に出た。
「どういう意味?教えてあげましょうか?」
「ていうか、アンタ、何様のつもり!?うちのお兄ちゃんとどーいう関係なの?」
「何様?貴方、仕事をしているのなら口のきき方に気は気を付けた方がいいわよ。桜華、私は貴方のスポンサー様よ、覚えておきなさい」
「すぽんさー、さま?はい?」
意味不明、すぽんさー……スポンサーってまさか!?
今度は私がドキッとさせられる番だった。
「自己紹介するわ。私の名前は芙蓉咲耶。貴方のモデル契約をしている芙蓉ブランド、芙蓉化粧品会社の会長の孫娘でもあるの。私を怒らせると、契約破棄っていうのもありえるから言葉遣いだけには注意しておいてね?」
「……は、はぁ!?芙蓉ブランドって……あーっ!?前にオーディションで見た、あの審査員のひとりだった女の人!?」
私はどこかで見たことがあるずっと思っていたけどようやくその謎が解明できた。
そうだよ、前のオーディションの時に見かけた人だ。
私は血の気の引く思いをさせられた。
この人を怒らせる → モデル契約の打ち切り → 私のモデル人生に傷がつく。
うわっ、それだけはマジで嫌だってば!?
大手一流化粧品メーカー、芙蓉ブランドのご令嬢を敵に回すのはまずい。
私は素直に頭を下げて謝る。
「――どうも、すみませんでした」
「……呆気なく態度を変えたなぁ」
うっさいよ、春ちゃん。
世の中、うまく渡って行く時には嫌な相手にも頭をさげる時があるの!
内心は苛立ちMAX、いつか闇討ちしてやりたい。
「春日。それが現実ってものなのよ。桜華にとっては初対面みたいなもの。今の無礼は許してあげる。次は気をつけて」
「は、はい……。で、でも、それとこれとは話が別です。私の兄とデート、ていうか、私のものってどういうことですか?」
私は慣れない敬語をフルに使って相手を牽制する。
下手に怒らせたくないから、いつもの調子では言えない。
これが宗岡先輩ならまだ言い返せるのに、嫌なタイプだ。
「そのままの意味よ。私は春日が気に入った、だから私のものにする」
「……我が侭言いすぎ、です。今日会ったばかりでしょう?」
「実際に会うのはそうよ。けれど、私が貴方を知っていたように春日の事も以前から興味を持っていたの」
私は春ちゃんを奪えかえすために強引に引っ張る。
「お兄ちゃんは渡しませんから」
「ブラコンって噂は聞いてたけど、本当なんだ?」
「私はブラコンじゃありません。お兄ちゃんの恋人ですから!」
そうよ、私は春ちゃんの恋人なんだからね。
彼を狙おうとか無理だし、私が邪魔してやるからさ(あらゆる意味で)。
「……近親相●って日本の法律的にOKだったかしら、春日?」
「あの、僕らは義理の兄弟ですから。その辺は問題はないです、ただ、僕らは恋人じゃ……ひっ!?あ、お、桜華!?」
「あん?お兄ちゃん、まだそんな寝ぼけたこと言ってる?夏休みの旅行の時に言ったはず?私たち、恋人なんだって」
まだそんな事を言うか、いい加減にその辺を思い知らせてあげないと。
「……自称、だったような気が」
「これから帰ってその件について話をしましょう。教えてあげるわ、身を持ってね」
私はまだ自称とか言う春ちゃんに怒り心頭、こんな場面で下手な隙を見せるな。
「へぇ、自称なんだ?桜華、自称の恋人ってどんな意味があるの?ぜひ、教えて欲しいわ。ねぇ、知ってる。片思いって、片方だけの一方通行って意味なのよ。幼稚園児でも知ってる」
「そ、それくらい知ってるし!……じゃない、知ってます」
誰が片思いだっていうの、私はこーみえてもキスまでしてるんだからね。
……私の方からばかりだけど……春ちゃんからしてくれる事はほぼ皆無だけど。
やばい、ここで自信なくしたら私の負け。
こう言う相手にはわずかな隙も見せないっていうのが常識なのよ。
私は春ちゃんの手を引いて強引に連れ出す。
「ほら、もう帰ろう。いいから、早くっ!」
「……あら、もう帰っちゃうの?春日にはまだ学校案内してもらってる途中なんだけど?それより、桜華……貴方には貴方のすべきことがあるでしょう?最優先事項でね」
「私のするべきこと?」
彼女は私の髪にいきなり触れてくる。
ふわぁ、な、何するんのよっ!?
「これよ、これ。明後日には次の新作の化粧品のポスター作成の写真撮影があるはずよね?うちの新商品、まさかこんな黒髪ストレートで撮るつもりではないでしょ。モデル桜華のイメージをぶち壊す気?」
「ごめんなさい……明日、ちゃんと染めて髪型も変えてきますから」
「何で、夏休みの間だけ戻したのか知らないけど。貴方の魅力を殺す真似はしないで。私が貴方を気にいったのは桜華には同世代の女子が憧れるだけの魅惑があると感じたからよ。つまらない真似されても困るわ」
うぅ、お仕事関係については私の我が侭で染め直してるから何も言えない。
彼女は私を責め続け、もとい、説教をしてからどこかに電話をかける。
「えぇ、お願い。今から行かせるわ。……桜華、今日はこのあと予定はないようね?」
「別にないですけど?これからお兄ちゃんと……」
「春日は私の学校案内を続けてもらうの。そして、貴方には私からプレゼントよ。今から私の行きつけの美容室の予約を取ったの。そこでその髪をセットしてもらってきなさい。すぐに迎えの者がくるわ」
「……え?あ、いや、私は自分のお気に入りのお店があります」
この人、私を強制退場させる気だ!?
私は何としてもここを離れるわけには……って、誰か来た。
「お嬢様、お迎えにあがりました。桜華様はこちらの方ですか?」
「この子が桜華よ。すぐに連れて行って。帰りは家まで送ってあげなさい」
「……い、いいですってば!?」
「心配しなくても費用もこちら持ちよ。貴方の事はモデルとして気に入ってるの。明日からの撮影は最高の状態で貴方には撮影に挑んでもらいたい。どんな綺麗な姿を見せてくれるか、楽しみよ。明後日は私も現場に行くから、そこでまた会いましょう。さよなら」
何がさよならだ、何が撮影よ、私をこの場から追い出したいだけじゃない。
「お兄ちゃんと一緒に……ちょ、ちょっと、私を連れてどこに……うわぁーっ!?」
私は黒服のお兄さんに連行されてその場から連れ出されてしまった。
あぅあぅ、私の春ちゃんが魔性の女のえじきにされちゃう。
あーっ、もうっ、権力って奴だけは大嫌いだぁ!!
私の心の叫びは廊下に響くことなく、私はそのまま美容室に直行することに。
あの女、絶対に許さないからね……。
春ちゃんも家に帰ったら、言葉にできないお仕置きをしてやるわっ。