第60章:転校生はワケありお嬢様?
【SIDE:七森春日】
9月1日、長かった夏休みも終わり、新学期が始まろうとしている。
僕は朝早くから校庭の花壇の水やりをしていた。
間もなく開花するコスモスの手入れのためだ。
園芸部には学校側からの依頼も多々あり、花の管理を主に任されている。
そのおかげでちゃんと予算もつけてもらえるので、頑張らないといけない。
他の文科系と違い、地味ながらも学校側から優遇されているのは理由があるのだ。
朝早く、登校してくる人々の中に見慣れない女の子が目の前を通って行く。
別に学園全ての人間を知らないし、初対面の人間くらい当然いるのだが。
「綺麗な金髪だな。あれは地毛か?」
そうなのだ、うちの学園では残念ながら髪色は茶までOK、金はアウト。
金髪なんて染めてきたら、即指導室行き。
まぁ、そんなわけで、確実に指導を受ける人間が堂々と歩いているわけもなく。
考えられるのはハーフか、クォーターのどちらか。
つまりは地毛でなければありえない。
それにしても髪色に目を惹かれたが、容姿もずいぶんと綺麗な人だ。
金髪の長髪美人は校舎まで歩こうとして……なぜか、こちらに戻ってくる。
彼女は僕の手前にいた女子生徒に話しかけた。
「あの、職員室はどちら?」
「職員室?あぁ、それならこの校舎に入ってすぐの角を右に曲がると突き当たりにありますよ。部屋の前に職員室って書いてあります」
「そう。ありがとう。貴方、いい化粧品を使ってるわね。悪くないわ」
彼女はそう呟くと、女の子は嬉しそうに「そうですか」と笑う。
どうやら、彼女にしてみればその化粧は自慢のものだったらしい。
「……さて、さっさと面倒事は済ませてしまいましょうか」
金髪美人はそのまま職員室の方へと消えていく。
「うーむ。何だろう、転校生か?」
何て僕が考えていると真後ろから迫る音。
僕は咄嗟に振り返ると、猪突猛進とばかりに衝撃が襲う。
「おはようっ、お兄ちゃん~っ!」
「ぐわっ……!?」
「ぐわって何よ、むぅ。そんなに力強くしていないし」
「いてて……いきなりは勘弁してください」
僕に衝突してきたのは義妹の桜華だ。
今日もいつもと同じテンションの高さ。
僕は吹き飛ばされかけたのを必死に踏ん張った。
「で、今、何かあったの?ぼーっとしていたけど?」
「ん?えっと、見慣れない人がいたから気になって。転校生かな」
「あー、新学期だもんね。どの学年かにひとりくらいいても不思議じゃない」
新学期明けは転校生もあり得る話だ。
あの金髪美人さんは年上か同い年かは知らないがどこかのクラスに入るんだろう。
「……それで、その人は女の子?」
「さぁて、水やり、水やり」
「くぉらっ。無視するなぁ……怪しいわ、お兄ちゃん。密かに狙ってる?」
「狙ってない、狙ってない」
僕は慌てて首を振って否定する。
僕が女性に興味を持つ事は……ちょっと待て、ここでそれ自体を否定するのはまずくないか……いや、まずいだろう。
女性に興味がない → え?もしかしてアレな人 → 僕に対して軽蔑のまなざし。
その流れが容易に想像できるので、それは否定せずにおく。
恋愛対象になる女性に興味は今のところない、としておこう。
「そんなことより、桜華。ちょっと水やり手伝ってくれ。時間がないから、さっさとあげないと……。そっちのホースを持って」
「わざと通りがかりの女の子を水で狙うのね。『きゃっ、冷たい』『ごめんなさい、大丈夫ですか?』『えぇ、少しだけかかっただけですから』『すぐに乾かさなくちゃ。とりあえず、保健室へ……』と言う流れなわけね?」
「なぜに保健室に連れ込む流れになるのか到底理解できない」
保健室に連れ込んだあと、どーするのか聞きたいような聞きたくないような。
そんな感じで桜華と会話しながら朝の水やり終了。
僕はそのままクラスへと時間ギリギリに入る。
クラスは久しぶりに会うクラスメイト達でにぎわいを見せる。
いつもの3割増し、うるさく感じる。
そりゃ、久しぶりだからねぇ。
「おぅ、春日。来たのか。さっそくだが、耳よりの情報だぞ」
約ひと月ぶりの城之崎との再会だ。
彼がそんな風に話しかけてくるという事はあの話かな?
「ん?もしかして、金髪美少女が転校してくるって話?」
「おっ、何だよ。知ってるのかよ。アレらしいぜ、親が日本人と外国人とのハーフらしい。めっちゃ綺麗な金髪の子だってよ」
「朝、その子を玄関付近で見かけたんだ。そっか。このクラスに転校してくるんだ」
なるほど、「どんな子なんだろう?」「噂じゃ美人らしいぜ、マジで」などと言う会話があちらこちらで聞かれるようにこの騒ぎはそれも含めているようだ。
僕は窓際の一番後ろの席に座りながらHRが始まるを待つ。
「……放課後、どうしようかな。花の世話は明日に皆でするし、水やりだけにしておこうかな……そろそろ、冬用の花も植えておかないと……」
僕はぶつぶつと考え事をしていた。
気がつけばチャイムは鳴り、先生が入ってきて「転校生を紹介する」と言う定番のセリフをつぶやいていた。
扉が開き、入ってきたのは朝も見た金髪美少女。
「彼女の名前は芙蓉咲耶(ふよう さくや)。あの芙蓉ブランドで有名な芙蓉化粧品会社がご実家だそうだ。彼女は私立白鳥女子高校から転校してきた。ちょっと不慣れな面もあるだろうが仲良くしてあげてくれ」
……白鳥女子高?
都内で中高一貫のお嬢様学校で有名なあの高校からこんな中途半端なタイミングでの転校って何かあったんだろうか?
しかも、誰もが知る化粧品メーカー、芙蓉化粧品会社のご令嬢……。
そういえば、桜華もそこの宣伝モデルしているんだっけ。
彼女は凛とした背筋を伸ばして前に立つ。
そう言う仕草ひとつに育ちの良さを感じる。
「はじめまして、芙蓉咲耶と言います。ワケあって、こちらの高校に転校することになりました。少し、世間一般の常識に疎い面もありますが、よろしくお願いします」
おおっ、いい感じのお嬢様だね。
金髪っていうのを、おいといたら大和撫子っぽい。
僕的には名前に咲くという字が入ってるのでいい名前だなって好印象。
「何でこの高校に転校してきたの……?」
ふと、誰かがそんな質問を彼女にしていた。
彼女は少々、困った顔をしながら言うのだ。
「……あまり詳しくは話せませんの。すみません」
そういう秘密めいたところが人の心をくすぐるのだろう。
既にクラスはざわめき状態、相手は見た目麗しくスタイル抜群。
そりゃ、人気もでるだろうな……と他人ごとに感じていた。
「おい、お前ら、静まれ。ったく、美人だからと騒ぐな。まぁいい。えっと、芙蓉は……そこの一番奥の席に座ってくれ。七森、隣の席だ。彼女の世話を頼むぞ?あとで適当に校舎内も案内してあげてくれ」
「え?あ、はい……?」
なぜか僕が彼女の世話をすることに。
まぁ、適当に話せばいいか。
とりあえず、HRは終了、これからは始業式が始まる。
僕の隣の空いている席にくる、芙蓉さん。
彼女と僕の視線が交差する。
「これからよろしくね……あら?」
髪色は明るい金色だけど、瞳の色は日本人っぽい普通の色をしている。
「……えっ、貴方……七森春日?」
「はい?そうだけど……初対面だよね?」
少なくとも僕はこんな美少女と出会った記憶はない。
何で彼女が僕の名前を知っているんだ?
気になっていると、彼女は僕の顔をマジマジと見つめてくる。
「やっぱり、そう。貴方が春日だったのね。貴方に会えて嬉しいわ」
彼女はにこっと微笑みを僕に向ける。
クラスメイト、さらにざわめく……あの、僕もざわめきたいです。
彼女はちょっと勢い余って僕の手を握る有様。
何でこんなことになってるのか、僕が知りたい。
というか、美人に手を掴まれたら嫌でも照れてしまうわけで。
「ふふっ。ごめんなさい。貴方にとっては初対面だもの。驚くのも無理はないわ」
「えっと、何で僕の名前を?」
「だって、私は貴方を見たことがあるもの。あれは半月ぐらい前の花火大会。ちょうど、モデル会社の社長に偶然会って挨拶をしていた時よ。男の子なのにものすごく可愛らしく浴衣を着ていた子がいたの。知りあいに尋ねたら、モデルの桜華のお兄さんだって。ずっと貴方の事を気にしていたのよ。もう一度会えて嬉しい」
僕の中では忘れていたい記憶、最近の記憶では雑誌に載った件を含めた黒歴史だ。
「ファッションモデルの桜華。彼女はうちの化粧品の商品宣伝モデルだから余計に気になっていたの。あっ、貴方の写真が載ってる雑誌も買ったのよ。とても女の子みたいで男の子には見えなかった」
「それは机の奥深くに封印しておいて欲しい現実です」
「ん?あんなに可愛らしいのに。普段は女装していていないのね」
「当然。あんなのは桜華の我が侭でなければしていません」
そんな趣味の持ち主ではない事を僕は全力で伝える。
「……それにしても、こういう形で貴方に会えるなんて思ってなかったから。やだっ、私、ちょっと緊張しちゃうかも。ねぇ、さっそくだけど、お願いしていい?」
彼女はそっと僕の頬にその指先を触れてくる。
僕の心臓の心拍数増加中、え?あ、あの?何を……!?
「もう、ずっと我慢していたの。貴方に会ったらしてみたいって……」
そのまま彼女は僕の方へ顔を近づけてきて……。
うきゃー、何が一体、どうなるんだ!?
転校生はワケあり美少女のお嬢様、彼女が秋の嵐になるのは間違いない――。