第59章:私だけを愛して欲しいの
【SIDE:七森桜華】
「――私の事、好きだって言ってくれたじゃない」
いつしか降り出した雨が窓の外を打つ、私は目の前にいる兄にもう一度だけ言う。
「好きって言ってくれたのは嘘なの?」
「変な誤解をさせたのはすまない」
「そう……あの言葉は嘘だったんだ?最低だね」
私は彼を非難することしかできなくて。
でも、彼は私をちゃんと見ようとしてくれなくて。
それが悔しくて私は彼に無理やり抱きついて見せる。
「でも、もう遅いよ……。お兄ちゃんは私のもの。他の誰にも渡さない、触れさせさせない。そう、私は決めたの。お兄ちゃんを何としても私のものにするって」
「……僕らは兄妹なんだぞ?付き合うなんてありえない」
「ありえない?あははっ、そう言う事まで言うんだ」
私の中で何かが弾けて砕け散る。
どうせ、手に入らないのなら、私がこの手で壊せばいい。
「言ったでしょ。もう遅いって……」
「な、何をする……つもりだ……?」
もう貴方は動けない、永遠に私のものにしてあげる。
私の腕の中で彼は力を失うように倒れる。
「お前、僕に……何を……したんだ?」
「さぁ?何でしょう?バイバイ、お兄ちゃん。私が永遠に愛してあげる」
お兄ちゃんは罪を犯したの。
私を愛していると言っておきながら他の女の子と付き合うような真似をした。
私を裏切った、妹であるこの私を……。
許さないからね、絶対に許すはずがない。
「……お兄ちゃんに必要な存在は私だけなんだ」
口元に微笑を浮かべながら、意識を失った彼の頬を私は撫でる。
「大好きだよ、お兄ちゃん」
もう彼は私だけのものだ、誰も手を届かせたりしないの。
彼に触れることができるのは私だけ――。
「大好き、大好き、大好き……――」
……。
という、映画を観ました、めっちゃホラーじゃん!?
「や、ヤンデレって怖いなぁ……」
世の中にはこんな怖いヤンデレ属性と呼ばれる人間がいるらしい。
私はこんな人間にはならないよ。
病んでるからヤンデレ……世の中は広いね。
愛してるって言ってもこんなに怖い人になりたくないもん。
「僕はそれを見ているヤンデレ妹を見るのが怖いです」
「うわっ!?い、いきなり背後から声をかけないでよ」
シャワーを浴び終わった春ちゃんがリビングにきた。
私は彼を待っている間に見た映画にビビっていた。
「私、ヤンデレじゃないからね?」
「……そう、信じているよ」
「ホントだってば。私はこんな風にお兄ちゃんを監禁したりしないもん」
やだぁ、私って春ちゃんにそんなに信頼ないわけ?
「私が力づくでお兄ちゃんをどうにかするなら、とっくの昔にお兄ちゃんは私のものになってるでしょ?分かってる?」
春ちゃんは私に呆れた顔を見せて言うんだ。
「やっぱり、桜華はヤンデレ系だ」
「違うのっ。私はヤンデレじゃありません。もうこの話はお終い、はい、テレビも消します」
私が不利になったので「劇場版ヤンデレ妹の逆襲」を見るのをやめる。
「……ヤンデレ妹の逆襲って。逆襲も何も襲うのは常にヤンデレさんの方では?」
「なぜ、私の顔を見て言うの?」
「自覚がないのって怖いと僕は本気で思います」
とりあえず、その話を終えて私は向き合うようにソファーに座る。
「さて、私とお兄ちゃんの恋人関係についての話し合いだっけ?」
「違います。僕の夢の話じゃなかったのか?別に話さなくていいならそれでいいけど」
「冗談だって。そちらも重要だけどね」
春ちゃんの夢、私が知らない秘密。
私は期待して彼の言葉を待つ。
「簡単に説明すると僕の夢はフラワーコーディネーターになることなんだ」
「……ふらわーこーでぃねーたー?」
「ほら、結婚式とかで花を飾ったりしている空間演出する人の事だよ」
「そうなんだ。……え?それだけ?」
何かもっと壮大な夢やロマンがあるから隠しているのだと思っていた。
人に言えない秘密の夢ってフラワーコーディネーターなの?
「それだけって……」
「あ、ごめん。別にお兄ちゃんの夢を否定するつもりはなくて。何ていうか、もっと人に話しにくいものなのかなって。世界征服とか、ハーレムを作ってうはうはとか」
「……どこの小学生の夢ですか」
そっかぁ、お花関係の職業につきたいんだ。
いいじゃない、春ちゃんらしくて私は応援したいよ。
「で、どうしてそれを隠す必要があるの?」
「花関係の夢を小さい頃に笑われたことがトラウマだったから」
「えっと……そんなことありました?」
「ありました。思いっきり笑われたんだ。それがすごく傷ついて桜華には話さないでおこうと思ってたんだよ」
小さい頃の私、何を余計な事をしてるのよ。
春ちゃんを警戒させてどうする。
過去の自分を叱責しながら私は彼に笑みを見せた。
「いい夢だと思う。お兄ちゃんなりにずっと考えていた夢なんだよね?」
「まぁ、それなりに」
「なら、いいじゃない。私は応援するよ。フラワーコーディネーターになるにはどうするの?専門学校に行ったりするわけ?他に何かすることとかあるのかな?」
「そのための資料をこの間、白雪さんにもらったんだ」
なるほど、あの人が影でこそこそしていたのはそれが理由か。
宗岡先輩は今、進路関係で進路指導室に行くことが多いのでそういう資料も手に入れたんだろう、それで春ちゃんの参考になった、と。
ええいっ、あの人め、そんな程度のことで優越を得ていたなんて……ちょっぴり悔しい。
春ちゃんは下手に隠すから余計に怪しく思えたの。
もっと親密な関係だったらショックだけど、その程度なら許す。
「……お兄ちゃん、私と約束して欲しい。お互いに隠し事はなしにしましょう」
「秘密と名前がついたものに飛びついてくる桜華に隠し事をしても意味がない」
「え?そこ?いやだなぁ、隠されたら知りたくなるのは人の性でしょ」
秘密と言うのは暴きたくなるものだもの。
「それに私たちは恋人なんだから、隠し事なんてしちゃダメ」
「前にも言ったけど、あくまで自称だからね?僕は認めてないし」
「……自称恋人に何の意味があるのよ?ん?」
私が彼に詰め寄るといつものように彼は怯える表情を見せる。
こう言う可愛い顔をされると余計に意地悪したくなるの。
「――私の事、好きだって言ってくれたじゃない。好きって言ってくれたのは嘘なの?」
「好きって言ったという認識こそが嘘です」
「そう……あの言葉は嘘だったんだ?最低だね」
私はにんまりと微笑みを浮かべる。
彼の身体が硬直する、ふふっ、今さらビビっても遅いわ。
「でも、もう遅いよ……。お兄ちゃんは私のもの。他の誰にも渡さない、触れさせさせない。そう、私は決めたの。お兄ちゃんを何としても私のものにするって」
「や、やめてくれ。それってさっきの映画じゃん!?嫌だ、ヤンデレ妹のバッドエンドだけは回避させてください」
春ちゃんが私から逃げようとするけど、つまずいてソファーにダイブする。
ホントに彼はドジッ娘さんだな。
「大好きだよ、お兄ちゃん」
私はそのまま彼の上に乗りかかる。
女の子みたいな顔をした可愛い男の子。
それが私の自慢の義兄、春ちゃんなんだ。
「……ちゅっ」
私はその唇に自らの唇を重ねあさせる。
小さく水音をたて、触れあう唇。
大好きな男の子とキスをするのは本当に心地よい。
「女の子に押し倒される男の子って可愛いよねぇ?」
「……妹に押し倒される兄というのはものすごく情けないです」
「自分を責める必要なんてないの。お兄ちゃんに必要なのは私の愛を受け入れることなのよ。ここまで来たら既成事実の一つでも……ふぬわぁっ!?」
いきなり、私は髪を引っ張られてガクッと後ろにこける。
誰だ、このフラグブレイカー的なことをするのは?
「――お・う・か……また春日をいじめているの?」
あぅあぅ、そこには怒った顔をしたママの姿が……ふみゅーん。
どうやら直前のキスシーンは目撃せず、私の今の状況だけで判断されたらしい。
それはそれで、私の位置と立場からすると普通にマズイの。
「せ、戦略的撤退!逃げます~っ」
「こらっ、待ちなさい。桜華っ!」
私は春ちゃんの手を引いて一緒にリビングを逃げ出した。
「な、何で僕まで?ついて行く必要なくない?」
慌てていたので、ふたりとも廊下に出た時はもつれ合うように抱きしめあう。
こうして兄妹じゃれあう光景はきっと幸せそうに見えるに違いない。
この温もり、私以外のだれにも渡したくないのは本音なの。
「いつか私の事を本当にお兄ちゃんに必要な存在にして見せるわ。覚えておきなさい、お兄ちゃん」
私はそのままの状態で、最高の微笑みを見せて彼にこう言った。
「――近いうちにお兄ちゃんは私を好きになる、絶対なのよっ」
絶対宣言、私の言葉は必ずその通りになるの。
ううん、なるんじゃなくて、必ず好きにさせてみせるもんっ。
「――大好きだって言わせてみせる。私の本気を見せてあげるからね!」