第5章:兄と妹との不思議な絆
【SIDE:七森春日】
――僕は妹が苦手だ。
女の子として可愛らしい容姿をしている。
それは評価しよう、桜華は可愛い……のだが。
僕をずっとオモチャの如く扱う彼女に心の芯まで恐怖を植え付けられた僕は逆らう意思すら失わされ、桜華の言うがまま、なすがままにされている。
しかし……苦手であって、嫌いになったことは不思議とない。
憎しみとかそういう感情を抱かない、僕が悪いのか、それとも桜華の魅力か。
だけど、恋人になるのだけはダメだよ。
僕らは兄妹で……ううん、言い訳でしかないな。
ただ、僕は桜華と愛し合える自信がないんだ。
目に見えない確かな絆はあるのに。
目を覚ました僕はいきなり桜華の襲撃にあう。
突然、部屋に入ってきた彼女は僕のタンスから適当に服を放り出す。
「な、何をしている、桜華?」
「兄貴の服を選んでいるの。ろくな服がないわね、これとかそれとかセンスなさすぎ。うーん、仕方ない。今日のところは私のやつを……」
「女性物の服だけはもう二度と着ない」
あれだけは本気で勘弁してください。
「そう?兄貴って体格も私とほとんど変わらないし、まだ着られると思うわ。そうだ、今度は……って、何を泣きそうな顔をしているの。じょ、冗談よ、冗談?」
さすがに哀れと感じたのか妹はそこでやめてくれた。
誰も好き好んで女の子みたいな顔で生まれたんじゃないんだよ。
「それじゃ、この組み合わせで服を着て。すぐに朝食食べて、出かけるわよ」
「……これから、どこに出かけるんだ?」
「それはお楽しみ。さっさと準備してね。あ、お金のことは心配なく。今日の費用は全額私が負担してあげるもの」
モデルのバイトをしている桜華は金持ちだ。
お小遣いしかもらえていない僕よりはるかにお金を持っているので、無理やり僕を連れていくときはこちらに負担がないのがせめてもの救いではある……男としてはちょっと情けない。
桜華は言うだけ言って部屋から出ていく。
僕は仕方なく服を着て、彼女と出かける準備を始めた。
服を着替えて食事を終えた僕を妹は洗面所に行くように指示する。
いやな予感がします、ものすごく嫌な予感が……。
「ここで何をするつもり?」
「動くな、髪の毛を引っ張られたいの?」
そう僕を脅しながら彼女は僕の髪をいじりはじめる。
「え?あ、まさか……い、いやだぁっ」
「――黙ってなさい」
有無を言わさない妹の態度に僕は震えるしかない。
僕の髪にウィッグ(つけ毛)を取り付けて、軽くメイクされる。
……泣きたい、僕は今、心の中で号泣している。
「はい、終了。準備は終わったわよ」
鏡の前の僕はセミロングの女の顔をしている。
「やっぱり、春ちゃんバージョンは可愛いわ」
楽しそうに笑う悪魔、僕はがっくりと肩を落とす。
「何でこの姿をしなくちゃいけないんだ」
桜華が命名した「春ちゃん」という僕のもう一つの姿。
いわゆる女装の格好をさせられる、非常に精神的にキツイ姿だ。
子供の頃、僕は女性らしい恰好をしていることが多かった。
先に言っておくが僕に女装癖はない、断じてありません。
自分で好んでいたわけじゃない、桜華に強制させられていたんだ。
僕が女顔で、男に見えず、女の子に見えるという理由から始まった悪夢。
……今回は衣装まで女装させられなかっただけマシとしよう。
「これが初めてじゃないんだから今更聞かないで。うーん、ホントに可愛い。行くわよ、春ちゃん」
自分が女顔なことを恨みつつも、「春ちゃん」と彼女が呼ぶ時は僕に対してものすごく優しいので、その辺はいいと思ったり……この姿は嫌なんだけども。
というわけで、僕らはデートと言う名の買い物に出かけることになりました。
彼女が連れて行ったのは繁華街のど真ん中、まずは洋服などの店を回る。
しかし、てっきり桜華の荷物持ちだと思っていたら、入るのは男性物の服の店ばかり。
「あのぅ、お客様。こちらは男性用の試着室です。女性用はそちらですよ」
試着室に入ろうとする僕を女性の店員が声をかけてくる。
「い、いえ。僕は男なんですけれど……一応」
「え?あ、そうなんですか。ごめんなさい、女性の方と思いました。とても綺麗な容姿をされていたので……本当に男の人なんですか?」
などと、どの店でも女に間違えられるありさま。
せめて、この邪魔なウィッグさえなければ間違えられることはないのに。
「あははっ、春ちゃん。初見じゃ誰も男性だって思われないね」
そんな僕を笑ってみている桜華。
これって何の羞恥プレイですか?
さて、ここまで何軒もまわってるけど、まだ買い物はしていない。
しかし、彼女は今度の店ではいくつか選んだ服を手にレジへと向かう。
「これを買うわ、春ちゃんによく似合うもの」
「でも、それって結構な値段が……桁が一つ違いませんか?」
「男の子がいちいち気にすることじゃない。値段なんて見ていたら、本当にいい服は買えないわよ。それにこれはホントに春ちゃんによく似合うの」
欲しいものは買う、躊躇することなく服を次々と購入する彼女。
値段を見るなって、そんなの普通の高校生じゃ無理だ。
モデルのお給料ってそんなにいいのかな?
「ていうか、何で桜華が僕の服を買ってくれるんだ」
一体、このあとに僕にどのような請求を……お金はないから無理だ。
ハッ、まさか身体で払えとかいうバッドエンドルート……?
「は?春ちゃんがただの兄なら何を着ていようとかまわない。けれども、今は私の彼氏なんだから格好の悪いことは許せない。これは投資よ、自分の彼氏をよく見せるための投資。自分のお金を何に使おうが文句はないでしょ」
本気で妹がすごいと思える……僕にはとても真似ができない。
恋人に投資とは、僕の考えとは次元が違う。
……しつこいようだけど、僕は恋人になる気はないのに。
「モデルってそんなに儲かる職業なのか?」
「普通じゃない?他の職種よりは多いけど、特別高すぎるってイメージ通りじゃないわ。いくら私が可愛すぎるモデルだからって、収入で言えば月に十万円程度よ。まだ高校生で、お仕事もそんなに多いわけじゃないもの」
いや、普通にすごいけど、それは……。
「買い物終了。さっきまで着ていた服は袋にいれてもらったわ」
それまで総額3千円程度の服を着ていた僕は総額がそれに0が1つ足された金額の服装をしていた……こんなに高い服を着るって感覚が僕にはない。
僕はユ●クロぐらいでしか服を買わないんだよ。
「……うぁっ……カッコいいっ♪」
店を出た後の桜華は僕をとても嬉しそうな視線で見ている。
隣に立つ彼女は僕の姿に満足そうだ。
「えっと、桜華?何を僕を見て……」
「素材は最高に素敵なの。その服がとてもよく似合うわ、春ちゃん。大好きっ」
そんな甘い言葉とともに僕の腕に抱きついてくる桜華。
ちなみに、この場合の好きは“春日”ではなく“春ちゃん”が好きって意味だ。
僕自身を彼女が愛しているわけじゃないのは、これまでの経験で思い知っている。
兄貴と呼ぶ時の春日の扱いと、春ちゃんの扱いには天と地の差がある。
……肉体的にきつい方を選ぶか、精神的にきつい方を選ぶか、僕には厳しい選択だ。
普通が1番なのに、普通がないのがとても悲しい。
「彼氏っていいわよね。自分好みに男を変えていく、最高の気分よ」
気分がいい彼女を不機嫌にしたくないので余計な事は言わない。
はぁ、桜華には恋人が恋をする相手という認識はなく、自分のお気に入りのものだという認識でしかないのかもしれない、愛されても困るけどさ。
腕に抱きついたまま歩く僕らを、すれ違う様に人々の視線が向けられる。
うぅ、僕がいつも花を持ち帰るときと同じ好奇な視線をさらされている。
「こんな恰好しているから、変に人に見られるんだ」
「違うわよ。皆は春ちゃんが綺麗だから見ているの。ほら、あの人たちを見なさい」
彼女が軽く指差したら、雑談をしていた女子高生たちがこちらを向いている。
すれ違いざまに彼女達は僕に不思議そうな顔をする。
「ねぇ、あの子の隣の子って女の子?それとも男の子?」
「普通に女の子でしょ。男には見えないわよ」
「でも、男の恰好しているじゃない。それに、彼女も腕を組んでるし」
「ホントだ。どうなんだろうね、それにしても美人~」
……で、僕にどう反応しろ、と。
僕はより一層落ち込みそうになる。
「ふふっ、春ちゃんが美人だから見ていたってこと、分かった?」
「微妙すぎるよ、これは……」
「いいじゃない。もって生まれたその魅力、見せつけないでどうするの」
それにしても、昔から思っていたんだけど、どうして桜華はこちらの僕には優しいんだろうか……別に女扱いされているわけでもないから余計に不思議。
これが男の僕が嫌いなだけなら話はわかるんだけどね。
「……桜華はなんで僕にこんな事をさせるんだ」
「私が楽しいからって何度言わせるの」
「それじゃ、どうしてこちらの僕には優しい?」
桜華はそちらの質問には答えずに、可愛らしい笑みを見せた。
「……それが知りたいならまた今度答えてあげる。でも、今はダメよ」
楽しみを邪魔されたくないと彼女はそれ以上、深く僕に追及させてくれない。
僕はまだ知らない、その優しさに意味があることを。
ちなみに家に帰ってウィッグ等を外した僕への彼女の態度はいつもどおりだった。
「はっ、そんなところに突っ立っていないでどいてよね、バカ兄貴」
格好が変わっただけでこの違い、どういう意味があるのだろう。
謎だ……本当に謎なんだよ、誰か答えを教えてください。




