第58章:好きと言う感情
【SIDE:七森春日】
夏休みもあと数日、家では桜華が朝から残りの宿題を懸命にこなしていた。
「あ~っ、終わらない。終わらないよ、夏休みが終わった学校なんて滅んでしまえ」
朝っぱらから、かなり物騒なことをいう妹……ホントに滅んだらどうしてくれる。
世間一般の小学生が夏休みの宿題が終わらずに叫ぶセリフ、そうやって焦る前に終わらせておけばいいのに。
と、毎年のように見ている光景なので放置。
僕はいつものように学校に登校して、園芸部の花の世話をする。
水やりを終えた後は、枯れかけてきた花を抜いたりする、花壇の整備だ。
既に秋用の花は夏前に植えている。
夏の花が終われば次は秋の花の世話。
その跡地は冬用の花を植えることになる。
スコップで枯れた花を掘り返していると、白雪さんの姿が見えた。
また進路のことで学校に用事があったらしい。
「今日も頑張ってるわね、春日クン」
「あっ、白雪さん。えぇ、夏の花も、終りなので」
「そうなんだ。花も綺麗に咲いたら、それで終わりだものね。私もそろそろ病院の花壇も手入れしなくちゃ……。どう、今年の花の様子は?季節的に大変だったわよね」
「ですね。花の状態は悪くはないですけど、こうも暑いと世話が大変ですよ」
本来、夏の花は乾燥に強い花が多い。
夏の暑さの影響を受けにくいから夏の花っていうわけで。
けれど、それもこれだけ暑い日が続くと花の世話は大変だった。
休み中、ちょっと水やりを忘れたりしただけで枯れてしまうこともあるから。
「春日クン、今年の秋は何を植えているの?」
「えっと、学校関係だとコスモスですね。先生からの依頼で正面玄関の場所には既に植えています。時期が来ればいい感じに咲きますよ。僕の個人的なものだと、エンゼルストランペットとか。ほら、そこにある緑の草木があるでしょ」
「エンゼルストランペット?」
「下向きに咲くのがブルグマンシラ、上向きに咲くのがダチュラです。今回はブルマンシラの方です。珍しく手に入ったので。一応、この花って毒性あるから食べちゃダメですよ」
彼女は笑いながら「食べません」と指先でその草に触れる。
その名の通り、天使がトランペットを吹く姿に似た花を咲かせる。
朝鮮アサガオの種類で、ラッパ型のアサガオの花をイメージしてもらえば分かりやすい。
僕が植えているのは白と黄色の花が咲くもので、GWになる前に苗を買って育ててきた。
寒さに弱いから秋の見ごろを終えたらすぐに枯れちゃう花なんだけどね。
「天使かぁ。見ごろになったらまた見てみるわ。どんな花が咲くのかしら」
彼女はついでに花の世話を手伝ってくれる。
休憩がてたらにベンチでふたりでジュースを飲む。
「ふぅ、まだまだ暑い。そう言えば、春日クンって日焼けしてないわね?いつも、花の世話とかしてるのに……何か使ってるの?その女の子のように白いお肌を保つ秘訣でも?」
「これは、桜華がくれた日焼け止めクリームみたいのを使ってます」
僕としては別に気にしていないんだけど、彼女は夏前に僕に日焼け止めクリームを手渡してこう言ったのだ。
『お兄ちゃんの肌は私が守る、というわけで夏の間はこれを使うようにっ!』
まぁ、そのおかげで夏の日差しでも日焼けという日焼けはしていない。
案外、日焼け止めって気にならないし。
「そっか。桜華が……。あの子って確か日焼け止めクリームのメーカーの広告モデルしてるのよ。今年の春頃に広告モデルの契約が取れたって喜んでたから。それ関係で春日クンにも勧めたのかも」
なるほど、プチ疑問を解決したら、今度は話題が桜華の話へ。
先日の桜華に秘密がばれた事件のことだ。
「この前の桜華の事だけど、春日クンの携帯電話を勝手に使って、桜華が悪戯してたのよ。それで私に対して春日クンのフリをして情報を聞き出そうとしてたの。まぁ、すぐにバレたんだけどねぇ。あははっ、ホントに桜華って可愛いわよ」
その事件がきっかけで桜華が僕の夢について興味を持ち始めたらしい。
「春日クン的には話したくないんだ?」
「え?い、いえ、何ていうか、話しづらいって言うか」
「桜華に夢を話しても理解してもらうには苦労しそうだもん。分かる気がするけど、桜華も桜華で一度興味を持っちゃったら、とことん追求するタイプだから」
そのせいで何度も痛い目を見てきているので実感としてある。
桜華のあの悪い癖は何とかならないのか。
「でも、春日クンの事だから知りたいんじゃないの……?」
「僕の事だから?」
「そうよ。桜華って基本的に春日クンが大好きじゃない。好きな人の事は何でも知りたい。だから、秘密にされると悔しい」
「……好き、ですか」
やっぱり、他人から見ても桜華の行動は僕に対する好意なんだろうな。
分かりやすすぎるのもある意味問題だと思います。
「春日クンって好きな人はいないでしょ?そういうの、苦手そうだもの」
「そうですね。好きだって言える人間がいないからでしょうか」
「人も花も同じ。春日クンに好きな花があるように、人も好き嫌いがあるの。春日クンはそろそろ花もいいけど、女の子にも興味くらい持ちなさい。それが桜華であれ、私であれ、いい変化になると思うわ」
笑顔でそういう彼女は「私ならいつでも歓迎よ」と冗談めいた口調で言った。
人を好きになるということ。
僕に好きな花があるのと同じように、好きな人くらいいてもいいんじゃないか。
僕も恋と言うものに興味くらい持つべきなんだろう。
それが健全な高校生の男の子だと思うから――。
家に帰ると、母さんは買い物に出かけて桜華が留守番しているらしい。
らしい、というのはテレビの音が聞こえるから。
でも、リビングに入っても誰もいない。
「つけっぱなしで出かけたのか?」
いや、鍵は空いていたから自室にでもいるんだろう。
僕は適当にチャンネルを変えてソファーに座る。
お菓子も出しっぱなしでテーブルには宿題(一応、できてるっぽい)。
クーラーもつけっぱなしで、どこにいく?
何だ、嫌な予感が……。
僕はとりあえず振り返ると、ぎゅっと後ろから抱きしめられる。
「――えへへ。お兄ちゃん、捕まえたっ」
「ぐはっ!?」
「ぐはって、何よ。可愛い妹に抱きつかれた兄のセリフじゃないわ」
いきなり、首元に抱きつかれたらどんなお兄ちゃんでも叫ぶって。
せめて首じゃなくて身体にしてください。
「桜華、どこにいたんだ?」
「ん?あぁ、ちょっとお風呂でシャワー浴びてたの。暑いからさぁ……。はっ、もう少しお風呂場で待っていればシャワーを浴びようとしたお兄ちゃんとはち会わせてた。しまった、お約束イベントつぶしちゃった?」
「そんな心配しなくていいし。汗かいたから、シャワー浴びてくるけど」
「私も一緒に入りましょうか?お背中、流しますわよ、お兄様?」
なぜかお嬢様口調で言う妹に僕は「遠慮します」と謹んでお断りする。
「それより、桜華。あとで大事な話をしてもいい?」
「大事な話、まさか?私に愛の告白?今からでもいいよ、シャワー済みだし(?)。ベッドの準備しておく?」
「違います。変な話じゃないって。いいから、あとで」
僕はそのまま風呂場へと歩き出す。
「何だろ?お兄ちゃん……?」
疑問符を浮かべる桜華、あとで僕の夢の事を話してみよう。
それで何かが変わるかもしれない。
僕自身も、桜華も少しだけ……変わってくれればいいな。