第57章:貴方の夢は何ですか?《後編》
【SIDE:七森春日】
人に夢を語る時、ちょっとだけ照れくさい。
自分の抱える夢の事。
人に自分の考えを話すのって大変だけど、夢を話すと嬉しくも感じる。
自分の夢を誰かに知ってもらう。
理解してもらえるかどうかは大変だけどね。
僕の夢はフラワーコーディネーターになること。
その夢を叶えるために努力もしている。
専門学校のパンフレットも白雪さんにもらい、参考にしていた。
だけど、それを桜華に見つかり、どうにも怪しげに調査されている。
これは非常にマズイ、桜華は僕の夢を普通にバカにされそうだから。
『男の子なのに花を職業にするってどうなの?女の子じゃないだからさぁ、あははっ』
僕が将来の夢、お花屋さんと書いた小学生時代。
思いっきり、僕の夢を桜華に笑われた。
そりゃ、当時は男の書く夢じゃないって自覚はあったさ。
でも、なりたい職業を現実味を帯びて考えるようになった今は、彼女に笑われたら、きっと普通に凹むと思う。
だから、彼女にだけは夢を言えずにいる。
そのことが逆に桜華を刺激して、変な方向になりつつあるけど。
あの子は隠されたら余計に気になる性分だ。
そう言う性格だと知っていながら隠さなければならない。
これは本当に大変なんだ。
母さんに協力してもらい、室内に無断で侵入する事は阻止してもらえている。
問題はこうして自分の部屋にいる時なんだ。
桜華はこっそりと僕の部屋に入ろうとする。
一応、鍵をかけて、居留守を使う場合も多い。
今は静かに桜華がこの件に興味を失う事を時間をかけて見守るしかない。
飽き性の妹はきっとまた別の話題に興味を持つに違いない。
それまでの辛抱だと僕は思っていた。
「……そのはずだったんだけどなぁ」
まさか、白雪さんと何か話をしたらしく、変な意味で火をつけた。
ボヤ騒ぎのようなものだ、炎上して大火事になるのも時間の問題。
何とかして鎮火しなければひどい目に会うのは僕だ。
「はぉ。お兄ちゃん、元気にしてる?」
扉の向こうから元気のいい女の子の声がする。
つい反応してしまう、嫌な習慣がついてるなぁ。
内容が分かってるだけにここの選択肢はこれだ。
「――春日は現在留守にしています」
「そうなんだ……って、思いっきり中から声がするしっ!?開けなさい、じっくりとお話しよう。ねぇ、いいでしょう?悪いことはしないから。ふふふっ」
「最後の笑いが気になるから無理ですっ!?」
桜華は含み笑いをして扉を何とか開けようとしている。
うぅ、僕は抵抗するしかない。
どうすれば、小悪魔を撃退できるのか、思案していたら桜華の声色が変わる。
「……うげっ、ママが来た。え?べ、別に?何でもな……うわぁー。やめてよ、私はお兄ちゃんにお話が……そう、勉強を教えてもらうんだ。宿題が出てるの」
「へぇ、そうなの。分かってると思うけど、嘘ついたらお小遣いの件は……」
「嘘つきました、ごめんなさい」
立場、弱っ!?
あの桜華が素直に謝罪するなんて。
桜華に唯一、意見が言えるのはやはり母さんらしい。
扉の向こう側では現在、親子対決の様相だ。
「春日に迷惑をかけないんでしょう?約束したわよね?」
「し、してないもんっ。変な言いがかりつけないでよ」
「桜華は結果的に春日に迷惑を常にかけてるじゃない。モデルの仕事の方もそうよ。最近、帰りも遅いし、何をしてるの。あんまり私生活の邪魔になるならモデルの仕事もやめさせるべきなんじゃないの」
その一言に桜華の様子が豹変する。
慌てた声で彼女は自分の意見を述べる。
「ちょ、ちょっと待って。それはないでしょ?」
「前々からその仕事に疑問もあったのよ。最近、芸能界って評判悪い事件も多いじゃない。貴方の芸能事務所は社長さんもしっかりしているし、いい方だとは思うけども。仕事で下手に踏み込む前に辞めさせた方がいいのかしらね……?」
「い、嫌だぁ。これは私の夢なのっ!絶対に嫌だからねっ」
何やら話の雲行きがおかしい。
変な事になる前に僕は桜華を助ける事にする。
彼女の夢を潰すのは可哀想だから。
どれだけ地味に努力しているかも知っている。
桜華にモデルをやめさせるのはいけない。
「桜華、勉強するんだろ。早くして欲しいんだけど、何を騒いでるんだ?」
「お兄ちゃんっ!?しゅ、宿題教えて~っ」
桜華は逃げこむように僕の部屋へ入る。
母さんはその様子に「……春日はそれでいいの?」と小声で言う。
僕は頷くと彼女は納得したらしく廊下を去っていた。
部屋に戻ると桜華が僕のベッドに布団を頭からかぶり、天敵の猫から逃げるウサギの如く、身体を縮めていた。
「桜華、母さんならもう行ったよ」
「うぅ、ありがとう。ナイス、お兄ちゃん。危うくモデルやめさせられるところだった」
「いや、あれは脅しであって本気じゃないと思うけど」
とはいえ、冗談も本当に変わらないとは言い切れない。
実際、桜華のモデルと言う職業に関しては家族として応援すると言う立場のはずだ。
すぐにやめさせるっていうのは横暴だし、ないと思う。
桜華は布団から顔だけだして言うんだ。
「お兄ちゃんのおかげ。私の夢、守ってくれた……」
何だか瞳が潤っていて可愛いじゃないか。
見た目だけはかなり今の桜華は僕の好みなのでグッとくる。
「……モデルは桜華の夢だもんな」
「そう。私の憧れ続けた夢なの。せっかくなれたのに、それを簡単に潰されたら嫌よ」
せっかく手に入れた夢を否定されるのは桜華もショックらしい。
彼女はプロ意識もあるから余計に辛いんだろうな。
「お兄ちゃんは優しいよね。昔からそうだ。私がモデルになりたいって言って、家族に反対された時も賛成してくれたもん」
あの時は優しさと言うより、桜華の敵になることが怖かったんだ(禁句)。
桜華はようやくベッドから抜け出すと、僕の方を向いて、
「今日はもう自室へ帰る。また今度……その、ちゃんとお兄ちゃんの夢を教えてほしいな。私、絶対に笑ったりしないし。応援したいの、昔、私の夢を応援してくれたみたいに。今度は私がお兄ちゃんの夢を応援したいんだ」
彼女は笑って答えると、母さんが来る前に部屋から出て行く。
僕はその後ろ姿を見ながら、もう桜華には隠す必要がないんじゃないかと考える。
桜華はきっと僕の夢を笑わない。
それだけ大人になってるはずなんだ。
「いつまでも隠す事なんてできない。桜華にはちゃんと話そう」
僕はその事を決めて、隠し続けてきたパンフレットを机の引き出しから出す。
『フラワーデザイナー専門学校』
僕の夢を叶えるための最初の一歩。
大好きな花の世界で生きていくと僕は決めている。
「――僕は桜華の心を信じるよ」