第54章:I love sister
【SIDE:七森春日】
明日には家に帰るためにその日の夕食は豪華だった。
桜華も自分の好物が並ぶテーブルを見て喜んでいる。
「……お兄ちゃん、あとで少しいい?」
「何かあるのか?」
「ちょっとねぇ。いただきます~っ」
何やら含みを持たせて言う彼女。
僕は彼女の横顔を見つめながら、鶏の唐揚げをつまむ。
夕食を終えた後、彼女は僕を海へと連れて行く。
夜の波打ち際を二人で歩きながら星を眺めていた。
「自然が綺麗っていいよね?」
「確かに。お祖父さん達がここに来た理由が分かる気がする」
「私は田舎より都会の方が断然いいけど、時々はこうして訪れるのいいと思うな」
桜華もこの雰囲気が気に入ったようだ。
ふと立ち止まると、彼女は砂浜に座るように言ってくる。
ここ数日、大人しくしていた桜華。
どうやら話したい事があるらしい。
「……というわけで、そろそろ本題に入るね」
「何を企んでいるの?」
「毎回、話をするたび、そんな捉え方されると普通に私も傷つくよ?」
彼女は頬をふくらませてこちらに抗議してくる。
「それで、本題っていうのは?」
僕は妹に噛みつかれる前に話を戻す。
仕方なく桜華は攻撃をやめて話し出した。
「あのね、お兄ちゃん。私、決めたの……」
「決めたって何を?」
「今までの私はどこか甘さがあったのよ。常に予防線張って、痛みから耐えられるようにしてきた。けれど、その甘さを捨てるわ。私が私であると言う事を改めて考えて、どうすればいいのかよく考えたの」
あの、桜華さん……一体何の話をしているのでしょう?
僕はどことなく嫌な予感に冷や汗をかく。
マズイ、この雰囲気はものすごくまずい気がします。
経験的に身体に染み込んだ桜華への恐怖が目覚める。
「お兄ちゃんを手に入れるためには容赦しないってことを」
「や、やっぱり、そう言う展開っ!?」
「そうよ。私は甘かったわ。お兄ちゃんにデレてる場合じゃないの」
彼女は力強く宣言するのだ。
「私はツンデレさんじゃないのよ。私はデレないっ――!」
「しかも、何かカッコいい事を言いだした!?」
言ってる内容はアレだけどね。
とりあえず、桜華的には覚悟を決めたと言いたいらしい。
砂浜に連れ出したのは祖父母たちに話を聞かせないためだけじゃなく、僕に逃げ場を与えないという意味もあったのか。
僕は桜華の罠にはめられたようだ。
「ふふふっ、今日こそ、お兄ちゃんは私の恋人になるのよ」
「……あのぅ、そろそろ諦めたりは?」
「しませんから。いい?お兄ちゃんの運命はこの私のものよ」
久々の絶対宣言、呆れるくらいに自信たっぷり。
どこから来るのかな、その自信って言うのは……。
僕はその少しだけでも欲しいな。
「今日と言う今日は私も本気よ。私の恋人にならないとすぐに決めたら海に沈める」
「ちょ、ちょっと待って。話し合いましょう、すぐにでも話をしよう。人間っていうのは言葉と言う素晴らしいものがあるじゃないか……ここはお互いに想いを伝えあう事が必要です」
今の桜華ならやりかねないと僕はビビりまくる。
ここはまず、話し合いのテーブルに持ち込むことが必要だ。
下手に逆らえば僕は海の藻屑と消えさるに違いない。
「そう?それならいいけど。そこに座って、お兄ちゃん♪」
「はい……」
逆らう事もできず、僕は砂浜に正座させられる。
うぅ、サンダル越しに砂が入ってきて気持ちが悪い。
「私の想いは知ってるわよね?これまで散々、想いを伝えてきたんだから。でも、改めて言えというのなら、お兄ちゃんを好きになったきっかけから話してもいいわよ?どうする?聞きたい?そう、聞きたいなら話してあげる」
僕は何も言ってません。
今日の桜華は妙なテンションだ。
彼女もそれだけ本気と言うか、追い込まれているらしい。
「あれは私がまだ可愛らしい子供の時の話よ。初めて出来た義理のお兄ちゃんはとても可愛くて、最初はお姉ちゃんが出来たんだって勘違いしてたの」
「……最初の一言目が『よろしくね、お姉ちゃん』だったのを思い出した」
そう言えば、初めは姉と勘違いされてたんだよなぁ。
男だと証明するまで、僕は言葉にできないひどいめにあった。
そう、言葉にするのも辛いのです、精神的にね。
「その時、男の子だって言われて私は幼いなりにこう考えたの。こんなにも弱くて女の子にしか見えない男の子が私の兄なら、私が守ってあげなくちゃって」
「はい、質問があります。当時の僕の記憶が確かならいじめてきた相手は他人じゃなくて、義妹の桜華だけだったような……そこからして間違えている気がするんだ」
そうだ、僕は別にいじめられているわけじゃなかった。
常日頃から僕を意地悪してきたのは他でもない彼女だ。
「そう、私よ、認めるわ。私がお兄ちゃんをいじめてたのよ」
「さも当然とばかりに言いはれる桜華がすごいと思います」
「それには理由があるのよ。私も成長して気づいたんだけど、無意識でもお兄ちゃんに意地悪していたのはお兄ちゃんが好きだったからなの。きっと一目惚れしていたんだ。お兄ちゃんが好きだから意地悪しちゃったの」
それ、普通は男女逆の「好きな子いじめ」だよねぇ。
好きだから素直になれず意地悪しちゃう。
桜華は星空を眺めて愛を語る。
「お兄ちゃんを愛した私はどうすることもできないの。この想いを抱えながら、誰にも気づかれないように過ごしてきたわ」
「母さんにはバレバレだったようだけど……」
「そりゃそうよ。私はママに相談したこともあるもの」
そこは微妙なところです。
義理の兄妹の恋愛ごと、うちの母さんじゃなければ問題ごとになっていたに違いない。
僕らの事を応援してくれると言っていたけど、実際は大変なことになる。
「そんな私の小さな胸にしまいこんできた想いを、お兄ちゃんは受け止めるべき責任があると思わない?」
「……僕に責任があると言われたら、ないと思う」
「あるのよ。私みたいな美人で性格もいい女の子を他の男に渡してもいいの?」
「性格がいいという点について意見してもいいですか?」
「――却下っ!」
大声で却下されてしまい僕は静かにうなだれた。
そろそろ足がしびれてきたので、座り直すことを許可してもらう。
「よく考えて。私って可愛いでしょ?現役モデルなのよ、付き合う事で意味はあるはず……お兄ちゃん。私はお兄ちゃん好みに容姿まで変えたんだからね」
確かに黒髪に染めて、髪型も僕好みのストレートの長髪だ。
ちょっと前の姿とは想像できないピュアさもある。
けれど、僕にはそれだけで交際する気はないんだ。
「むぅ、私じゃダメなら宗岡先輩ならいいの?花好きで話もあうからいいって?」
「何で白雪さんの話になるんだよ。僕は別にそんな気はない」
「宗岡先輩は私の敵よ。もしも、お兄ちゃんが彼女と恋人になると言う気なら……」
そこで彼女は意味深な笑みを浮かべるのだ。
こ、怖い……何をされるか想像できるだけに怖すぎる。
「多分、その可能性はないと思います」
「よしっ。それだけでもいいわ。それじゃ、条件をつけさせてあげる。お兄ちゃん、私と恋人になるならひとつだけ条件を飲んであげるわ。どうすればいい?」
「……条件つけられても、困る」
条件うんぬん、というのは桜華にとっては譲歩のつもりなんだろうな。
「じれったいなぁ、私を好きっていいなさい~っ」
「く、首っ!?首がしまってる、げふっ」
襟元をつかんで僕を激しく揺らす桜華。
最後は力づくと言うのはどうかと……ガクッ。
「最後のチャンスよ。お兄ちゃん、私の恋人になる?ならない?」
「ごめんなさい」
僕は頭をさげて謝るしかできない。
だって、どんなに考えても決断を迫られて決めることじゃない。
「そう、そう言うんだ。ぐすっ、ひっく……」
「お、桜華!?な、泣かないでよ」
桜華の涙にものすごく弱い僕はたじろぐしかない。
波打ち際に打ち寄せる波、海は静かに波音を立てる。
「……私はお兄ちゃんが好きなの。お兄ちゃんは誰も好きにならないの?」
それは、僕もずっと考えてきたことでもある。
人を好きだと言えたことがない。
それは僕にとって悩みでもあるんだ。
「バカっ。お兄ちゃんのバカっ!恋をしないお兄ちゃんはただのヘタレだ」
「そこまで言わなくてもいいじゃないか」
しかも、さっきのは嘘泣きかい。
女の子の涙はずるいと大抵の男は思います。
「分かったわ。私も最大限の譲歩をする。お試しで付き合いましょう?」
「お試しって、え?えぇ!?」
義妹の提案に僕は驚くことしかできない。
彼女は楽しそうに僕に言う。
「はい、決定。今日からお兄ちゃんは私の恋人よ。いいわよね?」
「ちょっと待って。恋人候補でしょうが、僕は恋人候補として付き合う……あれ?」
「……じゃ、それでいいよ。ふふっ、認めたね?今、認めたでしょ」
あっ、桜華の罠にはめられた!?
よく分からないままに僕は桜華の恋人候補としてお試し交際することに。
断わろうにも断れない。
微妙な進展に僕は不安もあるけれど、桜華があまりにも嬉しそうに笑うから強く否定できなくなっていたんだ。
「やったぁ。お兄ちゃんのこと、大事にするからね?」
「それは何か違う気がする」
僕は地雷を踏んだらしい。
しかもとびっきり、危険な奴を……。
「これからどうなるんだろう?うぅ、どうしよう」
でも、それでも心のどこかでしょうがないかなと思える。
夜の砂浜を飛び跳ねるようにして、大事な義妹が本当に可愛く笑うから――。