第53章:流星群に願いを《後編》
【SIDE:七森桜華】
夏の夜空の下は少しだけ肌寒い。
私は軽く腕を組みながら寝袋の中で空を見上げていた。
隣の春ちゃんも同じように夜空を眺めている。
「ものすごく綺麗~っ。あれって天の川って奴でしょう!?」
初めて見た光景に興奮気味に私は言葉を放つ。
視線の先にあるのは壮大な星々の海。
何の明かりにも邪魔されない、綺麗な星がそこには広がっている。
「……天の川ってホントに川みたいになってるんだぁ」
素晴らしい光景に感動中。
だって、ホントに綺麗なんだもんっ。
この世界にこんな綺麗な光景を見られるなんて幸せ以外の何物でもない。
「ねぇ、お兄ちゃん?」
先ほどから春ちゃんは沈黙中、何も言おうとしない。
寝てるのかと心配になって顔を覗くと彼は星を眺めてうっとりしてる。
襲いたくなる可愛さに胸がグッとくる。
「綺麗だよね?もう綺麗としか言いようがないわよ」
「……」
「流れ星ってすぐに流れるものじゃないんだ?待つしかないのかな?」
「……」
さらに沈黙中、私との会話より星空を眺める事を優先中。
私はムッとして春ちゃんの方へと寝袋のまま転がる。
「って、感動にひたってないで私との会話もしなさいっ!」
「うぎゃっ!?い、いきなり、何だよ?」
「うっさいっ!お兄ちゃんが私を無視するからじゃない」
春ちゃんは素で私の存在そのものを忘れていたみたい。
せっかく、一緒にいるのにそういうのってどうなのよ。
彼の上に乗りかかりながら私は言葉を続ける。
「私だってね、無視されると泣いちゃうんだからねっ!」
「ごめんなさい。僕はそんなつもりじゃ……あっ」
「どうしたの?お兄ちゃん……って、今の何っ!?」
私達が目撃したのはサーッと空を横切る光の線。
すぐに消えてしまう、もしかしてあれが流れ星?
「今の見た?あれが流れ星って奴でしょう?」
「そうだと思うけど、あんなに一瞬なんだ」
「ホントに刹那的だよねぇ。よく流れ星に願いをっていうけど、どうするの?」
実際はあんなに短い間にどんな願いを言えというの?
お願いしている暇なんてないくらいに一瞬だった。
「……お願いを短縮するとか?」
「お金が欲しければ、お金、お金、お金。愛が欲しければ、愛、愛、愛って感じ?」
「そ、それは露骨すぎる気がするよ」
「だって、そうじゃないと無理でしょ。メイドが欲しければ、メイド、メイド、メイド?あっ、お兄ちゃんがメイド欲しいって言うなら私がなってあげるから」
春ちゃんは「いりません」と即答した。
そんなつれない彼の態度は不満です。
「それじゃ、お兄ちゃんのお願いは何なの?」
「……お願いかぁ。特に願うこともないんだ。しいて言うなら秋に咲く花が順調に育ってくれますように、かな。今年は雨が少なくて成長が少し遅いから」
花のお話っ!?
目の前に私という女の子がいながら、その話はスルー!?
私は溜まりに溜まった不満を爆発させる。
「違うでしょっ、ここは普通に私との仲を深めることを願ったりしないの?」
「え?何で?」
そんな春ちゃんの対応がものすごく傷つくの、ぐすっ。
「私のお願いはお兄ちゃんが私のモノになることです」
「それ、絶対に叶えちゃいけないものだと思う」
「……お兄ちゃんは文句を言いすぎ。少しは私の気持ちにもなってよ」
せっかく、彼のために髪色を染め直したり、性格もほんの少しだけ穏やかになった。
それでも、まだ彼としては足りていないというの?
「それじゃ、桜華が可愛くなりますように」
「これ以上、可愛くなんて無理だよぉ、えへっ」
「……性格が可愛くって意味です」
「とりあえず、お兄ちゃんが私に喧嘩を売ってることだけは理解した」
私は寝袋から起き上がり彼に攻撃を加えようとする。
ええいっ、春ちゃんも私にストレートに発言しすぎ。
昔はもっと私に対してもオブラートに包むくらいの言い方だったのに。
「そ、そう言う所を治して欲しいんだ。暴力反対、お願いします」
「最近の私は暴力してない」
「……まぁ、昔に比べればひどくないかも」
そりゃ、昔は春ちゃんに“言葉にできないこと”をしてきたこともある。
その点については反省すべきこともある。
けれど、それらは全て愛に基づいて行われてきたのよ?
意地悪したくてしたんじゃない。
全ての行動は私が春ちゃんに甘えていた、ごく普通の兄妹愛じゃない?
妹がお兄ちゃんに甘えるのは妹としての権利だもの。
「……お兄ちゃんが私に振り向いてくれますように」
私は流れ星に願うならそれしかない。
春ちゃんが私を好きだと言ってくれればそれだけでいいんだ。
もちろん、恋人になってくれるならそれに越したことはないけど、彼が私を好きになるのはきっとまだ先の事だって現実を知っている。
「……あっ、まただ。今のも流れ星でしょ」
時々、夜空を横切るように光の線が走って行く。
まるで鉛筆で書いたようにスッと線を描いて消えていく光。
流れ星はもっと長い間、流れるものだと思っていた。
実物はそんなロマンティックな余韻を感じている暇はないらしい。
刹那的だからこそ幻想的だとも言えるけど。
瞬間、瞬間の綺麗な幻想に人は惹かれる。
「流れ星って、星空の間を流れているわけじゃないだよね?」
「んっ……?あぁ、それは彗星だよ。僕らが今見ているのは大気圏で燃え尽きていく星のカケラ。流れ星と彗星はまた別モノさ。だからこそ、一瞬でしかない」
燃え尽きていく星の欠片。
そう思うと、あんなものが願いを叶えてくれるはず何てなくて。
それなのに、どうして人は星に願いを託すのか。
私は寝袋から身体を半身だし、肌寒さの中、そっと春ちゃんの手を握りしめる。
「願いを込める行為に意味はない」
「願い事をしないのか?さっきまであれだけ言ってたのに」
「……私はただお兄ちゃんに振り向いて欲しいだけ。願いを星に叶えてもらうなんて甘いことを信じているわけじゃないよ。ねぇ、こっちを見て」
私は彼の視線をこちらに向かせる。
愛している人と触れ合える距離なのに、彼が私を見てくれないのは寂しい。
「お兄ちゃん……」
「……桜華」
見つめ合う二人の視線。
私たちはやっぱり運命の赤い糸で結ばれていた。
彼の手がゆっくりと私の頬へと近づいてくる。
「ジッとしていて。すぐに終わるから」
「お兄ちゃん。すぐなんて嫌よ。もっと余韻くらい残してくれても」
「……え?あの、何か勘違いしてない?桜華の髪に蛾が止まってるから取ってあげよって。もう少し……あっ、逃げたよ。よかったね……桜華?」
「む、虫は嫌なの~っ!?」
私はそれまでの雰囲気をぶち壊すような声をあげて起き上がる。
すぐに髪の毛をチェック、他に虫がいないか確認中。
「ぐすっ、えぐっ……」
せっかくのラブシーンをぶち壊された私は半泣き状態だ。
期待させておいてそれかい、マジで許せない。
昆虫なんてこの世界から消滅すればいいのよ。
あんな気持ち悪い生き物なんて見るだけで嫌なの。
「お、桜華、泣かないで」
「ひくっ……な、泣いてないもんっ」
「ほら、ハンカチで涙を拭いて。ね?もう虫はいないからさ」
「虫だけじゃないし。せっかくお兄ちゃんとのラブシーン突入かって期待していたのに。バカっ、お兄ちゃんは女の子の気持ち全然分かってない」
拗ねる私に彼は困った顔をする。
ふんっ、どうせ私の事なんて……。
「それじゃ、僕はどうすればいいんだ?」
「だったら私のこと……ぎゅって抱きしめてよ」
「それは、その、恥ずかしいじゃないか」
「文句は受け付けません。私を抱きしめなさいっ!」
私は久々に彼に強い言葉で命令する。
渋々と言った感じで春ちゃんは私の身体を抱きしめる。
「正面は恥ずかしいから後ろからで」
「……シチュ的にはそっちの方が恥ずかしいと思うよ?」
春ちゃんの基準っていまいち分からない。
けれど、私は夏の夜空を見上げながら彼に抱きしめられていた。
後ろから優しく私を抱く彼の温もり。
ふたりしてもういちど空を眺めてみる。
小さな星の線が何度も夜空を流れていく。
「――願い、ちょっとだけ叶ったかも」
私はそう呟きながら今、この瞬間の幸せを満喫していた。
夜空の星も綺麗でいいけど、私は春ちゃんと過ごす時間の方が好き。
ねぇ、流れ星……私の願いをちゃんと叶えてよね?