第52章:流星群に願いを《前編》
【SIDE:七森春日】
祖父母の家に滞在して2日目、僕らの朝はいつもより少し早い。
眠い頭を何とか起こして朝ごはんの支度のお手伝いだ。
「春日、次は砂糖をいれる。ほら、ボサッと卵焼きが焦げるよ」
お祖母ちゃんに言われた通りに僕は手伝わされている。
「だし巻き卵と普通の卵焼き、どちらもひとりで作れるってば」
「普段から料理をしていないんだろう?それなら、こう言う機会でしっかり身体に染み込ませておかないとねぇ。結婚して、お料理もできないんじゃいいお嫁さんになれないわよ」
……何度でも言うけど、僕まで花嫁修業させられているのでしょうか。。
なぜに男の僕が味噌汁と卵焼きに焼き魚と言う定番和食をマスターしなくちゃいけないのか。
それもすべては義妹がとんでもなく不器用だからである。
「きゃーっ。今度は何か火が出たーっ!?」
桜華も隣で料理のチャレンジ中、忘れているかもしれないが桜華は料理が下手な方であるため、祖母にみっちり特訓を受けている。
僕は祖母が片手間に面倒を見られているという感じか。
「桜華、火を弱火にしなさいって言ったでしょう。本当にこの子は料理の才能がないというより、やることがガサツすぎるのよ。女の子なのだからもっと繊細で丁寧にしなさい」
「うぐっ、はっきり言いすぎっ!私だって本気出せば一流料理人も顔負けのすっごい料理が出来るんだからねっ!」
「食べれば即倒れてしまうという意味で?」
「こらっ、そこ。私が気にしている事をさらりと言わないっ」
桜華が唸りながら、こちらを睨みつけている。
僕を睨んだところで美味しい料理はできないと言ってあげたい。
そんな勇気はないけどね。
「桜華も料理くらい丁寧にできない?そんなんじゃお嫁さんとしてどうすんだい」
「それは大丈夫よ。私のお嫁の貰い手はそこにいるから、てへっ♪……あれ、いつのまにかいないっ!?お兄ちゃんはどこにいったのよ?」
「はい、よそ見をしない。これはもう基礎から教え込まないといけないようね」
「やだ~っ!?お祖母ちゃん、料理の事になると厳しすぎるっ」
祖母にみっちりと料理を教え込まれている桜華を横目に僕は台所から去る。
いつまでも桜華の戯言に付き合うのは大変なんです。
「おはよう、春日。今日は朝から早いんだな」
「えぇ、ちょっとありまして。昨日はお世話になりました」
「ホントによかったよ。そうだ、今日は昨日と違って晴れるそうだ。海も穏やかになるそうだし、また行ってくればいい」
「……桜華にその元気があればですけど」
昨日今日でまた海に行きたいとあの子は言うだろうか?
多分、昨日の事を忘れたように言うんだろうなぁ……。
何となく義妹の行動が読める義兄歴が長いお兄ちゃんです。
「そういえば、今日だったかな。流星群が近づいているそうだ」
「流星群?流れ星ですか?」
「あぁ、確か新聞にそんな事が書かれていたはずだ。少し待っていなさい」
祖父は新聞を取り出して「あった、これだ」とある記事を指さす。
そこには今日の深夜に最も接近して綺麗な流星群が見られると書かれていた。
流れ星か、僕は一度も見た事がない。
都会じゃ空を見上げても綺麗な星は見えやしない。
こういう田舎の何も光が邪魔しない場所じゃないと見えないんだ。
「今日の夜にでもふたりで見てくればどうだ?」
「うーん。桜華と深夜で二人になるのは危険な気が……」
ちょっぴり、雰囲気的な意味で心配なんですが。
とはいえ、桜華にこの話をすれば乗って来るのは間違いない。
「へぇ、星空かぁ。いいじゃん、流れ星なんて私、生まれて一度も見たことないのよ。プラネタリウムくらいしか星もちゃんと見たことない」
料理を終えたらしい桜華がこちらの話を立ち聞きしていた。
にやっと笑顔を浮かべる桜華。
「星に願いを込めて。私とお兄ちゃんの愛を育むの。なんて素晴らしいシチュエーション。最高じゃない、ロマンティックよ」
彼女にも乙女心というのはあるようだ。
僕は正直、下手な事をされたくないと危機感を抱く。
こう言うときの桜華に付き合い、えらい目にあわされたのは一度ではない。
「……お兄ちゃん、計画は私が立てておくわ。楽しみにしておいて」
「楽しみに、ね?」
「何よ、文句でもあるの?その顔、何だか嫌な感じじゃない」
「そんな事はないけどさぁ。今までの経験的に……ん?あの、桜華さん?お祖母ちゃんがすごい顔で後ろで睨んでいますけど?いいのか?ていうか、逃げてきたの?」
祖母は桜華を見つけたとばかりに叱りつける。
「桜華っ!料理を放りだして逃げるとはどういうつもり」
「ふぇーん。だって、玉ねぎなんて切ると目が痛いんだもんっ」
「そんなつまらない理由で料理放棄するなんて。その根性から叩き直すわ」
「いやぁ~っ。つれていかないで~っ」
桜華は強制的に祖母に引きずられて再び台所へ。
哀れだが自業自得なので僕は何も言わない。
女の子なんだから、料理くらい出来て欲しいのです。
「目が痛い玉ねぎはもう嫌なのっ!?あっ、引っ張らないで~っ。んにゃー……――」
普段は優しい祖母だが、本職だった料理の事になると鬼と化す。
僕も子供の頃はそれなりに厳しく教えられたものさ。
意味不明な花嫁修業とか言われてね。
「桜華、頑張れ」
ずるずると床を引きずられていく桜華を僕は遠い目をして眺めていた。
彼女が料理上手になる遠い未来を信じよう。
お昼はまた海で暴れる桜華に付き合わされた。
昨日の事を気にせず、浮き輪で泳ぎ続けた彼女。
海から出た頃にはすっかりとお疲れモードだ。
「……くしゅんっ」
そして、夜になると僕達は祖父が進めてくれた高台へ向かっていた。
一応、外は冷えるという事でアウトドア用の寝袋も持ってくる。
「ねぇ、流れ星ってどんなんだろうね?綺麗なのかな?」
「テレビとかだとものすごく綺麗じゃないか」
「だよね?ものすごく楽しみ~っ」
ふたりとも流星群に期待しつつ山道を歩く。
どれだけ歩いただろうか、懐中電灯で照らした先が開けてきた。
小さな山の頂上、高台の公園には人気はない。
「うわぁ、いい眺めじゃない」
僕らは展望台から田舎の町を眺めることにした。
街のわずかな明かりがとてもいい感じに見える。
適当な場所に僕は持ってきたレジャーシートを敷く。
その上にさらに寝袋を広げて準備完了。
一番綺麗な時間帯は深夜の12時頃だというから、しばらくは待機だ。
「そうだ、夜食としてお祖母ちゃんからサンドイッチを作ってもらったの」
そう言って桜華は食事の準備を始める。
僕も魔法瓶に入れてきた紅茶をコップに入れた。
紅茶が僕らに温もりを取り戻してくれる。
「ふぅ、雲がかかっているけど、この風だといい時間帯では晴れるんじゃないかな」
「今日は月も見えないようだからよかったね」
流星群を見る時は月の光が邪魔するので限りなく月は出ない方がいいらしい。
僕らはサンドイッチを食べ終わるとごろんっとふたりで寝袋にくるまる。
夏だというのにここは少し寒い。
肌寒さを感じつつ、曇り空を見上げる。
「……ねぇ、お兄ちゃん。寒いからそっちによってもいい?と言えば絶対に『ダメ』というので強制的に近づくわ」
「ついに僕の意見は無視っ!?」
桜華は有無を言わさず、僕に身体を近づけさせる。
触れる手と手、伝わる温もりにドキッとさせられる。
香水の匂いか、桜華の香りはとてもいい。
女の子として意識すると恥ずかしさも込み上げてくる。
「やばっ……ちょっと二人っきりと言うシチュにドキドキだよ」
桜華でも照れることくらいあるらしい。
自分で近づいておきながら顔を赤らめている。
彼女は純粋さは暴走危険性があるので危ないんです。
「お兄ちゃんはどう?私にドキドキしたりする?」
「ぐぅ……」
「ちょっと寝たふり禁止っ!?本気で寝ちゃったら置いていくからねっ!」
「だって、そんな事を言われても。ノーコメントでお願いします」
ここで本音を言うわけにもいかないでしょう。
本音としては当然、桜華は可愛い女の子なので緊張せずにはいられない。
けれど、兄として義妹にドキッと胸キュンっするわけにはいかないのだ。
「だったら、お兄ちゃんにいい事を教えてあげる」
「いいことって何?」
「実は私、暗い所って苦手なんだよーっ。お兄ちゃん、助けて~っ」
さらに桜華の抱きつく力が強くなる。
そういえば、桜華って小さな頃から暗闇が苦手な方だった気が……。
「それのどこがいいところ?」
「今なら私を襲っても抵抗でき……ふにゃっ!?」
僕は緊張感を持ちながら桜華の額にデコピンする。
この僕が我が侭な義妹に手を出すのは極めて勇気がいることだ。
だけど、桜華も最近は別に怒ることはしない。
「はい、冗談はおいといて。空を見て、雲が晴れていく」
「え?あ、ホントだ。ねぇ、見てよ、あれっ!」
桜華が指差した夜空に星が瞬いている。
本物の星空、天の川が綺麗に夜空を演出していた。
圧倒的な光景に僕らは言葉を失う。
そして、流星群の瞬く一夜が始まろうとしていた。