第50章:孤島パニック《前編》
【SIDE:七森春日】
祖父母の家に盆休みに遊びに行くのは世間一般の普通の出来事だ。
しかし、なぜかそこが超がつきそうな豪邸だった場合はものすごく驚く。
いかにも旧家のお屋敷がそこにはあった。
「水瀬」という母方の名字の表札が……。
僕と桜華はそのお屋敷の前で立ちすくむ。
「桜華、本当にここがお祖父さんの家なのか?」
「だって、水瀬って書いているし、もらった住所の紙もここだって書いてるもん。いいから中に入ろう」
とりあえず、中へと突入することになった。
周りは山、少し離れた場所には壮大な海。
のんびりとしたいかにも田舎という場所に去年、定年退職した祖父が住んでいる家があると聞いてたのだが、こんな大きいものだとは思わなかった。
「おおっ、来てくれたのかい。ふたりともよく来たねぇ」
出迎えてくれたのはいかにも好々爺と言った感じのお祖父さん。
そして、かつては料理評論家としてテレビにも出演していたというお祖母さんだ。
「春日かい?また美人になって、将来はいいお嫁さんになれるよ」
「いや、お祖母さん。僕は男ですから、未だに孫の性別間違えるのはやめてください」
昔からお祖母さんは僕を女だと勘違いしている。
子供の頃は料理とか教えてもらってたのも、花嫁修業が理由だと気づいたのは最近のことだった。
それが冗談か本気か時々、本当に分からなくなるから困る。
「こんにちは。遊びに来たよーっ」
元は桜華の祖父母で僕にとっては血の繋がりのないふたりだ。
しかし、そのような事を気にすることなく十数年面倒をみてくれている。
「桜華もずいぶん綺麗になった。都会ではアイドルをしてたんだろ?」
「アイドルじゃなくてモデルだよ。グラビアさせてもらえないファッションモデル。やっぱり、胸のサイズが原因なのかしら……大きすぎたらファッションモデルにはなれないし、何て厄介な存在なの」
地味にそこは気にしているらしい。
桜華と二人で挨拶を終えた僕らは大広間に案内された。
僕は疑問に思っている事を尋ねてみる。
「それにしても、どうして、こんなに広い家が?」
「土地と建物、水瀬家の遺産だったんだよ。とはいえ、わしらは都会の方に住んでいたし使うことなく他人に貸していた場所だ。定年退職してここに住むことにしたというわけだ。田舎だが、その良さはあるだろう?」
「田舎暮らしってこんな広い屋敷に住むことだっけ?」
もっとアットホームな感じの家で自給自足を楽しむイメージが……。
日本建築の良さ、ある意味、旅館とかにも使えそうな内装だ。
それ以前にこの場所に観光客が来るかどうかが問題なのです。
細かい事を気にしても仕方ないので、僕らは適当な話題を話す。
しばらく話していると、お祖父さんに海で遊んで来いと言われた。
「あ、だけど、今日は波が高いそうだから気をつけるんだよ」
僕らは頷いて海へ出かける準備をしたんだ。
近場に海があると聞いてたので水着は持って来たのだが。
波打ち際、綺麗な白い砂、いかにも夏と言う絵になる光景だ。
砂浜を照りつける太陽はどこにもなく、空はあいにくの曇り空だ。
泳ぐにはいい感じの天候かもしれない。
「桜華、遅いなぁ……」
女の子の水着って着るのに時間がかかるから仕方ないか。
僕がそう考えていたらすぐに桜華はやってくる。
前回の水着着用した桜華は大きめの浮き輪を持っていた。
時間がかかったのはそれを膨らませていたからのようだ。
「今回は浮き輪を使うんだ?」
「海だから危なくなったらどうするのよ?お兄ちゃんが責任持って人工呼吸してくれるなら浮き輪なしで頑張るけど。してくれないから、保険をかけてるの」
「文句言わないので存分に浮き輪をお使いくださいませ」
浮き輪を使えば確かに溺れる事はない。
そのとばっちりを喰らうのは勘弁願いたい。
「それじゃ準備運動もしたから真夏の海へレッツゴー!」
「ちょっと天候が悪いから遠くへ行っちゃダメだからね?」
「あははっ、この私がそんなミスをするはずがないでしょ。ついてきなさい」
桜華は軽く笑うとそのままザブンっと海へと入る。
冷たい水に僕らは身体をつける。
海独特のプールとは違う浮遊感がそこにはある。
「すっごいじゃんっ。やっぱり、海の方が浮けるから安心できるよねーっ」
「自然相手だから僕としては海よりもプールの方が安心だ」
「ダメだよ、お兄ちゃん。現代っ子め、もっと自然と触れ合いなさい」
僕は海も嫌いではない、どちらかと言えばの話だ。
スキューバダイビングとか楽しそうだし、海も悪くないんだよね。
海の中をゴーグルをかけて覗き見ると綺麗な魚が泳いでいる。
そう言えば地元の人の話だとスキューバしている人が結構いるらしい。
ただ、お盆はあまり海に近づかない方がいいらしくて他に泳いでる人影は見当たらない。
「お盆って海で泳ぐとまずいんだっけ?」
「あっ、何か聞いたことある。足を幽霊に引っ張られたりするんでしょ」
「その経験は大抵、この時期に発生するクラゲのせいだと思うけどな。あれは刺されると地味に痛いから嫌いだ。桜華も注意してよ。下手に溺れたらすぐに助けを呼ぶから」
「浮き輪があるから大丈夫だってば。それよりもそっちこそ気をつけて。お兄ちゃんってドジっ娘なんだから。足つったりしないでよ?私はお兄ちゃんを救助できないからね」
今、桜華がドジの後に子じゃなくて、娘ってつけた気がする。
それにしても波が少々荒くて泳ぎにくて困る。
曇り空だし、これは沖に出ちゃマズイな。
「桜華、あまり岸から離れるなよ。波が出てきているから危ない」
「大丈夫だってば。お兄ちゃんは心配し過ぎ、それよりあの島って何なの?」
彼女が指差すのは1キロくらい離れた場所にある孤島だ。
「さぁ?僕もこの海は初めてだからよく知らないけど、無人島だろ?」
「あそこへ行ってみない?」
「無理はやめておけ。この波じゃ危険だ。大人しく波打ち際で遊びなさい」
「えーっ。行ってみたいなぁ。私は行くよ、見てなさい」
浮き輪で浮かびながら偉そうに言わないでほしい。
彼女は思った通り、荒れた波が桜華をさらう。
「きゃーっ。ま、回る、回る~っ!?うわぁーっ……――」
桜華があっという間に波にのまれて沖へと進行中。
「ちょっと待て、桜華。マジでそれはまずくないか?」
思わぬ海流の早さに僕は焦る。
僕はとりあえず岸にあがって祖父に携帯で電話する。
「……あっ、お祖父ちゃん?僕だけど、え?ボクボク詐欺?違うからっ!桜華が大変なんだ。え?お金は無いぞ?その手には乗らん?だ、だから違うんだってば。海が荒れて、桜華が……あれ?」
ピーっという音、僕の携帯電話の電池が切れた音だ。
このタイミングで電池切れってついてなさすぎる。
祖父への連絡も未遂で終わり、僕は仕方なく自分で彼女を助けることにする。
雨も降ってきそうだったので僕は荷物をパラソルの下に集めておく。
いざという時はこれで分かるはずだ。
「くっ、桜華は?まだ見える範囲にいるか」
事態は一刻を争う非常事態になってる。
高波にさらわれたそこでお終いだ。
「急いで助けなきゃ……どうすればいい?」
このまま、見過ごすわけにはいかない。
僕は桜花の持ってきた予備の浮き輪とタオルが入ったビニール袋を手に海へと入る。
波の強さは先ほどよりも増してきている。
泳ぎながら桜華に何とか追いつけた。
「お、お兄ちゃん、助けてっ!」
「大人しくジッとして。今ならまだ波もそれほど高くない。これ以上、海が荒れたら本気でまずいから。この距離ならあの島の方が近いか」
このままだと僕らはどうしようもできない。
ゆっくりと流されるようにして、無理に戻ろうとせずに島に向かう。
溺れるという事が一番怖い。
やがて、僕らは島へとたどり着く。
そこは無人島ではあるが建物がある。
神社か、何かのようだ。
「桜華?大丈夫、あそこまで歩ける?」
「うん、何とか。うわっ、風も出てきたし、どーしよう」
「避難だ、避難。あの神社の中に入ろう」
僕らは浮き輪を片手に神社の中に入る。
外は雨も降り出して来た、本格的にマズイ。
この神社は祭りか何かをするためのものなんだろう。
定期的に手入れはされているみたいだ。
ろうそくがあったので、それに火をつけて明かりを灯す。
「よしっ、とりあえずこれでいいか。桜華、持ってきたビニール袋の中にタオルが入ってるからそれで身体を拭いて。その、身体を隠してくれると僕としては安心するから……とんでもない目にあってるなぁ」
僕らはそれぞれ身体を温める事にした。下手に体温を下げるのは危険だ。
幸いにも仮眠用だろうか、タオルケットが奥の方にあった。
それを桜華に渡してひとまずは休息だ。
「……これからどうなるんだろう?」
「さぁ?一応、お祖父ちゃんに連絡したけど、ボクボク詐欺とか間違えられた。荷物とかまとめておいたから気づいてくれるといいな」
僕らはこの孤島でふたりっきり。
助けが来るまで待つしかないんだ。
「お兄ちゃん、ごめんなさい。私のせいだよ」
「その説教はあと。今、できることをしないとね」
僕らは危機的な状況に巻き込まれている。
このピンチ、どうすればいいんだ?