第48章:白い薔薇の誘い
【SIDE:七森春日】
最近、僕の中で少しずつ桜華に対して気持ちが変化している気がする。
それはただの気持ちではなく、恋愛感情込みで揺れ動く心。
恋をした事がない以上、恋と言う事が何だか分からない。
だが、確実に言えるのは僕にある変化が起きていると言う事だけだ。
それは夢か現実か……。
僕らの周囲を囲みこむのは一面の花畑。
「ねぇ、春ちゃん。私の事、好きって言ってよ」
僕を押し倒すような恰好で甘く囁くのは義妹の桜華だ。
よく見えれば彼女はドレスのような可愛らしい服装を着ている。
そして、なぜか僕も同様なドレスを着せられていた。
「え?うぇ!?」
慌てふためく僕を不思議そうに見つめめる彼女。
「どうかしたの、春ちゃん?」
「春ちゃん?あぁ、そうか。この格好だから……って、何で僕はこんな恰好を!?」
少なくとも僕は女装をして喜ぶ危ない趣味や嗜好の持ち主ではない。
毎回、させられているのはホントに嘆き悲しいことなのだ。
「もうっ、何を慌ててるの?いつものことじゃない、ほら、来て……」
彼女は僕の手を握りしめて導く。
白い薔薇が地面に散りばめられている世界。
白い薔薇の花言葉は「純潔」「無邪気」「私は貴方にふさわしい」。
そう言う意味では桜華には赤い薔薇の方が情熱的で似合う。
なぜ白薔薇なんだろう?
「春ちゃん……照れないで素直に言って。私の事、好き?」
「桜華、僕は何度も言うけれど……ぬわぁ!?」
いきなり桜華が僕を薔薇の方へと突き飛ばす。
薔薇の棘が突き刺さると言う展開にはならず、ふんわりと僕を包み込む。
その白薔薇はまるでクッションのような柔らかさ。
薔薇の甘く香る匂い、桜華は僕に言う。
「せっかくのふたりっきりなんだもん。つまらない事は言わないで。本音を聞かせて……春ちゃんの想いを私に伝えてほしいの。我慢なんてしなくていいんだよ?」
間近に迫りつつある桜華の顔。
僕は「ホントの気持ち……」と彼女から目をそらせない。
「そう、貴方の本当の気持ちが知りたいの」
彼女は微笑みながら僕に言うのだ。
「春ちゃん。私の事、好きなら望んだん通りにしてあげるよ?」
「は?えっと、それはどういう意味で?」
「どういう意味で?そんな事、聞くんだ」
桜華がこちらを意地悪そうな表情をして見ている。
見た目に騙されてはいけない小悪魔な美少女。
それが桜華だと言う事を身を持って僕は知っている。
「それは……こう言う意味だよ」
その誘惑に乗ってはいけないと脳内に鳴り響く警音。
「――兄妹がしちゃいけない事、しちゃおっか?」
桜華は桃色の小さな唇に指を当てて、思わぬ発言をする。
動揺しまくった僕は否定することしかできない。
「だ、ダメだよ!?さすがにそれは……しちゃいけない事はしちゃダメですっ!?」
「ダメと言われたら余計にしたくなるのが人の性ってよく言うでしょ」
桜華は僕に詰め寄ると潤んだ瞳でこちらを見つめる。
「大丈夫、痛いのは最初だけってよく言うじゃない?」
「……だ、ダメだぁ!?」
僕は覆いかぶさってくる桜華を何とかして振り払おうとする。
しかし、彼女の誘惑に負けそうになる自分がいたりして。
いけない、僕らはこれ以上は進んじゃいけませーん!?
「大好きよ。ねぇ、春ちゃん。お互いに初めて不慣れなんだから緊張してる?」
白い薔薇の花に包まれて甘い義妹の誘惑に僕は――。
「――それ以上はダメだってば!!」
僕が叫ぶと、なぜか桜華の「きゃっ!?」という声が聞こえる。
目を見開くと僕はベッドの上で寝ていた。
どうやら夢だったようだ……ホッと一安心。
夢とは言え、いきなり脱ぎだすのはマジで勘弁してください。
「もうっ、いきなり大声出すのはやめてよ。びっくりするじゃない」
「あれ?桜華?何で僕の部屋にいるの?」
そこには片手に口紅を持つ桜華がいた。
彼女は気まずそうな顔すらせず、堂々と言い放つ。
「お兄ちゃんに化粧でもさせようかなって」
「そういう悪戯はしない。しかも、堂々とし過ぎです。はぁ……」
僕は脱力感に襲われてうなだれる。
桜華のせいで変な夢まで見ちゃったし……。
「だって、これからおでかけするのに、起きてくれないんだもんっ。今日は明後日の旅行の準備をするって言ったでしょ」
「旅行ってなんだっけ?」
「まだ寝ぼけているの?お祖母ちゃんのところへ行くんだって言ったでしょ。ほら、起きるの、起きないなら……無理やりにでも、むぎゅっ!?」
僕は顔を近づけてくる桜華を掴みながら思い出す。
そういや、旅行と言われて分からなかったけど、お盆には毎年、祖父母の家に行くことになっている。
だが、今年は母方の祖父母が去年の秋ごろから田舎暮らしを始めたとかでかなり遠方に住んでいるのだ。
都会暮らしより田舎暮らしの方がいいいらしいけど、僕らはまだそこへ行った事がない。
両親は都合が悪くて行けないので僕達がふたりで行くことになった。
そのため、桜華は旅行という表現を使ったのだ。
「分かった。すぐに起きるから外に出て」
「着替えの手伝いとかいらない?」
「いりません。お願いだから出て行ってください」
僕はため息をつきながら彼女を部屋から追い出して着替える。
油断も隙もないな……ん、何か唇についてる?
僕は鏡を見てみると、既に手遅れ、唇紅が塗られていた。
「このせいで、妙な夢を見たのかも」
僕は頭を抱えながらティッシュで唇を拭く。
うぅ、赤い色が中々落ちにくい……。
「ほら、お兄ちゃん。これ使ったらすぐに落ちるよ」
顔を覗かせる桜華に何かの液体が入ったボトルを手渡される。
「桜華、分かっていたならやめなさい」
「えへへっ。いいじゃん、そのままで美少女っぽいじゃない」
全然よくないから。
僕は洗面所に行って口紅を洗い流すことにした。
朝から面倒なことに巻き込まれてしまった。
ホントに悪戯好きな義妹を持つと大変だ。
「お兄ちゃんーっ、早く準備してよね」
「誰のせいだと思ってるんだよ。やっと落ちたし」
洗い終えた唇が何だか変な感じがする。
「……桜華の悪戯防止のために寝る前には部屋の鍵をしめておこう」
僕はそんな事を考えながらリビングへと行く事にしたんだ。