第47章:花火の華《後編》
【SIDE:七森春日】
せっかくの花火大会なのに、なぜか桜華の女物の浴衣を着せられた。
挙句の果てに男にナンパされたりして散々な結末に。
危うく桜華に男趣味だと勘違いされそうになるし……。
僕らは夜店に戻ると適当に食べ物を買っていく。
先ほどまでかき氷を食べていた桜華がいきなり僕に言う。
「そうだ、お兄ちゃん。お願いがあるんだけど?」
「……へ、変なことはやめてくれ」
「何でびびってるの?」
「だって、桜華のお願いなんてひどい目にあわされたことしかないし」
僕の記憶の限り、何度涙を流す結末になったか。
思い出すだけで身体が震える事も一度や二度ではない。
「大丈夫よ、お願いって言っても変な事じゃないから」
彼女は僕に何をさせたいのか。
何もしないと言って警戒を解く僕ではない。
「警戒心抱かれまくると逆に困るわ。ただ、雰囲気的に手を繋ぎたいって思っただけなのに。そんなに私が怖いの、お兄ちゃん?正直に言って見なさい」
「え?あぁ、まぁ……ね?」
「ぶーっ。ひどいよ、私はお兄ちゃんに危害を加えるつもりはないから安心して。乙女ちっくなお願いじゃない?」
「乙女チック。桜華からもっともかけ離れているような……す、すみません。言いすぎました、ごめんなさい。睨むのはやめてください」
桜華が僕の足元を踏もうと狙ってる!?
僕は怯えながら後ずさりする。
「こほんっ……。お兄ちゃんが普段、私をどーいう目で見ているのかよく分かった」
「僕にとって桜華は……近所にいるちょっと怖い、よく吠える犬かも。隣を通ったらすぐに吠えてきて、ビクッてしてしまう怖い犬っているじゃないか。あっ、今日は吠えないんだ、っていう感覚で……いたっ!?」
ガブッとひと噛み、桜華の鋭い蹴りが僕のすねを直撃する。
「私をワンちゃんに例えるなんてひどいわ」
「だ、だって……ホントに今みたいに噛んでくるじゃん」
「言うならば甘えているのよ?可愛い妹が『お兄ちゃん~っ(はぁと)』ってね?」
「……暴力的な愛情表現をする義妹はいりません」
桜華の甘えるは世間一般での妹が兄に甘えるものとは何か違う。
僕はそんな事を切実に思いながらされるがままに桜華と手を繋ぐ。
桜華と手を繋ぐことって別に嫌いじゃない。
ただ密着する距離が近づくことがドキマギさせられる。
「……こーしてると仲のいい姉妹に見えるんだろうね?」
「その件に関してはノーコメントでお願いします」
「何よ、それ。つまんなーい。お兄ちゃん、もっと近づいてもいい?」
「ダメ。ちゃんと距離を決めて。はい、もう少しだけ離れる」
桜華との適切距離を離しながら僕は歩く。
「お兄ちゃんは照れ屋さんなんだよね」
「それ、何か違う……」
桜華と僕はメイン会場へと踏み込む。
人の多さに嫌になるけど、どこにいくんだろ?
「桜華、離れた場所で見た方がよくないのか?」
「大丈夫だって。ちゃんと場所は予約しているから」
「え?そうなの?どこからお金が……」
特別見学席とかって結構なお値段するはず。
現在の桜華の資金力はかなりと見た……。
すると彼女は微笑して否定する。
「私じゃないよ?さすがにそこまではしないって。あのね、うちのモデル事務所の社長はいつもこの花火大会を見学席取って見ているの。それで、その場所は広めだから来てもいいよって。だから、事務所仲間とかいるけど、別にいいよね?」
「……そうだったんだ。てっきりふたりだと思ってた」
桜華の性格だとふたりっきりを望むんだと思っていたんだけど違ったらしい。
「それはそれで、その辺りの暗闇にお兄ちゃんを押し倒しちゃいそうだし」
「ぜひ、皆さんと一緒がいいですっ!」
「その反応に私の心は傷ついた。ふーん、いいもんねっ。お兄ちゃんは自分が今、どういう恰好しているか忘れてない?今のお兄ちゃんは誰よりも可愛い美人だということを!」
そうでした、女装状態で他人に会う事がいかに悲しいことか。
僕は帰りたくなって、回れ右をする。
「こら、逃げようとしない。いいから来なさい」
「嫌だよ、僕が変態だと思われるじゃないか」
「……可愛いは正義ってよく言うでしょ?大丈夫よ、大丈夫」
「何が大丈夫なのか、根拠を示してください」
桜華の無駄な自信がとても気になる。
うぅ、僕は女装好きの変態さんじゃないよ。
強引に連れてこられた場所には綺麗な女の人や事務所の関係者と思われる人が集まっている、しかも、かなり広いスペースがある。
そこではバーベキューパーティーのような食事もしている様子だ。
「あら、桜華ちゃんじゃない。やっと来たの?」
「途中でナンパとか会っちゃいまして(主にお兄ちゃんが)」
「そうなんだぁ。あっ、隣の子、めっちゃ可愛いじゃない?桜華ちゃん、友達を連れて来たの。はじめまして、桜華ちゃんのモデル事務所の社長、神崎(かんざき)よ」
挨拶してきたのは美人な女性だ、年は30代前半と言った感じかな。
神崎さん僕はただ頷くくらいしなかない。
「……ねぇ、キミ、モデルとか興味ない?これだけ可愛いと男性向けの方で結構需要あると思うわ。どうかしら?」
「社長、私には男向けのモデルさせてくれないのに」
「だって桜華ちゃんは圧倒的に同世代の女の子から支持が高いんだもの」
ふたりの仲はいいようだ、軽く笑いあっている。
それにしても、ファッション系とか色々とモデルにも種類があるらしい。
「……あぁ、紹介しますね。これ、私の兄の春日でーすっ」
「は、はじめまして。あの、この格好は桜華に無理やりさせられているだけで、決して僕に女装趣味はないのでその辺の勘違いだけはやめてください」
最悪の紹介に一瞬、その場が沈黙する。
ま、まずいです。
変態が来たとか思われたどうしよう。
神崎さんは僕の方をジッと見て、言葉を放つ。
もしかしなくても……ドン引きされてる?
「え、えーっ!?ホントに男の子なのっ!?可愛いじゃない、OKよ、OK!世の中、可愛いは正義だもの。それを否定する人はいないわ」
「そうよ。これって桜華のチョイス?いいじゃない?」
「これだけ、女の子向けの服が似合う男の子って中々いないわよね。しかも、よくいる女装趣味の男の子、じゃなくてホントの子みたいに見えるし」
神崎さんを含めた関係者やモデルの女の人達は僕を囲んで褒められる。
全然、嬉しくないけど……ちょっぴり否定されなかった事は安心。
桜華は「私の兄は可愛いでしょ」と自慢気だ。
「それにしてもホントに男の子って思っちゃうくらい綺麗な子じゃない。桜華が彼に夢中になるわけだ。知ってます、お兄さん。この子のブラコンぶりってかなり有名なんですよ。義理の兄がこれだけ美人だとそりゃ夢中にもなりますよねー」
「やめてよ、もうっ。私がお兄ちゃんに夢中じゃないの。お兄ちゃんの方が私に夢中ってことなの。そこは間違えないで」
「いや、それは間違えてもないからね。変な誤解は与えないでください」
あらかた皆さんにいじられてようやく僕らは席へとつけた。
海の砂浜に設置されている特別席は特等席だ。
当然、花火が一番よく見える場所にある。
「はい、お兄ちゃん。食べ物と飲み物、もらってきたよ」
「飲み物だけでいいよ……何だか疲れた」
「そんな事言わないでよ。皆いい人でしょ?お兄ちゃんの事、気にいっていつか写真撮りたいってカメラマンさんが言ってたよ。社長も乗り気だったし、(女装)モデルデビューしちゃう?」
「それ、やめて……僕には縁のない世界でありたい」
と、本気で思います。
僕の願いはむなしく、神崎さんからは名刺も渡されたりしてる。
僕はもらったオレンジジュースを飲みながら言う。
「否定されなかっただけマシかな。変態だと言われるのだけは避けたかった」
「言うわけないじゃん。こっちは本職だよ?モデルって言うのはいろんな人がいるの。その人に似合っているものは否定しない。お兄ちゃんがブサイク野郎で女装趣味ならドン引きだけど女顔で女装がよく似合って何が不満なわけ?」
「男として思いっきり不満だよ。不満がなければおかしいでしょう」
文句を言いたくなる気持ちを秘めながら僕は空を見上げた。
会場内も賑わい、本番が始まる様子だ。
「あっ、そろそろ始まるよ」
桜華の言った通り、やがて空には次々と明るい光が放たれる。
夜空に綺麗な華を咲かせる、それが花火。
ドーンッという大きな音と共に打ちあがる。
色彩鮮やかな花火、綺麗すぎる光景に見とれている僕ら。
「……やっぱり、お金出してみる席は全然違うね」
普段の雑踏の中で見る花火とは違う。
あれはあれでいいけれど、このような場所で見るのもかなり眺めがいい。
何より落ち着いて見ていられるのが何よりも最高だ。
「今年の夏の想い出、ゲット!お兄ちゃん、楽しいよね?」
「うん……僕もそう思うよ」
夏の暑さを忘れてしまうような納涼花火大会。
うっとりとした瞳で空を見上げる妹が可愛らしく見えた。
花火の光に照らされた桜華。
漆黒の長髪に浴衣姿、僕の義妹は本当に“見た目だけ”はかなり可愛いと思う。
性格の方も、もう少し可愛らしければいいんですけどね。
「ん?どうしたの?私のこと、チューでもしたくなった?」
「そんなわけないでしょ。ほら、これでも食べて大人しく花火でも見てなさい」
僕は桜華にあんず飴を差し出しながら、その隣で一緒の花火を眺め続けていた。