第45章:真夏の空の下へ
【SIDE:七森桜華】
「……やっぱり夏と言えば海、できれば広い海よね?」
「それは海じゃなくてプールに連れてきた僕への当てつけ?」
「全然。連れてきてくれただけでも嬉しいよ」
春ちゃんが私を朝から連れてきてくれたのは海じゃなくて屋外プールだ。
何やらとある経由(多分、信吾さん経由)でプールのチケットをもらったらしく、一緒に行かないかと誘われたのです、いぇいっ。
今日は夜は花火もあるし、超楽しい一日になりそう。
「よしっ、それじゃさっそくウォータースライダーに乗ろうよ」
「ダメ。まずは身体を水を慣れさせてからだ」
「むぅ、そういうところ、お兄ちゃんってホント真面目さんなんだから」
その前に私は定番の水着チェックを強制的にお兄ちゃんにさせる。
私の今日来ている水着は夏の新作(春先ごろに仕事関係でもらった)。
まだ実際にプライベートで着たことはない。
……見せたい相手が春ちゃんしかいないんだもんっ。
鮮やかな青い色が印象的なビキニ。
ふっ、あまり自慢できない胸のあたりが寂しい。
いいもん、世の中大きさじゃないもん、バランスの良さこそが……。
「……?」
春ちゃんの視線はつい胸の大きな女の子の方へ。
「って、言ってる傍からそちらを見ない!」
私はすぐに彼の顔を掴んでグイッとこちらを向かせる。
「……え?あ、違うって。そういうんじゃなくて」
「どういうつもり?ふんっ、どうせ私は胸に魅力がないですよー、ぷいっ」
「だから、桜華。誤解です、思いっきり誤解ですから。ほら、あの子、同じ学校の子で見たことあるなってそれだけだよ」
ホントかしら、まぁ、春ちゃんはあんまり嘘つかないから信じる。
「それで、私はどうなのよ?ん?」
と、つめよるとようやく望んだ答えを言ってくれる。
「えっと、可愛らしくていいと思う」
「最初からそう素直に言えばいいのよ」
「ごめん……なぜか分からないけど謝っておく」
春ちゃんは「泳ぐ前にはしっかりと体操しておくこと」と定番のセリフをはく。
彼の言う通り、体操してからプールへと飛び込んだ。
水は暑さに苦しむ身体を冷やしてくれる。
「うーん、冷たくて気持ちいい~っ」
「……あれ、桜華って泳げったっけ?」
「何かめっちゃ失礼な事を言われている。泳げるよ……25メートルくらいは」
実は子供の頃から全く泳げず、海へ入っても腰辺りまでが限界。
泳ぐと言っても浮いてるに近い……。
それに比べて春ちゃんは地味に泳ぎが得意だったりするの。
「それにここのプールってそんなに深さがないから溺れないし」
「浮き輪なしでも大丈夫なんだ?」
「当然よ。浮き輪なんて卒業済みに決まってるじゃない」
何を今さら言ってるのかしら、おほほっ。
私は水をバシャッと手のひらで叩く。
「それじゃ、僕から手を離してくれない?」
「……てへっ」
思いっきり春ちゃんに抱きついてました。
だって、沈んだらどうするのよ。
水をなめちゃいけないのよ、水の事故は怖いんだからねっ。
「これは、その……そうよ、お兄ちゃんが好きで抱きついているだけじゃない。何よ、そんな嫌そうに言わなくても。こう言う時は喜ぶのが男でしょ」
「とても言いにくいんだけど、えっと……当たってるんですけど」
どうやら春ちゃんが顔を赤らめて照れているのはそれが理由らしい。
ピタッと密着する身体、触れる肌と肌……。
「当ててんのよ♪……いたっ、うわぁーん、お兄ちゃんが叩いた」
「桜華がつまらない事を言うからだ」
すぐさま軽くおでこを叩かれてしまった。
うぅ、こー言うときは素直にドキッとしてくれてもいいじゃん。
教育的指導とか、春ちゃんは男として何かがおかしい。
ハッ、もしや、春ちゃんって実はもしかしなくてもアレ系だったりして。
「……お兄ちゃん、実は女装に興味があってお姉言葉とか使ったり。ホントは男の子が好き?」
「何でいきなりそっち系の疑惑がわくんだよ、桜華。僕は過去に強引に女装はさせられたけど、それを快感に思ったりしていないし、目覚めてもいない」
「だって、実は男の子の興味があるとかしか思えなくて。私の身体に興味もってくれないとダメ」
私が拗ねると春ちゃんは困った顔をして言うんだ。
「あのね、桜華。そういうんじゃないだってば。見た目が変わっても中身は変わらないね。ほら、抱きつくのは禁止だ」
私を引き離す春ちゃん、私はちょっぴり不満だ。
「だって離したらお兄ちゃんに沈められるもの」
「そんな悪戯しないから。ゆっくり離すよ」
私はプールを再び漂うことに。
プールはね、海みたいに何もしないでも浮かないから嫌いよ。
つま先立ちで何とか移動しつつ、頑張って泳ぎはじめる。
「息継ぎもクロールもできるのにどうして泳げないんだろう?不思議だわ」
「足が悪いんだよ。もう少しバタつかせる足を動かし方をスムーズにできれば……?」
「ん?何よ、ほら、私の手を持ってよ」
「そういうことか。はい、どうぞ、お姫様」
私が差し出した手を春ちゃんは握ってくれる。
泳ぎの練習、子供の時はよく彼がこうしてくれたっけ。
一応、泳げないんではなくて泳ぎが下手なのです。
だから、ちょっとバタ足したら何とか泳げる形にはなる。
「いい感じじゃない。泳げてるね、私」
「……それじゃ、手を離してみよっか。行くよ」
春ちゃんが私の手を離した瞬間、身体が水中へと沈みこんでいく。
「けふっ……な、何で沈むの、私……」
「力が入りすぎているんだ、ゆっくり、慌てないで」
「ていっ、そんなの無意味だ。私はお兄ちゃんに抱きつくだけ」
「だから、それはやめてってば。あっ、ちょっと待て。桜華、落ち着け、動くなよ」
私が抱きつくといきなり春ちゃんが私を制止する。
何のことか分からず動こうとするといきなりぎゅっと抱きしめられた。
「ふぇ?え?な、何なの?」
「動かないで、桜華。僕の腕に桜華の水着が引っかかっているんだ。今、下手に動くと非常にマズイことになる」
「……と、とりあえずジッとしているから早くしてよ」
春ちゃんに抱擁されてこっちは心臓ドキドキ状態。
やっぱり筋肉の付き方とか私と違う、女顔だけど男の子なんだよね……。
うにゅ、春ちゃんが好き……。
「うわっ、変に指の方に絡まってる。ごめん、ちょっと触るかも」
「ひゃんっ。へ、変なところ、触らないでよ、んぅっ。そこはダメッ」
「いや、桜華も変な声を出さないでくれ」
「だって、くすぐったくて……ふわぁっ」
春ちゃんの指が私のちょうど脇腹辺りに触れるからくすぐったくてしょうがない。
水の中なので周囲の誰にも気づかれてはいないみたいだ。
「はい、とれたよ。はぁ……ものすごく疲れた」
「私も緊張しまくり。罰としてお兄ちゃんは私に付き合ってウォータースライダーに一緒に乗ること。いいわね?」
照れを誤魔化すためにも私はいつもの口調でそう言った。
だって……いろんなところ、触られちゃったし。
春ちゃんに触られる事は嫌じゃないけど人目のつくところは嫌だ。
渋る彼に私は何とウォータースライダー乗り場まで連れてくる。
「ウォータースライダーに乗るとき、私を後ろから抱きしめて。いい、下手に離すと痛い目に合わせるからね」
「はいはい、大人しくしておくよ」
一緒に勢いよくスライダーを滑って行く。
こういうの一度やってみたかったんだよね、えへへっ。
「おおっ、中々のスピード感。楽しい~っ、ねぇ、お兄ちゃん?」
「す、滑って行くのが怖いんですけど。うわっ!」
「ちょっとお兄ちゃん?また手が私の胸の方へ近づいて?聞いてます?」
どうやら春ちゃんはそれどころではないらしい。
そうだ、春ちゃんは絶叫系が超がつくくらいダメなんだ。
「……しょうがないなぁ」
私はクスッと微笑むとその余裕がいけなかったんだろう。
春ちゃんの手が私のお腹辺りを掴んだ事もあり、私はバランスを崩した。
「んにゃー!?」
そのまま2人仲良くザブンッと勢いよくプールへとダイブ。
最後の最後、頭から突っ込んでしまって私は水へと沈んでいく。
「やっと……終わったのか?あれ?桜華がいない?って、何か沈んでる!?」
ぶくぶくと沈み中の私を春ちゃんが引き揚げてくれる。
「うきゅぅ、お兄ちゃんは意地悪だよ」
「ご、ごめん。僕はとんでもないことを……」
「もうっ、お兄ちゃんのバカ。お腹を掴むのは反則!」
「……あれ、お腹だったのか。はぁ」
そこでなぜホッとする春ちゃん?
「どこだと思ったの?」
「ど、どこって、え?あ、いや、別に。ほ、ほら、次はのんびりと流れるプールの方へ行こう」
私を連れて行く春ちゃん、何やら誤魔化されてしまった。
それからは穏やかに純粋にプールを楽しむことにした。
泳ぎも少しだけ覚えたし、春ちゃんとの楽しい時間も過ごせたから超満足。
……ただ、春ちゃんに触れられるのはドキドキで大変でした。