第44章:想いを繋ぐ花《後編》
【SIDE:七森春日】
桜華が可愛くなった。
と言っては言葉が悪いかもしれないけど、ホントに可愛くなった。
外見が変わっただけでずいぶんと印象が変わるものだ。
元々素材は一流だから可愛くて当然だ。
ただ、容姿が僕好みになっただけで僕はすんなりと桜華に惹かれていた。
「……はぁ、お前って結構単純な男だよな。お兄ちゃんって呼ばれたり、ちょいと見ためが変わっただけですっかり心を許しやがって。また痛い目みてもいいのか?」
「だって、ホントに可愛いじゃないか」
いつものように園芸部の活動で学校に来ていた。
偶然、通りがかったお兄ちゃんに桜華の話をしてみた。
すると何だか呆れた反応を見せたんだ。
「しかし、桜華も桜華で純粋な女だな。気が強いっていう性格を何とかしたらいい女になると思うんだが……。で、お前的にクリティカルヒットか?」
「うん。けど、桜華の方がちょっと消極的になってるというか、いつもの彼女らしくないんだよね。どうしたんだろう?」
大人しいと言えばいいのかな。
最近の桜華は以前の彼女らしさがないために逆に心配だ。
「あー。あれじゃないのか。春日の前ではお淑やかキャラを作っているんじゃないのか?あの見た目だって春日の好みに合わせてあるんだからさ」
「え?そうなの?」
「そうだとも。この間、お前、宗岡とデートしてただろ。あの後をつけている桜華に出会って、強制的に学校まで連れて来た。そこで相談されたから、お前の好みタイプの女性像を言ってみたら、本気で容姿を変えてきたということだ」
なるほど、桜華の“劇的なビフォーでアフター”にはそういう理由があったらしい。
僕の好みか、そう言われてみると今の桜華はジャストミートしている。
「……それで、お前は何が問題だ?今度こそ付き合ってやるのか?」
「え?あ、うん……その話だよね」
「いい加減、交際してやれよ。じゃなきゃ、桜華が可哀想すぎる」
確かに僕は桜華の事を妹ではなく女の子として見ている。
その気持ちがないとは言えないけども、悩みとして誰かと付き合って何が変わるのかが知りたいんだ。
交際ってそう単純なものではないと僕は思っている。
「桜華と恋人になったら何が変わるんだろう?」
「少なくともお前らの関係は激変するんじゃないのか?我が侭な妹を前に困らせら続けてきたんだろう?」
「……その辺は昔よりずいぶん改善されてきているじゃないか」
現にほんのちょっと前より、今の方が関係はずっと良くなってきている。
目に見えて変わるもの、目に見えない変わるもの。
僕は変化を恐れているのかもしれない。
中庭に咲いている花に目を向ける。
花は常に成長をしていく、綺麗な花を咲かせるために。
人も同じだ、成長という意味では花よりもずっと大きく成長していく。
ただ、水を与え過ぎれば花は枯れるし、肥料をあげすぎても花は枯れてしまう。
花を枯らさないように育てるのはそれなりに大変なことだ。
人間も同じ、ひとつの過程を間違えれば悪くなる。
今、桜華を傷つけてしまう事は後の彼女に悪影響を与えてしまうということだ。
「いいか、春日。人生経験の長い俺からの忠告だ。女の子ってのは大事にしておかないと後がものすごく怖い。例えば、顔も知らない生徒に告白されてそれを無下に断っても悪いことではない。だが、態度次第で相手はその好意を殺意に変えることもあるわけだ」
「……やけにリアリティーのある発言だね、お兄ちゃん」
「こほんっ。べ、別にそのあと襲われたりしたわけじゃないぞ、うん。刃物はさすがにやばいなって説得したし、そのあと、恋人にも危害を加えられそうになってさすがにまずいと警察に相談したわけでもない」
「しかも、つい最近のこと!?……そう言えば、夏休みに入る前にこの高校をやめて別の高校に移った女子生徒がいたって話を聞いたような」
まさかその被害者がお兄ちゃんだったなんて。
彼は遠い目をしてポツリと呟く。
「つまりだ、女の子って怖い生き物なのさ」
「うん、その話を聞いて僕もそう思うよ」
人の想いを踏みにじる態度にはくれぐれも気をつけましょう。
「……というわけで、桜華の扱いには危険物取扱いなみに気をつけなさい。積もりに積もった怒りとか不満は爆発したえらい事になる。その気がない、と一蹴するのはやめて、たまにはご機嫌とりもしておいてやれってことだ」
「分かった。その辺には気をつけるよ……お兄ちゃんみたいになりたくないし」
彼は「教師って年上好きな女にモテる職業だけど、対応間違えてヤンデレ娘の怒りを買ってひどいめにあったという話をよく聞くよな」とため息をつく。
教師ってホントに大変です。
思春期の子供相手に向き合わなきゃいけない仕事だからね。
家に帰って桜華が僕の部屋に置いていった携帯ゲーム機で遊ぶ。
普段、ゲームをしない僕だけど、花を育てるガーデニングゲームというのが出たらしくて、それを楽しんでいた。
ちなみにゲーム機とソフトは桜華からのプレゼントだ。
何気に面白いで僕なりにハマっている。
「……花はいい。ゲームでも綺麗に咲くと嬉しくなる。感動だな」
僕はそんな楽しみに心を躍らせていると、桜華が帰ってきたようだ。
廊下に顔をのぞかせると、ぐったりとして肩を落としている。
「おかえり、桜華?な、何かあったのか?」
「めっちゃくちゃ説教されたのよ。モデルの事務所の社長からね。髪型変えたのは別に悪気があったわけじゃないじゃん。でも、私の魅力はそこじゃないって。ごめんね。春ちゃん、この髪型、夏が終わったら強制的に戻されるわ」
自分の髪をいじりながら桜華はしょげた口調で言う。
どうやらモデルのお仕事の関係でもめていた様子。
信吾お兄ちゃんの話だと僕のためにわざわざ髪を変えたらしい。
その責任は僕にも感じざるをえない。
「そりゃ、私も許可なく、いじちゃったのは悪いと思うけど……」
「モデルのお仕事、やめさせられるのか?」
「今回は注意だけ。夏休み終わったらその髪型を元に戻せって。それまではこの髪型でもオッケーだって認めてくれたわ。この夏に撮るお仕事のコンセプトに偶然あってくれたからね。そうじゃなかったらすぐにでも戻されたかも」
桜華のモデルの仕事に影響を与えてしまったようだ。
僕はそれが何だか悪い気がした。
「悪かったな、桜華」
「何でお兄ちゃんが謝るわけ?私の責任よ。すべて分かっていてやったの。……それでもお兄ちゃんに可愛いって思ってもらえたらそれでいいの。だから気にしないで」
僕は桜華の頭を撫でてあげる。
桜華って頭を撫でられることが好きらしい。
くすぐったそうに彼女は「お兄ちゃんって優しい」と言って喜ぶ。
「……そうだ、そう言えば明日って花火大会だよね。どう、一緒に見に行かない?」
「デートのお誘い?う、嘘っ!?お兄ちゃんからデートに誘われるって初めての経験かも。いいの?私が相手でも?」
「よくなかったら誘わないし。行こうよ」
「確認だけど……他に誰か一緒とかないよね?違うよね?」
何でそんな確認をするかな。
僕は「誰も他に来ないよ。他に誘う?」と尋ねてみた。
「ふたりがいい。新しい浴衣を買ってあるの。嬉しいな、お兄ちゃんの方から誘ってくれるなんて……ホントに嬉しい」
顔を赤らめて嬉しそうに微笑む彼女。
――ドキッ。
「……ぁっ……!?」
僕は思わず心臓の高鳴りを感じてしまう。
まずい、桜華の黒髪の色っぽさが僕をおかしくしているかもしれない。
「それじゃ、楽しみにしているから」
桜華は機嫌をよくして部屋へと戻っていく。
女の子ってホントに難しい生き物です。
だからこそ、可愛いとか思えるんだろうなって……。
少しだけ僕らの関係は前進したかな?