第41章:好きと言えなくて《中編》
【SIDE:七森桜華】
……せっかくの夏休みも春ちゃんと仲直りできそうにない。
私は沈んだ気分で毎日を過ごしていた。
「はい、オッケーよ。桜華ちゃん、この後は別の衣装でお願いね」
「分かった。今度のも冬モノの新作か。夏に冬物って暑いからキツイわ。せめて秋物にして」
「あら、冬に水着を着るのがこの業界でしょ。今回のはまだマシじゃない?」
それは言えているかも、ファッションモデルだと時期を先取りして撮影するから大変なの。
今日はモデルのお仕事、夏休みに入ってから週に3回は仕事をしている。
このお仕事は大変だけどやりがいがあるから好き。
求められたポーズをとると女性カメラマンさんが次々と写真を撮っていく
私は写真がとても好きだ。
自分のいい表情を撮ってもらう瞬間がとてもいい。
ナルシストというわけじゃないけど、誰だって自分が好きじゃないと嫌でしょう?
「うーん。病みあがりからかしら。表情が少しさえないけど?」
「ホント?うわぁ、ホントだ。ごめん、ちょっと撮り直して。これはひどいな」
自分でも見せてもらった画像が気に入らない。
ムスッとしている不満そうな顔。
こんな写真じゃ話にならない。
私は一応プロ意識はあるつもりなので、すぐに心を切り替えようとする。
「今回のコンセプト的にはこういう憂いを帯びた表情もありかな。こちらの写真は顔の向きがいい。これを採用しましょう。それに何だかここ最近、桜華ちゃんの調子も悪いみたいだから、今日は帰って休んでいいわよ」
「ガーン。それってまさか戦力外通告!?」
「違うってば。桜華ちゃんはうちの事務所に必要な存在。同世代から圧倒的に支持と人気もあるんだから自ら手放したりしないわよ。そうじゃなくて、悩みとか体調が悪いとか、そういうものがあるならそちらを解決したらどう?次のお仕事にはいつもの桜華ちゃんに戻っておいてほしい」
カメラマンさんにそう言われて私はむぅっと唸るしかない。
つまり、今の私じゃどう撮っても同じ、ということだ。
だから、今日は素直に帰ることにした。
この状況の原因が何なのか私は分かっている。
「はぁ、全く私ってば弱いなぁ……」
私は思いっきりため息をついて自分の弱さを嘆くしかない。
全ての原因は春ちゃんとの喧嘩。
私の想いを否定されて、私を好きと言ってくれるまで口をきかないと言った。
それから2週間経って、ホントに私と春ちゃんは口をきいていない。
正確にいえば春ちゃんは全然気にせず話しかけてくるので私の方が頑張って無視しているんだけど……悲しくなるね。
喧嘩なんてしているようでしていない。
私の一方的な喧嘩、ううん、これは喧嘩というよりただ私が拗ねているだけかも。
状況は芳しくなく、好きと言われる所か、春ちゃんとお話できない辛さで私は限界寸前。
身体の調子もやけになって食べ過ぎたアイスで壊すし、今日みたいに仕事にまで影響を与えてきている。
「あっ、そうだ。お金をおろしてこなきゃ……」
数日後にこの街では毎年夏にやっている花火大会がある。
そのために今年は高校生になったから浴衣を新調しようと思っていた。
それまでのは少し子供っぽいので大人っぽい奴にチェンジ。
モデル事務所のスタイリストさんからお勧めの浴衣を頼んで買ってもらったために、手元にお金がなくなったので銀行で引き下ろさないといけない。
夏は色々と予定外に出費が激しいので困る。
私はすぐに繁華街にある銀行へと足を運んだ。
「……むむっ」
その銀行から出てきた時、私の目に入ってきた光景。
あまりにもショックでびっくりしていしまう。
「何で、あのふたりが!?」
そこにいたのは腕を組んで楽しそうに笑う春ちゃんと我が憎き敵となった宗岡先輩。
何でか知らないけど、二人が一緒にいる。
「あれ、確か春ちゃんって今日は学校にいたんじゃないの?」
園芸部の世話で夏休みでもよく学校にいっているとママから聞いている。
朝から出かけているはずの春ちゃんがなぜ宗岡先輩とデートなんてしているの?
「私の事、無視して他の女の子と遊ぶなんてひどい。このまま好きになんてさせない、邪魔してやるんだからっ!」
私は不機嫌モード全開で彼らの後を追いかけようとする。
こう言う展開は初めてではないので、慣れたものだ。
すぐに追いかけていくけど、ドンっと人にぶつかってしまう。
「おいおい、前は見て歩けよ……って桜華じゃん。何してんだ、お前?」
忘れた頃にやってくる男、私の従兄の信吾さんだ。
彼は両手に荷物の袋を抱えている。
「何だ、じゃないわよ。またアンタか!?狙ってる?実は私の事、狙ってるんでしょ!?毎回タイミング良すぎじゃない。そんなに春ちゃんの邪魔を阻止したいか!あー、もうっ、バカっ!見失っちゃうじゃない」
「おい、こらっ。誰がバカだ、そっちからぶつかっておいて。まぁいい、荷物を持て」
「は?何で私が信吾さんの荷物持ちなんてしなくちゃいけないのよ!って、言ってる途中で渡さないでよ。しかも、ちょっと重いし。ふざけんな、こんなの放り投げてやる」
「やめてくれ。それは学園の備品なんだから手荒に扱うな」
夏休み中でも教師は普通に学校に登校して仕事をしているらしい。
普段は授業をする彼ら教師も夏休みは雑用が多いそうだ。
って、そんなことはどうでもいいのよ、公務員なんだから給料分はしっかり働きなさい。
私は慌てて春ちゃんの後を追おうとするけど、どこにもいない。
完全にこの人のせいで見失ってしまった。
「くぉら!信吾さんのせいで春ちゃんを見失ったじゃない!」
「……いや、それが狙いだし」
ボソッと小声で言われたので私は唇を尖らせながら抗議する。
この人は春ちゃん寄りの人間だ。
こちらに不利な事を平気でしてくる。
「やっぱり、それが狙いなのねっ!?何よ、それ!悪意を持って邪魔したの?」
「いや、ただ春日とさっきそこであってデート中みたいな感じで別れたら、後をストーキング中の義妹を見つけたわけだ。これは従兄として邪魔させないでやるのが兄心と言うか。気にするな、ていうわけで手伝いなさい」
「何がどういうわけなのか、分かんないっ!」
「街中でぎゃー、ぎゃー騒ぐな。俺についてこいよ」
有無を言わさない彼に私は渡された荷物を放り投げてやろうかと思った。
この人はやっぱり私にとっては苦手な男だ。
春ちゃんは街中に消えてしまい、どうしようもないので私は彼についていくことに。
「うぅ、春ちゃんが……私の春ちゃんが他の女の子とホテルに……」
「学生服姿でホテルなんていかねぇよ。ったく、発想が飛び過ぎだ。大体、相手は3年の宗岡だろ?アイツはしっかりしているし、安心できる相手だろ」
「それは表面上よく見えるだけ。あの人のホントの怖さを知らなさすぎ。女の子はね、男には見せないだけで内側に“えげつないモノ”を隠し持ってるものなのよ」
「お前に言われると説得力があるな」
感心された口調で言われたので私は「うっさい」と文句を言っておく。
夏休み中に登校日以外で学校に来ることになるなんて。
私はクーラーの効いた職員室に入ると、ようやくその荷物から解放される。
「よし、助かった。雑用御苦労さん、もう帰っていいぞ」
「――てめぇ、調子に乗ってるとぶっ殺すぞ」
夏の暑さと春ちゃんとの問題のイライラがMAXに達してつい言葉が過激になってしまう。
「怖っ!?ホントに口が悪いなぁ、女の子なんだからもう少し品を持て。冗談だ、冗談。ジュースくらいおごってやる。中庭に来いよ」
私は中庭にあるジュースの自動販売機で炭酸ジュースを2本買ってもらった。
これくらいのお礼がないと本気で許さない。
「……そういや、春日と喧嘩中っておばさんから聞いてるが、ついに見放されたのか?」
ベンチに座りながらジュースを飲んでいると、嫌な事を彼は聞いてくる。
この人はそういう事を平気で空気読まずに聞くから嫌い。
「喧嘩じゃないもんっ。戦いなのよ、これは……」
「意味不明すぎ。どうせ、お前が迫って拒まれて勝手に拗ねているだけだろ?」
「ぐすっ……そんなんじゃないもんっ」
「泣くな、その時点で図星か。やれやれだなぁ、何度同じことを繰り返す」
私だって好きで繰り返しているわけじゃない。
毎回、パターンを変えて攻めているの。
だけど、どんなに攻めてもうまくいかない。
「私にはもう打つ手がないの。拉致監禁でもするしか……」
「学校でとんでもない台詞を吐くな。ヤンデレ義妹め。頼むからそちらの意味での暴走はやめてくれ。従兄弟として悲しくなる。せめて、お淑やかかにして欲しい」
「お兄ちゃんが悪いの、私をこんな風にさせたのはお兄ちゃんなんだ!」
「いや、悲劇のヒロインぶられてもやってることは悪女だからな」
信吾さんは私に呆れた声で言う。
毎度のことながら、この人は私の味方になろうという気がサラサラないらしい。
「ふんっ。最初から素直に私のものになっていればよかったのよ。私に反抗したり、他の女の子とデートしたり、そんな事をするから私も傷つくの。ひどいわよ」
「偉い言われようだな。ただの義妹相手には普通の対応だと思うが」
「そこが問題なのよねぇ。どういう攻撃を仕掛けてもまるで効果なし。私は疲れました」
ガックリと肩を落として私はしょげる。
もはや打つ手なし、このまま宗岡先輩に春ちゃんを奪われるしかないのかな。
義妹は義妹、どんなに頑張っても妹としてしか見てもらえない。
その先の未来を望めない、諦めるしか残された道はないの?
「まだお前が試していない方法があるだろう?」
「何よ、私に他に何をしろっていうの?春ちゃんが手に入るなら何でもするわ」
「昔からよく言うだろう。押してダメなら引いてみろ、引いてダメなら押してみろって」
「それでもダメなら蹴り飛ばしてぶち破れってこと?」
信吾さんはものすっごく冷たい目をして「それをして今があるんだろ」と言われてしまった。
「そうじゃなくてさ。春日の場合は心のドアを開けてくれない、しっかり施錠している。押しても引いても、開けられないなら、相手が開けてくれるのを待つしかない。というわけで、恋愛経験豊富な従兄から素晴らしい助言を与えよう」
彼が私に囁きかけた言葉は、それまでの私と違う側面からのアプローチ方法。
私に残された拉致監禁以外の最後の方法。
これしか私が春ちゃんに振り向いてもらえる可能性はないんだ――。