第39章:シークレット・ハート《後編》
【SIDE:七森桜華】
今日の春ちゃんは何だか変だ。
私はせっかくのデートも、なぜかボーっとしている彼が気になっていた。
それにいつもなら普通に反応する事も、今日はしないもん。
手を握っても、腕を組んでも、身体を近づけても。
彼はいつもと違う、どうしちゃったんだろう。
何だかそれが気になって、だけど、逆にこれはチャンスじゃないかって思った。
だって、これは私を妹として見てるだけじゃない気がしたの。
今なら私は春ちゃんに好きになってもらえるかも。
そんな甘い考えながらも私は彼を人気のない場所へと連れてくる。
「公園?何でこんな場所に……?」
「とりあえず、人気のない所がよかったから」
「桜華、今度は一体何を企んでいるんだよ?」
企んでいるとはまたひどい事を言う。
私にはそんなつもりなんてないのに。
「あのね、お兄ちゃん……私、お兄ちゃんが好きなの」
「それは知ってるよ」
「ううん、全然分かってないよ。お兄ちゃんは私の事、全然分かってくれていない。だって、分かってくれてたらもっと早く私の気持ちを受けとめてくれるはずだもん」
彼は全然、私の事を分かってくれていない。
分からないのは当然だ、所詮は他人、自分のすべてを理解なんてできない。
だから、その埋まらない溝を埋める行動をとるの。
「――ねぇ、お兄ちゃん。キスより気持ちいこと、して欲しいな」
私は彼に抱きついて甘ったるく言葉を言い放つ。
彼は明らかに動揺した、やっぱり普段の春ちゃんだ。
だけど、いつもと違うのはその態度だった。
「こら、そう言う事を言わない。ちゃんと場所を考えてくれよ」
そう言って私は彼にポンっと頭を撫でられる。
あっ、これはこれで私は好きだな。
春ちゃんに頭を撫で撫でしてもらうのは私にとって何よりも幸せな事。
子供の時を思い出すんだもんっ。
「……それじゃ、何で様子が変だったのか教えてよ」
「それは、何ていうか、照れくさいって言うか」
「意味が分かんない。どうしてって私は聞いてるのに?」
具体的な事を彼は教えてくれないの。
何かちょっとムカついてきたぞ。
「……じーっ」
「じ、ジッと見られても困るんだけど」
彼の様子が変なのは明らかなのに、その理由が分からない。
私は春ちゃんにもう一度だけ言うの。
「私のこと、好きになって欲しいよ」
「桜華は可愛いと思う。僕の知る女の子の中で指折りだよ」
「よしっ、じゃ、正式に付き合うことでいいわよね」
「だから、そうは言ってなくて……」
そういうやり取りはもう飽きた。
彼に女の子扱いされないのはもう嫌だ。
「うぅ……ひっく、ぁっ……」
「え?あ、え?桜華?」
「うわぁあん……えぐっ、ぐすっ」
彼の胸に飛び込んで私はそんな泣き声をあげた。
初めはきょとんとしていた春ちゃんも驚いている。
「ま、待ってくれよ。桜華、何でいきなり泣くんだよ」
「うぅっ、泣いてないもんっ。えぐっ、はぅ……」
ちょっぴり心が傷ついただけだもんっ。
打たれ弱いのであんまり拒絶されると泣きそうになる。
「泣かないでくれ、桜華。泣かれると弱い」
「じゃ、恋人にしてよ」
「どうして恋人にこだわるんだよ。僕と桜華なら今のままでもいいじゃないか」
「今のままなんて嫌よ。そんな風に恋人未満の関係を続けいてたら、いつかお兄ちゃんは別の女の子と付き合うことになるもの。宗岡先輩とか、お兄ちゃんを狙ってる人はいっぱいいるんだからね!」
そうだ、彼の事を好きな女の子は学園にはたくさんいる。
ひとりじゃないもの。
春ちゃんは優しくて美人で、大人しいから女の子には人気が高い。
「……白雪先輩?いや、彼女は別にそういう関係じゃなだいろう」
「どんな関係なの?友達、ただの先輩、それとも……」
「仲のいい先輩だってだけですぐに恋愛と直結はしない」
甘いなぁ、春ちゃんの考えは甘々だよ。
だから、ああいう魔女に付け込まれるんだ。
「ふんっ。モテる人はいいわよね。発言にも余裕があるんだもの」
「そんなつもりはないってば」
「いい加減さ、女の子を好きになろうって気はおきないの?恋したりしないの?」
私が涙を浮かべながら詰め寄ると春ちゃんは困った顔をする。
本気でこの人は恋心と言う感情が欠けているんじゃないかな。
好きになれない、そういう意味で私は焦っているんだ。
大好きな人が誰も愛そうとしないその態度に。
「……恋ってしなくちゃいけないものじゃないだろ」
「そうだよ。恋はね、気づいた時にはしちゃってるんだ」
私なんて恋愛に何年も振り回され続けて片思い中、強引に攻めたりしてもダメだった。
私は恋の駆け引きは苦手なので、攻め方が分からない。
「お兄ちゃんは私を好きにはならないの……?」
「桜華、だから前にも言った通り、僕は……」
「もういいっ。何よ、やっぱり普段のお兄ちゃんじゃない。チャンスなんかじゃなかった。お兄ちゃんなんて嫌いよ、嫌いっ。お兄ちゃんが私を好きになってくれるまで、もう口をきいてあげないんだからっ!」
彼の態度に拗ねた私はそう言ってそっぽを向く。
「え、それは、その……ちょっと待ってよ、桜華」
他にも何か言い返してくるかなって思ったけど、彼は何も言えずにいるの。
「うぅ~っ、お兄ちゃんのバカ」
私はデートを途中でやめてそのまま彼を置いて公園から出て行く。
「誰かあのヘタレっぷりを何とかして!!!」
怒りが込み上げてきて……公園から歩き始めて30秒後。
逆に彼と口をきかないことが一番辛いのは私自身だと気付く。
「……い、今から戻ろうかな」
勢いよく言ったのはいいけど、ダメージが自分の方がキツイんだって。
だけど、もう戻れないの。
こうなったら徹底抗戦しちゃうもん!
「お兄ちゃんが私の事、好きって言ってくれるまで許さない」
彼の心を動かすのは押してダメなら引いてみるの。
「……ちゃ、ちゃんと、うまくいくよね?」
かなり不安の方が強くて私はショックが大きい。
これでうまくいかなかったら……とんびに油揚げ、宗岡先輩にいいところ取りされる可能性が大きすぎる。
これは賭けだ、私が春ちゃんの恋人になれるかどうかの賭け。
「はぁ……私の負けかも。ぐすんっ」
すぐに彼と話がしたくなるのは私の方でした、うぅ……私の春ちゃん。