第3章:可愛い嫉妬なら歓迎
【SIDE:七森春日】
義妹の桜華との恋人騒動から一夜明け、学校に行くと城之崎が声をかけてきた。
「よぅ、昨日は大変だったな。まさか合コン相手がお前の妹だとは世間は狭い。というか、あの子はアレだな。美人だけど性格がキツそうだ」
「美人なのは認めるが、それ以外はお勧めできないよ」
「あれが噂の女王様ってか。今更ながら新入生にそういう子がいたのを思い出したよ」
彼らの昨日の合コンは失敗だったようだ。
他の子とはそれなりに話をできているように思えたんだけども。
「二宮さんだっけ。あの子とはどうなんだ?」
「あれは俺に興味ないからな。全然、相手にされない。昨日はお互いの利益が一致しただけなのだ。そういえば、昨日は二宮と仲良く話をしていたな。どうだ、彼女に興味を抱いたのか?いい子だぞ、あれは」
「興味というか、話しやすい子だったよ。それだけなんだけどね」
だからと言って恋愛したいかというのとは違う。
僕に対して城之崎は呆れつつも、納得した様子で、
「お前のその鈍感さはすごいな。いや、褒めてないけど」
「ははっ、僕の性格的な問題だから仕方ないよ」
「で、昨日はご機嫌ななめだった女王様はどうした?」
「あれから家でひたすら暴れてた。マジで大変だったよ」
ある意味、僕も危機というか……彼女に襲われちゃったわけで。
思い返せば恥ずかしさと辛さがこみあげてくる。
お兄ちゃんのはずなのに、妹にいいようにされてる自分が憎い。
だからと言って、反逆する勇気は僕にはないのだ。
「あ、そうだ。僕、昼休憩はちょっと用事があるから」
「用事?あぁ、部活紹介ってやつか。大変だよな」
「うちは部員が元々少ないから、予算のためにも何人か入ってもらわないと」
僕はそう言うと、部活紹介のための原稿を取り出す。
本来は部長が読むはずの原稿だけど、うちの部長の女の子は人前に出るのを極端に嫌う子なので、僕が変わりに読むことになっているんだ。
女の子が比率的に多い部活なので、男子生徒は貴重なのもあるけども。
今年は男子も何人か入ってくれるといいな。
力仕事もあるので、男子がいてくれた方が助かる。
昼からは部活紹介、前にも言ったけど、うちの学校は今日から2週間の間に部活を決めなくちゃいけない。
途中でやめたり、変えることもできるけども最初に部活へ入るのは強制的なんだ。
1年生にしてみれば、どれもこれも興味があるに違いない。
なので、まず、第1印象がよくなければ部員なんて手に入れられないんだ。
僕がこの部活に入ったのは元から花が好きなので、他に選択はしなかった。
今になって思うと、少しくらいは他の部活の紹介もみておくべきだった。
園芸部は地味なイメージがあるから、そこを払しょくしないとダメだ。
「さぁて、それじゃ、行こうか」
やがて、僕らの順番になり、僕は園芸部の代表として体育館のステージに立つ。
緊張はするが、説明するだけなら落ち着いてやれるはずだ。
「初めまして、皆さん。入学してから数週間、そろそろ部活にも興味がわいていることでしょう。僕は園芸部の代表、七森です。まずは部活の内容から説明します」
活動内容の説明、これがスポーツ系なら軽く実技を見せたりできるんだけど、あいにくと園芸部なのでただ育てた花を見せるだけだ。
「これが今年、僕が育てたフリージアの花です。園芸部では個人に花壇が割り当てられて自分の好きな花を育てることができます。この中で花が好きな人はいますか?」
反応は微妙だ、やはり地味系部活の宿命かな。
だけど、一応、説明はやりとおす。
「――はい、先輩。質問があるんですけど、どうして男なのに園芸部に入ってるんですか?」
それは質疑応答の時間に出された質問だ。
しかも、質問相手は僕の妹である桜華だった。
彼女はわざと僕にそういう質問をしたようだ。
大勢の前なので答えないといけない、本当にあの子は……。
これは嫌がらせなのか、なんというか……。
溜息がつきたくなる気持ちを抑えて僕は発言する。
「別に男の子だかといって花が好きじゃダメということではないでしょう。僕は花が好きです。幼い頃から花を育て、その成長にわくわくするような高揚感を抱いていました。この花はどんな色の花を咲かせるんだろう、そう思うととても愛着がわいてきます」
うーん、こういうのってあまりよくないかも。
人の捉え方によっては引いてしまうかもしれない。
しかし、僕は本音を伝えることにする。
「花の種を植えて、すべて同じ花が咲くわけじゃないんです。それぞれ、特徴があり、その成長過程も面白いものです。ぜひ、興味がある方は園芸部にきてください」
無難にまとめて僕は部活紹介を終えることにする。
最後にはちゃんと皆からも拍手をもらうことができた。
しかし、ステージから降りてくる途中に僕の耳に入る会話は……。
「やだぁ、あの先輩、超可愛くない?花が好きなんだって、乙女だよ」
「ああいう大人しそうで、優しそうな先輩っていいよねぇ。ガツガツしている他の男子と違って……。花には興味ないけど、入ってみたいかも」
どうやら違う意味で興味を持たれたらしい。
いや、園芸部も地味ながら面白い部活なんだよ、ホントにさ。
数日後、僕は放課後の学校の中庭にいた。
結局、部活に入ってくれた生徒は女の子ばかり。
でも、彼女たちは僕の説明で面白いと感じてくれた子たちだった。
「先輩が花を育てる楽しさっていうのを本当に楽しそうに話していたからとても興味を抱いたんですよ。これからよろしくお願いします」
何かちょっと照れくさくて、嬉しかったりする。
後輩の指導は3年の先輩がしているので、僕は育てている花たちに水やりをしながら、花の手入れをする。
基本的にここに植えているのは季節の花ばかり。
僕の担当する花壇は夏に花を咲かせる種を植えたばかりだ。
そして、もうひとつ個人的な花壇にはまだフリージアの花が咲いていた。
「これもそろそろ、花を切らないとダメかな」
フリージアの時期もそろそろ終わりだ。
次は何を植えようかな……。
僕がそう悩んでいると明るい声が中庭に響く。
「こんにちは、七森先輩っ」
それはこの間の合コンで知り合った二宮さんだった。
手にはテニスのラケット、どうやらテニス部に所属したらしい。
「やぁ、二宮さん。部活は終わったのかい」
「今日はお終いです。先輩の姿が見えたので声をかけてみました。あ、その黄色い花ってこの前言っていた花ですか?」
彼女はまだあの時の話を覚えていたようだ。
僕はフリージアの花を眺めながら説明する。
「そうだよ、これがフリージア。この花は3月下旬から4月中旬までが花の咲く時期なんだ。だから、もうお終い。次は何を植えようか考えていたんだ」
「そうなんですか。それにしても綺麗な花です。黄色と白、2種類の色があるんですね。いい香りがします……」
花に顔を近づけて匂いをかぐ二宮さん。
フリージアはとてもいい香りのする花だ。
「そうだ、二宮さん。この花、あげようか?」
「え?いいんですか?もらえるなら嬉しいですけど」
「うん。どうせもう時期が終われば枯れちゃうだけだから」
僕は花用のハサミを取り出して、根本の方からフリージアを切っていく。
「うわっ、ホントに切っちゃった」
「いいんだよ、フリージアって花はチューリップと一緒で球根で育つんだ。だから、来年のことを考えるとある程度の花が咲いたところで切ってあげた方がいいんだよ。また来年、球根を植えたら花を咲かせる。そういう花なんだ」
球根は毎年、小さな球根に分裂して数を増やしていく。
種から撒いて育てる花と違い、何度も繰り返して花を咲かせられる。
ずっと綺麗な花を咲かせる、それが球根の花の特徴なんだ。
ある程度の花を切り終えると、僕はそれを新聞紙にくるんで彼女に手渡した。
「どうぞ、花瓶に入れたらしばらくは持つと思うよ」
「ありがとうございます、先輩っ。ホントに綺麗な花です」
「興味があったらまた園芸部に来て」
「はいっ。ぜひ、また来ますね」
僕が育てた花で人が笑顔を見せてくれる、それが1番嬉しい瞬間だ。
彼女は花束を大切に抱えながら、中庭を去って行った。
いい子だよな、彼女って……今時の子は花で喜ぶ子は少ないから。
「ふーん、兄貴って意外に女の子を落とすの得意なんだぁ」
その喜びの気持ちは一瞬にして消えてしまう。
いつのまにか中庭に来ていた桜華がこちらを見ていた。
だけど、睨みつけるわけではなく、すぐにこちらにやってきた。
「何で、和音に花をあげたの?兄貴って女の子が苦手でしょ」
「誰かさんのおかげでね。でも、すべての女の子と接することが苦手なわけじゃない」
少なくとも部活の女の子とは普通に話せる。
僕は花が好きな女の子だとどうやら苦手意識はないようだ。
「花なんてつまんないのに。見てるだけで食べられない」
「食用の花っていうのはあるけれど、簡単に栽培できないし美味しくはない」
「あっ、そう。さっさと帰るわよ、兄貴。私の彼氏なんだから」
どうやら妹は本気で僕を彼氏扱いするようだ。
その前に彼女は小さな声で、僕に言うのだった。
「――わ、私にも花束作りなさいよ。フリージアの可愛い花束。何よ、文句でもある?」
少しだけ照れた口調の彼女は可愛く見えた。
「あぁ、もちろんだ。綺麗な花束を作ってあげるよ」
ちょっとした彼女なりの嫉妬だったのかな、なんて思ってみたり。
いつもこういう可愛い嫉妬なら歓迎するよ。