第38章:シークレット・ハート《前編》
【SIDE:七森春日】
……時々、妹の想いを本気で受けとめて思う事がある。
僕は桜華の好きだと言う気持ちにどこまで本気になれるのだろうか。
映画を見終えて僕らは昼食を取っていた。
「あの映画、割とよかったよね」
「演出も役者も悪くない。小説が原作の映画ってあまりよくないのもあるけど、今回のはグッとくるものがあったな」
カフェで食事をとりながら、映画の話で盛り上がる。
僕は紅茶を飲みつつ、ホットケーキを口に入れる。
甘いメープルシロップと生クリーム、絶妙な味がする。
「あの女優の女の子、今度、別のドラマでメインヒロインをするの」
「そうなんだ、若手として伸びていくかもな」
「彼女、読者モデル出身だから知り合いなんだ。可愛い子だよね」
桜華と話していて何となく気まずいと感じてしまうのは先ほどのせいだろう。
僕は出来るだけ話を合わせてそれに気づかれないようにする。
あの映画館で去る前に桜華は僕に言ったのだ。
『想いって、口にして初めて分かるものだよね。思い続けるだけで叶う夢はない。お互いに好きだって思いあっていても、ホントに好きかどうかなんて分からないもの。やっぱり言葉は必要なんだよ』
何となく僕はそれが桜華の本音だと思った。
確証があるわけでもないけど、その強い想いを感じ取ったから。
『――私はお兄ちゃんが好き。お兄ちゃんの気持ちが知りたいな』
強い言葉とそれに負けない想い、告白そのもだった。
それなのに僕はまたはぐらかすように適当に答えてしまったんだ。
桜華が追及してこなかったのでそのまま雰囲気が流れてた。
「……ちゃん、お兄ちゃん?おーい?」
いきなり鼻をつままれて僕はハッとする。
桜華を前にして考え込んでいたようだ。
「ごめん、ボーっとしていた」
「もうっ、せっかくのデートなのに変な考え事はしないでよ」
「うん。そうだな、次はどこに行こうか」
桜華の行動にはすべて意味がある。
彼女は僕に好かれたいという一心で動いている。
その気持ちを行動の端々に感じるんだ。
今までのようにその気持ちを無視してホントにいいのだろうか?
「次は……どこに行きたい?」
「そうねぇ、お兄ちゃんとならどこにでも行きたいよ」
「それじゃ、適当にその辺を回ろうか」
ふたりして繁華街を見回ることにした。
「はい、お兄ちゃん」
そう言って僕の腕を組んでくる桜華。
いつもは軽く拒む僕だけど、今日はなぜだかできないでいる。
「……あれ?」
「どうかしたのか、桜華」
「う、ううん。何でもないよ。ほら、行こうよ」
桜華もその事がちょっとだけ疑問を抱いたようだ。
反論もないので好きにさせてあげる。
桜華の腕って細いんだな。
僕と桜華は身長ではあまり変わらないけど、やはり向こうは女の子。
腕も細いし、色も白くて綺麗だ。
「……あっ、これいいな。このアクセ、可愛くていい感じ」
露天商の品物を眺める桜華。
何か気に入ったものでもあるのかな。
しばらく見ていると欲しいものがあったらしく甘い声でねだってくる。
「ねぇ、お兄ちゃん。これ買ってくれない?」
それは髪留め、桜華はツインテールの髪型なのでよく色を変えて髪留めをしている。
淡い翡翠色に輝く綺麗な髪留め。
普段は桜華に奢ってもらってばかりいるし、桜華が僕に何かを買って欲しいというのは久しぶりかもしれない。
普通に欲しいものがあれば自分で手に入れる彼女。
「いいよ、桜華にはいつも色々とよくしてもらっているから」
「ありがとっ。大好きだよ、お兄ちゃん」
値段も手ごろだったので買ってあげると桜華はそれだけでも喜ぶ素振りを見せる。
彼女はそれを手に入れると笑うんだ。
その笑顔が可愛くて思わずこちらが照れてしまう。
「どうしたの……今日は何だか変じゃない?」
「そうかな?僕は別にそんなつもりはないけど」
「変だよ、何か変だ。お兄ちゃんらしくないもん」
桜華の指摘は的を得ている、今日はいつもの僕らしくない。
桜華の行動に振り回されてしまう。
それがいつもの僕なのに今日は何だかその行動に普通に対応している。
もちろん、悪いことじゃない。
今まで想像もできなかったことが起きているだけ。
「もうっ、何なの?」
不思議そうな桜花に僕も何が起きているかあまり理解できていない。
自分の中に起きている変化。
桜華を想う心……。
彼女は僕の義妹で、僕にとっては……僕にとっては?
「こらっ、またボーっとして。そんなに私とのデートはつまらない?」
「そういうわけじゃないよ」
「どういうわけなの?意味分かんない。話しかけても素っ気ないし、いつもみたいな過敏な反応はなしで普通すぎるし」
「普通でいいじゃないか。きっと今までの僕は敏感に過剰反応してたんだと思う」
女の子が苦手と言う事も、桜華が相手ならその気持ちも倍増するわけで。
だけど、なぜか今日の僕は平常心を持てる。
「……桜華になれてきたのかな?」
そういうと桜華は頬を膨らませて言うのだ。
「うぅ、そんなのつまらないじゃん。いつものお兄ちゃんでいてよ?」
とまた無理な注文をする有様である。
僕が普通じゃダメなのだろうか?
その辺を問いただしたいのだが、まぁいい。
桜華とのデートはある意味、普通の状態ではいられない。
「はい、あーんっ」
とか、言って僕に先ほど買ったメロンパンをちぎって差し出してくる。
焼きたてフワフワのパンを僕はそのまま桜華に食べさせてもらう。
「どう?美味しい?」
「うん。焼きたてだから美味しいよ。匂いもいいね」
「……おかしい、いつもなら、『そ、そんな事しなくてもひとりで食べられるよ』とか言って恥ずかしがるはずなのに……あれか、刺激が足りてない?まさか倦怠期っていうやつじゃ、ぶつぶつ」
何か小声でつぶやく桜華。
僕は代わりに彼女の方へとメロンパンを差し出す。
「ほら、桜華も食べなよ。あーん」
「にゃっ!?……あ、あーん」
逆に桜華は照れた顔をしながら口を開ける。
「美味しいだろ?やっぱり、焼き立ては最高だよ」
「……うん、美味しいけど、何か違う。ハッ、もしや、実はお兄ちゃんの偽物!?本物のお兄ちゃんはどこにいるの?それとも前回の階段から落ちた事件で、頭を強く打って別人格が芽生えちゃったとか?」
僕に別人格がいるとか、偽物がいるとかなぜにそのような展開になるのだろう?
僕は桜華に「そんなわけがないじゃないか」と否定する。
「だって、こんなの私の知るお兄ちゃんじゃないもん」
「だから、別に僕は普段と変わらないんだってば……」
「……違う、絶対に違う。何だ、何か変なものでも食べた?それとも私に飽きてそんな新鮮味のない態度をとるわけ?」
誰も桜華にそんな事を言った覚えはないのに。
悩み続ける彼女は突然、妙な事を言う。
「そうよ、これはチャンスじゃない」
「お、桜華……?」
「今がチャンス。このタイミングじゃなければ私は負けるわ」
何やら意味の分からない事を言い始める桜華。
うぅ~っと唸りながら彼女は僕をいきなり連れて行く。
「どこに行くんだ?」
「あっち。ほら、行くよ」
そう言うだけで、桜華は繁華街からドンドンと離れていく。
繁華街から離れると普通に街中へと入る。
住宅街の中にある普通の公園に僕を連れて行くと桜華は手を離した。
「公園?何でこんな場所に……?」
「とりあえず、人気のない所がよかったから」
「桜華、今度は一体何を企んでいるんだよ?」
僕の言葉を彼女は無視して真っ直ぐな瞳で言うのだ。
「あのね、お兄ちゃん……私、お兄ちゃんが好きなの」
「それは知ってるよ」
「ううん、全然分かってないよ。お兄ちゃんは私の事、全然分かってくれていない。だって、分かってくれてたらもっと早く私の気持ちを受けとめてくれるはずだもん」
そう言うやいなや、僕に抱きついてくる。
甘い女の子の香りがする、香水とは違う女の子の匂い。
「――ねぇ、お兄ちゃん。キスより気持ちいこと、して欲しいな」
その囁きに今まで落ち着いてた僕の心がドクンっと音を立ててときめく。
誰もいない公園、僕らだけの秘密の時間が始まる――。