第34章:白雪姫と悪い魔女《後編》
【SIDE:七森春日】
最近、どうにも周りが騒がしい。
僕と白雪先輩の交際の噂が流れているだけではなく、それ以外にも何かあるみたいだ。
廊下を歩けば複数の生徒からの視線が向けられている。
「あれが噂の七森春日か。男にしておくのがもったいないな」
「おいおい。お前の発言、かなりやばくね?」
「まぁ、気持ちが分からなくもない。しかも、これだろ?マジかよ」
何やら携帯電話を眺めて僕と比較する生徒多数。
男女構わずという所が何とも微妙だ。
「だって、七森君って宗岡先輩と付き合ってたんじゃ……?」
「うわぁ、どっちが本命なの?私的には禁じられた恋の方がいいなぁ」
女子は女子で妙なことで盛り上がる。
禁じられた恋って、それは男と男の危険な関係な方ですか?
変な妄想されるのもやめてほしい。
「……一体、今度は何があったんだ?」
こう言うときは城之崎の情報を頼りにしておく。
教室に入り彼にこの件について尋ねると、
「んー、この事実をお前に知らせるのは俺から言うのは非常に辛い。というわけで、お前もメルマガに登録しておけ。過去の配信メルマガも手に入るからな」
そう言って僕に新聞部のメルマガのアドレスを僕に送信する。
仕方なく、登録して過去の、というか、今日の朝に配信された情報を見ることに。
「……はい?」
僕はあまりにも衝撃的な事実を知り、愕然とさせられた。
なぜならそこには堂々と僕の過去を露呈する記事が書かれていたのだ。
『美人過ぎる兄。禁じられた義妹との恋愛発覚!?』
……過去の僕の桜華にさせられた女装写真うんぬんの怒りはともかく、なぜか僕と桜華が義理の兄妹であることが紹介されていた。
今までこの事実は公に公表していない。
確か桜華が秘密にしておいてほしいって最初に言い出して高校では秘密にしていたはずなのに……どこから情報が漏れたんだ?
さらに僕が白雪先輩と桜華の二股疑惑まで、もう勘弁してください。
禁じられた恋とか騒いでいた理由が分かった気がする。
「お前らの義理の兄妹って話だが、誰かに教えたのか?」
「僕じゃない。僕は誰にも……。だとしたら桜華が?」
いや、桜華は自分から言わないでと言ったはず。
自分から教える真似をするとは思えないのだけど。
状況が変わったのかもしれないし、ただのきまぐれかもしれない。
どちらにしても、他にこの事実を知る人間って言うと誰だ?
そう言えば、白雪先輩も僕と桜華の関係を知っている。
だが、彼女がそんな事をするはずないし、やはり桜華が仕組んだのかな?
まぁ、僕の過去の辛い記憶の写真も載っているのだから深く考えるまでもない。
「やれやれ。今度はどんな事を企んでいるんだろう」
どんなに考えても無駄なのは経験済みだけどね。
6月も中旬、梅雨に入り、今日はあいにくの雨だ。
雨の日は基本的に部活はお休みという事になっている。
水やりをする必要がないし、泥だらけになるので原則禁止とも言える。
ただ雨が続くといろいろと面倒なので世話をするために見回りくらいはするけどね。
図書室で国語の課題を調べていた僕は放課後になってもまだ学校にいた。
「ふぅ、ようやく終わりか。そろそろ帰ろうかな」
何となく放課後の人家の少ない校舎をひとりで歩く。
どこに行くでもない、目的のない散歩。
ブラブラと歩くだけでも結構いろんな事に気づくことが多い。
「……あれは、誰だ?」
ふと窓から見下ろした景色、中庭で傘が揺れている、誰かいるのかな?
僕はそのまま階段を降りて中庭の方へと向かう事にした。
傘をさして中庭の花を見つめていたのは……桜華だった。
「桜華、何をしているんだ?」
「ん?お兄ちゃんじゃない、まだ学校に残っていたんだ?」
「まぁね。それより、桜華は何をしている?」
そこはヒマワリの種を蒔いている花壇だ。
今年も夏になれば黄色の大輪の花で満ち溢れることだろう。
「別に何かしているわけじゃなくて。帰ろうと思って通り過ぎたら、ヒマワリの芽が出ているのを見つけて何気なく立ち止っただけよ。もう芽が出ていたんだって」
「そっか。芽が出てから成長が早いからヒマワリは育てるのが楽だよ」
そのうち、こちらが特に世話をしなくても勝手に伸びていく。
今の芽のうちにどういう風に育てていくのかを考えないとなぁ。
「そうだ、桜華。今日、僕らが義理の兄妹だってこと、学校中に知れ渡ってしまったのは知っているだろう?公開したのは桜華なのか?」
「ふふ~ん。……だとしたらどうする?」
「どうしてそんなことを?知られたくないって言ったのは桜華じゃないか。別にいいけど、なぜ気分を変えたのかなって」
桜華は「それは秘密だよ」とくすっと微笑して誤魔化す。
僕に言う程度の事ではないと言う事かな。
「恥ずかしいことじゃなんだからいいでしょう?」
「そうだけど。あっ、そうだ。何で新聞部に僕の昔の写真が渡っている?それは桜華の仕業に違いない。違うというなら言ってみて。桜華じゃなければありえない」
「そうよ、私が犯人です。だって、皆に可愛い姿を見て欲しくて、つい……えへへっ。まぁ、いいじゃん。それよりも、もう帰るんでしょう?一緒に帰ろうよ」
悪気もない素振りに僕は肩をすくめる。
ホントに悪戯が好きな妹だよ、まったく。
「分かった。すぐに準備するから玄関の方で待っていて。何かあったら連絡するよ」
「うん。待ってるよ」
桜華と別れた僕は荷物を取りに自分の教室に行く。
鞄を持ち教室を出た僕は彼女を待たせてはいけないと走ろうとしていた。
しかし、そこに僕に声をかける人がいたんだ。
「――あら、春日クンじゃない。そんなに慌ててどうしたの?」
白い雪のように綺麗な女の人、白雪先輩だ。
「いえ、桜華と帰る約束をしているんで。先輩こそ、どうしたんですか?」
「そう……桜華とねぇ。私は片付けをしているの。明日、視聴覚室を使う事になったんだけど、ほら、ここって去年は隣の多目的ホールを改装していたせいで物置きになっていたでしょう。そのための雑用を先生に任されちゃって」
彼女が指差す通り、廊下には視聴覚室から追い出された荷物がある。
確か去年の冬頃、老朽化した多目的室をリフォームすることになってそちらの荷物を空いていた視聴覚室に移動していた記憶がある。
なるほど、改装が終わったので視聴覚室を本来の部屋に戻しているんだ。
「でも、こんな雑用を先輩がする必要はないでしょう?」
「運悪く今日は日直だったのよ。さっきまで別の子もいたんだけど、アルバイトがあるって先に帰っちゃって。悪いんだけど、この大きな箱だけ持つのを手伝ってもらえないかな?重くて、誰か先生を呼ぼうかなって思っていたの」
「それくらいならいいですよ」
「ごめんなさい。手間を取らせるわね」
僕はその箱をひょいっと持ち上げる、中に何が入ってるんだろう?
確かにその箱は重く、女の子が持つには大変だった。
「ありがとう、春日クン。見た目細いのに結構力はあるんだ?」
「一応、男ですから。それに肥料とか園芸部だと力仕事もしなくちゃいけませんし」
「なるほど、そう言う所で男手が必要な部活なの」
僕は荷物を指定の場所に置くと、どうやらそれが最後の荷物だったらしい。
「多目的室って綺麗になってますね。へぇ、壁紙とか全部変えたんだ」
綺麗になった多目的室を見渡す。
ここは授業やイベントなどで使う事が多い。
――カチャ。
ドアのロックする音が響く、え?
先輩は後ろでにカギを締めて、僕にとびっきりの微笑みを浮かべていた。
その笑みが桜華を彷彿とさせるのは気のせいだろうか?
「あ、あの、先輩?僕は、桜華のところに行かなくちゃいけないんですけど?」
「春日クン。正直に答えてくれる?桜華の事、どう思っているの?可愛く懐いてくれている義妹、気にいっているの?」
「はぁ、懐いてくれているかどうかはとても疑問ですけど、桜華は悪い子じゃありませんから。ちょっと、その、表現とかは過剰すぎる気もします」
あの過剰なところがなければ桜華はとても魅力的な美少女だと思うんだ。
ぷりっとした唇に可愛らしい猫のような瞳。
整った顔つきはとても可愛らしく、僕でさえ時折見惚れるほどだ。
ただし、その性格がもう少し大人しくなる事を切に願う。
「えっと……白雪先輩?ど、どうして顔をこちらに……うわっ!?」
白雪先輩は無言でこちらに顔を近づけてくる。
縮まる身体の距離、それにしても間近で見ると綺麗さも際立つな。
その顔はホントに人形のように整い過ぎている。
ほんのりと香るのは大人の香り、香水のいい感じの匂いがする。
「白雪姫の話を覚えてる?白雪姫って魔女に毒りんごを食べさせられて死んじゃうの。だけど、王子様のキスで目を覚ます。まさに王道ラブストーリーよ」
彼女は淡々とした口調でその言葉を紡ぐ。
「だけど、白雪姫の原作って実はものすごく怖いお話だって知っていた?原作の白雪姫は実母に何度も殺されては蘇りを繰り返す、可愛げも何もない復讐物語。最後は白雪姫が実母をいたぶり殺して終わる、つまらない話なの。子供向けに話が改変されたおかげで今は悪いイメージを抱く人間は少ないわ。おかしな話よね?」
グリム童話が実は怖いというのはよく聞く話だ。
つまり、彼女が言いたいのは“白雪姫”こそが本当の“悪女”であるということ。
「私は思うの、実は“悪い魔女”は“白雪姫”そのものじゃないかしら?すべてを利用して、本当に欲しいものを手に入れる。春日クン、貴方はどう思う?」
そして、緊張で身動きの取れない僕に白雪先輩はその桃色の唇を近づけてくる。
「――さて、質問です。私はお姫様、それとも悪い魔女?どちらだと思う?」