第33章:白雪姫と悪い魔女《中編》
【SIDE:七森桜華】
嫌な噂を耳にした私はその情報の出所を探っていた。
数日前に私の携帯に学園の恋愛情報を配信しているメルマガが届いた。
そこでなぜか春ちゃんと宗岡先輩が交際しているという情報が載っていた。
私が探しているのはネタ元の情報源探し。
この噂を流したのは誰か探している。
「えっと、桜華?それ以上、正攻法で調べても意味はないんじゃない」
「そうね。ということは、やはり新聞部に乗り込むしかないか」
春ちゃんが病院から復帰してすぐの情報で、私は誰がそんな嘘をついたのか探してみたけど該当者は見当たらない。
「……ったく、こんな根も葉もない噂を流したのは誰よ」
「和音、貴方ももちろん付いてきてくれるんでしょ」
「あー、ごめん。私、そろそろ部活に行かないといけないから」
「しょうがないわ。私ひとりで調べる。直接乗り込むのは気乗りしないだけど」
「そう言いながら、顔がにやけているのはなぜ?あまり無茶はしないように」
和音がテニス部の部活に行ってしまったので私はひとり新聞部に行くことにした。
文科系の部室が集まる西校舎は運動系とはまた違う雰囲気で賑わっている。
「さぁて、新聞部はどこにあったかしら?」
私は知り合いを見つけて場所を聞くと3階にあるその場所を目指す。
『新聞部』と書かれた部室、主な活動は学校新聞とか発行しているどこの学校にもある文科系の部活のひとつだ。
ただし、どこから調べてくるのか学園内の恋愛事情に最も詳しいのも事実。
「失礼するわ。部長さんはいる?」
私が部室内に入ると記事を作っているふたりの生徒しかいなかった。
デスクトップのパソコンで何かを入力している生徒がこちらに振り向く。
「はい?部長は俺だけど……って、七森桜華!?何でそんな大物がここに?」
「ちょうどいいわ。本人がいてくれてよかった。他の人は?」
「今は取材で外しているよ。ちょうど県大会で優勝したバレー部に取材交渉が成立してね。さて、それよりも俺達にキミが何の用だい?」
新聞部の部長、山根先輩がこちらを興味深そうな目で見る。
隣にいる女の子は私に席に座るように促す。
「単刀直入に言うわ。先日、私の兄と宗岡先輩の恋愛情報を流したでしょう」
「あぁ。あれはすごい反響があって、メルマガ登録者数も増えて大満足だ。やはり話題の2人の交際という話は盛り上がるね。それが何か?」
「それが事実無根で文句を言いにきたの。私の兄は交際なんてしてないわ」
「……事実無根?それはないだろ、こちらもちゃんと取材して情報の裏取りもしている。うちの人気メルマガ『学園恋愛情報』ってのは多少のゴシップはあるが、噂のない情報を流す一般生徒に嫌がらせをするためのものではない」
山根先輩は「我々にもプライドがあるからね」と落ち着いて答える。
まぁ、ある程度の尾ひれはつけても面白い記事なのは認める。
私もそのメルマガを楽しみにしていたひとりだから。
「多少のお遊びはどの記事にもあるが、捏造はしない主義だ。今回の噂も、ちゃんと証拠写真も手に入れている。それに交際している、とまでは書いていないだろう?」
「スポーツ新聞の見出し並に煽ってるでしょう。交際か!?ってね。私は当事者ではないし、記事の差し止め撤回を求めているわけじゃないわ」
「それは安心だ。たまにいるんだよ、噂のない事を流すんじゃないって怒りここに詰め寄る生徒がね。訂正記事を求めているわけじゃないなら何の用事がある?」
山根先輩はシャーペンをクルクルと指で回しながらメモを取る。
どうやらそれは彼のクセらしい。
「……その交際情報、どこから入手したわけ?私の兄は怪我で入院していた。そんな場所の情報を入手するにはそれなりに府に落ちない事があるのよ」
私の言葉に彼らは言葉をつぐんだ。
ふーん、この態度、やはりワケありってことかもしれないわ。
「さぁ、どうかな?取材っていうのは情報源を話せなない場合も多々ある。その辺の事情も分かるだろう?」
「教えなさい。これは誰からの情報なの?」
「なぜ、当事者ではないキミにそれを教えなければならない?家族にも秘密ぐらいはあるだろ。お兄さんが宗岡と交際していないと言えるのかい」
そんなの分かるに決まっている。
私の春ちゃんは女の子と付き合う真似ができる男の子じゃない。
「素直に教えてくれれば、こちらもそれなりにそちらの要求に対する準備はあるわ」
「……ほぅ、我々と取引をしたい、と?」
一歩も引かない私に彼も話に乗ってきた。
いい感じに食いついてきたわ。
「誰かがこちらに情報を持ち込んできた、それを記事にした。違う?」
「……だとしたら、それを知ってキミはどうする?」
「別に。知ってどうするわけじゃない、私は自分の中の裏付けが欲しいだけよ」
そう、情報を誰が流したのかは想定している。
その裏付けが欲しいからここまで来たんだ。
「匿名情報、として持ち込んだ。その相手の名前は?」
「教える事はできない。……だが、こちらの要求を受け入れてくれるなら、ヒントぐらいは与えてもいいかな」
「要求ときたか。へぇ、そちらの要求は?」
「七森春日の子供時代の女装写真の提供を求む。彼は今、下級生に抜群の人気がある。今度、特集したいと思っている人物だ。そのための写真が欲しい」
私のコレクションをさらすのは痛いけど、想定内の取引なので交渉は成立する。
ごめんね、春ちゃん……。
というか、彼の女装はちゃんと需要があるんだ……女として悔しい気もする。
「いいわ。それで手を打ちましょう」
私は彼らのパソコンにいくつかの写真を携帯電話から送信する。
「うわっ。可愛い……これでホントに男の子?」
女の子の部員が喜ぶ仕草を見せていた。
ふふっ、春ちゃんは本当に可愛いもんね。
「こちらは要求を飲んであげた。情報提供者の名前を教えて」
「この写真とネタを持ち込んだのは……当事者のひとりだ」
「そう。それだけで十分よ」
私はそれだけ聞ければ十分だと部室を立ち去ろうとする。
「ひとつだけ聞かせてくれ。キミは兄の事を……?」
「気持ちに対する答えは教えないけど、私達の関係は教えてあげるわ。私とお兄ちゃんは義理の兄妹なの。つまり、そういうことよ。あとは自分達で調べれば?」
「それは興味深い内容だ。また後に取材させてもらうかもしれないな」
お互いにそれが何を意味するのか理解する。
あとは彼らがどう“行動”を起こそうと私はかまわない。
さて、それじゃ、あの人に会いに行きましょうか。
私はモデル事務所のモデル撮影が行われているスタジオに顔をのぞかせる。
「あら、桜華ちゃんじゃない。今日は撮影あったっけ?」
「いいえ、今日は別用で。宗岡先輩いますか?」
「彼女ならあちらで撮影中だよ。もうすぐ終わるからここで待っていれば?」
事務所の人に伝言を伝えてもらい、私は邪魔しない離れた場所で彼女を待つ。
宗岡白雪、モデル歴は4年半で最初は読者モデルから始まり、今はグラビア系や雑誌の表紙を飾ったりするほどの人気モデルとして活躍中の人気者。
彼女に憧れる子は多い、私もそのひとりだった。
ただの事務所の後輩としてではなく、いろいろな相談もしたりしていた。
その中には恋愛相談も含まれている。
私も信頼できる相手と思ったからこそ、春ちゃんの事をいろいろと話した。
恋愛に対するアドバイスもいくつかもらったりしていた。
「――待たせたわね、桜華。私に何か用かしら?」
撮影が終わりまだ撮影用の服を着ている先輩がこちらにやってくる。
「はい。お仕事お疲れ様です、先輩。話があってきました」
「話?あぁ、そう言えば、桜華に話していなかったんだけど、お兄さんの春日クンと知り合いになったの。うちの病院に入院していたんだけど、話は聞いてる」
「少しだけ。それで、先輩は私の兄に興味を抱いたというわけですか?」
私は牽制の意味を込めて語気を強めに言う。
「やだぁ、もしかしてあのメルマガのお話?違うわよ、あれはそういうつもりじゃないの。私が桜華の好きな男を狙うわけないじゃない。変な勘違いしないで」
否定する素振りを見せるが私はそれを信じない。
「……それならばなぜ、新聞部にわざと情報を流したんですか?写真付きの匿名情報があったらしいですね」
「さぁ?私ではないわ。そんな事をするはずがないじゃない」
「兄のようなタイプは外堀から埋めて追い込む方がいい。先輩が以前に私にアドバイスしてくれた言葉です。そう、今回の事件はその外堀を埋める行動。兄の周囲から攻めていこうとしている、違いますか?」
私が「お兄ちゃん」と春ちゃんを呼ぶようになったのも素直な妹を演じたのも、この先輩のアドバイスがあったからだ。
「――新聞部の秘匿義務もあてにならないわね。それとも桜華の執念かな」
彼女の表情が変わる、穏やかな印象を受ける普段とは違う先輩の顔。
それは悪い魔女が何かを企む時のような表情をしていた。
「そうよ。私が今、狙っているの。春日クン、超可愛いし、私の好みだもの。桜華がのんびりとしているから、私が狙っちゃおうかなって」
「春ちゃんは私のものです。宗岡先輩になんか渡さない」
「それを決めるのは、春日クンでしょう?誰に恋愛をするのか決めるのは彼だもの。それに、どうやら桜華は春日クンに嫌われている感じがしない?」
挑発的にそう言われて私はカッとなる。
「嫌われてなんていませんっ!春ちゃんは絶対に先輩になびきませんから」
「まぁ、そう言う自信があるのなら頑張りなさい。私も手加減せずに彼を自分のものにするの。そう言えば、桜華はよく春日クンに対して“絶対宣言”って言葉を使っているらしいわね。それを使わせてもらうわ」
“絶対宣言”。
それは私が春ちゃんに対して主従関係を明らかにするために使ってきた絶対的な命令。
私の言葉はどんなことがっあっても絶対に実行される、そういう意味の言葉。
「――絶対宣言。私は春日クンと交際することになるわ。覚えておいて」
彼女からそう告げられた私は内心かなりビビっている。
彼女は駆け引きとかも上手いし、本気を出されたら春ちゃんを奪われてしまうんじゃないかなっていう恐怖もある。
だけど、ここで負けるわけにはいかないんだ。
「……ふんっ。出会って数週間の先輩には負けませんよ」
キッと睨みつけることしか私にはできない。
「時間なんて関係ないでしょう。だって、出会って10年経っても桜華はまだ春日クンを恋人にできていない。それどころか嫌われている面もある」
「私は嫌われてません。ちょっと問題があるだけです」
この人に弱みを見せるわけにはいかない。
私はそれ以上、話すことはないとその場を立ち去ろうとする。
「そうだ、先輩。私からも言っておきますね」
一言だけ私は彼女に向って言葉を放つ。
自信はなくても、言うべきことは言っておく。
「春ちゃんを恋人にするのは私です。そういう運命ですから誰にも負けません」
「運命?へぇ、それは楽しみね。いつその運命が発動するのかしら?」
「ずっと前から運命は発動中なんですよ。この出会いすらも。……では、失礼します」
余裕で挑発的な先輩に私はそれまで抱いたことのない怒りを覚えた。
信頼していた相手に裏切られた気分。
宗岡先輩には絶対に負けないんだからっ。
私はそう思い、スタジオから出て行ったんだ。
だけど、厄介な相手を敵に回した、と内心すごく後悔もしていたの。
私は春ちゃんをこちらに振り向かせることができるのかな?
はぁ、気が重いわ……。