第32章:白雪姫と悪い魔女《前編》
【SIDE:七森春日】
毎度お馴染み、放課後になれば園芸部の活動がある。
入院していた時にできなかったこの中庭の花の世話をここ数日は楽しんでいる。
水やりを頼んでただけで、他はしばらく放置していたので、雑草が生えてきている。
しかし、数週間前に蒔いたジニア・リネアリスの種が芽吹いている。
小さく可愛い芽が出て成長中、雑草との見極めが大変なのだ。
こう言うときはしばらく放置して区別できるようになってから雑草をむしる方がいい。
とりあえず、明らかに形が違う雑草だけは排除する。
「ジニア・リネアリス。いい感じに育ってきていますね」
後輩の女の子達が僕の花壇を眺めて声をかけてくる。
女の子が苦手だといつまでも逃げてはいけない。
僕はせめて部活の後輩たちとは仲良くしようと努力している。
幸い、この部活にいる子たちは素直で可愛らしい。
まぁ、うちの妹以上にインパクトがある子はそうそういないけどね。
これも嫌な意味での慣れかもしれない。
「成長が早い花だから、すぐにでも大きくなるよ。そう言えば、運動場側にある花壇に植えた松葉ボタンの花は見た?」
「はい。最初は小さな緑の葉が生えているだけだったのに、気がついたら増殖してるというか、かなり広がっています。びっくりしましたよ」
先月、学園側からの要請で大量に苗を購入して、松葉ボタンという花を植えた。
縦ではなく横に広がっていく背丈の低い花だ。
見た目の華やかな花が次々と咲いていくため人気もある。
色も豊富なので見ているだけで楽しい。
「綺麗な花が咲いては散って、種を蒔いてどんどん広がっていくよ。面白い花だよ」
学校の先生からも好評の花、見栄えもいいし、こういう学校とか大きな場所向けの花だ。
昔、プランターで育てて成長が早く、広がり過ぎて困った過去がある。
「松葉ボタンって綺麗な花が咲きますよね。松葉みたいな葉っぱだけの状態からじゃ想像できないくらいです。初めはどんな花が咲くんだろって疑問に思ってました」
「どんな花でも驚きはあるよ。花は咲いてみないと分からないものだろう。それが花を育てることの魅力でもある。どう?この部活は面白い?」
すでに彼女たちも部活を始めて3ヶ月、いろいろと花の育て方にチャレンジしている。
それぞれ個別の花壇以外にも、共同の花壇に植えている花の世話も彼女達の役目だ。
他にも園芸部は学園のあちらこちらにある花壇の手入れもする。
雑用と言われてもしょうがない地味な作業も多々あるのだが、文句も言わずにやる彼女達を見ているとこの部活の今後は安心できる。
ほら、園芸部って花を育てるだけの一見地味な部活なので、結構選り好みされる部活の類なんだ……メンバーの男の子はかなり少ないし。
「面白いですよ、花にもいろんな種類があって育てるのかも管理するのも楽しい。面白みがある部活だと私は思います」
「そっか。それならいいんだ」
「でも、そうですね。ひとつだけ言うなら、名前がちょっと……」
彼女達は「園芸部」という名前に問題があるという。
「名前をガーデニング部とかにしてみたらどうでしょう?横文字だとオシャレな部活のイメージになりませんか?園芸部だと盆栽とか育ててそうな地味なイメージしかないんです。あっ、別に否定しているわけじゃないんですけど」
盆栽って……どこまで地味なイメージをもたれるんだろう。
ていうか、盆栽は日本文化の象徴として海外からも高い評価があるのだ。
いや、今の話には関係ないんだけどね。
「ガーデニング部かぁ。どうしようかな、悪くはないけど園芸部と大して変わらない気がする。効果はあるのかな?他の子はどう思う?」
僕は他の子たちの意見も聞いてみることにした。
すぐに決めるとかじゃないけど、今後の展開によっては考えることになるかもしれない。
「ほら、確か登山部でしたっけ?あそこもワンダーフォーゲル部って言うのにネーミングを変更したら女の子も参加するようになったって聞きました。うちもこの際、七森先輩が部長になったときに名前を変えちゃいましょうよ」
「いや、でも、この園芸部っていうのもこの学園と共に長い歴史がある部活で、名前を変えるのはその辺を考えなきゃいけないわけで……」
確かに横文字にした方がカッコよかったりするけども、安易に変えるの反対だ。
「今の世の中、柔軟な発想がないとダメですよ。ここで園芸部の歴史を変えてしまうのもありだと思うんです。ほら、花を育てるのがこの部活のすべてでしょう。より多くの生徒に部活を楽しんでもらうためにも必要だと思うんです」
「……うーん。というか、皆はただ単に園芸部って名前がダサいとか思ってるんじゃ」
「ち、違いますよ。その、名前が地味系だから嫌だなぁって思ってません」
「そう言う事にしておこうか。まぁ、キミ達の意見も分かる気がする。今度、皆が集まったときにでも話し合う事にしようか。ガーデニング部、悪くないよ」
皆の意見を取り入れて決めていくことにした。
結局は“楽しく”がモットーの部活だし、名前にこだわる必要もそんなにない。
これが野球部とかで、ベースボール部とか言ったら問題がありそうだけどね。
必要なのはこの部活を盛り上げる皆の気持ちだ。
後輩たちに囲まれていつものように部活をしていると、中庭に誰かが入ってくる。
「あっ……」
皆の視線がそちらに向くと、そこにいたのは白雪先輩だった。
遠目に見ても人目をひく、美麗な容姿。
一言で言えば美少女、二言で言うならば、美しく可憐な花のように綺麗な女の子。
何もせずとも存在感のある彼女に皆の視線は集中している。
「こんにちは、春日クンっ。今、時間はいい?」
「えぇ。うちの部活はそんな規律が厳しい部活じゃないんでいいですよ」
「それじゃお邪魔します。ふふっ、お邪魔するっていう言い方も変かな」
彼女は見ている方もついに笑顔になるような微笑を浮かべている。
笑顔ひとつで雰囲気を和ませる、すごいなぁ。
桜華も笑顔ひとつでその場の雰囲気を凍らせるけど……その笑顔の裏に何を企んでいるの、とか、むしろ、笑顔の方が何考えているのか分からずに怖いとか。
先輩は日焼けしないように木の影に入る。
「やっぱり、その白い肌を維持するのって大変そうですね」
「まぁね。私の場合は遺伝もあるのよ。母も肌の色素の薄い人だから。太陽に長時間あたるとすぐに赤くなっちゃったりして大変なのよ。それ以上に、この白い肌を維持するために細かな努力もしているわ。これも私の“武器”だもの」
透き通るような美白は白雪先輩の魅力のひとつだ。
ホント、白雪なんて名前通り、真白い肌をしている。
「春日クンも男の子にしては綺麗な肌じゃない。男にしておくのがもったいないわ。この際、女の子になっちゃう?」
「なりませんから。冗談でもやめてください」
「あははっ。ムキになって否定しなくてもいいじゃない。美人過ぎる男の子、美少年に生まれた事は誇るべきことよ。なりたくて、なれるものじゃない。ねぇ、春日クン。話は変わるけど、今度、うちの中庭にヒマワリを植えたの」
白雪先輩も園芸、もとい、ガーデニングをしている。
だから、話も合いやすくてよく話をしているのだ。
「へぇ、夏の定番、ヒマワリ畑ですか?」
「ただのヒマワリじゃなくて、プラドレッドって言う種類なんだけど知ってる?」
「あぁ、深紅のひまわりですね。知ってますよ、プラドレッド。僕は育てた事はないですけど、色の変わったヒマワリです」
プラドレッド、普通のひまわりは黄色の花を咲かせるものだが、この種類のひまわりは他と違い、濃い赤の花を咲かせる変わったひまわりだ。
鮮やかな花色のひまわりは“黒いヒマワリ”と言われるほど濃い赤色だ。
一般的なひまわりとは存在感が違う、それがプラドレッドなんだ。
「この花の種を買ったんだけど、どういう花が咲くのかなって思ってたの」
「プラドレッドは一般的な黄色の花じゃなくて、とても濃い赤色のヒマワリの花が咲くんです。ブラッド、いわゆる血の色にも似ているので、ブラッドレッドって呼ぶ人もいます。まぁ、そちらは正式な名称じゃないんですが」
「そうなんだ。隣に普通のヒマワリも植えたら比較できてよさそうかも」
大輪の黄色のヒマワリと赤黒いヒマワリ。
病院のような場所だと入院患者達の話題にもなり、癒しのスポットにもなるからいいな。
学園の中庭も綺麗にするのはいいけども、特別な反応もなく、もっと学校の生徒にも興味を抱いて欲しいと常日頃から思っている。
「そうだ、普通のヒマワリの種なら部室にありますから分けましょうか?」
「え?いいの?それじゃ、少しだけもらおうかな」
「部室の方に置いてるんで、そちらへ行きましょう」
僕らは部室の方へと向かう。
うちの部室は園芸用具だけじゃなく花の種や球根などを保存している倉庫だ。
花の種や球根は毎年、先輩から後輩へ受け継ぐものでもある。
埃っぽい部室に入ると、僕は棚に置いてあるヒマワリと書かれたビンを取り出す。
その中に保存されているのがヒマワリの種。
去年、ハムスターを飼ってる先輩がいて、エサ用にヒマワリを育てた結果、かなりの量のヒマワリの種が残っている。
今年、学園用の花壇は既にヒマワリ畑と化しているのにまだ残ってるくらいだ……むしろ、さらに増殖中。
「小さな袋にいれておきます。これくらいでいいですか?」
「ありがとう。でも、勝手に人に分けてもいいの?私は部員じゃないんだけど」
「かまいませんよ。今年もヒマワリを植えている人はいますから。種って古くなるとダメになるじゃないですか。使ってもらえるのならその方がいいです。花の種としても喜びます」
使われない種のこの子たちが花を咲かせられるのなら大歓迎だ。
倉庫に置いておくだけじゃ花の種の意味はない。
「春日クンってホントに花が好きなんだ。そういう優しいところ、好きだな」
「そ、そうですか」
「うん。花に思いやりがあるってことはそれだけ優しい証拠じゃない。花に優しくなれる人っていいわ」
白雪先輩に気に入られるのは悪くないと思っていた。
こういうのを気が合う相手というのかな?
「ねぇ、春日クン。プラドレッドと、このひまわりが咲いたら見に来てね」
「その時にはぜひ。どんな花が咲き誇るのか、楽しみですよ」
自分で思っている以上に僕は白雪先輩に心を許しているのかもしれない。
その心を許すという行動が後の僕を大ピンチへと追い込むのだが――。