第31章:年上美人にご注意を
【SIDE:七森春日】
朝、6時半にセットしていた目覚まし時計が室内に鳴り響く。
「うう、ん……。もう朝か?」
目覚めはいい方なのですぐにあくびをしつつ身体を起こす。
「……何だ、身体が重い?」
だが、いつもならすぐに起き上がられるはずなのに今日は何かが邪魔をする。
目を見開いて、僕は心臓が止まるかと思うほどびっくりした。
「――んなっ!?」
妙に盛り上がってる布団をめくりあげると、僕の身体に抱きついてる桜華がいる。
熟睡している彼女はどうしても離れてくれそうにない。
なぜ桜華が僕の部屋に?
そんな疑問は本人に聞かないと答えは分からない。
「桜華……どいてくれない?ねぇ、桜華」
肩をゆするが起きる気配なし、頬を軽く引っ張ってもダメだ(ちょっと怖かった)。
彼女は寝起きが悪いのでしょうがないのだが、どうしよう。
「うぅ、密着されると柔らかい何かが……」
明らかに桜華の胸が触れている気がする。
非常に気まずい僕は嘆きながらも対処することもできず。
「……やっぱり、最近無視したのがまずかったのかな」
いくら彼女が我がままな女の子とはいえ、家の中ではそれなりに親の目を気にして部屋に忍び込んだりしてこない。
それがこんな真似をしてくるという事はいつもと違うというわけだ。
ここ数日、桜華とどう向き合えばいいのか分からずに無視するような形になった。
病院から退院してずっと対応をどうすればいいのか悩み続けている。
「桜華は僕を好きなんだよなぁ」
何ていうか、そう言う事を考え出すと触れるのが怖くなる。
僕には桜華への恋愛感情がない、と思う。
まだ気づいていないだけかもしれないが、現状は桜華が好きという気持ちはないんだ。
それでも兄妹として仲よくしていけるのならよかった。
お兄ちゃんっと呼んで甘えてくれる桜華は可愛かったんだ。
恋人関係を望む桜華に応える事はできない。
「寝てる間は可愛いんだけど」
見た目は美少女そのもの、大人しい桜華の頬を撫でる。
「ねぇ、桜華、僕はどうすればいい?」
分からない、これから先、どうしていけばいいのかな。
「――さっさと私の恋人になればいいのよ」
「ひっ!?お、桜華!?」
ちょうど頬を撫でていた時に声をかけられたので慌てて手を引っ込める。
その行為が原因で彼女が目覚めてしまったようだ。
「ふわぁ。おはよう、お兄ちゃん。私の頬は柔らかい?」
瞳を開いて目を覚ます桜華。
逃げ場のない僕は絶体絶命のピンチに追い込まれている。
ていうか、抱きつかれている時点でどこにも逃げられない。
「ご、ごめんなさい……」
「別に私に触れることを責めてなんていないわ。むしろ歓迎しているし」
「こほんっ。それより、何で僕の部屋に忍び込んできたんだよ?」
僕は桜華を引き離すことに成功する。
桜華は眠い目をこすりながら、「さぁて、どうしてでしょう」とはぐらかす。
「こうして、お兄ちゃんと会話をするのは久しぶりね」
「病院でのことは、その、あの、えっと……」
「まずはその事についての謝罪。ごめんね、お兄ちゃん。私のせいで怪我をさせてしまって。悪気があったわけじゃない」
シュンっとうなだれた様子を見せて語る妹。
彼女なりに反省をしているらしい。
「別にその事について怒っていたわけじゃないんだ」
「それならどうして私を避けていたの?私の事、嫌いになっちゃった?」
少し潤んだ瞳がこちらに向けられている。
僕は桜花のその顔に弱い。
「嫌いにはならないよ。でも、恋愛の話はしばらくやめないか?」
「……私の事は無視しない?」
「うん。しばらく、いろいろと考えたいんだよ。ダメかな?」
「いいよ。お兄ちゃんがそう言うなら、時間を与えてあげる」
とりあえず、和解が成立。
前回の事件からの問題は無事に解決した、ということにしておこう。
「……それでも、ひとつだけ言わせて」
彼女は僕にその可愛らしい顔を近づけて言う。
「年上の美人には気をつけてね」
あまりにも真剣に言われたので僕は頷いた。
それって……もしかして、白雪先輩のことかな?
尊敬している先輩のはずなのにそう言う言い方をするなんてどうしたんだろう?
僕は桜華の気持ちを未だに掴み切れずにいた。
「うぉー、お前ってやつはっ!!」
退院して久しぶりに登校した僕を教室で待ち構えていたのは友人の城之崎だった。
「お久しぶり、城之崎」
「……おぅ、まずは退院おめでとう。無事に復帰できたことを喜ぼう。で、その入院中に何をしてやがる。お前という男がなぜにそんなにモテるのか。羨ましすぎるぜ」
「朝から何の話?主語がないよ、主語が」
鼻息荒い城之崎が僕に詰め寄ってくる。
何をそんなに熱くなる必要があるのやら。
「単刀直入に聞く。我らが姫と交際しているという噂は本当か!?」
「……姫って誰?うちの学校、異国のお姫様でも留学してたっけ?」
「馬鹿ものっ。姫と言えば、白雪姫。美少女の中の美少女、宗岡白雪先輩の事に決まってるだろ。お前ってやつは……」
「僕と白雪先輩が交際?何を訳の分からない事を言い出したんだ?」
城之崎が変なのは前からだけど、今日はまた一段と変だ。
彼は手に何かを持っている。
「これが目に入らぬか。まだしらばっくれる気か?」
僕に向けてきたのは携帯電話、その中にはメールらしきものがある。
『学園ラブ情報 6月号』
それはうちの新聞部が定期的に出しているメールマガジンだ。
メールアドレスを登録しておけば、定期的にそのメールマガジンが届く。
うちの学園の生徒の恋愛事情を主に紹介しているらしい。
例えば、誰と誰が交際中、破局したとか、気になる噂など情報を扱ってるそうだ。
登録者数はうちの学園の過半数という人気のメルマガ、時代の変化ってすごいね。
実際に出す新聞には教師のチェックが入り、プライベートな事はあまり載せられないのでチェックの入らないメールマガジンで好き放題しているようだ。
「それで?僕は登録していないから知らないけど。誰かが交際しはじめたのか?」
「まだ言うか!しらばっくれるんじゃない」
「はぁ……。えっと、とりあえず、見せてみて」
どうやら噂は広まりつつあり、周りの視線も僕に向けられている。
僕は城之崎から携帯を借りると、そのメールマガジンに目を通す。
見出しは「白雪姫と花の王子様。ファンタジーラブストーリー!」と書かれていた。
意味不明な見出しなうえに僕はまず疑問がわく。
直訳すると、幻想恋物語?何だよ、それは……。
「あのぅ……花の王子様って誰でしたっけ?」
「くぉら、春日のことだろ。それすら忘れたのか!?」
そう言えば、後輩からそう呼ばれていると聞いた事があった。
嫌な事は忘れてしまう性質なんで。
メルマガを読んでなぜ僕が注目されているか分かった。
内容は端的に言うと病院に入院中の僕と白雪先輩が急接近して、愛を育み、さらに交際にいたったのではないか、と憶測っぽい記事が書かれている。
それに僕と先輩の中庭で花を眺めているツーショット写真まで掲載されていた。
「入院中に知り合って仲はいいけど違う。付き合っていない。病院の写真だけど、あんな場所に誰が撮ったんだろう?」
というか、ここ数日は病院にいたはずなのに情報が早すぎる。
しかし、僕の噂でザワザワとクラスの中がざわめいている。
「それならこれは何だ?なぜ、こんなに見つめあうほど顔が近い?」
城之崎を含め、彼女に憧れる男子は多く、僕は周囲から嫉妬に近いものを向けられている気がする、殺気交じりなのは気のせいじゃないな。
さすが白雪先輩、男子の人気はすごいらしい。
「……これは、その、仲がいいのは否定してないでしょ」
「つまりは交際にこれから発展する可能性がある、と?」
「そこまでは行っていない。僕は恋人を作るつもりはないしね」
「その余裕がムカつくな。お前の周りには美少女ばっかり。それなのに興味のないと切り捨て、フラグをつぶす。もったいないぞ、春日。そんな性格でモテるお前が憎たらしい」
怒るのか、僕を羨ましがるのか、どちらかにしてくれ。
正直言えば、僕は恋愛ごとに巻き込まれるのは苦手だ。
「だが、先輩のコメントが載ってるぞ。本人は交際の事実を否定していないとも書いてある。これでもまだ嘘をつきとおすつもりか?春日、正直に言えば……」
「正直に言っても、命はない。そんな事で命をかけるつもりはないよ」
「ちっ。何だよ、その春日らしい態度は。マジで交際の事実はなしか?」
面白くないとばかりに城之崎は言う。
交際したと言えばそれはそれで学園の男子達を敵に回す。
「白雪先輩とはそんな関係じゃない。誰がこんな情報を流したんだろう?」
「確かに入院中の話だとするならおかしいな」
僕と先輩の事を知っている人物が情報を流した?
だとしても、入院中に出会った人の中で思い当たる人物はいない。
「……まぁ、いいや。噂は噂、気にしないでおこう」
白雪先輩に迷惑がかかっていなければいいんだけどね。
僕はそんな事を思いながら授業の準備をはじめる。
久しぶりの授業なので、遅れを取り戻すために頑張らないと。
この出来事が後のある事件の始まりだという事に僕はまだ気づいてない。
僕と桜華の関係を変えてしまう、あの出来事の始まり――。