第29章:妹は生意気な方が可愛い
【SIDE:七森桜華】
明日はついに春ちゃんが病院から退院できる。
この1週間弱、私は彼に会えずにいた。
お見舞いくらいならいいかなって思っていたけど、私が春ちゃんに会うのはダメっぽい。
両親にまるで軽い牽制的な注意をされて、会いにいけずじまい。
最終日の今日ぐらい、こっそりとお見舞いすることにしたの。
「……なんで私の後ろに隠れているの?」
病院に入ってから私は一緒に来てもらった和音の背後に隠れるようにして歩く。
廊下での視線が気になるが気にしない。
「いいから黙って歩いて。私はあくまでも和音の付添いで仕方なく来てるの。OK?」
「お願いだから一緒に来てって言われたんだけど?私はちゃんと2日前に七森先輩のお見舞いには来てるの。って、だから背中にくっつくなってば」
「ごちゃごちゃ言わずに前へ歩いて。周りの人に変な眼で見られるでしょ」
女の子ふたりがこそこそと怪しく動く姿はどうみても危ない。
和音は文句を言いながらも春ちゃんの病室へと私を案内する。
「……ていうか、何で七森先輩のお見舞いに来ちゃいけないの?その辺の事情を教えてよ。何をしたの?ま、まさか……今回の事故ってもしや桜華がしでかしたんじゃ」
「ち、違うわよ。私は原因のひとつではあるかもしれないけども。私は春ちゃんを階段から突き落としたりしてないもんっ」
「どうせ、桜華の事だからまた七森先輩に告白して、フラれた怒りでやっちゃったんでしょう?違う?絶対そうよ、だから来るなって言われているんだ?」
妙に鋭い和音に私は何も言い返すことができない。
事実としては若干違うものの、他人にはそう思われてもしかたない。
完全否定するほど私は何もしていないわけでもない。
交際を迫り、彼を階段まで追いかけてしまったのは事実だから。
「うっさい。私は春ちゃんに怪我させた原因だとは認めるけど、手はくだしてない」
「……原因って言う時点ですでに七森先輩の好感度はマイナス、もう諦めた方がいいんじゃないの?いつになったらプラスに好転するの?」
「わ、私なりに努力してるもんっ……報われていないけどさぁ」
なぜかいつも私の作戦は裏目に出てしまう。
お兄ちゃん大好きと迫れば、妹としての好感度をあげすぎてしまったし、だからと言って以前のように振る舞えば春ちゃんはきっと私を怯えるに違いない。
普通に接しても相手にされない私はどうすればいいわけ?
廊下を出て、私達は中庭を通り過ぎる。
ここを抜けた方が春ちゃんの病室に近いらしい。
「そーいえば、桜華。ここって宗岡先輩のお父さんが院長だって知ってた?」
「宗岡先輩の?ん?聞いたことはあるけど、ここなんだ?」
「いや、この近くに病院ってここしかないじゃん。よほど、桜華は病院に縁遠いのね」
「一言余計だって。私は怪我も病気もここ5年はしたことないから、病院に来ることがないだけなの。健康が一番でしょ」
私のモデル仲間であり、尊敬もしている宗岡先輩。
同じ事務所の先輩でもあるのでよくお世話になっている。
その彼女の実家ともいえるこの病院。
そこで私は思いもよらぬ光景を目にすることになる。
「――ちょっと待った」
「むぎゅっ!?い、痛いなぁ。いきなり止まらないでよ。うぅ、鼻を打ったじゃない」
和音の背中にぶつかった私は鼻先を押さえながら、
「それで、何があったの?幽霊でも見た?病院でさまよう子供の幽霊とか、全速力で走るおじいさんの幽霊とか?」
「……後者はあり得なさ過ぎて怖いわ。違うって。あれよ、あれ!」
彼女が指差す先にはカップルがいちゃラブしている。
仲良く中庭の花壇に咲き誇る花を眺めているふたり。
ああいう仲よしカップルを見ると恋人が欲しいと思ってしまう。
「あー、仲良さそうね。何よ、他人のカップルの邪魔でもしてこいっていうの?石でも投げてみる?やめてよ、そんな子供じみたこと。さすがの私もしないわよ」
「誰がそんな事を言ったのよ。ちゃんと両目を見開いてみてみなさい!」
「ん?あれって……宗岡先輩?隣にいるのは彼氏かしら?」
あの見慣れたストレートのロングヘアーは宗岡先輩だ。
いつ見ても美人、家柄もいいし、人当たりもよくて優しい。
そんな誰もが羨む理想的な女の人だ。
「相手よ、相手。その相手が問題なの。そちらから見辛いならこっちに来て」
私は和音の場所から二人を見ると、男の人の顔がよく見え……る?
何とそこにいた男の子は女顔の美人、私の春ちゃんでした。
「は、春ちゃんっ!?むぐっ!?」
「こらっ、大声を出さない。病院では静かにしなさい」
「むぐっ、ぐぅっ、にゃ、んで!?(え?え?どーして!?)」
和音に口を押さえられながら、私は春ちゃんと宗岡先輩から目が離せない。
この組み合わせ、どういうことなの!?
「宗岡先輩がここにいるのは理解できるわよね。偶然出会ったということかしら?」
「んんぅっ~!?(何で春ちゃんが、私の春ちゃんがっ!?)」
「それにしてもラブラブなご様子。もしや、お付き合いしてるとか?……あれ、桜華の反応がない?おーい、桜華?」
「むぎゅぅ……」
鼻と口を押さえられて意識が……うきゅぅ、ガクッ。
その様子に慌てて和音が私から手を離す。
「……けほっ、けほっ。もうっ、私を殺す気!?」
「あ、ごめん。つい力がはいっちゃったの。それで、あのふたり、どうするの?」
「今すぐ春ちゃんに突撃。あの二人の仲を調べてきてよ、和音」
「自分で調べて……は無理か。これ以上、お兄ちゃんの好感度をさげたくないのね」
その哀れみに満ちた顔をするのはやめて。
私だって、春ちゃんの好感度を簡単にUPする方法があるのなら知りたいわ。
「よしっ、そう言う事ならお任せあれ。私に任せて、桜華はそこに隠れていて」
私は二人の会話が聞こえる位置まで移動、ベンチの裏にこっそり隠れて様子を伺う。
和音はふたりに近づくと声をかける。
「こんにちは、七森先輩っ。宗岡先輩も偶然ですね」
「あぁ、和音ちゃんか。こんにちは。今日も来てくれたんだ?」
「えぇ。それよりも先輩と宗岡先輩って知り合いだったんですか?」
「まぁね。和音も桜華繋がりで春日クンと付き合いがあるの?」
何やら雑談をし始める彼女達。
楽しそうに会話する彼らの間に入れない私はこっそりと覗くだけ。
うぅ、つまらないわ、私も会話に加わりたい。
ここから出ていきたいのに出ていけない。
……中々終わんないなぁ、もどかしさを感じて約1時間が経過。
和音は本来の目的を忘れたように、会話を楽しみ続けていた。
「それじゃ、また今度は学校で会いましょう。宗岡先輩も失礼します」
「うん。さよなら、和音。そろそろ、春日クンも部屋に戻ろっか」
と言って別れてこちらに帰ってくる。
私の怒りは爆発寸前、ついでに日射病になりそうで意識朦朧状態です。
「――ちょいと待てや、こらぁっ!」
「ひっ!?お、桜華?あー、そういえば、いたんだ」
「何を私の存在を約1時間ぐらい忘れてるのよ、あんっ!?」
「ご、ごめんっ。つい話が楽しくて……桜華、顔色悪いけど大丈夫?」
私はとりあえず涼しい場所に移動して和音の奢りでスポーツドリンクを飲む。
ふぅ、日射病になりかけて何とか倒れてしまうのは阻止できた。
あんな日差しの強い場所に放置されて泣きそう。
日焼けしたくないのに、うぅ……。
「……それでちゃんと調べてくれた?二人の関係は?」
「えっと、桜華が思っている以上に仲がいいよ。女の子が苦手な七森先輩が自分から宗岡先輩には話しかけていたもの。宗岡先輩も七森先輩のことを気にいってる様子だったわ。これは私の勘だけど先輩は七森先輩が好きなんじゃないかな?」
「やっぱり、そうくるよね」
もうっ、春ちゃんが可愛すぎるのがいけないのよ。
あの守ってあげたいオーラが女の子にとってはたまらない。
他に目を付ける相手が出る前に私の恋人にしたかったのに。
くしくもそのきっかけを作ったのが、私が起こした春ちゃん殺人未遂事件だった。
ホントにいろんな意味で後悔してます。
「私のライバルは宗岡先輩だということか。私の想いを知ってるくせに、私の春ちゃんに手を出そうとするなんて百年早いわっ。例え、相手が宗岡先輩だろうと私は春ちゃんに対してだけは譲れないもの」
私が意気揚々と覚悟を口にするのに対して和音は小さくつぶやく。
「その意気込みはいいけど、明らかに現状は桜華不利でしょう」
「……そうだった。私は春ちゃんを殺害未遂で好感度マイナスでした、ぐすっ」
すでに戦う前から大ピンチ、宗岡先輩が本気で春ちゃんを狙うとしたら勝ち目はない。
何としても彼女には春ちゃんを諦めてもらうしかない。
「それは無理じゃないかな。ほら、先輩って昔から好きなものは自分のものにしちゃうじゃない。普段は穏やかで優しいってイメージだけど、一部の人間から嫌われるタイプだもの。過去も似たような恋愛絡みの事件があったって聞いてるわ」
「私も聞いたことがあるけど、春ちゃんは私のものなの。誰にも譲れない、譲れるはずがない。どんな手を使っても私の手に取り戻す」
「だから、その前に七森先輩の好感度を上げる方が先でしょ」
どちらも難しい、宗岡先輩がいかにすごい人なのかはこれまでの経験で思い知っている。
モデルとしては私よりも格上で人気者。
最近は大手ファッション雑誌やグラビアにまで出始めている。
尊敬と憧れを抱く相手だからこそ、立ち向かうのは難しい。
「それでも、春ちゃんだけは誰にも渡さない」
空になったペットボトルの容器をクシャッと握りゴミ箱に放り投げる。
「私の春ちゃんに手を出すとどうなるのか、先輩にも思い知らせてあげる」
「……桜華、意気込むのはいいんだけど、自分が七森先輩に拒絶されている事実を忘れていない?誰と付き合う事になるか、それは先輩の気持ち次第でしょう?」
私は「余計な事は言わなくていいのっ!」とちょっぴり涙ぐみながら和音に八つ当たり。
うぅ、春ちゃんとの問題だけでも頭がいたいのに、新たなライバル出現はキツイ。
でも、私は負けない……絶対に今度こそ春ちゃんを私のものにするんだからっ!




