第27章:理想的な女の子《前編》
【SIDE:七森春日】
病院に入院するということは暇な事でもある。
雑誌を読むのはまだ飽きていない。
しかし、他にすることがなくダラダラと寝て過ごすのは性に合わない。
入院2日目、本日は土曜日、外はいいお天気だ。
「……あーっ、花のお世話がしたい」
僕にとって花の世話が出来ない事はストレスにもなっている。
水やり等は信吾お兄ちゃん経由で部活のメンバーに頼んでおいた。
きっとそれは問題なくしてくれるであろう。
だが、しかし、自分で面倒を見てこその園芸なんだ。
誰か他人任せで花を育てても楽しくない。
花の成長を見守る、それもひとつの楽しみであるというのに。
花瓶の花は変化もない花なので興味が薄れつつある。
だからと言って、鉢植えの花を病室に持ち込むのはダメらしい。
病気が根づくとかでイメージが悪いかららしいけど、本人が望んでいるのなら許可してくれてもいいのに。
コンコンっとノックの音に僕は返事を返す。
「はい、どうぞ」
「七森さん、調子はどうですか?頭は痛くないですか?」
看護師さんが見にきてくれたらしい。
僕は「大丈夫です」と答えると彼女は外を指さして、
「無理のない範囲でなら散歩してもいいですよ。中庭にでも散歩しますか?今日はとてもいい天気です」
「……は、はい。それじゃ、またあとで自分で行きます」
「それじゃ、散歩に行く時は一言私達に声をかけてくださいね」
というわけで、どうやら僕は散歩の許可がおりたようだ。
無理のない範囲というけれど、左足は捻挫中、右肩は打撲、頭はいまだに包帯をグルグルと巻いた状態……これで散歩に行くのはどうすればいいんだ?
「素直に大人しくしておけということか」
僕は園芸雑誌を手に取ると、ガーデニング方法のページを眺めて楽しむ。
んー、こういう飾り方もあるのか、家に帰ったら試してみよう。
むむっ、なるほど、この花ってそういう意味で名前が付けられているんだ。
おおっ、これはすごい……ぜひ、次に花を植える時はこの土の作り方で……。
僕が雑誌を楽しみながら読んでいると再びノックの音がする。
「はい、どーぞ」
今度は誰だろう?
カチャッとドアが開いたので、僕がそちらの方に目を向けると、
「へぇ……キミが七森春日クン?」
「え?あ、はい。そうですけど……貴方は?」
ドアを開けて入ってきたのは見知らぬ女性。
いかにも美少女という言葉の似合う見目美しい女の子だ。
だけど、一体、彼女は誰なんだ?
「ふーん、なるほど。確かに綺麗な顔立ち、まるで女の子みたい。可愛い~」
僕の顔を見つめる彼女、こちらに微笑みながら言う。
「さすが、花の王子様って学園で評判になるだけの事はあるわね」
「はぁ……えっと、貴方は誰ですか?」
「はじめまして、私は宗岡白雪(むねおか しらゆき)。春日クンの通う学園の3年生なの。春日クンの妹、桜華とはモデルの事務所が一緒なのよ」
宗岡……桜華が好きな相手だと勘違いしていたあの宗岡先輩!?
初対面ではあるが何度か話に出た名前ではある。
それにしても、ホントに綺麗な女の子だな。
「宗岡先輩、桜華から何度か話は聞いてますよ」
「そうなの?それなら話は早いわ。以前から桜華に聞かされて私は貴方に興味があったの。それで、うちの病院に入院しているっていうから、ついどんな子なんだろうって会いに来ちゃったのよ。いきなりでごめんなさいね」
「いえ、いいですよ。うちの病院っていうのは?」
彼女のセリフが気にかかり尋ね返す。
「あら?ここが何ていう病院だか知ってる?宗岡総合病院、私の家が代々続けている病院なの。今の院長は私の父よ」
「そうだったんですか。あっ、白雪って可愛らしい名前ですね」
「白雪姫ってあるでしょう?あれから親が付けたらしいの」
彼女は「メルヘンチックな名前でしょ」と苦笑いする。
名前負けしていない綺麗な容姿。
桜華と同じくモデルをしているようだし、すごいなぁ。
「メルヘンだけど、自分でも気にいってる名前なの。できれば白雪って呼んでね」
「分かりました。それじゃ、白雪先輩、でいいですか?」
「ありがと。……ん?あれぇ、春日クン、こういう雑誌を読むんだ?」
「へ?えっ、あっ、いや……」
彼女が指差したのは信吾お兄ちゃんが持ってきたグラビア雑誌。
こっそりと園芸雑誌の下に置いてあったのに気づかれてしまう。
白雪先輩に怪しい視線がこちらに向けられてしまう。
ま、まずい、それは冤罪事件だ、僕は何もやってない!?
「違います、僕はそういう雑誌はあまり……」
「読まないの?まぁ、イメージ的にもそうだね。友達が持ってきてくれたとか?でも、私はそれが悪いって言ってるんじゃないの。これ、私が出てる雑誌なのよ」
動揺する僕をよそに彼女はページをめくりながら、その写真が載っている場所を見せる。
大胆な水着を着た透き通るような白い肌の美少女。
「男の子ってこういうの好きでしょ?春日クンはどう?」
「白雪先輩ってスタイルも良くて色白で綺麗ですね」
「……え?や、やだぁ、私を褒めてっていう意味じゃなくて、春日クンはこういうグラビアってどう思うか聞いたの。……でも、嬉しいな、ありがとう」
彼女ははにかむような笑みを見せる。
ちょっと照れた素振りが可愛らしい。
桜華が憧れるというだけあって、とても素敵な人のようだ。
「春日クン、女の子は苦手なの?」
「まぁ、それなりに……」
「そう言う顔をしている。今、困ってる?女の子に話しかけられるのは苦手なんでしょう?ダメだよ、それじゃ……あっ」
白雪先輩は続いて園芸雑誌の方にも気づいたらしい。
その雑誌を片手に彼女は僕に聞いてくる。
「ねぇ、春日クンって園芸部で学校の中庭で花を育てているんでしょ。花の王子様って言われてるくらいだから、花には詳しい方なの?」
「大体の花の事なら分かりますけど。花は僕の趣味ですから」
「可愛いなぁ、春日クン。乙女っぽくていいね」
僕、男なんですけど……なぜに乙女っぽくていいのか。
僕は疑問に思う前に白雪先輩は僕の手を掴んでくる。
「春日クンにお願いがあるの。ねぇ、ちょっと付き合ってくれない?えっと、看護師さんから散歩の許可は出てる?」
「はい、中庭を歩く程度ならって」
「それじゃ、付き合ってくれない。足も怪我しているみたいね。すぐに杖を持ってきてあげる。車椅子の方がいい?」
「いえ、杖だけで十分です。でも、どこに行くんですか?」
彼女はにんまりと微笑んで「それは秘密」と言った。
何だか白雪先輩のテンションに飲み込まれつつも、僕は気分転換をかねて彼女について行くことにしたんだ。
秘密の場所だと白雪先輩が連れてきたのは中庭だった。
僕はまつば杖をつきながら彼女の後を追う。
きっちり手入れされた中庭に生い茂る木々。
僕らのように散歩をする入院中の人々もちらほらといるようだ。
今日は快晴、こんな気分のいい天気ならなおさらだろう。
「春日クン、ここよ。これが今、私が管理している花壇なの」
そう言って先輩が示したのは今が旬の花が咲き誇る綺麗な花壇。
沈んだ気分が癒される特別な空間、いい場所だ。
花がある世界ってホントにいいなぁ。
「先輩が管理しているんですか?」
「うん。ホントはこの中庭の花壇を管理していたのは私の祖父なの。この病院の先代の院長ね。だけど、去年ぐらいから身体を壊して寝たきりなのよ。それでそのあとをついで私がこの中庭の花壇のお世話を春からしているの」
僕は花たちの様子を確認する。
土作り、肥料の撒き方もいいのに所々、葉がしおれたり、元気のない花が目立つ。
「気づいてくれた?何でかなぁ、最近、この子たちが元気ないの。春日クン、その原因って分からないかな?せっかく咲いているのに枯らせたくはないのよ」
「分かりました、少し調べてみます」
僕は土や花の発育状況を調べてみることにした。
土に指を触れさせる、水はけが悪いわけじゃなさそうだ。
ということは花の苗に問題があるのかな?
「……どう?何かおかしいところでもある?一応、祖父から教えられた通りにしているつもりなんだけどね」
「この花の水やりっていつしていますか?」
「え?水やり?うーん、気づいたらしているかな。私、モデルの仕事もあるから暇な時間ってバラバラなの。朝やる場合もあるし、昼もある。あっ、夜が1番多いかな。でも、ちゃんと1日に1度はあげているつもりよ?」
僕はそこに気づいたことがある。
この花の元気のない原因が分かった。
「それですよ、夜に水をあげているからです」
「え?ダメなの?」
「花に水をあげる最適な時間っていうのがあるんですよ。日中の暑い時にあげてもダメだし、夜だと水はけが悪くて根ぐされしてしまったりしますから。1番いいのは朝方と夕方にあげることですね」
水やりなんて基本だけど、そこが花を育てることで1番大事なんだ。
昼間に水をあげても、水が蒸発して根がダメになることもある。
「これからは時間を決めてあげることにするわ」
「白雪先輩の育て方は合っています。幸い、根ぐされはしていないみたいですから。時間を変えて水をあげるようにすればすぐにでも元気を取り戻すと思います」
「そっかぁ。ありがとう、春日クン。キミに尋ねてみてよかった。さすが花の王子様だね。ついでに他の花も見てくれる?」
嬉しそうに彼女は笑う、その微笑がとても綺麗で見惚れてしまった。
「……可愛らしい先輩だな」
今まで女の子のそういう仕草に目を惹かれることはあまりなかった。
それなのに、なぜか僕は白雪先輩には興味を惹かれていたんだ――。