第23章:優しさの裏表
【SIDE:七森春日】
2泊3日のモデル撮影で家を留守にしていた桜華が帰ってきた。
お土産よろしくと頼んでいただけにちょっとだけ期待。
僕の部屋を訪れた彼女は小さな箱を手渡した。
「ただいま、お兄ちゃん。はい、これはお土産だよ」
そう言って僕に手渡されたのは全国どこでも見かける定番のアレ。
『沖縄に行ってきました』と文字の入ったクッキーだった。
なぜにこれ?
悪くないけど、せめて地元名産のものが食べたかったよ。
「……ありがとう」
ちょっとだけ肩を落としてしょげる僕を桜華は笑う。
「いや、冗談だけどね。ちゃんと、他のもの買ってきたし。そんなに拗ねた顔しないでよ。何ていうんだっけ?何とかラーメンも買ってきたわよ」
「沖縄のラーメンと言えばソーキそば?」
「それそれ。豚のあばら肉を使ったラーメンでしょ。向こうで食べたけど、結構おいしかったの。ていっ、キミは邪魔っ」
そう言って桜華は僕のベッドの上の枕をのけて座る。
あ、せっかくベッドメイキングしたてなのに……まぁいいか。
「ついでに沖縄限定のお菓子も買ってきたから一緒に食べましょ」
そう言ってベッドの上でお菓子の袋を開く。
布団の上でスナック菓子……これって嫌がらせなのか、ただ気づいていないだけなのか。
どちらにしても後始末が大変そうだ。
「これ、結構おいしい。それで今回の撮影はどうだったんだ?」
僕は諦めてお菓子に手を伸ばしながら尋ねてみる。
わざわざ学校を休んでまで撮影しに行ったという事は特別なものなんだろう。
「……どう?まぁ、今回は私はサブ的な役割だったからね。メインは男性のモデルさん。その人の横に突っ立ってポーズ決めたりするのが私の仕事。男性向け雑誌だからしょうがないっていうのもあるけど」
「そうなのか?モデルにもいろいろとあるんだな」
「そうなのよ。この私がメインじゃないなんて……っていうか、私は代役なの。本来は別の子が行く予定だったのに直前になって食中毒で入院しちゃって。困った事務所が代役で私を投入したの。臨時ボーナス程度のお金は入ったからいいけど」
桜華は「またどこかに遊びに行こうよ」と笑って答える。
……モデル業ってそんなに儲かるお仕事なんですか?
「と、言ってもカメラマンの人に気に入ってもらえて、仕事も増えそうだから私にとって無駄でもなかったわ。業界に顔を売るのもモデルのお仕事だから成功と言ってもいい。それに、いろんな人と知り合えたもの」
意外と大変そうだが、本人が楽しんでしているのなら問題はない。
モデルは身体が資本のお仕事です。
美人じゃなければ出来ない仕事、その分、大変そうだ。
「桜華はグラビア系っていうのはしていないのか?」
「私はグラビアモデルじゃない。ファッション系だから水着になったりすることはあっても、男性向け雑誌に載る事はほとんどない。お兄ちゃんは私の水着姿がご所望なわけ?いつでもいいけど、何なら次の休みにでも温水プールに行く?」
「な、夏が来るまで待とうよ」
今すぐにとは、僕としては勘弁してほしい。
「水着で思い出した。今日、撮影に使った水着が可愛くてスタイリストさんから買い取ったの。見せてあげるわ」
そう言ってカバンから水着を取り出す桜華。
胸元が開いた大胆な水着。
いつのまにか、そういうものが似合う女の子になっていたんだなぁ。
妹の成長にしみじみ関心、いやらしい意味ではなくて。
「今回は泳いできたのか?沖縄だともう泳げるんじゃないのか?」
「残念ながら時間がないの。強行スケジュールだから観光もできないし。お仕事であって、遊びに行ったわけじゃないからいいけどね」
おおっ、桜華にしては大人なプロらしい発言。
モデル業に関してはさすがにお金をもらうだけあって真面目にしているようだ。
「和音ちゃんが言ってたけど、同世代の子から人気なんだって?」
「まぁね。ありがたいことにファンの子もいるし。……ん、和音?何よ、お兄ちゃん。私の知らないところで和音とは仲良くしているみたいじゃない?」
まずい、よけいな地雷を踏んでしまった。
僕は慌てて話題を変えようとするが桜華に詰め寄られて出来ない。
「和音ねぇ……。女嫌いのお兄ちゃんが堂々とお話しできる相手。彼女の何がそうさせているの?容姿、性格?それとも他の何か?」
「……変な意味はないよ」
「そう?私には特別な何かがあるように思える」
グイッと顔を近づける桜華、近いってば、顔が近いっ!?
「和音にあって私にないもの。私はお兄ちゃんの特別なの?」
「と、特別?そんなの妹なんだから当たり前だろ」
「妹?お兄ちゃん、私がそんな答えを望んでいると思う?」
この妙な雰囲気はまずい。
いけない、これでは前回のあの押し倒し事件の二の舞だ(第13章、参照)。
ここは大人の冷静な対応を……、そうだ。
「桜華。恋の話をしようか?」
「……恋?何よ、そんな風に言うの初めてでしょ」
「うん。だからさ、話そうよ。ね?」
ここは相手のペースに巻き込まれずに僕のペースで話を進行させる。
そうするしか僕にこの危機を乗り越えられない。
桜華はベッドの上にちょこんと乗ったままこちらを見つめる。
疑惑の瞳……逆に何か警戒されているのは気のせいかな?
「お兄ちゃんが恋の話をしだすなんてありえない。何を企んでいるの?」
「企むなんて人聞きの悪い。僕は桜華と話がしたいだけだ」
「そう……?で、どういう話をしたいの?」
ふぅ、とりあえず話には前向きな様子。
ここは何としても正論で桜華を説得してみせる。
「僕と桜華は兄妹だ。義理とはいえ、兄妹なんだ。つまり桜華は僕の妹で……」
「――妹を連呼するな」
「ひっ。あ、あの、桜華さん。とりあえず、話が終わるまで大人しくしておいて」
最近は大人しい妹から久々に感じた殺気に震える。
うぅ、僕は自分からこの平穏を壊そうとしている気がする。
だが、しかし……ここはひいてはいけないのだ。
「その、桜華は僕の事が好き……なんだよね?」
「前にもそう言った。私の想い、伝わってない?言葉だけじゃ足りないの?何なら態度で表わしてもいいんだけど……」
「それだよ、それ。桜華はホントに僕の事が好きなのかな?」
桜華の場合、僕を異性としてホントに見ているのかが疑問なんだ。
ただ、近くにいて仲のよかった異性だっただけ。
桜華が僕を好きになる要素なんてどこにもなくて。
逆に言うと僕のような臆病で、気の弱いタイプの人間は桜華が嫌いなタイプのはず。
彼女の好みからすれば、僕は好きなタイプではない。
「……どうして、そんな事を言うの?」
「桜華。この前、誰かと話していたじゃないか。宗岡先輩だっけ?もしかして、その人のことが……好きなんじゃないか」
「……はい?」
桜華と和音ちゃんの対応が全く同じだった。
唖然と言うか「何言ってるの?」的な顔をする。
あれ、僕、間違えてますか?
「その人の事が好きならば……」
「ちょい待ち。誰が宗岡先輩の事が好きだって言ったの?」
「いや、何となく。桜華の態度からしてそうなのか、と」
「違うわっ。お兄ちゃん、宗岡先輩の事を勘違いしている。先輩は……宗岡先輩は女の子だっての!!しかも、私のモデル仲間の先輩。尊敬しているし、憧れてもいる。だから、態度もそんな感じなわけで……誰が恋なんてしてるってのよ!勘違いもいいところじゃない。ふざけないでよね!」
……あれ、僕、勘違いしてました?
かなり気まずい空気が流れていく。
「誤解しまくり。その辺の勘違い、まずは理解OK?」
「あ、うん。そうだったんだ……てっきり憧れの男の先輩なのかって思ってた」
「バカじゃないの?なんで男の先輩と付き合いがあるのよ。男友達もろくにいないってのに。お兄ちゃんは私の想いを知らなさすぎる。どれだけ私が本気なのか、それすら否定するつもりなの?」
気がつけば桜華は僕の身体を掴んでいた。
その白く細い指が僕の頬に触れている。
「……大好きなの。それだけは、否定させない。私はこれでも努力しているつもりなのに。お兄ちゃん、その努力にまるで気づいてくれていない」
最近の優しさは本物だっていうのか?
裏表なんてなくて、僕に気に入られようと努力している?
ふんっと唇を軽く尖らせる桜華。
「やっぱり、私達の関係を改めるべきだと思うの」
桜華は僕を逃がさないとばかりに追い詰める。
グッと身体を引き寄せられてお互いに顔を見合わせる。
「既成事実。作らなきゃダメなのかしら?」
「ちょ、ちょっと、桜華?な、何をするつもり……?」
「この前できなかったこと。今日こそお兄ちゃんを私だけのものにする。いいのよ、お兄ちゃん。初めては誰でも痛いものなの。それを乗り越えたら、痛みは快楽に変わる。愛しあう事を恐れないで」
「……だから、それ、立場逆転してませんか?って、桜華!?」
どんっと突き飛ばされて僕はあの時と同じようにベッドへと押し倒される。
再びピンチ到来、この危機をどう乗り越えるのか?
「さぁて、お兄ちゃんの可愛い声を聞かせてよ」
肉食獣に追い詰められる草食獣のごとく、大ピンチだ。
にやりと微笑む桜華、逃げる事は不可能。
……どうすれば……どうすればいいんだよ!?
「――覚悟はできたかな?愛しているよ、春日お兄ちゃん」