第22章:鈍感すぎるのも罪です
【SIDE:七森春日】
本日は桜華が私用(モデル撮影)で学校をこっそり休んでいる。
何でも海のある遠い場所(沖縄らしい)に行っている。
というわけでここ最近は桜華と食事していたが、久しぶりに友人たちと食堂で昼食をとることになった。
から揚げ中心のA定食を食べていると、友人の城之崎が声をかけてくる。
「それにしても春日が俺達と飯を食うのは久しいな。最近はずっと妹ちゃんとラブラブだったからなぁ。……その辺、どうなんだ?」
「桜華が僕に対して優しくなっただけだよ」
「……何だ、それだけか?禁断の兄妹愛に走ったとかじゃないのか」
「いや、僕らは禁断の関係にはならないから。血の繋がりも……あっ」
僕らが義兄妹だと言うのは内緒にしているのに、つい口が滑ってしまう。
「なるほど、なるほど。いわゆる義妹だったのか。ふーん、それであの子の態度がねぇ。いや、心配せずともこれは俺達だけの秘密にしておくさ。しかし、アレだな。妹ちゃんは春日の事が好きなのか?」
ストレートな物言いに僕はのどにからあげをつまらせる。
「ぐふっ。何て冗談を……そんなわけない」
「前々から二人の関係が怪しいとは思っていたんだぞ。街中で腕を組んでデートしている姿を目撃したって奴もいるしな」
その件に関しては否定はできない。
時々、桜華に連れられて出かけることはある。
だが、付き合っているという噂は流されたくない。
僕は食事を続けながら皆に言う。
「桜華は、その、僕が言うのもアレなんだけど……ちょっとブラコン気味なんだよ」
「ほぅ、ブラコンか。それは意外だな。合コンに来た時は普通に罵倒していたが?」
「あの後、色々とあったのさ。まぁ、詳しい話は割愛。桜華とは今、すごく仲がいいのは確かだよ。でも、恋人になるとかそういう事は全然ないから」
ここだけは否定しておかなければいけない。
しつこいようだけど、僕は桜華の恋人じゃない。
「……ふーん。お前にその気はなしか。でもな、春日。女の子の想いって言うのは時に暴走するからな。その辺を覚悟して対応した方が身のためだ」
城之崎は苦笑い気味にそう僕に警告する。
でも、すでに桜華の想いは暴走している気がするのは気のせいではない。
近頃、僕はよく人にアドバイスをされる。
信吾お兄ちゃんもそうだけど、今日は城之崎にまで注意された。
桜華のことは僕にとってここ1ヵ月ほど、翻弄され続けている問題だ。
淡緑色の葉に青紫の独特の色、僕はアジサイの世話をしている。
紫陽花という名前の由来が“藍色の集まり”というだけあって、綺麗な紫の花が咲く。
「ここにいたんですか、七森先輩?」
「和音ちゃん。僕は放課後は大抵ここにいるよ」
「ですよね。でも、ちょっとだけ探しちゃいました」
和音ちゃんは僕の横に立つとアジサイの花を覗き込む。
「アジサイ、咲いたんですか?もう6月ですからちょうど時期です」
「雨とアジサイとカエル。絵になる光景だ」
「6月と言えばアジサイって思い浮かぶくらいに象徴的な花ですから。そう言えば、アジサイってこの大きな花がホントの花じゃないって聞いたんですけど」
「そうだね、違うよ」
彼女はちょんっとアジサイの花をつつく。
青紫の花、アジサイは大きな花だと思いがちだが実は違うのだ。
「アジサイのような花を装飾花って言うんだ」
「装飾花?装飾という事は飾りということですか?」
「そう。これは飾りの花、本当のアジサイの花はその花びらのように見える部分の中にあるんだ。ほら、この小さな部分があるだろう?」
僕が指差した部分には目立たない地味な花がある。
「え?これがアジサイのホントの花なんですね。意外と地味です」
「アジサイが派手に見えるこの花ビラのような部分は萼なんだ。昆虫を誘いこむためのものだって言われている」
「なるほど。受粉のために派手の方が虫も近づいてきてくれますから」
この花ほど雨がよく似合うイメージの花はない。
和音ちゃんは僕の花壇でラベンダーを育てている。
花は好きなようで、時々この園芸部に顔をだしてくれる。
「……花って色んな種類の花がありますけど、それぞれ特徴も違うのが面白いです」
「和音ちゃんが花に興味を持ってくれて嬉しいよ」
園芸部は華やかさがあるわけでも、大きな活躍があるわけでもない。
個人的に楽しむだけの地味な部活ではある。
それでも、花が好きで興味を抱いてくれる子が増えるのは素直に嬉しい。
「それで、僕を探していたんじゃなかったけ?」
「あ、そうでした。と言っても、そんなに急ぐ理由はないんです。今日、桜華が学校を休んでいたでしょう。明後日に小テストあるから渡しておいてください」
英語の小テスト用のプリントだ。
予定では彼女が帰るのは明日なので、どちらにしても勉強している時間はないと思うけど渡すだけ渡しておこう。
「ありがとう。桜華は今、沖縄らしいよ」
「私も聞いてます。あの子、あんまり人には自分がモデルしてること言ってませんけど、雑誌にのるくらいに有名なんです。私の周りでも桜華みたいになりたいって子はいますから。自慢できる友人です。お兄さんとしてはどうですか?」
「……可愛い容姿なのは認めるよ。ただ、性格がちょっと凶暴だから」
「アレくらいの方がいいんじゃありません?美人なのに他の男の子が寄り付かない。お兄さん的に安心できるでしょ。私の知る限り、あの子、男の子から人気はあっても告白される確率は低いんですよ」
同じ男から見て、狙いに行くにはかなりの勇気がいる高嶺の花だ。
それに告白?無理だってば。
桜華は彼氏が欲しいと言いながらも自分の中に当然、ある程度のレベルが必要だ。
「そういえば、桜華の好きな人。僕も分かったよ」
「……え?それは、その、え?」
和音ちゃんはなぜか驚いた顔をする。
彼女には聞いておきたいこともあるんだ。
「この間、あの子が電話しているのを聞いたんだ。この前、和音ちゃんが言っていた3年の先輩。その先輩、名前は宗岡先輩って言うんじゃないのかな?」
「……はい?」
何とも間の抜けた和音ちゃんの声。
驚いた顔は呆れにも見える。
「桜華にもちゃんと好きな人がいたんだ。安心って言うか、応援したくなる。どんな人なんだろう?和音ちゃんはその先輩を知っているんだろう?」
兄として妹の恋は応援したい。
桜華が最近、僕に対して大人しくなってきたのはきっと、目が覚めたからだと思う。
やっぱり、兄妹の恋愛はいけないことだし、桜華も気づいたのでは?
「あれ、宗岡先輩って知らない?」
「いえ、知ってはいますけど……。それ、マジで言ってますか?」
「うん。どうもあの話し方とか雰囲気とか、尊敬っていうか憧れみたいなのを感じた。桜華が普通の先輩に見せる態度じゃなかったんだ」
それに何だか僕に知られたくない様子だったし。
そうに違いないと僕の中では確信がある。
だが、目の前の和音ちゃんはアジサイの葉をいじりながら、
「……先輩って鈍感さんですね。その鈍感さ、ある意味、罪です。桜華が可哀想です」
彼女の言葉が僕の胸にグサッと突き刺さる。
うぅ、そう言われるのはキツイ。
「えっと……そんなに?」
「はい、鈍感すぎます。気づいてあげてください。桜華の本当の気持ちに。そうじゃないといつか桜華は七森先輩に“牙”を剥きますよ?」
「き、牙ってそんな物騒な……」
「あら、桜華って肉食系女子ですから。先輩がちゃんと受け止めてあげないとダメなんです。その辺、分かってるようで分かっていないんですね。先輩は桜華が誰を好きなのか知ってる。でも、それを受けとめてあげない」
いつになく厳しい口調の和音ちゃん。
彼女からこんな風に責められるのは初めてだ。
「先輩は優しくていい人です。七森先輩、桜華の気持ちと向き合ってあげてください」
「……向き合う。桜華と?」
「そうです。その、宗岡先輩がもしも桜華に気があるとしても、譲るつもりじゃないでしょうね?そんな他人に譲ったり、進めるようなことをしちゃダメです」
そこから畳みかけるように和音ちゃんは言葉を続けた。
「好きな人がいるようなんだ、安心したよ?何です、それ?桜華の事を考えているのなら、そんなセリフは言えるはずないです。今の先輩は情けない男の子に見えます。そういう先輩、見たくないですよ」
先ほどから聞いていると、どうにも彼女は桜華の好きな人を知ってる様子。
もしかして、もしかすると……。
「あ、あの、和音ちゃん?桜華の好きな人って知ってるの?」
「……告白されているんでしょう、七森先輩?」
うぁっ、やっぱり知られていた……だから、僕の態度が悪いと言う。
彼女はこちらをムッとした顔で見ている。
「桜華の好きな人は他にいません。先輩が好きなんです。だから、いつまでも妹だとか、言わないでひとりの女の子として見てあげてください」
「そうしないと、いつか僕は桜華に牙を向けられる?」
「先輩だって、今の桜華が頑張っているの、知ってるでしょ。桜華が優しくなったのは、先輩の心を自分に引き付けるため。もう一度振り向いて欲しいんですよ」
最後は「友達として桜華には幸せになってもらいたいんです」と和音ちゃんは言う。
桜華は……まだ僕を男として好きなのかな。
だとしたら、僕にどうすることが一番なのか。
夕焼けに包まれていく中庭で僕は花を見つめながら思う。
――逃げちゃダメだ、もう一度、桜華と向き合わないといけないんだ。