第20章:妹だなんて言わせない!
【SIDE:七森桜華】
春ちゃんとのデート中、私にある情報が舞い込んできた。
彼が昼から私の予定を断ったのは実はある女性と会うためらしい。
二人っきりのデートなんて許せるわけないじゃない。
私とのデート、そんなに面白くないっていうの?
私は春ちゃんの恋人のつもりだ、今もそれは変わらない。
しかし、彼は私を正式には認めていない所がある。
いつまでも妹だなんて言わせない。
私の地道な行動で春ちゃんの印象もよくなってきた。
ここで他人に奪われるなんてそんなことはさせないの。
「……お兄ちゃん、はい。あーん」
「それは恥ずかしいからやめてくれ」
「むぅっ。何よ、恥ずかしがっちゃって」
お昼になった私は公園でクレープを食べていた。
美味しいと評判のクレープ屋だけど、確かに美味しい。
「そっちのマンゴークリームはどうなの?美味しい?」
「まぁ、それなりに……。でも、クレープがお昼っていうのは物足りなくないか?」
「私は一枚だけでもいいんだけど。お兄ちゃんは男の子だからね」
「というわけで、もう一枚買ってくるよ。桜華はどうする?」
私はあんまり食べ過ぎるのは嫌なのでここでお終い。
「私はいい。体重も気にしなくちゃいけないから」
「そんなに気にするほどじゃないだろ。桜華は少しやせ過ぎているくらいだぞ」
「モデルって仕事は楽じゃないの。油断大敵、体型を維持するのは大変なのよ。お菓子も自由に食べられないだからね」
地味に努力しなくちゃいけない職業なんだ。
だからこそ評価される職業何だけど。
「これで、デートはお終い。お兄ちゃんはホームセンターで女の子たちとデートなの」
「デートじゃないって。ただのお買いもの。あ、でも、荷物はどうしようか」
「私が持って帰ってあげるから心配しないで。ホントにデートじゃないの?」
疑いを持って尋ねると彼は苦笑いをする。
「そんなわけないじゃないか。本当に何でもない買い物だよ。僕を信じられない?」
「ぇっ、そんなことはないけど」
逆に信じていない風に思われてしまったようだ。
やることなすこと、裏目に出てしまうのは私達の意思疎通はまだまだできていない。
「僕を信じて欲しいな。桜華の嫌がることはしていないつもりだよ」
はぅ、春ちゃんは最近、ちょっと強気になり始めた気がするの。
そして、私は彼にそう言われてしまうと強く言い返せない。
私達はデートを終えて、駅前で別れた。
あと15分くらいで待ち合わせの時間になるらしい。
私はダッシュで駅前のタクシーに乗って荷物を家に置いてかえると、すぐさま折り返して現場に戻ってきた。
時間ギリギリで春ちゃんの姿を確認、まだ皆は集まっていないのかな……?
数人に囲まれる彼、明るい声が駅前に響く。
「やだぁ、七森先輩っ。私は別にそういうつもりじゃないですよ」
春ちゃんにそう笑いかける女の子。
私の敵は……まさかの和音だった、何でアンタがここにいる。
私は黙っていられずに彼らに声をかける。
「和音っ!どういうつもりよ!」
「……あれ、桜華?帰ったんじゃないのか?」
「お兄ちゃんは黙っていて。私は和音に用があるのよ」
私は他の子の視線もあるので彼女をずいっと引き寄せる。
「で、誰が春ちゃんに近づいているって?ん?」
「お、怒らないでよ。ちょっとした冗談じゃない」
「怒るわよ、心配して損した……って、もしや本気で狙ってるの?」
「違うってば。これは、その、ただの冗談なのよ。私も先輩達と一緒に出かける予定だったから軽く桜華をからかっただけ。七森先輩の事は狙ってません」
そうよね、今ここで狙っていると言えば和音に明日はない。
無駄な心配や無意味なタクシー代、さらに言えば私の心に苦痛を与えてくれた恨み。
私の溜まりまくった怒りはいつ爆発するか分からないの。
「……それで、どういうつもり?何で園芸部ではない和音が?」
襟首をつかんで脅すと和音は泣きそうな顔をして、
「わ、私も花を育ててみたくて、先輩にお願いしたの。プランターひとつ分の花を育てようって……。今日はそれを探すために同行するの。他意はありませんからっ!ホントにそれだけだから許してよぉ、ぐすっ」
「この私に嘘をついた、その罪を許しはしないわ……覚悟してよね」
「ひっ。うぇーん、桜華は暴力的なのよ。軽い冗談じゃない~」
ちょっとばかし遊びが過ぎたわね、和音。
この私に逆らうとどうなるのか、身をもって教えてあげた方がよさそうだ。
「――ふたりして何の話をしているんだ?」
しかし、私達の後ろから覗き込むようにこちらに顔を近づける春ちゃん。
「ちっ、和音も運がいいわ」
今の私は春ちゃんの前では暴力行為は禁止だ。
彼の登場に私はやる気をそがれてしまう。
「何でもないよ。ねぇ、私もついて行っていい?邪魔はしないから」
「いや、別にいいけど桜華にとっては面白くはないと思うよ?」
「……いいの。ついて行きたいだけだから」
というわけで私も彼らについていくことにする。
ホームセンターは駅の少し離れた場所にスーパーと隣接している。
あまり用がないので来ないけど、春ちゃん達は園芸コーナーで楽しそうに花を見ていた。
「先輩。この花可愛いですね。何ていう花です?」
「これは松葉ボタンって種類の花だ。葉が松の葉みたいになってる、横に広がるタイプの花で結構綺麗な花を咲かせるんだよ。色もいろいろあるし。乾燥を好む花で水やりもそんなにしなくていいから育てやすい花なんだ」
花の説明をする時の春ちゃんは何だか目が生き生きしているの。
何がそんなに楽しいのか私には分からない。
やがて花を見終えた彼らは肥料やプランター選びなどをし始めた。
暇なので、私は花の苗を眺めてみる。
ふと視線に入ったのは小さな花の集合体。
「……日々草(にちにちそう)。百日草みたいな感じかしら?」
小さな草花の苗、ひとつの株でいくらでも花が咲いていく花らしい。
そう言えば、春ちゃんは今回育てているのは百日草だって言ってた。
何となく名前の響きが似ているこの花。
可愛らしい小さな花を私は珍しく育てみたくなった。
「ねぇ、春ちゃん。この花は育てやすい方?」
「ん?あぁ、日々草か。その花を育てるのはとても簡単だよ。次々と咲いていくから見た目も綺麗な上に面倒もない。桜華が育ててみる?花を育てるってかなり楽しいよ」
「その気持ちは微妙にしか分からないけど、この花は育ててみたい」
「分かった。それじゃ、家にプランターとかあるからその苗だけ購入しておいて」
私は日々草を数株を購入することにする。
花を育てるなんて何年ぶりだろう?
確か小学校の時、アネモネを家の庭で育てたのが最後だった気がする。
結局、自分で育てるより春ちゃんがくれる花の方が嬉しかったんだよね。
「ふーん。桜華も花を育てるんだ?」
「まぁね。和音は何ていう花に決めたの?」
「私はハーブ系。先輩のお勧めで、初心者向けなんだって」
その彼は皆と一緒にお買い物中、肥料選びの何が楽しいのやら。
花の王子様、春ちゃんは後輩たちからずいぶんと慕われているらしい。
顔はいいけど控えめな性格だからあまり目立たない春ちゃん。
それなのに、花の事になると皆の中心にいる、不思議だなって思うんだ。
帰り道、私は荷物を抱える春ちゃんの後ろを歩いていた。
「どうして、春ちゃんって花が好きなの?」
何気なく聞いてみる、そんなにも夢中になれるものなのかな。
「どうして?きっかけを与えてくれたのは桜華じゃないか」
「そうなの?私がきっかけ?」
「この前、アネモネが好きだって話をしただろう。あれで思い出したんだ。桜華が僕が育てたアネモネの花束にものすごく喜んでくれて、それが何だか嬉しくて、また花を育てているうちに園芸の楽しさって言うものに気づいたんだ」
そこから春ちゃんは花について語りはじめる。
「花っていうのは単純に見えて違うんだ。水のやり方ひとつとっても、大きく影響してくる。あとは日照時間にも気をつけないといけない。花によっては太陽の光を浴び過ぎるのもダメージになってしまうものもあるから」
ちょっと長いので省略、だって本気で長いから。
普段は口数多くない彼も花の事になると饒舌になる。
他の事にも、もっと情熱を抱いて欲しい。
「……と、言う感じで面白さに気づいてからずっとハマっている。僕の趣味だからね」
「そんなに面白いの?」
「綺麗な花もあれば、可愛らしい花もある。人間と同じだよ。扱いづらい花もあれば、とても繊細な花もあるんだ。それがいいんだよ」
「それは人間で例えると私みたいな積極的なタイプもいれば、お兄ちゃんみたいな消極的なタイプもあるってこと?」
春ちゃんは完全に苦笑い、「えっと、まぁ、ね?」と言いよどむ。
まぁ、個性という意味では私たち兄妹は性格が正反対だもの。
「とにかく、そう言う感じで個性があるんだ。それに何より手をかけた分だけ育ってくれるのは素直に嬉しいだろ。桜華にだって分かるはずだよ」
「どうかしら?私って飽きっぽいから向いてないと思うけど」
この花だって、ちゃんと咲くまで育てられるか分からない。
頑張るつもりではあるけど、責任までは持てないもの。
「桜華にも花を育てる楽しさを分かってくれたらいいな」
春ちゃんは夕焼けを背にして私に微笑しながら言う。
私は彼の事を少しだけでもいいから理解したいだけなんだけどなぁ。