第13章:妹の甘い誘惑
【SIDE:七森春日】
デート作戦は見事に失敗、桜華の逆鱗に触れる結果になっただけだった。
強制連行されて自宅に帰った僕は夕食を終え、お風呂にも入った後に桜華の部屋に呼ばれた……これから待つのは地獄しかない。
「まるで裁判にかけられる被告のような気持ちだ」
……近所迷惑になるから夜遅く騒ぐのはきっとないんじゃないかなぁ。
そうであってほしい希望を抱きつつ、部屋の床に正座をしてお風呂上がりの彼女を待つ。
「それにしても、久しぶりにこの部屋に入ったな」
桜華は滅多に僕を自室に入れない。
僕も自分から虎の住処に入りたいとも思わないけど。
モデルの資料だろうか、ファッション雑誌が山のように並べられている。
今も彼女は現役のモデルでよく雑誌にも出ているようだ。
ふと、僕の視界に入ってきたのはコルクボードに貼られた写真。
友達と写る桜華の写真以外にも僕とのツーショットも何枚か貼られていた。
「……桜華ってホントに写真好きだよな」
モデルという職業柄か、それとも趣味なのか。
彼女は常にデジカメを所有しているし、よく人の写真を撮っている。
僕はあまり写真に写ることが好きじゃない。
女装姿を写真に撮られていたという嫌な過去もあるからね。
本当に桜華は昔から写真が好きな子だった。
取るられるのも、撮るのもどちらも好きなんだろう。
「うぐっ、あ、足が……だが、立ったら叱られる」
ジッと正座しているとだんだん足が痺れてくる。
しかし、彼女に「私がお風呂から出るまで正座しておきなさい」とキツク言われている。
僕は苦しみながら桜華が部屋に戻ってくるのをひたすら待ち続けていた。
「……お待たせ、兄貴。ちゃんと正座をしていた?」
いつもはツインテールの髪をおろした桜華。
濡れた女の子の髪ってどこか色っぽく思える。
「もうそろそろ限界なので、崩してもいいですか?」
「あら、ホントにずっとしていたんだ。いいわよ、自由にしなさい」
許可をもらえて僕はやっと苦痛から解放された。
彼女は椅子に座りながらバスタオルで髪をふく。
何気ない光景なのにドキッとしてしまうのはなぜだろう。
「さて、と。さっそく本題に入るわ。兄貴……今日のアレは何なの?」
「あれは、その、僕だって女の子とデートくらいするっていうか」
「ホントにお似合いのふたりだったわ。見ていて微笑ましくなるくらいにね。相性がいいんじゃない。和音と仲もいいみたいだし、この際、本気になる?」
「……恋人とか、僕はそんなつもりはない」
確かに和音ちゃんはいい子で一緒にいても楽しい。
けれど、僕はやはり恋人と言うのは苦手なんだ。
恋愛という漢字二文字の言葉はどうしても避けてしまう。
「それじゃ、どういうつもり?何のためのデートなの」
「デートというのがどういうものなのか、それが知りたかった」
「今まで散々、私としてきたのに。デートがしたいなら私を誘えばいい。なぜ、和音を誘ったの?別に責めているわけじゃない、私は真実を知りたいのよ」
めっちゃ責めてる、怒ってるじゃないか。
表情に出さないだけでその裏でどれほどのどす黒いものを抱えているのか。
桜華と言う女の子の事はよく知っているのだ。
「彼女はただ付き合いやすいからであって、特別なことは……」
「本当に何もないの?和音は兄貴に気が多少なりともある様子。兄貴はどうなの?」
「先ほども言ったけど、女の子として、どうとかは考えていない」
これは本当のことなんだ、和音ちゃんを異性として好きとかじゃない。
一緒にいて楽しい後輩、今の僕にはそれがすべてだ。
好意とか恋人とか、僕にはまだそれを考える段階にはない。
「どうやら和音のことは嘘をついてるわけじゃないのね」
「当然だ。ここで嘘なんてつけない」
「それならいいのよ。私に反逆なんてバカな真似をもう2度と考えさせたりさせない。いいわね、兄貴。2度目はないわよ」
「――はい、もうしません。えぐっ」
……僕らはどこのお姫様と家臣の関係なのだろう。
しかし、桜華はそれ以上デートの話について深く問い詰めはしなかった。
そこについてもっと深く聞いてくると思っていたのだが。
だけど、代わりに彼女は僕に言う。
「それならば、私の事はどう考えているの?兄貴、私はありのままの気持ちを知りたい」
妹の真っ直ぐな瞳が僕を見つめていた。
「桜華の事?桜華は僕の妹で……」
「ねぇ、兄貴。私は兄貴にとってのひとりの女なの?それともただの妹?」
「それは……えっと、どういう答え方をすればいいんだ?」
あまりにも冗談とは思えない言葉に僕は戸惑ってしまう。
こんな桜華の姿を僕は見たことがなかったから。
冗談ではなく、真剣に答えなければいけない。
そう言う気がして、僕は脳内で答えを何度も考える。
「……やっぱり、ただのいもう、とっ!?」
妹だという言葉を言う前に桜華の攻撃、僕の顔面に枕が直撃していた。
これ、微妙に痛いんだよね……。
「あっ、ごめん。つい手が出ちゃった。ワンモアプリーズ」
シレっと自分の行動を正当化する彼女。
暴力は反対です、僕が絶対に反撃できないし。
「だから、妹……って、最後まで言わせてよ。落ち着いて、桜華!?」
再び枕&ぬいぐるみを放り投げようとする桜華に僕は制止を求めた。
なんでもかんでも暴力に訴えかけるのはいけないのだと思います。
争う前に対話による解決をしましょう。
「妹と言う言葉を私は望んでいないし、聞きたくもない」
「自分でどう思ってるか聞いておいて、それはないでしょ」
「だったら、私が望んでいる答えを言えば言いだけよ。それくらい分かるわよね」
桜華が望んでいるもの、それは僕が桜華を好きだと言う答えなんだろうか?
妹としてだけではなくひとりの女の子としてどう見ているのか。
何て言われても、その辺がいまいち、まだ僕は彼女の気持ちを知れていない。
「それなら聞くけど、桜華は僕のこと、好きなのか?男としてどうなんだよ。それが分からなくちゃ僕も答えようがないよ」
彼氏宣言で、僕がいまだに桜華の恋人だという自覚がないのはそれが理由だ。
僕にだって、それくらいの覚悟はあるし、それによって対応も違う。
「あ、兄貴は……その……」
「僕は?桜華にとって僕はどうなの?男なのか、ただの兄なのか?交際宣言は本気なのか、いつもの冗談なのか。その辺をはっきりとして欲しい」
桜華は誤魔化してきている、あの絶対宣言の流れを思い出す。
彼氏ができないと嘆いていた彼女、誰でもいいからと僕を選んだ。
だから、僕は今でもホントに恋人なのか自信もなければ自覚もない。
もしも、あれが本気だったら……色々と考えなければいけないんだ。
桜華は僕の問いにしばらくの間、考え込んでしまう。
「だぁっ!もうっ、兄貴のくせにこの私に意見するなんて生意気なのよ。私が決めたこと、それに逆らうのは許さない!」
恥ずかしさがあるのか、彼女は質問には答えない。
「えぇっ、何で自分の時だけそんな横暴な……。そんなに言いたくないのか?」
「……うっさい。兄貴は私の恋人、それが答えなのよ!!」
「だから、それじゃ答えになっていないだってば!ふぎゃ!?」
問答無用とばかり妹は僕にぬいぐるみを投げつけてくる。
照れてるとか、そんな可愛げのある行為なら嬉しいけど。
桜華が僕にそんな甘い行動をとるはずがない、か。
「――兄貴のくせに、兄貴のくせに、兄貴のくせにっ!!!」
「痛いって、桜華!そ、そのぬいぐるみはやめて、大きすぎ……うあぁっ!?」
完全にキレてしまった桜華をなだめる手段など僕にあるはずもなく。
こちらに飛び交うぬいぐるみ軍団……ぬいぐるみは投げるための道具じゃありません。
桜華の一方的な暴力(言葉も込みで)がしばらくの間続いていた。
……十数分後、桜華はようやく落ち着きを取り戻したのか攻撃を停止した。
お互いに向かい合いながら、対話を行う。
「一体、僕たちは何をしているんだろうな……」
「よくある兄妹同士のじゃれあいでしょう?」
「そんな生易しい言葉で済む行為ではないと断言するよ」
投げられて周りにちらばったぬいぐるみを片付ける。
何で投げつけられた僕が片付けなくちゃいけないんだ。
「……兄貴が女の子嫌いなのって、私のせいなの?」
ぬいるぐみを手にした僕に桜華は消え入りそうな声で尋ねてくる。
「何を言ってるんだよ、当たり前の……いや、苦手になった直接的な理由ではなくとも、間接的な理由にはなっているよ」
こちらを見つめる桜華、とても寂しそうな表情を浮かべていた。
「私は……ただ兄貴に甘えているだけなんだけどな」
「それ、普通の兄妹の行動じゃないから。他所の妹は兄をいじめたりしない」
「私は兄貴をいじめたりしていないわ」
その認識のずれがすでに問題なのだと大声で言ってやりたい。
「この際だから言うけど、昔から、僕は桜華が苦手だよ。嫌いじゃない、でも、苦手なんだ。どうしようもなく、変えられそうにもない。今さらだけどね」
これが今の僕が言えることだ。
彼女は何とも言えないショックを受けた様子を見せる。
「……そう。そう言う事を言うんだ」
「え?あ、あの、別に僕は……」
「そうよ。どうせ私は兄貴にとって苦手な相手よ。ふんっ」
そう言いながら、彼女は僕をいきなりベッドの方へと押し倒す。
「――兄貴には、私が“女”だって事を身を持って教えてあげるわ」
挑発的な微笑、桜華は僕に覆いかぶさるように身体を寄せてくる。
……甘く香る彼女の匂い、この夜、僕らは互いの理解を深めることになる。