序章:草食系兄を狙う肉食系妹
【序章:草食系兄を狙う肉食系妹◆七森春日】
春らしい陽気に包まれて過ごしやすい日々が続く。
4月という季節、高校2年になりようやく慣れた高校生活にも新たな変化が訪れる。
僕は七森春日(ななもり はるひ)、特筆することもないごく一般的な健全男子だ。
趣味は土いじりというか、園芸部に所属している。
草木や花が好きなんだ、春は冬に植えておいた様々な花を咲かせる素晴らし季節だ。
だけど、そんな僕の平和な日々は一人の女の子の発言で崩れさる。
「――決めたわ、今日から兄貴は私の彼氏よ」
僕にびしっと人さし指を突きつけて宣言する女の子。
あまりにも突然かつ、理解不能なことに僕は呆然と立ち尽くしていた。
すべての始まりはこの春という季節が起こしたある出来事から始まる。
「春だな、春だよ、春なんだよ、春日っ!」
僕の名前が春日ということもあり、春の季節はよくからかわれる。
そんな事には小学生から慣れていているので、今更別に気にすることはない。
4月も半ばに入ったある日の昼休憩。
屋上でクリームパンをくわえて、高らかに叫ぶ男は城之崎正信(きのさき まさのぶ)という。
僕の中学の頃から親友であり、高校に入っても5年連続同じクラスというある意味、偶然という必然を考えさせられる相手である。
「そんなに春を連呼しなくてもいいじゃない」
「違うぞ、春日。春は春にしか春と言えないから春なんだ」
「……そうなのかな?それで春がどうしたの?城之崎の頭が春というわけじゃないだろう。年がら年中春だから」
「何気にひどいことを言うがいいや。よく聞け、春日。本日の放課後は暇か?」
今日は火曜日、僕の部活である園芸部は月曜と金曜が主な活動日だ。
とはいえ、当番制で水やりをしなくちゃいけないからほぼ一概に決まっていないけど。
「今日は特に予定という予定もないな」
「よし、決まりだ。今日の放課後はあけておけよ。うぐっ、パンが喉に……」
妙に浮かれたテンションの城之崎、彼が変なのは毎度のことだけども今日はいつもより“春の陽気”補正がはいっているのか、数割増しで変だ。
それなりに付き合いはあるけれど、今でも彼の性格は把握しづらい。
彼はパンをのどに詰まらせて、慌ててジュースに手を伸ばす。
「いつもよりも変だけど何か悪いものでも食べた?」
「食べてねぇよ。実は新入生に俺の中学時代の後輩がいて、そいつが合コンを組んでくれたのだよ。相手は年下の女の子だぞ、年下最高!!」
彼のハイテンションの理由が明らかになり、僕は深くため息をつく。
そうか、彼のおかしさはそれのせいだったんだ。
「僕はパスさせてもらうよ、興味がないんだ」
「ちょい待て!春日、いい加減に恋人とか興味を持とうぜ?」
「異性に興味ぐらいはあるよ。でも、恋人とか作るのは……」
僕は女の子が苦手だ、どう接していいのかよくわからない。
幼き頃のあるトラウマ的出来事以来、男と女は別の生き物だと本気で思う。
クラスメイトの女子と会話するのも緊張するのにそれが恋人なんて無理だ。
「はぁ、俺は悲しい。春日は外面がめっちゃいいくせにその弱気な性格を何とかしてみろ。モテるぜ、モテまくるぜ、多分ハーレムとか作れるぞ」
「作りたくないから。現実はそんなに甘くないし」
「する前からあきらめてどうする!男なら当たって砕けて、成長していく生き物なんだよ。俺を見習え、去年1年間で6名の女子に告白して断られ続けているんだ」
それはまったく自慢にならないと思う。
「振られたことのどこが自慢なんだか」
「バカ野郎、人間って言うのは学習するものなんだ。初めの告白よりも次の告白、さらに次の告白と重ねるごとにOKの返事をしてもらえる可能性は高まってきている。初めは即断、次は0.2秒のタイムラグ、最近では2秒くらいは……」
どちらにしても断わられているじゃないか。
城之崎は胸を張って言うので、彼の中では誇れるのかもしれない。
成長か、確かに人は経験を重ねて成長する生き物だとは思う。
植物が代を重ねて綺麗な花を咲かせるように進化するように。
「というわけで、春日も経験をすべきだと思うのだよ」
「……正直に答えて」
「実はメンバーがひとり集まらなくて困っているのだ。頼む、我が親友よ」
僕が女の子が苦手なのは知っているはずなのに誘うということはそれなりの裏があるに違いない。
「そういうことだと思ったよ、ということは僕が最後の砦?」
「うむ、皆は参加したい気持ちはあるのだが、今日に限って用事がある奴ばかりでな。女の子たちの方の予定もあるからずらせなくて困っている」
「数合わせでいいなら参加してもいいよ」
しつこく誘われるのがオチなのでここは答えておく。
「おおっ、さすが春日。詳しい話をしてやろう。相手はこの学園の新入生、可愛い子を揃えてくれたようなんだ。これは期待できそうだろ」
僕は期待なんて僕は微塵もしていない。
それは表情に出ていたようで、城之崎は注意をしてくる。
「最近、ちまたでは恋愛に消極的な男が増えているらしいぞ。春日みたいな男を世間では草食系と呼ぶらしい。実に納得できると思わないか?」
「草食系?じゃあ、その反対は肉食系?」
「うむ。恋愛に積極的な肉食系女子が増加しているらしい。ちくしょー、何で俺には食いついてこないのだ。こちらはいつでもカモンっなのに」
いや、肉食系の女の子だって食べる相手は選ぶと思うんだ。
城之崎は見た目はそれなりなんだけど、性格はアホだから敬遠する女子が多い。
「いいか、人生とは1度限り、さらに言えば高校生活なんて人生80年のうちのたった3年しかないんだ。俺達に残された時間は来年が受験生ということを考えれば今年だしかない。わかるか、たったの1年で人生の青春が終わるんだぞ」
「高校時代だけが青春じゃないだろ」
「甘いっ、春日は自分にも世界にも甘すぎる。もっと危機意識を持たねばこの激動の時代は生き抜けぬのだ。今回の合コンはきっと春日にとっても大きな変革を生むだろう。いや、むしろ少しくらいは恋愛に興味を持ち、行動しろ」
彼は熱く自論を語るが、僕には難しいと思える。
こういう性格は今更すぐに直せるものじゃない。
春の穏やか過ぎる日差しを浴びながら僕は今日何度目かのため息をついた。
放課後になると、僕は1度家に帰って服を着替えてくる。
合コンなんて初めてなのでどういう服装か少しだけ悩む。
けれど、結局いつもと同じ服装にすることにした。
「ん、何だ。彼女も帰ってきていたのか」
リビングに放りだされた女子の制服。放っておけばシワになってしまう。
僕はそれをハンガーにかけておくことにする。
この服の持ち主である僕の妹は現在留守のようだ。
「あっ、いけない。早く家を出なくちゃ……」
参加する以上は遅刻は厳禁だと僕は慌てて準備をして家を出る。
駅前のファミレス、そこが集まる約束をしている場所だ。
城之崎を含めて他に2人の男子、クラスメイトで顔なじみの相手だ。
「ふふっ、野郎共、準備はいいか?すでに女子たちは店内にいる。最初にこれだけは言っておく、俺は興味ないからって場の雰囲気を壊すバカな真似だけはするな」
3人の視線が一斉に僕に向く、言われなくても邪魔はしない。
「というわけで、目当ての子がいたら積極的なアタックをしよう。さぁ、行くぞ」
城之崎たちの意気込みを他人事のように感じつつ、僕らは店内に入る。
すぐに案内された場所には3人の女の子が座っていた。
どの子も可愛らしいまだ子供らしさも残る印象、まだ高校に入りたてだからな。
1ヵ月前は中学生、それを思えば当然だろう。
「あ、来たんだ。やほっ、城之崎先輩」
「二宮、いい子たちを連れてきたじゃないか。こちらもそれなりの男を連れてきたぞ」
「今、ひとりだけ席を外しているの。とりあえず、皆さん座って。適当に注文はしておいたから……あれ?」
軽く手を挙げる活発そうな印象を抱く女子。
彼女が城之崎の中学の部活の後輩らしい。
その子は僕の顔をジッと見ると、なんだか複雑そうな表情に変える。
「ん?僕が何か?」
「……え、あ、いえ、何でもないです」
彼女は苦笑いを浮かべてそう言う。
初対面の相手なので、僕は?しか頭に思い浮かばない。
一応、顔に何か付いているのかと確認してみたが特に異常もないようだ。
それぞれの席に座る、僕の前の席には誰も座っていない。
後からくる女の子が座るのだろう。
「さぁて、まずは私たちから紹介しておきましょうか。私の名前は二宮和音(にのみや かずね)って言います。今日来ているのは全員1年3組の子なのでよろしく」
二宮さんは城之崎とは中学の部活である水泳部で一緒だった仲らしい。
そういや、彼は女子の水着目当てに水泳部に属していたな……。
今の高校には水泳部がないので、陸上部の幽霊部員をしている。
これも理由は女子の……はぁ、城之崎のことはどうでもいいや。
残り2人も自己紹介を終えると、ちょうどもう一人の女の子がやってきたらしい。
だが、しかし、僕は眼の前の席に座った女の子に驚愕させられた。
「はぁい、皆さん、お待たせしましたぁ」
長く伸ばした茶色の髪をツインテールに結んで、ピンクの髪留めでまとめている。
その茶髪はつい先日、高校デビューするのだと意気込んで染めたものだ。
さらにスタイル抜群な体型、中学の頃からすでにモデルとしての経験もしている。
極めつけは可愛らしい顔つきに、二重瞼と大きな瞳が印象的な文字通りの美少女。
なぜ、詳しい情報付きで相手を知っているかって?
「初めまして。私は七森桜華(ななもり おうか)。現在、フリーなので彼氏になってくれる人、求めてまーす♪」
……これは一体、何の悪夢なのだろうか。
元気よく自己紹介をする美少女は、僕を女の子との付き合いを苦手にさせた張本人。
僕の“天敵”である“妹”の桜華だったのだから――。