【第三回・参】無視から始まるサバイバル
坂田の家はいわゆる【組】の分家にあたり、坂田はその【組】の次期組長、いわゆる【若】という立場
これはそんな坂田のお家事情という話
夏休みが手を振りながら去っていって今日で2日目
『おはよー』とかいう声があちこちから聞こえる通学路で中島は前を歩く見慣れた制服の尻尾髪を見つけた
「よっす坂田!」
小走りで駆け寄ると隣に並んだ
「はよさん」
坂田が片手を挙げて挨拶した
「若ーーーー!!」
突然ゴッツイ大声がしてそこら辺の人々が声の方向を振り返った
中島と坂田もしかり
目に入ったのはオールバックの黒髪に紺色のスーツを着て片手にB5サイズの封筒を持ったちょっとガタイのいい青年
「…三浦…;」
封筒を振りながら坂田めがけて駆けて来る【三浦】というらしい青年を見て坂田がガックリ肩を落して溜息をついた
「忘れ物っス! 若!!」
三浦は坂田の前で止まり頭を下げて封筒を差し出した
「…若って呼ぶな…;」
周りの痛い視線を受けながら封筒を受け取り坂田が言った
「じゃぁ若組長」
「もっとヤメロ」
封筒を縦にして三浦の頭をチョップした
「…新人さんか?」
中島が三浦を見て坂田に聞いた
「…あぁ、この前まで本家にいたらしいんだ」
封筒を肩からかけた鞄に入れながら坂田が言った
「若のご友人で! 俺は三浦っつうモンです!! 以後よろしゆうたのんます!!」
三浦が大きな声で中島に挨拶した
坂田の家はいわゆる【組】というもので坂田はそこの三代目の息子
いわば【坂田組四代目組長】ということになる
坂田の家は分家にあたるが本家というのは結構でっかい組織で人数もかなりいる
「…ところで若…組長のことなんですが…」
三浦が顔を上げて坂田を見た
「…放っとけ。アイツが悪ぃんだ」
坂田の機嫌が悪くなる
「でも若…」
三浦がオロオロし始める
「放っておけってんだろが!!」
巻き舌加減がすこし入った口調で坂田が怒鳴ると三浦が頭を下げた
「…封筒サンキュ。いくぞ中島」
早足で歩き出した坂田を中島が追いかける
「…オヤジさんとまた何かあったのか?」
中島が恐る恐る聞いてみる
「…別にいつものソフト無視してるだけだ」
【説明しよう【ソフト無視】とは完全無視の一歩手前の無視で話しかけられても『ふーん』とか『あっそ』とかいうつれない返事を返すだけの事をいうのだ】
「おーぃっス!! はよーぅ! 遅刻すんぜー!!」
シャーという車輪の音と共に南が二人の横を自転車で通って電信柱の近くに止まった
「なぁさっきゴツイスーツマンみたんだけどさ」
南が自転車を押して二人に駆け寄る
「三浦ってんだとさ」
中島が『よ』と片手を挙げて挨拶すると南がその手を叩いて『オス』と言った
「やっぱり坂田んトコのか」
三人並んで歩き出す
「にしても坂田のオヤジさん人望あるんだなぁ…そのうちこっちが本家になるんじゃねぇの?」
南が坂田の父親を褒めると中島も頷いた
「…あんなクソ親父…」
それに引き換え坂田は機嫌が悪い
キーンコーン…カーンコー…ン…
スピーカーの調子が悪いのかかすれかすれのチャイムが聞こえた
「…京助は今日も遅刻らしいな」
駆け足で校門を通りながら中島が言った
「いつものことだっちゃーん」
南が笑いながらキンナラムちゃん語で言うと自転車置き場まで置きにいった
「…記録更新だな」
中島が呟いた
「京助! 弁当忘れてるっちゃーッ!!;」
緊那羅の声響くいつも通りの栄野家の朝
京助が弁当片手に玄関からつんのめるように飛び出して石段を駆け下りていく
「京助ー!! 鞄ーーー!!;」
その後から緊那羅が通学鞄を持って追いかけ石段の下に向かってぶん投げる
夏休みボケとは関係なく京助は今日も遅刻決定だった
弁当箱を鞄に入れ全力疾走で学校に向かう
京助の運動神経のよさはこんなところで鍛えられているのかもしれない
もう生徒の姿が見られない通学路には犬を連れたおっさんやご高齢のマダムが優雅に歩いていた
「ちくしょー…眠みぃ…;」
ぶつくさ文句を言いながら正月町のメインストリートに通じる路地に入った京助の横を黒い高級車が通過し止まった
「この狭めぇとこにでっかい車のってくるなよな」
京助は走る速度を落さずその高級車の横を通り過ぎようとして
「京助くん」
呼び止められ足を止めた
ンガーーーっ という音と共に車のパワーウインドが下がって見覚えのある顔が現れた
「…柴田…さん?」
柴田さんといわれた青年は『や』と片手を挙げた
その柴田の奥にもう一人見覚えのある顔…
「…坂田の親父さん…」
坂田組三代目組長だった
何度か見かけたことはあるが話したことは無い
柴田はその側近…右腕的存在でいつも坂田父の傍にいる愛想のいい青年だ
坂田父はいつも黒いスーツか着物姿で幅広のサングラスをかけている
「どうしたんスか? 坂田ならたぶんもう学校…」
「いや君に用があるんだよ」
にっこり笑うとドアを開け柴田が車から降り京助の腕を掴んだ
「一緒に来てもらいたいんだ」
二時間目と三時間目の間の休み時間南と中島が教室にやってきた
「京助今日休みか?」
京助はまだ来ていない
「無断欠席か?」
中島が京助の椅子に座って机の中を見た授業道具は入っていない
「ウニ(担任)は別に何も言ってなかったし…何かあったんかね?」
坂田が腕を組んで椅子をギーギーさせた
「またテンちゃんとかきてるとか?」「最強のお方がいらっしゃってるとか?」
南と中島がハモってお互いを指差すと親指を立てた
「帰りにでも寄ってみるか?」
坂田が眼鏡を上げながら二人を見た
「そうだなー…そうすっかー…」
三時間目のチャイムが鳴り響いた
「………;」
車内は思った以上に広かったが京助は肩身が狭かった
抵抗したが無理矢理車に押し込められたのだ
「…どこに連れていくんスか。俺学校あるんスけど」
柴田に聞くと
「おとなしくしていてくれれば手荒なことはしないから」
といってにっこり笑うだけだった
京助は落ち着かず車内をぐるり見渡した
革張りのシート、運転手もサングラスをかけた怖そうなおっさんだった
助手席には場違いというか…この車内には似合わない小さくでも綺麗な花束がある
坂田父の方を見ると坂田父が顔を背けた
「…あのー…」
京助は思い切って声をかけてみると
「あ、駄目だよ京助くん」
慌てて柴田が止めた
「…組長と話したいならコレ使ってくれないかな」
そういって柴田が取り出したものは携帯電話だった
手渡された携帯と坂田父を交互に見て柴田を見る
「…なんで隣にいんのに携帯…;」
「組長は極度の…重度の人見知りなんだ。それで今朝も若と…」
その時柴田の胸のポケットからバイブ音が聞こえてきた
横を見ると坂田父が窓の方を見ながら携帯をかけている
「…まさか…」
京助が携帯のボタンを押した柴田を見ると坂田父の声が柴田の携帯と生の声とがハモって聞こえた
「…もういい柴田、後は俺が自分で話す」
そういうと坂田父は携帯を切った
「…マジかよ…;」
京助が呟くと同時に柴田から手渡された携帯が鳴った
画面には【組長】の文字が表示されている
「ホラ、とってとって」
柴田が通話ボタンを押して京助の耳に無理矢理押し当てた
「…も…もしもし?;」
京助が恐る恐る電話の向こう…といっても実際は隣にいる坂田父に話しかけた
「…手荒なことをしてすまなんだ…柴田が言ったように俺はかなりの人見知りでね…人と目が合うと何を話していいかわからなくなるんだ…携帯が出てきていい時代になった…昔は紙コップと糸が必需品だったからな…そうは思わないかい?」
隣から電話から同じことをハモって言われて京助は
「はぁ…;」
としか言いようがなく…困った顔をして柴田を見てもただ笑顔を返してくるだけだった
「で…俺に何の用なんスか?」
「深弦のことなんだが…」
「坂田?」
いきなり声のトーンが下がりガックリと肩を落として溜息をついた坂田父はサングラスを指で押し上げてゆっくり話し出した
「な…冗談じゃないっスよ!;」
話を一通り聞いた京助が大声を上げた
「そんなことで俺連れてこられたんスか!!;」
「そんなこととはなんだね。俺にとっては重大問題なんだが」
携帯を握り締め直で坂田父に言った京助の携帯から坂田父の声が聞こえる
しかし話している坂田父は隣にいるので充分声は聞こえているのだ
「とにかく!付き合いきれねぇんで降ろしてくれないですか」
京助が運転手のおっさんに声をかけると運転手のおっさんの携帯がなった
「…戻るぞ」
坂田父が指示を出した
「ごめんねおとなしくしてくれないかな」
柴田が京助の肩を掴んで座らせたが京助はその手を振り払い柴田を睨む
「坂田がキレるの当たり前じゃん!! 俺だってたぶんキレるっての!! そんなことされたら!! 降ります!降ろしてください!!! むしろ降ろせ!!」
京助が運転手の肩を掴んで揺すると
「…しかたないな…」
トントンと柴田が京助の肩を指で突付く
「なん…!!?」
みぞおちクリーンヒット
「…ごめんね京助君」
遠のく意識の中で京助は謝る柴田の声を聞いた
柴田の携帯が鳴った
「…戻ったらひとまず縛って客間にいてもらいます…若には俺から連絡しておきますか?」
「いや…深弦には俺から連絡する」
「いいんですか? 大丈夫ですか組長」
近くにいるのに携帯で会話し、会話がハモって聞こえてくるおかしな車内
京助はおかしな会話のキャッチボールの飛び交う中ノビていた
もうすぐ三時間目が終る
京助の腹の虫がキュウと鳴いた
結局放課後になっても姿を見せなった京助を五分の一心配し後の半分はなにやら他の事を思いながら3馬鹿は市街からちょっと離れた坂の上にある栄之神社へと足を向けた
「風邪でも引いたんかねー…」
南が自転車を押しながら言った
「でも昨日は元気だったぞ?」
中島が昨日の京助の様子を思い出して呟いたその時だった
チャ~ンチャ~ララ~チャ~ンチャ~ララ~…♪
坂田の鞄から聞こえてきた着信音に3馬鹿は足を止めた
「…お前いいかげん親父さんからの着信葬送行進曲にするのやめろよ…;」
南が半笑いで坂田の肩を叩いた
「アイツはコレで充分なんだ」
坂田がブスっとして携帯を取り出し通話ボタンを押した
「…なんだよ」
あからさまに不機嫌な声で対応している坂田を中島と南が黙って見ている
五分が経過した
坂田の第一声『…なんだよ』から全く会話が無い
「…通じてるのか?」
中島がボソッと言った
「…さぁ…」
南が首をかしげて答えた
いっぽう坂田父は携帯を持ったまま固まって五分が経過していた
「…組長…やぱり俺が若に言います」
見るに見かねた柴田が固まっている坂田父の手から携帯を抜き取り
「若、柴田です」
話し始めた
「…柴田?」
ようやく会話が始まり南と中島も坂田の近くによって耳を澄ませ向こうの声を聞き取ろうとしている
「若。京助君を捕獲しています」
「…は?」
柴田の言葉に3人が顔を見合わせた
「今客間で…少し抵抗されたもので眠って貰っています」
柴田は淡々と話す
「な…そりゃどういうことだ!? 柴田! どうして京助…」
坂田が声を張り上げた
「組長と若のためです…そして俺の意志でもあります」
今だ固まったままの坂田父…組長をチラリと見て柴田が言う
「…若一人で帰ってきてください。そうすれば…」
まだ何か言いかけていた柴田を無視して坂田は携帯を切った
プー…プー…という音しかしなくなった携帯を切り坂田父に手渡すと柴田が自分の携帯を取り出しどこかにかけている
「…俺だ。…若がもうすぐ帰るだろうから捕まえておくように…他に誰かついてきたのならば追い返せ。抵抗したら少々痛い目にあわせても構わない責任は俺が取る…ああ…頼んだぞ」
「…京助が…誘拐…?」
携帯を握り締めたままおそらく(絶対)キレているであろう坂田を見つつ南が言った
「しかも坂田組に…どうして…」
中島も言った
「…んのクソ親父!!」
坂田が大声で叫ぶと自宅方向に向かって走り出した
「…俺等どうしましょう」
中島が南を見た
「中島は俺のニボシ (自転車名)で京助ン家いってくれ。俺は坂田について行く」
南が中島に自転車を渡して坂田の背中を追いかけた
中島もニボシ(自転車名)に跨ると全力で漕ぎ出し京助宅を目指す
「…柴田まで…何考えてやがるんだ…」
走ると授業道具とその他モロモロでガチャガチャいう鞄を邪魔にならないよう後にやって自宅へと急ぐ
後から南が追いかけてきていることにも気付いていないだろう
「…クソ…ッ!!」
坂田は小さく呟くと走る速度を上げた
デン! とそびえる大きな木製の無駄にでかい門の前に来ると坂田が速度を落した
ハァハァと荒い息をしながら門を睨みあげる
【坂田】
そう書かれた古い木の表札が柱に打ち付けてある
そうここは坂田組の本拠地兼坂田の家である
息をある程度整えてでっかい門の横にある小さな出入り口に手をかけ開けようとした時さっきまでの自分と同じように鞄をガチャガチャいわせながら走ってくる南が目に入った
「…南…」
一旦開けようとしていた出入り口から手を離しかけてくる南の方向に体を向けた
「さ…坂田…っ…おいてっちゃ…いっや…ン;」
南はゼーゼーいいながら坂田の肩に手をかけて息を整えようと必死になっている
「…御老体…」
坂田がそういって南の背中をさする
「やかましい…;」
肩で息をしながら南が言った
「…どうして来た? 何されるかわかんねぇのに」
坂田が南に聞いた
「んな…当たり前のこと聞きなさんなよな…;コチトラ話すの辛ぇんだから…」
だいぶマシになってきたがまだ苦しそうな南が半ば呆れ顔で答えた
「…お前が俺の立場だったら…どうよ?」
ニッと笑って咳をした南の背中を再度さすりながら坂田は少し考えた後笑って
「…家帰って無双る」
そういって南の背中をパシッと叩いた
「ひっでぇの」
南が腰に手を当てて伸びをし笑った
「しっかし…なんで京助なんか拉致監禁したんだ?」
汗で額にくっついていた前髪をかきあげながら南が門を見上げた
「…俺のせいだと思う」
坂田が呟いたその時だった
門の横の出入り口が開いてスーツに身を包んだ【いかにも】な組員が顔を出した
「…若…。…!! 若が帰ったぞーーー!!」
一瞬坂田と目が合って沈黙していた組員だったが大きな声で叫ぶと坂田の腕を掴んだ
「な…離せッ!!」
坂田の腕を掴んだ組員は坂田の腕を掴んだまま出入り口から中に連れて行こうとしている
「坂田!! …んのヤロっ!!」
南が組員に体当たりすると組員がよろけて坂田がするりと逃げ出した
つかまれていた腕がほんのりだが赤くなっている
「逃げろ坂田!!」
体当たりしてコケた南が坂田に叫んだ
「阿呆!! 俺が逃げたら何しにここに来たのかわかんねーだろがッ!;」
「…あ、そうか」
坂田と自分は京助救出に来たということを南はすっかり忘れていたらしい
坂田の一言で思い出しポンと手を叩いた
「うぉわッ;」
さっき体当たりをくらわせた組員が南の首に腕を回して捕獲した
「南!! …南を離せ吉川!! 用があるのは俺になんだろ!?」
吉川と呼ばれた組員は南を離す様子はない
「…俺男に抱きしめられても嬉しくねぇ…;」
南がボソッと呟いた
出入り口からもう一人組員が現れ坂田に近づく
「若、組長がまってやす」
坂田がにらみ返したが組員は動じず先ほどの吉川同様坂田の腕を掴んで引っ張った
「坂田!! …っきしょ…離せって!! たくらんけーーーッ!!;」
「坂田ーーーーッ!! 南ーーーーーッ!!」
南の怒鳴り声と重なって聞こえた中島の声
もの凄い勢いで激チャリしてくる中島の後ろには緊那羅が立ち乗りしていた
【解説しよう。激チャリとは激しくチャリンコをこぐという事の省略形である】
「…中島、背中借りるっちゃ」
「は? の…ッ;」
緊那羅は中島の背中に足をかけると思い切り中島の背中を踏んで飛び上がった
中島の後ろから緊那羅が消えたと思った次の瞬間
ゴスッ っと言う音と共に南を捕まえていた吉川の力が緩んだ
吉川の腕から逃げ出した南が振り返ると緊那羅が空中で一回転して着地した
吉川はそのまま後に倒れた
「…京助はどこだっちゃ」
緊那羅が坂田の腕を掴んでいる組員に近づいていく
「…クソッ!!」
組員が坂田の腕を引っ張り出入り口から中に入った
「坂田!」
「待つっちゃ!!」
南と緊那羅が後追う
中島もニボシ (自転車名)と止めてその後を追った
「若捕獲!! 部外者進入!」
「離せ!! 痛てぇ!!;」
組員が大声で叫んでいる
坂田はつかまれている腕を押さえて必死に逃げ出そうとしているがやはり力では大人にはかなわないらしくただ引っ張られていく
「…っんの…離せーーッ!!;」
坂田が今までに無い大声を上げると ヒュン という風を切る音とバキっという何かが何かに思い切りぶつかった様な音がして腕が離された
いきなりつかまれていた腕が離されて前につんのめった坂田を中島が支えた
「…な…んだ?;」
顔を上げた坂田は緊那羅にふんずけられて伸びている組員を見た
「…漫画みてぇだな」
後から追いついた南がボソリと呟いたのはたぶん自分達に迫ってくる大勢の坂田組組員を見てだろう
「若を捕まえろ!部外者は多少痛い目みせてでも追い返せ!」
「お前等! いい加減にしろ!!」
坂田が中島に支えられながら向かってくる組員達に怒鳴ったが組員は動きを止めず、挙句走り出し3馬鹿と緊那羅に迫ってくる
緊那羅が踏みつけていた組員から足をどけて向かってくる組員達の方に体を向けた
「逃げろ!! 緊那羅!!」
「ばっ…お前が行ってどうするよ!」
中島の手を振り払って組員達に向かって行こうとする坂田を中島が止める
「俺がいきゃあ解決すんだ! 俺が…」
ヒュン! バキバキ!!
坂田が中島に向かって大声をあげているその後を何かがものすごい勢いで通過し植え込みに落ちた
「…お前等下がった方いいとおもうぞ」
南が二人を手招きする
「巻き込まれるで」
南の指差した方向を見ると緊那羅の回し蹴りが組員の顔に大当たりしている所だった
あの細い足の何処から大の大人がふっ飛ぶほどの蹴りが出るのか
組員の寄ってたかっての攻撃を軽く交わしてはほぼ一発で組員を伸していく緊那羅を3馬鹿は口を開けてみていた
「…キナラムちゃん強ぇえなぁ…;」
南が坂田と中島の傍まで来て言った
「…そういやぁ緊那羅って学校破壊してたよな…前田のヅラ飛ばしてたし」
中島が組員の後頭部に肘鉄を食らわせている緊那羅を見ながら思い出して呟く
「…その後こってり絞られたっけなぁ…」
坂田が空を見上げ遅くまで説教されたことを思い出した
ガスッ とか ゴリッ という物々しい効果音と組員の『グフ!』とか『ガハァ』とか言うむっさい声をBGMに3馬鹿は緊那羅とのファーストコンタクトを思い出していた
「…なんだかよくわからんが俺緊那羅ムカついてきた」
しばし想い出に浸った後南が言った
「俺も」
中島が手を上げる
「…アイツの後始末…俺等がしたんだよな…」
坂田が最後の組員を蹴り飛ばした緊那羅を見て言うと3馬鹿の額に同時に『怒』マークが出た
スパパパン!!
「な…何するっちゃッ!!;」
緊那羅はいきなり3馬鹿に丸めたノートで連続攻撃を後頭部に受けた
「いや何、ちょっとした甘酸っぱく塩辛く太田胃酸ッぽい匂いの想い出のお返しだと思ってくれ」
坂田が片手を挙げて嘘っぽく『ハハハハ』と笑いながら言った
「太田胃酸はイイ薬です」
南が腕を組んで頷いた
「…意味わかんないっちゃ…;」
「君はまだわからなくていいんだ…太田胃酸…いい薬だ…匂いが後引くけどな…」
中島が後頭部をさする緊那羅の肩を叩いた
バタバタと廊下を誰かが走る音で京助がうっすらと目を開けた
「イッ…て…;」
体を動かすと腹部に痛みが走った
手と足をロープで縛られて痛む腹をさすることもできない
「そうか…殴られたんだっけ…腹…」
遅刻して拉致されて殴られて監禁
「…なんだかヒロインになった気分…;」
京助は天井を見上げた
室内灯の紐がゆらゆらと揺れている
部屋の外がやけに騒がしいが確認することもできない
京助が大きく溜息をついた時部屋の戸が開いた
「京助ーー!! どこだーーッ!!」
坂田が大声を上げながら片っ端から襖や障子を開け京助を探す
南、中島と緊那羅はそんな坂田についていく
一応他人のお宅ということで勝手に部屋を開けるような事はしないらしい
「ここで客間ラストだ…」
ラストの客間にも京助の姿はなかった
「一体何処に連れて行かれたんだ? 北朝鮮か?」
南が顎に手を当てて言った
「ウチは北朝鮮とかかわりねぇぞ;」
坂田が南に突っ込む
「後いそうな所わかんねぇのか坂田」
中島が坂田に聞いた
「…大広間か離れか…事務所かトイレか風呂か物置か…」
「ありすぎ」
ブツブツといそうなところ(というか行ってない所)を上げていく坂田に南と中島が突っ込んだ
「とにかく…探すっちゃ」
緊那羅が歩き出すと3馬鹿も後に続いた
緊那羅がほぼ全員組員を伸してしまったためか人の気配がない
チャ~ンチャ~ララ~チャ~ンチャ~ララ~♪
「…坂田…」
坂田の胸ポケットから聞こえてきた葬送行進曲
通話ボタンを押し坂田が携帯を耳に当てる
南、中島、緊那羅が坂田に注目した
「…いい加減にしろよ」
坂田が携帯の向こうに静かにでも確実にキレている様子で言った
携帯の向こうでなにやらいっているらしいがよく聞こえない
坂田が携帯をいきなり切ると走り出した
「おぃ!! 坂田!!」
いきなり走り出した坂田を三人が追いかける
靴下のまま庭に降りて庭を斜め横断して近道をする
庭にあるこけ落しがカコンとなった
ある襖の前で坂田が止まった
「…ここ…」
追いかけてきた緊那羅も足を止める
「…大広間だ」
坂田が襖に手をかけた
少し遅れて追いついた中島と南も足を止めて襖を見る
ガラッ!!!
スパパパパパパーーーン!!
坂田が襖を開けると同時に鳴り響いた沢山のクラッカーの音に四人の目が点になった
舞い落ちるクラッカーの中身の向こうに柴田と坂田父、そして京助の姿があった
「おめでとうございやす! 若!」
気づけばさっき緊那羅に伸された組員が手にクラッカーや鳴り物を持って騒ぎながら坂田に群がってきた
「…何事…;」
南が呟いた
「京助!」
緊那羅が京助に駆け寄った
組員に群がられている坂田を残して南と中島も京助の元に向かった
「生きてたか」
「一応な」
南が笑いながら緊那羅にロープを解いてもらっている京助を見下ろした
「…一体何がどうなっておめでたいんだ?」
中島が今だ組員に群れられている坂田を見ながら京助に聞いた
「今日は若の誕生日なんだ」
柴田がポケットに片手を入れ近づいてきた
「だからってどうして京助を攫ったっちゃ」
緊那羅が柴田を睨んだ
「金髪の…あぁ君か。ウチの組員を一人で伸したっていうからどんな奴かと思ったら…強いんだな。もう少し大きくなったらウチの組に入らないかい?」
クックッと笑って緊那羅を見た柴田を更に緊那羅が睨んだ
「大丈夫か京助」
やっと組員から開放されたらしい坂田が京助の所にやってきた
「お前んとこの奴等って愉快なんだか何考えてんだかわかんねぇ…;」
坂田を見るとドッと疲れが出たのか京助が溜息をついて坂田を見上げる
「どうしてたかが息子にプレゼント渡すってだけで俺を攫うかね…」
京助が物陰に隠れてコッソリと見ている坂田父を見るとその他一同もそろって坂田父を見る
「あぁ!! ほらお前等!! 見るなって!!」
柴田が慌てて組員に注意する
「…プレゼントって…京助と何か関係あったのか?」
どうして坂田父が物陰に隠れているのか、どうして京助を攫ったのか等モロモロがさっぱりわからない南と中島が坂田の肩を叩いて聞いた
「…クソ親父…」
そんな中島と南には目を向けず坂田は物陰から黙ってみている坂田父を睨んだ
坂田に睨まれた坂田父はサッと顔を隠した
「今の若は若いときの姐さんそっくりですから」
柴田が半分呆れ顔で坂田父が隠れた方向を見た
「だからって普通友達ダシにするか?」
京助が立ち上がり縛られていた手をさする
「そうでもしないと若が組長と話してくれないですから」
『ね?』と柴田が笑う
「…どういうことだちゃ?」
緊那羅が京助に聞いてきた
「あ~…っと話してもいいっスか?」
京助が柴田に聞くと一同も柴田を見た
「まぁ仕方ないか…」
柴田が頭を掻いて承諾した
坂田はまだ坂田父を睨んでいる
それを見た柴田が苦笑いで坂田の肩を叩いた
「まぁ…なんだとにかく坂田の親父さんは坂田にプレゼントが渡したかったんだよな」
京助が考えながら話し出す
「ソレとお前を拉致監禁したの何か関係あんのかよ」
南が聞いてきた
「まぁ話し全部聞いてからにしてくれ…んで朝に渡そうとしたらしいんだけど…」
「どこに家の中にいるのに携帯で息子に『おめでとう』言う親がいるんだ」
京助が途中まで話すと坂田が怒った様に(というか怒って)その先を言った
「しかもプレゼントは柴田を通してだぞ」
「…ということで例のごとく坂田がキレまして…」
京助が坂田を指差すとその先はどうやら話さなくても何となくわかったらしく
「ソフト無視ですか」
中島が今朝の三浦とのやり取りを思い出す
「そんでもって強硬手段つーことでコイツを誘拐…」
南が京助を親指で差した
「そうすれば状況とかは置いて置いて話だけでもできるだろ?」
柴田が京助の頭を軽く叩くと緊那羅に睨まれ柴田は苦笑いで手を離す
「若…組長がどんな性格かってことは若が一番わかっているはずですよ?」
柴田が坂田に言った
「…どんな性格なんだ?」
南が京助に耳打ちした
「…かなり…っつーか重症の人見知り」
京助は車の中で柴田に手渡された携帯を取り出して柴田に渡した
「どんなに近くにいてもコレで会話。携帯がなかったときは糸電話だったとか言ってたぞ」
「糸…」
南と中島は糸電話に向かってドスの聞いた声で話す坂田父を想像して口の端を上げて笑った
「若…姐さんに結婚申込んだ時の組長想像してみてください?」
柴田が坂田の耳元で言った
「…まだ携帯もなかった時代です…」
「…俺は母さんじゃねぇ」
坂田が柴田を睨んだ
「…そういや…坂田のおふくろさんどうしたとよ?」
中島が思いついたように言った
「婦人会の旅行。今週はこの区域だから」
京助は母子家庭のせいか婦人会に妙に詳しい
「奥さんとも携帯ではなしてるんか?」
南が坂田と柴田に聞く
「姐さんとはなんとか(強調)直で話してるよ。今はね…新婚当時は筆談とかが多かったけどソレするたびに姐さんに平手打ちくらってたっけなぁ…まぁ…慣れたというか…」
柴田が思い出話を語り始めると柴田の携帯がなった
「あまり余計なことを話すな柴田」
物陰と携帯から坂田父の声がハモって聞こえる
柴田の携帯を坂田が取り上げ電源を切った
「若?」
携帯を床に叩きつけ坂田父が隠れている物陰に早足で近づいていった
「んのクソ親父!!」
ゴスッ という音からして坂田が坂田父を殴ったことがわかる
「若!!;」
柴田が小走りで坂田に駆け寄ると京助達も後に続く
握り拳を作ったまま坂田父を見下ろす坂田の目つきはきつかったがどこか寂しそうだった
「…深弦…」
幅広のサングラスがずり落ちて見えた目は坂田そっくりだった
「組長」
柴田が坂田父の腕を掴み立たせる
「…頑張ってください」
柴田は坂田父に向かいそういうと坂田父の手から携帯を抜き取った
「君等はこっちきてくれるかな。お前等は各自持ち場に戻れ!」
南と京助の背中を押して坂田父と坂田から離れると柴田は組員に向かって叫んだ
「ウース!!」
むさい声がそろって聞こえぞろぞろと組員が部屋から出て行く
京助達も柴田と共に部屋を出た
沈黙が続き坂田父の顔が真っ赤になり顔をそらすと坂田が睨んだ
「み…」
必死に何かを言おうとしだした坂田父を坂田は鋭い目つきのまま黙って見る
「み…つる…」
「なんだよ」
名前をやっと口にした坂田父に坂田がやや早口で返事をした
「…み…つ…」
「名前は一回でいい」
ズバッと坂田が言った
「…た…お…お…」
「話すときは人の目を見て大きな声で!」
坂田が声を上げる
「…どっちが親なんだよ;」
少し開けた襖から中の様子を見ていた南がボソっと呟いた
「…アレで組長務まってるんだから不思議だよな…」
京助が呆れ顔で言うと
「あんな組長だからこそ組長務まっているんだよ」
柴田が笑顔で京助の肩に手を置くと緊那羅の痛い視線を感じたのかすぐ手をどけた
「…おめ…でと…う」
「……さんきゅ」
一体何分かかったのかやっとのことで坂田父が坂田に直接おめでとうを言った時一斉に周りの襖が開いて組員歓声を上げながらがなだれ込んできた
「持ち場にもどれって言ったのに…」
柴田が襖を開けながら溜息をついた
「…これから宴会になる様子だけど…参加していってくれるかい? お詫びもかねて」
柴田のその言葉に顔を見合わせていた京助達の元に小さな花束を持った坂田がやってきた
「あ…それ」
京助が車の中で見た花束だった
「14の息子に花束って…」
中島が苦笑いした
「それ組長が姐さんに告白した時の花束と色違いなんですよ」
柴田の言葉に花束に視線が集まる
「組長は本当に大切な人にだけこの花贈るんです」
坂田が坂田父のほうを振り返ると組員に背中を向け壁にへばりついていた
「あぁ;組長!」
柴田が坂田父の携帯を持ってきてしまったために何もできずにいる坂田父の元に走った
「お前等!! どけ! どけって!!」
柴田が組員をかきわけていく
「お前の親父さんロマンチストだな」
「うっさい」
南の言葉に坂田が照れくさそうに言った
「…なぁ…」
京助の声に振り向く
「…柴田さんって…いくつなんだ?」
坂田父と坂田母の馴れ初めを知ていた柴田
「…そういや柴田…俺が小さいと時から外見変わってねぇ気が…」
坂田が花束を肩に乗せて呟いた