【第十四回・弐】ひまわり
ひまわりは自分だけの太陽に恋をする
「清浄…」
「柴田っ…柴田おいっ!!」
叫ぶ坂田を押し退けて膝をついた乾闥婆が清浄の胸の上にぐったりとなったコマイヌをのせ手を翳す
「あとは僕が引き受けます」
にっこりと笑う乾闥婆に慧光の目が潤み鼻水が流れた
坂田も眼鏡を外してぐいっと目を擦る
「…乾闥婆…」
「今僕にできること…はこれくらいですから」
翳した手から光が生まれ清浄とコマイヌを包み辺りに優しい空気が流れた
「わ…私も…」
「あなたは向こうにいってください? あなたの大切な人も大変になっていると思いますから」
「…大切な…っ!!制多迦様!! 矜羯羅様!!」
はっとして滑りながら駆け出した慧光
「乾闥婆…柴田っは…柴田…っ」
「何いっているのかわかりませんよしっかりしてください」
「んなごといっだっでなぁっ!!」
冷静に返す乾闥婆に坂田が涙鼻水垂れ流したままで怒鳴るとその坂田の頭にぽんっと手が置かれた
「しば…」
「ははは…若…凄い顔になってます…よ」
「はははじゃないですよあなたも…まったく…」
血だらけ泥だらけの手で坂田の頭を撫でる柴田を見て乾闥婆が溜め息をつく
「迦楼羅も…何してるんです?」
「いや…あの…雨がだ、な…」
乾闥婆の頭の上で着物を広げる迦楼羅に乾闥婆が聞く
「雨が…かからないようにと…思ってだなその…」
「…ありがとうございます」
振り向かずに言った乾闥婆
「もう濡れまくりで意味ねぇと思うんだけど俺」
「うっ;」
坂田が突っ込むと迦楼羅が固まった
「慧喜を返して!!」
悠助が指徳に向かって叫ぶとふっと指徳が笑う
「返すもなにも…慧喜は自分から私の呼び掛けに答えてきたんだよ? 義兄様が憎い、悠助を独り占めしたいのに義兄様が邪魔って…ねぇ?」
「う…」
ぐいっと慧喜の髪を引っ張り上げ指徳が慧喜に言う
小さく声を上げた慧喜の顔が歪んで目から涙が流れた
「え…き…っ…慧喜を泣かせたなっ!! 慧喜を(えき)返せっ!!」
それを見た悠助がまた叫ぶ
「好きな女の子を泣かせられちゃあ怒るよな、よしよし正しいぞ悠助、さすが俺の子供だ」
「おま…」
うんうん頷きながら悠助の頭を撫でる竜に京助が呆れた
「なんつぅか…京助の親父さん…だよなぁ」
「この父ありてこの子ありってかんじ?」
中島と南が妙に納得して親子の会話やり取りを見る
ドォン!!!!
また聞こえた爆音に一同が振り返った
崩れた瓦礫を蹴飛ばす音
上がった土煙から見えた白い布
「上…」
指徳が少し顔をほころばせて名前を呼ぶ
「…帝羅」
「ふん…やっぱりお前か、竜」
ばさっと髪と布を後ろにやりながら帝羅が竜を見た
「矜羯羅様っ!!」
土煙の向こうから叫びに似た慧光の声が聞こえ慧喜がぴくっと反応してうっすら目を開けた
「慧喜!!」
「ゆ…うすけ…俺…ごめんね…ごめんね…」
「ふん…」
絞り出すような声で謝る慧喜の髪を床に叩きつけるように指徳が離す
這うようにして慧喜が伸ばした手を悠助が掴んだ
「慧喜…っ」
「悠助…俺…」
「慧喜…おかえり…」
ぎゅうっと慧喜の頭を抱き締め素直なおかえりをいう悠助に慧喜が嗚咽を上げてがむしゃらに抱きつく
その反対側でお互いを睨んだまま動かない帝羅と竜
凍りついた空間に南と中島がどうしていいかわからずとりあえず京助を見た
その京助もやはりどうしていいかわからずに緊那羅を見ると緊那羅は小さく震えながら帝羅を見てる
「緊那羅」
烏倶婆迦がくいくいと緊那羅の髪飾りを引っ張った
「京助」
「へ? なんだ?」
次に京助を手招きする
「これ、誰」
「は? …緊那羅」
緊那羅を指差して聞く烏倶婆迦に京助がわけわからんというような感じで答えた
「だってさ、緊那羅」
「あ…うん」
ただそれだけ
ただそれだけのやり取りで緊那羅の顔がほころんだ
「なんだよ」
ひとりわけがわからない京助がじとっと二人を見た
「矜羯羅様っ…今…」
慧光が泣きながら制多迦に抱かれ動かない矜羯羅に向かい手を翳すと大きな蓮の花がぼんやりとした光となって矜羯羅を包み込む
「…めんね慧光…ごめんね矜羯羅…僕は…」
「制多迦様も…っ」
うつむいていた制多迦の頬についていた傷に慧光が触れると一瞬にしてその傷が消えた
「…りがとう慧光」
いつもより眉の下がった笑顔で制多迦が返す
「…めだね僕は…僕にできることが見つからないんだ…」
「制多迦さ…」
スコン
小気味いい音
「こん…」
「…んがら…」
矜羯羅の拳が制多迦の額を小突いた
「だ…いじょうぶナリか?」
「大げさだよ…ただ気を失ってただけだよ…大丈夫」
ゆっくりと体を起こした矜羯羅が制多迦を見るときょとんとした間の抜けた顔をしていた制多迦の頬を思い切り引っ張った
「…ひゃひゃひいひゃいいひゃい」
「またおかしなこというからだよ」
「…ひゃいー」
両頬を思い切り引っ張られた制多迦が両手をじたばた動かす
そんな二人を慧光がどうしていいかわからずにおろおろしながら見ていると矜羯羅が手を離した
「自分にできることを見つけようとすることも自分にできることなんだよ…むしろ自分にしかできないことなんだ」
「…んがら…」
「ほらいくよ、まだ…だろ?」
スッと立ち上がった矜羯羅が制多迦に向かい手を差し出した
「あーあ…むかつく…疲れる…むかつく…」
帝羅の回りの空気がパリパリと殺気を帯びていく
「誰の力奪ったのかわからないけど…」
フンと鼻で笑いながら竜をみた帝羅を竜がにらみ返した
その竜の回りの空気も次第に殺気を帯びていくのがなんとなく感じられたのか南が腕をさすりはじめる
「操…」
帝羅がまた操の名前を口にする
緊那羅がぎゅっと拳を握りしめると烏倶婆迦がそんな緊那羅に抱きついた
「大丈夫、緊那羅だよ緊那羅」
「…烏倶婆迦…」
「ね? 京助」
「へっ? あー…ああ」
いきなり振られて慌てながらも京助が返す
「…お前は緊那羅だ」
少し間をおいて京助が言った
「京助…」
「なんだよ」
緊那羅が数歩京助に近づくと京助の服を掴む
「ごめん…だっちゃ私…あの…」
「…しゃあねぇなぁっとに」
溜め息をついて頭をかいたあと京助が服をつかんでいた緊那羅の手を握った
「あーあしょっぺー」
握り返してきた緊那羅の手
「…京助」
「大丈夫だ【緊那羅】」
「…うん…うんっ」
「泣くな;」
京助が緊那羅の額を小突くと緊那羅が半べそで笑った
「…らぶらぶだぁねぇ」
「まぁ跡取りは悠が請け負うからええんじゃねぇか?」
「こらそこ! 何納得してんだ」
中島と南がうんうん頷きながら話しているところに京助が突っ込む
「いやいやお構い無く」
「お構いあるわ!大いにあるっちゅーねん!」
さわわ爽やかに流そうとした南に京助がさらに突っ込み怒鳴った
「いいじゃん現にらぶらぶだぁねぇなんだし」
「なにがだどこがだだれがだっ」
「あーなーたーとこーなーたー」
「…こなたって誰だっちゃ…」
大きな栗の木の下での振りつけをしながら中島と南が歌うと京助が更に更に怒鳴りさりげに緊那羅も突っ込みを入れる
「…」
「…」
「…」
「…」
その後揃った沈黙
「なぁ…なんか…」
「うん…なんか…なぁ」
「そう…だっちゃね…なんか…」
「足りない…よな…」
四人揃って顔を見合わせる
「…あ…」
四人揃って足りないという何かに気づいた
母ハルミが見上げている向日葵
どこにでもある太陽に向かって花を咲かせるその姿は見る人を元気にさせる
「…ヒマ子さん…」
動かなくなった話さなくなったその夏の妖精
母ハルミの頬を一筋の涙が伝った
泣きわめくちみっこ竜の横で泣き顔の母ハルミと対照的に穏やかな微笑みでヒマ子がゆっくり何かを差し出した
両手…いや両葉に包まれていたそれは赤く小さな宝珠
偶然に偶然が重なってヒマ子の鉢の中に入り込んだ迦楼羅の宝珠
ヒマ子がこうして話したり動いたりできるのはこの宝珠のおかげだった
「ヒマ…子さん…?」
「…京様は私の太陽ですわ…ハルミママ様」
ヒマ子が4人のちみっこ竜を見渡して目を閉じた
「向日葵は太陽に恋をして花を咲かせます…その太陽がなくては…私、生きている意味がありませんわ…この玉には不思議な力が溜め込んであると聞いておりますの…私がこうしてハルミママ様とお話ししたりできるような不思議な力が…」
「…ヒマ子さん…」
「良妻は…夫の役に立ってこその良妻ですわハルミママ様…私、京様の…お役に立ちたい…立てますでしょうか…」
ゴトゴトと鉢を引きずって泣きわめき続けるちみっこ竜の側で茎を曲げたヒマ子がそっと両葉を開き中にあった宝珠を見つめた
「私…京様に恋をして…幸せでした」
ヒマ子の少し厚目の唇がゆっくり弧を描く
両葉で宝珠を4人のちみっこ竜の真ん中に置いた
置かれた宝珠からほのかに光が生まれる
さぁっと風が入り込みヒマ子の花びらを揺らす
やがて部屋全体を包み込むような大きな光になったそれはヒマ子を飲み込んだ
「京様の笑顔が私の全てでした…わ…京様…」
黄色い花びらが一枚光の中にから外へ舞い上がった
「…京助、悠助」
「あ?」
竜が京助と悠助を呼ぶ
「いいか?」
「あ…ああってか何が?」
慧喜を抱き締めたまま顔をあげた悠助もきょとんとしたままで竜を見る
「むかつく…」
ぱりぱりという空気を纏う帝羅がちらっと横目で京助を見た
「大事なんだ…へぇそいつ…」
そしてこんどは悠助を見て
「…ふぅん…」
ニッと帝羅の口元が上がった
「面白いよね自分が一番じゃないって…僕様にはわからないよ」
「そりゃそうですよ上」
聞こえた声に帝羅の上がっていた口元が元に戻る
「清浄…なんだ…」
坂田と阿修羅に支えられながら清浄が帝羅の前に立った
「上、貴方は常に一番だったんですから」
「そうだよ僕様は一番なんだ」
ふふんと帝羅が鼻で笑う
「可哀想に」
清浄が言うと帝羅の目が見開いた
「かわいそう? 僕様が? かわいそう」
「ええ…自分が一番ということは自分しかいないということなのですから…誰も思わず誰も見ず自分しか見えない思わない」
帝羅の顔がだんだんと険しくなる
「まぁ要するに激しい自己中ってことか」
「過激ナルシーとでもいえますけども」
中島と南が緊張感あふれんばかりの雰囲気の中あいかわらずの会話をする
「僕様がかわいそうなわけない!」
帝羅が叫ぶと清浄がフッと口の端をあげて笑った
それを見た帝羅が更に眉を吊り上げる
「帝羅様、確かに貴方は強い」
「…今更弁解か? でもそうだ僕様は強い」
「でもここにいる者達は貴方よりはるかに強い」
清浄の言葉に一同が驚いたような顔で清浄を見た
「は…?;」
「ここにいる者たちって俺ら込み?;」
「自慢じゃねぇけど俺手から何もでねぇぞ?;」
「でるったらケツから屁くらいか?」
「いやそれもある意味強力な武器になるぞ毒ガス」
「京助のは臭い」
自分の手を見ていう南に京助と中島そして鳥倶婆迦が便乗する
「お前達が僕様より強い?」
「ええそうです」
清浄が足に力を入れて自力で身を起こす
「柴田…」
それを坂田がぐしゃぐしゃになった顔で見上げると清浄がその頭をなでた
「またすごい顔になってますよ若」
「うるさいッ!!」
清浄が自分の着物の袖で坂田の顔を拭う
「あ; 逆に汚れちゃいました」
はははっと清浄が笑った
「…笑うな」
パリっとまた小さく電流のような音が聞こえた
鳥倶婆迦が緊那羅の服をつかんで少し後ろに下がるとそれをかばうかのように緊那羅が自分の体に鳥倶婆迦を抱き寄せる
「弱いのに弱いくせに…むかつく…」
「僕にすればお前の方がむかつくんだけど」
「わぁお;」
吐き捨てるようにいいながらやってきた矜羯羅が帝羅を睨む
「気に入りませんがそれに関しては僕も同感です」
コマとイヌを抱きかかえた乾闥婆が同じく帝羅を睨んだ
「…やっぱり似ているのかもしれないね」
矜羯羅がいうと乾闥婆がチラッと矜羯羅を見てソーマの入った小さな小瓶を差し出す
「さっさと飲んでください」
「…ありがとう」
矜羯羅がそれを受け取る
「この子達お願いします」
「へっ?; あ…うん」
次に乾闥婆が南にコマとイヌを手渡すと再び帝羅を睨んだ
「この瓶返した方がいいの?」
「貴方のヨダレのついた瓶なんて要りませんよ。分別して回収日の金曜日に出してください」
「なんで乾闥婆が資源ごみの回収日知ってるんだっちゃ…;」
緊那羅が小さく突っ込むと聞こえたのか乾闥婆が振り返ってにっこり (怖い)笑顔を緊那羅に向けた
「乾闥婆ッ!!;」
微笑む乾闥婆の背中めがけて帝羅が光を放ちそれを見た南が声を上げると途端に巻き起きた強風
そして目が眩むほどに弾けた光
「だぁああああッ!!;」
「うわぁああああッ!!;」
各々足を踏ん張って強風と光に耐える
慧喜を抱きしめる悠助の前に京助と緊那羅が立って悠助と慧喜そして鳥倶婆迦をかばう
中島と南を背中に隠したのは竜
坂田を腕に抱き身をかがめた清浄を阿修羅がかばっていた
京助が目を開けると視界に入ったのは金色に輝く大きな翼と残り風に靡く黒と白の布
「…弱いくせに」
吐き捨てるようにいった帝羅が腕を下ろす
「…いじょうぶ?」
制多迦がにっこり笑って乾闥婆を振り返った
「これで貸し借りなし…だね」
ばさっと羽衣を翻した矜羯羅がフッと笑う
「むかつくんだ…」
パリパリッとまた電流のような音がして帝羅の周りが光り始めた
「迦楼羅…」
「大丈夫か乾闥婆」
青年姿になった迦楼羅の背中にかばわれていた乾闥婆が迦楼羅に声をかけると迦楼羅が振り返らずに言葉を返してきた
「迦楼羅…僕は…また貴方に…」
「…今度は」
「…え…?」
「今度はワシがお前を守る。だからお前は何もするな」
「なっ…」
迦楼羅の言葉に乾闥婆が大きな目をさらに大きくして口をパクパクさせる
「何言ってるんですか嫌です貴方こそ下がっててください」
「いだだだだッ; 痛いわ!! たわけッ!!;」
「あ、久々に見た」
迦楼羅の前髪を思い切りひっぱる乾闥婆を見て中島が言う
「何してるんだよ…」
矜羯羅が溜め息をつくと制多迦がヘラリと笑う
「ほんっとう…緊張感あるんだかないんだか」
「ハッハッハ、おんもしれぇ」
呆れて笑う清浄に阿修羅も笑った
「慧喜!!」
悠助に抱きしめられていた慧喜の元に慧光が駆け寄って手をかざす
「えこちゃん…」
「…慧光…」
今にも泣きそうな慧光を慧喜と悠助が見上げる
「何も言わなくていいナリ…何も聞かないナリ…でも…もう一人で…」
慧光が震える声で言っている途中 慧喜が嗚咽をあげ始めた
「ごめん慧光ごめん悠助ごめん…義兄様ごめんなさい緊那羅ッ…制多迦様 矜羯羅様…ヒマ子義姉様…ッ」
一人一人の名前を言いながら泣き始めた慧喜の頭をまた悠助が抱きしめる
「…京助?」
「…そうか…わかった! さっきの違和感!!」
「へ?」
「ほらさっきなんか足りないていったのあれ! ヒマ子さんのツッコミだ!!」
「ああ!!」
「そういえば」
京助の言葉に中島と南が手をたたいて頷いた
途端に曇った竜の顔
「…京助」
「あん?」
ポンっと京助の頭に竜が手を置いた
見上げる京助と緊那羅
何か感づいたのか鳥倶婆迦が家の中に走っていく
「…想いっていうのは本当に強いものだな」
「はぁ?; なんだよいきなり」
頭に置かれた手をうざったそうにしながら京助が返す
「誰かが誰かを想う思いは本当に強い…俺もハルミに出会うまではその強さを本当にわかっていなかった」
竜と緊那羅の目が合った
「…あ…」
緊那羅があわてて目をそらすと同時に握っていた京助の手も離す
「お前はそんな想いに支えられて助けられているんだ…お前だけじゃない…それにお前だって誰かを想っているだろう? その誰かを助けたい守りたいと想う想いそれは本当に強い…」
「何が言いたいんだ何が; 俺頭悪ぃんだからまとめて簡潔にいってくれ」
京助が緊那羅が離した手をポケットに突っ込みながらいった
瓦礫をよけながら家の中に入った鳥倶婆迦が動かなくなった向日葵と向かい合っている母ハルミを見つけて駆け寄る
「ハルミ…」
「うぐちゃん…」
赤く泣き腫らした目からまた涙があふれた母ハルミが鳥倶婆迦を抱きしめた
「ハルミ…これ…この向日葵って…」
ふと鳥倶婆迦が鉢を見ると悠助がかいたのであろうミミズの這った様な字で書かれていた【ヒマ子さん】という名前
「…ヒマ子さんね…自分がこうなるのわかって竜之助をあの姿にしてくれたの…京助の笑顔が見たいからって京助の…」
鳥倶婆迦を抱きしめる母ハルミの腕に力がこもった
「ヒマ子さん…」
鳥倶婆迦が呟き普通の向日葵になったヒマ子を見る
「ハルミ…おいちゃん今…どんな顔してる?」
「…え?」
小さく聞いてきた鳥倶婆迦に母ハルミが抱きしめる力を弱め鳥倶婆迦を見た
迦楼羅の羽が広がりそのすぐ横に歩み出た乾闥婆が袖を止めていた布を両方はずすとその布を大きく振り下ろした
するとその布がピンっと伸び二刀の剣になり乾闥婆が構える
「下がっているといっただろうッ;」
「嫌だといったでしょう」
「今度はワシが守るといっただろう!!」
「だから嫌だといったじゃないですか」
お互い顔は見ずに言い合う乾闥婆と迦楼羅の声がだんだんと大きくなっていく
「…うるさいよ君達」
帝羅を睨んだまま矜羯羅が突っ込むと制多迦がヘラっと笑った
「少しは可愛らしく言う事を聞いたらどうなのだたわけッ!!」
「可愛らしくないもので聞きたくありません」
「ッ;」
怒鳴った迦楼羅をさらっと乾闥婆が受け流す
「…るらの負け」
「やかましいわ!! たわけッ!!!!;」
笑いながら言った制多迦に迦楼羅が怒鳴った
「むかつく…」
パリパリという音を聞いて一斉に帝羅に視線を向けるとそこには今までよりあからさまに様子の違う帝羅
「…くるよ」
矜羯羅が足を引く
制多迦が頷き棍を構えた
「なんだかいよいよ本気でまじめにやばい雰囲気なんじゃござーせん?;」
「あいつらって結構強いんだろ?; 様つけられてたくらいだし…」
「ああ…タカちゃんも矜羯羅ッちょもかるらんもだっぱも強いきに…んでもな…上、あいつ…帝羅はそれ以上やんきに」
「しかも完全にキレてるみたいで」
阿修羅と清浄が険しい表情で帝羅を見る
足元から生まれている風と光を纏うて帝羅
「今ならまだ間に合うかもしれないけど。操はどこだ」
小さな口の動きだったにもかかわらず全員の耳に届いたその声
緊那羅の足が後退する
「逃げんな」
京助が緊那羅の手首をつかんだ
「お前は緊那羅だ」
それを見た竜がフッと笑って京助の頭をワシワシとなでそして緊那羅を見ると目を細めた
それを見た緊那羅が頷いて深呼吸を一回した
「そうそうそのいきだっちゃ」
緊那羅が後退させた体を京助の隣へと移動させると京助が笑った
「…うん」
緊那羅も微笑む
「…あえてここは塩加減は突っ込まないでいく方向で」
「だな」
「ってか俺この場合男女とか人間とかそーいうの越えていいんじゃないかーって思っちゃってるんだけど」
「想いには壁も何もない…だからいくらでも大きくなるだから強いんだ」
三馬鹿の会話に竜が入ってくる
「誰しも気付かないうちに誰かに想われてその想いに守られている…自分も含めてそれが回っているんだ」
竜がそう言って帝羅を睨んだ
「操を出せ」
「操ちゃんはいねぇってんだろがッ!!! 何回言わせんだバーカ!!!」
京助がイラついたように叫ぶ
「あー; いっちゃった」
「馬鹿にバーカ言われちゃったよ…バーカ」
「ハッハッハー!! よく言った京助」
阿修羅が笑いながら言う
しゃがんで肩を震わせ笑いをこらえている矜羯羅の背中を制多迦が撫で乾闥婆がぽかんという顔をしているその横の迦楼羅も驚いた顔をしていた
「帰れバーカ!!!!」
「若?」
京助に続いて馬鹿と叫んだ坂田に清浄も驚く
「バーカっ!!!!!」
「悠?;」
少し後ろから放たれたバーカは悠助のもので
「慧喜を泣かせたっ! だからッばーかっ!! ばかばかばかばかばばーかッ!!!!」
「おおお; マシンガン」
「んじゃオライも…バーカっ!!」
阿修羅までもが帝羅にバーカと叫んだ
「なっ…お前達上に向かって…ッ」
指徳が帝羅の前に出ると帝羅の周りに吹いていた風がいっそう強くなる
「いかん…!!」
迦楼羅が地面を蹴って飛び上がると帝羅と指徳の前に立った
「制多迦!」
「…け」
矜羯羅に呼ばれた制多迦が頷くと矜羯羅とついになる形で構え見事というしかないような揃った手の動きで何かを中に描いていく
二人の手の動きの後には光の跡
帝羅の纏う光と風が渦を巻き始める
パンッ!!
と制多迦と矜羯羅の手が合わさると弾けた光が玉となって広範囲にわたり飛び散り半円状の光の結界を形作った
結界が完成するとほぼ同時に迦楼羅の羽がさらに大きく広がる
まるで迦楼羅の後ろにいるすべてをかばうかのように広がった金色の翼
「迦楼羅!!」
「下がれ」
叫んだ乾闥婆とは対照的に静かに言った迦楼羅の声が響く
「…沙紗」
乾闥婆の動きが止まった
竜と阿修羅が苦い顔で迦楼羅と乾闥婆の背中を見ている
「迦楼羅…」
呟いた竜を京助が見上げそれから迦楼羅を見た
「…その名前は…僕は…」
「下がっていろ…」
迦楼羅の触覚が帝羅の風に揺れる
乾闥婆の頬を一筋雫が伝って落ちた
「どんなって…いつものうぐちゃんの顔よ?」
「おいちゃん笑ってる?」
「え?あ…そうね笑って…」
鳥倶婆迦の質問に母ハルミがすこし困りながら答える
「…おいちゃん…笑ってるのにどうして?」
ぐっと鳥倶婆迦が帽子をつかんだ
「おいちゃんが笑ってるとみんな笑顔になるって。おいちゃん…だから…」
震える鳥倶婆迦の声に母ハルミが再び鳥倶婆迦を抱きしめた
今度は優しく包み込むように鳥倶婆迦を抱きしめた母ハルミに小さく鼻をすする音が聞こえる
「おいちゃん笑ってるよ? ねぇハルミ…でも誰も笑ってないよ…おいっ…おいちゃんっ…」
しゃっくりをあげはじめた鳥倶婆迦の背中を母ハルミがさする
「おいっ…なんでぇ…ッ」
やがて声を上げて泣き始めた鳥倶婆迦のお面が床に落ちた
「おいちゃんっ…笑ってたのにっ…なんでなんで…なんでみんな笑ってない…おいちゃ…んッ」
母ハルミの服に鳥倶婆迦の涙と鼻水とその他もろもろが染み付く
「ねぇうぐちゃん…誰がそういってくれたの? うぐちゃんが笑っているとみんな笑顔になるって…」
母ハルミが鳥倶婆迦に静かに聞くと鳥倶婆迦がゆっくりと顔を上げた
大きな緑色の瞳の周りを赤くした鳥倶婆迦の素顔
悠助と同じくらいのあどけなさを持った鳥倶婆迦があふれてくる涙を懸命に拭いながら何とか泣き止もうとするも泣きしゃっくり地獄に陥ったらしくヒッヒッという声しかでてこないでいるのを母ハルミが眉を下げたやさしい笑顔で見る
「うぐちゃんのお面じゃない顔見たの二回目ね」
ふふっと笑う母ハルミを見た鳥倶婆迦の目からまた大量の涙があふれ鳥倶婆迦が母ハルミに抱きついた
迦楼羅が腕を前に出すと何かを握るような形で腕を止める
そしてもう片方の腕も前に出す
何もなかった迦楼羅の手の中に金色に光る一本の光の線があった
それはまるで金色に輝く光の弓矢
「…かるらんが格好いい」
呟いた南に中島と京助そして緊那羅が頷く
「…あれ? 父さんそれ」
京助が竜の腰を見て何かに気づいた
「…それって…」
緊那羅が【それ】を見てそれから竜を見るとゆっくりと竜が頷いた
「ヒマ子さんから…だ」
竜の腰で赤く光る宝珠
竜の声が聞こえた面々の動きが止まった
「え…っとヒマ子さんって確かその宝珠の力で動いて…」
竜が頷く
「ってことは…」
南のその言葉から先は誰も言えずにいた
俯いていた緊那羅が顔を上げてきゅっと唇をかむと武器笛を手に数歩足を進める
「緊那羅?」
京助が緊那羅を呼び止めた
「…操にヒマ子さん…今度は私の番だっちゃ」
緊那羅が立ち止まると腕にしている腕輪の宝珠が光る
「っ…アカーン!!!!!!」
「うぉ;」
「なんだ!?;」
京助がいきなりあげた大声に周りだけでなく迦楼羅や敵の指徳と帝羅までもが驚いた
「きょ…」
「セイッ!!!」
ゴンッ!!!
「だっ!!」
緊那羅の耳をつかむと思い切り京助が頭突きをかます
しゃがみこむ緊那羅と京助に動きの止まったままの一同
あたりをなんともいえない間の抜けた空気が流れた
「…自分も痛いんじゃない?」
呟くように矜羯羅が突っ込みを入れる
「だ…大丈夫か二人とも;」
中島が声をかけるとよろめきながら京助が立ち上がった
「守るの禁止!! っ~;;」
そう叫ぶと京助が自分の額をさする
「な…んでだっちゃ…ッ;」
絞り出した声で緊那羅が頭を押さえながら聞き返す
「俺が嫌だから」
「そん…」
京助の答えに顔を上げた緊那羅が見たのは真顔で帝羅を見る京助
「守ってもらうばっかで俺守ってねぇじゃん…格好悪りぃ」
チラっと京助が竜の腰についている宝珠を見た
「ずっと守ってもらってばっか…操ちゃんにもヒマ子さんにも父さんにも。でもさ…俺だって守りたいものとかあるんだっつーの」
そして再び帝羅を見る
京助の足元からかすかに吹き始めた風が京助の髪や服を揺らす
いつの間にか消えていたあの竜の羽が再び京助の背中に現れた
「俺にも見せ場よこせよな」
京助がヘッと口の端をあげて笑った
「見せ場は奪い取るものだ京助」
竜が腰に手を当てて京助より一歩前に出る
「だったらッ; 私だって…ッ;」
「見せ場ほしいの? ラムちゃん」
「違うっちゃッ!!; 私だって守りたいものがあるから守るんだっちゃッ!!;」
南の突っ込みに反論しながら緊那羅が言った
「それって…京助?」
「そうだっちゃ」
「うわぁ…否定しないいねぇ」
ハッハと南が笑う
「でも京助だけじゃないっちゃ…京助だけを守ったって京助は喜ばないってわかったっちゃ…だから私は京助と京助の守りたいものを守るっちゃ」
緊那羅がそういうと京助を見た
「お前…なぁ;」
何も言い返せない京助が緊那羅から顔をそらす
「これなら文句ないっちゃよね?」
「…;」
「おーっと京助圧されてる圧されてる、緊那羅優勢ー」
「実況中継せんでヨロシ!!;」
坂田に京助が怒鳴るように突っ込んだ
「だーもー好きにしろッ!!;」
「緊那羅の勝ちー!!!」
折れた京助に緊那羅の勝ちを高らかに宣言する坂田
「で? 何の勝負だったんきに?」
「…さぁ」
阿修羅が清浄に聞くと呆れたような困ったような顔で清浄が返した
「なんだか思いっきり本線から外れてしまってるんですけどーどー…俺としてはこのまま解散!!でもいいんですけーどー…どー…」
ハッハと笑っていた南のその言葉に気づかされ一同が帝羅を見る
と帝羅もハッとして辺りをきょろきょろした
「去れ」
光の矢を構えた迦楼羅が帝羅に向かい言った
「っ…僕様に命令するんだ…」
帝羅が一歩足を後退させる
「ってか一瞬アイツも流されてたよな」
「間違いなく流されてたよな」
中島と南が言う
「…ラスボスまで巻き込むお馬鹿パワー…京助君」
「誰が馬鹿だ誰がッ;」
「加えて地獄耳…デビルイヤー」
「いやそれは悪魔耳」
「本当に緊張感が無いやんきに」
南と中島そして京助のやり取りに阿修羅が笑う
「いい息子だな」
「だろう?」
阿修羅が竜に言うと竜が京助の頭を叩いた
「いてぇよ;」
文句を垂れながらも竜の手を払おうとしない京助に緊那羅も笑う
「僕様に…」
パリパリッという音が聞こえ一堂がハッとする
帝羅の白い布がフワリと揺れてオレンジの耳飾が見えた
「去れ、帝羅」
言った迦楼羅の両隣には制多迦と矜羯羅
「弱いくせに…弱いくせに怖いくせに…」
帝羅の顔が歪む
「京助!! 悠助!!」
「ヘッ?;」
「うんッ!!」
竜が京助と悠助を呼ぶ
ヒマ子から受け取ったという元をたどれば迦楼羅の宝珠を見た後竜が帝羅を見た
「約束守るからな…」
竜が宝珠を握り締めた
「お前達上に対して…」
「どきなよ指徳」
帝羅をかばうように前に出た指徳を矜羯羅が睨むと指徳が一瞬身をすくめた
「…とく…」
制多迦も指徳をたぶん睨んでいるんだろうがいまいち何故かしまらない
「どいつもこいつも…」
「オランダも」
震える声で言った帝羅の言葉に京助が付け足すと中島と南が声を殺して笑った
「僕様は…ッ」
帝羅の目が見開くと同時に迦楼羅が光の弦から指を放す
「上!!」
その矢は指徳の肩をすり抜け帝羅へと
「上…ッ!!!!」
辺りが光に満ちた
「まぶッ;」
あまりのまぶしさに京助たちも目を瞑った
「笑うと幸せになるって幸せになったらみんな笑うからまたみんな幸せになるって」
お面をはずした鳥倶婆迦がポツリと言った
「だからおいちゃん…いつも笑ってるようにこれつけてたんだそうしたらいつも笑ってる」
はずしたお面をぎゅっと握って鳥倶婆迦が言うと母ハルミが鳥倶婆迦の頭をなでた
「おいちゃんの計算では…みんな笑ってるはずだったんだよ…?」
「うぐちゃん…」
「おいちゃん…ただ笑っててほしいだけなんだよみんなに制多迦様にも矜羯羅様にも京助にも緊那羅にも…ッ」
鳥倶婆迦の目からまたポロポロと涙が溢れ出した
「幸せだったら【時】も来なかったかもしれない そしたら…」
言いかけた鳥倶婆迦の言葉はまぶしすぎる光でさえぎられた
「迦楼羅!!!」
光が消え行く中で乾闥婆の声が響いた
そしてズシャっという何かが濡れた地面に落ちた音
「上!! 上ッ!!」
ワンテンポ遅れて指徳の声
ここでようやく目が開けられた京助達が見たのは乾闥婆に抱かれている迦楼羅と指徳に抱き起こされている帝羅だった
どうやら帝羅は迦楼羅の光の矢をまともに受けたらしく膝を付いていた
「迦楼羅…ッ」
「力を使いすぎだよ…あんなに使ったら僕らだって」
「…とは僕たちが」
小さくなった迦楼羅を抱く乾闥婆を帝羅から隠すように矜羯羅と制多迦が立つ
「やか…ましいわ; たわけ;」
「たわけはあなたですッ!!!」
張り上げた乾闥婆の声は震えていた
「あなたはっ…あなたはどうして…ッ」
「…守りたいものを守りたかっただけだ」
ボソッと言った迦楼羅が乾闥婆の頬に手を伸ばした
「ゴホっ;」
「迦楼羅ッ!」
大きく咳き込んだ迦楼羅の背中を乾闥婆がさする
「…るら…無理しすぎ」
「や…かましい…ッ」
ヒューヒューという呼吸で迦楼羅が制多迦に返す
「迦楼羅…」
「そんな顔をするな。ワシなら大丈夫だ」
「そんな顔にさせたのは君なんじゃないの?」
矜羯羅が突っ込む
「…んがら…!!」
制多迦に呼ばれ矜羯羅がハッして羽衣を翻した
ヨロヨロと立ち上がった帝羅を指徳が支える
乾闥婆は帝羅を睨むと迦楼羅を抱き寄せた
「上…」
「僕様は…僕様はぁッ!!!!」
ゴゥッ
と帝羅の周りに強風が巻き起こり指徳がはじかれた
迦楼羅を抱く乾闥婆を矜羯羅と制多迦が壁になり強風から守っている
「あ…」
京助が何かに気付いた
「京助?」
そんな何かに気付いた京助に気付いたのは緊那羅
「あいつ…」
京助が見ていたのは帝羅だった
「どうしたんだっちゃ?」
「あいつ…」
「京助!!」
言いかけた京助が竜に呼ばれ言葉が止まった
「今の光…」
「迦楼羅だ」
「え?」
母ハルミの胸から身を放した鳥倶婆迦が言った
「迦楼羅の力だよ」
くいくいと帽子を直した鳥倶婆迦がお面をつけようとするとそれを母ハルミが止めた
「またそのお面つけちゃうの?」
「…笑ってほしいから…おいちゃん今まだ笑えないからだからつける」
そう言った鳥倶婆迦の目からはまだ涙が流れていた
「うぐちゃん…」
「おいちゃんみんなが好き笑ってるみんなが好き…おいちゃんが笑ってればきっとみんな笑うから」
お面をつけた鳥倶婆迦がいつもの笑顔で母ハルミに言うと母ハルミが鳥倶婆迦を抱きしめた
「慧喜…だいじょうぶナリか?」
「うん…」
「清浄も」
「ああ…大丈夫だ」
慧光によって治癒された清浄と慧喜がやや後方から帝羅を見る
「…柴田…」
そんな清浄の隣で坂田が不安げな顔で清浄を見上げていた
「お前…」
「たくさん…あります若に話したい事、話さないといけない事…」
清浄が柴田の笑顔で言った
「そんな…そんなたくさん話さねぇと駄目な事あんのににお前は…ッ お前はッ!!!」
「ああ; だからすいませんって; ほら泣かないでください若;」
「泣いてねぇッ!!!;」
「泣いてるじゃない」
慧喜が突っ込む
「な い て ね ぇ ッ!!;」
坂田が怒鳴ると ぐすっ と鼻を啜る音が聞こえ
「っ…」
「慧光も泣かないの;」
今までこらえていた慧光の目から滝のように涙が流れた
「うぇええええ…ッ」
「あーもーッ!!」
声を上げて泣き出した慧光を慧喜が叩いたあと抱きしめる
「…ありがとう慧光…ごめん…ありがとう…」
そしてそのまま更に慧光を抱きしめた
「若」
「なん…っ」
呼ばれて返事をした坂田を清浄が抱き寄せた
「ありがとうございます 若」
「なんで礼…俺何も…」
「俺が言いたかったんです」
坂田からの返事は無かった
「阿修羅、京助の友達を」
「あいさ」
竜にいわれた阿修羅が南と中島の肩を叩いた
何か言いたそうに口を動かした中島と腕に抱えたコマとイヌをぎゅっと抱きしめた南に京助が笑顔を向けた
「後から片付け手伝えよな」
「あ…お…おう!!」
「南は余計散らかしそうだけどな」
「ひっで;」
いつも通りのふざけた会話
でもどことなくなんとなくいつもと違っているのは誰も気付いていた
「京助!! 悠!! ラムちゃん!!」
阿修羅におされながら南が振り向き叫ぶ
「…後でなッ!!!」
「南…」
緊那羅が眉を下げて笑い京助が親指を立てた
「なぁ…大丈夫だよな?」
「当たり前だろッ!!」
足早に阿修羅の後ろをついていく中島が南に聞いた
「今の俺たちに出来ること…これくらいじゃん」
「…そ だな…」
「信じようぜ」
中島が頷く
振り向きたくても振り向かない振り向いたらきっと駆け出したくなる
でもそれは今中島と南がするべきことではないから
南がコマとイヌに顔をうずめた
「お前…」
帝羅を取り巻く空気がパリパリと音を立て帝羅の怒りを表している
それに怯むことなく帝羅と向き合い立つ制多迦と矜羯羅
帝羅の横で帝羅を恐れた顔で見上げる指徳
「…制多迦…矜羯羅…」
「君の作ったご飯は嫌いじゃなかったよ」
「…ん」
乾闥婆が二人の背中に声をかけると二人が振り向き笑った
乾闥婆の腕に抱かれた迦楼羅がハッとして身を起こそうとした瞬間
「らああああああああああああああーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!!」
帝羅の大声とともに今までに無い程の衝撃が空気を伝わり響き渡った
それは光であり 風であり 音であり 恐怖であり
あたりが激しい光で照らされる中、制多迦と矜羯羅の影が守るように乾闥婆と迦楼羅を暗くした
何かを叫んだ乾闥婆の声は激しい音でかき消された
「タカちゃんッ!! こんちゃんッ!!!」
竜の足にしがみつきながら悠助が光と風の中心に向かい叫ぶ
「ちょ…おいおいっ;」
足を踏ん張って飛ばされまいとしている京助に緊那羅が掴まり同じく飛ばされまいとしている
「っ…あの至近距離からまともに…制多迦…矜羯羅ッ…」
悠助をひょいと小脇に抱き上げて京助の腕をつかんだ竜が帝羅がいる中心を睨んだ
迦楼羅を抱きしめる乾闥婆の周りの空気が変わった
『ごめんなさい…』
声がした
聞いたことのある 懐かしい 遠い 遠い 記憶の中で聞いた 声
顔を上げた乾闥婆の頬に白い手が触れた
でもそれは実態ではなく幻と呼べるもので向うが透けて見えた
「さ…」
乾闥婆より先に迦楼羅が口を開いた
「沙羅…」
にっこりとでも悲しそうに微笑んだ沙羅が乾闥婆の頬から手を離し踵を返し倒れている制多迦と矜羯羅の傍に座ると二人の体に触れた
優しい空気がその場に流れる
そして立ち上がると今度は帝羅を見た
「お前も…お前も僕様に…っ」
『…』
無言のまま帝羅に近づいていく沙羅
「沙羅!!」
乾闥婆が叫ぶように沙羅を呼ぶ
『…---』
沙羅から返された言葉は名前
懐かしい名前
目を見開いた乾闥婆を迦楼羅が抱き寄せる
それを見た沙羅が顔を曇らせた
「近づくな!!」
再び帝羅と向き合った沙羅に帝羅が叫んだ
その帝羅の言葉を耳に入れず沙羅が帝羅に向かい手を伸ばした
「触るなぁああーーーーーーーーーーーッ!!!」
伸ばした沙羅の手が帝羅の腕をつかんだ
乾闥婆には触れられなかった幻の沙羅の手はしっかりと帝羅の腕をつかんでいた
「放せ…放せ放せッ!!」
まるで小さな子供のような駄々をこねだした帝羅
「上!!」
指徳が立ち上がり沙羅の手を掴もうとするが不思議と掴めない
ふと沙羅が顔をどこかに向けそして微笑む
沙羅の視線の先には京助、そして悠助と竜
「沙羅…」
「え? 沙羅…ってたしか鳥類…」
竜が口にした名前に京助が前に迦楼羅がした昔話を思い出し迦楼羅の方を見る
乾闥婆を抱きしめただ黙って沙羅を見ている迦楼羅
『竜様…』
沙羅が柔らかく悲しそうに笑い軽く頭を下げた
『そして京助様と悠助様』
「へっ?」
「お姉さん誰?」
突然名前を呼ばれ京助と悠助がきょとんとする
「沙羅…お前は…」
『竜様…私は…私の【時】はもうじき終わります…そしてまた【時】が来る…』
静かに言った沙羅の周りにはいつの間にかたくさんの宝珠が浮かんでいた
そのうちのひとつ赤い宝珠がふわりと動き迦楼羅の目の前で止まった
『迦楼羅様』
「沙羅…」
微笑む沙羅が頷くと迦楼羅が手を出しその掌に宝珠が降りた
「さ…ら…」
「乾闥婆」
『…』
乾闥婆が絞り出したような声で沙羅を呼ぶ
「ごめんなさい…ッ!! ごめん なさい…ッ」
泣きながら沙羅に向かい謝る乾闥婆の体を迦楼羅が黙ったまま押さえ抱きしめる
『終わらせて…もう こんな想いは私たちだけで…』
「沙羅ッ!!!! 沙羅!! さらぁあッ!!!」
足元から消え始めた沙羅と帝羅
乾闥婆が叫び沙羅に手を伸ばした
「放せぇッ!!!」
帝羅が叫ぶとバチバチッと電気のようなものが沙羅と帝羅を取り巻いた
「…効いてない…んじゃね?」
「ああ…彼女には効かない」
京助が言うと竜が返す
「放せ!! 放せ!! 僕様はッーーーーー…」
「沙羅ぁあああああーーー!!!!」
乾闥婆と帝羅の声が混ざり辺りに響き優しい風がその場吹き抜ける
いままでずっとその場を見てきたのにまるで今ふと見たかのようなおかしな感覚
ついさっきまでそこに居た二つの姿はなくなっていて
散々ぶっ壊れていたはずの家や庭やらは元に戻っていてさっきまで起こっていた出来事が夢だったんじ
ゃないかという考えを頭に浮かばせた
時折聞こえる車の走行音
雨上がりの空気
満天の星空
「あ、あれ北斗七星だよねっ」
悠助が夜空を指差した
「ああ…そうだ…な」
竜が夜空を見上げた
風鈴が鳴るかならないかの弱い風が家の中に入ってきた
【少し前】まであちこちが破壊されていた家の中は何事も無かったかのように元通りになっていたがそこに笑い声はなく
「…ヒマ子…さん…」
和室の片隅にある枯れかけている向日葵に向かい名前を悠助が呼んだ
畳の上には黄色い花びらが数枚落ちている
誰も口を開けないでいた
「ねぇヒマ子さんヒマ子さんってばっ!!」
「悠…」
京助が悠助の肩に手を置いて向日葵を見た
その京助の隣にいた緊那羅が一歩前に出て向日葵に触れる
「ヒマ子さん…守りたいもの守ったんだっちゃね…」
そして京助を見た
「…」
京助の眉が少し動いた
「京助…」
「悪ぃ…ちょ い」
中島に呼ばれた京助だったが振り返らず言葉を詰まらせた
悠助の肩に置いていた手に力が入る
「京助…?」
悠助が京助を見上げた
「悪ぃ…悠…ちょい…」
さっきと同じような言葉を言った京助
「…俺らあっちいってる わ」
「あ うんそうだな」
南が悠助の手を取り先に部屋から出て行こうとしている中島の後を追う
「京助 ヒマ子さんちゃんと起きるよね? 前もちゃんと起きたから大丈夫だよね?」
「そ うだな」
「じゃぁ僕お風呂はいろーかなっ」
京助の言葉を聞いた悠助が南の手を解いて廊下をかけていった
和室には緊那羅と京助が残った
コツン
と緊那羅の肩に何かが当たり緊那羅が肩を見る
「…きょ…」
京助が緊那羅の肩に頭を乗せていた
京助がだらんと下げた両手を動かすこともなくただ緊那羅の肩に頭を預ける
「京助…」
「うるせぇ…」
緊那羅が呼ぶと京助が震えた声で返してきた
肩にじわっと暖かさを感じた緊那羅が京助の両手を手を掴むと
「泣けっちゃ」
ぐいっと京助を引き寄せ抱きしめた
「泣いてねぇよ」
「うん」
「誰が 泣くか」
「うん」
「…っ」
緊那羅の服を掴む京助の手に力が入る
肩につけられた頭を緊那羅が撫でた
「京助」
「ひ…っく…」
熱い息を胸に受けた
痛いくらいに抱きしめ返された
肩が濡れているのがわかった
甘え方がわからなくてへたくそで
強がって泣き方もへたくそで
「京助…」
今はただあなたが泣けるよう
私はここに居る
緊那羅が京助を抱きしめた
縁側に面した部屋の隅で丸くなっている乾闥婆をただ黙って迦楼羅が見ていた
どれだけ泣いたのか目の回りが赤くなり髪の毛が顔にくっついている
その髪を迦楼羅がそっと取ってやる
乾闥婆からは静かな寝息がしていた
「…」
弱い風が迦楼羅の触角のような前髪を揺らす
風鈴は鳴らない
迦楼羅が握っていた手を開くとその手の中には赤い宝珠
沙羅からもらった赤い宝珠
その宝珠と乾闥婆を交互に見た迦楼羅がまた宝珠を掌に収めぎゅっと握る
「かるらん」
「…阿修羅か」
伸びた髪をひとくくりにした阿修羅が縁側から部屋に入ってきた
「だっぱ…おちついたみたいやんに」
「ああ…」
阿修羅が少し離れたところに腰を下ろす
「他の者はどうしている…?」
「ワンコ達は竜とハルミ母さんが見てる。タカちゃんとがらっちょは慧光と鳥倶婆迦がみてるし…清浄はメガネ達と一緒に居る。悠助は慧喜と風呂だ」
「…京助と緊那羅はどうした」
名前の挙がらなかった二人を聞いた迦楼羅
「…向日葵の…姉さんのところ」
「ヒマ子さんか…」
「…動かなく…なっちまったから…な」
阿修羅の言葉の後 迦楼羅が手を開いた
「…!! かるらんそれ…」
迦楼羅の手の中の宝珠を見て阿修羅がずずいと迦楼羅に近づいた
「…沙羅が…な」
「沙羅嬢が…?」
迦楼羅が乾闥婆を見ると目を細める
「それ使ったら…かるらん…元にもどれるんじゃないん…?」
「…そうかもしれん…が…」
迦楼羅が自分の上着を外し乾闥婆の体にかけた
「ワシだけが…罪を許されてはいかん…」
「かるらん…」
「この罪は…な」
ふっと笑って迦楼羅が立ち上がる
「ヒマ子さんは奥の部屋だったか」
「あ ああ…確かそうやんきに」
「乾闥婆を頼む」
そう言うと迦楼羅が部屋を出て行く
その後姿を見送った阿修羅が乾闥婆を見るとやるせない顔をした
「【時】…もし今度来る【時】が最後になるとしたら…最後に出来るとしたら…」
チリーン…
風鈴が鳴った
鼻水を啜る音
小刻みに吐き出される熱い息
ときたまあがる声
ぐしゃぐしゃに掴まれた服
少し固めの京助の髪が緊那羅の頬あたる
緊那羅が京助を抱きしめたままヒマ子さんの方を見た
いつもならこんなところ見つかったもんなら断末魔のような悲鳴が家中に轟いている
「…っ…く」
京助が小さくしゃっくりをあげた
ぎゅっと唇をかんだ緊那羅が大きく息を吸い込む
そして唄を歌いだした
あの唄
子守唄にも聞こえるあの唄
柔らかく暖かく優しく何かを守るような唄
緊那羅の歌う唄が廊下にも流れた
「…これは…緊那羅か」
襖の前に立った迦楼羅が襖を見上げそして手の中の宝珠を握る
スパーーーーーーーンッ!!!
勢いよく開いた襖に目を丸する緊那羅と思わず顔を上げた京助
「か…」
「鳥類…ッ!?;」
「…邪魔した か?」
襖を開けたのはいいものの京助と緊那羅を見た迦楼羅が聞く
ハッ とした京助が慌てて緊那羅から離れた
「あ…え…っと; どうしたんだっちゃ? 迦楼羅…乾闥婆は?」
京助に掴まれてよれよれになっていた服を直しながら緊那羅が聞き返す
「乾闥婆は阿修羅に頼んできた」
「そう…」
「それよりも京助」
「んだよッ!!;」
赤い顔赤い目をした京助が怒鳴る
「手を出せ」
京助に近づきながら迦楼羅が言った
「手…?」
「早くせんかッ!! たわけッ!!」
なかなか手を出さない京助の手を迦楼羅がひっぱって何かを手渡した
「何…ってこ…鳥類これ…」
「迦楼羅これ…宝珠…」
京助の掌には赤い宝珠があった
「これで…動くのだろう?」
「え…」
「悠助を泣かせたくないのだろう?」
ふっと迦楼羅が笑う
「ほら!! さっさとしなければ悠助が風呂から上がってくるではないか!!」
「あ…ああ」
迦楼羅が急かすと京助がヒマ子さんの傍にしゃがんだ
「迦楼羅…あの宝珠って…」
迦楼羅が緊那羅を見てまたふっと笑う
「いいのだ…ワシはこの罪があるから乾闥婆といられるのだからな」
「迦楼羅…」
「ワシはな緊那羅…幸せだぞ」
「へ…?;」
唐突に言った迦楼羅の言葉に緊那羅がきょとんとする
「今のままで…な充分幸せだ。これ以上は望まん…今のままでいい」
そう言った迦楼羅の顔は穏やかだった
「皆がいる何気ない日々があればそれで」
「…そう…だっちゃね」
迦楼羅につられたのか緊那羅の顔もほころんだ
ぐきゅうううう……
「…迦楼羅…;」
「おま…;」
久しぶりに聞いた体に似合わず豪快な迦楼羅の腹の虫の声に京助と緊那羅が揃って溜め息をついた
「しっ…しかたなかろうッ!!;」
それに対して迦楼羅が怒鳴る
「感動のシーンだったのになぁ…お前…」
「やっ…やかましいわッ!!; たわけッ!!; いいからさっさと宝珠を埋めんかっ!!;」
ヤレヤレと両手を上げたリアクションをする京助
「お前だってさっき…ッ」
「だーーーーーーーッ!!!!; わかったッ!!; 埋める埋めますハイ!!;」
「さっき緊那羅…っ」
「わーーーーーーッ!!! だーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!;」
迦楼羅が何か言おうとするたびに京助が大声を上げて阻止する
「…やかましいっちゃ…;」
緊那羅が呆れ顔で呟いた
社務所の奥に隠すように置かれていた古い石造りの狛犬をハルミが撫でる
その傍でコマとイヌに手をかざす竜
「本当に狛犬だったのね…コマとイヌ」
「ああ…」
ハルミが竜の隣に座ると
「…何か言うこと あるんじゃない?」
竜の顔を覗き込んだ
「…ただいま」
「おかえり なさい…」
竜がハルミを抱き寄せる
「いろいろ…あったのよ? 7年だもの…大きくなったでしょ京助…悠助もね小学生なのよ?」
「そうだな…大きくなった な」
ハルミが少女のように笑いながら話すのを目を細めて聞く竜
「私も…すっかりおばさんになっちゃったし…当たり前よね…7年…」
「…ハルミ…」
途中から震えだしたハルミの声
「ごめん…な」
「そればっかりッ!!」
ハルミが声を荒げた
「私は謝ってほしいわけじゃないッ!! ただ私は…ッ…」
「変わらないな」
目を細めたまま笑った竜の頬をハルミが思い切りひっぱる
「どうしてアンタはいつもいつもッ…!! どうして…」
竜の頬を引っ張っていた手から力が抜けその手でハルミが顔を覆った
「っ…ばかぁ…」
「ごめん」
「だからッ…謝るなっていってんでしょッ…」
顔を覆うハルミの手を優しく掴むと竜が頬に口付けると
「本当に変わらないな…初めて会った時のままのハルミだ」
そのまま抱きしめた
「なにっ よそれぇ…」
竜の体を押してハルミが言う
「俺が一目惚れしたハルミのまま」
「う…うるさいッ!!」
「ほらそんなところも変わらない」
「うるさいっていってんでしょッ!!!;」
涙を流したままハルミが怒鳴る
「素直じゃないところ…意地っ張りなところ、可愛くないところ」
「っ…;」
ハルミが拳を作ってふるふると腕を振り上げている
「すぐ赤くなるところ…」
「竜之助ッ!!!;」
「俺のハルミだ」
拳を振り下ろそうとしていたハルミに竜が抱きついた
「…」
ハルミがゆっくり腕を下ろすと竜の頭を撫でる
竜が顔を上げた
「待ってたんだから…」
「ああ…」
「ずっとよ? ずっと…」
見上げたハルミの目からこぼれた涙が竜の顔に落ちた
「ごめんな」
「また…ッ…だから謝るなって…ッ…」
竜がハルミの腕を引っ張るとハルミが竜の腕の中に納まる
今度はハルミが竜を見上げると竜の手がハルミの頬に触れた
ハルミがゆっくりと目を閉じ7年分の想いを込めた口付けを交わす
「…ばか…」
ハルミが竜の胸に顔をうずめた