【第十四回】雨上がり
はじまりとそして
遠くでまだゴロゴロと響く雷
ずぶ濡れのゼンゴと慧光とは逆に白い布の人物だけは何故かざぁざぁ降り続く雨には濡れていなく口元には笑みが浮かぶ
「…知り合い…?」
坂田が白い布の人物を指差して柴田に聞く
「まぁ…知り合いというか…知り合いになりますけど」
答えた柴田は口元は笑っていても目は白い布の人物をじっと突き刺すようににらんでいた
「あ…の人…」
後ろの方で窓の外をみた母ハルミの目が見開く
「…ハルミさん?」
中島が母ハルミの顔を覗き込む
微かに震えていた唇をきゅっと噛み締めた母ハルミの顔が悔しそうに歪んだ
「ハルミ…?」
烏倶婆迦が心配そうに母ハルミの服をつかみ体をすりよせる
「ハルミママ…?」
悠助も母ハルミを見上げ声をかけた
「…ハルミさん…」
柴田が母ハルミの両肩に手を置くと母ハルミが悠助と烏倶婆迦を一緒に抱き締めた
「…ハルミさんも知って…るんだ…」
南が母ハルミと窓の外を交互にみて言うと抱き締める母ハルミの腕に更に力が入った
「ハルミ…? どうしたの? どこか痛いの?」
「ハルミママ…? なんで泣いてるの?」
柴田が背広を母ハルミにかけた
「……」
天と空の面々が窓の外を見る
その顔は決して穏やかではなく
「…な…なんか重々しい…よな…」
坂田が南に耳打ちすると中島と南が頷いた
「式ごときが僕様に勝てると?」
微妙な一人称だがからかうような雰囲気で白い布の人物がゼンゴに向かって言う
「やってみないとわからないんだやな」
ゼンが構えの姿勢のまま返すとスッと白い布から出された手がゼンゴに向けられる
「まずい…!!」
柴田が窓から飛び出すと瞬間で摩訶不思議服を纏った
一瞬見えたのは耳から下がった黒い…
矜羯羅と乾闥婆が二人並んで窓の外に向け手を翳す
迦楼羅と制多迦が三馬鹿と母ハルミ達の前に立った
「生意気な」
白い布の人物の口元が見えた
浮かんでいたのは笑み
「操…」
母ハルミが小さく震えながら操の名前を口にした
「帽子被っていきなさいよ? 日射病になるから」
「あー…」
壁にかかっている帽子の中から少しつばの広い麦わら帽子に手がかかる
「っつたく…面倒くせぇ…」
ため息をつきながら麦わら帽子を持った操が柴野ストアーと印字されたタオルを中にかぶるとその上から麦わら帽子を被った
ラジオ体操から帰ってくるなり海に行くといい家を飛び出した京助をちょっと見てこいという母ハルミの半強制的なお願いをしぶしぶ聞き入れた操
「なんつーか…いつから俺は京助の保護者になったんだろな」
サンダルを履いてだらだらと歩き出す
北海道の短い夏の空は青く雲は白い
耳につくセミの声と縁側に吊るされた風鈴の音
なんとなく操が足を止めて家の方を振り返る
「……」
浜風が操の髪を撫でていった
閃光が辺りを包んだ
何か叫んでいる三馬鹿の声はかきけされ
地響きが体を襲った
摩訶不思議服の面々によって柔げられているのかもしれないのかもしれないがかなりの振動が伝わってくる
キィキィと室内灯が揺れる音が聞こえ始め三馬鹿が顔をあげた
制多迦の背中と迦楼羅の背中の間から矜羯羅と乾闥婆が見えた
その向こうには窓
「な…ん…」
中島が一言
「…いじょうぶ?」
制多迦が振り返り聞くと南が頷いた
「清浄の結界か…間一髪といったところか…」
迦楼羅がふうっと息を吐き窓を見る
霧状になっている雨で窓の向こうは何も見えない
「そうでもないよ…」
矜羯羅が窓に向かって手を伸ばした
「ここは結界の中に…入っていません…」
乾闥婆が唇を噛み締める
「え…それって…」
霧状の雨が晴れるとざぁざあと降る雨の音が聞こえ始め窓の向こうにはいつもとからない風景
人の姿は見えない
「し…ばた…?」
確かに窓の外に飛び出していった柴田の姿はない
柴田だけではなく慧光やゼンゴそして白い布の人物の姿もなかった
坂田が窓枠までダッシュして身を乗り出す
「柴田! おい!! どこいった!!?」
坂田が柴田を呼ぶがどこからも返事はない
「無駄だよ…結界の中には届かない…結界がなくならない限りこちらからも向こうからも…ね」
矜羯羅がぎゅっと手を握りしめ窓の外を見る
「なぁ…あいつ…何なんだ? 誰なんだよ…」
中島が立ち上がって聞く
ざぁざぁという雨の音だけが響く沈黙
誰も口を開こうとしなかった
「…ハルミママ…?」
悠助が母ハルミを呼ぶ声に一同が視線を向ける
柴田の背広を肩にかけ烏倶婆迦と悠助を抱き締めたまま肩を震わせる母ハルミ
「…ハルミさん…?」
南が母ハルミに近づいて背中を撫でた
途端咳き込んで母ハルミが嗚咽をあげ始める
「ハルミ…? どうしたのハルミ…?」
烏倶婆迦が腕を伸ばして母ハルミの頭を抱き締めた
「…っ…ごめんなさいね…ごめん…」
烏倶婆迦と悠助を更に抱き締めて母ハルミが謝る
「どうしたのハルミママ…?」
悠助も泣きそうな声で聞く
「…ルミママさん…」
制多迦がしゃがんで三人いっぺんに抱き締める
「…っ」
矜羯羅の顔が悔しそうに歪んだ
沿岸沿いを歩いていると聞き覚えのある声が数人分混ざって聞こえた
「…お…いたいた」
ひょいと防波堤から下を覗き込むとバスタオルやら浮き輪やらが磯舟の上に置かれていた
海の方を見ると数人の子供がはしゃいでいる
その中にはいない京助の姿を探していると一番端の磯舟のところに二人の子供の姿
「…いたし…」
溜息をつくと防波堤から飛び降りて簡易港の坂を京助の元へと歩いていく
「…あれ…? ここら辺のヤツじゃ…彼女か?」
京助の隣には見たことの無い女の子の姿があった
「いっくは俺より背高いから大丈夫だよ」
「ちゃんと準備体操しなきゃ駄目だよ京助もそっちの子も」
初対面の子ということでいつもより少し優しめに声をかける
振り向いた京助の顔がぱぁっと笑顔になった
「操ちゃん!!」
名前を呼んで駆け寄ってくる京助になぜか顔がほころぶ
「来てくれたんだー!!」
京助が操の手を掴んで引っ張る
「一応ね小学生だけじゃ危ないって言うもんだから…こんにちは」
「こ…んにちは」
操がここら辺の子じゃない女の子に笑顔で挨拶をすると顔を赤くして小さく返してくれた
「あー!! 操だー!!!」
海の方から名前を叫ばれて操が顔を上げた
「準備体操はしたのか----------------!!」
操が大きめの声で言うと海の課\中の数人が両手で頭の上にマルを作った
「ねーねー!! 操ちゃんもおよぐんだろ? な?」
掴んでいた操の手をブンブンふって京助が見上げ聞いてくる
その少し後ろの方でもじもじとしながらコチラを見ているここらへんのヤツじゃない子チラっと目に入った
「お前なぁ…その子お前の友達なんだろ? だったらちゃんと遊んでやりなよ」
操が京助の頭を撫でながら言うとここら辺のヤツヤツじゃない子が顔を上げた
「じゃー操ちゃんも一緒!」
「あのなぁ;」
ぐいっと手を引っ張られて麦藁帽子がずり落ち色素の薄い髪が浜風に舞う
「男?」
長髪でしかも金髪に見えたせいなのか思わず口に出してしまったらしいその子を操と京助が見た
「そうだよ」
引きつった苦笑いで応えながら操が落ちた帽子を拾いまた頭に載せた
「外人みたい」
「よく言われるけど日本人、コイツのイトコ…中学三年生の14歳」
京助の頭をグシャグシャと撫でて言うと京助が嬉しそうにでも半分嫌そうに操の手を払う
「さ、準備運動しろよ?」
「はぁい」
カモメがミャーミャーとうるさい位に鳴いた
「…大丈夫か? 慧光」
「あ…うん…大丈夫ナリ」
清浄が差し出した手をつかんで慧光が立ち上がる
その二人の前にはゼンゴが立つ
「…結界…か…」
白い布の人物かまぐるり辺りを見渡した
「清浄…」
慧光が清浄を見上げると清浄がにっこり笑って慧光の頭を撫でる
「今は泣いたら駄目だからな慧光」
「っ…わかってるナリっ!!」
図星だったのか慧光がぐしっと目を擦った
ザリっという地面を踏みしめる音がして顔をそっちに向けた慧光と清浄
「お前らは下がってるんだやな」
「ここはゼンらに任せるんだやな」
腕を動かした清浄にゼンゴが言った
「君たち…」
「お前らの力はここで使ったら駄目なんだやな」
そういいながらゼンが振り向いてニッと笑う
「まだまだ使うところじゃないんだやな」
ゴも振り向いて笑った
「でも君たちだけじゃ」
「竜の式…か…面白いじゃないか」
白い布が風に靡く
「竜と同じく僕様に歯向かうんだな」
くすくすと笑いながら白い布の人物が一歩足を進めるとゼンゴがじりっと地面を踏みしめ白い布の人物を睨む
とその瞬間ドォンという音とともに白い布の人物をの足元から黒い何かが吹き出しそれがまるで生きているかのように動き出した
「ゼン」
ゴがゼンを見て
「ゴ」
ゼンがゴを見た
そしてニカッと笑い合うと頷き白い布の人物に向かい構えた
「なんだ? あれ」
海に入っていた子供の一人が空を指差した
数人がその指先を見る
「…ひと?」
ザザン…と岩に波がぶつかる
カモメの鳴き声が響く
青い空に浮かんでいたのは間違いなく人影
まるで階段を降りるように一歩ずつ海面に向かい空から歩いてくるその人物を声なくただ信じられないという顔で見る子供達
「なん…だ…」
操も例外ではなく目を見開きその様を見ている
「操ちゃん…」
京助が操のシャツをつかんで擦りよってきた
青い顔をして微かに震える京助
「どうした…? 京助…」
いくらありえない光景を目の前にしているからといっても尋常ではない京助の様子に操がしゃがんで京助の頬を撫でた
「わかんない…でも…でもなんか…なんか…」
泣きそうに眉を下げた京助を抱き寄せ背中をさする操にもうひとりこの辺の子じゃない子が擦りよってきた
「…大丈夫だよ」
その子も腕の中に入れ操が顔をあげる
「栄野京助君…」
目に入った二本の足
爽やかな青年の声
「あ…」
ぎゅっと二人を抱く操の腕に力が入り操がその声の主を見上げる
操の顎に手を添えて上を向かせるとにっこり微笑む
左頬に二つならんだほくろが目に入った
「清浄」
頭の上から声がした
「しょう…じょう…?」
見た事のある顔なのにきいたことの無い名前
「上…」
操の顎から手を離し軽く頭を下げる
「…しばたさん…?」
京助が小さくその名前を呼ぶとにっこりと返された微笑み
「勝美さん…? あの…」
「怪我はさせたくないからね…若の大事なお友達だから」
身をかがめ操の視線に柴田が自分の視線を合わせた
「こっちにおいで」
柴田が手を京助に向かって差し出すと操が京助をぎゅっと抱きしめ柴田を睨む
「京助に何の用なんだ」
「君には関係ないよ操君、さぁ」
ずいっと突き出された手を見て京助がひっとしゃっくりのような声を上げて操にしがみつく
「京助怖がってるからやめ…」
「まどろっこしい」
再び上から声がした
「早くしろ清浄」
操の視界に白い布が現れる
それはゆっくりと地面に降りて柴田の隣に立った
「上…もうしばらく…」
「嫌だね」
白い布から出てきた指がぱちんと鳴る
「上…!!」
柴田がはっとしてその指を掴んだ
「まどろっこしいのは…嫌いなんだよ今まで散々待った…待ちくたびれた【時】が来るのを」
柴田の手を払って白い布を纏った人物が言う
気付くとさっきまで鳴いていたカモメの姿が無い
海にいたはずの子供達の姿も
まるでこの一角だけ別の世界に放り込まれたようだった
「…おにいちゃん…きょうすけ…」
この辺りの子じゃない子が操にしがみつき半べそをかいている
「大丈夫…」
震える京助とその子を腕の中に操が柴田と白い布をまとった人物を見据え立ち上がる
「僕様に抵抗する…何の力も無いのに…宝珠も無いのに…おもしろい」
クスクスと微かに笑う白い布を纏った人物の隣で柴田が苦い顔をしていた
「結界…か?」
阿修羅が部屋を見渡し呟いく
そしてふと薄暗い部屋がほんのり明るくなっているのに気づいた
「緊那羅…?」
緊那羅の手の中から発せられる光がさっきより強くなっている
「竜の宝珠…が…」
「なまいき」
白い布を纏った人物が口元に笑みを浮かべ手を翳すと足元から出ていた黒いものがゼンゴ目掛けて襲いかかってきた
まるで意思を持っているかのように避けるゼンゴを追いかける
ガガガガガガッ!!
と地走る黒いものが砕けた地面を巻き上げる
「っ…加減ということを知らないから…なっ」
清浄が慧光を庇いながら白い布を纏った人物を見ると相変わらず笑む口元
清浄8しょうじょう)の顔が歪んだ
「ゼン! ゴ!!」
慧光が叫ぶとはっとして清浄がゼンゴを探す
くるっと宙返りしたゼンが黒いもののひとつに蹴りをかまし身を屈めたゴの上を黒いものがゼン目掛けてぐんっと上がった
「っんの…!」
蹴りをかました黒いものを踏みつけてゼンが高く飛び上がると黒いものもまたスピードを上げゼンを追いかける
「ゼン!!」
地面を蹴って飛び上がったゴの爪が黒いものを裂いた
「さんきゅなんだやな」
タタンっと黒いものを渡り地面に着地したゼンがニカッと笑い礼を言う
ゴが裂いた黒いものが苦しそうに蠢き出す
「やった…ナリか…?」
清浄の背に庇われていた慧光が言うと清浄が笑う
「そう簡単にはいかないさ」
バッと下に向けて腕を下ろした清浄の袖口から巻物が現れた
「十二支!!」
勝手に巻物がほどけ光る
「…また邪魔するのか…清浄」
白い布を纏った人物の口元から笑みが消えた
怯える二人を背にやって操が白い布の人物をにらむ
「栄野京助」
白い布の人物に名前を呼ばれ京助がびくっと身をすくませた
「京助に何の用だ」
「時がきたから迎えに来た」
「時ってなんだよ」
「お前には関係ない」
白い布の人物と操の問答がたんたんと続く
操の服をぎゅっと握りしめた京助がちらっと柴田を見上げた
柴田がそれに気付き眉を下げた笑顔を京助に向け
口パクで何かを言ってきた
ごめん
口の動きが三言を綴る
柴田の口は確かにそう言っていた
「なまいき…僕様に歯向かんだ宝珠もないのに弱いのに」
ふんっと鼻で笑った白い布の人物が一歩操に近づくと操が一歩下がる
「僕様に歯向かう…どうして?何もなくて何もできないのに」
更に白い布の人物が歩み寄ると操もそれに合わせるように後ろに下がった
「逃げれば? ほら捕まえた」
操の肩を白い布の人物がつかむ
「怖くないの?」
怯える様子も逃げる動作もしない操に白い布の人物がきいた
「ああ」
操が頷く
「どうして?」
「さぁね」
「どうして?」
「わからんっつて」
操の肩を掴んだままどうしてを繰り返しそれに操が淡々と返した
「どうして…どうしてどうし…てなんだよ」
「っ…」
ギリッと操の肩に白い布の人物の指が食い込み操の顔が歪む
「皆怖がるのにどうしてお前は怖くない? 僕様を見ているのにどうして怖がらない!!」
操の白いシャツに赤い染みが浮き出てきた
「っ…やめろっ!!」
「きょ…」
ドンッと京助が白い布の人物を突き飛ばす
白い布の人物がよろけると柴田がその体を支えた
「操ちゃんにさわるなばぁかっ!!」
操の前に立った京助が白い布の人物にむかい声を張り上げた
「京助…」
肩を押さえた操が京助を見ると小さな体が震えている
「…弱いくせに…」
ピリッと何か電気が走るような音がした
「弱いくせに怖いくせに」
パチッパチパチッ
増えていく音
「弱いなら怖いならどうして僕様に歯向かう」
「上…」
柴田が白い布の人物を上と呼んだ
上と呼ばれた白い布の人物が柴田の手を払いのけ京助の喉を掴み力を込める
「か…はっ」
「京助!!」
「うるさいッ!!」
バチィッと何かが弾けて操が尻餅をついた
「きゃあ!!」
操の後ろに庇われていた子も一緒に倒れる
「上!」
更に力を入れる上の腕を柴田が掴む
「うるさいッ!!」
「京助っ!!」
操が上の腕にしがみついた
「放せんのやろ…っ」
ぐぎぎぎっと操の手が京助の首を掴む上の手を引き剥がそうとする
上の手は操とそう変わらない大きさで力もそう変わらないらしく徐々に上の指が京助の首から剥がされていった
「緊那羅…」
阿修羅が緊那羅に手を伸ばす
緊那羅の手の中の宝珠の光が更に強くなり部屋を阿修羅をそして京助を照らす
強い光のはずなのにどこか柔らかく暖かい光が緊那羅の体を包み込んだ
ぴくんと緊那羅の睫毛が揺れた
「…きん…なら…?」
阿修羅が名前を呼ぶ
今度は微かに緊那羅の指が動く
ゆっくりと緊那羅の瞼が開いていった
窓の外は相変わらずざぁざぁと雨が降り続いている
誰もいない窓の外を坂田がただ見ていてその横には矜羯羅が同じように窓の外を無言で見ている
「ハルミママ…大丈夫?」
悠助が母ハルミに聞くと顔をあげずに母ハルミが頷いた
「ハルミ殿…思い出したのだな…」
迦楼羅が聞くと母ハルミが再び頷く
「思い出したのだなって…」
「竜の術で忘れていたこと…」
矜羯羅が小さく言う
「…みさ…おとかいう…?」
「…操はね…私の姉の子供でね…」
母ハルミが静かに話し始めた
「緊ちゃんとは正反対の性格で…でも京助は凄くなついていて何かあると操ちゃん操ちゃんって…」
鼻を啜った母ハルミが顔を上げた
「操も何だかんだ文句言いながらなついてくる京助をちゃんと面倒見てくれて…それこそ悠ちゃんが生まれてからは私や竜之助より京助と一緒にいてくれたんじゃないかしら…」
誰も何も言わずただ母ハルミの話を聞いている
「…でも…」
母ハルミの声が詰まった
京助の喉から上の手が離され操が京助を腕の中に納めた
「けほっ…み…」
「俺なんか庇うからだあほ…大丈夫か?」
京助の首にくっきりついた上の手の跡をみて操が眉を下げる
「ありがとな…京助」
操が麦わら帽子の下にしていたタオルを京助の首に優しく巻いて頭を撫でた
「…どうして僕様の邪魔ばっかりするんだ…前の時の時も…」
「別に邪魔してねぇだろわけわかんねぇことばっかいってんのそっちじゃん」
京助を立たせもう一人の子も立たせると操が再び上と向き合う
「もういい…」
「上」
ぎりっと上が歯を噛み締めると柴田が上の肩を掴んだ
「うるさい」
バチッと光が弾け柴田が手を離す
「もういい! もういい!! もういい!! …今回の時は無かったことにする次がある」
「上!!」
柴田の服が一瞬にして摩訶不思議服へと変わった
「…へんなふく…」
こんなときでも子供は正直なもので京助がぼそっと突っ込む
ぶっと操が吹き出して顔を背け声を出さずに肩を震わせて笑う
「……」
上の肩を掴んだまま柴田…もとい清浄が複雑そうな顔でその様子を見ていた
「…どうして笑ってる…?」
上が呟くとはっとして操が顔を向ける
しかし清浄を視界に入れた途端にまた吹き出した
「…操君」
声なく笑う操を見てきょとんとしている京助ともう一人の子
苦笑いの清浄はただ黙って操を見ている
「…本当に僕様のことは…怖くないのか…?」
上が操をみて呟くとゆっくりと歩き出した
そして操のすぐ側で止まると操の髪をぐいっと引っ張った
「操ちゃん!!」
京助が叫ぶと操が手を京助の前に出す
「…何回いやぁいいんだよ; 怖くねぇっつてんじゃん」
髪をつかむ上の手を掴み操が言うと上の手の力が弱まった
「…そうか…怖く…ないから歯向かうんだお前は」
上の口元が微かに緩み微笑む
「名はなんと言う」
「操」
操が応えると上の口元が完全に微笑んだ
「僕様のものだ」
「は?」
「上!!」
清浄が上の肩を掴むと上がそれを払い操の額に指を二本当てた
「な…」
何ががなんだかわからない操が動きを止める
「いけません上!」
「うるさい!!」
バチィッ!!
上が清浄に向けて怒鳴ると電気のようなものが弾け清浄が離れる
「お前…」
「操だっつーん」
再び操と向き合った上が二本の指にくっと力を込めた
白い布からちらりと見えた黒い宝石のような丸い飾りがキラリと光る
「操ちゃん!!」
「だあっ!?」
それを見た京助が操を思い切り突き飛ばした
「お前…っ」
「操ちゃんにさわるなっ!!」
京助が怒鳴る
「うるさい!! 僕様に歯向かうな!!」
「上!」
「京助!!」
上の手が上がると操と清浄の声もあがった
「三度目…」
白い布の人物がつぶやく
「あの時もお前が邪魔しなきゃ竜が…」
ぎりっと白い布の人物が歯を噛み締めた
「お前がぁっ!!」
足元から更に黒いものが生まれゼンゴや清浄達に向かってくる
「ガンモ! ハンペン!!」
清浄の声と同時に2つの巻物から光が飛び出した
2つの光が布を織るように走りみるみる光の壁を築き上げるた
「おぉ」
ゼンゴがその壁を見て拍手をする
「邪魔をするなぁっ!!」
ズガガガガガガッ!!
黒いものが光りの壁に激しくぶつかった
ぎゅっと光る宝珠を握った緊那羅がゆっくりと体を起こした
「…緊那羅…?」
阿修羅が声をかけると緊那羅が顔をあげる
「阿修羅…」
「…大丈夫け?」
「うん…」
緊那羅を上から下まで見た阿修羅が聞くと緊那羅が頷く
「京助…!!」
はっとして京助を見た緊那羅が京助の顔を見る
相変わらず微動だにしない京助を見て緊那羅の眉が下がった
「私…どうしたらいいんだっちゃ…?」
阿修羅の方をみず緊那羅が阿修羅に聞いた
竜の宝珠は緊那羅の手の中で光り続けている
「どうしたら…京助…」
阿修羅からは何も返ってこない
緊那羅が京助の手に竜の宝珠を握らせその手を緊那羅が両手で包んだ
しかし京助には何も変化はなかった
「京助…っ…」
緊那羅が京助を呼ぶ
「晩飯…できてるみたいだっちゃよ? 早く起きないと…おき…っ…起きて…起きて京助…っ」
京助の顔に近づいて緊那羅が話しかける
やはり京助は動かない
「…駄目…だったんかの…」
阿修羅がボソッと言ったのが聞こえたのか京助の手を包む緊那羅の手に力がこもった
「京助…目ぇ…開けて…ぇ…」
絞り出すような声で緊那羅が言う
「何か…京助が目覚めるきっかけがないもんかの…」
「…目覚める…きっかけ…」
緊那羅がふと何かを思い出し再び京助の顔を見た
そしてきゅって唇を噛み締めるとちらっと阿修羅を見た
「…どうした緊那羅?」
「あ…の…ちょっと…やってみたいことあるんだっちゃけど…えっと…その…」
もごもごとうつむきながら言う緊那羅に阿修羅が首をかしげる
「前に…京助がやったらヒマ子さんが目を覚ましたんだっちゃだからもしかしたらっ…て」
「向日葵の姐さんが? …そりゃ試してみる価値はあるの…やってみ?」
阿修羅が言うと緊那羅がちらっと阿修羅を見てまた俯いた
「やらんのけ? 何か用意するもんあるん?」
「や…その…向こう…向いててほしいんだっちゃ」
「あ…ああ…いいけども…」
阿修羅が緊那羅に背中を向けた
阿修羅の背中を見た緊那羅が大きく息をはいてそして京助を見て京助の手を握りしめる
緊那羅が背を丸めて京助に身を寄せ京助の顔に顔を近づけた
「…京助」
緊那羅の髪がパラパラと垂れ京助の顔にカーテンのように掛かる
外の雨は幾分か小降りになってきていた
…京助…
同じ声が右と左から
…京助…
同じ声が上から下から
コポッ
返事をしようとした京助の鼻から口から水が流れ込む
しょっぱさからそれが海水だとわかった
でもなぜかどうしてか苦しくない
冷たくもない
逆に暖かい感じがする
体全体を優しく包み込まれるような心地よさ
誉められて頭を撫でられているようなくすぐったさ
手を引かれて歩いているような優しさ
一瞬誰かに抱き締められた気がした
とんっ
背中を軽く押され前につんのめりそうになった京助を支えた細い腕
おかえり
京助
キ…ン…
小さな何かが哭いた声
「…緊那羅? もうい…」
振り返ろうとした阿修羅が眩しさに顔をしかめた
「京助!?」
「阿修羅…これ…っ」
「ちょ…まっ…何したんきに緊那羅!!」
目がやっと開けていられる位の眩しい光
それは京助から生まれていた
「えっや…別に…」
緊那羅が顔を赤くして俯く
「とにかく…今なら京助が助かる…!!」
阿修羅がニッとわらった
「…!」
制多迦が何かに気付きはっとして顔を上げ矜羯羅と同時に頷いた
「乾闥婆行くぞ」
「え…どこにですか?」
迦楼羅が立ち上がる
「君はいかない方がいい」
「…こは僕らが」
戸口に立った制多迦と矜羯羅が迦楼羅に向かい言う
「なしたん何?」
南が矜羯羅を見上げた
「…ょうすけが起きる」
「マジで!?」
三馬鹿が制多迦に向けてハモると制多迦がヘラリと笑う
「だから僕達が行って力を与えてくる…」
矜羯羅が戸を開けた
「…るらは来ちゃ駄目だよ」
「なっ…何故だッ!!」
「それは君が一番わかっているはずだろ」
「…っ」
迦楼羅が口ごもり顔をそらした
その隣で乾闥婆が俯く
「乾闥婆…?」
烏倶婆迦がそんな乾闥婆の顔を覗き込み名前を呼んだ眉を下げた笑顔を乾闥婆が返す
「乾闥婆…おいちゃん乾闥婆の笑った顔好きだよ? でもそんな笑顔おいちゃん…」
「…すいません」
烏倶婆迦の頭を撫でた乾闥婆が制多迦と矜羯羅を見上げた
「…お願いします」
「…ん」
制多迦がへらっと笑って頷いた
ガガガガッ
黒い物体が容赦なくゼンゴに襲いかかる
ギリギリでかわして体制を建て直すとまた黒い物体に向かっていく2人
体の至るところが傷付き汚れていた
「…慧光出番じゃないのかい? 泣いてばかりじゃ大事なもの涙で流すことになるぞ」
「私…」
清浄の少し後ろ側でただ泣き顔でいた慧光が立ち上がる
「慧喜…」
慧光が両手を前に出すと手のひらから生まれた優しい光が空に舞い上がりゼンゴの回りに集まった
「なんなんだやな?」
「これ…っ傷が消えたんだやな!!」
ふわりと光が触れるとそこにあった傷がすぅっと消えていく
「私は弱いナリ…泣いてばっかりでいつも慧喜の後ろにいたナリ…」
慧光が腕を下ろす
清浄が慧光の隣に立ち白い布の人物を睨んだ
「そうか…慧光お前まで僕様に…わかったよ…」
白い布の人物の口の端がゆっくりと持ち上がった
「京助!!」
痛みはなかった
でも世界がぐるんと回って
空が見えた
ぎゆっと体を抱き締められて
ドン
という衝撃が少しだけ伝わった
「操君!!」
「お兄ちゃん!!」
2人の声が重なって聞こえた
優しい臭い
「み…」
白いタオルがふわっと頬に触れた
ドボン
鼻と口からしょっぱい水が入ってきた
がぼがぼと空気を吐き出した京助から離れていくぬくもり
手を伸ばした
ゆらゆらと揺れる視界で見たのは伸ばされた手といつもの笑顔
吐き出される空気とともにゆっくりと声なく動いた口
『きょうすけ』
ザブンと水面に引き上げられた
「京助!! 大丈夫か!?」
父親である竜之助の声がした
カモメの声が聞こえた
車の音も
みんなの声も
唯一聞こえなかったのは
「み…」
海面にゆらゆらと揺れながら浮かぶ白いタオルを見つけた
「操ちゃ…操ちゃんッ!!」
「京助!!」
じたばたと手足を動かして操の名前を叫ぶ京助を竜が抱え直す
「とーさん!! 操ちゃんがみ…っ…!!」
京助の動きが止まった
竜之助の手が濡れた京助の頭を撫でる
簡易港の斜面に集まる人垣
その真ん中には悠助をおんぶ紐で背中に背負った母ハルミ
そして母ハルミの腕の中には麦わら帽子を被った
目をそらしたかった
目はそらせなかった
動かない白い手足から
震えながら動かない細い体を抱く母ハルミから
竜之助が白いタオルを拾い上げ絞ると陸へと向かい歩き出した
人垣の真ん中で竜が京助を下ろす
ふわりと浜風が麦わら帽子を持ち上げる
少し持ち上がった口元は微かな微笑みを浮かべているようにも見えた
「…ごめんな…京助…」
竜之助の声がした
あとは…
あとは
そのあとは…
京助
名前を呼ばれた
手を握られて
何度も何度も名前を呼ばれて
そして光が見えた
懐かしくて暖かくて悲しくて
そんな感情が織り交ざって体中を駆け巡った
「京助」
体が重い
ようやっと指が動かせた
まるで今の今まで息をしていなかったかのようで思いっきり息を吸い込むとフガッと鼻が鳴った
「ぶっ」
誰かが吹き出したっぽい
ゆっくりゆっくり大きく息を吸い込む
「京助…?」
「…んがら笑いすぎだから」
「っ…ごめ…ぶ」
「箸が転がっても可笑しいお年頃け、がらっちょは」
くくくく、っという噛み殺した笑いを聞きながらゆっくり瞼をあげていくと大きな目と下がった眉
「きょ…うすけ?」
唇がそう動いて名前を呼ばれた
「…へっ」
今にも泣きそうな緊那羅の顔を見た京助が口の端をあげる
「っ…」
緊那羅が目を擦って俯くとその頭を阿修羅が撫でた
「…お遊戯でも踊るんかコレはこの状況は」
上半身を起こした京助が見たのは京助の手を握った緊那羅の手を阿修羅が握り阿修羅の手を制多迦が握りそして最後に制多迦の手を矜羯羅が握っているというまさにお手々つないで、というもの
「あーまぁ希望とあらば復活記念に踊ってもいいんやないけ? の? きん…」
ポニーテールが靡いた
「きん…なら?」
返事をするかわりに緊那羅は京助の首にまわした腕に力を込め抱きつく
驚いた京助がそのまま固まった
制多迦がへらりと笑ってパチパチと小さく拍手する
「…おかえりだっ…ちゃ」
消えそうな声で緊那羅が言った
悠助と烏倶婆迦に支えられた母ハルミがようやく落ち着きを取り戻す
「大丈夫ですか…?」
乾闥婆が差し出した麦茶のコップ
「…大丈夫よ…ありがとう」
それを受け取ると一口口に含み飲み込む
「ハルミママ…」
今にも泣き出しそうな顔で悠助が抱きついた
「ハルミ殿」
「…そうね…そうだったわね…あの子が」
コップを持つ母ハルミの手が震える
「あの子が来たの、あの日…今日みたいに白い服を着て…そして操…」
「ハルミママさん…」
「今度は京助なの? せっかく操が…操が…今度は京助を…」
「俺がどうしたって」
茶の間の時間がその言葉で一瞬止まった
そしていっせいに声がした廊下を見る
少し寝癖のついた頭をぼりぼりかきながらあくびをする
「せっめぇ;」
文句をたれながら足を進めて
「…なんだよ;なんで俺の顔見て固まってんだよ皆して;」
真ん中辺りで足を止めるとぐるりと見渡し口の端を上げる
「おはよー京助ー」
悠助が声をかける
「おー…ってか何お前ら飯食ってく…」
「京助…」
「あ?」
南が京助を見上げて指差して名前を呼ぶ
京助の後ろにいた緊那羅が頷くと
「ば…」
「きょ…」
「…んの…」
三馬鹿がほぼ同時に俯いて
「ばかやろ-----------------------------------------------------!!!!!」
「京助---------------------------------------------------------!!!」
「心配かけさせやがって------------------------------------------!!!!」
「ギャ--------------------!!; なんだッ;」
三方向からタックルを受けた京助が三馬鹿にもみくちゃにされる
「…のしそうだね」
「そう? でもまだ…残ってるんだよ」
その様を見ていた制多迦がヘラリ笑うと矜羯羅が窓に手をかけた
「…まだ結界がとかれていないってことは…まだ…」
矜羯羅の言葉に坂田が動きを止めた
「…柴田は…大丈夫なんだよな…?」
「柴田さん?; てか…何がどうなってな…悠!」
ハッとして京助が悠助を見る
「おま…大丈夫か?;」
「何が?」
きょとんとした顔で悠助が首をかしげた
「栄野弟なら大丈夫だ京助」
迦楼羅が言う
「そ…か…; うっかり俺寝て…ってあれ?; …あのー…誰かこの状況説明してくれる方ー;」
何があったのか、今まで何があってこうなっているのかチンプンカンプンな京助がおそるおそる手を上げて聞く
「…きょうすけ…」
「あ? …って…母さんな…いて」
それまで黙って京助を見ていた母ハルミが名前を呼んだ
「京助なの…?」
「え? あ? あー…まぁ…たぶん;」
「本当に? 本当に京助…」
「えーと…」
「京助だよーハルミママー」
悠助がニコーっと笑って言うと母ハルミがゆっくち立ち上がった
麦茶のコップが倒れて中身が流れる
「あ、こぼ…」
身をかがめて倒れたコップを起こそうとした京助の体を母ハルミが抱きしめた
「ちょ…かぁさん?;」
驚いた京助の声が裏返る
「…おはよう…」
母ハルミのその声は京助にしか聞こえなかった
「ふん…弱いくせに…」
上が鼻で笑うとまた足元から黒い物体が生まれ清浄達めがけて襲い掛かってくる
慧光の蓮の花の光と清浄の十二支使役の光が絡み合ってそれに向かっていくとゼンゴもそれに平衡して駆け飛び上がった
「ギュィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!!!」
黒い物体が威嚇するかのようにだした泣き声ともとらえられる音
地面が揺れているように感じるその音の大きさに思わず涙ぐんだ慧光が涙を飲み込みキッと上を見た
「慧喜を…慧喜をかえせぇえええッ!!!!」
途端大きくなった蓮の花からでる光があたりを包み込む
「…生意気…なんだよ…弱いくせに弱いくせに怖いくせに!!」
慧光に負けないくらいの声量で上が声を張り上げると上の回りに宝珠と思われる色とりどりの玉が現れた
「まずいな…」
清浄が苦い顔をして上を見る
「僕様の…」
さっきまで少年の声だった上の声がだんだんと低音になっていく
「僕様の邪魔を…」
宝珠たちが光を放ち上の姿を隠す
「まぶしいんだやなッ;」
「何なんだやなッ;」
くるんと宙返りをして着地したゼンゴが宝珠の放つ光のまぶしさに着物で顔を覆った
「しょ…うじょう何なんナリ? これ…ッ」
まぶしさに顔をしかめながら慧光が聞く
「…上が…帝羅様が本気になったみたいだ」
まぶしさの中心を目を細めて清浄が睨んだ
バリン
ぼりぼりぼりぼり
「…緊張感ってもの君にはないわけ?」
腕を組んだ矜羯羅が煎餅を貪る京助に向って言う
「ふふへー; 腹が減ってはなんとやらだろなんんとやら!! 何か知らねぇけどやったら腹減ってんだよ; しかたねぇだろ」
煎餅を飲み込むと矜羯羅に反論した京助
「京助…らしいですね」
「まったくだ」
「鳥さんに言われたら京助も立派なものだよ、うん」
南が笑いうなずきながら言う
「それはどういう意味だ;」
「まんまじゃん、緊張感のない腹の虫」
「まぁほら、あれだこれこそ類友」
中島の言葉に何かを納得した面々がうなずいた
「で…」
麦茶を飲み干した京助が手の甲で口を拭いながら小雨になった窓の外を見る
「…あそこってかみえねぇんだけどあそこに柴田さんとかが…」
「いるんだ…」
坂田が小さく言ったのが聞こえたのか京助が坂田の背中に手をやった
「そして…操ちゃんを殺した奴も…か」
緊那羅がきゅっと唇を噛む
バリン
ぼりぼりぼりぼり
「…何してるんだよ制多迦」
「…や…ちょっとおいしそうで…食べる? はんぶんこ」
ヘラっと笑いながら制多迦が矜羯羅に煎餅を差し出すと矜羯羅のかかとが制多迦の頭にのめりこんだ
ぐきゅうぅうううううううううううううう
それに続いて響き渡った音の発祥元に一同の視線が集まる
「しっ…仕方ないだろうッ;」
迦楼羅が怒鳴ると乾闥婆がじとっと迦楼羅を睨んだ
うっとなった迦楼羅に制多迦が煎餅を差し出す
「…らが減ってはなんとやら、なんだよね? 京助」
「まぁそのとおりだ制多迦君」
バリン
ぼりぼりぼりぼり
京助が五枚目の煎餅にかじりつく
「まったく…いい加減にしないと晩御飯入らなくなるわよ? せっかくみんなで作ったのに、みんなで食べようって」
「そうだぞーみんな…で…って…」
母ハルミの言葉を受けてそれに続いた中島が何かを思い出して言葉を止めた
「…。」
とまった中島の言葉には誰も続かず中島の次の言葉を待っている
「…ここに何人かいない気がするのは気の…」
「せいじゃないよ」
続いた中島の言葉に鳥倶婆迦がさらに続いた
ビキッ…
ビキキッ…
まるでなにかが大きくゆがんで軋む音がする
「…なんだこの音」
坂田が耳を澄ますと制多迦の手から煎餅が落ちた
「あーあータカちゃんせんべいおと…タカちゃ…ん?」
その煎餅を拾い上げ制多迦に手渡そうとした南が止まる
「…ッ…」
いつものしまりのない顔ではない制多迦に差し出していた煎餅を引っ込めた南
「なんだこの…この圧迫感…ッ」
迦楼羅が苦い顔をして部屋の中を見渡すと矜羯羅が窓の外を見た
「…阿修羅…」
窓の外に一人立っていた阿修羅
「なんだなんだ;」
「あっくんにいちゃんぬれるよー?」
「大丈夫だ悠、馬鹿は風邪をひかねぇ」
「いやまて京助今は夏だ、夏風邪は馬鹿が引くものだ」
坂田と京助そして悠助が窓に集まりやんややんやと漫才をかましていたその時
「…!! …んがらッ!!!!」
制多迦が叫ぶと矜羯羅が窓に集まっていた三人をなぎ倒した
途端窓の外にドオンとおい音ともに水の壁が立ち上がる
体を起こした矜羯羅がすかさず宙に何かを指で描くとそれが光り広がって栄之神社一帯を包み込む
「なっ…何ッ;」
「おとなしくしていろ」
迦楼羅が京助達と窓との間に立つ
水の壁の向こうで何かやばいことが起ころうとしていることくらいは三馬鹿や京助達にもわかった
でもそれが一体どんなことなのかまではわからない
「ほやぁああああ!!!」
「ほやぁああほやぁああ!!!!」
和室の方から聞こえてきた泣き声の四重奏に母ハルミがハッとして立ち上がる
「まぁこんだけの大騒ぎしてりゃ…泣くわな」
「でも今は竜には頼れない」
鳥倶婆迦が立ち上がった母ハルミの服をつかみ俯く
「最初から頼る気はないよ…僕が行く」
頭の布を後ろにやった矜羯羅が窓に足をかけた
「だめぇっ!!!!」
バシャーーーーーーーーーーー
悠助に布を引っ張られた矜羯羅が水の壁に頭から突っ込んだ
「ギャー!!; 引っこ抜け引っこ抜け!!!死ぬ死ぬ!!;」
中島があわてて矜羯羅の服を引っ張る
胸から上がびしょぬれた矜羯羅
「…悠助…」
「だめだよっこんちゃんッ!! だめッ!!」
水の滴る前髪を書き上げた矜羯羅に悠助が抱きつく
「どっかいっちゃだめだよッ!! これからみんなで晩御飯なんだよ? 慧光もゼンゴも柴田さんもいなくてそれなのにこんちゃんまでいなくなったらだめだよッ!!」
悠助の言葉に矜羯羅がゆっくりと悠助を抱きしめた
「…そうだね…でも誰かが迎えに、いかないといけないんだよ…だから僕が行くんだよ」
「だったら僕も行くよっ! 二人でいけばいいんだよ」
「それは駄目なんだよ悠助」
「なんでっ!!!?」
悠助が声を上げる
「なんで駄目なの!? なんで? なんでっ」
「…うすけ…」
制多迦が悠助を撫でた後抱き上げる
「なんでだめなの…僕みんなでご飯…食べたいだけなのに…」
悠助の目から涙がこぼれた
バチバチという音
赤い水溜りがところどころにできている
「…ほら…弱い」
クスっと笑みを浮かべた口元
その手にはゴの金色の角が握られていた
「ゴ…」
ぐっと地面をつかんでゼンが体を起こしよろよろと立ち上がる
「ゴを離すんだやな…」
「まだ僕様に命令する元気があるんだ」
さっきの少年の姿から少し成長した姿になった帝羅がゴの体をブンっと放り投げた
「ゴ!!」
駆け出そうとしたゼンがガクンと膝を付く
もはや駆け出す力も残っていないらしくそのまま手を地面に付いた
「弱いくせに、ねぇ? 清浄」
微笑を浮かべたまま振り向いた帝羅の白い布が風になびく
慧光に抱きかかえられた清浄が血の垂れた唇をかみ締め帝羅を睨んだ
「っ…ごめんナリ清浄…ッ…私をかばったから…ッ」
慧光が泣きながら手をかざそうとすると清浄がその手をつかんだ
「慧光今ここで力は使うな…俺なんかのために」
「でもッ!! でも清浄がっ…」
ぼろぼろと零れる慧光の涙が清浄に落ちる
横腹に滲んできた赤い血が服に染みを作った
フッと影ができて慧光が顔を上げる
「僕様の邪魔をした…三回目だね清浄」
「帝…」
慧光が口を開こうとした瞬間突き飛ばされた
まだ頭の整理が付いていない慧光の目に映ったのは帝羅が高く掲げた腕
そして
メキメキメキメキ…
再び聞こえた音
頭の布を絞りながら立ち上がった矜羯羅が乾闥婆を見ると乾闥婆が無言で腕を下へと振る
すると窓の外にあった水の壁が消えた
すんすんと制多迦に抱かれて泣く悠助の頭を矜羯羅がなでると悠助が矜羯羅に抱きついた
「悠助、別に僕は帰ってこないっていってないよ…? ちょっと慧光としょ…慧光たちを迎えにいくだけ」
「本当だな」
京助が矜羯羅にずいっと迫って聞く
「本当に帰ってくるんだな本当の本当だな?」
「…」
「嘘ついたら針、千本なんだからな」
「京助…」
かすかに震えている京助の声に緊那羅が京助に歩み寄った
「俺だって馬鹿だけどわかる、やばいってことくらいわかる…お前より強いんだろ? 父さんより強いんだろ…操ちゃん、殺した奴なんだろ?」
京助の肩に伸ばされかけていた緊那羅の手が止まって緊那羅がうつむく
しん…となった茶の間にはしとしとという小雨の音さえ大きく聞こえる
メキメキメキ…
「…なぁ」
中島がハイと手を上げる
「この音ってなんなんだ? さっきからメキメキ…」
「結界が壊れる音だよ」
「ほー…そうなんか」
鳥倶婆迦が答えた
「誰が壊してるんだろうなぁご苦労様な…」
「しまった!!;」
南の言葉の途中で迦楼羅が京助や制多迦、窓の周辺にいたものを押しのけて窓から飛び出した
「っだぁッ!!!!;」
のはいいが雨でぬれていた地面で滑って転ぶ
「うわーだっせー…;」
窓の下を見た京助が呟く
「何やってるんですかまったく…っ;」
「しかたないだろう!!;」
迦楼羅の後に続いた乾闥婆がしりもちをついていた迦楼羅をひっぱってたたせた
「鳥さんって格好つけても格好つけられないタイプだよね」
「あ、いえてるいえてる」
南と坂田がハッハと笑う
「やかましいッ!!; たわけッ!!;」
ゴゥと迦楼羅の口から炎が出されると乾闥婆がすかさずけるらの前髪を引っ張った
「それどころではないでしょう」
そういって乾闥婆が向けた視線の先を京助達も見る
「…あ…」
そこにはいつものあの飄々とした雰囲気の阿修羅ではなく
「阿修羅…なのかあれ…」
京助が慧喜のいっていた言葉を思い出した
『あのときの阿修羅って…本当名前のまんまだったって…』
修羅って言葉
意味はよくわからないけど雰囲気ならなんとなくわかって
その修羅が付いている阿修羅という人物がそこにいた
誰もが言葉を失うほどの威圧感
短かった髪が長く伸び生ぬるい風にゆっくりと揺らされていた
降り続く小雨までもが阿修羅をよけて降っているように見える
「…やっとお目にかかれるんだな…」
髪についているみょんみょんから宝珠をひとつむしりとるとそれを何もないところに向かいかざした
「どんだけ…待ったんかの…てめぇにお目にかかれるんを」
ニィっと阿修羅の口の端が持ち上がる
背筋が凍りつくような感覚に緊那羅が思わず京助の服をつかんだ
京助も三馬鹿もただたったまま動こうとせず
「ほやぁああああああ!!」
ちみっこ竜の泣き声とメキメキという音だけが聞こえる世界
「…阿修羅…」
乾闥婆が顔を背ける
「今、殺してやるからの…ッ!!!」
カッと目を見開いた阿修羅のかざしていた宝珠から光があふれ爆発した
爆発した光が風を生み爆風となって栄野家一体を包み込んだ
「うぉおおおおお!!;」
「ひょー!!;」
「伏せるっちゃみんなッ;」
緊那羅の声にまるで地震避難訓練時のような尻を高く上げた体勢で床に伏せる
ビリビリとした振動とゴウゴウという風の音と舞台を照らすライトを直で当てたような光
「乾闥婆!」
迦楼羅が乾闥婆を押し倒し庇う様に覆い被さった
「か…」
迦楼羅の無駄に長くばさばさした服が爆風に押されて持っていかれそうになっている
爆風で飛ばされた小石やらなんやらがそこらじゅうにあたって音を出しているが爆風の音でかき消されてひとつも聞こえない
乾闥婆が力いっぱいこめて泣きながら叫んだものも爆風にかき消された
ドォオオオン…!!!!!!
大きな音ひとつ
その後にはキィキィとゆれる室内灯の音だけが残った
「…終わり?; 終わり…?」
南が恐る恐る頭を上げるとパラパラと小石が落ちてくる
家の中はめちゃくちゃで窓にもひびが入っていた
「ほやぁああああああ!!」
響いた泣き声に母ハルミがハッとして立ち上がると吹っ飛んた襖を踏みつけて和室のほうへ駆け出す
「おーい…皆の衆…生きてるかー?;」
「うぃー;」
「なんとか; あー…なんだこれ; 悠のぞうさんじょうろじゃん;」
京助が声をかけると各々が返事をする
「…いじょうぶ? 矜羯羅、悠助」
「ああ…」
「うん…ありがとうタカちゃん」
制多迦の下からはいずり出た悠助が制多迦の頭や背中から小石やら何やらを払い落とす
「阿修羅が結界を壊したんだ」
一人立ち上がっていた鳥倶婆迦が窓の外を見ていた
「大丈夫か? 乾闥婆」
パラっと迦楼羅から小石が落ちる
声をかけても動こうとしない乾闥婆
「どうした…? 怪我でもしたのか?」
「…ッ…どうして僕なんかを庇ったんですか…」
ぐっと力を込めて乾闥婆が迦楼羅の体を押す
「僕はッ…!!!」
「柴田ッ!?」
ほぼ同時に上げられた坂田と乾闥婆の二つの声
「おいおいおいおいおい; あっちに転がってるのもしかして…ッ;」
「ゼン!!; ゴ!!? うっわマジかよ;」
身を窓から乗り出した坂田に続いて京助と中島、南が坂田の上に乗っかって結界がの中で起こっていたことのすさまじさを目の当たりにした
「…帝羅」
矜羯羅が帝羅を鋭く睨む
そんな矜羯羅と同じくらいもしかしたらそれ以上に鋭く睨むのは
「…会いたかったわ…上さんよ」
長い黒髪の間から見える鋭い目
「阿修羅…」
いつもの阿修羅ではないということ
そして何か本当にやばいということ
「お前…? 僕様の結界壊したの」
掲げていた手を下ろして帝羅が阿修羅のほうへと向きを変えた
「いかん阿修羅ッ!!;」
迦楼羅の声が響く前に阿修羅が身をかがめた
帝羅が清浄の体を踏んで阿修羅の自ら近づいていく
表情一つ変えず帝羅が一歩また一歩 阿修羅に近づいて
「宝珠を一個使ったんだ…ふぅんそれにしてもたいしたものだね清浄の結界を壊すなんてさ…ねぇ阿修羅」
あと数メートルというところで帝羅が足を止めてフッと笑った
「清浄!!」
慧光が清浄に泣き叫びながら駆け寄る
「柴田ッ!!!」
坂田がはだしのまま窓から飛び出して駆け出すと慧光よりも早く清浄こと柴田を抱き起こした
「柴田!! 柴田ッ!!」
「清浄…ッ」
少し遅れて駆け寄った慧光が手をかざすと光る蓮の花
その光が清浄をやさしく照らす
「…若…濡れますよ」
「馬鹿かッ!!; 自分の心配しろッ…自分のッ」
うっすら目を開けた清浄が坂田に言った
「久しぶりだねこうしてお前たちの前に姿見せるの」
帝羅が腰に手を当ててぐるりと摩訶不思議服集団を見渡す
「いつくらいぶりだろう…うーん…10年くらい? いやもっとかな…この姿になるとさつかれるんだよ…だからむかつくこととか見たくないんだ」
コキコキと首を鳴らした帝羅
「え? なになに?; お前ら全員あいつのこと知ってるん?」
「上は一人しかいないんだ」
中島の問いに鳥倶婆迦が答える
「天と空って分かれてはいるけど…上はあいつ一人だけなんだよ」
矜羯羅が付け足す
「…あれ?」
帝羅が京助を見つけるとしばらく黙って見続ける
「お前…京助、か」
「キョンちゃんご指名はいりまぁす」
「うっさい;」
京助が南を軽く小突いた
「お前の相手はオライやんきにッ!!」
「うるさい」
ゴゥッ!!!
声を上げた阿修羅に向かい帝羅が指を動かすと阿修羅が吹き飛び壁にぶつかる
「京助…ふぅん…へーぇ…」
その京助から視線を話すときょろきょろ何かを探し始める帝羅
「操」
その帝羅の口から発せられた名前に部屋の真ん中にいた緊那羅が驚き目を見開く
「どこにいる?」
「いねぇよ」
「嘘言うな」
「嘘じゃねぇってん;」
京助の返事にむっとした顔をする帝羅が窓へと近づく
「お前の隣にいたじゃないか」
「今はいねぇんだよ…もういねぇってんだろ!! てめぇが殺したんだっつーの!!!」
怒鳴る京助
「操は僕様のものだ」
「は・な・し・を・聞けッ!!」
迦楼羅と乾闥婆が帝羅の前に立ちふさがった
「弱いくせに」
ゴゥッ!!!
さっきの阿修羅と同じ様に帝羅が指を動かしただけで迦楼羅と乾闥婆が吹き飛ぶ
鳥倶婆迦が京助を引っ張り矜羯羅と制多迦が窓の前に立った
南を中島も京助のそばに集まり窓の外を見る
「操は僕様のものなんだ」
「人は誰かのものなんかじゃねぇんだよッ!!」
京助が再び怒鳴ると緊那羅が京助の服をつかんだ
「京助…」
「お前は緊那羅だっちゃ」
何か言おうとした緊那羅の言葉より先に京助が緊那羅の真似をしてその言葉をとめる
「どいてよ二人とも」
「嫌だね」
制多迦が頷く
「…げてッ!!」
制多迦の声に鳥倶婆迦が京助の手を引っ張って駆け出した
南と中島も緊那羅と悠助を連れて後に続く
ドォン!!!
茶の間から出て玄関に着いたとき聞こえた爆音
「いいから早く」
立ち止まった京助を鳥倶婆迦が押して外に出る
「片付け手伝ってやるから今は逃げるが勝ちだ京助ッ;」
「お前に言われると逆に断りたくなるわッ;」
手伝うといった南の言葉に京助が突っ込む
「ブッ;」
いきなり立ち止まった中島に京助がそして南がぶつかった
「な…!!」
中島と言おうとしたのかそれとも何してんだといおうとしたのか
どちらにせよ京助が声を発した
「…慧喜…」
しかし京助のその言葉は緊那羅の言葉で止まったまま視線だけが中島の向こうへと向けられる
小雨もやんだ暗闇の中で生ぬるい風になびくのは薄紫色の布
「慧喜!!」
慧喜の姿を見るなり悠助がぱぁっと笑顔になって駆け出そうとした
「悠助!!」
それを緊那羅が腕をつかんで止める
「緊ちゃん? どうしたの? 慧喜だよ? 帰ってきたから僕お帰りって…」
「悠助」
慧喜が一歩踏み出して両手を広げた
「悠助…俺ね…寂しかったんだよ…」
「え…き…」
慧喜(えき9が一歩近づくたびに京助たちが一歩下がる
それを三回くらい繰り返しているとまた茶の間から爆音が聞こえた
鳥倶婆迦が振り返る
「俺…ねぇ悠助…義兄様が憎いんだよ」
「は?;」
中島の後ろで京助が驚くと一斉に京助に視線が集中する
「だから…義兄様いらない」
「慧喜!!!」
いつの間にか慧喜の手に握られていた三又の鉤を振るとフォンと風が鳴いた
「だめ!! 慧喜ッ!! だめだよッ!!」
「悠助!! だめだっちゃッ;」
緊那羅の手を振り解こうとする悠助を緊那羅が抱き上げる
じたばたと暴れる悠助
「指徳でしょ」
鳥倶婆迦が言うと慧喜がうつむきがくんと膝を付いた
「おやおや…天才的頭脳優秀なお人形の鳥倶婆迦ちゃんには誤魔化しがきかないんだったねぇ…」
コツコツと足音がして現れたのは真っ赤な口紅を塗った唇で弧を描きうす笑う指徳
「あっ!! あん時の…ッ!!」
京助が指徳を指差して叫ぶ
緊那羅もぐっと唇をかんだまま指徳を睨んだ
中島と南が京助と指徳の間をさえぎるように立つと京助を後ろへを押す
「な…;」
少しよろけた京助が中島の服をつかんだ
「か弱いから俺、でもまぁ何とかなるかと」
「は?」
「やるときゃ中学生だってやるんだって」
中島のはだしの足が少し前に出されると京助がハッとして二人の肩をつかんで引っ張っる
「お前らは関係ねぇッ;」
しりもちをついた中島と南の前にこんどは京助が立った
「京助!!」
緊那羅が悠助をおろして駆け出すと一瞬で摩訶不思議服に変わりそのまま京助の隣に並び武器笛を構える
「慧喜!」
「悠!!;」
その隙に慧喜のところに行こうとした悠助の腕を南がつかんだ
「離して!! 南いやだッ!! はなしてーッ!!」
「アカンッ; それだけは聞けないッ!!;」
暴れる悠助を羽交い絞めにした南が肘で顔を押されながらもしっかりと悠助を抑える
「おやおや…そんなにこの慧喜が大事なんだ」
「そうだよッ!! だって慧喜は僕の子供産んでくれるんだッ!! だから慧喜は大事なんだッ!!」
「子供…ねぇ…ククク…それは大事だね」
指徳が倒れていた慧喜(えき9の髪をつかんで引っ張りあげた
「う…」
小さく慧喜(えき9が声を上げる
「慧喜!! 慧喜ッ!!!! 大丈!? 慧喜ッ!!!」
「いてていていてッ;」
悠助が暴れるたびに南に蹴りと肘鉄が入るのを中島がまた悠助を抱き上げてとめた
「指徳…慧喜を返すっちゃ」
緊那羅の髪飾りがふわっと靡いて京助の腕に触れる
その飾りを京助がつかんだ
「きょ…」
くいっと引っ張られて少し驚いた緊那羅の横を京助がゆっくり通り過ぎて指徳に近づく
「俺ばっか見せ場ねぇじゃん」
そして立ち止まって振り返ると口の端を上げて笑った
その時また聞こえた爆音は今度は庭のほうから
「俺だって…」
京助が指徳の方に顔を向けるとゆっくりと顔を上げた
「守られてばっかじゃ格好悪くてしゃぁねぇじゃん。俺だって守りたいじゃんやっぱ…大事だもんな」
ふわっと入り込んできた風が京助の足元に集まる
「僕もっ!! 僕も慧喜大事だもんっ!! 守りたいもんッ!!!」
悠助が声を上げると風が悠助の周りにも集まりだした
「いっ;」
静電気のようなものが中島と南に走って二人が手を離すと悠助が駆け出し京助に並ぶ
「京助…悠助…」
緊那羅が武器笛を下ろして二人の背中を黙ってみる
指徳の唇がまた弧を描いた
「ほやぁああああ!!!」
ちみっこ竜の寝ていた部屋にやってきた母ハルミが泣き叫ぶちみっこ竜の横に座り込んだ
「竜之助…どうしよう私…っ」
座り込んだ母ハルミがまるで少女のような口調で泣き喚くちみっこ竜に話しかける
「私ッ…自分の子供すら守れないの? 操が守ってくれたの京助を竜之助が守ってくれたの私もこの町もでも私は…なに…も…」
流れる涙を拭うことなく母ハルミが泣きながらちみっこ竜の寝ている布団に突っ伏して嗚咽をあげる
「ほやぁあああああ!!!」
母ハルミにつられたのかちみこ竜の泣き声もまた大きくなった
「竜之助…どうしよう…どうし…っ」
泣き崩れた母ハルミの耳に聞こえた何かを引きずる音
ゴトゴトと鉢を引きずって現れたのは夏の妖精
「ハルミママ様」
「…ヒマ子さん…?」
泣き顔を上げた母ハルミの涙をヒマ子が葉で拭うとにっこりと笑った
「大丈夫ですわハルミママ様…」
「え…?」
パラパラと崩れた瓦礫を制多迦が跳ね除けると矜羯羅が立ち上がってひとつ咳をすると口の端から血が流れた
「弱い」
帝羅が指を唇に当てて周りをぐるりと見渡す
犬の姿に戻ったゼンゴ…コマとイヌをその腕に抱いた乾闥婆をかばい羽を大きく広げた迦楼羅が帝羅を黙って睨む
坂田に抱き起こされて慧光に治癒を受けている柴田こと清浄
肩を押さえて立ち膝で帝羅を長い前髪の間から睨む阿修羅
それらを一通り流し見た後、帝羅がフンと鼻で笑った
「僕様は絶対…それをわかっててこんなことするから」
くるっと一回転した帝羅の姿が元の少年の姿になると白い布を靡かせて制多迦に近づく
「…に」
いつもの半開きの目を少し鋭くして制多迦が帝羅を見下ろすと帝羅の手が制多迦のあごをつかんだ
「制多迦!!」
矜羯羅が声を上げると帝羅が手のひらを向けその瞬間 矜羯羅の体が吹き飛ぶ
「…んがらッ!!」
制多迦が帝羅の手を払いのけて矜羯羅の元に走る
「制多迦、お前も僕様のものだ」
うっすら笑みを浮かべて矜羯羅を抱き起こす制多迦を見る帝羅
気を失っている矜羯羅を抱きしめて制多迦がいつもの矜羯羅以上の鋭い目つきで帝羅を睨む
生ぬるい風が帝羅の白い布と制多迦の黒い布を揺らした
制多迦と帝羅の睨み合いが続く
先に行動を起こしたのは帝羅だった
しかしそれは攻撃でも防御でもなくてただ眉間にしわを寄せて面白くなさそうな顔を作っただけで
「…この…感じは…」
迦楼羅がハッとして辺りを見渡す
コマとイヌを抱えたままの乾闥婆がそんな迦楼羅を見てきょとんとしている
「…迦楼羅…? どうかしたんですか?この感じって…何か…」
「…いやでも…まさか…だとしたら誰が…」
聞いた乾闥婆には答えずブツブツと言う迦楼羅に首をかしげた乾闥婆
「…!」
制多迦も何かに気づいたのか顔を上げて迦楼羅同様辺りを見渡す
制多迦の腕の中の矜羯羅はまだぐったりとしたままだった
「…かるらん」
「…間違いない…しかし一体誰が…」
ずるずると体を引きずるように阿修羅が迦楼羅と乾闥婆の元にやってきた
「この感じは間違いない…竜…」
迦楼羅が小さく口にしたその名前に乾闥婆が大きな目をさらに大きくして辺りを見渡す
しかし迦楼羅が口にした名の主の姿はどこにも無く
代わりに目に入ったのはまだ治癒行為を必死に続けている慧光の姿
ハッとして乾闥婆が二匹を抱えたまま慧光の元に駆けていった
「ほう…やっぱり竜の子供…というわけか…あくまで上に反する…と」
弧を描いた唇に指を添えて指徳がにぃっと笑う
「うるせー!! 父さんがどうこうしたからとかじゃねぇし、俺は俺だし」
京助がフンっと鼻息を荒くして言う
「僕も!! 慧喜を守りたいっ!!」
悠助も京助に負けないくらいの鼻息を鼻から出した
「俺は俺なりに俺の守りたいと思ったモンを守りたいってん」
京助と悠助の足元に集まりだしていた風が一気に巻き上がる
そして
「おぉ; 爬虫類再び!!;」
ぐんっと二人の背中にいつしか現れたあの竜の羽が再び現れた
「おやおや…一丁前に」
指徳の眉毛がピクっと動き一歩後退する
「京助…」
緊那羅が不安げな表情で京助の名前を呼ぶと聞こえたのか京助が振り向きヘッと口の端をあげて笑う
その顔を見た緊那羅の表情がほころんだ
そして京助もそんな緊那羅の顔を見て笑顔を作るとまた指徳の方を向き指徳を睨む
「…アイコンタクトとかいうヤツ? 今の」
「…相思相愛ってやつ? 今の」
「そうだと思う」
南と中島が京助と緊那羅の行動を見てつぶやくと鳥倶婆迦がそれに相槌を打つ
「こんなトコだけどしょっぱいなぁ…;」
「いいんじゃない? 笑顔を作れることはすごいことだもん」
「まぁ…そうかもだけど;」
くいっとお面を引っ張って鳥倶婆迦が少し寂しそうに言った
「おいちゃんも…笑顔作りたいな」
「ばか…?」
ボソッとこぼれた鳥倶婆迦の呟きが聞こえた中島が鳥倶婆迦の頭に手を置き撫でる
「安心しろお前のお面バッチリ笑えるからさ」
「本当?」
「バチコイだ」
笑いながら中島が言うと鳥倶婆迦が嬉しそうに帽子を直した
「そうだな笑顔を作れるってのは…すごいことだな」
そんな大きな声ではないのにその場にいる全員に聞こえたその声
弧を描いていた指徳の唇
それがぎりっとゆがんだ
「ずいぶんと派手に家、壊してくれたな」
ギシっと鳴った廊下にだんだんと近づいてくる声
振り返った緊那羅が目を丸くして驚き口をパクパクさせる
「俺はさっき笑顔を守ってくれと頼まれた」
南と中島も驚いた表情のまま固まっている
まだその声に背中を向けたままの京助と悠助
さきに悠助のほうが振り返り声の主を見上げた
振り返るに振り返られないでいた京助の頭に乗せられた手
「お前は幸せ者だな京助、父さん嬉しいぞ」
「おとうさん…?」
悠助が見上げると竜がにっこりと笑った
「竜…? なんで? おいちゃんの計算では…」
鳥倶婆迦もお面でわからないがきっと驚いているんだろう少し戸惑っている声を発しながら竜を見る
「…竜…」
指徳の表情が険悪になって竜を睨んだ
「ちゃんと悠助守ったんだなえらいぞ京助」
「…まぁな」
ぐりぐりと京助の頭を撫でる竜に京助が振り返らずに答える
「じゃぁ今度は俺と悠助と京助で俺たちの守りたいもの守ってみないか?」
悠助を片手でひょいと抱きかかえた竜
「うんっ!!」
竜の言葉に悠助が首が吹っ飛ぶんじゃないかって位強くうなずいた
「京助は?」
「…まぁ…協力してやんよ」
京助が頭を撫でていた竜の手をつかんで竜を見上げるとヘッと口の端をあげた