【第十三回】ふわふわり
阿修羅の過去と
「えーぃっきゅしゅッ!!!!;」
「…京助かかったっちゃ;」
「スマン; ってもさー俺だって好きでひ…ふっきしょぉいッ!!!!;」
夏の空気に漂っている白くふわふわの綿毛
「招いてもいねぇのに俺の鼻にかってにあがりこ…ひ…ひぇっきしッ!!!;」
その綿毛が鼻の中に勝手にお邪魔してしまったらしい京助が豪快にかつやかましくくしゃみを連発していた
「にしても…すごいっちゃね綿毛…」
風に乗ってふわふわと浮かぶ綿毛が緊那羅の髪にもくっついた
「おまたせー」
ガサガサと紙袋を振って悠助と慧喜が【柳川】と書かれた表札の門から出てきた
「本当いいん? こんなにもらってさー」
京助が門に近づいて家の中に声をかけると出てきた一人の女性
「もう着ないからいいの」
「お菓子もらったー」
大きな紙袋とは別に小ぶりの袋を持った悠助が嬉しそうに京助にソレを見せた
「ご近所は助け合わないと」
髪をアップにしたその女性が悠助の頭を撫でると緊那羅がチラリと慧喜を見た
しかしいつものアレ…【悠助に触るな!!】的怒鳴りがないのに緊那羅が首をかしげる
「かすみねーちゃんありがとー!! よかったね慧喜ー」
「あ…うん」
悠助が慧喜を見上げ言うと慧喜が満面の笑みを返す
ソレを見た緊那羅がまた首をかしげ
「…気のせい…?」
ぼそっとつぶやいた
【着なくなった服があるからいる?】
近所の【柳川】さんの家からそう連絡を受けて京助と緊那羅、そして慧喜と悠助が服を受け取りに出向いた
「あっちーし…; お前の髪はうっぜぇし」
「わるかったっちゃねッ!!!;」
「イメチェンで切ってみたらは」
「切…ッ…うーん;」
京助が靡く緊那羅のポニーテールを軽く引っ張って言う
「ってかお前らってロンゲばっかやん? 鳥類も乾闥婆も制多迦も…短髪なのって矜羯羅と阿修羅くらいじゃん」
くいくいと引っ張る
「ウザくねぇの?」
「別に…もう慣れてるというか…もともとこの髪だったっちゃし私は」
だんだんと小さくなっていく声に京助がはっとした
緊那羅は操
操は緊那羅
緊那羅が緊那羅になったとき体は操
操の体でも中身は緊那羅
操のまま緊那羅に
「でも阿修羅昔は髪が長かったんだよ義兄様」
慧喜が紙袋片手に口を挟む
「そ…そうなんか?;」
ほっとした表情で【ナイス!!】と心の中で思ったであろう京助がすぐさまその話題に飛びついた
「そうなん?」
「え?; いや私は今の髪型しか見たことないっちゃ;」
緊那羅を見て京助が聞くと緊那羅が返す
「でも【宮】に入ったとき……切ったんだ」
慧喜が言う
「へー…身だしなみチェックとかでか?」
京助が聞くと慧喜が首を振った
「俺も良く知らない…けど昔の阿修羅は今の阿修羅と全然違っていたってことだけ覚えてる…あのときの阿修羅って…本当名前まんまだったって…」
「名前?」
慧喜が何かを思い出したの唇をきゅっとかんだ
「慧喜…? 寒いの?」
小さく震えているのに気づいた悠助が心配そうに慧喜を見上げ腕に触れる
「…阿修羅は…あの時の阿修羅は…」
「ぇぃっきしょぉッ!!!;」
京助のでかいくしゃみが夏空に響く
「…続きは家に帰ってからじゃアカンか;」
ズルリと鼻水をたらした京助が片手を上げて意見した
「ワン」
「ツー」
「スリー」
「…帰れ」
石段上で某ランキング番組のカウントのごとくなテンポでポーズを決めていたお馴染みの三人に京助が吐きかける
「オミヤがあるんですけどねー?」
「いらっしゃいませ」
真ん中でポーズを決めていた中島が前に出した箱を見て京助が態度を変える
「京助…;」
ソレを見た緊那羅が肩を落として呆れる
「ほぉー…キビ団子…つーことは岡山け」
中島の手荷物を上から見て言ったのは
「あ…」
「あっくんにいちゃんー!」
「おぉおおお; いきなり現れんなやッ!!;」
右側でポーズを決めていた坂田が怒鳴りながら倒れた
「あのねあのね!さっきねちょうどねあっくんにいちゃんの話してたんだよー」
タタタッと石段を駆け上りながら悠助が言う
「オライの? なんやんきに?」
「あのねー…」
「どうでもいいけどさー…;直射日光浴びて団子が生ぬるくなるぜ?;」
「ソレと同時に俺らの体力も奪われるぜ…;」
話し始めようとした悠助とその悠助を抱き上げた阿修羅に中島と南が言う
そして緊那羅はまた慧喜を見る
「…慧喜…?」
やはりいつもの【阿修羅ずるいッ!!】という激しい抗議が起こらないことに緊那羅がまた首をかしげた
「慧喜…? 大丈夫だっちゃ? 疲れた?」
「えっ!? あ…なんでもないよ! まって悠助ー!」
緊那羅の声にハッとした慧喜が石段を駆け上る
「…青か…」
「…何見てるんだっちゃ;」
ヒラリと翻されたスカートの中を見た京助がぼそっと呟いた
「よっガラっちょ!!」
「…殴るよ?」
縁側に座っていた矜羯羅を見つけ阿修羅が声をかける
「お帰りなさいませ京様お暑かったでしょう」
ゴトゴトと鉢を引きずってヒマ子が物干し付近からやってきた
「あーあ…; タカちゃん遊んでるんだか遊ばれてんだか;」
その物干し付近で子供用ビニールプールにちみっこ竜二人と一緒に入っていた制多迦が髪から水滴を滴らせながらヘラリと手を振った
「おー…竜もだいぶ大きくなってんのー…無理してないんか? がらっちょもタカちゃんも」
バシャバシャと制多迦に向って水をかけている竜を見て阿修羅が言う
制多迦がヘラリ笑ってうなずくと顔面にちみっこ竜のバシャった水がかかった
「あーあそこの空間だけなんか和みだねぇ…」
南がホワ~ンとした顔で眺めている
「麦茶用意するっちゃね」
小走りで緊那羅が玄関の戸をあけた
「食べ物? それ」
「…目ざといなキサマ; あたりーキビ団子」
悠助の抱えていた中島のお土産をみた矜羯羅がソレを指差して言う
「…んがらはよく食べるから…でもよく噛まないとまたべ…」
スコーン
「…たい;」
「…余計なこと言わなくていいからさっさとあがりなよ」
何か言いかけた制多迦の頭に矜羯羅がはじいた玉が見事に命中した
「…今【ベ】って…」
「よく噛まないからなる【べ】…」
「なんだ?」
「…べ…べ…べべべのべー…」
ぼそぼそと頭を寄せ合って三馬鹿と京助が話し合っている
「よっしゃじゃぁオライがヒントをやるんきにー!! よく噛まないとおこるのは消化不良つぅて食いモンがうまく消化できんきになー」
ハイハーイと手を上げた阿修羅が説明する
ヒュン
チッ
その阿修羅のスレスレを未確認亜高速飛行物体が通り抜けた
「…ご…ごめんなさい;」
にっこりと笑みを浮かべる矜羯羅に向って阿修羅と三馬鹿そして京助が謝った
「運ぶの手伝ってほしいっちゃー;」
台所の方から聞こえた緊那羅の声
「ぷしゅッ!!」
プールに入っていたちみっこ竜がくしゃみした
「いいか? この団子を食ったからには俺のお供しなきゃ駄目なんだぜー」
「そうなの?」
白いキビ団子を手に取った鳥倶婆迦に中島が言った
「あーモモタロさんやんきになー」
阿修羅が緊那羅から麦茶を受け取りながら言う
「モモタロ?」
「あー昔々犬とサルと鳥つれて鬼退治ーって話」
鳥倶婆迦が首をかしげると南が大まかに桃太郎のあらすじを話した
「…犬と…サルと…鳥…それってゼンゴと迦楼羅と京助?」
「ちょっとまてぇーい!!; 犬と鳥はわかるにして何でサルが俺なんだっつーの!!;」
鳥倶婆迦の言葉に京助がテーブルに勢いよく手をついて立ち上がる
「なんとなく」
「なんとなくで中島のお供になんかなりたくねぇよ!!;」
「ひっどーい!! キョンちゃんひっどーい!!!」
ギャーギャー怒鳴る京助とオイオイ泣きまねする中島そしてその中島の頭を撫でる坂田
「アッハッハッハ!! いっやー…賑やかだねぇ」
キビ団子をひとつ口に入れた阿修羅が目を細めながらその様子を見ている
「…賑やか過ぎるようにも思えるけどね」
ひょいぱくひょいぱくと軽快なテンポでキビ団子を口に運びながら矜羯羅が呟いた
「…いお茶ー」
そんな矜羯羅に制多迦が麦茶を手渡し受け取った矜羯羅がお礼といわんばかりに無言で制多迦の口にキビ団子を押し込んだ
ヘラリと笑ってモゴモゴキビ団子を制多迦が頬張る
「制多迦様と矜羯羅様と阿修羅はお供?」
「もうその話題はえーっちゅーん;」
いまだ桃太郎の話を引きずっていた鳥倶婆迦に京助が突っ込んだ
「で?」
三箱あったキビ団子が綺麗に空になったところで阿修羅が持っていたコップをテーブルに置いた
「で…って…で?」
南が中島を見て言う
「で…デオドラント」
中島が京助の方を見ながら一言
「ト…ト…トンヌラ」
そして京助が南を指差す
「らー…ラー…ラー油」
南が今度は鳥倶婆迦を見た
「何?」
「…ナンデモアリマセン;」
いつもと変わらぬあのお面の顔で見上げられた南が目をそらした
「さっきオライがどうの言ってなかったけ?」
テーブルに肘をつきソレで顎を支えた阿修羅が聞く
「あのねーあっくんいちゃんって昔髪長かったの?」
悠助が無垢な笑顔で聞くと矜羯羅と制多迦がピクンと微かに動いた
「おー…よぅ知ってんなー悠助」
にーっと笑って阿修羅が言った
「そうやんきになー…昔はタカちゃんや緊那羅より長かったんきに…あー…かるらんくらいだったかのー」
「…想像つかん;」
阿修羅の話を聞き少し何かを考えたあと三馬鹿と京助が顔の前で手を振った
「でねそのときのあっくんにちゃんが…」
「悠助その話…誰からきいたの?」
矜羯羅が悠助の肩を掴んできくときょとんとした悠助が矜羯羅を見上げる
「え…? どうしたのコンちゃん…?」
首をかしげながら悠助が聞き返す
「…ようはアレけ…オライがなんで髪切ったっちゅーの知りたいんきにな悠助は」
阿修羅が静かに言う
「あ…うん…?」
どもりながら悠助がうなずくと阿修羅が目を細めて俯き腰に下げてあったカンブリを撫でた
「…オライのこの傷はな…竜がつけてくれたんきに…」
自分の頬についている傷を指差して阿修羅が言う
「あーあ…父親の失態を償うがよい京助」
「あのな;」
坂田がヤレヤレという感じで京助の肩をたたく
「いや別に責めとんわけじゃないんきに; …むしろ感謝…やんな…」
傷を撫でて阿修羅が顔を上げた
「オライはな元々【天】の下町…見たことあるだろ? あそこにいたんきに」
「ああ!! 京助が迷子になったところ!!」
「うっさい!!;」
阿修羅の言葉に過去を思い出した中島がポンッと手を打って言った
「京助迷子になったの?」
悠助が京助を見ると京助が目をそらした
すると悠助が立ち上がり
「…ちょ…; なんだなんだ悠;」
無理矢理京助の膝の上に座り抱きついた
「…暑いぞ悠;」
無抵抗ながらもボソッと京助が言う
「……何かたりなくねぇ?」
その様を見ていた坂田が言うと一同が顔を見合わせた
「…何か? …って…言われれば何か足りない…ねぇ」
南も言う
「…なんだろね…」
矜羯羅もなにかがわからずに言った
「そのうち思い出すんじゃない?」
お面を少しあげて麦茶を飲んだ鳥倶婆迦が言う
「…慧喜…」
緊那羅が慧喜を見ると慧喜はただどこかを見ている
まるで慧喜の中に慧喜ではない何かがいるみたいな
そんな感覚にとらわれてまさかと緊那羅が頭を振った
「なにしてん;」
「えっ; あ…なんでもないっちゃ;」
ソレを見た京助が突っ込むと緊那羅がはっとして苦笑いを返した
「オライはなー…まぁいわゆる…良い子の部類じゃなかったんきになー…; ハッハ」
阿修羅が頭をかきながら笑う
「荒くれてたんきにー…;」
「きゃぁ!! 不良ですわよ奥様!!」
「まぁ!! なんということでしょう!!」
きゃあ! という仕草をしつつ坂田と南が阿修羅を見た
「で、ソレをとめて改心させたのが京助のパパンでそのとき喧嘩してつけられたのがその傷…ってか?」
中島が先を読んだ考えを口にした
「あー…ブビィーでっかいのはーずれー」
阿修羅が手でクロスをつくり口を尖らせて大げさにはずれを表現した
ソレを見て制多迦が何故か拍手をして矜羯羅にひっぱたかれている
麦茶を飲み干した鳥倶婆迦がゲップをした
「確かに…この傷は竜に止められたときにできたもんやんきにけど…けどな…まだ長い話があるんきに」
阿修羅の眉毛が下がり作った笑顔になる
「…吉祥…」
阿修羅が口にした言葉に中島がピクっと動いた
自分の行動が回りにばれていないかきょろきょろした後ばれていないことに安堵して小さくため息をつく
「ヨシコがどうしたん」
京助が聞く
「…あんな…【吉祥】ってのは…ヨシコの名前じゃなきにな…ヨシコの名前は別なんよ…【吉祥】っつーのはまぁ…肩書きっつーか…」
カンブリを指で撫でながら阿修羅が話す
「え? じゃ何? ヨシコちゃんって本当の名前じゃないの?」
南が聞くと阿修羅がうなずいた
「ヨシコの本当の名前はオライも知らんきにな…教育係のオライもかるらんも知らんきに…知ってるのは【上】とヨシコだけ…【吉祥】の名を継ぐものは…自分の一生をささげる相手にしか名前を教えちゃだめなんきに」
「…なんだソレ…」
中島がぼそっと呟いた
「【吉祥】が一生をささげる相手…【上】…【上】は絶対…」
阿修羅がきゅっと唇を噛んだ
「…オライが宮に入るきっかけになったんがな…【吉祥】なんきに」
コトっとカンブリが音を立てた
「…なんなんきに…これ」
白く大きな扉を前にした青年が唖然としてソレを見上げた
「こんなところに…」
恐る恐る手を伸ばす
取っ手に手が触れソレを下へと下げようとしたとき
「見えるだけではなく触れるのですか貴様は」
丁寧なのか乱暴なのかハーフ&ハーフの言葉が背後から聞こえた
「誰…!!」
青年が長い髪を靡かせて振り返る
「驚きました」
鮮やかな橙色の髪
シャラっという可愛らしい鈴の音
髪に括られていたのは
「…宝珠…お前宮のモンけ!!」
バッとすばやく後ろに下がった青年が身構えた
「機敏な動き…でもわらわはなにもしないですよ」
くすっと笑うとまたシャラっと鈴がなった
「…貴様…名前は? …わらわは【吉祥】」
「き…っしょうってやっぱ宮のモンけ!!」
ザッと足を肩幅に開いた青年が吉祥と名乗った人物をにらんだ
「はよう名前いってください…わらわは【吉祥】貴様は何ぞ?」
シャラっとまた鈴の音
「…阿修羅やんきに」
身構えたまま青年はそう名乗った
「阿修羅? あの阿修羅と同じ名前とはまた面白いこと」
吉祥が驚いたでも半分は面白いのかそんな表情を阿修羅に向けた
「…どの阿修羅か知らねぇけどもたぶんお前さんがいってる阿修羅はオライやんきに」
阿修羅が身構えるのをやめ腰に手をつき吉祥を見る
半分は面白いだった吉祥の表情が全て驚きに変わる
ソレを見て阿修羅がニッと笑った
「…わらわの言う阿修羅は残虐非道…まさに修羅と…でも貴様はまったくその様な感じはせぬのですが」
シャラっと鈴が鳴る
「残虐非道…ハッハまぁ…そうだろうなぁ…」
「本当にその阿修羅なのですか?」
「…そうだといったらどううするんきに?殺すのけ?捕らえるのけ?」
口元は笑いでも眼はまっすぐ獣を捕らえるかのように阿修羅が吉祥を見る
「…不思議な眼…貴様の目」
「…は?」
大抵はその眼を見てすくみ上がる
この吉祥とて宮の人間といえど女、ちょっと位はおびえるか何かをすると思っていた阿修羅は吉祥の反応に気が抜けた声を出した
「大きな眼、不思議な眼…どこを見ている…?」
ふわっと香ったのはどことなく懐かしい香り
前髪がかきあげられた
シャラっという鈴の音がかなり近くで聞こえ頬に手が添えられる
「わらわはここ…わらわを見て…」
「な…」
緑色の瞳から目がそらせない
赤い唇が何かを言っている
「…そう…」
かきあげられていた前髪がぱさっと降りてきて阿修羅がはっと我に返った
「義賊ということですか」
頬に触れていた手も離れていった
「何…を」
どもりながら聞く阿修羅に吉祥が微笑みを向けた
「貴様はその背中に沢山背負っている…沢山の批難と罵声と憎しみと…それと同じ量の笑顔と」
吉祥が一歩後ろに下がる
「…お前…オライの何を知ったん?」
「…次の獲物はやめた方がよい…」
ふぃっと吉祥が顔を背けた
「貴様は不思議です…」
「…オライが?」
開けられていた扉に吉祥が手をかけた
「…また会いましょう?」
橙色の髪が扉の中に消え戸が閉められた
「…不思議な阿修羅ちゃん…」
「あーかいキャンディあーおいキャンディ…」
南が歌う
「てか吉祥かぁ…どんな吉祥だったんだ? いまの吉祥…ヨシコと比べてどうよ」
京助が聞く
「ヨシコとは全然ちゃうんきになー…やっぱヨシコよかは大人やんきに…」
「やっぱこう…ヨシコみたいに…ボン!! キュッボン! なわけ?」
「んー…いんや…ヨシコの方がボンやんきに」
「ほほー!!!!」
坂田の問いに阿修羅が答えると三馬鹿と京助がそろって声を上げた
「馬鹿ばっか」
鳥倶婆迦が冷静に突っ込む
「しいていえば…尻がでかかったやんきに」
「安産型ですな」
「うむ」
付け加えた阿修羅の言葉にもしっかり反応を示すあたり思春期なお年頃だということがわかる
「…で」
「で?」
パンっと手をたたいて仕切りなおそうとしたのか坂田が手を合わせたまま阿修羅を見る
「…なんやんきに? メガネ…」
坂田に視線が集中する
しばしの沈黙
「…で…なんなのさ…」
痺れを切らしたのか矜羯羅が言う
「…どこまでのご関係まで発展なさったんですか?」
坂田の質問で今度は阿修羅に一同の視線が移された
ミーンミーンミーン…
チリィ--------------…ン…
「………」
蝉の声と風鈴の音が響く中赤い顔をした青少年4人が各々の顔をチラ見してそれから阿修羅を見た
「…マジで…?」
中島がボソっと言う
「…本気で答えちゃったし…」
はぁあっと息を吐いて南がシャツで顔から流れていた汗を拭った
「どこまでー聞かれて別に隠すことはないやんきになー…まぁ大人ーってあがめなさいなんー」
ハッハと笑いながら阿修羅が傍にいた京助の頭をポンポン叩く
「…せ…青少年健全育成基本法に引っかかるだろ今の話; 軽くエロ本だぞ官能小説…ッ;」
「エロ本?」
頭を叩かれながら京助が喚くときょとんとした顔で悠助が阿修羅を見上げた
「あー悠ちゃんの無垢な視線がオライをみあげるーん;」
「…もっと見てあげなよ悠助」
いやーんと顔を隠した阿修羅に対して矜羯羅が呆れ顔で言い放った
「穢れなき無垢な視線で浄化されよウリャ」
悠助の顔を抑えて阿修羅の方向に固定した京助が言う
「エーロ魔人!! エーロ魔人!! エロイムエッサイムー!!」
三馬鹿が手拍子付で騒ぎ出した
「子供だね」
それを見た鳥倶婆迦がズバッというと緊那羅が苦笑いを浮かべた
縛られた手首からは赤い血
体についているのは自分の血なのかそれとも…
どこかでかいだことのあるにおいがして阿修羅のまぶたがピクンと微かに動いた
シャラっという音がして阿修羅の眼が開く
「…わらわの言葉が通じなかった…のか…」
まず見えたのが赤い唇
その唇がきゅっとつむがさる
「阿修羅」
名前を呼ばれて思い出す
「竜は…これでも手加減したとそしてすまないと」
そしてすまなそうに言った言葉で鮮明に蘇った記憶
「みんなは!?」
声を上げると口の端に痛みが走った
そして広がる血の味
「…落ち着きなさい」
そっと口にあてがわれた柔らかな布
それが優しく動き口の周りの血を拭い取っていく
「…死んだのか」
ぴたっと手が止まった
「殺したのか」
布を持つ手に力が入った
「お前らが…」
ハッと笑いとも取れる息とともに言う阿修羅の目線の先には眉を下げた吉祥の顔
「わらわは忠告した…何故きかなかった…そうすれば貴様だって仲間だって…」
「宮に何がわかるんきに…オライ達のこと」
「吉祥」
足音がして男の声がした
「…竜…貴様これで手加減したというんですか」
「いや…; 吉祥お気に入りってことでしたつもりなんだが…意外に強くてなこいつは」
「なっ…; 誰がおきに…ッ」
からかうように言った竜に吉祥が口ごもる
「…でもな吉祥…お前は…」
「おい…」
竜の言葉を阿修羅が止めた
「話が見えない上に…助ける気があるんならまずはどうにかしてくれんかの」
さかさまのまま吊るされていた阿修羅が言った
「俺は竜…ここにおられます吉祥様のお目付け役兼教育係だ」
「竜…貴様叩かれたいんですか」
半ばふざけて自己紹介をした竜に吉祥が鋭い視線を向けた
「お前のいう…宮の人間だ」
阿修羅を地面に降ろした竜が眉を下げて申し訳なさそうに言うと吉祥がしゃがみ阿修羅の頬を撫でた
「次に貴様達が狙っていたあの屋敷…上も馬鹿じゃない…わかる?」
「…オライたちはまんまと引っかかったってぇ…わけなんか…」
「そうなる」
きっぱりと言い切った竜を阿修羅がギンっと睨む
「…そうやんきにな…オライのせいやんきに…」
しばらく竜を睨んだ後 阿修羅がふっと笑って俯いた
「…阿修羅…」
まるで幼子を慰めるかのように吉祥が阿修羅の頭を撫でそしてその頭を胸に抱く
「貴様は頑張り過ぎた背負いすぎていた伝わった…わらわにそれが全て」
「ッ…お前にオライの何がわか…!!!」
押しのけた吉祥の顔を阿修羅が見てそして怒鳴りかけていた言葉をとめた
緑色の瞳から流れ出る雫
「貴様は…ただ守りたくてただがむしゃらにただ…生きていただけ…今も…貴様はがむしゃらで…わらわはそれが愛しい…」
「吉祥…鼻水」
女らしく顔を覆って泣くでもなく更には鼻から鼻水まで流しながらもまっすぐ阿修羅を見て流れる涙に阿修羅はただ戸惑っていた
シャラっと鈴が鳴って吉祥が涙と鼻水を同時に拭うと竜がため息を吐いた
「…少しは俺のことも考えてくれよな吉祥様」
ヤレヤレと両手を挙げ眉を下げた竜が二人に背を向けたかと思うと片手で何かを宙に書き始める
「そして自分の立場も…お前がしていることは…しようとしていることは…」
「わかってます…でもわらわはわらわとして生きたい」
二人の交わす会話の内容がさっぱりつかめない阿修羅はただ二人を交互に見つつ自分に投げかけられる言葉を待っていた
「できればわらわが変えたいんです…【吉祥】を…そうしたらきっと【時】だって…」
書き終えたのか竜が振り返る
その竜の背にはおそらく何かの術になるのであろう印が光り浮かんでいた
「…阿修羅…」
ようやく名前を呼ばれた阿修羅がハッとして竜を見る
「…また会おう」
竜がそう言ったと同時に印が輝きを増し目が開けていられないほどの眩しさになったそして…
阿修羅が目を開けたときソコに竜の姿はなく代わりにはじめて吉祥とあったときにみたあの扉があった
「見えるでしょう…阿修羅」
吉祥が立ち上がりその扉に触れる
「どう見えているのかわらわにもわからない…貴様だけの扉…この向こうに見せたいものがある」
シャラっと言う音ともに差し出された細く長い指の手
阿修羅は掴めずにただその手を見つめる
「…阿修羅」
名前を呼ばれて吉祥を見上げる
緩やかに弧を描いた唇と細めた目が優しく阿修羅を見下ろしていた
それはまるで愛しい我が子を見つめているかのような暖かいもの
「…さっきからわらわが呼ぶばっかりで…貴様はわらわの名前すら呼んではくれていないんですよ」
少し身をかがめた吉祥が阿修羅を目線を合わせ眉を下げて微笑む
「…オ…オライは…」
なぜか鼓動が早くなって阿修羅は吉祥から目をそらした
「わらわは…貴様を愛したい」
「へっ?;」
吉祥の思いもよらぬ突然の告白にきょとんとしている阿修羅の頬に吉祥が口付ける
「…そして貴様がわらわを愛してくれたとき…わらわの名前…そして全てを変えてみたい…」
目を見開いたままの阿修羅を吉祥が優しくでも真剣に見つめる
「愛しても…いいですか…?」
ゆっくりと阿修羅の肩に頭をつけた吉祥が小さく言った
「なんなんきに…あの吉祥とか言うの…;」
「ハッハッハあの阿修羅がひとりの少女に困っているってなぁ…いやいや」
ニヤニヤと笑うは竜、そのニヤニヤの先には分厚い書物を膝に置いた阿修羅
【あの】出来事から3日ほどが経とうとしていた
「にしても…お前の頭はどれだけ記憶できるんだ…」
急に真顔になった竜が言う
「まぁ…詰め込めるだけ詰め込めるんじゃないんかの」
落ちてきた横髪を再び耳にかけて書物に目を落とす阿修羅
「…ここからは宮がよく見えるな…」
「竜…お前こう毎日オライんトコに来てて平気なんか; 一応おエライさんなんだろうが…吉祥の教育係とか言う…」
「その吉祥が俺に行け行け言ってきてるんだからいいんじゃないのか?」
うーんっと伸びをした竜が言う
「…阿修羅」
「うん?」
「お前 吉祥をどう思う」
「ブッ!!;」
ゴトン
阿修羅が噴出すと同時に分厚い書物が床に落ちた
「どっ…どうってなんなんきに; ど…ッ;」
「落ち着け; っとに…あーあーいーけないんだーコレ一応重要物なんだけどねぇ…; あーあー…まぁた俺がシバかれるんかぁ…はぁ;」
少し傷ついたその書物を拾い上げて竜が溜息を吐く
「…どうって…変わってる…なとは思う…オライの想像してた宮のヤツとは全然違うしの…それに…」
「それに?」
「…いい匂いがした」
阿修羅が俯いてボソっと言った
「モテモテだねぇ兄さん」
「いやー…ハッハッハ」
「ってかさこれ…えーっと吉祥…」
南が吉祥と口にすると中島が少し反応した
「吉祥ちゃん? さん? …吉祥さんでいいか…吉祥さんの片思いになるんだよね? 阿修羅はなんとも思ってなかったんでしょ?」
視線が阿修羅に集まった
「…吉祥は…」
「いつかわらわと一緒に戸の向こうに行ってくれますか?」
書物を読む阿修羅の背中に背中を合わせたまま吉祥が小さく言った
「まぁな…いつかな…」
パラっとページを捲る音と阿修羅の声が重なる
十日に一回の割合で吉祥は阿修羅の元に訪れていた
「…なぁ」
「なに…?」
沈黙を終わらせたかったのか阿修羅が吉祥に呼びかける
「お前…ただこうやってて…何か面白いんか…?; オライはコレ読んでるしお前は…」
「わらわは貴様といれるだけでいい」
振り向かず聞いた阿修羅に吉祥が答えた
「言ったでしょう?わらわは貴様を愛したいのだと」
「…変なヤツや? きにな;…でもオライは…」
「言わないで…ただわらわが貴様を愛したいだけなのだから」
ハハっと笑って言おうとした阿修羅を吉祥が止めた
「でもなオライは…」
「人の気持ちを変えることが出来るのは人だけ…選ばれた人だけ…わらわは貴様に選ばれたい…そして変えてほしい…わらわと【吉祥】を」
再び言おうとした言葉もまた吉祥が止めた
「わらわの望みは…貴様の口から貴様の声でわらわの本当の名前を呼んでくれる事…ただそれだけなんです」
小さくでもはっきりと聞き取れる大きさの声で吉祥が言うのを阿修羅は黙って聞いていた
「…手…繋いでもいいですか…」
しばらくの沈黙の後ためらいがちに言った吉祥の手を阿修羅が無言で握った
「…あったかい…」
なんとなく幸せそうな雰囲気で吉祥が言う
「そうけ…」
阿修羅が振り向かずボソっと言った
お互いの指を絡めて繋いだ手
荒い息をお互い整えながら視線は逸らさずに
「…名前…教えてくれんか…」
まだ完全には整っていない呼吸で阿修羅が吉祥を見下ろし言う
その阿修羅を涙を流した後の潤んだ目を大きく開いて驚いた表情で吉祥が見上げた
「あ…しゅら…今…」
「名前…呼ばれてくれんかの…お前の」
絡めていた指がきゅっと強く握られた
吉祥が目を瞑り深呼吸して目を開き阿修羅をじっと見る
「…オライに…名前…」
「…わらわの名前は-----------------------…」
「きゃぁああああああああああああ!!!!なんだか恥かしい!!俺が恥ずかしい!!!;;」
京助がじったんばったんと暴れながら隣にいた中島をなぎ倒した
「うるさいよ」
透かさず矜羯羅が突っ込む
「だってさーだってさー!!; もうちょいオブラートに包むとかしてとかー!!!;」
京助と同じくらい南もあたふたしながら言った
「ま…まぁ…うん…経験体験だうん;」
どことなくギクシャクした話し方で冷静さを装いながらでもやっぱおかしい坂田も言う
「へんなの」
鳥倶婆迦がそれらを見てズバっと言った
「おま…恥ずかしくないのかコレ聞いてよー!!;」
「別に」
京助が涼しい顔をしていた矜羯羅に聞いた
「…いういしいね…」
制多迦がヘラリ笑って言う
「…タカちゃん大人発言だァ;」
ほんのり赤くなりながら中島が言うと制多迦がまたヘラリと笑った
「ハッハッハ!! やー…初々しいのー…本当反応が面白いんきになー」
「阿修羅兄さんは大人どすなー;」
何故か京都弁で京助が言うと阿修羅がニーっと笑う
「そうやんきにー崇められなー? ハッハ」
「おいちゃんは嫌だよ」
「ばかも顔色一つ変わってねぇし…; くそう…」
「いや、彼アレだから。お面だから坂田君」
鳥倶婆迦を見て悔しそうにしていた坂田に南がさわやかにつっ込んだ
「で…」
阿修羅がかいていた胡坐を解いて微かに微笑みながらうつむくと深く息を吸った
「…上にバレたんよな…」
チリ-------------…ン
差し出されたのはどこかで見たことのある小さな鈴
それが捕まれた掌にのせられる
軽く右側に掌を傾けると
シャラン
「これ…」
掌の上から聞こえた聞いたことのある可憐な音
「…吉祥はもうこない…いや…もうこれない」
やり切れないとも悔しいともそして怒りともとらえられる表情で竜がつかんでいた阿修羅の手を離した
「…これないって…ていうかコレなんなんきに…こ…」
「吉祥はもういない」
時間が止まったかに思えた
「お前…吉祥の本当の名前よんだだろ…」
阿修羅の目が見開く
「…【吉祥】の本当の名前を…呼んだらどうなるのか…吉祥から聞いてなかったか?」
竜の言葉に阿修羅がブンブンと首を振った
「何も…ただ…ただ本当の名前呼んでくれって…だからオライは…」
「教えてやろう…吉祥の本当の名前を呼んだものに吉祥は一生を捧げるんだよ…」
竜が悲しそうに微笑む
「本来ならば【上】が呼ぶべき名前をお前が呼んだ…【上】が黙っているわけないだろう…横取りされたんだ…だ」
「だから…だから…だからあいつをどうしたんきに!!」
阿修羅が怒鳴った
そして竜の首元を思い切りつかむと壁にたたきつけるように押した
竜が軽く声を上げる
「…殺したんけ…?」
震える声で阿修羅が聞くと竜が首を横に振る
「じゃぁなんでいない…って…」
「…殺されてはいない…だが…」
竜の表情が曇った
「…生きてるのけ…?」
さっきより少し明るめの声で再び阿修羅が聞くと曇ったままの表情で竜が阿修羅を見る
「…俺にもわからない…吉祥の部屋に行くと…新しい【吉祥】がいた…」
竜が小さく答えた
「…吉祥の気配は…」
うつむき首を振る竜を見た阿修羅の手からまるでスローモーションの様に小さな鈴が落ちていった
『いつかわらわと一緒に戸の向こうに行ってくれますか?』
『わらわの望みは…貴様の口から貴様の声でわらわの本当の名前を呼んでくれる事…ただそれだけなんです』
『…手…繋いでもいいですか…』
『あったかい…』
コツ…ン…
床に落ちた小さな鈴は音色をたてることなく転がって阿修羅から離れる
「…なん……ッ…」
竜の肩に額を押し付け阿修羅が震えた声を出した
「名前呼んだだけなんきに…ただそれっぽっちの望み…それだけの…それすら…」
だんだんと強くなり自分の腕に食い込む阿修羅の指を竜はただ見ている
「一回…一回しかオライは…あいつは何度もオライの名前呼んでたんに…オライはまだい…ッ…」
食い込んでいた指から今度は力が抜けていく
力なく床に座り込んだ阿修羅を竜が見下ろしそして息を吸う
「…上は絶対…」
ボソっと呟いた竜の言葉に阿修羅の肩がピクッと動いた
「…上…上か……ハッ…ハハハハハハハッ」
阿修羅がうつむいたまま笑う
「…落ち着け」
「落ち着け…?」
静かに言った竜を阿修羅が眉を吊り上げた形相で見上げる
「落ち着け…ねぇ…ッハハハハハハハ…あ~あ…」
阿修羅がゆっくりと立ち上がり転がっていた小さな鈴を拾い上げた
「…上は宮なんきにな」
「落ち着け」
震える声で聞いてきた阿修羅に竜が再び同じことを言った
「…名前呼んだときのな…顔…忘れられないんきに…あの顔な…」
阿修羅が自分の髪を数本引き抜きそれに鈴を通し首に下げる
シャラン
「…もう一回みたいんけぇの…」
阿修羅がゆっくり振り向く
その顔は笑っていた
「オライ達にとっては日常的なんにな…名前呼ばれる事…それがあいつには特別だったんきにな…オライも…照れんでもう一回…もっと呼んでやればよかったんにな…ッ----------…」
最後のほうの言葉をかみ締めた阿修羅の目から涙が流れる
「阿修羅!!!!」
竜が叫ぶのとほぼ同時に阿修羅が走り出した
「待て!! 阿修羅!!!」
その後をお約束というカンジで竜が追いかける
「冷静になれ!! お前くらいの頭のいいヤツなら上が…」
「やかましい!!!」
追いかけながらかけた声に阿修羅が怒鳴り返した
「オライにもうなくすもんないんきに」
その言葉に竜が足を止める
「阿呆」
その直後に竜が言った言葉に阿修羅もまた足を止めた
しばしの沈黙
ガッ!!!
いきなり響いたのは何かが激しくぶつかった音
ズガガガガガガガガガガガガガ!!!!
その音は連続して何度も響いた
「お前に何がわかるんきに…」
ギリギリと竜に拳を押し付けながら阿修羅が言う
「お前にオライの何がわかるっていうんッ!!!!!!!!!」
ズザァァアアアアアアア----------…
押された竜がわざと後ろに下がり土ぼこりがあがった
「お前のことはたしかにわからないけど…ッなッ!!」
ガガッ!!
話している最中でもお構い無しに阿修羅が拳を振り下ろしてくるのを竜が受け止める
その後も連続して繰り出される攻撃に
「ッ…少しは!! 俺に!話させろ---------------ッ!!!」
竜がキれた
無数の光が阿修羅の体に刺さり、かすめる
阿修羅の衣服の断片と髪がハラハラと床に落ちた
「あ…;」
しまったと思ったのか竜の動きが止まる
ガクンと膝をついた阿修羅の体が地面に倒れこむ前に竜がその体を受け止めた
「…スマン…;」
「…またこの技でやられるんけ…はは…」
阿修羅がか細く笑った
「…途中で止めんで…一思いにすりゃよかったんにの…」
「…お前な…だから俺の話を聞け」
阿修羅を仰向けに寝かせると竜がため息交じりで言う
「阿修羅…【修羅】とつく名を持ちつつも誰より人を想う…それゆえ【修羅】となる青年…だとさ」
「…は?; 何なんきに…それ…」
「記念すべき一回目のこの技で俺にやられたとき…吉祥が俺にこういってお前を紹介したんだ…想いで修羅になる…まさにだなと」
竜が眉を下げた笑顔で阿修羅を見た
阿修羅はというとただ黙って目を閉じている
「…吉祥の初恋の相手がお前だ」
その言葉に阿修羅ががばっと起き上がった
「…は…はつこ…い?; あいつはつこ…はぁあ!?;」
「あんまり大口開けるな; あーあ…せっかく止まった血がまた…; …いや俺がつけたんだけどな;」
驚き大声を出したことによって頬についた傷が再び開き血が流れる
そして竜がそれを自分の服の裾で押さえた
「吉祥はな…ずっと宮に閉じ込められててたまに抜け出しては…【向こう】に行っていたんだ…決して誰にも会わないよう自分に術をかけて見えないようにしてな…でもお前に見つかった…術をかけていたのにどうして見えたのか吉祥は帰ってきてからずっと考えていたさ」
ゴシ…っと少し強めに阿修羅の頬を袖口でぬぐいながら竜が話す
「……」
阿修羅はただ黙ってその話を聞いている
「お前をコテンパンにやったとき吉祥はな…; いや…やっぱコレはおいておいて…; …お前にあってから吉祥は俺にお前の話ばかりしてきたんだぞ」
阿修羅の頬から竜が袖口を離した
すれた血の跡がまだ残る頬を阿修羅が触る
「あ~…; こりゃ痕のこ…るな; スマン; 俺もかっとなって…」
「や…いいんきに…はは…そうけぇ…初恋なんか…」
阿修羅が指についた血をペロっと舐めた
「いらん本の知識ばっか知って…あいつのことオライは何も知らなんだな…」
「…阿修羅…吉祥はな…【吉祥】としてではなく自分として阿修羅…お前を」
「そうけぇ…でもオライは…」
「吉祥はお前がお前といる時間が大切だった…生まれて初めて貰った感情それがなにより大切だったんだ」
竜が微笑む
「誰かを自分の心で愛するということ…自分自身の心で誰かを想うこと…それができるお前といれる時間を吉祥は…」
「…わんでくれんかの…」
阿修羅がうつむいたまま聞き取れない小さな声を出した
「…俺が最後に【吉祥】を呼んだとき…あいつは振り向かなかった…自分はもう【吉祥】じゃないと…お前に名前を呼んでもらえたことであいつは-----…」
小さな嗚咽
「…あいつは【吉祥】から解放された…あいつは…あいつの願い叶えたのは阿修羅…お前だよ」
「----------------ッ…」
阿修羅の指が地面をえぐった
「だから…生きろ」
竜の言葉に阿修羅が顔を上げる
「何も残ってなくなんかない…お前が生きることで【吉祥】ではない吉祥がお前の中に残っているだろう…【吉祥】ではない吉祥を残せるのはお前しかいないんだ」
トスっと竜が阿修羅の胸に下がっていた鈴に指をつけた
シャラン
竜が指ではじくとその鈴は小さく鳴る
「…目に見えないものだからいないってわけじゃないだろう…目には見えなくとも…な…?」
土のついた指で阿修羅が小さな鈴を掴む
「-------------…」
呟きにも届かない阿修羅自身にしか聞こえないほどの声で何かを言った後 阿修羅が小さな鈴を強く握り締めた
「…子供の知らない世界…」
南が呟く
「なんか…お前らってパッパラパァに見えて重いんだな…」
「パッパラパァって何さ…」
坂田の言葉に矜羯羅が突っ込んだ
「それで…」
「ん?」
「それでその…【吉祥】は…どうなったんだ? 見つかったのか?」
中島の質問に阿修羅が首を振った
そしての沈黙
いつの間にか京助の膝に頭をつけて寝息を立てている悠助
目だけでのコンタクトがちらちらと行われること数分
「…!」
それまでホケっていた制多迦がハッとして顔を上げた
「制多迦?」
「…きは?」
いつもは平和そうに下がっている制多迦の眉毛がりりしくなる
「慧喜?」
「毎度思うけどお前よく制多迦の言ってることわかるよな;」
京助が感心して言う
「永いからね…それに…」
フッと笑った矜羯羅の言葉を身体でさえぎるかのように制多迦が立ち上がった
そしていつもの制多迦からは考えられない俊敏な動きで廊下をかけて行く
「タカちゃん?;」
「ちょ…おいおいおいッ;」
各々が立ち上がり制多迦の後を追いかけていくのに対し膝に悠助が寝ている京助は立ち上がることすらできずただ声を上げていた
「京助はここで待っててっちゃ」
最後に部屋を出た緊那羅がそう言い残した
「…待ってろ…って…俺も気になるんですけどー;」
ガランとなった部屋に一人残された京助がため息をついて天井を見上げる
「…何なんだろうな」
普通ではないとは頭の中でいつも思っていた
でもソレがいつの間にか普通となっていた
でもやっぱり違っていた
でもやっぱり…
「あー…わけわかんねぇ…」
血は赤いのに
感触だって同じだし
感情だってあって
ただちょっと変わってるだけだと
外国の人と同じようなレベルで考えていた
文化が違うとかそういうレベルで
でもレベルが違っていた
天井にかざした手をただじっと見る
「こう考えてる俺だって…坂田達とはまた違って…緊那羅も…みんな違って…俺は…」
かざした手を握り締めてはまた開いてを繰り返す
同じに見えて違う
この世の中全部がそうなんだと
同じものはひとつとして存在しない
「なんか…怖ぇえや…」
今までこんなこと考えたことなかった
考えると考えるほど【ひとり】になっていくような気がした
悠助を起こさないようにゆっくりと後ろに倒れると壁にかけられた時計が見えた
「…【時】…」
時計が刻む【時】と自分がかかわっている【時】
同じ【時】でも違う【時】
「…怖ぇえ…な」
ハハッと笑って腕で顔を隠す
「あー…怖ぇえ…」
【時】を刻む秒針の音が休むことなく聞こえていた
制多迦が足を止めた
勢いがつきすぎていた坂田と中島が制多迦を追い越して二人重なって転んでとまる
「何してるんだっちゃ…」
「家壊れるよハルミママが怒るよ」
烏倶婆迦と緊那羅が呆れたように中島と坂田に言う
「制多迦…」
矜羯羅が制多迦の(せいたか)隣に立ち制多迦と同じ方向へと視線を向けた
「慧喜…」
制多迦と矜羯羅から少し離れた場所から慧光が泣きそうな顔で慧喜の部屋の襖を見つめる
「…がって皆…」
「君も下がってなよ…」
制多迦の前に進み出た矜羯羅が手を横に出して遮る
「…んがら」
「こんがらっちょ、おまえさんも下がっときに」
制多迦がのばした手より先に阿修羅の手が矜羯羅の肩を掴んでひっぱった
とすっと制多迦に受けとめられた矜羯羅が少しむっとした顔をする
「何なんです…?;」
一番最後に来た南がシリアスを予感させる空気に恐る恐る尋ねた
「俺らもよくわからん」
「いや俺は君たちがよくわからんよ」
坂田と絡まったままの中島に南が突っ込む
「慧喜がどうかしたんだっちゃ?」
緊那羅が聞く
「おいちゃんもよくわからない」
烏倶婆迦が返すと慧光が歩み寄ってきた
「慧喜が…慧喜じゃないナリ…」
「え?」
震える声で言う慧光
「それって…」
「でも今朝おいちゃんが見た慧喜はちゃんと慧喜だったよ?」
くいくいと緊那羅の服をひっぱって烏倶婆迦がいう
「中身がちがうとか? まっさかねぇ?」
「お、鋭いやんけちっこいのピンポンやんきに」
南が笑いながら言うと阿修羅がにぱーっと笑って返した
「ひょう! 大正解ー!」
「おー! すげぇ南ー」
中島が拍手する
「…中身?」
わーわー騒いでいた三馬鹿が緊那羅の呟きで顔を見合わせた
部屋の真ん中
座り込む慧喜がゆっくり顔を上げる
「悠助…」
小さく唇が動いてはっせられた名前
「いやだ…」
震える声で慧喜が言った
「…しゅら…」
矜羯羅を背中に隠して制多迦が阿修羅を見ると阿修羅が頷いた
「気配が慧喜のモンじゃないの…これは…」
「指徳…だね」
矜羯羅がそう言った時
「大正解…久しぶりだねぇ矜羯羅様、制多迦様」
襖の向こうから聞こえた慧喜の声
いつもと違う真面目でまともな顔つきの制多迦が構えると連鎖反応のごとく残りの面々も各々構えた
「…なぁ」
シェーのポーズをした中島がちらりと隣でセーラームーンのキメポーズをしている坂田に呼び掛けた
「これって俺ら参戦しても意味なくね? むしろしないほうよくね?」
坂田のやや斜め後ろでフラメンコの同じくキメポーズをした南がつぶやくと中島坂田が頷いた
「ふぬけた顔をしててもさすがにってとこだねぇ制多迦…」
「…れほどでも」
「君は黙っていなよ…指徳」
制多迦の髪の毛をひっぱった矜羯羅が一歩前に出るとゆっくりと襖が開いていく
「慧喜…」
慧光の眉毛が下がった
襖が開く
立っている慧喜は目を閉じたまま
「ぅ…えっ!」
その慧喜を見た瞬間 慧光が口を押さえガクンと膝をついた
「コロ助!?; ちょ…どうしたんだ!? オイっ;」
坂田が慧光の背中をさすりながら顔を覗き込む
中島と南も慧光を取り囲むようにして集まった
「え…き…」
苦しそうに喉の奥から絞り出た慧光の声が聞こえたのか慧喜がゆっくり目をあける
「慧喜…っ」
「待て待てコロ助; おい坂田そっち支えて」
よろよろと自力で立ち上がろうとした慧光の左脇の下に手を入れ支えた中島が坂田に言う
「残念だね慧光…今コレは私のモノでね」
慧喜の声で慧喜の中の指徳が笑った
「慧喜は…? 慧喜はどこナリか!」
「キャー; 落ち着いてえこーさーん;」
南が中島と坂田を振り払おうとする慧光の腰に抱きついた
「今度はまた…仲間の体を借りるたぁ…な指徳」
阿修羅が鼻で笑いながら言うと慧喜の姿のまま指徳が笑う
「慧喜が望んだんだ」
「嘘!!」
慧光が叫んだ
「嘘ナリ!! そんなの…っ! 慧喜が…」
「嘘じゃないさ、ちゃあんと慧喜から頼まれたんだよ? …ねぇ?」
「…!! しまった! ボン!!」
弧を描いた慧喜の唇に阿修羅が何かに気付き声を上げた
「何かきたしオイ…;」
悠助を抱き抱え壁に背をつけた京助が【何か】を引きつった顔で見る
鎧のような摩化不思議服を着たオレンジ色の髪の女性
「どちら様…?; あのーできれば靴は脱いでほしいんですけどもー」
京助が話し掛けてもその女性は返事をしなかった
「てか言葉わかるか? 俺の話してる日本語、わからねぇ言われても困るからわかっとけよ? で…まずはだから靴…」
相変わらず京助の話には返事はせず代わりに赤い唇の両端が持ち上がり弧を描く
「…っ;」
全身を走り抜けた悪寒に京助が身を竦めた
背中は壁だとわかっているのにまだ後ろへ逃げたい感覚
自然と悠助を抱く手に力が入った
『ヤバい』
弧を描く赤い唇はそのままで女性の踵が床から離れた
『ヤバいって』
頭の中ではもうとっくに駆け出しているのに現実はただその赤い唇から目を離せず動けずにまだ寝息をたてている悠助を抱いたままで何もできず背中に感じる逃げ道無しの現実
心臓が痛いくらい早くなっている
指先もあんまり感覚がない
声もでない
体が動かない
「きょう…すけ?」
柱に手をついた緊那羅が名前を呼ぶ
返事はない
矜羯羅と阿修羅が部屋に入ると苦い顔をした
「結界…だね」
ぐるり部屋を見渡した矜羯羅が言う
「京助ー!! 悠ー!! どこだー!!;」
「でてこーい!! 飯だぞー!!」
南と坂田が部屋の中と外にむかって叫ぶ
「京助ー!!」
緊那羅も叫ぶ
「無駄やんきに…竜のボンらは…結界の中やんきをの…破らないかぎり…」
阿修羅が悔しそうに言うのを見た緊那羅の膝がかくんとおれて座り込んだ
「…んなら…」
小走りで緊那羅に駆け寄った制多迦が肩に手を置く
「矜羯羅様…」
烏倶婆迦が見上げた矜羯羅は唇を噛んだまま眉間にしわを寄せていた
「上…」
ぎりっとこぶしを握り締めて矜羯羅が呟く
「なら破ればいいじゃん!! できるんだろ!?」
中島が言うと阿修羅が首を横に振った
「…上が張った結界は…」
「じゃ…じゃあ…京助と悠…は?」
南が躊躇いながら聞いても誰からも返事はなく
チリーン…
浜風がならした風鈴の音がやけに大きく聞こえた
くすくすという笑い声に一斉に振り返る
「慧喜…いや…」
「指徳…」
腕を組んだ慧喜…指徳がゆっくりと部屋に入ってきた
「京助と悠をどこやったんだよっ!!」
南が怒鳴る
「二人は結界の中だよ…」
そう言った矜羯羅をはじめいつのまにか摩化不思議服になった面々が三馬鹿をかばうように慧喜に向かい合う
そんな中一人だけ摩呵不思議服になっていない緊那羅
「…んなら…」
制多迦が座り込んだままの緊那羅の背中をさする
「…いじょうぶ…京助と悠助は大丈夫、君はそう信じないといけないよ」
そういうと制多迦が立ち上がり皆と同じように慧喜の姿の指徳と向き合った
「…んじて緊那羅」
緊那羅の右腕の腕輪のほんのり緑色の宝珠が光る
「…きょうすけ…私が…」
緊那羅が両手の握りこぶしをぎゅっと握った
「くんな!!」
京助が怒鳴る
「って言ってとまったら明日から5時に起きてやらぁ…;」
一歩一歩近づいてくる女性を見て悠助を抱く腕に力がはいって壁に着けた背中には熱くもないのに汗をかいていた
「っ…何だよ! 何…っまたアレか! 時がってのかよ!!」
京助が女性にむかって怒鳴っても弧を描いた赤い唇はそのままただゆっくりと二人にむかって進んでくる
『やばい…』
どくん、と心臓が跳ねたかと思うと背中が痛いくらい熱くなった
と同時に下から巻き起こった強風
「っだぁあっ!!;」
悠助を抱き締めて京助が強風に耐える
背中には竜の羽があらわれていた
「そんなに怖い顔を揃えなくとも今回はまだあいつらに手はだしはしないよ」
慧喜の姿の指徳が言った
「今私が…上が欲しているのは…竜の力さ」
「竜…の?」
慧光が構え姿勢をやめた
「どういうことやんきに…竜の力って…」
慧喜の姿の指徳が向けた視線の先には制多迦
制多迦に一斉に視線が向けられると制多迦が締まりなくヘラリと笑った
「まさか…」
矜羯羅がハッとして慧喜を見ると慧喜の傍に立っていたオレンジの髪の女性
「指徳!!」
赤い唇がニッと弧を描くと途端 慧喜の体が崩れた
「慧喜!!」
慧光が駆け寄ろうとするのを矜羯羅が止める
「慧喜!! 慧喜っ!!」
「落ち着きなよ慧光」
矜羯羅の手が慧光の頭におかれた
「…阿修羅?」
烏倶婆迦が前に立っている阿修羅の異変に阿修羅の服をくいっとひっぱった
「阿修羅…阿修羅ってば」
阿修羅の体を揺する烏倶婆迦の声はおそらく阿修羅には聞こえていないのだろう阿修羅は目を指徳に向けたままぴくりとも動かない
「竜が封じた制多迦を解放するには竜の力が必要なんだよ」
制多迦の頭についていた宝珠の中には竜によって封じ込められた【制多迦】がいる
制多迦の顔が歪んだ
「その前に」
緊那羅の声が部屋に響いた
「京助と悠助を返してもらうっちゃ」
摩呵不思議服になった緊那羅が立ち上がり指徳を見てきっぱりと言った
緊那羅の言葉に指徳の口の端がニッとあがった
「返すも返さないも…ねぇ? 言っただろう? 私が欲しいのは…竜の、力なんだよ」
そう言い笑う指徳の手には制多迦の頭についていた宝珠があった
「ラムちゃん!!」
南の声に緊那羅が振り向くと目に入ったもの
「き…」
三馬鹿に囲まれ揺すられている京助
その腕の中には悠助がいた
「京助!!」
中島を押し退けて京助の頬をぺちぺち叩きながら緊那羅が名前を呼ぶ
すーすーと寝息をたてる悠助に対してぐったりとしてぴくりとも動かない京助の鼻に坂田が手をかざした
「生きて…はいる」
坂田の言葉に張り詰めていた空気が一皮だけむけた気がした
「おいちゃんの計算によると指徳は京助の中の竜の力をとったんだ」
烏倶婆迦が言う
「竜の力…って力ってたしか…いの…ち…」
前に聞いた話を思い出した南が言うと中島と坂田が京助を見た
「じょ…うだん…」
「じゃあ何か!? あいつ…あいつ京助の命とったってのか!? じゃあ京助…は…」
「最小限の力は残した」
騒ぐ三馬鹿に指徳が言う
「あとは…そいつ次第だねぇ…死ぬも生きるも」
指徳が宝珠を撫で笑う
「…とく…」
制多迦が指徳に棒を向けて構えた
「…ょうすけの力返してくれる?」
いつも下がっている眉を上げ制多迦が指徳に言う
「無駄だよ制多迦…」
制多迦の隣に矜羯羅が立った
矜羯羅の周りには小さい玉がいくつも浮いている
「渡す気はない…だったら奪うしかないだろ」
「おやおや…怖いねぇ…」
くすくす笑う指徳が足元に倒れていた慧喜の体を抱き上げた
「慧喜!!」
慧光が駆け出す
「慧光!!」
小さな黒い玉が慧光と慧喜の間に現われた
矜羯羅が慧光の腕をひっぱったのとほぼ時同じくして目を開けてはいられないほどの光と押しつぶされそうなほどの重力が襲う
「っ…」
瞬時に矜羯羅が宙に光で印を描くと重力が和らいだ
光が引くと指徳と慧喜そして黒い玉の姿はどこにもなく
「え…き…」
キィキィと室内灯がゆれて上に蓄まっていた埃が落ちてきた
何事もなかったかのように聞こえた風鈴の音は4回
青かった空がいつのまにか灰色にかわっていた