【第十二回・弐】ハリスのハリセン
あの【出来事】から数日たったある夏の日に
「ただいまンゴスチン----------!!」
片手に買い物袋、もう片手には悠助の手を引いた京助が玄関の引き戸を開けた
「おかえりだっちゃ」
奥から京助の声を聞いて走ってきた緊那羅が京助から買い物袋を受け取った
「ホラ、悠; いい加減手ェ放せ;あっちいんだからよーお子様体温…あと慧喜のガンツケが痛い痛い;」
いつまでも京助の手を離さない悠助に京助が言いながら悠助の反対の手を握りながら京助に向かってジェラシーオーラを目から放射している慧喜を見る
「やだ」
悠助がぷーっと膨れながら更に京助の手を握ると京助が溜息をつき緊那羅が苦笑いをした
夏休みに入って一週間と少し
それぞれ家族旅行やら何だかんだでここしばらく3馬鹿とも会ってはいない
宿題はお約束どおり一切手をつけていなく今だ通学鞄の中
夏の妖精向日葵のヒマ子さんは私の季節到来と北海道の短い夏を照らす太陽をめい一杯浴びて超元気
コマとイヌは暑さに弱いらしく和室の隅っこで伸びている
矜羯羅と制多迦はちみっこ竜の世話係りにいつの間にか落ち着いていて
慧光と鳥倶婆迦が懸命にその手伝いをしている
栄野家の今年の夏
仏壇には綺麗に畳んだ【柴野ストアー】粗品のタオルが置かれている
「最近悠助京助にべったりだっちゃね…何かあったんだっちゃ?」
緊那羅が廊下を歩きながらまだ京助の手を離さない悠助に聞いた
「…何もないもん」
悠助がぼそっと答えると緊那羅と京助が顔を見合わせて首をかしげた
「風呂も寝るのもついてきやがって…;」
京助が溜息をつく
「昨日も風呂大変だったしよぉ;」
昨日の風呂は京助と一緒に入ると言った悠助に慧喜も一緒に入ると言い出して一悶着あったことを思い出し京助がチラッと慧喜を見た
慧喜はむすっとして頬を膨らませている
「…;」
慧喜から目をそらして京助が肩を落とした
「はははは;」
緊那羅が場を繋ぐためか声を出してわざとらしく笑う
「…あ! そうそう」
少しして京助が何かを思い出して緊那羅を振り返った
「買い物いったら外人いたんよ外人」
「がいじん?」
「あー…んとヨソの国の人」
きょとんとした顔で聞き返してきた緊那羅に京助が説明した
「日本人じゃねぇっていう…アメリカとかの」
台所で冷蔵庫からパックのアクリアスを取り出しストローを刺そうとして片手を使おうとした京助がまだ悠助に握られているのに気付いてアクエリアスをテーブルに置いた
「悠…;いい加減放せよ;何もできん;」
京助が悠助の頭に手を置いた
「やだ」
答えはさっきと一緒だった
そしてやっぱり京助が溜息をついて緊那羅が買い物袋を畳みながら苦笑いをした
「悠…暑い;」
夏休み中間辺り、北海道にも夏らしき夏がやってきて栄野家の窓という窓が全開になった午前11時ちょいすぎ
少しでも暑さから逃れようと風通しのいい和室の日陰にいる京助の背中にはべったりとくっついたままの悠助
「義兄様ずーるーいー!!!」
「んなこといわれたってなぁッ!!!;」
京助の首にぶら下がっている悠助をみて慧喜が怒鳴ると京助も負けじと怒鳴り返した
「…夏休みとか言うのに入ってから悠助はずっとそんなかんじだね…」
前髪をアメピンで左右に別けた矜羯羅がチミッコ竜を二人抱えて和室に入ってきた
「…やっぱりここが一番涼しいね…」
そういってチミッコ竜を床に降ろすとひとりがよたよたと歩き出した
「ぉおおお!!!; もう歩くのかコイツ!!;」
ソレをみて京助が声を上げる
「ぷ」
よたよた歩いてきた一人のちみっこ竜が京助の足に捕まってヨダレだらけの笑顔を京助に向けた
「僕たちの力を少しずつ与えているからね…」
一方床に座り込んだもうひとりのチミッコ竜の頭を撫でながら矜羯羅が言った
「は?; 力与えて…って…」
「来月辺りにはたぶん話せるようになると思うよ…」
「いや…ってかいいのかソレ;」
チミッコ竜を抱き上げふっと笑った矜羯羅に京助が突っ込んだ
「力は作れるんだよ…食べ物から休息から…想いから…ただその変換量が違うだけ…宝珠によってね…竜の宝珠は後ひとつ…いくら竜でもひとつの宝珠じゃ満足に力に変換できないから僕らが手伝っているだけ…制多迦を助けてくれたからね」
矜羯羅の説明を京助が黙って聞く
「作られた力を蓄えるのも宝珠…宝珠がなければ僕らも京助達と何も変わらないんだよ…全ては宝珠が…あるからこそなんだ」
「…ふぅん…」
京助が足元のチミッコ竜を抱き上げた
ヨダレだらけの満面の笑みに京助が口の端を上げて苦笑いをした
「ごめんくださーい」
玄関先から高い声で誰かいないかたずねる言葉が聞こえた
「…阿部…?」
聞き覚えのあったその声に京助が一歩足を進めようとすると
「はーいっ」
一足早く緊那羅の声が玄関に向かった
パタパタと廊下を走る音
「京助お客さん」
「…お前…顔蒸れてねぇのか?;」
縁側にひょっこり現れた鳥倶婆迦をみて京助が突っ込む
「暑いよ? でも面白い」
両サイドが長い髪を高いところで結んでまるでツインテールのような髪形になった鳥倶婆迦が縁側に腰掛ける
「ここはくるくる変わるから面白いんだおいちゃんここ好き」
鳥倶婆迦が言う
「昨日は雨が降ってたのに今日はすごく暑くてさっきは風が吹いてたのに今は吹いてなくて」
「んなの当たり前…」
「じゃなかったんだよ…【空】では」
鳥倶婆迦に突っ込もうとした京助の言葉に矜羯羅が突っ込んだ
「いつも同じ」
鳥倶婆迦が後ろに倒れながら言う
「だからおいちゃんここ好きだ…暑いけど」
「…そりゃな; お面は蒸れるだろう;」
最後にちょっと付け足した鳥倶婆迦の言葉に京助が言った
「あ…べさん…」
「あ…ラムちゃん…」
気まずそうな空気が玄関に流れた
「…き…」
「きょう…」
同時に口を開いて同時に噤む
「あ…あのね…これ…お供え」
「え?」
阿部が紙袋を差し出した
紙袋には【のがみ】という店の名前が書かれている
「…【操】ちゃんに」
阿部が小さく言うと緊那羅が止まった
「忘れててごめんねっていうのと…思い出したよっていうの…伝えて…」
「阿部さん…上がって」
「え? ちょ…!!;」
緊那羅が阿部の手を掴んで引張ると履いていたミュールが脱げた
「ラムちゃん; 待ってって;」
阿部の声にも振り返らず緊那羅が歩く
「あ…阿部…;」
「あ、京助;」
和室の前を通ると京助が見え阿部が京助を呼んだ
「どこー…って…どこ行くんだ?; あいつら…」
一瞬で見えなくなった阿部と緊那羅の姿に京助が呟いた
開けっ放しの戸からほのかに線香の匂い
悠助を背中に背負った京助の鼻にその香が届いた
「きん…」
緊那羅を呼びながらその部屋の中に入ろうとした京助が言葉を止めた
綺麗に畳まれたタオルに向かって手を合わせる阿部と緊那羅
何故か動けなくなった京助はただ黙ってその光景を見ていた
阿部がチラリと緊那羅を見た
緊那羅はまだ目を瞑ったまま手を合わせている
しばらく緊那羅の横顔を見ていた阿部が再び目を閉じて手を合わせると今度は緊那羅がチラっと阿部を見る
そしてまた手を合わせ始めた
「…何してんだお前等;」
数回そんなことを繰り返していた二人に除いていた京助が呆れたように突っ込んだ
「きょ…;」
阿部と緊那羅が同時に口を開きそして同時に口をつむいだ
「シンクロしてるシンクロしてる;」
そんな様子を見て京助がまた突っ込む
「お…お菓子食べよ!; お菓子ッ!!;」
阿部がお供えとは別に持ってきた包みをゴソゴソと取り出す
「あ、じゃあ私は飲み物…ッわ;」
阿部の行動につられたのか緊那羅がすっと立ち上がった…がいきなり立ち上がったのでよろける
「ラ…!!;」
「…っぶねぇなぁお前;」
仏壇の方に倒れそうになった緊那羅の手を京助が引張ると阿部の頬がぴくっと引きつったように見えた次の瞬間
ヒュン
ゴッ…
「ハイ!! お菓子ッ!!!」
阿部の投げたお菓子の箱が京助の頭に見事命中した
「…なんですかコレは阿部さん;」
ゆっくりと自分の頭にのっかっていたお菓子の箱を両手で取り京助が阿部を見る
「お菓子ッ!! アタシはラムちゃんの手伝うからッ!!」
勢いよく立ち上がった阿部が京助が掴んでいた緊那羅の手を勢いよく掴むと大股で和室を出て行く
「…鈍いんだやな」
「今の音からしてきっとくっきーなんだやな」
空けていた和室の窓からコマイヌが顔を覗かせて言う
「…わけわからん;」
和室に入ってきて足元でピョンピョンはねてお菓子を取ろうとしているコマイヌに箱を取られないよう箱を頭上に持ち上げた京助が空いている手で頭をさすりながら廊下の方を見て口の端をあげた
「ちょ…あべさ…ん?;」
阿部に手を引張られて阿部と同じように大股で歩く緊那羅が阿部を呼ぶ
「何ッ!!」
止まった阿部が声を上げる
「…な…んでもないっちゃ;」
その気迫に負けて緊那羅が苦笑いを返した
「いいな…」
「え?」
緊那羅の手を離しながら阿部がボソッと呟いた
「なんでもないっ; ね、何人分コップ用意するの?」
きょとんとしている緊那羅に阿部が笑顔で聞く
「え…?; えっと…えーと…京助悠助…ゼンゴに…阿部さん…矜羯羅に鳥倶婆迦に…それからー…」
「多めに用意しよっか;」
指折り思い出して名前を挙げていく緊那羅に時間の無駄だと思ったのか阿部がさくっと突っ込む
「そうだっちゃね; …きっと三人くらい…増えると思うっちゃ」
緊那羅が笑った
「そういえば…」
口をつけかけたコップから口を離した阿部が二枚まとめて口にクッキーを突っ込んでいる京助を見た
「新しい英語の外国人教師来るって話聞いた?」
「はいほふひんひょうひ?」
口をモゴモゴさせながら京助が聞く
「そうグリーンさんが二週間くらい母国に帰るからって代わりの人が来るんだって」
「ほー…全然知らんかったわ; ここんとこってか夏休みはいってから誰ともあってなかったし…」
麦茶を一気飲みして京助が一息つく
「…悠…邪魔くさい;」
京助の背中にべったりくっついている悠助の頭に京助が手を置いた
「悠…どうしたの?」
「夏休みはいってからずっとその調子なんだっちゃ;」
阿部が実はさっきから気になってたの的視線で誰にでもない誰かに聞くと緊那羅がそれに答えた
「…なんでもないもん」
悠助がぷーっと膨れて京助の背中に顔を押し付けた
そしてその後ろで慧喜も顔を膨らませて京助を睨む
「…いや; 俺が悪いのか?;」
その慧喜の視線に京助が顔をそらしてまわりに聞く
「…さぁね」
矜羯羅がクッキーを齧りながらそっけない返事をした
「わざわざ…あんがとな」
玄関先で京助が阿部に言った
「…あ…あのねっ」
少し間を開けて阿部が京助を振り返った
「あ…あのね…アタシ…」
「…途中まで送ってく」
京助がサンダルに足を入れた
山鳩が煩く鳴きそれに対抗するかのように蝉も鳴く
北海道には珍しい夏日なのか向こうの景色が少しぼやけて見える
キャーキャーと海で誰かが遊ぶ声と帰省ラッシュかそれとも海を求めてなのかいつもより多く通る車の音
そんな騒がしい周りと正反対に黙ったまま歩く二人
「…京助」
阿部が口を開くと京助が足を止めた
「…本間…どうしてる?」
「え…あ…なんともないよ? 元気元気!うん…元気だよ? 昨日もあったし…」
「そっか…」
会話が途切れた
「…京助は…強いね」
阿部が静かに言った
「アタシだったら…逃げ出してるよ…こんなこと…だって…だって現実じゃ考えられないことなんだよ…? なのにな…」
「現実なんだよ」
阿部の言葉を京助が止めた
「考えられなくても現実なんだ…現実以外のなんでもない」
いつも通りの京助がどこかいつもとは違うカンジで言うと阿部がきゅっと唇を噛んだ
「俺だって逃げたいさ」
ハハッと笑った京助が歩き出す
「…でもさ…現実からは逃げられないだろ」
二人の横を高速貨物トラックが通り過ぎ風が起こる
「それに…」
「…それに?」
京助が再び足を止めた
「【今】逃げ出したくても【これから】は逃げ出したくねぇくらいの現実があるかもしんねぇじゃん…【今】現実から逃げたら【これから】の現実はこねぇだろ? だったら俺は逃げたくても逃げねぇ」
「…わけわかんない;」
「…スマン; 言ってて俺もよくわからんことになってた;」
考える阿部に京助がハッハと笑いながら軽く謝った
「ま…これから楽しくなるかもしれないから…ってことかウム」
京助が頷き納得したのか歩き出した
「…なにそれ;」
苦笑いを浮かべながらも阿部が小走りで京助の隣に並んだ
「ラジオ体操いってるの?」
阿部が聞くと京助が無言で顔をそらした
「…昔は毎日行ってたのにね」
「昔は昔だろ…; …れ?」
ふと京助が何かを思い出して足を止めた
「…どうしたの?」
数歩先に出ていた阿部が振り返り京助に聞く
「…なんで学校違ったのに俺が昔はラジオ体操毎日行ってたって…知ってんだお前…」
阿部が固まる
「確かに…一回会ってる…けどよく覚えてンなぁ…」
「…そりゃそうよ」
ゆっくりと阿部が京助を向かい合った
「だって…」
「わーか」
「んみゃー…」
ふにっとした感触の桜色の肉球が坂田の頬に触れた
「お土産もっていかないんですか? 京助君のところに」
顔を上げた坂田を上から覗き込むようにして柴田が笑った
「…お前は…;」
「んみー…」
柴田からニャロメを奪って坂田がソファーから立ち上がった
「夏休みはいってから…京助君だけじゃなく南君や中島君にもあってないでしょ」
ソファーの背もたれに肘を着いて柴田が言うとむすっとした顔で坂田が柴田を睨んだ
「…どうやって…どうやってどんな顔してあえっつーんだよ…あんなことあって…どうすりゃいいかわかんねぇ…の」
「意外と繊細だったんですね若」
俯きながら言った坂田に柴田がハハッと笑いながら言った
「お前は…ッ!! …お前は…お前…」
「俺は柴田勝美ですよ若…若の前ではね」
柴田が腰を伸ばして立ち上がり坂田の頭に手を置いた
「…でもじょうしょーとかいう…名前なんだろ? 本当は」
「清浄ですよ; …その名前…若には呼んでほしくないんですけどね…言ったでしょう? 若の前では柴田勝美だって」
「でも!!」
バッと坂田が顔を上げるとその顔は眉の下がり泣きそうな顔になっている
「…お前は…緊那羅にあんな怪我させられて…どんな顔して緊那羅にあうんだ…?」
しばらく間を開けて坂田が小さく聞いた
「こんな顔ですけど」
柴田がにっこり笑った自分の顔を指差した
「ふざけてンのか…? 自分に怪我させたヤツに笑顔…」
「やだなぁ…やられたらやり返すのが男の喧嘩の基本でしょう? …緊那羅君…操君は昔俺がやったことに対してやり返しただけですよ」
くしゃくしゃと坂田の髪を撫で回しながら柴田が言う
「でも!! すげぇ血がでてたんだぞ!? それで…」
「俺は殺しました」
柴田の言葉に坂田が止まる
坂田の腕からニャロメがすり抜けてそして柴田の足に頭をこすり付けた
そのニャロメを柴田がゆっくりと抱き上げる
「んにー…」
甘えるようにニャロメが柴田の胸に頭を擦りつけ鳴く
「若は…京助君たちと喧嘩した次の日どうやって会いました?」
「…べつに…普通」
「それでいいんですよ」
柴田の質問に坂田がぶっきらぼうに答えると返ってきた言葉に坂田が柴田を見た
「普通…いつもどおりで会えばいいんですよ」
柴田が笑う
「仲直りの方法っていうのは…あってないもんなんですよ」
「…別に俺は…仲直りとか…」
ぶつぶつ言う坂田の前にずいっと差し出された【登別】とかかれた紙袋
「…いってらっしゃい」
にっこりと柴田が微笑んだ
ブゥー…ン…
夏の太陽の下立ち尽くす二人の横を一台の乗用車が通り過ぎ阿部のスカートが靡いた
「…だって…だってねアタシ…」
握り締めた阿部の手が微かに震えている
京助はただ黙って阿部の言葉を待っている
『だってねアタシ』の言葉から数分が過ぎた
「だってなんだよ」
暑さでイライラしながら京助が阿部に聞く
「アタシ…っ!!!」
「スンマセン」
阿部の声と誰かの声が重なり京助ふりむいた
「…お…おおおおお!!?;」
京助が数歩後ずさって声を上げる
「が…ガイジン!!; おい!! ガイジンだガイジン!!! スーパーのガイジン!!」
京助が阿部と【ガイジン】を交互に見て言う
「ッ…みりゃわかるわよッ!!!!;」
スパンッ!!!
阿部が赤い顔で怒鳴りながら京助の頭を叩いた
ひょこっと茶の間をのぞいた悠助と片づけをしていた緊那羅の目が合った
「悠助?」
緊那羅が声をかける
「…京助は?」
チラッと部屋の中を見た悠助が聞く
「えっと…ここにはいないっちゃけど…」
緊那羅が部屋の中を見て言う
「…うん」
悠助が小さくうなずき廊下をきょろきょろと見た
「さっき阿部さんを玄関まで送っていったってことはわかってるんだっちゃけど…って悠助?;」
緊那羅の言葉が終わるか終わらないかというタイミングで悠助が廊下を玄関に向かって走る足音が聞こえた
「…いったい…何があったんだっちゃ…悠助…」
緊那羅が片付けていたコップの中の氷がカランと音を立てた
「みっつるんてば寂しがり屋さんなんだからもー」
「うるへー;」
笑いながら南が言うと坂田が怒鳴る
そんな二人の横を車が通り過ぎていく
「中島にもだいぶあってねぇよなー…夏休み始まってから全然俺ら顔あわせてなかったもんなー…」
薄手の半袖パーカーのポケットに手を突っ込んで歩く南が隣を歩く坂田をチラッと見た
「…まぁな」
坂田が小さく返すと南がため息をついた
「あのなぁ…;」
「…悠…」
何か言おうとした南に対して坂田が石段を駆け下り走っていく小さな後姿の名前を口にした
「悠? あ…悠だねぇ…何あわててんだろ?」
南も走っていく後姿を見て言う
「ただ事じゃないよう…なカンジ?」
坂田の肩に南が手を置く
「…いくぞ」
タッと坂田が走り出した
「いっやーん; 待ってー;」
その坂田を南が追いかける
「悠!!」
坂田が呼ぶと悠助が振り向き
「あぶ…ッ!!!;」
南の声とともに悠助の足がもつれた
「わ…;」
転ぶのを覚悟したのか悠助が目を瞑る
「あっぶねー;」
間一髪坂田が悠助を支えると三人して安堵の息を吐いた
「あ…坂田ありがと…」
悠助が坂田を見上げてお礼を言う
「んや…俺が呼んだからコケたようなモンだし; …で? 何そんなに急いでるんだ?」
坂田が悠助の頭に手を置きながら聞く
「京助…見なかった?」
悠助が京助の名前を口にすると坂田がぴくっとそれに反応した
「…京助がどうかしたの?」
少し遅れて南が聞き返す
「京助…いないの…京助…」
「いない…って…どこいったんだ? 俺ら向こうから来たけど…見なかった…よ、な?」
しょぼくれた悠助を見て坂田がそういいながら南にも目で聞く
「う…ん京助は見てない…けど」
南が頷きながら言うと悠助が向かおうとしていた方向を見た
「じゃぁやっぱりこっちなんだ…」
ボソッと言った悠助が坂田の手を掴んで下ろすとまた走り出した
「ちょ…待ってればいいじゃん; すれ違いになるかも知れねぇぞー!!?;」
走っていく悠助に坂田が叫んだが悠助は止まる気配がない
「…どうする…?」
南が坂田に聞く
「…きまってんじゃん」
坂田が走り出した
「…俺体力ないのにー; もー…;;」
南もため息を吐き坂田に続いた
「どこいくの?」
声をかけられた緊那羅が振り向くとむすっとした顔の慧喜が立っていた
「あ…えと…買い物…がてら京助と悠助を探しにいこうか…なーなんて思ってたんだっちゃ;」
あからさまに不機嫌な慧喜に緊那羅が苦笑いで答える
「悠助…やっぱり義兄様のあとついていったんだ…」
「…慧喜?」
きゅっと唇を噛んだ慧喜が俯く
「最近…悠助俺を見てくれない…ずっと義兄様義兄様…もう俺のこと嫌いになったのかな…」
「慧喜…」
俯き小さくいった慧喜にかける言葉が見つからないのか緊那羅はただ慧喜の名前を口にするだけでそれ以上はなにも話せなかった
「…俺も行く」
しばらく沈黙が続いた後 慧喜がおもむろに足を進めてサンダルを履いた
「あ、ちょ…待つっちゃ慧喜!;」
大またで歩き出した慧喜の後ろを緊那羅があわてて追いかけた
「ま…まっ…てぇえん;」
ゼーゼーとヒューヒューを言葉の間に挟んだ南が坂田のシャツを掴んだ
「伸びるわ阿呆!!;」
びろーんと約1メートルは伸ばされたシャツを引っ張って坂田が怒鳴る
「お前小学一年以下の体力ってアカンとおもうぞ俺;」
坂田が南に声をかけるが南はヒューヒューゼーゼー息を発するだけで精一杯らしくその場にヘタリと座り込んだ
「…しゃぁねぇなぁ…; お前ここにいろや;」
坂田がため息をついて南に言う
「…や…ぃじょぶ…;」
「いやだいじょばねぇだろ; 話し方が制多迦弁になっちょるし;」
手を振って大丈夫と主張する南に坂田が突っ込んだ
「わ…ったしをおいていかな…ゲホッゲホッ!!;」
南が激しくむせる
「アカンだろ; どうせ一本道だし帰りに拾ってやるから! OK? いい子だから動くなよ?」
咳き込む南に頭をなでた坂田が結構遠くにいっちゃった悠助を追いかけて駆け出した
「いっやぁ~…ん;」
南がゼーゼー言いながら遠のく坂田の背中に手を伸ばした
ブォ-------------------…
排気ガスくさい少し埃っぽい風が吹いた
「あ…阿部; お前に託す!!」
「はっ!?; 何よそれ!!!!;」
京助が阿部の肩をぽんと叩く
「お前塾かよってんだろ; 俺英語アカンしさー日本人だしさー」
「アタシだって日本人よッ!!; アンタ男でしょ!?;」
阿部が怒鳴る
「あのー…;」
「黙っててッ!!;」
二人のやり取りを見ていた外国人の男性がおそるおそる二人に声をかけると阿部が怒鳴り返した
「…つぇえ…;」
それを見た京助がぼそっとつぶやく
「挨拶くらいできるでしょ!? こんにちはとかすいませんとかッ!!」
「ハローだろ?; あとしらねぇし;」
「ハローでいいのよハロー!! ねぇ?!」
「ハイ!;」
さっきは黙っててと怒鳴られ今度は同意を求められた外国人男性がきょうつけをして返事をする
「きょうすけー!!!」
「悠?;」
いきなりとふっと腰元に抱き疲れた京助がおもわずその名前を呼ぶともうひとつ駆け足の足音が聞こえた
「…坂田…」
紙袋を提げた坂田の姿を見た京助が坂田の名前を口にする
「…坂田? …あ…坂田…」
阿部も同じく坂田を見た
「何してたの? 京助…」
腰に抱きついたまま京助を見上げ聞いてくる悠助に京助がハッとする
「そうだがいじ…」
京助がたぶん忘れ去られていた外国人男性を振り返った
「がいじ…? 外人さんだー!!!」
京助の見た方向を一緒に見た悠助が外国人男性を見て指を指した
「こんにちはってハローでいいんだよね? ハロー?」
悠助が満面の笑みで言うと外国人男性もにっこりと笑う
「すごいじゃない悠ー!! えらいなー」
阿部が悠助をなでた
「それに引き換え…この二人の男どもは…」
悠助の頭をなでながら阿部が京助と坂田をジト目で見る
「なっ…俺とコイツの頭のレベルを一緒にすんなッ!!;」
「そりゃどーいう意味だどーいう!!;」
坂田が反論すると京助もそれに突っ込んだ
「俺だって英語くらいできるわ!!」
「じゃぁやってみそ!! 恥じかけ恥じ!!」
ギャーギャー言い合う坂田と京助をぽかんとしたまま見ていた外国人男性に坂田が近づいた
「じゃぁ坂田…【すいません】って英語で言ってみて?」
「まかせろ」
阿部が坂田に言うと坂田がコホンと咳払いをして外国人男性を見たあと一言
「あーえー…エクスタシー?」
「…は?;」
坂田の言った一言に外国人男性が更にぽかんとする
「…感じてどうするのよ…; 【エクス】しかあってないじゃない…アンタも馬鹿だわ…;」
阿部がため息をついた
「…スイマセンはエクスキューズミーなんだよ少年」
やたら流暢な爽やかヴォイスで間違いを指摘された坂田とその他三名がその爽やかヴォイスが放たれたと思われる方向を見た
そこにはさっきからいたんだけどなんだか今やっと存在を再確認したかなーみたいなカンジ? 的外国人の青年
「…しゃべったー…」
悠助がぽかんとした顔のまま言うと一同がゆっくり頷いた
「そりゃしゃべるさ; 僕だって…ああ? 何? こういうん期待してた? ***********************? (何かすげぇ英語)」
「おおおおおおおおおおおおおおお!!!!;」
外国人の青年が何か一人で納得した後ペラペラと話し始めたおそらく英語だと思われる言葉に坂田と京助が一歩たじろいて声を上げた
「…すごーい…英語だー」
悠助がきらきらした目で外国人青年を見上げると外国人青年がにっこりと優しい笑みを悠助に向けた
「僕の名前はハリス。ハリス・テレスっちゅーんだけどね…まぁ日本語はなせるけどれっきとしたイギリス国籍の25歳」
自らをハリスと名乗った青年が聞かれてもいないのに簡単な自己紹介までしてきたのを京助と坂田そして阿部がただぽかんとしたまま聞いていた
「ハリスさん? 僕栄野悠助ー小学校一年生! こっちが京助で僕のお兄ちゃんでねーこっちが坂田ーそしてねー阿部ちゃんだよー」
一人キャッキャしながら悠助が固まっている中学校二年生三人をハリスに紹介するとハリスがほうほうと頷く
「そうかー…キョウスケ…サカタ…アベチャン…は中学生なんかな?」
「そうだよー!!」
ハリスが悠助に聞くと悠助が即答する
「じゃぁ…そうか…僕の教え子になるわけだな」
「へッ!?;」
ハッハと笑いながらさらりと言ったハリスの言葉に中学生三人組がそろって声を上げた
「僕、英語の臨時教員なんよね」
腰に手を当ててハリスが爽やかに笑った
「…英語の…」
「臨時…」
「職員…」
坂田、京助、阿部がそれぞれ一言ずつ言って【英語の臨時職員】という単語を完成させるとソレに合わせてハリスが頷いた
「…何してんだっちゃ南…;」
ジーワジーワと低音の蝉が鳴く中、聞き覚えのある声と自分に覆いかぶさってきた影に南が顔を上げるとそこには緊那羅
「あっれ~…; ラムちゃんヤッホウ…;」
ヘロケソ笑顔で南がのらりくらりと片手を挙げた
「いや…実は…;」
「うん? ってちょっ…慧喜!!; 待つっちゃ!!;」
「きゃー; ラムちゃーんまでワタシをおいていくのねー!!; 白状者ー!!;」
話し始めようとした南の言葉をほんの冒頭だけ聞いた緊那羅が南には目もくれず走っていく慧喜の背中を追いかけだすと南も立ち上がった
「待ってー!!;」
南の声が青空に高く響いた
「じゃぁ…二学期から来るっての…あなた?」
阿部がハリスに聞く
「そうそう僕のことじゃないかな? まぁ…一ヶ月くらいだけどね」
ハリスが笑いながら答える
「…お前…なんか微妙に話し方に関西なまりあるけど…」
坂田がボソッと言うとハリスが坂田のほうを見た
「よーくわかたなー! 僕大学は関西なんだよねー…そこの先輩の青木ってのに頼まれてさぁ…」
「順ちゃんに?」
ハリスが口にした記憶にある教師の名前に京助が反応した
「そうそう…北海道旅行がてらってことなんだけど…おっ登別いってきたのかサカタ」
ハリスが坂田の手にしていた紙袋を見て聞く
「はッ!?; あ…ああ…まぁ…」
ハッとして自分の手に持っている紙袋とハリスを交互に見た坂田がどもりながらも頷いた
「ってことはー…お土産…キョウスケにでも持っていたのか?サカタ」
【キョウスケに】という言葉で坂田と京助の目が合った
「いいねーお土産をわざわざ届けてくれる友達…うんうん青少年」
ハリスが坂田と京助の肩をたたいた
「中身何~?」
悠助が坂田を見上げた
「悠助!!!」
そして呼ばれて悠助が振り向いた
ガバァッ!!!!
「うわッ;」
「危なッ!!;」
「ひどいよひどいよッ!!!」
ロケットダッシュで抱きついてきた慧喜によろめいた悠助を坂田が支えた
「俺をおいてッ…俺っ…」
「あっついよ~慧喜~;」
グリグリと慧喜が頬を悠助に擦り付ける
「おお…日本にも熱烈な女性がいるんだねー…いいねユウスケ」
ハリスが慧喜を見てハッハと笑う
呆れ顔でそれを見ていた坂田がふと顔を上げそして…
「…緊那羅…」
「あん?」
ボソッと言った坂田に京助が反応して同じく顔を向けると数メートル離れたところに立っていたのは緊那羅…とヘロケソの南だった
「おー!! 金髪…地毛? 染め毛?」
「染め毛ってなんじゃ; 染め毛って;」
緊那羅を見たハリスが言うと京助がすかさず突っ込む
「んー!! いいね今のノリ突っ込み! !ごうっかっく!!」
「駄目------------!!」
ハリスがバシバシと京助の背中を叩くのを見た悠助が叫んだ
「…悠?;」
周りが驚きそして同じように驚いていた慧喜の腕から悠助が抜け出すと京助の腰にしがみついた
「…なしたん; お前さんはよー;」
むすっとした顔でハリスをにらんだ悠助の頭に京助が手を置いた
「悠助…」
さっきまで悠助を抱きしめていた慧喜の腕が悠助を失ってそのままだらんと下がった
「っ…義兄様の馬鹿--------------(えき)-----------!!!!!!」
「だっ;」
「うわ;」
「俺かよ!!!;」
泣き叫びながら慧喜が緊那羅と南を押しのけて栄野家方向へと全力で駆けていく
「…南…? 生きてる…っちゃ?;」
尻餅をついた緊那羅が地面とディープキッスをしている南に声をかけると人影が覆いかぶさった
そして
「…ん」
差し出された手
「…さ…」
「はよ掴め」
掴むのを躊躇っていた緊那羅に坂田がぶっきらぼうに言う
「…う…ん」
差し出された緊那羅の手を掴むと坂田がぐいっと緊那羅を引っ張ってたたせる
「ほれ; いつまでアスファルトとラブシーンしてんだお前も;」
坂田がペシンと小気味いい音をさせて南の尻を叩いた
「あついよいたいよあついよいたいよあついよいた…」
「やかましい!!!; さっさと立て!!;」
顔を上げずにしくしくとすすり泣きながら呪文のように言い出した南の尻をさらに坂田が叩く
「その辺でやめとかねぇと南の尻われんでー;」
腰に悠助を引っ付けたまま京助が南と坂田の漫才に突っ込んだ
「あの…坂田…わた…」
「ハッハッハ---------!!! いいね-------そのノリ突っ込み!!!」
今までこらえていたのかハリスが急に笑い出した
「…ハリス…先生…?;」
阿部が恐る恐る呼ぶ
「アベ、ハリスでいいよハリスで」
そんな阿部の肩をハリスが叩いて言う
「先生ちゅーでも臨時だし短期間だしさ先生つけたら壁できるだろう? 仲良くフレンドリーにOK?」
ハリスが笑いながら一同に言うと一同が戸惑いながら頷いた
「いやしかし…お久しだな」
腰に悠助を引っさげたままで京助が南と坂田を見た
「んだねぇ…こげに会わなかったの…って本当ねぇ気がするねぇ…一匹足らないけど」
南がしみじみ言った後うんうん頷いた
南が言う【一匹】というのはおそらくも何も影が薄いがスネ毛は異様なまでに濃い中島のことだろうとハリス以外の全員が思った
「一匹っては?」
案の定ハリスが【一匹】について聞いてくる
「あのねこいつら…京助と南と坂田と…もう一人中島っていうのがいるの…ハリスより…少し背は低くて…その中島とここにいる三人めちゃくちゃ仲がいいんだ」
阿部がハリスに3馬鹿と京助の仲のよさを説明するとハリスがほほ~っと言う顔で頷きながら京助、坂田、南を順に見る
「…で…そっちの金髪…」
ハリスが指差した人物に一斉に視線が向いた
「…え?;」
今まで蚊帳の外にいた緊那羅が少し驚いて一歩たじろく
「…あ…その子は…」
そこまで言った阿部がはたと何かを思ってなのか緊那羅を見たまま言葉をとめた
それからしばらく何も言い出さない阿部に今度は一同の視線が集中する
「…阿部…ちゃん?;」
南が阿部の名前を呼ぶ
「おーい…?;」
京助も手をヒラヒラと振ってみるが阿部はただそのまま緊那羅を見つめる
「…阿部…さん…?;」
一向に自分からそらされない阿部の視線を何とかしようとしてなのか緊那羅も阿部の名を口にした
ブィー…ン…
ジーワジワジワ…ミーッチョンミーッチョン…
ザー…ン…
沈黙したままの一同の周りでは色々な音が絶え間なくして
夏の日差しが真上から降り注いでいる
「あっつい~…」
悠助がぎゅうっと京助の腰にさらに強く抱きついた
「…アベ?」
ポンっとハリスが阿部の肩に手を置くと
「…ラムちゃん…って…」
阿部が何分かぶりに口を開いて言葉を発した
「…緊那羅?」
その発しられた言葉でまたも緊那羅に視線が集中する
「…操…」
ブォ---------------…
三つの言葉
ハリスと悠助以外の全員の時間が止まったように思えた
再びの沈黙の到来にハリスがポリポリと頭を掻いてため息をついたあと
「ハイッ!!!」
パンっ!!
わざとらしく大きく手をたたいて声を張り上げた
それに驚きハッとしてわれに返った一同がハリスを見る
「はりす…さん?」
悠助がハリスを見上げるとハリスがにっこりと笑って悠助の頭に手を置く
「僕はハリス。君は?」
ハリスが悠助から緊那羅に今度は笑顔を向けた
「え…わ…私は…緊那羅…だっちゃ…」
向けられた笑顔に緊那羅が恐る恐る答えた
「OKキンナラだね」
これまたわざとらしく大きな声で【緊那羅】と復唱したハリスが阿部を見てまた笑う
「アベ、キンナラでいいんだね?」
「え?; …あ…そう…です…?;」
聞かれた阿部が戸惑いながら頷いた
「よしよし…キョウスケにサカタにアベにユウスケに…ナカジマだっけ?」
「…南だっぴょん…;」
一人だけ間違えられた南がさめざめと坂田の肩に頭を着けその南の頭を坂田が押し戻した
「で? ミサオって誰?」
ブォ--------------------------…
ハリスがニコニコしながらその名前を口にした
「…操…は…」
坂田が呟きながら緊那羅を見ると緊那羅が気まずそうに俯きぎゅっと拳を握る
「操ってのは…操って…いう…のはだな…その…」
「今はいないけど京助の大事だった人」
続きの言葉が出てこなかった京助の言葉につなぎ足すように坂田が答えた
「いない?」
ハリスがきょとんとすると坂田がむっとしてハリスをにらんだ
「察しろよ!! それでも先生なんか阿呆!!」
「さ…かたくんどーどー;」
怒鳴った坂田を南が止める
「っていうか他人首突っ込むな!! すげームカツク!!!」
南に抑えられてもなおハリスに対して敵意剥きだしで怒鳴る坂田にハリスが驚きの表情をしている
「興味本位で…興味本位でその名前口にすんじゃねぇ…」
一通り怒鳴った後シメの一言を言い放った坂田がギロっと極めつけとでもいうかのようにハリスをにらみ上げた
「…若ー; 若こわーい;;」
冗談交じりで南が坂田の肩をたたいた
「…OK…悪かったねサカタ…」
ため息をついてハリスが坂田に謝ると場に安堵の空気が流れた
「もう言わないし詳しくは聞きたいけど聞かないよ…約束する」
「わかりゃいいんだわか…りゃって何だよコレ;」
気づけば顔の前にずずいっと出されていた小指に坂田がハリスを再び見た
「ユビキリ」
ニコッとハリスが笑いそして早く指を絡ませろといわんばかりに坂田にむかって立てられた小指をさらにずずいっと進める
「ゆび…って何でだよ;」
怪訝そうにその指を押し戻しながら坂田が聞く
「大事なことは約束するのが当たり前、そして約束したならユビキリしないと」
「…なんですかその間違った日本の解釈はー;」
ハリスと坂田のやり取りを見ていた南がすかさず突っ込んだ
「やってあげればいいじゃない;」
阿部が坂田に言う
「じゃぁ阿部がしろよ; 俺はいや…っちゅーとろーがーッ!!!;」
いつの間にか坂田の小指に自分の小指を絡めたハリスがにっこり笑って
「ゆーびきーりげーんまんうそついたら…」
そしてご機嫌に歌いながらブンブンと絡めた小指を上下に動かす
「音痴やナァ;」
その歌声を聞いていた京助がボソっと言った
「うっそついたらハリセンのーますゆびきっ…」
「ちょいまて;」
指切ったの【た】寸前で坂田がその歌を止めた
「ハリセンボンだろ?; ハリセンボン…そうだよな?」
坂田が回りに聴くと周り一同緊那羅以外が頷く
「ハリセンじゃなく…ハリセンボンのーます♪ だよね?」
阿部が軽く歌う
「そうだよー? はりせんぼんのーますっていうの」
悠助も途中から歌った
「ハリセン…ボン?」
坂田と小指をつないだままぽかんとした顔でハリスが呟く
「針を千本飲ませるってことだよな?たしか…」
「え? ハリセンボンっていう魚じゃなく?」
京助が阿部に聞くと阿部が違った答えを返してきた
「マジで?; えー…俺は針が千本…だと思ってた…悠は?」
京助が自分の腰にしがみついてる悠助に聞く
「僕はねー…僕も京助とおんなじ」
「な?」
「え? でも俺は魚説もきいたことあるけどなぁ…若はどうですか」
南が坂田にも聞く
「俺も針だとずっと思って…どうなんだ?;」
今だ小指をハリスとつないだままの坂田がそのままうーんと考え込む
「…緊那羅はどっちだと思う?」
「へっ; や…私それ知らない…っちゃし…;」
いきなり話題を振られて緊那羅が少し上ずった声であわてて答えた
「…操なら…知ってた…かもしれないっちゃね」
無理に笑顔で緊那羅が返すと一瞬にして訪れた重苦しい沈黙
「…私じゃなく…」
何気なくだろう組んだ緊那羅の手がかすかに震えている
誰も声が出せない声がかけられない
「…は…ははは…うん、ごめんだっちゃ私にはわからない…本当…わからないんだっちゃ」
「いやラムちゃんはわる…」
息継ぎしてるのかしてないのかというテンポで言葉を発する緊那羅に南が声をかけ…ている途中に京助がずるずると悠助を腰につけたまま緊那羅の前に立った…かと思うと
ドス
勢いよく緊那羅の額の二つの点を指でどついた
「い…何するんだっちゃッ!!!;」
緊那羅が額をおさえて怒鳴る
「あのなぁ…いい加減にしろよ?」
半分呆れたような声で京助が頭を掻きながらため息をついた
「操ちゃんは【だっちゃ】なんつー話し方はしてなかった、デコポチもないし覚えてる限りではお前みたいなあんな奇想天外な動きもできねぇ」
「でも! でも私のこの体は…ッ」
「世の中にはノッペリだかいう…三人は同じ顔してるヤツがいるっつー話だ」
「キョウスケ、そこドッペルドッペル;」
自信満々でいった京助にハリスがさり気に突っ込む
「それよ、いいか? 操ちゃんはお前のノッペルだノッペル」
「いやドッペルだからして旦那」
ハリスに突っ込まれてもなおドッペルと言わない (言えない)京助に今度は坂田が突っ込んだ
「…京助…」
「誰にだってしらねぇことだってあるだろいいじゃん知らんくて」
緊那羅の眉が優しく下がる
「…しょっぱいねぇ…ってかもう見慣れたけどさぁ…ねぇ? あ…」
南がハッハと笑いながら阿部の方を見てギョッとした
「阿部…ちゃん?;」
むすっとしてあからさまに不機嫌な表情の阿部とその阿部から出ている闘志というか…まぁ燃えるオーラの気配に南が思わず苦笑いでゆっくりとその場から離れそして坂田の陰にコッソリと隠れた
「あなたのお名前なんてーの、ハイ!」
「えっ…; き…緊那羅…だっちゃ…?;」
パパンと手を軽快に鳴らして京助がリズミカルに緊那羅に聞くとどもりながらも緊那羅が自分の名前を言う
「じゃ緊那羅じゃん、はいおわーり」
そしてパンっと最後に大きめに手を鳴らしてヘッと口の端をあげて笑った
「…見事だねぇキョウスケ…」
ハリスが感心してほうほうと頷く
「何がやねん;」
何に感心されたのかわからない京助がハリスに聞いた
「いやいや…ここまで強引にそしてここまでさっぱりと纏め上げることできるなんてさ…一種の才能とでもいえるよキョウスケ」
パチパチと拍手をしてハリスが京助をほめる
「…香奈も言ってた…京助っているだけで場がまとめられるって…すごいよね…」
阿部が頬を少し赤くして微笑む
「まぁ…確かに…そうかもしれねぇな…」
坂田も同意して頷く
「ヨーシ! 僕決めた!」
ハリスがニーッっと笑って京助の肩をたたいた
ミーンミーンミーン…
「…誰コレ」
ちみっ子竜の一人を片手に矜羯羅がそれを見下ろした
そしてしゃがみ半分口のあいたその間抜けな面をツンツンと突付く
「あーそれね、放っといていいっぽいよー」
シャクシャクとカキ氷にシロップを絡ませて南が矜羯羅に言った
その南の後ろでは
「ぅおりゃぁああぁぁぁあぁあああああああ!!!!!!!!!!」
ジャコジャコジャコジャコジャコジャコ
気合の入った掛け声とともに取っ手を回す坂田
そして頭を抱えて隅っこでうずくまる制多迦のその頭をぺちぺちとたたいているちみっ子竜二号
京助たちの姿はない
「…いつまでここにおいておくの…? 邪魔なんだけど」
チリーンと風鈴が鳴る
「しょうがないじゃん; 彼だって一般の人間だもんさー…動くしかも話すヒマワリみちゃったら…普通はこうなるモンだよねぇ…」
赤いシロップが十分に染み渡った氷を口に運んだ南が半分苦笑いで縁側に横たわっているハリスに目をやった
「日本の視察とかいって勝手についてきたのソイツなんだから放っとけ放っとけ」
山盛りに削られた氷に坂田は青いシロップをかけた
ペタペタと廊下を誰かがはだしで歩く音が聞こえ戸口に一番近かった南が体をよじって廊下の方を見ると
「あららんコロちゃ…ん?」
やってきたのは慧光
南が慧光に声をかけたが慧光はその声には反応せずまっすぐ足を進めて隅っこで相も変わらず頭を抱えてうずくまっている制多迦に近づいた
カチャン…
その際 制多迦の近くに置いてあった空になったカキ氷の入ってたと思われる容器に足がぶつかり容器が倒れた
が、いつのもの片付け魔の慧光であるなら瞬時に拾い上げるであろう容器をそのままに制多迦の近くで足を折り座った
「…慧光?」
その場から数メートル先縁側にいた矜羯羅がいつもの慧光ではないことに気づいたのかハリスをまたいでその場に近づく
「コロ助…? カキ氷食いたいのか?」
スプーンをくわえた坂田が慧光に聞くがやはり反応は返ってこない
「…慧光」
膝を立て慧光の肩にそっと手を置いた矜羯羅が慧光を呼ぶと慧光の目つきの悪い目から一筋涙が流れた
「…慧喜は…」
慧光の震える唇が慧喜の名前を吐き出した
辛いね
もうないって言ってたのにね大丈夫って言ったのは誰?
「悠助…」
まただね
ずっと一緒って言ったのは誰?
「…悠助」
ああ…嘘吐きだね悠助は
「違う…悠助は…」
どうしてかばうんだ?
だって今は?
一緒にいないじゃない
「でも違う…悠助は…」
まただよ慧喜
ま た
「また…」
所詮は移り変わる心なんだ
移り変わる人の心それらが【時】を招くことを気づかないくらいなんだ
「時…」
そう慧喜…君は時の中にいるもの…抜け出せるわけがない
「嫌…」
逃げてもその場しのぎでしかないんだよ
「嫌…」
全ては上の手の中で
「慧喜ーおーいッ;」
ドムドムと襖をたたく京助の腰には悠助そして隣には緊那羅
「カキ氷食わねぇのかー?」
その問いにも何も返事はなく京助がため息をつく
「…慧喜…」
緊那羅が慧喜の名前をつぶやいた後悠助を見下ろした
木製の廊下がキシキシと鳴りその音に京助と緊那羅、そして悠助が顔を上げた
「お…こんが…」
「慧喜」
やってきたのは矜羯羅と制多迦
矜羯羅が京助の呼びには向かず襖へと声をかけた
矜羯羅の呼びかけからいくらかしばらくの間
セミの声が開けた窓から風と共に流れ込んでくる
もう一度名前を口にしようとした矜羯羅がそのまま言葉を出さずに口をつむんだ
スー…っと襖が開いた
「せんせーにみえねぇせんせー…カキ氷食う?」
南がブルーハワイのかかったカキ氷入りの容器をハリスの額につけた
「…日本の中学生ってキモが座ってんだねぇ…」
ハハハと苦笑いでハリスが言う
「うんやー? 俺らってか…ここが多分特別なだけじゃないかと思う…けどねぇ…普通じゃないことが普通なんだしさー動くヒマワリとか」
「アレには驚いたわ;」
南からカキ氷の容器を受け取ったハリスがまたも苦笑いをした
「というか…さっきの人達とかって…全部キョウスケの家族じゃないでしょ?」
「えっとー…;」
シャクっとカキ氷にスプーンをさしたハリスが聞くと困った南が坂田の方を見た
「…家族だ」
坂田が一呼吸置いて言う
「あいつらは全員この栄野家の住人で家族で俺の友達だ」
「俺のじゃなくてー; 俺らー; もーみつるんてばー;」
坂田が言うと南がそれを追いかけて付け足すように突っ込んだ
「…血は?」
「血が繋がってないと家族じゃないんかい、関係ねぇじゃんそんなん…人類みな兄弟…って…や…まぁ人類なのかはわからんけどとにかく兄弟で家族でいいじゃん」
途中独りでブツブツいいながらも坂田がハリスに言った
「…うんいいね」
ハハッとハリスが笑う
「正月町をジュンイチが自慢していたのがよくわかるよ」
「順ちゃんが?」
空になったカキ氷の容器を片手にハリスがコメカミ部分を数回叩きながら言った
「義兄様ずるいー!! 」
開いた襖からちょっと怒ったような声がして慧喜が京助の服をつかんでいる悠助を抱き上げた
「悠助もー!! もう…」
ぎゅうっと悠助を抱きしめた慧喜がぷーッと頬を膨らませる
その様子をあっけにとられたように一同が見ていた
「…き?;」
制多迦が慧喜に声をかけるときょとんとした顔で慧喜が制多迦に向って小首をかしげる
「どうしました? 制多迦様…? あれ? 矜羯羅様も…どうしたんですか? 俺の部屋の前に集まって」
「…どうしたって…お前が…;」
?マークを頭に上に5個くらい出した慧喜が一同に聞くと京助が口の端を上げつつ慧喜を指差した
「…慧喜?;」
緊那羅が慧喜に声をかけるとこんどは緊那羅のほうに顔を向けてきょとんとする慧喜
「なんなんだ? 緊那羅も…なにかあったの?」
「だからおま…」
「慧喜」
京助が何か言おうとしたのを矜羯羅の言葉がさえぎった
「はい? なんですか矜羯羅様…」
「……カキ氷食べに行くよ」
「はぁッ?;」
矜羯羅の言葉に京助が思わずすっとんきょうな声を上げた
「はい!!」
慧喜が笑顔で返事をして悠助を下に下ろすと悠助の手をとった
「食べに行こう悠助」
「え…あ…うん…」
悠助がどもりながら返事をしてうなずくと慧喜がにっこりわらった
「俺さーこの年になってなんだけど…ぶちゃけ流しソーメンっつーの食ったことねぇんだよなぁ」
チリーンと鳴った風鈴の音とかぶって京助が言った
「ンなもん俺だってねぇよ;」
「あー俺もないなぁ」
晩飯時氷の添えられたガラスの器から冷たく冷えたソーメンを汁の中にとりながらの会話
「流しソーメンって…流れてるの?」
薬味を自分の付け汁の中にいれつつ矜羯羅が聞く
「そうそう上からねこう…ソーメンが流れてくるんだー」
南が答える
「ボクはあるよ流しソーメン」
ズルルーっという音の中聞こえたハリスの言葉に一同がハリスを見た
「マジでー?; 外人のクセに日本の心和の心を経験済みなんか…いーなー」
「いや逆に外人だからってのもあるんちゃう? 観光とかでさー」
「流しソーメンっておいしいんだっちゃ?」
ちょっとずれた質問をした緊那羅にハリスがにこーっと笑いかけると緊那羅もつられてにこーっとわけもわからず笑みを返した
「いやフツーのソーメンだけど…こう…風情が…」
「散々ずるずる食べて何が風情なのまったく…」
京助が何か悟ったような顔つきで風情を語っていると母ハルミが刻んだキュウリの入った器を京助の頭の上に勢いよく置いた
「いってぇ!!; なんだよ母さん!; 何すんだよ!!;」
「…京助今口から何か飛び出したんだけど」
怒鳴った京助の口から何かが飛び出したのを目撃した鳥倶婆迦が言う
「きったないわねー…拾いなさいよ? ホラホラ、まだまだソーメンなら沢山あるからねー? ハリス君も食べてる?」
「ハイっ! 食べてますッ!!」
「…君は坂田君でしょ」
何故か答えた坂田に対して南が突っ込む
「…慧喜?」
「えっ? …何? 悠助」
いいだけ汁を吸って茶色くなりかけていたソーメンを一向に箸であげない慧喜に悠助が名前を呼ぶ
「ソーメン…」
「え? あ…ソーメン…うん」
茶色くなったソーメンを慧喜が箸であげて口に運んだ
「しょっぱくない?」
「大丈夫だよありがとう悠助」
心配そうに見上げてきた悠助に慧喜がにっこりと笑みを向けるのを慧光がじっと見ている
「慧喜…」
慧光が小さく呟いた
庭先からキャーとかわーとかいう悲鳴と笑い声が家の中に流れ聞こえる
「…なんだっちゃこの花火…まるでうん…」
「ハーイ!!!; わかっててもソレは君の口から言ってはならない言葉だよラムちゃん! その役目は俺たちだから!!;」
「…んこみたい」
モリュモリュと楕円の中から出てくるソレを見て制多迦がさらっと言う
「…タカちゃんー…;」
「…?」
言った制多迦に南が苦笑いを向けると制多迦がヘラリと笑い返す
「本当うんこだね…」
「うん、うんこだ」
「アッハッハッハ!! そう! うんこうんこ!!!;」
制多迦に続き矜羯羅と鳥倶婆迦もソレをみて何か納得したように言うと南がもうヤケだという感じで笑いながら言った
「いいねぇ…ソーメンのあとは花火…」
「じじくせーこと言ってまんなー」
ハリスが微笑みながら言うと坂田が突っ込んだ
「京助ーコレに火つけてー」
手に二本花火を持った悠助がチャッカマン片手に持つ京助の下に駆け寄ってきた
「ロウソクでつけろよ; 何のためのロウソクだ;」
京助がブツブツ言いながらもしゃがんで悠助の手持ち花火に向けてカチカチとチャッカマンを鳴らす
「京助! バケツ用意しなさい!!」
「京様ー!! 私のハートにも火がほしいですわー!!!!」
「京助このうんこもうでなくなったっちゃけど…」
「俺は一人しかおりませんってーの!!!;」
母ハルミ、ヒマ子、そして緊那羅に同時に言われた京助が怒鳴る
「あっはっは!! キョウスケは人気者だなぁ」
ハリスがソレを聞いて笑い立ち上がった
「ホームか…そういえばもう何年も帰ってないなぁ…」
ボソっと言ったハリスがうーんと伸びをしてその手を腰に当てた
「帰ってみるかな…」
「何ひとりでブツブツいってんよハリスせんせー?」
坂田が一本の線香花火をハリスに差し出した
「ま…日本の心まず一本」
坂田が線香花火に火をつけた
「慧喜…?」
慧光が席の背中に声をかける
「本当に慧喜ナリか…?」
一歩 慧喜に近づいて再び慧光が聞く
「…慧喜…」
「うるさいなぁ…俺は慧喜だよ」
呆れたように面倒くさそうに慧喜が答える
「…それなら…いいナリ…」
スタスタと歩き出した慧喜の背中を慧光が不安げに見つめてた
「…かえろっかなぁ」
玄関先でハリスがボソッとつぶやいた
「いや、今からまさに帰るんですけど…;」
サンダルを履いた南がハリスに突っ込んだ
「うんや…家にじゃなく…国に」
「…ホームシック?」
家の中からの明かりで外の方に伸ばされた坂田の影がハリスの影を押した
「まぁ…そんなもん…かな」
ハリスが一呼吸おいた後玄関内にいた京助を見た
「…ここは帰る場所を教えてくれるところだね」
「は?;」
「いつから栄野家は交番もしくは観光案内所もしくは地域相談センターになったんだ?」
にっこり笑い言ったハリスに京助がわけわからんという目をむけ南が言う
「ホームスィートホーム」
「…家、甘い家」
「まさに直訳ガッテン中学二年生」
栄野家を見てハリスが言った言葉を坂田が直訳してそれに京助が突っ込む
「つうかかえろっかなーはいいんだけどさー…二学期からくんだろ? 学校…」
「んー…そういうことになってるねぇ」
チンタラと石段方向に動き出した集団の影がひとつに固まって動く
「…帰る場所は始まった場所始まった場所は帰る場所」
石段をひとつ降りてハリスが言う
「帰りたいと思う場所が帰る場所」
もう一段降りてまた言う
「命の数だけ帰る場所があって始まりの場所もある」
もう一段降りたところでハリスが振り返った
「君たちにもあるだろう?」
その一言で三人が顔を見合わせた
「…そりゃ…まぁ…あ…」
「でもソコが家とか場所とかじゃないこともある」
話す坂田の言葉をさえぎりハリスが言葉を吐く
「…どこに帰るん;」
「母さんの腹?」
「いやソレは帰りすぎ」
スパンと突っ込みを交えて漫才を始めた京助と坂田
ハリスがまた一段石段を降りる
「心にも故郷はあるんだよ」
「…心?」
「なんかそんなタイトルの歌なかったっけ?
「あー…もしかしてソレ涙のふるさとじゃねぇ?」
そう話しながら石段を最後まで降りた
「ボクはこれから心のふるさとに帰るよ」
「…これから?;」
坂田が携帯を開いた
「…九時だぜ?;」
「今から歩いていけば明日には札幌行きのバスが出るターミナルに着くとおもうんだ」
携帯をたたんだ坂田にハリスが言う
「別に今歩いていかなくても明日バスでいって乗り換えれば…」
言いかけた南の前にハリスがずいとカード入れのようなものを出した
「…誰このパツキンガール」
「レナいうてボクの彼女」
「…ほー」
「そして僕の心のふるさと」
「…クサー」
京助が鼻をつまんで手を顔の前で振った
「一緒にいたいと思う存在こそ心のふるさとなんだよ」
カード入れをしまいつつハリスが言う
「さって…じゃぁ…解散しますか」
伸びをしたハリスが背中を向けた
「んだねー…じゃぁ俺らもかえろっか」
南が坂田に言う
「おー…んじゃな」
「おーまたなーサンキュ」
片手を挙げ京助が三人を見送る
三本目の街灯の下を三人が通ったのを見てから京助が石段を登り始めた
「…何してんだ;」
「えっ;」
鳥居の影から見えたポニーテールに声をかける
「えっと…あの…おかえりだっちゃ」
姿を見せた緊那羅が笑顔で言う
「おかえりもなにも…どこにもいってねぇじゃん;」
「でも…いいじゃないっちゃか; 言ったって別に…」
石段を登ってきた京助の隣に並んで緊那羅が歩く
「…ただいま」
京助がボソッとつぶやいたのを聞いて緊那羅が足を止めた
「…置いてくぞ;」
「…あ; うんっ」
数歩遅れた緊那羅が駆け足で京助に追いついた
「京助ー花火の後片付けなさいよー」
「ヘーイヨー;」
「私も手伝うっちゃ」
母ハルミの声で二つの影が庭先へと向う
北海道の短い夏のとある一日