【第十一回・弐】うらうらら
栄野家の人口が一気に増加したようです
「また寝てるし…;」
元開かずの間の窓枠に頭を乗せて寝ている制多迦を見て京助が呟いた
「まるで今まで眠れなかった分を取り戻してるみたいだっちゃね」
栄野家の人口が一気に増加してから数日
やっと春らしく雪解けが進んできた北海道日本海沿岸の正月町にはうららかな春の日差しが降り注いでいた
「しっかし…よく寝るなぁ…息してんのか?;」
京助がそう言いながら制多迦に近付き制多迦の鼻をつまむ
「…ぷっはっ;」
しばらくつまんでいると制多迦が顔を振って起きた
「…に?;」
そして半分寝ぼけて半分驚いた顔を京助に向けた
「おー…生きてたか」
京助がハッハと笑う
「何してるのさ」
ずしりと頭に重みを感じて京助が振り向くと赤ん坊を抱いた矜羯羅がいた
「制多迦で遊んでる暇があるなら一人くらい面倒見たら?」
その矜羯羅の足元をハイハイで歩き回るもう一人の赤ん坊を京助が見下ろした
あの日から栄野家の人口は10人を突破している
空に帰れないという矜羯羅、制多迦、慧光、鳥倶婆迦に加え力を使って赤ん坊化した上何故か四人になってしまった父親である竜
「後の二匹は?」
ハイハイしている赤ん坊を目で追いつつ京助が聞く
「慧光達が見てるよ」
赤ん坊を抱きなおしながら矜羯羅が答えた
「コレが【飛竜】だっけか?」
ハイハイしてついに制多迦に辿り着き制多迦登りをはじめた赤ん坊を見て京助が聞く
「そっちは【天竜】飛竜は鳥倶婆迦達の方にいるよ…そしてコッチが【独眼】」
矜羯羅が言う
「…よくわかるナァお前;…もう一匹が【竜登】だっけ?」
京助が聞くと矜羯羅が頷いた
「ぱー」
制多迦を登っていた天竜という赤ん坊が制多迦の頬をぺちぺち叩く
「…何か…匂わないっちゃ?;」
緊那羅が言うと矜羯羅と京助がふんふんと周りの匂いを嗅ぎそして矜羯羅の腕に抱かれている独眼という赤ん坊を見た
「…ふんばってますね」
赤い顔をして矜羯羅の服を掴みながらふんばっている独眼を見て京助が呟いた
「…さっきしたばっかりなんだけど」
矜羯羅が言う
「だぷー」
天竜が制多迦の顔に覆いかぶさるようになって声を上げる
「ふえぇえええええええ!!!」
「緊ちゃ------------ん!! 竜ちゃんが泣きやまない-----------------------------!!」
ドタドタと廊下を走る足音と赤ん坊の泣き声、そして悠助の声が近付いてくる
「ばっか; コッチつれてくるな!!; 連鎖起こる連鎖ッ!!;」
京助が大声で言うと制多迦の頭に上った天竜がビクッとした後顔が段々をゆがんできた
「…ふ…」
「ふぇえええええええええええええええええ!!!!」
天竜よりも先に独眼が泣き声をあげた
「出しながら泣くなんて器用だね」
矜羯羅が方耳をふさいで言う
「最終兵器 緊那羅出動!!」
「なんだっちゃそれ;」
泣き止まないという竜を悠助から受け取りながら緊那羅が京助に突っ込む
「…しよし;」
連鎖反応で泣き出した頭の上に天竜を腕に抱いて制多迦があやす
「でもまずはオシメ取り替えないとだっちゃ;」
「ふえぇええぇええええええええええええええええええええええ!!!!!!」
三重になって響く泣き声を聞きながら緊那羅が言った
「また寝たよオイ;」
かいたあぐらの中に眠る天竜を置いて制多迦がコックリしているのを見て京助が呟いた
元開かずの間に響くのは泣き声ではなく緊那羅の歌声
「やっぱ威力絶大だな緊那羅の子守唄」
敷かれた布団の上で指をくわえたりしながらウトウトしている三人の赤ん坊の隣には寝息を立てている悠助と慧喜
「相変わらずいい声してるね…」
壁に背をつけていた矜羯羅がふっと笑った
「矜羯羅様は眠らないナリか?」
その矜羯羅の隣に座っていた慧光が聞くと矜羯羅が足を伸ばしその足をポンと叩く
「寝るなら…貸すよ」
そして慧光を見て微笑む
「え…い…いいナリか?」
少し驚きながら矜羯羅と足を交互に見て慧光が聞く
「駄目だったら言わないよ」
矜羯羅が返すと少し躊躇いながら慧光が矜羯羅の足に頭をつけた
「鳥倶婆迦は?」
服装はコッチの服装をしててもやぱりあのお面をつけている鳥倶婆迦に矜羯羅が聞く
「おいちゃんもいいの?」
鳥倶婆迦が聞き返すと矜羯羅が頷いた
「みんな揃ってお昼寝タイムかよ;」
ヘツと口の端をあげた京助も軽くあくびをすると立ち上がりおもむろに緊那羅の側に腰を下ろすとそのまま緊那羅の背中に頭を預けた
少しだけあけていた窓から春の風が入り込んできた
「幸せ?」
矜羯羅が緊那羅に聞いた
「…へ?」
歌うのを止めた緊那羅が矜羯羅を見た
「君は今幸せ?」
矜羯羅がもう一度同じ質問をする
「…私は…そう…だっちゃね…うん」
緊那羅が照れながらの笑顔で返すと矜羯羅がふっと微笑んだ
「…ずっと続けばって思わないほうがいいよ…いつかは…」
「わかってるちゃ」
矜羯羅の言葉を緊那羅が止める
「だから私は【今】の【幸せ】を思いっきり満喫してるんだっちゃ…私は永遠とかずっととか…思うことあるっちゃけど…でも…でもそれは…だから私は【今】の【幸せ】だけでいい…って思うようにしてるんだっちゃ」
緊那羅が少し体をねじって片腕を上げると背中にあった京助の頭が上手い具合に緊那羅の膝に落ちる
「…そうだね…」
矜羯羅が自分の足で眠る慧光と鳥倶婆迦の頭を撫でる
「…でも…でもずっとって…やっぱり願っちゃったりするのは…【今】が【幸せ】だからなんだっちゃよね…叶わないのに願っちゃうのは本当に今が好きだからだっちゃよね」
緊那羅が矜羯羅を見ると矜羯羅が制多迦の方を見た
「…僕はね…制多迦の笑顔が好きなんだよ」
矜羯羅のくと元が緩やかに微笑む
「だから制多迦が笑っている今が君と同じく好きだよ…」
その微笑のまま矜羯羅が緊那羅を見ると緊那羅がめちゃくちゃ嬉しそうに笑った
ブルルルル…
日本郵政公社のバイクの音が家から遠ざかってしばらくすると家から出てきたのは南
そしてイソイソと郵便受けの中身をチェックし始めそして何かを見つけ笑顔になりそのまま家へと戻っていく
相変わらずチョ汚い部屋のかろうじて座れるベッドに腰掛けると可愛らしいピンクの封筒の差出人のところを見て南の顔が更にほころんだ
【きただ ありす】
そうかかれた封筒のウサギさんシールを大事そうにゆっくりはいで中の手紙を取り出し広げ読み始めて数秒後
「…マジで?」
ぼそっと呟くと何度も何度も同じところを読み返し始めそして顔を上げるとカレンダーに目を向けた
「アカン; これ去年のじゃん;」
カレンダーは去年の10月で止まっていた
「今日は土曜…で日、月、火…」
指を折りつつブツブツ何かを考えていた南が7本目の指を折り曲げて止まる
「…来週…?」
そしてまためくられていないカレンダーに目をやった
「だぁから!! コレは去年の---------!!;」
南が自分に突っ込むと立ち上がり床に散乱している物を蹴ったり踏んだりしながら部屋から出て勢いよく階段を駆け下りていき茶の間に入ると壁に掛けてあった正真正銘今年のカレンダーの前に立った
「…来週…だ…」
カレンダーに指をつけたまま南が笑顔になった
「ありすが来る?」
昼休みイカソーメンをくわえた坂田がにやけが止まらない南を見た
「いつ」
その坂田の隣の席で同じくイカソーメンを口に入れつつ京助が聞いた
「ら・い・しゅ・うッ!!」
南が嬉しそうに答えた
「朝からこんなカンジ」
中島が南の体を肘で押した
「【さくやおにいちゃんにあいにいくらかね。まっててね】…っつか--------------------!! 可愛いナァも------------------ おにいちゃん困っちゃうん」
南がバシバシと中島の背中を叩く
「俺等も困っちゃうん;」
京助が口の端をあげて突っ込む
「で? 何しにくるんだ?」
坂田が聞いた
「そこまでは書いてないんだけどさ~…も~…ね…わかる?俺のこの胸のトキメキ…ああん!! クッハ---------------!!!」
「わかってたまるか」
意味のない動きをして更に強く中島の背中をたたきだした南の頭を中島がスパンと叩いた
「大きくなったかなー…髪伸びたかなー…なーどうだと思う?」
にやけが止まらない南が京助達に聞く
「しるか;」
手に負えなくなった中島がイカソーメンをかみながら溜息をついた
「も~いくつね~る~とぉ~…うへへへへ」
「アカンこいつ;」
歌った後で不気味な笑いをし始めた南から京助と坂田がガタガタと机ごとはなれた
「いっやーん!! いかないでー; いかないでー; 私をおいていかないで-------!!;」
南が坂田の机をしっかと掴む
「君は強い! 俺がいなくても大丈夫だ---------ッ!!; 離せ」
その机を坂田が引っ張る
「ものは相談なのだよーぅ!!; だからいかないでー!!;」
「あっ; イカソーメン!!;」
机から手を離しその代わりに机の上に乗っていたイカソーメンを南が奪った
「聞いてくれないとコレ全部食うぞ!!」
「脅しか!!;」
南が脅迫まがいに言うと坂田が突っ込む
「俺のイカソーメン返せ!! ロリコン!!」
京助が手を伸ばす
「ロリコンちゃいまっせー!! こぼすこぼす; 落ちるって!! 引っ張んなって;」
京助に袖をつかまれた南が言う
「あっ!; てめ今三本落ちたろがッ!; 勿体ねー!!」
坂田が落ちたイカソーメンを拾った
「3秒ルール適応!」
そして自分で言ってそのイカソーメンを食う
「だから相談聞いてくれたら返すっちゅーの!!」
南が京助に渡すまいとイカソーメンを遠くにやる
「だから何の相談だよ!!; 内容によりけりだろがッ!!」
京助が必死でイカソーメンに手を伸ばしながら聞く
「…どうせありすに関することだろ」
「あ、それ俺も思う」
中島がボソッと言うと坂田がソレに賛同した
「ぴんぽぉおおおおおッ;」
「ギャ---------!!; イカソー!!;」
南が正解とばかりにピンポンと言おうとしてバランスを崩し後ろに倒れてゆくと手にしていたイカソーメンが宙に舞った
「248円です」
ガチャチーンという音がして小銭が南の手に手渡された
「ってかさーもう半分以上食ってたのになんで弁償なわけよ;」
放課後歩きながら京助に買い物袋を差し出しながら南が言う
「まだ! まだ半分だろが…で? 相談はなんじゃらほ」
買い物袋を受け取った京助が聞く
「実はな~…前見たくやっぱなんかしてやりたいわけよ」
「なんか?」
坂田が聞くと南が頷く
「前ってあの不思議の国のアリスみたいなのか?」
「まぁ…そんなカンジの…かな」
中島が聞くと南が言った
「具体的にどんなんよ」
京助が聞く
「それを相談すんだよ君達に」
南が返した
「そっからかい;」
ソレに対し坂田が突っ込む
「一日しかいられないみたいだしさー…まだ小さいし…どっかつれてくにも…アレだし…ってさ」
南が苦笑いで言う
「まぁ…そうだよな…たしか病気…なんだよな?」
京助が聞く
「病気っていうか…声が出ないっての? 声帯が何か…よくわかんねぇけど」
南が答えた
「なんか…なんかねぇ…;」
京助がそういって考え込むと中島と坂田も足を止めてその場で考え出した
「花見だな」
中島が言った
「あ、考え一緒」
坂田も言う
「実は俺も」
京助も言った
「…安易だなぁ…って言ってる俺も実はソレが思い浮かびました」
南もハッハと笑いながら言った
「でもただの花見じゃなぁ…第一花まだ咲いてねぇじゃん」
坂田が言うと南たちが周りを見渡した
「…雪がまだ残ってるくらいですなぁ…見る花って…ゆーてもフキノトウくらいか?;」
京助が道端にはえていたフキノトウを見た
「じゃぁ花見却下か?」
中島が聞く
「じゃぁ他に何あるよ;」
坂田が突っ込むとまた京助も3馬鹿も考え込んだ
「ってことなんですよ」
栄野家の茶の間で南がヤレヤレお手上げ調に言い視線を向けた
「ってことでどうして僕達に回ってくるのさ」
天竜と飛竜を膝の上においた矜羯羅が聞く
「いやぁ…なんか突拍子もない意見が聞けるかなーと思いまして」
坂田が答えた
「だぷーぅ」
何か意見があるかのごとく緊那羅に抱かれていた竜登が手を上げた
「ハイ竜そのイチ君」
南が指名する
「竜登だっちゃ」
緊那羅がすかさず突っ込んだ
「んにょー」
指名されたのがわかったのか竜登がよだれをたらしながら何かを訴え始めた
「…息子!! 通訳!」
「わかるかッ!!;」
南が京助に振ると京助が怒鳴る
「息子シッカーク」
その京助に南が両手を上げてヤレヤレという感じで言い返した
「ここは女の子の意見聞いてみようかなぁ…ってことで慧喜っちゃん」
「俺?」
南が慧喜を指名すると慧喜がきょとんとした顔で自分を指差した
「慧喜がされて嬉しいこととかなんかないか?」
坂田が聞くとしばらく考えた慧喜が悠助を見た
「俺は悠助とケッコンして子供できればソレが嬉しい」
慧喜が満面の笑みで悠助を抱きしめた
「わ…私は矜羯羅様と制多迦様がいれば嬉しいナリ!!」
慧光が身を乗り出して言う
「おいちゃんは笑っていてくれれば嬉しい」
鳥倶婆迦も言った
「俺はそうだなぁ…まぁエビフライが食えりゃなんでもいいかも」
京助もさり気に便乗した
「じゃぁ俺は…ハルミさんがいれば嬉しい」
坂田がニヘラと笑った
「ふむふむ…っじゃな-----------くッ!!;」
バインと南がテーブルを叩いた
「誰も嬉しいことを聞い…たんだけどエビフライとか却下!! なんかまともに! まともッ!!」
南が激しく手を上下させて言う
「はい」
中島が手を上げた
「はいナカジ」
南が指名する
「このメンツでまともに話し合おうなんて最初から無理だったんちゃいます?」
「…そこかぃ」
中島が言うと南が力なく突っ込んだ
「もー…;」
溜息をつきながら南が後ろに倒れた
「…南はありすが本当好きなんだっちゃね」
「…そうだよ」
緊那羅が言うと南が自然に答えた
「だから何かしたいんじゃん…」
南が天井を見て呟いた
「…ありすが一番喜ぶこと…」
南がボソッと言う
「なんなんだぁ~…;」
うつ伏せになった南が溜息混じりに吐き出した
「南は一番何が嬉しい?」
鳥倶婆迦が聞くと南が半分顔を鳥倶婆迦に向けた
「…俺?」
残り半分の顔を上げた南が聞き返す
「もし逆の立場だったらって考えたら南は何されて嬉しい?」
みんなの視線が南に集まる
「俺は…ありすが来てくれたってだけで嬉しいから別に…」
起き上がった南が言う
「じゃぁそれでいいんじゃないの?」
鳥倶婆迦がさらっと言った
「…そんなもん?」
京助が隣にいた坂田に聞く
「まぁ…そんなもんなんじゃねぇの?」
坂田がボソッと返す
「…会えるだけで…か」
中島が呟くと京助と坂田が中島を見た
「…そうかもなぁ…」
どこか物憂げに独り言を繰り返す中島を見て坂田と京助が顔を見合わせる
「…柚汰君思春期?」
「ぶっ;」
京助が中島をツンツン突付いて突っ込むと中島が噴出した
「汚いよ」
中島の噴出した唾液がかかったのか矜羯羅が中島を睨んだ
「…ゅんき?」
制多迦が首をかしげて京助を見る
「思う春と書きまして思春期…別名青い春とかいて青春…恋だねぇ…」
坂田が妙な動きをしながら語り始めた
「恋?」
鳥倶婆迦が緊那羅を見た
「好きな人がいるってことだっちゃ」
緊那羅が説明すると鳥倶婆迦が中島を見た
「私は矜羯羅様と制多迦様が好きナリ」
「それは恋になるのか?;」
慧光がキッパリ言い切ると中島が突っ込んだ
「ハイ! 脱線!!;」
南がまたもバインとテーブルを叩く
「とにかく…下手にアレコレしないでいいんちゃうかってことだろ」
京助がまとめて言う
「…そう…なのかなぁ」
南が腕を組んで唸った
「そうなんじゃね?」
坂田が言う
「でもまずさ…」
少し間を置いて坂田が南の肩を叩いて
「部屋に入れるなら部屋を片付けろ」
そう笑顔で言うと京助と中島も頷く
「…一週間で片付くと思う?」
南がハッハと笑いながら聞くと京助と中島が無理無理と言うカンジに手を顔の前で振った
「…もしかしてあの時の部屋に入れる気だったんだっちゃ?;」
一度南の部屋に入ったことのある緊那羅が聞く
「う~ん…もうちょっとカオス度が増加してるかなー…」
南がエヘーと笑った
「…どのくらい汚いのさ」
矜羯羅が聞く
「あ~…俺の部屋の汚さ度がこんくらいだとしたら…」
京助が親指と人差し指をつけて丸を作って矜羯羅に見せた
「南の部屋は……あ~…まぁ…サロマ湖?」
「広ッ!!; てかどんだけなのさ俺の部屋の汚さって;」
南が突っ込む
「どのくらい汚いの?」
鳥倶婆迦が緊那羅に聞く
「…う~ん…; とにかく…汚いっちゃ」
悩んだ末 緊那羅が苦笑いで答えた
「出番なんじゃない? 慧光…」
矜羯羅が言った言葉に一同が慧光を見ると慧光がふるふると震えている
「…オイ? コロ助?」
「…ッ…今すぐお前の部屋を見せるナリ!!」
バッと立ち上がった慧光がびしっと南を指差して目つきの悪い目を更に吊り上げて言った
部屋の中で起きた雪崩で完全に閉まらなくなっているドアを南が開けるとその部屋の光景に一同がしばし止まった
「…おんまえ…どこで寝てるんだよ;」
「そこのベッド」
坂田が聞くと南がさらっと答えた
「カレンダー去年のじゃん;」
一歩部屋に足を踏み入れ壁を見た京助が言う
「いやぁ~」
南が何故か照れた様に頭を掻くと慧光が部屋に入った
「…コロちゃん?」
動かない慧光の背中に南が声をかけると慧光が腕まくりをした
「…片付ける気か?; このカオスを」
京助が慧光を見た
「こんだけ片付けがいのある部屋は久しぶりに見たナリ…」
慧光がうっとりとした表情で部屋を見渡す
「俺等も手伝う?」
中島が聞く
「邪魔ナリ」
慧光がキッパリ言い返した
「邪魔って…お前コレ一人で片付け…」
「のわけないナリよ」
坂田が聞きかけると慧光が南の腕を引っ張った
「二人でナリ」
慧光がそう言うと部屋の中にいた京助を部屋の外に押し出した
「お…俺も?; 俺足手まといになると思うんだけどな~;」
南が言う
「全部捨てていいなら手伝わなくていいナリ…一応この部屋はお前の部屋なんナリからいるものとかいらないものとかあるじゃないナリか?」
「あ~…まぁ…そう…だけど~;」
慧光が言うと南が微妙な表情で部屋の外にいる坂田と中島そして京助を見た
「がむばれ~」
京助が手を振った
「一週間あればなんとかなるって」
中島も同じく
「ありすのためだろ」
坂田もそう言って手を振った
「うぇあああああ…;」
がっくり肩を落した南の隣でサクサクと片付け始めた慧光を南がチラッと見た
「…お手柔らかに;」
そういって南もしゃがんだ
「寝てる~可愛い~」
慧喜の腕の中で眠っている竜登を覗き込んで悠助が顔を緩ませる
「悠助と俺の子供はもっと可愛いよ」
慧喜がにっこり笑う
「うん! 早く欲しいな~」
悠助もわかっていないだろうけど笑った
「…かよしだね」
そんな二人を見て制多迦が言った
「…そうだね…」
矜羯羅が言う
「…も…逆に悲しいね」
制多迦が俯いた
「…って僕等は…」
「ずっとはないんだよ制多迦…だから今の幸せを精一杯楽しむ…それでもいいんじゃない?」
制多迦の言葉を止めるかのように矜羯羅が言った
「ずっとって願える幸せが今あること…それが幸せだって事…前はなんとも思ってなかったことさえ僕は今そう思える…不思議だよね」
そう言う矜羯羅の横顔を見て制多迦が微笑んだ
「僕も君ももう上や天や空なんか関係ない…守りたいものを守る」
矜羯羅が制多迦を見ると制多迦が頷いた
「…くは矜羯羅も守るよ」
「…ありがとう」
笑いながら言った制多迦に矜羯羅が微笑み返した
「ちょっと誰でもいいから洗濯物取り込むの手伝って欲しいっちゃー;」
和室の方から緊那羅の声が聞こえる
「あ、雨だ~…」
悠助がふと窓の方を見ると窓にはポツポツと雨粒がついていた
「僕手伝ってくるね」
悠助が立ち上がって襖を開けると茶の間にいた全員が一斉に立ち上がる
「…総出?」
矜羯羅が言う
「…いじゃない? 皆でいこう?」
制多迦がヘラリ笑った
「…ウチは避難場所じゃないっつーただろが…;」
南の家から帰ってきた京助が茶の間の戸を開けるなりがっくりと肩を落した
「いやぁアッハハ!! おかえり~竜のボン!!」
窓枠に軽く腰をかけた阿修羅が片手を挙げた
「おかえりなさい」
「おぎょあッ!!;」
背中から声をかけられ京助が激しいリアクションをしながら振り返るとソコには乾闥婆
「なんですかその反応」
一見優しそうな微笑を向ける乾闥婆の笑顔の後ろには今日も何故か黒くおどろおどろしたようなカンジがあった
「矜羯羅の怪我をみにきたんだっちゃ」
乾闥婆の後ろから緊那羅がやってきた
「…一応一度診たものは最後まで診ないと気がすまないだけです」
妙な格好のまま止まっていた京助の横をすり抜けて乾闥婆が腰を下ろす
「…あれ? ちょう…」
「いだだだだだだだだッ!!;」
いつもワンセットな二人の片割れの行方を聞こうとした京助の言葉がその片割れのものらしき声でかき消された
「…いないわけねぇよな;」
その声を聞いた京助が口の端を上げた
「…かえり京助」
両手に二人のガキンチョ竜を抱いた制多迦が緊那羅の後ろから顔を出してヘラリと笑いかける
「ソコにいると誰も入れないと思うよ」
その制多迦の後ろから突っ込みを飛ばしたのは鳥倶婆迦
「引っ張るなと言っているだろう!!; たわけッ!!;」
そしてまたも声だけがギャーギャーと響く
「…貸しなよ」
その声に続いて呆れたような矜羯羅の声
「どうしてワシが抱くと髪を引っ張るのだッ!;」
ドスドスと大股で廊下を歩いてくる足をとともに迦楼羅の不機嫌な声も近付いてくる
「引っ張りやすいのよそうよそうなのよ」
迦楼羅をなだめるかのような聞かなくなって久しい声に京助が思わず廊下を見た
「…よ…!!」
「吉祥ッ!!」
相変わらずのアノ服装
そしてその豊満な胸にはガキンチョ竜が一人抱かれている
「おま…」
京助が驚いた顔でヨシコを指差した
「…久しぶり」
ヒラヒラとヨシコが京助に向けて手を振る
「やっと宮の外に出れるようになったんきに」
戸口に腕をつけて阿修羅が言う
「りゅー様がこっちにいるって聞いたからきたの」
ヨシコが言うと阿修羅が目を細めた
「…そぉれだけやんかねぇ~?」
「何よあっくんッ!!;」
ガスッ!!!!
「ガハッ!!;」
ニヤニヤしながら言った阿修羅の顎にヨシコの華麗なケリがヒットした
「…今俺絶対領域というモンを見た…」
京助の耳がほんのり赤くなっていた
「醤油ってコレ?」
「そうです」
あの衣装にエプロンをつけたヨシコが振り返り乾闥婆に醤油ビンを手渡す
「大根切れたよー」
悠助がザルに短冊切りにした大根を入れて嬉しそうに緊那羅に声をかける
「油揚げはどうするの?」
慧喜と共に大根を切り終わった鳥倶婆迦が聞く
「あっ!; こら京助ッ!」
スコォ---------------------ン!!
皿の上に盛ってあったロールキャベツを一つつまんだ京助を見て緊那羅が声を上げると途端に飛んできた一本の箸
「行儀が悪いですよ京助」
にっこり笑顔の乾闥婆の手には一本になった端が握られていた
「…賑やかだな」
迦楼羅が台所を覗いて言う
「そうだね…」
その迦楼羅の頭の上で暖簾を捲り上げていた矜羯羅も同意する
「…のしそう」
矜羯羅の隣で制多迦がヘラリ笑った
「ほらほら! 手伝う気がない人は邪魔なだけです」
京助の額にヒットして床に落ちた箸を拾った乾闥婆が外野に向かって言う
「おっ邪魔ムシィ~」
台所の戸に腕をかけていた阿修羅が笑いながら言った
「ほやぁあああああ!!!」
「仕事できたみたいですよ?」
茶の間の方から聞こえてきたチミッコ竜達の泣き声コラボレーション
「…緊那羅歌」
「そんなに今から寝せてたら夜寝なくなるってハルミママさん言ってたっちゃ」
コンブが入った鍋の中に悠助から受け取った大根をいれ火をつけた緊那羅が言う
「別に僕達が竜を見ていても構いませんがその代わり貴方達で御飯を作ってくださいね?」
乾闥婆が言うと外野 (京助、矜羯羅、制多迦、迦楼羅、阿修羅)がアイコンタクトを交わした
「…わかったよ…」
矜羯羅がふぅと溜息をついて暖簾を下ろすと泣き声とどろく茶の間へと向かう
「まさに大家族…だなぁ;」
京助も赤くなった額をさすって台所から出た
「まぁ!! 京様!! どうなさったのですか! その額!!」
台所から出たところで上がった高い声
「おりょ~んヒマ子の姉さんじゃないけ」
阿修羅がヒラヒラと手を振った先にはヒマ子の姿
「大変ですわ!! 跡が残ってしまいますわ!!」
そう言いながらゴリゴリと鉢を引きずりヒマ子が京助ににじり寄ると
「唾をつければ治りますわ!! さぁ!!」
バチコイ!! カモン!! とヒマ子が唇を尖らせた
「イヤ; 遠慮します…ッ!!;」
そのヒマ子の横を京助が全力で駆け抜ける
「京様ッ!!」
そしてその京助の後をヒマ子が鉢を引きずりながら追いかける
「愛されてるねぇ竜のボン」
阿修羅がハッハと笑う
「…うだね」
制多迦もヘラリ笑った
「京様ー!! 京様ってば!!」
ドンドンと襖を叩くヒマ子に内側から襖を抑える京助
「もぅ…照れやさんなんですから…」
ズルズルという音共に遠ざかるヒマ子の声を京助が安堵の溜息をつきその場に腰を下ろした
「…っとに…」
ソコは元開かずの間
だいぶ春らしく日も長くなってきたとはいえソコは北海道
夕方になればまだ肌寒かった
「……」
京助が無言のまま窓を見る
まだ葉もついていない木が数本見えた
茶の間から聞こえてきていたチビッコ竜達の泣き声がやんだところをみると矜羯羅や制多迦達があやしているのだろうと思う
ほのかに香ってくる夕飯のにおいをかぐと緊那羅や乾闥婆が着々と晩飯の支度を進めているのだと思える
今は当たり前のように揃っている面々も昔は当たり前じゃなかった
出会ったからそれはここに集まった
その出会いは【時】というものがもたらしたもので
だからこの出会いは【時】によって終わりを迎えるんだろう
「…時…か…」
ことあるごとに迦楼羅達が口にする【時】という言葉を真似てなのか京助が口にした
今じゃ当たり前になっている返事
【ただいま】といえば【おかえり】が返ってくる
ランドセルを背負ってあけた玄関の扉の向こうから欲しかったもの
なんとも言い表せないモヤモヤうのうのした気分になった京助が溜息をつく
母ハルミと悠助と自分しかいなかったこの家
「…なんやねん…」
京助が自分で小さく自分に突っ込みを入れた
「京助ー晩飯できた…ってなにしてるんだっちゃ?」
仕度が終った緊那羅が開かずの間の襖を開けると襖に寄りかかっていた京助が廊下に倒れた
「センチメンタルになってみました」
体を起こしながら京助が言う
「せん…?;」
緊那羅が聞き返す
「…なぁ…あのさ」
緊那羅の方を見ないで京助が何かを聞こうと口を開いた
「なんだっちゃ?」
襖に手をかけたまま緊那羅が返事をする
「…時だかっての…終ったらお前等って…やっぱ天とかに帰る…んだよな」
どもりながら言った京助の言葉に緊那羅が静かに襖を閉めた
「時のこと俺よくわかんねぇっつーか詳しく教えてもらってねぇからどんなんかわかんねぇんだけどさ…その…お前等って時の為にこっちにきたんだろ? ってことはさ…そうなんだよな…」
緊那羅に背中を向けたまま京助が言う
「たぶんそうだと…おもうっちゃけど…」
緊那羅が言った
「…そっか」
背中を向けたまま京助が顔を上げた
「母さんも悠助も寂しがるだろうナァ~今コンだけ賑やかじゃぁなぁ~」
京助が伸びをしながら言う
「やれやれ…」
「京助は?」
踵を返そうとした京助に緊那羅が聞いた
「京助はどうなんだっちゃ?」
緊那羅がさらに聞くと京助が緊那羅のほうを向いた
「…どうだっていいじゃん俺は;」
苦笑いを向けた京助が襖に手を伸ばすとその腕を緊那羅が掴んだ
「なにすんだよ; 腹減ってんだけど俺;」
自分能手を掴む緊那羅の手を剥がそうと京助が空いている手を緊那羅の手に近づけるとその手も緊那羅が掴む
「離せっつーの;」
京助がブンブンと腕と手を振って緊那羅の手を剥がそうとする
「私は今凄く幸せだっちゃ」
いきなり緊那羅が言うと京助が止まった
「京助…私は今がずっと続けばいいって思うくらい幸せだっちゃ」
真っ直ぐな目で緊那羅が京助を見る
「こんなこと乾闥婆が聞いたらきっと凄く怒られるような気もするっちゃけど…私は【時】が嫌いだっちゃけど【時】がくれた今この時が凄く幸せで好きだっちゃ」
緊那羅が微笑む
「たとえいつか…」
微笑んでいた緊那羅の眉が少し下がった
「【時】がきて…も…私はこの幸せな今を忘れたくないっちゃ」
後半少し震えていた緊那羅の声
「…俺は…」
京助が俯いてそして口の端を上げた
「そこでちゅうの一つでもすれば盛り上がるんだやな」
「肩に手を回すんだやな」
足元にいたのはコマとイヌ
「まったく盛り上がりに欠けるんだやなぁ~」
二匹揃って溜息をつく
「おんまえらは…;」
京助が二匹の首根っこを掴んで持ち上げる
「…あああ!!」
コマが緊那羅を見て声を上げると緊那羅がビクッとすくみあがった
「大変なんだやな!!」
コマがバタバタと両手足を動かしてさも大変だー!! ということをボディランゲージする
「どうしたんだやな!?;」
コマの様子を見たイヌが聞く
「緊那羅オスだったんだやな!!」
「…ぉおおおお!; そうだったんだやな!!; ウッカリウッカリなんだやな;」
コマが言うとイヌも思い出したー!! と声を上げた
「まったく人騒がせなんだやな!!」
イヌが緊那羅に向かって怒った
「へっ!?; あ…ごめん…だっちゃ…?;」
「謝るなよお前も;」
何故か謝った緊那羅に京助が突っ込んだ
「あれ? 京助は?」
晩飯の後片付けをしようとした緊那羅が見えない京助の姿を聞いた
「京助御飯食べた後すぐどっかいったよ?」
慧喜の膝枕の上から悠助が答えた
「…どこいったかは貴方が一番知ってるんじゃないんですか?」
隣をすり抜けつつ乾闥婆が言う
「…行ってあげたらどうですか?」
付け加えた乾闥婆が振り向かずに食器を集めだす
「後片付けは僕等でやります」
「…ワシもか?;」
乾闥婆がいうと迦楼羅が聞き返す
「それとも竜の面倒を見てますか?」
「…;」
にっこり笑って乾闥婆が聞くと迦楼羅が引きつった顔で立ち上がった
「私も手伝うわ」
ヨシコが立ち上がる
「お前はまた…; 立場という…」
「いいじゃないけー…こっち…ここじゃヨシコはただのヨシコなんきに」
迦楼羅の言葉を阿修羅が遮った
「オライもかるらんもこんがらっちょも…ここじゃただのなんきに」
阿修羅が言うと迦楼羅がぐっと何かを飲み込んだようにした後溜息をついた
「ありがとあっくん…でも私はヨシコじゃないわそうよ私は吉祥ッ!!」
ヨシコが怒鳴る
「そろそろハルミママ様が帰ってくるね」
慧喜が時計を見た
「竜のカミさんどっかでかけてんのけ?」
阿修羅が聞く
「自治会とか言って…」
説明をし始めた慧喜の声が聞こえる茶の間の戸を緊那羅が廊下から静かに閉めた
はじめは何もかもが初めてで戸惑って迷ってでも不思議と戻りたいとは思わなかった
どうしてだろうと考えたこともなかった
その逆はあったけど
【天】が自分のいるべき場所
【天】が自分の帰る場所
【天】に帰った時戻ってきたはずなのに何故かこっちに帰りたくなった
自分から戻って帰ってきたはずなのに
こっちに戻りたくて帰りたくて…
少し廊下が鳴るこの古い家
朝は毎日ドタバタしてて
天気のいい日は縁側から入る風が気持ちよくて
春には桜や庭の若木が綺麗で
夏は風鈴が鳴って潮の香が届いて
秋には枯葉が舞って
冬は雪だるまを作って
自分の居場所
『…好きなだけいりゃいいじゃん』
そう言ってくれてここが自分がいていい所だとそう思った
だから好きなだけいたいと思った
「わかってる…でも…」
【ずっと】
【永遠に】
思わないようにすればするほど思ってしまう
廊下の窓から何気に見上げた空
窓を開けてまた見上げる
春の朧月が星を隠して夜空にぼんやりと浮かんでいる
【いつか】必ず来る
『…ずっと続けばって思わないほうがいいよ…いつかは…』
その言葉で【今】を自分だけが思っているわけじゃないことを知った
【時】がくれた【今】が幸せでなくしたくないもの
一番嫌なことがくれた一番好きなもの
「……」
緊那羅の髪が夜風に靡いた
「なにしてんだ」
探しに行こうとした声が聞こえ緊那羅がその方向を見る
「京助…どこいってたんだっちゃ?」
「便所」
「…流す音聞こえなかったっちゃよ」
「流してきたっつーの」
頭を掻きながら京助が廊下を歩く
「あ…のね」
緊那羅の横を通った京助に緊那羅が声をかけた
「なんだ?」
京助が振り返って聞く
「…前に京助…好きなだけここにいていいって…言ってくれたっちゃよね」
月明かりが差し込む廊下で緊那羅が顔を上げた
「あ? …ああ…何か言ったような気がしなくもないけど…」
京助がウロな回答をする
「で? それがどうした?」
そして聞く
「私は…ここにいるっちゃ」
緊那羅が言うと京助がきょとんとした顔で緊那羅を見た
「時が来ても時が過ぎても私はここにいるっちゃ」
笑顔ででも真剣な顔で緊那羅が言う
「だから…だから京助もどこにも行かないで…ほしいっちゃ」
少し躊躇いがちに緊那羅が言った
「…なんだそれ;」
少し間を置いて京助が突っ込む
「私がここにいても京助がいないならいる意味がないんだっちゃ…私は京助がいる場所が好きなんだっちゃ」
開けている窓から少し強めの風が入って京助の髪をも揺らした
「私の場所は京助の隣だっちゃ」
緊那羅が言い切った
「……なんか…だなぁ; 告白か? それ」
口の端をあげて京助が言う
「そうなるんだっちゃ?」
「いや; 俺に聞くな;」
きょとんとした顔で緊那羅が聞くと京助が顔の前で手を振って返す
「…でも…ま…アレだ」
腰に手をついて一息吐いた京助が顔を上げた
「どこにも行くなっつーなら一緒にくりゃいいじゃん」
そう言いながら京助が悪戯っぽく笑う
「え…?」
緊那羅が首をかしげた
「俺にどこにも行くなっつーんだったら一緒にくりゃいいじゃんってことだ」
京助が言う
「…一緒…に?」
緊那羅が聞き返すと京助が頷いた
「…いいんだっちゃ?」
小さく緊那羅が聞き返す
「隣にいてぇんだろ? ならそうすりゃいいじゃん」
京助が言う
「…少しくらいなら待っててやるよ追いつくまで」
京助が背中を向けて歩き出した
「…うん…」
緊那羅が嬉しそうに頷き小走りで京助の背中を追いかけた
「窓閉めてこいよ;」
「あ; うん;」
京助に言われて緊那羅がまた窓を閉めに戻った
「パトラッシュ…僕はも…ガッ;」
「ほら!! 何してるナリ!!」
壁にもたれかかった南の頭にのしかかったのは地区指定の燃えないゴミの袋
「休憩しようよーコロちゃーん;」
雑誌を束ねる慧光に南が言う
「駄目ナリ」
ぎゅっと縛った雑誌の束を二つ抱えた慧光が南を足蹴にする
「ぉああああ…; ミナミ何だかシンデレラの気分;」
ヨヨヨ…と南が床に突っ伏した
「にしても…片付けても片付けても片付かないナリな」
慧光が腰に手を当てて部屋を見渡す
「さくー! そしてお友達も! 御飯食べなさいー」
一階から南の母の声がした
「ママン!! 救いの声!」
南がガバっと飛び起きた
「コロちゃん飯食おうぜ」
南が言う
「え? 私もナリか?」
慧光がきょとんとした顔で聞く
「どうせなら泊まっていきなよ」
頷いた南が笑いながら言った
「…いいナリか?」
「いいって! 俺一人っ子だしさ部屋片付け手伝ってくれてるし」
パンパンと服を払って南が言う
「いこっか」
そして部屋の戸をあけた
「ホラ座って~父さん遅いから」
椅子を引いて南が手招きをした
「あ…うん」
慧光がゆっくりと椅子に座ると南母が皿に盛られたカレーを慧光の前に置いた
「いったまー」
南がスプーンを持った
「そういえばさく…こっちの友達の名前って…」
自分の分のカレーを持った南母が南に聞く
「あ…慧光ナリ」
慧光が軽く頭を下げた
「ずいぶん礼儀正しいのね~…少しは見習いなさいさく」
苦笑いで南母が言う
「慧光君は兄弟いるの?」
南母が聞いた
「いるナリ」
「いるの!?;」
慧光の返答に南が突っ込む
「何!?; マジで?; 弟? 妹? 兄? 姉?」
南が半分立ち上がった状態で慧光に詰め寄る
「姉ナリ…って…言ってなかったナリか?」
「初耳初耳!!;」
「さく座りなさい;」
慧光に詰め寄る南の服を南母が引っ張った
「名前は!? なんつーの!!」
南が聞くと慧光がきょとんとした顔で南を見上げ
「…慧喜」
慧光が言うと南の手からスプーンが落ちた
「…れしそうだね」
「え?」
あぐらをかいた足の上にガキンチョ竜を二人抱えた制多迦が緊那羅を見て言った
「…にか吹っ切れたみたい」
制多迦が言うと緊那羅が自分の顔をペチペチと叩いた
「自分の居場所みつけたんだっちゃ」
緊那羅がてれた笑いを制多迦に向けると制多迦が緊那羅の頭に手を置いた
「…かったね」
そしてヘラリ笑って緊那羅の頭を撫でる
「ずっとはないけど…好きなだけいるって決めたんだっちゃ」
緊那羅が言う
「どこが違うの?」
聞いていた鳥倶婆迦が突っ込む
「まぁまぁ…いいんじゃないけ」
その鳥倶婆迦の頭をポフポフと叩いて阿修羅が言った
「いいの?」
鳥倶婆迦がうざったそうに阿修羅の手を払って聞く
「いいのいいの」
負けじと鳥倶婆迦の頭を撫でつつ阿修羅が言った
「うんいいんだっちゃ」
緊那羅も笑いながら言った
「どこ行くの?」
いきなり声をかけられてヨシコがビクッと肩をすくませた
「…こ…矜羯羅…; おどろかさないでよ; そうよビックリしたじゃない;」
ヨシコが胸をなでおろした
「すぐ迷子になるんだから一人で出歩かない方いいと思うけど」
腕にガキンチョ竜を一人抱いた矜羯羅が言うとヨシコが眉を吊り上げた
「な…によ!; 人が方向音痴みたいな言い方じゃない?!」
「方向音痴だろうが;」
タオルを首にかけこれから風呂に向かおうとしていた京助が突っ込んだ
「京助まで!!;」
ヨシコが怒鳴る
「ふぇ…」
「…声大きいよ」
鼻を鳴らして泣くぞという合図を出したガキンチョ竜の背中をポンポン叩いて矜羯羅が溜息をついた
「な~かしたな~かした~」
京助が面白そうに歌う
「っ…何よ! なんなのよ!! 私がゆーちゃんのところいっちゃいけないの!!?」
「…中島?」
言ってからヨシコがハッとして口を押さえた
「…や…あの…違うの! 違うの!! 私はゆーちゃんじゃなくて蜜柑…」
慌てるヨシコを見てガキンチョ竜をあやす矜羯羅と京助が顔を見合わせた
「じゃなくて…ッ!! …お礼言いたいの…そうよお礼が言いたいの!!」
ヨシコが顔を赤くして言う
「お礼?」
矜羯羅が聞くと吉祥が何かを取り出した
「…キーホルダー?;」
チャリっと音をさせてヨシコが二人の前に差し出したものは【ようこそ! 正月町へ!!】とかかれた観光土産のキーホルダー
「何これ」
矜羯羅がキーホルダーをまじまじと見て聞く
「…くれたの」
ヨシコが大切そうにキーホルダーを握った
「中島がか?」
京助が聞くとヨシコが頷いた
「アワビとかいう貝なんだってあっくん言ってたの」
ヨシコが言う
「アワビだな」
京助が言った
「でも何で中島が?」
「…さぁね」
京助が矜羯羅を見て聞くと矜羯羅が軽く溜息をついた
「理由のない贈り物があってもいいんじゃない?」
そういい残すと矜羯羅が踵を返して歩いていった
「…そんなもんかねぇ…;」
京助が呟く
「ねぇ…京助あのね」
「…なんだよ;」
ヨシコが躊躇いがちに京助をチラチラと見ながら言う
「…その…」
「…ハイハイ…わかりましたよ;」
中々言い出さないヨシコを見て京助が大きく溜息をついた後首にかけていたタオルを腰に差し込んで歩き出した
「明日にしろって言っても聞くようなヤツじゃねぇし…ほっといたらまた迷子になるんだろうし?; …連れててやるよ」
京助が言うとヨシコの顔がぱぁっと明るくなった
「その前にもう9時過ぎてるし…一応電話でアポな」
そんなヨシコを見て京助も呆れながら笑った
「…それと…その格好じゃアカン;」
京助がヨシコの格好を見て言うと吉祥が首をかしげた
「どっか行くんだっちゃ?」
電話を切った後ゴソゴソとパーカーを身に纏った京助に緊那羅が声をかけた
「中島ン家」
前をあけたままのパーカーを着て京助が答える
「今からだっちゃ?」
歩く京助について歩きながら緊那羅がまた聞く
「こんな時間に外出ですか?」
袖を下ろしながら歩いてきた乾闥婆にも聞かれると京助が頭を掻いて指で何かを指した
「…吉祥?」
そこにいたのは慧喜の服を借りたヨシコ
「…吉祥も一緒に行くんだっちゃ?」
「俺が連れて行くん」
緊那羅がヨシコに聞くと京助が答えた
「吉祥…あなたはまた…」
乾闥婆が溜息をつく
「ごめんね乾闥婆…私行きたいのだから京助に頼んだの」
ヨシコが乾闥婆に言う
「どこに行くんです?」
乾闥婆が京助に聞くといきなり話題を振られた京助がすくみ上がる
「…ゆーちゃんに…」
「中島?」
小さくヨシコが言うと緊那羅が聞く
「……そうですか」
少し間を置いてから乾闥婆が小さく言った
「…早く帰ってきてくださいね…」
乾闥婆が言うとヨシコと緊那羅そして京助の目が点になった
「こちらの時間で0時になる前に帰りますからね」
目が点になっている三人の横を通り乾闥婆が茶の間の方へ歩いていった
「…怒られるかと思ったわ…そうよ怒ると思ったの…に…」
ヨシコが言うと京助と緊那羅も頷いた
「なんか…拍子抜けしたっちゃ…」
緊那羅が言うと今度はヨシコと京助が頷く
「…何かあったのか?;」
京助が聞くと緊那羅とヨシコが首をかしげた
「だっぱ」
茶の間の戸に手をかけた乾闥婆に阿修羅が声をかけた
「…何です?」
振り向かず乾闥婆が答える
「…やっぱお前…まだ…」
「僕は乾闥婆ですから」
阿修羅の言葉を打ち消すような口調で乾闥婆が【僕は】の部分を強調して言った
「…それ以外の…何者でもありませんよ」
そしてにっこりと微笑みながら阿修羅を見た
「…あんなことは…僕等だけでもう…いいんです…」
顔は笑顔でもどこか悲しそうな言い方で乾闥婆が言う
「…だっぱ…お前はまだ【乾闥婆】になりきれてない」
「…ッ…!!」
阿修羅が言うと乾闥婆がバッと阿修羅を見てそして唇を噛んだあと無言で茶の間の戸を開けた
「どうしたのだ?」
戸を開けても中に入ってこない乾闥婆に迦楼羅が声をかけた
「…なんでもありませんよ?」
乾闥婆が笑顔で返す
「そうか…?」
「はい」
いつも通りの受け答えをする二人を見た阿修羅がやりきれない顔をしてその場から離れた
「オイ」
京助が中島を肘で押すと中島がハッとして京助を見た
「お前も; 何しに来たんだよ…ったく;」
今度はヨシコを見て京助が溜息をつきながら言う
「わ…私は…」
吉祥が慌ててゴソゴソと何かを探しはじめた
「ゆーちゃーん? きょうちゃんなら中に入ってもらいなよ~」
蜜柑の声が聞こえると中島が家の中を見た
「…入るか?」
そして京助に聞く
「俺は別にいいんだけどさー…」
中島に聞かれた京助がヨシコを再び見る
「…お前は?」
中島が稀少に声をかけるとヨシコが顔を上げた
「わ…私も別に…そうよ私も別にいいわ」
ふいっと顔をそらして言ったヨシコに中島がむっとした表情をする
「あーそうですかー…で? 何しにきたんだよまともな格好して」
わざと少し大きめの声で言った中島に今度はヨシコがむっとした表情をした
「まともな格好ってなによ!なによその言い方!! まるで私の格好がいつもはまともじゃないみたいじゃない!?」
ヨシコが大きめの声で反論する
「まともじゃねぇだろあの格好は」
中島が言い返すとヨシコの眉がだんだんとつり上がった
「…俺はどうすりゃえーん;」
たぶんおそらく存在を忘れられているであろう京助が壁に寄りかかって二人を見る
「なによ! なんなのよ!! ムカつくわ!!」
ヨシコが怒鳴る
「近所迷惑」
中島が言う
「どうしてそう可愛げないの!? そうよ!!可愛くないわ!!」
「可愛くなくて結構そして近所迷惑」
ヨシコが中島を指差して怒鳴ると中島がしれっとした顔で言い返す
「お~ぃ;」
一応止めようと京助が呼びかけたがまるで無視された
「少しは素直になったら!? そうよ素直になりなさい!!」
「そっくりそのままお返ししますわソレ」
ああ言えばこう返すというカンジで中島とヨシコの言い合いが続く
「私のどこが素直じゃないって言うの!? そうよどこよ!!」
「全部じゃないんですかね?」
「どうしてそう突っかかるのよ!! むかつくわ!凄くむかつくわ!!」
「突っかかるところが満載だから突っかかるのいは当たり前だろが」
「なによ! なんなのよ!!」
「なんだよ」
「なに…よ」
テンポの良かった言い合いが止まってややしばらくするとヨシコがぎゅっと手を握り
「ッ…大っ嫌いッ!!!!!」
ガスッ!!!!
「ガハッ!!;」
ヨシコの右手から綺麗に繰り出されたストレートパンチが中島の顔面を直撃した
「…一般的に見ればソコは平手打ちが妥当だと思うな俺」
何故か冷静に京助が言う
「んなにすんだよッ!!;」
鼻の部分を押さえながら涙目の中島が怒鳴る
「鼻血でてねぇのか面白くねぇ」
「やかましいッ!!;」
面白そうに言った京助に中島が怒鳴った
「むかつくわッ!! お礼なんか言わないわ!! そうよ!! 絶対言わないわ!!」
ヨシコも声を上げて怒鳴る
「なにがむかつくんだよ!! それはこっちのセリフだろが!! いきなり来ていきなり殴られて!」
負けしと中島も返す
「ゆーちゃんもむかつくわ! でも私もむかつくのよ!! よくわからないのもむかつくの!! そうよよくわからないでむかつくの!!」
「じゃぁ何か!? 俺はよくわからないむかつきで殴られたのか!?」
ギャーギャーと怒鳴りあう二人を見て京助が頭を掻いて溜息をつく
「むかつくのに…ッ!! むかつくのに会いたかったのよ!! それがむかつくの!! でもお礼は言わないわ!! むかつくものッ!!」
「何のお礼だよ!! むかつくむかつくばっかじゃん!!」
「…近所迷惑なんじゃねぇのか?」
京助がボソッと言うと中島がぐっとこらえてフンっとそっぽを向く
「…帰れよ」
「言われなくても帰るわ!! そうよ! 帰るわよ!!」
そっぽを向いたまま言った中島にヨシコが京助の腕を引っ張りながら怒鳴る
「何しにきたんだ結局;」
吉祥に腕を引っ張られながら京助が呟く
「京助もご苦労なこって」
中島が言うとヨシコがキッと中島を睨みそれに気づいた中島が顔をそらした
「大嫌い…ッ」
そう呟くとヨシコが京助の腕を引っ張って歩き出した
「…オイ; 逆方向;」
引っ張られながら京助が言った
朧月のせいで星が見えなくそれでもその朧月の光りで明るく優しく照らされている神社の屋根の上
あぐらをかいてそこに座るは阿修羅
「なぁ…オライは怖いんやよ」
カンブリの頭部分を撫でつつまるで語りかけるかのようにカンブリに向かって阿修羅がボソッと言った
「ずっとと思える今が…無くなった時が怖いんきに…」
頭のみょんみょんを風に遊ばれながら阿修羅が寂しそうに笑う
「…それが自分の手で失くすことになるってぇことに緊那羅耐えられると思うか?」
語りかけてもカンブリからは何も返ってはこない
「【今までに無い時】っちゅーのも…また…な…オライにもどうなるかはわからんきに…」
阿修羅が朧月を見上げた
「…ただ…オライや迦楼羅みたいなんになるのは…嫌なんよ…なぁ…」
朧月が阿修羅の頬の傷を照らした
「…会いてぇなとかいまだ思うあたり…未練がましいんやなオライも」
阿修羅がカンブリを持ち上げた
「あん時…駄目もとで願っとくんだったなぁ…流れ星に」
阿修羅が溜息をつく
「…幸せな【時】を…」
星が見えない夜空を見上げて阿修羅が呟いた
「制多迦様」
鳥倶婆迦がガキンチョ竜を抱く制多迦に声をかけた
「…に?」
制多迦がヘラリ笑顔で鳥倶婆迦を見た
「体大丈夫?」
鳥倶婆迦が聞くと制多迦がゆっくり目を開けた
「…いじょうぶだよ…僕は」
制多迦が言った
「でも半分ここにあるんでしょ? だから…」
鳥倶婆迦が制多迦の宝珠を指差して言う
「…うだね…でも僕は僕だから大丈夫…」
制多迦が笑った
「…ゅうは僕を助けてこうなって…だから僕はここにいるんだ…」
自分の腕の中で眠っているガキンチョ竜を見下ろして制多迦が呟く
「…っと竜は竜として京助たちを守りたかったのに僕のせいでこうなったんだよね…」
「制多迦様…」
静かに言った制多迦の顔を鳥倶婆迦が覗き込んだ
「そこでそれ以上言うと叩くよ」
「矜羯羅様」
制多迦の頭の上に紙おむつをした尻が乗っかった
「…んがら…;」
「…叩かれたいの?」
制多迦を見下ろして矜羯羅が言う
「竜がこうなったのは君だけのせいじゃない…守れなかった僕のせいでもあるんだよ」
矜羯羅が言うと制多迦が驚いた顔で矜羯羅を見上げた
「それならおいちゃんだってそうだよ制多迦様」
制多迦の服を引っ張って鳥倶婆迦が言った
「そしてねここに京助がいたらきっとこう言うんだと思う」
「…ょうすけが…?」
「誰が悪い彼が悪い言ってたらキリがねぇって」
鳥倶婆迦が言うと制多迦と矜羯羅が顔を見合わせた
「…今の京助の物まね?」
矜羯羅が鳥倶婆迦を見る
「似てなかった?」
鳥倶婆迦が首をかしげると制多迦が顔を背けたあと肩がピクピク震えた
「…ツボったの?」
矜羯羅が制多迦に聞くと制多迦が頷いた
「阿修羅君---------------?」
呼ばれた阿修羅が振り向いて見下ろすとそこには自治会から返った母ハルミ
「いんや~…カンブリと月見してたんきに」
ヒラヒラと母ハルミに向けて阿修羅が手を振る
「滑って落ちるわよー?」
母ハルミが笑いながら言う
「大丈夫だっつーん」
阿修羅が立ち上がって伸びをした後朧月を見上げた
「そろそろ家に入っちゃいなさいね」
「おー…先はいっててくりゃれ」
母ハルミが言うと阿修羅が返した
「…【幸せな今】と【幸せな時】…両方はやっぱ贅沢なんかね」
カンブリを腰にくくりつけた阿修羅が屋根から飛び降りた
「悠助…寝ちゃった?」
慧喜が布団の中にいる悠助に声をかけた
「ううん」
モゾモゾと悠助が顔を出す
「悠助…俺ね今凄く幸せなんだ…」
小玉電灯と月明かりの部屋の中 慧喜が言った
「今までの中で一番幸せなんだ…だから怖いんだ…」
「怖い?」
悠助が起き上がって慧喜を見ると慧喜が小さく頷いた
「今を無くすのが凄く怖い…悠助を失うのが…」
そう言った慧喜の頭を悠助がゆっくり撫でたあと慧喜の頭を抱きしめた
「…まだ怖い?」
悠助が聞くと慧喜がその悠助の体をぎゅっと抱きしめる
「…悠助の心臓の音聞こえる…」
「どきんどきんって?」
「うん…」
慧喜がゆっくり目を閉じた
「だって僕生きてるもん。だからどきどきいってるんだよ」
悠助が笑った
「…俺は?」
慧喜が聞くと悠助が慧喜の胸に顔をうずめた
「…うん…大丈夫ちゃんとどきどきいってるよ? 慧喜も」
「…生きてる?」
慧喜が聞くと悠助が顔を上げた
「生きてるよ」
そう言って笑った悠助を慧喜が思い切り抱きしめた
「…うん…生きてる…」
慧喜が静かに言った
「…主は望んでたんだやな?」
コマが境内の欄干に座って朧月を見上げて言った
「わからないんだやな…でも…主は今度も自分からいったんだやな」
イヌが階段に座って言う
「…思い出したんだやな…」
いつの間にかゼンの姿になったコマが赤い前髪を風に靡かせて俯いた
「やっぱり主はゴ等の記憶を…」
イヌもゴの姿になり立ち上がった
「ゼン等は…栄野を守る…」
「ゴ等は…栄野を守る…」
ゼンとゴがハモって言う
「ただ…それだけなんだやな」
ゴが言うとそれからしばらくの沈黙
「ただそれだけでいいんだやな」
ゼンが言う
「そうなんだやな…そうなんだやな!! 難しく考えるのはゴ等らしくないんだやな!!」
ゴが伸びをして言った
「栄野の前後は我等が守るんだやな!!」
ゼンが朧月を見上げて言うとにんまりと笑った
「…なにがあっても」
ゴが言うとゼンが頷きがしっと腕を組み合わせてまた笑った
「ったく何しにいったんだか…;」
「いいじゃない! あーもう…」
「あーもうはこっちだもーぅ;」
石段を登りながら京助が溜息をついた
「…緊那羅?」
足を止めたヨシコが言った言葉に京助が石段の上を見ると鳥居の下に緊那羅がいた
「まさか待ってたとか…じゃないわよね? あれからずっと? まさか…よね?;」
ヨシコが言う
「…あんの馬鹿ならやりかねん…; ってか阿呆…;」
京助が石段を一段抜かしで駆け上る
「ちょ…っと待ってよっ;」
ヨシコも一段ぬかしではないが京助に続いて駆け上った
「なにしてんだよ;」
「うわ;」
いきなり声をかけられて緊那羅が思わず上ずった声で京助を見上げた
「あ…京助…と吉祥…;」
「何だか私はオマケみたいじゃない?; そうよオマケみたいだわ;」
ヨシコが腰に手を当てて溜息をついた
「で…なにしてたんだよ」
京助が聞くと緊那羅が立ち上がった
「待ってたんだっちゃ」
緊那羅が言って笑った
「家ン中でまってりゃいいじゃん;」
「おかえり言いたかったんだっちゃ」
頭を掻いた京助に緊那羅が言った
「んなもん家の中にいても言えるだろうが…; 寒いのアカンクセに…」
「…京助…鈍いわ…そうよかなり鈍いわ」
京助が言うとヨシコが首を振って言う
「…私先家に入るわ」
ヨシコが二人の横を通って歩いていくのをしばらく黙ってみていたあと顔を見合わせた
「…鼻水」
京助が言うと緊那羅がズッと鼻を啜った
「…ただいま」
「あ…うん…おかえりだっちゃ」
歩き出した京助の隣に追いついた緊那羅が嬉しそうに笑った