【第十一回】きみの て
ぼくのきらいな 【赤】
「何のために?」
そう聞く矜羯羅の隣には相変わらず眠さをこらえている制多迦
「そもそも時って…」
「いい加減にしないか…」
空間の中に響いた声は矜羯羅のものでも制多迦のものでもなかった
「…僕は今なら竜の考えに賛成だね」
「…くも」
矜羯羅が言うと制多迦も頷く
「…黙れ」
ピシッと空間の空気が固まった様な一瞬
「僕様の考えは絶対だって…知ってるだろう?」
「だから何なのさ」
ひるまず矜羯羅が言う
「上に背く気か矜羯羅」
聞こえたのはまた別の女性とも聞き取れる声
「いくら二人とて上に背くのは…」
そしてまた別の声
「矜羯羅様…制多迦様…」
矜羯羅と制多迦の後ろで不安そうな顔をしているのは慧光
「…向こうで【天】と関わりすぎ毒気にやられたか…しょうもない奴等だ」
「その逆だよ」
矜羯羅がふっと笑って言った
「僕らは向こうに行って…ここでの毒が抜けたんだ」
「ここが毒だと?」
女性のような声が多少の怒っているとも捕らえられる口調で聞く
「ああ…そうだよここは毒だね…だから僕らは向こうに惹かれたんだ」
矜羯羅が言うと制多迦が嬉しそうに頷いた
「僕はもう従わない」
矜羯羅がキッパリ言い切った
「矜羯羅様…!!」
ソレを聞いた慧光が驚き足を一歩前出だした次の瞬間
シュン
という音とまぶしい光が同時に押し寄せたかと思うと慧光の目の前から制多迦と矜羯羅が消えた
「右だよ避けたんだ」
二人が消えたことでさらに驚いている慧光に隣にいた鳥倶婆迦が右方向を指差しながら言う
「…ソレは本心か?」
制多迦に抱えられていた矜羯羅が足を下ろして立ち上がり目線を向けた先には小さな玉
「僕は冗談が嫌いだよ」
口元は笑っていても目つきは真剣そのものの矜羯羅が玉に向かって言った
「…制多迦」
どうやら玉から聞こえているらしいその声が制多迦を呼ぶと眠そうだった制多迦の目が少しだけ鋭くなった
「…くも矜羯羅と一緒だよ」
そしていつもより少しキリっとした口調で答える
「わ…私もナリッ!!」
慧光が声を上げた
「おいちゃんも向こうが好きだよ」
慧光に続いて鳥倶婆迦も言う
「お前等…!!」
怒りの篭った女性にも聞こえる声が響く
「おいちゃんの計算では慧喜もそうだと思う」
鳥倶婆迦が言った
「…鳥倶婆迦…慧光…」
少し驚いた顔で矜羯羅が二人を見ると慧光が俯きその慧光の頭にポンっと制多迦が手を置いた
「あの…迷惑ナリ…か?」
恐る恐る聞いた慧光に制多迦がヘラリ笑って首を振った
「おいちゃんは矜羯羅様と制多迦様が好きだよ」
鳥倶婆迦が言うと制多迦が空いていた手を鳥倶婆迦の頭にポンっと置きそして両手を同時に動かして二人の頭を撫で始めた
「…まったく…仕方ないね…」
呆れながらもどことなく嬉しそうに矜羯羅が微笑む
「…そうか…しかし言っただろう? 僕様は絶対…」
和やかなその空気をぶち壊した玉から響く声
「僕様から逃れられると思う? 制多迦」
その声に呼ばれた制多迦がピクっと反応した
「させないよ」
制多迦を庇うように矜羯羅が玉と制多迦の間に立った
「…んがら…」
矜羯羅の背中に制多迦が声をかけた
「今の制多迦が僕の知っている制多迦なんだよ…」
少し振り向いた矜羯羅がふっと微笑みながら言う
「…ん」
その言葉に制多迦が嬉しそうに返事をした
「制多迦様…」
慧光が制多迦を見上げる
「制多迦…お前は…」
玉から聞こえる声が制多迦を呼ぶ
「制多迦は制多迦だよ」
矜羯羅が玉に向かって言った
「慧光…鳥倶婆迦」
玉から目をそらさず矜羯羅が鳥倶婆迦と慧光を呼んだ
「はい」
鳥倶婆迦が返事をする
「制多迦をつれて向こうへ行くんだ…そしたら僕が扉を閉める…【時】が来るまで…」
矜羯羅が言うと慧光が目を大きくして首を振った
「嫌ナリ!! 矜羯羅様も一緒に…ッ!!」
そう叫んだ慧光の頭から制多迦の手が離れた
「…何さ」
慧光の頭から離れた制多迦の手が掴んだのは矜羯羅の手
「離してよ」
矜羯羅がブンブンと捕まれた手を振るが制多迦は手を離さなかった
「せいた…」
「…ま離すと…もう掴めない気がして」
制多迦の言葉に矜羯羅がぴたっと振り解こうとしていた手を止めた
「…何言ってるのさ…」
一呼吸おいて矜羯羅が空いている手で制多迦の手を離そうとする
「…つもそうだったよね矜羯羅はいつも僕を守ってくれた」
「何…」
制多迦の指を一本一本剥がしていた矜羯羅に制多迦が言った
「…りがとう…」
剥がされかけていた手にもう片方の手を添えて制多迦が矜羯羅の手を包んだ
「…り返して何度も繰り返したのにいつも守られてた」
包んだ矜羯羅の手を額に当てて制多迦が目を閉じる
「…つも側にいてくれた…僕も今度は守りたい」
「泣けるじゃない?」
制多迦の言葉の後に聞こえた女性の声とも取れる声にハッとして顔を上げた制多迦と矜羯羅
「指徳…!!」
慧光が声を上げ向けた視線の先には甲冑とも見えるしかしやはり摩訶不思議な服装をした女性
「でもね制多迦? …それは無理なんだよ? わかるね」
「制多迦! 行け!!」
矜羯羅が手を振り解こうと思いっきり制多迦を突き飛ばそうとした
「離しなよッ!」
しかし制多迦は矜羯羅の手を離さない
「鳥倶婆迦!! 慧光!」
矜羯羅が鳥倶婆迦と慧光を呼んだ
「させないよ?」
口紅を塗った赤い指徳の唇が弧を描く
「離しなよ! このままじゃまた…」
いつもになく声を荒げ矜羯羅が制多迦の手を振り解こうとする
「…やだよ…」
制多迦が静かに言った
「制多迦ッ!!」
矜羯羅がほぼ怒鳴り声に近い声の大きさで言う
「制多迦様! 矜羯羅様ッ!!」
慧光が叫ぶ
「…ッ」
唇を噛んだ矜羯羅が走り出した
「おやおや…追いかけっこ?」
指徳が面白そうに笑った
「指徳…」
玉から聞こえる声が指徳を呼ぶ
「わかっております」
玉に向かって膝まずいた指徳の手に玉が乗った
「上の思いのままに」
「矜羯羅様ッ!!」
走り出した矜羯羅の手を離さない制多迦、その後ろには鳥倶婆迦と慧光がついて走る
「向こうに行けば迦楼羅も乾闥婆もいる…だから…」
「…から矜羯羅がいなくてもいいっていうの?」
走りながら言った矜羯羅に制多迦が聞く
「そうだよ…僕がいなくても君を守ってくれる」
矜羯羅がそう言うと制多迦が足を止めた
ゴン
「…せ…いたかさま…?;」
追いついた慧光が目を丸くして見たのは矜羯羅に頭突きしている制多迦
「…何するのさ;」
制多迦の頬を思い切り引っ張って矜羯羅が言う
「…ょんはらほふぁふぁふぃふぁひひゃらいひふぃふぁい」
「…何言ってるのかわからないよ」
頬を引っ張られながら制多迦が言った
「…んがらの変わりはいらないしいないよ」
開放された頬を撫でながら制多迦がさっき言ったらしい言葉を繰り返した
「…くが好きなのは矜羯羅って言う矜羯羅」
ヘラリと制多迦が笑う
「…何言ってるのさ」
溜息をついた矜羯羅の服の裾を鳥倶婆迦がくいくいと引っ張った
「おいちゃんの計算ではもうすぐ指徳が…」
「私がなんだって?」
響いた声に一同がはっとして振り返ると近付いてくる足音
「制多迦様!! 矜羯羅様逃るナリッ!!」
慧光が叫んで両手を前にかざした
「ここはおいちゃんたちが…ぅわ;」
「制多迦様ッ!?;」
ふわっと鳥倶婆迦と慧光の体が浮き上がったかと思うと遠ざかるもといた場所
「…どこ行く気?」
左脇に慧光、右肩に鳥倶婆迦、そして右脇に矜羯羅を抱えた制多迦が走る
「…ぁ?」
矜羯羅の質問に制多迦がヘラリ笑いで返した
「…めんね矜羯羅」
しばらく黙ったまま走っていた制多迦がいきなり口を開いた
「…くがいたから僕が僕だったから…でも僕は僕でいたくて…だから…」
「だから?」
【だから】の後黙り込んだ制多迦に矜羯羅が声をかけた
「…めんね…ありがとう」
そう言った制多迦が矜羯羅に向けたのはヘラリ笑いではなく眉を下げたでもどことなく嬉しそうでそれでいて悲しそうな笑顔
「な…」
「制多迦様」
何か言おうとした矜羯羅の言葉より先に鳥倶婆迦が言った
「…に?」
「前」
ゴン
何か固いものに勢いよくぶつかった音が廊下に響く
「…ッ~;」
矜羯羅と慧光が制多迦の両脇に抱えられながら頭をおさえる
「…めん;」
制多迦が申し訳なさそうに謝った
「前見ないで走るとあぶないよ制多迦様」
間一髪制多迦の方から降りて壁激突を(せいたか)免れた鳥倶婆迦が小走りでやってきて制多迦に言う
「…うだね;」
両脇に抱えていた二人を降ろして制多迦が頭をかいてヘラリと笑った
「抱えて走るなら責任持ちなよ」
スパンっと軽快な音をさせて矜羯羅が制多迦の頭を叩いた
「…何笑ってるのさ…」
叩かれたのにめちゃくちゃ嬉しそうな制多迦を見て矜羯羅が聞く
「…んがら最近玉じゃなく手で叩いてくれるのが嬉しい」
「は?;」
制多迦が言うと矜羯羅が自分の手を見た
「そうなんナリか?」
慧光が頭をおさえながら矜羯羅に聞く
「…別に…」
手をキュッと握って矜羯羅が言う
「…何さ」
反対の手を制多迦が取って首を振った後ヘラリと笑った
「…んがらは全部見ても僕をおいていかないでくれた」
制多迦が静かに言う
「…んぶ…初めからずっと見ていたのにずっと側にいてくれてずっと守っててくれた…僕が僕だから矜羯羅は苦しかったんでしょ?」
両手で矜羯羅の手を包みながら制多迦が悲しそうに笑った
「…から願ったんだよ…僕が僕じゃなくなるようにって…怒られたけど」
矜羯羅が俯いたまま黙って制多迦の話を聞く
「…もごめんね…僕はもう少しだけ僕でいたい…【時】が来るまで僕はこのまま僕のままでみんなと…矜羯羅といたい」
「ちが…!!」
矜羯羅が顔を上げ最初に見たものは制多迦のすぐ後ろで弧を描く唇だった
「指徳…!!」
制多迦のすぐ後ろにいたのは指徳そして逆光で黒く見えるもう一つの影
「つかまえた」
どこか面白そうに指徳が制多迦の肩に手を置いた
「今度は…制多迦…お前が鬼だよ…」
「やめろ指徳ッ!!」
指徳が制多迦の前に手をかざすのを見た矜羯羅が叫ぶ
「見ちゃ駄目だ制多迦ッ!!」
矜羯羅の声を聞きながらも制多迦の目は指徳のかざした手の内にある玉を見てしまっている
「制多迦…ッ!!」
「制多迦様ッ!!」
矜羯羅と慧光がめいいっぱいの声で制多迦を呼ぶ
「さぁ…鬼さんおはよう」
矜羯羅の手を包んでいた制多迦の手から段々と力が抜けていくのを矜羯羅が感じ取って制多迦の手を掴んだ
「…めんね…」
目こそ指徳の手で見えないがその頬を伝ったのは目からのよだれ…もとい涙だということ
「…逃げなくていいのかい? 鬼は待ってはくれないよ?」
ゆっくりと指徳がかざしていた手をどけるとそこには目を瞑ったいつもと変わらない制多迦がいた
「…制多迦様…」
鳥倶婆迦が制多迦を呼ぶとぴくっと制多迦の肩が動いた
「追いかけっこの第二回戦だね」
楽しそうに笑う指徳の手の上には真っ赤に色を変えた玉
「…おはよう…制多迦」
玉から聞こえた声に制多迦がゆっくりと目を開けた
「…せい…」
「矜羯羅…」
矜羯羅を見据えるその目は赤くそして話し方はあの独特のものではなく
「久しぶりだね制多迦」
「…その名でコイツを呼ばないでよ…コイツは制多迦じゃない」
矜羯羅が掴んでいた制多迦 (?)の手を振り払った
「僕は僕だよ矜羯羅」
「僕の知っている制多迦はお前じゃない」
赤い目の制多迦を睨みながら矜羯羅が言った
「何を言っている…? コレが本来の制多迦だろう?」
玉から声がした
「殺めること破壊することを躊躇わず…【空】で最強の者」
指徳が玉の後に続いて言う
「それが制多迦…」
指徳が制多迦 (?)の体に腕を回した
「制多迦様…」
鳥倶婆迦が小さな声で制多迦を呼ぶ
「アレはもう制多迦じゃないよ…鳥倶婆迦…」
矜羯羅が言った
「矜羯羅が反した…制多迦」
玉が言うと制多迦が頷いた
「上の命は絶対…」
左足の小さな鞄の様なものから制多迦 (?)が何かを取り出した
「行くんだ慧光」
「はい」
差し出されたのは白に青い花が描かれている茶碗
「これ…」
その茶碗を見た慧光が緊那羅を見上げた
「御飯だっちゃ」
緊那羅がにっこり笑って言う
「あっ!! てめこのヤロ俺の肉!!;」
慧光の向かい側で中島が坂田のしょうが焼きを奪ったなんだかんだすったもんだを繰り広げている
「肉じゃがも良かったけどしょうが焼きでもいいねぇ~」
南がハッハと笑いながら言った
「少しおとなしく食べるってことはできないんだっちゃッ!?;」
すったもんだしている面々に向かって緊那羅が怒る
「おいちゃんの計算では絶対無理だとおもう」
お面の下からちょろちょろ食べながら鳥倶婆迦が言った
「こんなことしてられないナリ…ッ!」
「まぁまぁ」
立ち上がった慧光の太ももを京助がポンポン叩いた
「腹が減っては戦はできぬっていうじゃん~? 腹減ってるとマイナス思考が更にマイナスになるんよ? 緊那羅オカワ~リ」
京助が緊那羅に空になった茶碗を差し出しながら視線は慧光に向けて言った
「でも…!!」
「信じようよ慧光」
何かを言おうとした慧光に慧喜が言った
「俺らにはなんともできない何も思いつかないなら…大丈夫だって言う緊那羅の言葉…信じてみよう?」
慧喜が慧光を見上げる
「そんなの…だってコイツは天の…」
慧光が緊那羅を見下ろした
「だからなんだっつーの」
京助が程よく山盛りに盛られた茶碗を受け取りながら言う
「ここは天でも空でもなく俺ン家!!」
京助が箸をビシっと慧光に向けた
「関係ねぇじゃん? ここじゃ」
坂田が言う
「そーそーいいじゃんいいじゃん天だろうと空だろうと」
中島も頷く
「だって…なぁ?」
南が箸をくわえたままにーっと笑った
「ここは【天】でも【空】だかでもない正月町は別苅 (地区名)の栄野さんのお宅ですし」
南が言う
「だからなんナリか…」
慧光がボソッと言った
「関係ないンちゃう? なぁ?」
軽いゲップの後京助がさらっと言いながら緊那羅を見た
「大丈夫だっちゃ」
緊那羅が笑いながら頷いた
「でも大丈夫って…どうするの?」
慧喜が緊那羅に聞く
「…前に…お祭りの時に迦楼羅達から聞いたんだっちゃ…宝珠を一つ…使えば私にでも扉が開けられるかもしれないって」
緊那羅が言うと摩訶不思議服を纏った面々が驚きその他の面々はきょとんとした顔をした
「ばっ…!!」
「なに…!!」
「きん…!!」
摩訶不思議服の面々が単語にならない言葉を次々を口にした
「ばなにきん」
「ばなにきんだな」
「うんばなにきんだった」
「ばなにきんばなにきん」
「ばなにきんって何~?」
ソレに対するはその他の面々のよくわからない言葉
「お前本気ナリかッ!?;」
慧光がバンッとテーブルに手をつき声を上げた
「そうだよ緊那羅!! わかって言ってんの!? 宝珠を一つって…」
慧喜も緊那羅に向かって声を上げる
「…その続きは?」
中島が鳥倶婆迦に聞いた
「宝珠を色つけるのは心でその心っていうのは簡単に言うと自分の命だよ」
鳥倶婆迦がお面を少しあげてたぶん口を拭きながら答えた
「命って…命か?」
京助が聞くと鳥倶婆迦が頷く
「だから宝珠を使うとかってなると命を使っているってことになるんだ」
鳥倶婆迦が付け加えると一同が緊那羅を見た
「だったら…私のを使うナリッ!!」
慧光が立ち上がった
「俺のだって使えるよ!!」
慧喜も言う
「おいちゃんだって矜羯羅様が助けられるなら使うよ」
続いて鳥倶婆迦も言った
「お前等本当 矜羯羅っ子なのな」
「制多迦様も好きだよ」
中島が突っ込むとすかさず鳥倶婆迦が言う
「でもおいちゃん…今の制多迦様は好きじゃない…」
そしてボソッと付け足した
「今の制多迦?」
聞こえた中島が聞き返すと鳥倶婆迦が黙り込んだ
「もう食えないんだやな~…」
ホゥっと幸せそうな顔をしてイヌがゲップをした
「ゼンもなんだやな~」
コマも同じくゲップをして寝転がった
「食べてすぐ寝ると牛になるって言うけどゼン等は犬だからいいんだやな」
コマがよくわからない自論を説きながらコロコロ転がる
「安心なんだやな~」
イヌも同じくコロコロ転がった
「あとは寝るだ…」
フニフニと顔を撫でていたイヌの鼻がピクっと動きバッと起き上がった
「この感じ…この匂い…」
同じものをたぶん感じ取ったのかコマも起き上がり鼻をきかせる
「…主…!」
二匹同時に口にしたその言葉と共にコマがゼンへそしてイヌがゴへと姿を変え走り出した
「今…ってなんだ?」
京助が聞く
「制多迦様は…」
慧喜がつらそうな顔で口を開いた
「慧喜…?」
その慧喜を悠助が心配そうに見ると慧喜が悠助を抱きめて顔を上げた
「…義兄様達が知ってる制多迦様は制多迦様の半分の制多迦様なんだ…」
慧喜が言う
「半分? ハーフ?」
南が聞き返す
「制多迦様には義兄様達の知らない制多迦様がいるんだ…」
慧喜が小さく言う
「俺等の知らないタカちゃん…あなたの知らないタカちゃん?; …多重人格ってことか?」
坂田が聞く
「義兄様が知ってる制多迦様がどうして眠らなかったか…話してあげる」
窓に三月のみぞれ混じりの雨がココンと当たった
「制多迦様は自分で抑えられないくらいの力を持っているんだ…自分すら自分で消してしまう位の力を」
慧喜が話し始めた
「だから上が…力と感情を分けたんだよ…感情が抜けた部分で自分で力を使えるようにって」
「分けた…?」
京助が疑問形に聞いた
「そうだよお前達が知ってる制多迦様は感情を表にした制多迦様なんだよ」
鳥倶婆迦が答えた
「そしてその…義兄様達が知らない制多迦様は…感情が殆どない力の制多迦様…」
慧喜がキュッと唇を噛んだ
「制多迦様はもう笑わない…泣かない…そして…私達の事を見てくれないナリ…」
慧光がぐすっと鼻を拭る
「あるのは…上の命に従って自分の考えで力を使う…獣の本能を持った操り人形みたいな感情…」
慧喜が言う
「制多迦様が眠ると感情も眠るから力の制多迦様が起きてくるんだ」
鳥倶婆迦が言った
「だから制多迦様は眠らなかったんだ」
茶の間がしん…となった
「…いくら矜羯羅様でも制多迦様には…勝てない…ナリ…だから…」
慧光が俯いたまま鼻を啜りながら言う
「助けて…欲しいナリ…ッ…矜羯羅様だけでも…ッ」
ヒッヒッと泣きしゃっくり地獄に陥りながらも慧光が必死で懇願した
「…助けたいならやっぱり宝珠は取っておくっちゃ」
緊那羅が言う
「扉を開けて…宝珠がなくなったら誰が矜羯羅を助けられるっちゃ?」
カチャカチャと空いた皿を重ねつつ緊那羅が慧光を見た
「私が扉を開けるっちゃ」
皿の次に箸を集めながら再び緊那羅が言う
「でも緊那羅…!!」
「時間ないんだっちゃよね?」
何か言おうとした慧喜の言葉を緊那羅が止めた
「私はこの中で一番力がないってこと…だからその私に今できることは扉を開けることなんだっちゃ」
そんなに大きな声で言ったわけではないのに緊那羅の声がよく響いた
「どうして…空の事なのにお前は…」
「ここは栄野家だっちゃよ? ね?」
慧光が小さく言うと緊那羅が笑顔で返しそして3馬鹿と京助を見た
「あ…まぁ…ハイ;」
坂田が躊躇いながらも頷く
「私が助けたいから助けるんだっちゃ」
皿の上に茶碗を重ねてソレを持った緊那羅が立ち上がった
「台所に下げたらすぐ来るっち…」
スパァ-----------------------------------ン!!!
予告もなしに勢いよく開いた襖に茶の間が驚きの静寂に包まれた
「ここじゃないんだやな!!」
ゴが茶の間の中を見回した後また顔を引っ込めてバタバタと走っていく
「お邪魔しましたんだやな!!」
そのゴに続いて顔を覗かせたゼンもまたすぐに顔を引っ込めてバタバタと去っていく
「…なん…;」
あっけに取られながら南が口を開いた
「何か探してたみたいだったな;」
中島が言う
「晩飯はさっきあげたはず…だっちゃけど…;」
立ち尽くす緊那羅が言った
「見つけた…んだやな…」
境内の裏手で目にいっぱいの涙を溜めてゼンが見る先には誰かがいるらしく
「やっと…あえたんだやな…」
ゼンの見る先を同じく見てポロポロと涙を流しだしたのはゴ
「ずっとまってたんだやな…っ」
程なくしてゼンの目からも涙が溢れるとヒタという足音と共に誰かが二人に近付きそして二人の頭に手を置いた
「主…ッ」
泣きながらゼンゴがハモって言った
「…笑えないんだね」
ハァっと息を吐いた口元には血を拭ったらしい跡
「もう…笑わないんだね…」
「黙れ」
棒の先で顎を持ち上げられ無理矢理顔を上げさせられた矜羯羅がうっすら目を開けた
「…その声で話すのやめてほしいんだけど」
矜羯羅がそう言いながら棒を掴んだ
「…制多迦…【帰って】きなよ…」
棒を掴んだ手に力を入れて矜羯羅が立ち上がる
「迷惑なんかじゃない…困っているわけじゃない…僕はただ…」
フラフラと立ち上がった矜羯羅の顎を伝ったのは赤い血ではなく透明な液体
「扉を開けろ。開けるつもりがないなら僕と戦え」
赤い目を鋭くして制多迦が矜羯羅に向かって言う
「…僕は…ッ」
目尻に溜まっていた涙を拭った矜羯羅が制多迦を見た
「私達が出る幕はないね」
ふいっと指徳が踵を返すともう一人もソレに続く
「まかせるぞ制多迦」
指徳の手の上の玉が言った
「制多迦…」
二人の後姿を見ていた制多迦に矜羯羅が声をかけた
「僕はね…」
矜羯羅が一歩足を進めると制多迦が棒を構える
「君の…」
矜羯羅がふっと笑い制多迦が棒を振り上げた
「でも大丈夫じゃないっしょ…って思うんだけど俺」
ゼンゴが去って緊那羅が台所に向かってしばらくして南がボソッと言った
「扉…開けるのに宝珠だか使う…イコールラムちゃんの命を使うってこと…なんだよなね?」
南が言いながらチラッと慧光達を見る
「命…って…いうことはさ…その…寿命が…になるんだよね?」
付け足すようにまた南が言った
「そうだよ」
鳥倶婆迦が答えた
「でもおいちゃんの計算では緊那羅は止めてもやると思う」
「同感…」
鳥倶婆迦が言うと坂田もボソッと同意した
「…京助…」
「んだよ;」
中島が京助を見た
「…俺にどうせっちゅーんだよ…」
京助が顔を背けて呟いた
「…俺等ってな~んもできねぇナァ…こうなると」
坂田が肘をついて溜息もついた
「はじめから期待してないよ」
そんな3馬鹿と京助に向けて鳥倶婆迦がさくっと言う
「おいちゃん達もなにもできない」
言った後小さくまた言った
「助けを求めてここにきた…何もできないからここにきたんだ」
段々と鳥倶婆迦が俯き加減になる
「…ここしか…もうくるところがなかったんだ…【空】以外じゃここしか…」
鳥倶婆迦が黙るとソレからは誰も何もいわずにしんとなった
「矜羯羅様と制多迦様のいない空なんかに…いたくないナリ」
慧光が勢いよく鼻水をかんだ
「…横からはみ出てるぞ」
あまりにも大量に出た鼻水がティッシュの横からはみ出したのを見て京助がティッシュの追加を手渡す
「でももし…扉を開けられたとしても…矜羯羅を助けられんのか?」
中島が言うとまた茶の間がしんとなった
「…重いなぁ; この空気…嫌だなぁこのシリアス空間;」
南がウダウダと言いながら窓の外を見て止まった
「…南?」
窓を見たまま止まっている南に京助が声をかけた
「おーぃ?」
中島も南に声をかけそして肩を叩く
「…何見…」
南を同じく窓の方を見た坂田も止まった
「おまたせだ…」
茶の間の戸を開け中に入ろうとした緊那羅も窓を見て止まる
「…緊ちゃん?」
戸口に立ったままの緊那羅を悠助が見上げる
「…なんだって…い…」
頭を掻きながら京助も窓を見てそれにつられるかの様に残りの面々も窓を見て…そしてやはり止まってしまった
ゴッ
という鈍い音がした
「…どうして防がない?」
赤い目の見据える先には矜羯羅の肩に見事に当たった棒
「どうして攻撃しない?」
ヒュンと風を切り棒を持ち替えた制多迦が黙り込む矜羯羅に聞く
「…黙ったままじゃわからない」
コツと床に棒をつき制多迦がまた聞く
「諦めたの?」
一方的に制多迦がまたも聞くと矜羯羅がゆっくり顔を上げた
「…痛い…」
矜羯羅がボソッと言った
「叩かれたら痛いのは当たり前だよ」
制多迦が返した
「…僕じゃない制多迦が」
おそらく砕けているであろう肩を掴んで矜羯羅が制多迦を見る
「僕は何も痛くない」
さらっと制多迦が言った
「お前じゃないよ…僕は制多迦が痛いって言ったんだ」
肩から手を離し矜羯羅が言う
「制多迦は僕だ」
制多迦が言う
「違うよ…お前は制多迦じゃない…外見は制多迦でもお前は制多迦じゃない」
ふっと笑いながら矜羯羅が言った
「いつも見てきた…お前が残した跡を見た制多迦を」
矜羯羅が静かに言う
「生命がなくなった跡を見た制多迦を僕はいつも見てきた…その度に制多迦は…」
矜羯羅が言葉に詰まる
「【帰って】きなよ制多迦…」
矜羯羅が一歩足を進めると制多迦がまた棒を構える
「…せっかくずっと笑えていたのに…」
また一歩 矜羯羅が制多迦に近付く
「…僕の好きな笑顔をもう…絶やさないで…」
「いや~それがさいつもここにいるじゃない? でもきたらいないじゃん? 困ってさー? でもホラねぇ? 大事にしちゃまたアンタ等に攻められるとか考えちゃったわけでさー? んでもやっぱり言った方がいいのかなー? なーんでおもったりもなんだったりも? だからこうして…」
「だ----------------------------------ッ!!; やかましいわたわけッ!!!!!;」
迦楼羅の怒鳴り声が響いた
「貴方も充分やかましいですよ」
「だっ!;」
そんな迦楼羅にお約束とばかりに乾闥婆がチョップで突っ込みを入れる
「いやいや~? うぃもまぁずっとここについてるわけにもいかないじゃない? 最近一気に成長しちゃったり? だからもしかして~とか思ったんだけどそのもしかして? そうなの? そうなんでしょ? わーなんだかうぃもこんなことしてられないんじゃないかい?」
「貴方は本当にやかましいですよ」
一人マシンガントークをかましている人物に向かって乾闥婆が言う
「まぁ…だいたい見当はついているんだがな…」
迦楼羅が軽く咳をして言った
「何々? やっぱり? やっぱりあそこにいったんだ? いいなーうぃも一回行ってみたいなーとか思ってるんだけど? どう? ねぇ? どう? うぃも行きたいんだけど?」
マシンガントークがまた再開されると乾闥婆が溜息をつく
「お前は本当少し黙らんかッ!; …三十秒黙ることができたら考えてやろう」
迦楼羅が指を三本立てて言った
「迦楼羅…はなっから連れて行く気ないんですね…」
それを見た乾闥婆が言う
「なんだよ乾闥婆ー? うぃにだってそれくらい黙ってられるさ だから迦楼羅が言ってるんじゃない? ねぇ? ねぇ? 三十秒でいいの? 本当? 三十秒黙ってたら行っていいんだよね? そうだよね? やったー前に宮司が騒いだ時ってあれでしょ? きてたんでしょ? そうじゃない? そうだよね?」
「だ---------------------!!; やかましい!!; 黙れといったら黙らんかッ!!;」
マシンガントークが全弾命中している迦楼羅がまたも怒鳴った
「…無理ですね…」
乾闥婆がまた溜息をついた
「…なーんか…前にも何回か似たようなことあったようななかったよう…な?;」
坂田が顔は動かさず目だけを動かして京助を見た
「俺もな~んか…過去に…;」
そして京助も坂田と同じく目だけを動かして緊那羅を見る
「私も…二回くらい…見た…ような気がする…っちゃ;」
緊那羅が連鎖反応なのかまた目だけを動かして南を見た
「いや~…でも…さぁ;」
南が中島を見た
「…いつの間に増加したんだ?;」
ポンポンと会話は進めどまだ止まったままの顔が見つめる先には窓枠に必死にしがみついて登ろうとしている手
「かるらん?」
それを見て悠助が立ち上がった
「待って悠助…よく見て?」
慧喜が悠助に言うと悠助が窓枠をもう一回よく見る
「…かるらんいっぱい…?」
悠助が見た窓枠には合計8つの手
「なぁ…緊那羅…鳥類って影分身の術とか…使えるのか?」
京助が緊那羅に聞く
「さ…ぁ;」
緊那羅がどもりながら返事をする
「もしかして分裂したのかもよ? 単細胞生物って分裂するって言わないか?」
坂田が言った
「おいちゃんの計算では今頃 迦楼羅クシャミ連発してると思う」
鳥倶婆迦が言った
「あ、消えたナリ」
慧光の言葉に一同が窓枠を見るとさっきまであった手が消えていた
「諦めた…のか?;」
中島がゆっくり立ち上がって窓に近付く
「…何もいない…ぞ?;」
そろ~っと外を見た中島が言う
「…鳥類なら意地でも入ってくるから鳥類…じゃなさそ…」
ガラッ
京助の言葉の途中で玄関の戸が開く音がした
「ハルミママかな?」
悠助が言う
「いや…集会に出向いた母さんがこんな早く帰ってくるわけがない…」
京助が言った
「午後8時…こんな時間に来るって…集金とかでもなさそうだよナァ;」
南が言う
ドタドタドタドタ…
「…何か…沢山聞こえますよね足音;」
坂田が言うと一同が頷く
「…お邪魔しますとか聞こえなかった…よね?;」
南が言うとまたも一同が頷く
「…ドロボウ?;」
中島が言うとそろって戸に視線を向けた
「びくしょっ!;」
「あー? 迦楼羅ほら鼻水飛ばなかった? 飛んだよね? うわー汚いなー汚いよ? っていうか鼻水でてるんじゃない? もー風邪でも引いたの? また窓開けたまま寝てたんじゃない? 寝てたんでしょ?」
「え---------ぃ!!; 少しは本当黙らんかッ!!!;」
ズビッと鼻を啜りながら迦楼羅が怒鳴る
「袖口で拭かないでください」
「だっ!;」
袖で鼻を拭おうとしていた迦楼羅の顔を無理矢理横に向けて乾闥婆が取り出した布で迦楼羅の鼻を拭いた
「ホラ後は自分でかんでください」
ある程度ふき取ったところで乾闥婆が迦楼羅に布を渡した
「とにかくさ? 探したけどコッチにはいないんだよね? だからもってアッチだと思ったわけ? で!! うぃも連れて行ってくれるの? ねぇ? 迦楼羅?」
鼻をかんだ迦楼羅が顔を上げてそして深く息を吸い込んだ
「後21秒我慢できてたらよかったのにな」
その横で乾闥婆がまた溜息をついた
ズダ---------------------------------------------ン!!
「おぅわッ!!;」
「だ----------------ッ!!;」
「うわっ!!;」
いきなり倒れてきた茶の間の戸 (襖)に近くにいた緊那羅と慧光そして坂田が声を上げた
「一体いつからお前ン家の襖は倒して入ることになったんだ?」
中島が京助に聞く
「知るか; …ってか…お前等なぁ;」
倒れた襖の上にうつ伏せになっていたゼンゴに京助が声をかけた
「勢いつきすぎたんだやな;」
いやぁというカンジに頭を掻きつつゼンが起き上がる
「どんだけ激しい勢いですかい;」
京助が口の端をあげる
「…で」
南が【で】と言いながら襖のなくなった戸口を見た
「あの子達何?」
南の言葉に顔を戸口に向けた一同が目にしたのは黙って部屋の中を見ている4人の見たことのないお子様達
「…誰?」
悠助が声をかけるとそのうちの一人…頭に三本角の生えた大きな眼をした子供が悠助を見た
「…あ--------------------------------------------------------!!!!!」
そして大声を上げる
「お前もしかして悠助か?」
別の子供…今度は頭に一本角の生えたいかにもやんちゃそうな子供が悠助に近付いた
「う…ん」
悠助が戸惑いながら返事をすると慧喜がその一本角の子供を睨みつつ悠助をかくまうように抱きしめた
「じゃぁ京助は…」
「コイツ」
「ぅおい;」
また別の子供今度は頭に二本角を生やした目つきの悪い子供が聞くと中島が京助の腕を持って教える
「ハルミソックリになってきたな」
最後の一人…前髪で目が見えない四本角を生やした子供が言う
「ハルミ…って…」
緊那羅が四本角の子供の言葉に反応して言った
「誰だよお前達ッ!」
慧喜が怒鳴る
「主なんだやな」
ゼンゴがはもる
「ほー…主かぁ~…」
坂田が頷く
「主?」
鳥倶婆迦が聞く
「そうなんだやな」
ゼンが答えた
「じゃぁ竜なの?」
鳥倶婆迦がまた聞く
「そうなんだやな」
ゴが答えた
「へ~竜ねぇ…」
中島が鼻くそをほじりながらティッシュを取った
「ってことはアレだな京助のお…」
笑いながら言おうとした南がハタと止まる
「
俺の何だよ;」
京助が止まった言葉の続きを催促するように南に突っ込んだ
「竜…って…」
慧光が言う
「竜は竜だろ? それより俺のなんだよ; 気になるから止まんなよ;」
慧光に何気に突っ込んだ後京助が再度南に聞く
「…お父さん…?」
悠助がボソッと言った言葉に京助が少し考え込んだ後ハッとして四人の子供を見た
「お前等の父親って…ちみっこだった上4人もいるのか?」
坂田が言う
「俺の知ってる竜は…一人だけど」
慧喜が信じられないという顔で四人の子供を見た
「元は一つだったんだけど」
一本角の子供が言う
「…今はワケあってこうなってる」
三本角の子供が続けて言った
「本当に…お父さん?」
悠助が聞くと四人の子供が悠助を見た
「そうだよ…って言っても信じられないだろう?」
一本角の子供が苦笑いで聞きながら頭を撫でると悠助がブンブンと首を横に振った
「…そうか」
撫でながら一本角の子供が嬉しそうに笑った
「でも何で今…今まで何も…」
混乱してるのか京助が独り言のように言うと二本角の子供が京助の近くに歩み寄った
「お前…力が目覚めただろう?」
二本角の子供が言うと京助が顔を上げた
「京助…お前の中にあった俺の力が目覚めたことで…俺…俺達に少し力と記憶が戻ったんだ…記憶が少し戻って一番最初に浮かんだのが…ここでさ」
京助より小さな手が京助の頭を撫でた
「大きくなったな」
二本角の子供が笑いながら京助の頭を撫でる
「竜…」
それを見ていた緊那羅が呟くように言うと四本角の子供が緊那羅に近付いた
「阿修羅から貰ったもの…まかせていいか?」
目は髪で見えないものの口元が笑っている四本角の子供が緊那羅を見上げた
「え…」
緊那羅が驚いていると三本角の子供も近付いてきて緊那羅を見上げる
「君に足りないのは自信だよ緊那羅」
「どうして名前…知ってるんだっちゃ…」
名前を言われて更に驚いている緊那羅を見て二人の子供が顔を見合わせた後笑った
「俺の心…持っているだろう?」
三本角の子供が緊那羅の腕についている緊那羅の宝珠を突付いて言う
「宝珠は持ち主と一心同体だからね」
四本角の子供が言った
「ねぇ」
鳥倶婆迦が慧光の服の裾を引っ張る
「竜なら…」
「わかってるよ」
鳥倶婆迦が言い終わらないうちに二本角の子供が鳥倶婆迦と慧光に笑顔を向けた
「君達の大切な人が危ないんだろう?」
二本角の子供が慧光と鳥倶婆迦(うぐばか9を見た
「でも…お前は…天なんナリよ…?」
慧光が助けて欲しいけどでも…なんだか躊躇うなぁというオーラ全開で言った
「俺は天だとか空だとかどうでもいいと思ってるんだ」
一本角の子供が言う
「こんな考えだから上に目ぇつけられてたんだ」
ハッハと一本角の子供が笑った
「君達の大切な人…矜羯羅と制多迦だね」
三本角の子供が言うと何度も頷く慧光の目からまた涙が流れた
「今の俺に…俺達にどこまでできるかわからないけど…」
「それでもッ…!! それでもお前は私達より力あるナリ…だから…」
四本角の子供が言うと慧光が鼻水を流して言った
「あの子達もまた…ここの居心地のよさに気づいたんだな」
二本角の子供が茶の間をぐるり見渡した
「
前はここに…そうだ悠助の哺乳瓶やら入れる棚があったんだっけな」
一本角の子供が今は何も置かさっていない部屋の隅を目を細めて見た
「ハルミが悠助に掛かりっきりで捻くれた京助が悠助の粉ミルク全部食い尽くしたっけナァ…」
二本角の子供が懐かしそうに言うと一堂の視線が京助に集まった
「マジで…?;」
「飲んだんじゃなく…食った…んだ;」
「いろんな意味で嫌な子供だったんだなお前;」
3馬鹿が口をそろえて言う
「覚えてねぇよんなことッ;」
京助が反論する
「…さぁて…」
一本角の子供が大きく伸びをするとその周りに角の子供達が集まった
「扉を閉じてるのは…矜羯羅だね」
三本角の子供が言うと鳥倶婆迦が頷いた
「開けられるナリ…?」
不安な顔で慧光が聞く
「開けて矜羯羅様助けられる力残るの?」
鳥倶婆迦も不安そうな声で聞いた
「扉は私が…」
「君の役目は?」
言った緊那羅に四本角の子供が言った
「君の力は今使うべきじゃない…そうだろう?」
二本角の子供が言う
「君達も…だ」
続けていったニ本角の子供が茶の間にいる全員を見渡した
「京助、悠助」
いきなり名前を呼ばれた京助と悠助が驚いた顔を上げた
「おいで」
三本角の子供が手招きした
「栄野兄弟ご指名はいりマァ~ス」
南が立ち上がった京助の尻をペンッと叩きながら言う
「…父親を見下ろすな」
「しゃぁねぇだろがッ!;」
自分たちより背の高い京助に一本角の子供が言った
「本当に大きくなったな二人共」
四本角の子供が京助の手を取った
「あの頃と逆の大きさだ」
京助の手を握った四本角の子供の手に手を重ねたニ本角の子供が笑う
「主…」
ゼンゴが切なそうな顔を四人の子供に向ける
「悠助も…今の俺と同じくらいの大きさだ」
三本角の子供が悠助の手を取った
「指しか握れなかったのにな…」
三本角の子供の手に一本角の子供が手を重ねる
「…ごめんな」
一本角の子供とニ本角の子供が手を繋いだ瞬間聞こえたのは若い男性の声
「お…」
何か言い始めようとした悠助の目の前が光に包まれた
「ゴジラ再び…」
京助と悠助の背から生えた羽根を見て坂田が言う
「何が一体…;」
そんなに強い光りではないのにぼやっとしていてあまり見えなく何がわからない現状に中島が言う
「お…とうさん…」
霧の様な光りの中で悠助が小さく呟くと頬を撫でた大きな手
「僕ね…」
ゆっくりと悠助のまぶたが閉じた
「京助!!」
グラついた京助がぼんやりと見えた緊那羅が手を伸ばすと光りの中から出てきた手に腕を捕まれた
「な…離…」
腕を引っ張られた緊那羅がブンブンと腕を振ってつかんでいる手を離そうとすると腕に重みを感じる
「…京助…?」
その重みが京助であることに気づいた緊那羅の腕がずり落ちないよう反射的に京助を抱きしめた
「京助を本当の意味で守ってやれるのは君なんだよ…」
だんだんと視界が開けてゆく中 緊那羅の耳元で聞こえた声
「…竜…?」
意識を失った京助を抱えた緊那羅が目の前で悠助を抱えた若い男に向かって言うとその男がにっこりと微笑んだ
「悠助!!」
竜の腕に抱かれている悠助を見て慧喜が駆け寄った
「竜…」
鳥倶婆迦が言うと竜が振り返る
「さぁ…行こうか」
駆け寄った慧喜に悠助を託した竜が倒れていた襖を直して廊下に出ると慧光と鳥倶婆迦、そしてゼンゴも竜に続いた
「ま…」
後を追おうとした緊那羅が意識のない京助を見てそれからまた廊下を見る
「…アレが…京助の…」
唖然としていた南がようやく口を動かした
「そしてハルミさんの…」
坂田がずり落ちたメガネを掛けなおしながら竜の去った廊下を見る
「京助頼むっちゃッ!」
「えっ; ちょ…!!」
中島に京助を半ば強引に押し付けた緊那羅が茶の間から飛び出した
「竜!!」
境内の御神木の側に立っていた竜が緊那羅の声に振り向いた
「また戻ってくるっちゃよね?」
緊那羅が聞くと竜がゆっくりと空を見上げた
「戻って…きたいね…ここは俺が一番好きな場所だからな」
まだ肌寒い夜風を体に感じながら竜が言った
「守りたいものが沢山有る場所だ」
悪戯っぽく竜が笑った
「貴方は戻ってこなくちゃいけないんだっちゃ…貴方を待ってる人がいるんだっちゃ…だから…」
緊那羅が少し白い息を混ざしながら言うのを聞きながら竜が右手を上げた
「主…」
ゼンゴが竜を見上げる
「開けるぞ」
竜が親指を中に折り込んだ状態で掌を宙に翳した
ぼんやり見えた見慣れた天井がこれまた見たこと有る三人の顔でさえぎられた
「お、気づいたか」
中島が京助の鼻をつまんだ
「…俺…」
中島の手をつねって外すと京助が起き上がり部屋の中を見渡す
「…悠?」
そして慧喜の腕の中で眠っているような悠助を見てそのあと少し考え込んでハッとして顔を上げ立ち上がってグラついた
「っとおぅ!!; しっかりー!;」
倒れそうになった京助を南と坂田が支えた
「手…」
「手?」
支えられたまま京助が自分の手を見た
「アイツの手いきなりでかくなって…すげぇ…懐かしい感じがしたんだ…」
京助が見ていた手を握ってまた立ち上がった
「そりゃ…お前…」
坂田が言いかけて口を噤んだ
「…見て…ないのか?」
中島が京助に聞く
「…ドコ…いったんだ?」
京助が聞き返してきた
「外…って京助!!;」
南が言うや否や京助が駆け出した
が一旦部屋から出てまた戻ってくると慧喜に抱えられていた悠助をぶんどって抱きかかえるとまた茶の間から出て行った
「ハルミママさん…ずっと待ってるっちゃ…」
緊那羅の言葉に竜の肩がぴくっと動いた
「迦楼羅から貴方が生きているって聞いてから…ハルミママさん…ずっと…」
緊那羅が言う
「ハルミママさんだけじゃないっちゃ…京助も悠助もそして吉祥も阿修羅も…皆貴方を待ってるんだっちゃ」
緊那羅の言葉を聞いた竜の口元が微笑んだ
「靴はいてこないと…ハルミに怒られるぞ?」
竜が言うと緊那羅が振り返った
「…京助…」
雪解けでドロドロの地面に白い靴下で立っていた京助を見て緊那羅が駆け寄った
「京助だい…」
大丈夫かと声をかけようとした緊那羅の前を横切って京助が竜に近付く
「京助…?」
緊那羅が京助の背中に声をかけた
「悠は…」
竜の前で足を止めた京助が顔を上げないで口を開いた
「悠は…肩車してもらったことねぇんだよ…アンタに」
京助が言うと竜が上げていた手を下ろした
「俺でもできるけど…でもさ…やっぱり…して欲しいんだよ…」
俯いたまま話す京助が抱きかかえていた悠助の体に竜が手を伸ばした
「父親に向かってアンタってなんだアンタって」
空いている手で竜が京助の頭をぐしゃぐしゃと撫でる
「…でもな…父親らしいこと何もしてないからな…」
目を閉じたままの悠助の体をヒョイと持ち上げた竜が苦笑いで言った
「京助泣いてるんだやな?」
「泣いてねぇッ!!;」
ゼンが京助の顔を覗き込んで聞くと京助が怒鳴る
「コラコラ; ご近所迷惑だろう?」
悠助を抱きかかえた竜がゼンと京助の頭を小突いた
「肩車…か…お前もよく強請ってきたな」
竜が微笑みを京助に向けると目を閉じたままの悠助を肩車した
「悠…寝てちゃわからんだろ;」
「京助少し右にどけてくれっちゃ」
悠助の膝を突付いていた京助が緊那羅の声に振り向いた
パシャッ
という音と光りに京助が目を瞑った
「…何…;」
目を開けた京助が緊那羅を見るとカメラを手にした緊那羅がいた
「写真…撮ったんだっちゃ」
緊那羅が言う
「写真撮れば悠助もハルミママさんも竜がいたってわかるっちゃ…だから写真撮ったっちゃ」
ぽかんとしている竜と京助に緊那羅が言った
「悠助が起きたら見せるんだっちゃ…竜…お父さんに肩車してもらったんだって」
緊那羅がカメラをしまった
「…お前は…」
京助が呆れたような笑を緊那羅に向けた
「ハッハッハ」
竜が笑う
「いや…なんだ…ありがとな緊那羅」
笑いながら竜が緊那羅にお礼を言った
「…ごめんナリ…」
慧光が小さく言った言葉に京助が慧光を見た
「私…自分の大切な人を助けたいから…でも…」
目に涙をためた慧光が京助を見た
「でも…それはお前の大切な…」
「…それ以上は言わないこった」
慧光の言葉を京助が止める
「コイツが助けるっていってるんだから…誰のせいでもねぇよ」
京助がくぃっと親指を竜に向けた
「父親にコイツかお前は」
竜が京助に突っ込む
「…京助…」
緊那羅が京助に声をかけた
「時間ねぇんじゃねぇの?」
竜を見ないで京助が言う
「…そうだな…」
竜が悠助を肩から下ろして抱きかかえた
「慧光と鳥倶婆迦…お前達の大切な人達を助けるのに手を貸してくれるか?」
竜が言うと鳥倶婆迦と慧光が頷く
「…京助」
少し間を開けて竜が京助に声をかける
「悠助…落すなよ?」
お姫様抱っこ状態の悠助を京助の前に差し出すと京助が無言で悠助を受け取った
「主…」
竜を呼んだゼンゴの頭を竜がクシャクシャ撫でる
「また…頼むな?」
竜が言うとゼンゴが首が吹っ飛ぶんじゃないかというくらいの勢いで何度も首を縦に振って頷く
「…京助」
ポフっと京助の頭に竜が手を置いた
「ごめんな」
ゆっくりと京助の頭を撫でながら竜が謝った
「…アンタが謝るのは俺じゃなく母さんにだろ…」
小さく京助が言う
「…そうか…?」
眉を下げて笑う竜が京助の頭から手を離した
「しいたけ食えるようになったか?」
「苦手だけどな」
「おねしょは?」
「してねぇよ」
「自分の名前漢字で書けるか?」
「いくつだと思ってんだ」
「いくつになった?」
「14…なんだよ…」
竜の他愛もない質問に京助が俯いたまま淡々と答える
「…ってきたら…」
再び腕を上げた竜が京助の小さく言い始めた言葉に振り向く
「ちゃんと帰ってきたら…呼んでやるよ…アンタのこと父さんって」
その言葉に竜がふっと微笑んだ
「約束…な?」
かざした竜の手に光が集まりだした
「京助…」
竜と鳥倶婆迦そして慧光が扉をくぐり消えてしばらくして緊那羅が京助に声をかけた
「…見んな…」
悠助の体に自分の頭を押し付けて京助がくぐもった声で言う
「うん…見ないっちゃ」
頷いた緊那羅が悠助ごと京助の頭を抱きしめるとコマイヌの姿になった二匹が京助の足に擦り寄ってきた
「ごめんね…制多迦…」
制多迦の肩に頭をつけた矜羯羅が小さく言った
「結局僕は…」
矜羯羅の前髪の一部が赤く染まり頬を赤い血が伝う
「……」
制多迦の肩からゆっくりズルズルと矜羯羅の頭がずり落ちていくのを制多迦はただ黙って見ていた
「上の命は絶対…それに反した矜羯羅は…」
床にうつ伏せに倒れた状態の矜羯羅に目をやると制多迦が再び棒を振り上げてそして止まった
「…何…」
目の前がぼやっとしたかと思うと制多迦が自分の頬を何かが伝うのを感じた
「どうして…」
振り上げていた棒を握る手から力が抜けカランと音を立てて棒が床に落ちた
「何で…コレは…僕が泣く…? まさか…僕は…」
制多迦が自分の流した涙に驚く
「矜羯羅様ッ!!!!」
流れ止まらぬ涙を拭っていた制多迦が聞こえた声にハッとして顔を向けると壁にひびが入り
ドォン!!
という音を立てて光が広がった
「こ…矜羯羅さまぁッ!!!!」
青い顔をした慧光が倒れている矜羯羅の元に駆け寄るとその後を鳥倶婆迦も追う
「…竜…」
制多迦が最後に現れた竜を睨んだ
「驚いたな…泣いているのか制多迦…」
「うるさいよ…僕にもわからない」
竜を睨みつつも止まることのない涙を拭いながら制多迦が言う
「矜羯羅様…ッ」
矜羯羅を抱き起こした慧光が意識のない矜羯羅を見て今にも泣き出しそうな顔をした
「泣いてる暇はないよ慧光」
そんな慧光に鳥倶婆迦が言う
「泣くのは矜羯羅様を…ううん矜羯羅様と制多迦様を助けてからだよ」
鳥倶婆迦が言うとズビッと鼻を啜った慧光が頷いた
「僕が泣くなんてあってはならないんだ…僕には感情はいらない…感情なんかない…」
制多迦がまるで自分を落ち着かせようとするかのように言う
「…制多迦」
竜が一歩足を進めて制多迦に声をかけた
「寄るな」
落していた棒を足で蹴り上げ手に取った制多迦がその棒を竜に向けた
「お前も…好きなんだろう? あの場所が」
もう一歩足を進めながら竜が微笑んだ
「制多迦様…」
矜羯羅を腕に抱いた慧光が鼻水を出しながら小さく言うと鳥倶婆迦が自分の袖で慧光の鼻水を拭う
「【帰って】きたいんだろう?」
「うるさいよ」
更に制多迦に近付いた竜を制多迦が睨んだ
「俺が手を貸してやるから…【帰って】こい」
竜が手を差し出すと足を一歩引いた制多迦が攻撃の構えをする
「鳥倶婆迦…慧光」
視線は制多迦から逸らさず竜が鳥倶婆迦を慧光に声をかけた
「もうしばらくしたらおそらく宮司に見つかる…だけどお前達は空だから大丈夫だ…俺が制多迦と扉を閉ざす…まだ【時】はきていないからな…」
竜が言う
「閉ざす…ってじゃぁお前は…」
「制多迦様を…って…」
鳥倶婆迦と慧光がそれぞれ違うことを同時に聞いた
「…俺の大事なモノを守るのもお前達の大事なモノを守るにも…こうするのが今一番いいと思うんだ」
竜が笑う
「僕を閉ざす? 無理だよ…わかるんだ竜…お前は今まだ完全じゃない」
まだ止まらない涙にもう構わず制多迦が言った
「ああ…まぁ…何とかなる…いや…しなければ駄目なんだ」
再び視線を制多迦に向けつつ竜が言う
「鳥倶婆迦…慧光…京助に一つ言っておいて欲しいんだけど」
竜が言うと鳥倶婆迦と慧光が顔を見合わせた
「…約束守れよってな」
そう言いながら床を蹴った竜が制多迦に向かっていった
鼻についたほのかに香る消毒液の匂いと口に残る微妙な味に矜羯羅がゆっくりまぶたを上げた
「…重い…」
腹の辺りになんだか重みを感じて頭を起こすと額に乗せられていたタオルが落ちた
「怪我人はおとなしく寝ていてください」
トゲの効いた一言に矜羯羅がそのままその声の方向に目をやる
「…け…」
ソコにいたのは笑顔は笑顔だがやはり何かが怖い笑顔をした乾闥婆
「まったく…どうして僕が…」
ブツブツ言いなが乾闥婆が矜羯羅の額から落ちたタオルを拾い側にあった桶の中に入れた
「数箇所折れていましたけどソーマを飲ませましたから多少痛むでしょうけどしばらくすれば完治します…おとなしく寝ていればの話ですけど」
にっこり笑いながらもタオルを絞る乾闥婆の手にはコレでもかという力が込められているのが見てわかる
「…ここは…京助の家…?」
自分に掛けられた軽めの羽根布団と毛布を見てその後部屋を見渡した矜羯羅が呟く様に聞いた
「僕の話は無視ですか?」
スペンっと乾闥婆が絞ったタオルを矜羯羅の額に勢いよく押し当てるとそのまま矜羯羅の頭を無理矢理枕につけた
「どうして君が…」
目をふさいでいたそのタオルを少し持ち上げて矜羯羅が聞くと睨むように乾闥婆が矜羯羅を見た
「…そこで眠っている方達に泣きつかれたんです」
【そこ】と乾闥婆が顎でくぃっと指した方向を矜羯羅が見ようとまた体を起こす
「…慧光…?」
自分の腹辺りで寝息を立てていたのは慧光
「そっちにもいます」
乾闥婆がソッチと指差した方向を矜羯羅がまた見る
「鳥倶婆迦…悠助…慧喜…」
壁にもたれかかって寝ている慧喜の膝枕で眠るのは悠助、その悠助の尻部分に頭をつけてたぶん寝ているのは鳥倶婆迦
「さっきまで京助や緊那羅もいたんですけど追い出しました…一応貴方は怪我人ですからね」
乾闥婆が【一応怪我人】部分を強調して言う
「何があったのか聞く前に泣きながら助けてくれと連呼されて…」
溜息をつきながら乾闥婆が開いていた救急箱の蓋を閉めた
「断ったらまるで僕が悪役じゃないですか…何も知らないで悪役呼ばわりされるの僕だって嫌ですから」
にっこりと笑顔で乾闥婆が言った
「…僕なんか助けて…なんになるんだろうね…」
矜羯羅がボソッと言った
「僕は…」
「その言葉今寝ているこの子達が起きた時にもう一度言って見たらどうです? 必死で貴方を助けたこの子達の目の前で」
乾闥婆が言う
「貴方を助けて何かになるから助けたんじゃないんですか?」
乾闥婆の言葉に矜羯羅が少し驚いたような顔で乾闥婆を見た
「貴方には貴方の必要性がなくともこの子達には貴方の必要性があるから目が腫れるまで泣くこともできると思いますけど」
そう言われて見た慧光のまぶたは赤く腫れていた
「どんな理由でも…誰でも誰かに必要とされているんです…それがいい感情ではなくても」
乾闥婆の顔が一瞬曇る
「…それは自分の事…言っているの?」
矜羯羅が乾闥婆に聞く
「誰かを憎むことによってそれを生きる糧としている人だっています…憎まれているということが僕を…生かしている…」
乾闥婆の言葉が止まった
「君はまだ…あの時のこと…」
「忘れられると思いますか?」
矜羯羅が聞こうとするとその言葉を乾闥婆が強い口調で割った
「…僕は迦楼羅の罪なんです…この先もずっと迦楼羅の罪ということが僕を生かすんです」
乾闥婆がにっこりと笑う
「罪としてでも…迦楼羅は僕を必要としてくれている…だから僕は迦楼羅の隣にいるんです」
乾闥婆の言葉を聞きながら矜羯羅が慧光の頭をゆっくりと撫でる
「…あいかわらず…だね姿が変わってもそのまま」
矜羯羅が静かに言う
「僕は今誰でもない乾闥婆です」
乾闥婆が強く言った
「…そうだったね…」
矜羯羅がふっと笑った
「おとなしく寝ていることです」
乾闥婆が立ち上がり出口ではない方向に足を進める
「ねぇ…」
矜羯羅が乾闥婆を呼び止めた
「なんです?」
乾闥婆が襖を開けながら聞き返す
「制多迦は…」
「いだだだだだだだだだだッ!!;」
乾闥婆が開けた襖の向こうから聞こえた迦楼羅の声
「きゃっきゃっ!!」
それに続いて聞こえたのは幼い笑い声
「ギャー!; 何か匂う匂うッ!!;」
バタバタという足音と京助の声
「あっ; こらそっちいっちゃ駄目だっちゃッ!!;」
空けている隙間から見えたのは慌てて何かを追いかけていく緊那羅
「…何やってるんですか…」
乾闥婆が呆れたように言うと途中まで開けていた襖を全開にすると矜羯羅の目が点になった
そこに広がっていた光景はまるで託児所
迦楼羅の前髪を引っ張って笑う赤ん坊の隣では違う赤ん坊を抱き上げておたおたしている京助、そして暴れるまた別の赤ん坊を抱き上げて赤ん坊パンチを連打されている緊那羅
そして
「…制多迦がどうかしましたか?」
乾闥婆が目を点にしたままの矜羯羅を振り返って聞く
「…はよ」
額に大きな絆創膏を貼り腕には眠る赤ん坊を抱いた制多迦が笑顔を矜羯羅に向けた
「…せ…」
矜羯羅が一言言葉を発した
「夜行性なのかこいつ等はッ!!; うぁああ…なんかすっきりした顔してるしッ;」
京助が抱き上げている赤ん坊がやたら開放感に満ち満ちた顔をしている
「代わりますよ」
乾闥婆が制多迦から赤ん坊を受け取った
「…りがと」
赤ん坊を手渡した制多迦が立ち上がって矜羯羅のいる部屋のほうに歩きそして襖を閉めた
襖の向こうから聞こえるてんやわんやの声とは反対の沈黙
「…制多迦なの?」
矜羯羅が小さく聞くと制多迦がこくんと頷いた
「…のね…」
「おかえり…」
何か言おうとした制多迦の言葉を矜羯羅の【おかえり】が止めると制多迦がきょとんとした顔を上げ見たものは穏やかに微笑んだ矜羯羅の顔
「…んがら…僕は…」
「謝ったら叩くよ」
その笑顔のまま矜羯羅が言う
「…も…僕は…」
制多迦がブンブン首を振った
「この怪我は制多迦がつけたものじゃない…だから制多迦が謝る必要なんかないんだよ…」
矜羯羅が自分の肩を触った
「泣いても叩くからね」
そしえ付け加えた矜羯羅に制多迦が抱きつく
「…痛いんだけど」
矜羯羅がボソッと言った
「もう11時過ぎてるのに明かりがついてるから何事かと思ったら…」
上着を手に和室に入ってきた母ハルミが多少驚いた声で言う
「母さん…俺今ほど母さんが女神のように見えたことはねぇわ…;」
出すもんだしてすっきりしたのか京助の腕の中ですやすやと眠る赤ん坊
「お…かえりだっちゃ~…;」
まだまだ遊べるぜというカンジに笑う赤ん坊を抱えつつ緊那羅が疲れきった顔をしている
「前が見えんではないかッ!たわけッ!!!;」
迦楼羅は前髪を頭にぐるぐる巻かれて目隠し状態にされている
「おかえりなさいハルミママさん」
乾闥婆が余裕の表情でハルミに挨拶した
「どうしたのこの赤ちゃん…」
緊那羅の抱いていた赤ん坊を覗き込んで母ハルミが聞く
「…言っていいもん?;」
京助が迦楼羅と乾闥婆を見た
「なぁに? 隠し事? 内緒?」
母ハルミが京助を見る
「…話すしかないでしょう…」
乾闥婆が言う
「…フォロー頼むぞ?;」
京助が乾闥婆に言った
「母さん」
京助が覚悟を決めて口を開くと自分が抱いていた赤ん坊を指差して一言
「パパでちゅよー」
「誰の」
京助が言うとすかさず突っ込む母ハルミ
「俺の」
それに対して速攻で京助が返すと母ハルミの目が点になった
「し・か・も四人います」
京助がもうどうにでもなれというやけっぱち全開で言う
「全部俺のパパン…あなたの旦那です」
「だぁぷー」
京助が言うとまるで返事をしているかのように緊那羅に抱かれている赤ん坊が声を上げる
「…ハルミママさん?;」
動かない母ハルミに緊那羅が声をかけた
「…後は頼んだぞ?; 俺はもうたぶん手に負えないからな;」
京助が乾闥婆と迦楼羅に手を振ると乾闥婆が溜息をついた
スパコ------------------------------------------------ン…!!!
制多迦の振り下ろそうとしていた棒より早く竜のデコピンが制多迦の額にヒットした
「コイツらの言う【制多迦】はお前じゃないってさ」
そのまま指をぐぐっと押し付けて竜が言う
「でもお前も【制多迦】なんだ…だから」
空いている片方の手で竜が制多迦の頭についている宝珠に触れるとバチバチっと電撃のようなものが竜と制多迦を包んだ
「竜!! 制多迦様ッ!!」
腕に矜羯羅を抱えた慧光が叫ぶ
「消したりはしない…【時】がくるまで…まだ…ッ…」
顔をしかめつつも竜が言う
「俺と共に眠ってくれないか…」
ふっと竜が笑うと制多迦の目が見開いた
バチバチバチッ
赤い電撃が迸り光りが視界を奪った
「竜!! 制多迦さ…!!」
その電撃を飲み込んだのはやわらかく暖かな光り
「制多迦様-------------------------ッ!!」
慧光の叫びが響いてからしばらくして光が収まった
「…竜」
鳥倶婆迦が言うと慧光が眩しさに閉じていた目を開けそして止まる
「せ…」
「大丈夫だ」
竜が腕に抱えた制多迦の顔を鳥倶婆迦と慧光に見せた
「…おいちゃんの好きな制多迦様…?」
鳥倶婆迦が聞くと竜が頷く
「じゃぁ…もう片方の制多迦様は?」
慧光が躊躇いがちに聞くと竜が制多迦の頭の宝珠を指差した
「…宝珠…?」
鳥倶婆迦も聞く
「今の俺の全力ではこの中に眠らせることしかできないんだ…そして俺ももうこの姿ではいられなくなる」
ゆっくりと腰をかがめて制多迦を床に降ろしてもう一人の制多迦を眠らせたという宝珠を制多迦の頭から外した
「俺はこれからこの宝珠と残りの力でこっちから扉を閉ざす」
竜が制多迦の宝珠を持って立ち上がった
「今空は危険だ…」
フォォオオオオオオオオオオ…ン
竜が言うとほぼ同時に響いた鳴き声にも聞こえる音
「宮司…」
鳥倶婆迦が言う
「でもそしたら京助…」
「そこでお前たちに頼みがある」
聞きかけた慧光に竜がにっこりと微笑んだ
「つまりは力を使った竜はこうなったんです」
乾闥婆が敷かれた布団ですやすや眠る四人の赤ん坊を見て言った
「こうって…こう?;」
京助が同じく眠っている四人の赤ん坊を見て聞く
「体が小さいと使う力も少なくていいですから」
乾闥婆が答えた
「…母さん…;」
京助がちらっと母ハルミを見た
「…この赤ちゃん…全部竜之助なのね?」
母ハルミが乾闥婆に聞くと乾闥婆が頷く
「そうです」
「…そう…」
乾闥婆が言うと母ハルミが一番端の赤ん坊の頬を撫でた
「どんな姿でも竜之助は竜之助だもの」
ふにふにと動いた赤ん坊を見て母ハルミが微笑む
「…若い男選り取りみどりだな母さん」
京助が言う
「若すぎよ」
母ハルミが速攻突っ込んだ
「で…この四人の竜…どうするんだっちゃ?」
緊那羅が聞く
「もちろん天に…」
「ここで育てるわよねぇ? 折角帰ってきたんだもの」
言いかけた迦楼羅の言葉を母ハルミの嬉しそうな声がかき消した
「なっ…;」
迦楼羅が驚いて母ハルミを見た
「いいじゃない? 私の旦那ですもの」
「いやしかし…;」
にっこり笑う母ハルミに迦楼羅が慌てて何かを言おうとする
「ねぇ緊ちゃん確か今日のチラシで粉ミルクの写真載ってたわよね? それとももう離乳食かしら」
パンっと手を叩いて緊那羅を見た母ハルミを止めようとして伸ばした迦楼羅の手が見事に無視されている
「あらでも…さっきの話聞いているとこんちゃんとタカちゃん達帰るところないみたいよね? あらぁ!!」
母ハルミがまたパンっと手を叩いて今度は京助を見た
「まー!! すごいわ大家族じゃない!!」
母ハルミが嬉しそうに言うと迦楼羅ががくっと肩を落す
「…負けてますよ」
乾闥婆がさくっと迦楼羅に突っ込む
「母は強しだ鳥類」
京助が迦楼羅の方をぽんっと叩く
「それは意味が違います」
乾闥婆が速攻で突っ込む
「なんだか…一気に賑やかになっちゃったっちゃね;」
緊那羅が苦笑いで言った