【第二回・弐】南くんのチョイ人
京助の友達の一人である 南 が出会ったのは5歳の小さな アリス でした
一学期の終業式が終わり校門が生徒でごった返しているのを教室から眺めていた南は窓を閉め振り返ると坂田、中島、そして京助と見渡した後にコクリと頷いた
三人も『了解』と言うようにそろって頷く
「プロジェクト【ありす】始動! 三十分後三浦医院の正門前! 京助はキンナラムちゃんと悠も忘れずにつれてくること!」
「ラジャー!!」
南の一言でそれぞれ一学期中に溜め込んだ物資(漫画とか遊び物)を抱え教室のドアやろうかにぶつかりながら一旦解散した
「待ってろよ…不思議の国へご招待だ」
事の発端は南の従兄弟(4歳)が喘息で入院した所から始まる
母親に頼まれてお見舞いを持って小児科病院を訪れた南は従兄弟の隣のベッドで一人本を読んでいた少女と知合った
南が病室に行くと丁度従兄弟がいなかったから暇つぶしに隣のベットの女の子に
「なに読んでんの?」
と話しかけてみたのだ
ビックリして顔を上げた少女は本を閉じて表紙を南に見せた
「不思議の国のアリス…この本好きなのか?」
そう問いかけるとにっこりと笑って頷いた
「その子、喉の病気なのよ…声が出ないの」
そうこうしているうちに戻ってきた従兄弟の母親が教えてくれた
【北田ありす】歳は5歳
病院のベッドに書いてある名札から名前と歳を知った
服を引っ張り嬉しそうに『遊んで』というように笑顔を向けるありすが可愛く思えた
妙にありすに懐かれた南は従兄弟が退院してもちょくちょくありすに会いに病院へ通った
が…おかしなことに一度もありすの両親に会ったことが無かった
きっと忙しいのだろう、南は特に気にもしていなかった
「南?」
病院のロビーで聞きなれた、でも今は聞きたくなかた声に呼び止められた
「…京助…」
そこにいたのは目を真っ赤にした悠助を背負った京助だった
「何してんだ? …悠、足どうした?」
悠助の左足にまいていある包帯に気づいた
「境内の廊下で転んで捻挫。…南こそどないしたん誰か知合いとか入院してるのか?それとも看護婦にトキメキメモリアルか?」
冗談で京助が笑うと南は
「…そうかもしれない…な」
と真顔で返してきたものだから京助は悠助の尻を支えていた手を思わず離してしまった
「京助落ちる落ちる~!!」
悠助が懸命に京助の首につかまる
「看護婦じゃないけどな」
ふっと笑って背を向けると自動ドアから外へ出て行った
「…なんなんだ…南のヤツ…」
悠助を背負い直すと会計のカウンターに向かった
南がおかしい
それが中島、坂田、京助が共通で最近感じていることだった
「三日に一回は真直ぐ帰宅モードになってるし」
坂田がスナック菓子を口に運びながら言うと
「授業中とかなんかの型紙作ったりしてるし」
中島もコパンを食べながら報告する
「この間なんか小児科病院にいたし…」
京助も教室内を歩き回って腕を組みながら言った
「…おかしい…」
3人は口をそろえてその一言をハモったその時だった
「京助! 坂田! 中島! 3馬鹿いるかっ!!?」
南がでっかい袋を4つもって勢いよくドアを蹴り開けた
「…いますけれども」
「何用でしょうか」
「つかお前い今3馬鹿とかゆうたろ」
噂をすればなんとやら南くんのご登場であった
「…頼みがある」
4つのでかい袋を両手に持った姿はさながらバーゲン帰りの主婦のようだったが南の顔は真剣そのものだった
「…頼みって何だ?」
坂田が机に座って聞き返すと南は4つの袋を置きその一つからなにやら取り出した
「…ウサ耳…」
ヘアバンドに取り付けられた白く長い物体…南が頭に装着するとそれはウサギの耳になった
ウサ耳をつけた南は袋の中から更に袋を取り出し三人に渡した
袋の中にはそれぞれシルクハットやら変な被り物やら背広やらが入っていた
「…南…これってまさか…」
中島が尋ねると南はウサ耳を指で弾いて後にやるとにっと笑ってこういった
「不思議の国を作るの手伝ってくれ」
その日のありすはいつもより元気がなく南から離れたがらなかった
「…ありすはどっか行きたいところあるのか?」
何気なく南が聞くとありすは目を大きく見開いた後泣き出してしまったのだ
そんなありすをようやく泣き止ませ帰ろうとしていた南は看護婦に呼ばれて振り向いた
『ありすはどっか行きたいところあるのか?』
看護婦の言葉を聞いた南はさっき自分がありすにした質問に後悔する
「ありすちゃん…ご両親が離婚して再来週福島県にいっちゃうのよ」
「え…」
知らなかったとはいえありすを傷つけてしまったことには変わりない
次の日ありすは南にくっついたままだったが一回も笑わなかった
「…ありす…」
どうしていいかわからなくて南はただありすの頭を撫でるだけだった
面会時間終了の音楽が鳴っているのに気づいた南がありすを見るとありすは静かに寝息を立てていた
起こさないように立ち上がると南の立った反動で枕もとの絵本が数冊床に落ちてしまった
慌ててありすに目をやると起きる様子もなくよく眠っていた
ほっとして本を拾いはじめた南の手が止まった
【不思議の国のアリス】
ありすとであった時にありすが読んでた本だった
『不思議の国のアリス…この本好きなのか?』
そう聞いたときのありすの笑顔を思い出した南は何かを思いつき時計に目をやるとダッシュで病院を出て行った
「…というわけでお前らの協力が必要不可欠になってしまったんでごわすよ」
ウサ耳をプラプラ揺らしながら南がコパンを口に運ぶ
「ええ話やナァ…」
感動した中島が京助のシャツで鼻をかむ
「南の恋人は5歳かぁ…恋人っつーよりはチョイ人って感じだよな」
中島を肘で攻撃しながら京助が言った
「で…実行はいつなんだ? 時計ウサギの南くん」
坂田がシルクハットをかぶってウサ耳の南に聞いた
「実行は明日終業式終了後、ちゃんと医者に許可も取った。それと京助、キンナラムちゃんと悠助の協力もほしいんだ」
そういって今だ中島を攻撃し続ける京助を見た
「…悠と緊那羅もか?…まぁいいけど」
緊那羅と悠助の文の衣装を受け取ると京助は自分のも一緒に鞄に突っ込んだ
ありすは窓外を見ていた
膝には【不思議の国のアリス】の絵本
「不思議の国に行きたいかい? ありす」
はっとして振り返ると大きな包みを持ったウサ耳装着済の衣装に身を包んだ南が深々と一礼をして包みを手渡した
「行きたいならば行こう? さあ早く着替えて」
そういうと南はベッドの周りを囲うようにあるカーテンを閉めた
ありすが恐る恐る包みを開けるとそこには青いワンピースドレスと黒いリボンつきのカチューシャ、そして白いエプロン…【不思議の国のアリス】の衣装だった
これらは全て南のお手製である
「早く早くありす!もう時間が無いんだ!」
南がどこか演技っぽくカーテン越しにありすに声をかけるとカーテンが開きアリスの格好をしたありすが照れながら出てきた
「さすがはありす、アリス姿がよくお似合いで」
二人は顔を見合わせて笑った
「さぁ! 不思議の国にご招待だ!」
ありすを抱き上げ小走りで病室を出た
廊下では当たり前だが他の入院している子供たちの注目の的となってありすは真っ赤になって南に抱きついた
しばらく行くと南が足を止めた
「さぁついたぞありす」
そういってドアを開けると軽快な音楽とともに猫耳をつけた悠助がおで迎えする
「ようこそ不思議の国へ!」
どうやらチシャ猫の役らしくシマシマの尻尾を振り回してあちこち走り回っている
ありすがぽかんとしていると今度は奥から坂田扮するいかれ帽子屋とトランプ兵に扮した京助がやってきてありすに白い薔薇を手渡した
「それが見つかると女王様に首をはねられちゃうんだよぅだからありすにプレゼンツ!」
トランプ兵京助が手で首を切るマネをするとありすがふふっと笑った
「ようこそありす不思議の国のお茶会へ、今日はなんでもない日…だからお茶会を開いているのですよ」
シルクハットを指で挙げて坂田がまんまセリフを棒読む
「坂田…演技下手すぎ」
トランプ兵京助が突っ込んだ
「よくいらっしゃいましたありす、私がハートの女王だわよ」
ハートの女王の姿を見た南とありすは固まった
「いや~…緊那羅が断固拒否したんで代役…をと」
ハートの女王に扮していたのは中島だった
比較的華奢な緊那羅用に作ってあったと思われる衣装は比較的体格のいい運動部の中島の体には不釣合いだった(当たり前)
「…こんなのが女王だったら不思議の国じゃなく不気味の国だよな…」
坂田がぼそっと呟いた
「なんで私だけ女役やらないといけないんだっちゃ」
緊那羅は椅子に腰掛けて本来なら中島がやるはずだった三月ウサギの格好をしながらポッキーをくわえていた
「と…とにかくっ;…さあ、ありすこちらへ」
白い薔薇を持ったまま固まっていたありすは南の声で我に返り椅子に腰掛ける
「皆のもの! 存分に楽しんでいってくれでございますわよ!」
ハートの女王中島のおかしな掛け声で不思議の国のお茶会が始まった
ミーンミーン…
「あっつぅ~…;なんなんだよこの暑さは…ハルミさんいないしさぁ…最悪…」
扇風機の前でうだる坂田を馬鹿にするように外では蝉がせわしなく鳴いている
坂田、南、中島の3人は夏休みに入ってから【宿題合宿】とこじつけて栄野家に泊り込んでいた
母ハルミは婦人会の旅行で二泊三日不在だった
「4年ぶりの猛暑とか天気予報でいってたぞ」
うちわで扇ぎながら京助が言った
「北海道でコレなら…福島はもっと暑いんだろうな」
ぼそっと一言はなった南に3人が視線を向けた
縁側に足を投げ出してぼーっと空を見ている
庭ではヒマ子さんと悠助、コマとイヌがビニールプールで遊んでいる
ありすが福島に行ってから2日経っていた
「…凹んでるナァ…南」
チリリと風鈴の鳴る音がいつもより大きく聞こえた
「そりゃぁ…恋人が遠くにいっちゃったなら誰だって凹むだろうが」
「ハルミさん…」
京助の一言が(何故か)坂田にもダメージを与えたらしいパタリと横になってしまった
「ただいまだっちゃー」
カラカラと玄関の引き戸が開く音と共に緊那羅が帰ってきた
ジャンケンで負けた緊那羅は近くの商店にアイスの買出しに行って来たのだった
「おかえり緊ちゃんっ!」
悠助がプールから上がって走りよる
「コラ悠! 体拭いてから家ん中入れよ」
「はぁい」
びしょびしょのまま縁側に足をかけた悠助に京助がタオルを投げた
「あ…そうだ京助、コレ…」
緊那羅がアイスの入った袋とは別の袋と財布を京助に手渡した
「…あぁ! こないだの写真か!」
それは【不思議の国のお茶会】の時の写真だった
「できあがったんだなぁ…つかこの女王やっぱ不気味だな…」
「どれどれ?」
京助が写真を見始めるとアイスを貪っていた中島、悠助、坂田、緊那羅もその周りに集まった
南だけがぼーっと空を見ていた
「オイ! ロリコン!」
コツンと坂田にアイスで頭を小突かれた
「ロリ…じゃねぇってば」
「わーってるってば…ホラ」
アイスと共に一枚の写真を手渡された
「俺ガリガリくんがいいー」
「文句たれるな;」
頭におかれたカップアイスを手に取った南が文句を言う
「ありす笑ってるのにお前しょげてたら駄目なんちゃう? 時計ウサギとアリスがいてからこその不思議の国のアリスだろうが」
写っていたのは楽しそうに笑うありすと南(後に女王とチシャ猫)だった
「声…出るようになったら電話するってさ…言ったんだ番号教えてないのに」
苦笑いを浮かべて南は写真を見つめた
「手紙…書こっかとか…」
「よいんじゃありません?」
「番号教えるのに…」
「うむ」
「あと…写真も送りたいし…」
「金、かさねぇからな送料に気をつけろや」
「…ケチ」
「アイス溶けるぞ」
坂田も南も相手を見ないで遠くを見ながら漫才のような淡々とした会話をした
「また…会えるよな」
「…会えるだろうさ。アリスだって最後には時計ウサギにあえたんだし」
「そうだよな…」
南は溶け掛かったアイスの蓋を開けた