【第九回・伍】散歩道
坂田組の重役である柴田は年齢不詳から始まってとにかく謎が多い。坂田はそれが気に食わないらしく…
「復刻版だってさ」
学校帰りに寄ったセブンイレブンのレジの前の棚を見て南が言う
「へー…ってか…俺こんな箱ん時のポッキーなんて知らねぇよ;」
京助が並べられていたポッキーの箱を手にとって言った
「うわー!! このペコちゃん微妙に頭の毛コスケてる!!」
南がミルキーを見て言う
【解説しよう。コスケてるとは色が微妙に落ちて薄くなっているときによく使う用語である】
「ココまで昔再現してるのか…やるなセブンめ…」
中島がパックに入ったバンホーテンのココアを持ってきて言った
「パックンチョとかあったねー! 俺コレの絵を先に舐めてそれから食ってたナァ」
南が笑いながら言う
「俺はコレ…チョコタバコっての? よくくわえてこう…プハーとかやってたわけよ」
京助がタバコを持つ手真似をしながら言った
「…低レベルだナァ; お前等;」
レジで会計をしていた坂田が突っ込む
「なにぉう!! 懐かしき時代を思い返す純粋な少年に向かって何てこというんだお前様!」
南が坂田を指差して言う
「あ、チーズおかきだ」
中島が棚の下の方にあった復刻版のチーズおかきを見つけて言った
「そういや柴田さん好きだったよなコレ」
京助がチーズおかきを手にとって坂田に見せた
「…まぁな」
坂田が言う
「京助、ソレ持ってきて」
少し間を置いて坂田が京助に言った
「ありがとうございましたぁ~」
【〆きり】と書かれていない方のドアから外に出ると少しミゾレ混じりの空模様だった
「ヒョー!; 寒みぃ寒みぃ;」
中島が学生服のポケットに手を入れた
「毎年毎年思うけどよく越してるよな~…冬」
京助が言う
「だよねー…; 今で寒い言っててコレからまだ寒くなって…ソレをよく乗り越えてるよ俺等…偉いねぇ」
南が買った肉まんに頬擦りしながら言う
「そいや坂田…柴田さんどうしてる?」
京助が坂田に聞いた
「柴田? あ…あ~…まぁ…怪我も治って元気してる」
一瞬きょとんとした坂田がどもりながら答えた
「最近見ないよな柴田さん」
中島が言う
「そっか?」
坂田が言った
「前はよく散歩とかしてるの見かけたけど」
坂田の家にわりと近いところに住んでいる南が言う
「仕事とか忙しいのか」
京助が聞く
「まぁなー…そんなカンジ? 俺もあんま会わねぇし…部屋いってもいねぇし」
坂田がチラッと自分の持つ買い物袋の中に見えるチーズおかきを見た
「祭りのときに怪我してから…だなぁ…よく一人でいなくなんだよ柴田」
坂田が言う
「どこいったのか聞いても皆しらねぇっていうしよー…」
微妙に白く見える溜息を坂田が吐いた
「彼女さんでもできたのかねぇ…柴田さん」
中島が言う
「もう結構いい年なんじゃないのか? 柴田さん…いくつ?」
南が坂田に聞くと坂田が指を折りながら何かを考え始めた
「…知らん;」
そして答える
「俺たぶん生まれる前からいるんだろうけど…外見も何も全然変わってねぇ気がする;」
坂田が言う
「…そうなのか?」
京助が聞くと坂田が頷いた
「…坂田家七不思議その一…柴田さんの年齢;」
南がいう
「なんだよソレは; 七不思議ってことはまだ六つも不思議があるのか俺の家に;」
坂田が突っ込む
「探せばね~」
南がハッハと笑って言った
「ちなみに京助の家の七不思議は完成済み」
「はッ!?;」
南が京助に向かって言うと京助が声を上げた
「まぁ…京助の家はわかるよな」
坂田が頷く
「俺もそう思う」
中島がストローでココアを飲みながら頷く
「何でだよ;」
京助が聞いた
「だってお前【類】だし」
南が京助を指差して言う
「うん主体だし」
坂田も言う
「やーおめでとう」
中島が京助の肩を叩いた
「何がだ;」
京助が裏手で中島に突っ込んだ
「あれ? アレってラムちゃんちゃいますか?」
南が京助の肩をつかんで言った
「あ、本当だ緊那羅じゃん」
中島が残り少なくなったココアをジュッジュ啜りながら南と同じ方向を見た
「ラ---------------------------ムちゃ---------------------んッ!!!」
南がでっかい声を出しながらブンブンと手を振った
「あ、気づいた気づいた」
坂田が言う
「そりゃコレだけ大声で呼びゃぁ振り向くだろうよ;」
京助が言う
「買い物帰りカナァ…買い物袋下げてるトコみると」
右手に正月スーパーの買い物袋を持って少し早足で近付いてくる緊那羅をみて中島が言う
「おかえりだっちゃ」
まだ秋の終わり頃だというのにマフラーに手袋、そして少し大きめの上着を着込んだ緊那羅が3馬鹿と京助に向かってお帰りを言った
「相変わらず寒いのは苦手か;」
坂田が緊那羅の格好を見て言う
「ははは;」
緊那羅が苦笑いをする
「私が暖めてあ・げ・る」
南が緊那羅に抱きついた
「しょっぱー…;」
中島が口の端を上げて言う
「…坂田?」
緊那羅がふと坂田に声をかけた
「へ?」
坂田がきょとんとして返事をする
「なんだか…元気ないっちゃよ?」
緊那羅が言うと京助と南、中島も坂田を見た
「そんなこたぁねぇぞ?」
坂田が言った
「みつるんてば私がラムちゃんに抱きついたからやきもちやいてるのよきっと」
南が言う
「断じてソレはない」
坂田が即答した
「ホントになんともねぇのか?」
中島が坂田の額に手を当てた
「熱なんかねぇって;」
中島の手を掴んで坂田が言う
「ホントになんともねぇのか?」
今度は京助が坂田の額に自分の額をブチ当てて言った
「…今はデコが痛いよ京助君」
坂田が言う
「…俺も少し痛いです坂田君;」
「ならやるな阿呆ッ!!;」
京助が言うと坂田が京助のみぞおちに手刀を入れた
「そして更にみぞおちも痛いよ坂田君;」
京助がおぉお…というカンジで膝を付いた
「自業自得だバカめ;」
坂田が額をさすりながら言う
「何してるんだっちゃ…;」
南に抱きつかれたままの緊那羅が呆れ顔で言った
「まぁ俺は本当なんともねぇからよ; 変な心配すんなよな緊那羅」
坂田が緊那羅を見て言った
「あ…う…ん…」
緊那羅が躊躇いがちに頷いた
「つぅことで…俺帰るわ」
坂田がセブンイレブンの買い物袋を鞄と一緒に肩に担いだ
「んじゃ俺等も行きますか」
南が緊那羅から離れて言う
「だばなー!!」
「おー!!」
歩き出した坂田の後ろを南と中島が京助と緊那羅に向かって手を振りながら追いかけて行った
「さって俺等も…どうした?」
京助が足を進めても動かない緊那羅に声をかけた
「…ううん…」
顔は坂田達に向けたまま緊那羅がゆっくりと足を動かした
「…なんでもないっちゃ」
そして京助の方に向きを変えると歩き出す
「…そか?」
遠ざかっていく3馬鹿の背中をチラッと見て首をかしげた京助が自分より少し前に出た緊那羅を追いかけた
「あれ? 若」
南と中島と別れて歩いたいた坂田の耳にさっきまで話題に上っていた人物の声がした
「柴田…」
坂田が振り向くと同時に駆けてきたのは柴田
「今帰りですか?」
少し青み掛かった背広を着た柴田が缶コーヒーを片手に坂田の隣に立った
「まぁな…お前は?」
坂田が足を進めると一緒になって足を踏み出した柴田に坂田が聞いた
「俺ですか? 俺は…まぁちょっとヤボ用で…飲みます?」
笑って言った柴田が飲んでいた缶コーヒーを坂田に差し出した
「…コレ砂糖入ってんのか?」
柴田の差し出した缶を見て坂田が言う
「微糖ですよ」
柴田が答えた
「…微糖ってどんくらいだよ」
坂田が再び柴田に聞く
「えっと…少なくともブラックではないですよ」
柴田が自信なさげに苦笑いを交えて答える
「…いい」
坂田が缶を付き返して歩き出した
「…子供だなぁ若」
プッと小さく噴出した柴田を思い切り振り返った坂田が柴田を睨んだ
「何がだよッ!!;」
そして怒鳴る
「いや…スンマセン」
口では謝っていても柴田の顔は笑っていた
「ったく…せっかく土産買ってきてやったのによ」
坂田がふぃっと向きを変えて歩き出すと柴田がその後をついていく
「土産ですか? 俺に?」
坂田と並んだ柴田が坂田の持っていた買い物袋に気が付いた
「復刻版のチーズおかき」
袋を前後に振りながら大股で歩く坂田が言う
「え!! 本当ですか若! うっわー! 嬉しいナァ」
柴田の顔がぱぁっと明るい笑顔になった
「買おう買おうって思ってたんですけどすぐ忘れてきちゃうんですよね俺」
そしてそんな嬉しそうな笑顔のままで柴田が言った
「お前どっかヌケてんだよ」
坂田が鼻で笑いながら言う
「ひどいナァ若;」
柴田が苦笑いで言った
「俺に黙って出歩いてるからだ呪われろ」
坂田がジト目で柴田を見ると一瞬きょとんとした柴田がふっと微笑んで坂田の頭に手を置いた
「なんだよ;」
坂田が柴田の手を掴んでどけてもまた柴田が坂田の頭に手を置いた
「なんなんだよ;」
それでもめげずに坂田が柴田の手をどかすが柴田がまた手をのせる
「いや…若だなって」
柴田が言う
「はぁ?;」
坂田が疑問形の返事をした
「大きくなってもそのふてくされ方はかわりませんね」
柴田が笑った
「変わんねぇのはお前だろ;」
坂田が突っ込んだ
「えー? そうですか? …変わったと思うんですけど…ホラ、こう…貫禄出てきてません?」
柴田が自分を指差して坂田に聞くと柴田の前進を見た後坂田が一言
「全然」
そう言って鼻で笑った
「傷つくナァ;」
溜息を吐いた柴田が缶コーヒーをくぃっと飲んだ
「あんまコーヒー飲んでと胃悪くするぞ。茶飲んどけ茶」
家の門の前で止まって振り返った坂田が言った
「大丈夫ですよ一週間前の牛乳飲んでも腹壊さなかったですから胃は丈夫なんですよ俺」
でかい門の横の出入り口をあけながら柴田が言う
「腹ン中でヨーグルトになったんじゃねぇのか?」
柴田が開けた戸をくぐりながら坂田が言った
「うっわー……若さっきから俺に冷たくありません?; 俺なんかしました?」
柴田が戸を閉めながら言う
「やっぱお前そっかぬけてるな…言ったじゃん俺に黙って出歩いてる先はどこかって」
「おかえりなさい若! 柴田さんも!!」
坂田の言葉が組員のドスのきいたお帰りなさいにかき消された
「ああただいま」
柴田が組員に軽く手を振って答えた
「ホラ、若ただいまは?」
柴田が坂田に言う
「俺の質問に答えろよ; …ただいま」
玄関へと続く無駄やたらに長い庭で坂田が言った
「ヤボ用って言いませんでした?」
柴田が笑いながら言った
「…お前まだ俺を子ども扱いする気だろ」
坂田が言う
「そんなところが子供ですよ若」
柴田が笑う
「それより俺の部屋でチーズおかき食べません? 茶入れますんで」
「却下ッ!!」
柴田が言うと坂田が怒鳴った
「柴田さんですか?」
組員でごった返している事務所らしき部屋の入り口で坂田が一番近くにいた組員に柴田の行方を聞いた
「おっかしぃなぁ…さっきまでそこに…」
タバコの煙でモンモンとしている事務所内をぐるり見渡した組員が頭を掻いた
「俺じゃだめですか? 若」
組員が自分を指差して言うと坂田が無言で背を向け歩き出す
「馬鹿かお前柴田さんの代わりがお前に務まるかってんだ」
他の組員が野次を飛ばした
「若も組長も柴田さん柴田さん…か」
タバコを灰皿にねじりつけながらゲジ眉の組員が呟いた
「ありゃ…若荒れるぞ」
少し貫禄のある中年位の組員が言った
「…で?」
テーブルに肘をつきソレに頬を突いた京助が訊ねたのは坂田
「構え」
坂田が言う
「帰れ」
京助が返した
「ヒマなんだよ」
坂田が身を乗り出して言う
「だからって何で俺ン家くんだよ」
同じく身を乗り出して京助が言う
「なんとなく」
坂田が言う
「なんとなくでくんなよ;」
「まぁまぁ…;」
京助が言うと緊那羅が部屋に入ってきた
「お茶入れたっちゃ」
そういって緊那羅がテーブルの上に湯飲みを置きだした
「茶菓子は持参したから」
坂田がガサゴソと取り出したのは
「…お前コレ…たしか柴田さんにとかで買ったヤツじゃねぇの?」
京助が見覚えあるパッケージをみて坂田に聞くと【柴田】に反応して緊那羅が手を止めた
「…別に…」
坂田がチーズおかきの封を切って一枚口に放り込んだ
「お前もいちいち変な顔すんな;」
「たっ;」
止まっていた緊那羅の頭を京助が軽く叩いた
「誰も柴田になんて言ってないし」
ボリボリと口を動かしながら坂田が言う
「まぁ…そりゃそうだけど…」
京助がチーズおかきに手を伸ばした
「…なぁ京助」
坂田が湯飲みを手に京助を見た
「…俺って変わってないか?」
「はぁ?;」
坂田の突然の質問に京助の口からチーズおかきがぽとりと落ちた
「俺小さい頃からかわんねぇか?」
坂田が聞く
「でかくはなっただろ」
落ちたチーズおかきを再び口に入れながら京助が言う
「だよな?」
坂田が頷いた
「かわらねぇのはむこうだろってんだ…馬鹿め」
ぼそっと言った坂田が二枚目のチーズおかきを口に突っ込む
「柴田さんになに言われたんかわからんけどよ;」
京助が茶を啜りながら言う
「何かあるたびに家に集合すんな;」
湯飲みを置いた京助が坂田を見た
「だって丁度いい避難場所」
坂田が返す
「自治区が別です坂田君きちんと自分の自治区の避難場所へ避難してくださいませ」
京助がエセっぽいさわやかな笑顔で言う
「あー! 坂田だー!!」
ガラっと戸が開くと同時に悠助の元気な声が響く
「よー! 悠! チーズおかき食うか?」
坂田が片手を上げて悠助に言った
「もう晩飯の時間だっちゃよ」
緊那羅がテーブルに手をついて立ち上がった
「…坂田も食べていくっちゃ?」
立ち上がった緊那羅が坂田を見下ろして聞く
「よろしく」
坂田が今度は緊那羅に向かって手を上げた
「…オイ」
京助が坂田の背中を蹴った
「ん~…」
モゾモゾと動いたっきり坂田はソレから動かない
「…寝やがった…;どうすんだよ明日学校なのによ;」
京助が坂田の背中を見ながら言う
「家に電話しなさい? 泊めるなら泊めるで連絡しないと心配するでしょう? いくらミノちゃんでも一人息子だし」
母ハルミが言った
「まぁ…そうだろうけど…しゃぁねぇなぁ;」
京助が頭を掻きながら立ち上がり電話が置いてある棚に近付いた
「何~? 坂田寝てる~」
風呂から上がってきたパジャマ姿の悠助が坂田の顔を覗き込んで笑う
「変な寝顔」
慧喜が同じく坂田の顔を覗き込んで言った
「悠ちゃん坂田君に何かかけて…」
母ハルミがそう言いかけたところで部屋の戸が開いて緊那羅が小さめの毛布を持って入ってきた
「あら気がきくのねさすがだわ緊ちゃん」
緊那羅が坂田に毛布をかけるのをみて母ハルミが笑った
「…今迎えにくるってさ」
電話を切った京助が振り返って言う
「え~坂田泊まらないの~?」
悠助が眉を下げて不満そうに言った
「明日学校だしな休みならまだしも」
電話を置いて京助が戸の方へ歩き出した
「どこ行くの義兄様?」
慧喜が戸を開けた京助に聞く
「便所」
京助が戸を閉めながら答えた
「京助」
トイレから出てきた京助を呼んだのは緊那羅
「順番待ちか? でっかいのじゃねぇから臭くないぞ」
京助が戸を開けて緊那羅にトイレを譲ろうと横に避けた
「違うっちゃ; あの…私…」
緊那羅がトイレにきたわけではないと聞いた京助がトイレの戸を閉めた
「なんだ?」
洗面所の蛇口をひねった京助が鏡越しに緊那羅に聞く
「私…」
「ごめんくださいー」
緊那羅の言葉が玄関先から聞こえた言葉に止められた
「あ、やっぱ柴田さんか」
京助が手の水滴を飛ばして緊那羅の横を通って玄関へと向かう
「あ…京助…」
「後から聞くわ」
そう言って京助が小走りで廊下を駆けて行った
「ごめん京助君」
柴田が苦笑いで京助に謝った
「別にいいよ柴田さん; ヤツは茶の間で夢の中だし」
京助が家の奥を指さすと柴田が靴を脱いだ
「お邪魔します」
一応言って柴田が家に上がった
「あら! 勝美君」
柴田の顔を見るなり母ハルミが嬉しそうに言った
「こんばんはハルミさんスイマセン;」
柴田が苦笑いで言う
「いいのいいの! 泊めてもいいのよ? ウチは」
母ハルミが言った
「姐さんが連れて帰ってこいって言うモンですから…爆睡してますね若;」
坂田の顔を覗き込んだ柴田が呆れ顔で言う
「…アイツ誰?」
慧喜が柴田を見て悠助に聞く
「柴田さんって言ってね坂田の家の人」
悠助が答える
「…どうしたの? 慧喜」
柴田を黙って見ている慧喜に悠助が聞いた
「…ううん…ただ…ちょっと似てるヤツ知ってるから…」
「世の中には似てるヤツが3人はいるらしいからな」
慧喜の言葉が聞こえたのか京助が言った
「栗とウニとタワシみたいなモンだ」
「そうなの?」
京助が言うと悠助が聞き返す
「まぁそんなトコだ」
京助が言う
「変なこと教えるんじゃないのアンタは」
バフン
母ハルミの言葉と共にクッションが京助めがけて飛んできた
白くでもどこかしろ灰色のアスファルトが顔を出している初雪が降った日
「飲みますか?」
大きな手に包まれた茶色い缶が視界に入った
「甘いですから大丈夫ですよ」
少し白く湯気の上がっている缶を見てそしてそのまま視線を上に上げる
「熱いもん」
舌ったらずな言葉で返すと缶が引っ込められた
「…そんなに熱くないですよ若」
しばらくしてまた視界に入ってきた缶を再び見る
「柴田は熱くないの?」
にっこり微笑んで頷いたのは柴田
「大丈夫ですよ?」
そう言って缶を差し出す
「…コーヒー?」
受け取った缶からは香ばしい香りが湯気と共に上っていた
「苦い?」
缶から柴田へと視線を移しながら言う
「甘いですよ若も飲めるよう一番甘いの買いましたから」
柴田の手が伸びてきたかと思うと服の裾で鼻を拭かれた
「そんな薄着で寒いでしょう? 鼻水でてますよ」
ペロ~ンと糸を引いた袖口を見せて柴田が笑う
「柴田がいなくなるからだもん」
ジャッと水気を含んだ雪を小さな長靴の足が蹴り上げた
「いつもいないから今日はずっと付いて歩くって決めたのにまたいなくなりそうだったんだもん」
両手で持った缶から暖かいぬくもりが掌を通った
「スイマセン…;」
大きな掌が小さな頭を覆った
「みんな忙しそうで俺だけ置いていかれそうで柴田もどっかいっちゃって」
ピスーっという鼻から息が抜ける音がした
「若; 鼻ちょうちんでてます」
柴田が再び服の裾で鼻を拭ってくれた
「…今は先代…若のおじいさんが亡くなって今の組長…若のお父さんに代わったばかりでバタバタしてるんですよ」
目が熱くなって視界がぼやけてきた
「それに俺はどこにも行きませんよ…」
一瞬暗くなった世界から明るい世界に戻ってくると頬を冷たい液体が流れた
「あ~; 若;缶の中に涙入りますよ;」
グシュグシュという鼻を啜る音と白い吐息と少し慌てた柴田の声
「ほら; 泣かないで…そうだ! チーズおかき食べますか?」
柴田がポケットから一枚のチーズおかきを取り出して微笑んだ
「後から食べようと思ってたんですけど…どうぞ」
袋を破いた柴田がチーズおかきを口に押し込んできた
「口閉じないと落としますよ?」
苦笑いで手を離した柴田がその手を再び頭に乗せた
「外で菓子食べたなんて姐さんには内緒ですからね」
いきなりグンっと高くなった視界
「帰りますよ」
そして少し下になった柴田の顔
「…うん」
頷くと柴田が笑顔を向けた
「…甘いね」
「でしょう? 熱いですか?」
「ううん…ぬるい」
「さっき若の涙が入っちゃって冷めたんじゃないですか?」
またチラチラと降り出した雪の中
人通りのない田舎道を大きな足跡が一列に
でも話し声は二人分
木製の天井には所々にできたシミ
嗅ぎなれた自分の布団の匂いに坂田がまたうとうとと目を閉じ始める
「……!!」
ガバッと布団をはぎ体を起こすとそこは目を閉じた京助の家の茶の間ではなく明かりの消された自分の部屋
「…俺…」
時計を見ると午前1時
「…なんで…」
まだぼやっとしている頭をかきながら坂田が布団から出た
「…さむ;」
ふと目を向けた窓には外灯の灯りで影絵のようになった雪が映っている
「…寒いわけだ…」
カーテンを開けた坂田が寒いとわかっているのに窓を開ける
「根雪になるんかな…今年はもう」
空を見上げると吸い込まれそうなカンジになる
降ってきてるのかそれとも上っていっているのか
「…変な夢」
しばらく空を見ていた坂田が結んだあった髪を解いて窓を閉めた
「…お前…ついにイカれたか?;」
中島が唖然とした表情で言った
「…素敵だけどね…うん…ニューファッション開拓?;」
南も同じく
「…モンペと防空頭巾をどこに忘れてきたのせっちゃん…;」
最近何とか遅刻しなくなった京助を交えての校門前
「気分転換」
そう言った坂田の今日のヘアースタイルは前に悠助にやられた三つ編
「…もっと他にいい髪形は思いつかなかったんですかい;」
隣に並んだ京助が突っ込む
「いいじゃねぇか学生にとっちゃ基本の髪型だろが」
坂田が言う
「おかっぱもあるけどね~」
南が言う
「…阿呆」
「おぉおおお!!!!;」
背後からいきなり聞こえた声に3馬鹿と京助が揃って飛びのくとソコにいたのは本間と阿部
「どうせならちょんまげとか結ってきたら?」
3馬鹿と京助が避けたことでできたしていうなら【お馬鹿道】を本間が躊躇うことなく通りながら言う
「おはよう京助、坂田と南と中島も」
その本間の後ろを阿部が足早に追いかけていった
「お…ハヨウ;」
3馬鹿と京助がぎこちなく挨拶を返すと本間が振り向いた
「…坂田って子供だよね」
顔色一つ変えず本間が坂田に向かって言った
「な…なんだよ;」
名指しされて坂田が脅えたように返す
「…寂しいくせに」
ふいっと背を向けて本間が歩き出す
「寂しい?」
「誰が?」
「お前?」
「お前か?」
「財布の中は寂しいけどさ」
「あ、それは俺も」
本間の言い残した言葉に対し3馬鹿と京助がテンポよく意見しはじめた
「香奈…?」
前を歩く本間に阿部が声をかけた
「何?」
足を止めて本間が阿部を見る
「…どうしたの?」
阿部が聞く
「どうもしないよ」
本間が答えた
「…もしかして香奈…あんた…」
「…やっと気づいてくれた?」
阿部が何か言おうと本間を指差すと本間が微笑んだ
「…うっそー…」
通学してきた生徒でざわめく廊下で阿部が鞄を床に落とした
「切るとか男らしい選択はしなかったのかよ;」
坂田の髪形を見た浜本が突っ込んだ
「いい注目の的だな」
ハルが坂田の三つ編を引っ張った
「踊り子には手を触れないでクゥダサァイ」
坂田がハルの手を軽く叩く
「にしても…お前なんで髪伸ばしてんだ?」
京助が坂田に対して質問するとはたと一同が止まった
「…そういや…小学校ン時はまだ短髪だったよなお前」
中島が坂田を見た
「別に…切んの面倒だから」
坂田が三つ編を指で弄りながらやる気なく答えた
「伸ばしてる方が面倒だろ; こんがらがるしシャンプーの量も多く使うし」
浜本が言う
「お前ミミッチィなぁ;」
南が浜本に言った
「俺はワンプッシュでいいんだぞ」
浜本が言う
「俺はツープッシュかな~…」
中島が浜本に続いた
「俺もツーだぞ?」
坂田がさらっと言う
「マジで?;同じかよ…ちゃんと泡立つのか? シャンプー何よ」
中島が聞く
「オーイェ~アッハ~ン」
坂田が髪をかきあげてセクシーポーズを決めた
「…アレか」
何かわかったらしい京助が口の端を上げた
「ああ…アレね」
南も頷く
「ってかコレで通じるのもどうよ」
セクシーポーズを解除した坂田が突っ込んだ
「だからさー思うにヤツ等にはたぶん賞味期限が付いてないと思うんだよねー」
南が白い息と共に言う
「ジャロ行きだなジャロ」
京助が言った
「ソレは広告の苦情お問い合わせだろ~? この場合は…衛生管理局とかそこらじゃねぇの?」
三つ編の坂田が言う
「天丼マンとか夏場絶対アメてるって…うわー…嫌だナァ;」
京助が口を引きつらせた
「れ?」
南が足を止めて右方向を見た
「なした…ってあれ? こんなトコに自動販売機なんてあったか?」
南に声をかけた坂田が自動販売機に気づき言う
「たぶんこの近くでホレ工事してんじゃん?だからでないか?」
中島が【100m先工事中】のたて看板を見て言った
「工事のオッサン用か…俺どうもこの…あったか~ぃの【~】って気にくわねぇんだよな…別に伸ばしぼっこでもいいのに何でくねらせるよ」
京助が自動販売機の表示を見て言う
「作ったヤツがくねらせたいお年頃だったんだろ」
坂田が言った
「モンローウォーク!!」
「コケるぞ」
南が腰をくねらせて歩き出すと中島が突っ込む
「コーヒーばっかだな…かろうじてお茶か…やっぱオッサン達にあわせてんのカナァ……ぁ」
並んでいる品物を見ていた坂田が何かを見つけた
「…なした?」
先を行くモンローウォーク南と中島の後を追いかけて数歩足を進めた京助がついてこない坂田に声を開けた
「…買うのか?」
坂田の隣に戻った京助が財布を取り出した坂田に聞く
「カイロ代わりにな」
坂田が左から三番目のボタンを押すと派手な音をさせながら缶が落ちてきた
「あったけ~…」
取り出した坂田が缶を持って言った
「お前コーヒー飲めたっけか?」
缶に頬刷りしながら歩き出した坂田に京助が聞く
「失礼な…飲もうと思えば飲める」
坂田が返した
「ふぅん…ってかソレめっちゃ甘いヤツじゃん」
京助が坂田の手にしてる缶を見て言う
「わりぃかよ」
坂田が京助を見た
「や; 別に…あ、南コケてら」
坂田に凝視されて顔をそらした京助が前方で中島に手を引っ張られて立たせてもらってる南を見た
「馬鹿だナァ;」
坂田が溜息を吐いた
「アレ…パンツまで濡れてんぞ」
なにやら尻を触った後ベルトを緩めているような仕草をしている南を見て京助が言った後中島が野球の【アウト】のサインを出した
「…ご苦労さん;」
坂田がそういいながら早足で二人の元に向かい始めると京助もソレに続いた
「ぬる…;」
カイロ代わりだといって買った缶の中身を一口飲んだ坂田が呟いた
「こんなに甘かったっけか…」
ギィと机のイスを鳴らして背をそらせると缶をじっと見た
「変わらぬおいしさジョージアオリジナル…ってか…」
自分の吐く息がほんのり香ばしい
「…阿呆くさ」
ボソッと呟くと立ち上がり壁にかけてあった上着を取ると坂田は部屋を出た
「おでかけですか? 若」
廊下ですれ違う組員にいちいち返事はせず片手を上げ続けて玄関へとたどり着いた坂田が靴を履いていると後ろから足音が近付いてきた
「あれ? 若も出かけるんですか?」
坂田が靴を履いている隣に下ろされた黒い靴と聞きなれた声に坂田が顔を上げた
「柴田もか?」
坂田に聞かれた柴田がにっこり笑って頷いた
「京助君の家ですか?」
靴を履きながら柴田が聞く
「…別に…お前は?」
トトンとつま先を地面に打って靴を履き終えた坂田が柴田に聞く
「俺はホラ…って…若コーヒー飲みました?」
柴田が言うと坂田が一瞬止まった
「…悪ぃかよ;」
そして少し膨れて答える
「いや…そうじゃなく…そうかー…飲めるようになったんですね」
少し驚いた顔をした後柴田が微笑んだ
「なんだよ…」
「…いつまでも子供じゃないんですね」
ガララと引き戸を開けながら柴田が言う
「当たり前だろ」
柴田が開けた引き戸を坂田がくぐった
「今度一緒にコーヒー飲みながらチーズおかき食いませんか?」
自分もくぐった後引き戸を閉めながら柴田が言った
「…考えとく」
立ち止まったまま坂田が言った
半分溶けかかった雪道と呼ぶには少し呼びにくい道を歩く柴田が軽く溜息をついた
「…若;」
足を止めて振り返ると電信柱から少しはみ出ているモスグリーンの上着に声をかけた
「別に同じ方向に行くだけなんだ」
自分に言い聞かせているかにも捕らえられる口調で言いながら坂田が電信柱の影から現れてツカツカと歩き出す
「なら一緒に行きますか?」
小さく笑いながら柴田が言う
「おうよ」
坂田が意味なく大きな声で返した
「根雪にはなりませんでしたね」
柴田が下を見て言う
「そうだな」
坂田が淡白に返す
「今年は雪多いんですかね」
柴田が今度は空を見上げて言う
「さぁな」
やはり坂田が淡白に返す
「…若;」
柴田が溜息をついた
「何ふてくされてるんですか」
「ふてくされてなんかいねぇよ」
柴田が言うと坂田が即答した
「…ふぅ;」
柴田がお手上げと言わんばかりに溜息をついて頭を掻いた
「大体…」
坂田が唐突に言葉を発した
「大体お前は隠し事やら謎が多いんだよ」
坂田が歩きながら言う
「俺が生まれてからずっといるけどいつも隠してばっかじゃん」
柴田が少し視線を落として前を歩く坂田の背中を見る
「歳だって知らねぇしどっから来たのかも知らねぇ」
車が跳ねた泥水を避けながら坂田が言う
「若…」
柴田が坂田に声をかけても坂田の足は止まらずに歩き続ける
「お前は」
そんな坂田が足を止めて振り向いた
「お前は何で俺に構うんだ」
坂田が柴田をまっすぐに見て言う
「何でって…」
「俺が次の組長だからか? 親父に頼まれたからか? 母さんにみてろっていわれたからか?」
いきなりの質問に驚いている柴田に更に坂田が突っ込んだ
「もしそうならもう俺に構うな。話しかけるんじゃねぇ」
坂田が背中を向けた
「ソレもありますけど」
柴田が言うと坂田の方が少しぴくっと動いた
「もう一つ理由があるんですよ」
坂田の頭に柴田が手を置いた
「よっこいしょ」
「のぁッ;」
坂田の体が宙に持ち上げられた
「おろせ! 馬鹿ッ!;」
「重くなりましたね若」
「おろせってのッ!!;」
坂田を抱き上げた柴田が笑うと坂田が怒鳴る
「俺が構いたいから構うんですよ若」
坂田を下ろしながら柴田が笑った
「…ソレ理由になってねぇじゃん…」
抱き上げられたことで出た腹をしまいながら坂田が言う
「立派な理由じゃないですか」
柴田がポケットから何かを取り出した
「大きくなりましたね若」
笑いながら柴田が坂田の口にチーズおかきを押し込んだ
「付いてきますか? 俺のヤボ用」
行く先を指差しながら柴田が笑った
「…なしたよソレ;」
京助が【まことにイヤイヤ驚いたでゴザル】というカンジの表情で坂田を見た
「…ニャロメにやられた」
憮然とした表情で答えた坂田の顔には数箇所絆創膏が貼ってあった
「あんにゃろ…思い切り爪立てやがって…」
絆創膏の貼られていない小さな傷を坂田が軽く掻いた
「嫌がることしたんじゃないの~?尻尾触ったとか餌喰ったとか」
南が言う
「食うかっての;」
坂田が返す
「でもよくおばさんが許したよな」
中島が言う
「…ゴリ押し」
坂田が言った
「でも名前がどうよって思うぞ俺は」
京助が言う
「ニャロメだしね」
南も言う
「付けたのは柴田だしな」
坂田が言った
「京助と対はるネーミングセンスだよな柴田さん」
中島が京助を見る
「なんだよ;」
京助が中島を見返すと中島がヘッと笑った
「カンブリにニャロメ…どっこいどっこいだねぇ」
ハッハと南が笑う
「久々に来たナァ…坂田組」
中島がデデン! とそびえて立つ大きな門を見上げて言った
「避難所って言えば京助ン家だしね~」
「各自地区の避難所に行けよ;」
南が言うと京助がすかさず言~った
「保育園に避難してもサァ…ねぇ?」
同じ自治区の坂田の肩を南が軽く叩きながら言う
「仲良くお手手繋いで野道を歩け」
でかい門の横にある出入り口をくぐりながら京助が言った
「二人で~?;」
京助の後に続きながら南が言う
「俺なんか文化センターなんですけど;何しろってんだよ;」
隣の自治区にお住まいの中島が言った
「教育委員長と教育について語ってろ」
坂田が出入り口を閉めながら言った
「メッロキュン!!」
そう言った南の腕に抱かれていたのは足が白く後は茶色がかった小さな猫
「ニー…」
「に~~~」
猫が泣き声を上げると京助と中島そして南が泣きまねをした
「…阿呆か」
ソレを見て坂田が呟く
「いやー…メンコイなコイツ」
チョイチョイと指を猫の前で動かしながら中島が言う
「チョメ~チョ~メチョメ~」
京助が近くにあったネコジャラシを動かし始めた
「チョメチョメは君の頭の中だけで充分だよ京助君」
南がハッハと笑いながら言った
「ニャロメかぁ…ニャロメ」
中島が柴田がニャロメと名付けたという猫の喉を撫でた
「ぅみゅー」
「ズキュン!!」
ニャロメが鳴くと南が胸を押えて蹲った
「か…かんわいぃじゃないか…くっそ…ミナミ完敗…」
南が言う
「コレ子猫? …おオスか」
ニャロメを抱き上げた京助がニャロメの股の間の物体を見て言った
「可愛い顔して結構なモンつけてんのな~…」
中島も覗き込んだ
「いやもう大人だとか言ってたけどな」
坂田が言った
「コレでか?」
京助が聞く
「コレでよ」
坂田がニャロメの頭を撫でた
「そういう種類の猫なのか?」
中島が聞く
「知らねぇよ; でも…柴田がそう言ってたし…コイツ祭りン時の柴田の怪我の原因なんだとさ」
坂田が京助の手からニャロメを抱き上げた
「みー…」
坂田がニャロメを軽く撫でるとニャロメが小さく鳴いた
「俺に黙ってこんなん飼ってて…これから寒みくなんのに…やっぱどっか抜けてんだアイツ」
坂田がブツブツ言うと京助と中島と南が顔を見合わせた後
「…お子ちゃまめ」
ハモって言うとにんまりと怪しい笑顔を坂田に向けた
「は?」
坂田がニャロメを抱いたまま自分に向けられる怪しい笑顔を見返した
「坂田さん家のみっつるくん~このごろすこぉし変よ~どおしたのっかっなッ♪」
南が歌いながら坂田に近付いた
「いや変なのは前からだっけどぉ~♪」
京助が突っ込み加減でさり気に歌う
「ニャンコにヤキモチ焼いちゃってまぁ」
「なっ!?;」
中島が核心をぶっちゃけると坂田が声を上げた
「何が!;」
坂田が怒鳴ると三人揃ってヘッとまた怪しい笑いを向ける
「緊那羅にも突っ込まれてたしな」
京助が言う
「そーそー【元気ない】ってね」
南が頷いた
「原因はソレかぁ…いやいやいや…」
中島がニャロメを撫でた
「何がだちゅーん!!;」
坂田が三人に向かって怒鳴る
「そりゃねーアレだねーお兄さんをニャンコにとられちゃえば弟さんふてくされますよねー…悠と一緒だな」
中島が言う
「そ…!!」
中島の言葉に坂田が何か突っ込もうとして少し体を前に出した
「寂しかったのねみつりゅん」
京助がよしよしと坂田を抱きしめた
「そんなんじゃねぇっつーの!!;」
「またまたぁ照れなくていいのよなんたってワタシはビックマザー」
坂田が京助を押し返すと負けじと京助がしつこく坂田に抱きついた
「離れんかーぃッ!!;」
ぐぎぎぎぎぎと腕に思いっきり力を込めた坂田が本気で京助を押し返した
「…悠がそうだったから」
京助が坂田の耳元で小さく言った
「…え…?」
「俺気づいてやれなかったんだよな」
坂田にしか聞こえなかっただろう的声量で言いながら京助が坂田から離れた
「ニャロメつぶれてないか?;」
中島が心配そうに離れた京助と坂田の間を見た
「ニー…」
坂田の腕に守られながらニャロメが鳴いた
「ホモサンドイッチで圧縮されたなんっつたらシャレにならないもんねぇ」
南がハッハと笑った
「構って欲しかった俺等がいるじゃないみつるん」
「…構って欲しくて出向いた俺に帰れと速攻言ってのけたヤツは誰じゃ」
京助が言うと坂田が突っ込んだ
「アレはホラ…晩飯の食い扶持が減るじゃん」
「友情より食い意地なんだぁねぇ君は」
京助が言うと中島がチョップと同時に京助に突っ込んだ
「にぅ~…に~」
ポフポフと床に軽く叩きつけられているネコジャラシにニャロメが必死になってじゃれている
「…うら」
坂田がネコジャラシを少し高く上げるとニャロメが思い切り体を伸ばしてソレに捕まろうとする
「はっは~コケてやんのー」
届かなくてそのままコケたニャロメを見て坂田が笑った
「…悠と一緒…ねぇ…」
今度はネコジャラシを床ぎりぎりで左右に振りながら坂田が呟いた
「…まだまだ子供ってことか…俺も…」
ガリ
「イッテェッ!!!;」
「にぅ~」
ネコジャラシに勢いよく飛びついたニャロメが坂田の指に爪を立てた
「おんまえは俺をどこまで傷物にすりゃ気がすむんだッ!;」
坂田が怒鳴った
「あ~…っとに…」
じわっと血がにじんできた指を見て坂田が溜息を吐いた
「みぅ」
動かなくなったネコジャラシには興味がないのかニャロメが坂田の膝の上に上ってきた
「イテテイテイテ; 爪たてて上ってくんなっつーの!; …ったく…」
坂田の膝の上に上ったニャロメが坂田を黙って見上げた
「…なんだよ」
「散歩いきませんか?」
坂田が目を丸くしてニャロメを見た
「…若?;」
止まったままだった坂田がハッとして勢いよく後ろを振り返ると部屋の戸口に立っていたのは柴田
「ノックしろッ!; ビビルじゃねぇかッ!!;」
坂田が怒鳴った
「しましたよ; したんですけど返事が…あ、ニャロメここにいたんだな」
「にーぅ」
柴田がしゃがんで手を叩くとニャロメが坂田の膝から飛び降りて柴田の元に駆けて行った
「…何の用だよ」
坂田が立ち上がって聞く
「あ、暇なら散歩いきませんか? セブンイレブンまで」
柴田がニャロメを抱き上げて立ち上がった
「何しに」
坂田が聞き返す
「ホラ…チーズおかきの復刻版あるじゃないですか」
柴田が言う
「…買いに行くのか? 今から?」
坂田がまた聞き返した
「覚えてるうちにと…でもホラ一人で行くのもなんだから」
「何で俺よ」
口ではそう言いながらも坂田が壁にかけてあった上着を手に取った
「肉まんくらいおごりますから」
上着を着込んでいる坂田を嬉しそうに見ながら柴田が言った
「ブリトーもつけろハムチーズの」
坂田が言う
「ハイハイ」
柴田が笑いながら部屋の戸を開けた
「…お前ソレで行くのか?」
坂田が柴田を見て言う
「え? あ…そうですね部屋戻るの面倒くさいですし…コレでいきます」
深い緑色のスーツを見た後顔を上げて柴田が笑った
「生きてるカイロありますし」
「みー」
柴田がニャロメを撫でるとニャロメが鳴いた
「…セブンは動物持込禁止だろ馬鹿め; …待ってろ」
部屋の押入れを開けた坂田が黒と白のマフラーを引きずり出して柴田の首にかけた
「ないよりマシだろ」
坂田が言う
「ですねありがとうございます」
柴田が笑うと坂田が照れ隠しなのかメガネを外して上着の裾で拭いた
「にーぅ」
ニャロメが鳴いた
「こないだの根雪にはならなかったんだな」
外に出た坂田がうっすらと積もった雪を靴でかいた
「こないだ…ああ京助君の家に行った時ですね」
柴田が言う
「…やっぱお前が迎えにきたんか…」
歩きながら坂田が言った
「若は相変わらず一回寝ると中々起きないですよね」
「うっさい!!;」
柴田が言うと坂田が怒鳴る
「まだ七時なのに真っ暗ですね足元気をつけてくださいね」
間隔をあけて街灯はあるものの暗い道
「お前が行こうって言ったんじゃん;」
坂田が突っ込む
「…なぁ」
しばらくして坂田が柴田に声をかけた
「お前俺が組継がないって言ったらどうすんだ?」
坂田の質問に柴田が足を止めた
「継がないんですか?」
柴田が聞く
「継がないって言ったらってんだろ; もしだよもし; …どっか行くのか?」
坂田が振りかえって言う
「そう…ですね…どうしょうかなぁ…」
「…お前は…;」
まるで人事のように笑いながら言う柴田を見て坂田が肩を落とした
「俺帰るトコ…あるにはあるんですけど帰りたくないんですよね」
柴田が言う
「…家族は? 母さんと…」
坂田が言いかけて言葉を止めた
「いますよ? 俺の家族は坂田組の皆です」
柴田が笑いながら言った
「…なんだソレ」
坂田が気まずそうにそれでも突っ込んだ
「帰りたいと思うところは今のところ俺にとっては坂田組なんですよ」
坂田の頭に柴田が手を置いた
「若がいて組長や姐さん…ニャロメもみんなもいますからね」
柴田が笑って言うとつられたのか坂田も眉を下げて笑った
「おゎっ;」
「若;」
思い切り滑って転んだ坂田に柴田が驚いて声をかけた
「大丈夫ですか?;」
柴田が手を差し出すと坂田がソレに捕まる
「イッテェ~…;」
立ち上がりながら坂田が尻に付いた溶けかかりの雪を払う
「…なんだよ; 笑いたきゃいいじゃん;」
黙って坂田を見ていた柴田をじと目で見つつ坂田が言う
「いや…泣かなくなったんだなって」
「はぁ?;」
柴田が言うと坂田が素っ頓狂な声を上げた
「昔は転んだら泣いて俺に助け求めてきたんですけどね…」
柴田が苦笑いで言った
「阿呆; いくつだと思ってんだ;」
坂田が言う
「なんだか寂しいナァ…」
柴田が言った
「何がだよ;」
坂田が歩き出して言う
「なんだか大事なものなくした様な気がして」
「はぁ?;」
坂田に追いつこうと足早に柴田が歩き言った
「可愛かったナァ若…こーんな鼻ちょうちんよく出してたんですよ」
「うっさい!!;」
【こーんな】と指で輪を作って鼻につけながら柴田が言うと坂田が怒鳴った
「…時間は流れるんですね…やっぱり」
ボソッと柴田が言う
「そりゃそうだろ; 時計止めても時間はとまらねぇし」
坂田が言う
「です…ね…」
小さく聞こえるか聞こえないかの声量で柴田が言った
「なんか…お前変じゃねぇか?;」
坂田が足を止めて柴田を見た
「そうですか?」
柴田が返す
「なんかあったのか?」
坂田が柴田に近付いて聞いた
「…なんでもありませんよ?ただ若が成長して俺の手借りなくてもよくなったってことが少し寂しいだけです」
柴田が笑った
「手…かりまくってるじゃん俺」
坂田が言う
「若…」
柴田が坂田を見た
「なんだよ」
坂田も柴田を見返す
「…いえ…なんでも」
少し間を開けて柴田が言った
「さ、早く行きましょう」
坂田から借りたマフラーを巻きなおした柴田が歩き出した
「…変なヤツ…」
坂田が言った
「あれ? 本間…」
セブンイレブンに入った瞬間坂田が知り合いを見つけて小さく言った
「柴田さん」
本間も気づいたのか柴田の名前を呼んだ
「俺は!;」
柴田の名前しか言わなかった本間に坂田が言う
「と坂田」
表情を変えずに本間が付け足した
「こんばんは香奈ちゃん」
「か…!?;」
柴田が本間を苗字ではなく名前で呼んだことに坂田が目を見開いて柴田を見た
「どうしたんですか? 若」
変な顔で自分を見る坂田に柴田が聞く
「か…香奈ちゃんって…」
「私」
坂田が言うと本間が挙手して言う
「それはわーってる!!; なんでお前本間を名前で…」
坂田が柴田に聞いた
「え? いけませんか?」
柴田が聞き返した
「怪我はもういいんですか?」
坂田を無視しているようなカンジで本間が柴田に聞いた
「ああ…なんとかもう大丈夫」
柴田が答えるとやんわりと本間が微笑んでそして一礼をした後坂田と柴田の間をすり抜けてセブンイレブンから出て行った
「若~?;」
ガサガサと袋を持って歩く柴田が先を行く坂田に声をかけた
「若ってば;」
柴田に買ってもらったブリトーをもくもくと食いながら歩く坂田は足を止める気配がない
「何怒ってるんです?」
少し足を速めた柴田が坂田に追いついた
「若!!;」
追いついたかと思うとまた歩く速度を上げた坂田が先を行く
「…ふぅ…; …ん?」
溜息をついた柴田が何かを見つけて顔をそちらに向けた
「わ------------か--------------!! いきますよ---------------!!」
しばらくして柴田の大声が聞こえ思わず坂田が振り返った
「な…」
何かを言おうとした坂田の目に映ったのは中を飛ぶ何か
そしてその何かが缶であることがわかって坂田がソレを受け止めた
「ナイスキャッチ」
柴田が笑いながら駆け足でやってきた
「…ジョージア」
坂田が自分の手の中の缶を見て呟いた
「飲めるようになったんですよね?」
カシっとタブを上げて柴田が言う
「ハイ乾杯」
勝手に坂田の缶に柴田が自分の缶をぶつけて音を鳴らした
「何に乾杯なんだよ;」
坂田が柴田を見て聞く
「とりあえず…若がコーヒー飲めるようになったってことにでもしておきますか」
白く昇る湯気と香ばしい香りが漂う中柴田が笑った
「…阿呆くさ」
そう呟きながら坂田も缶のタブを上げて口をつけた
「こんなトコ姐さんに見つかったらやばいですね」
柴田が言う
「一本背負いモンだな」
坂田が言った
「やっと口聞いてくれましたね」
「ブッ!;」
柴田が言うと坂田が噴出した
「若黙ったままなんですもん」
ハハハと柴田が笑う
「それはお前が…ふぐ」
怒鳴り始めようとした坂田の口に柴田が何かを押し込んだ
「もう遅いですから近所迷惑ですよ若」
にっこり笑った柴田の手にはチーズおかきの包み紙
「やきもちありがとうございます」
クシャシャと柴田が坂田の頭を撫でて笑うと坂田が思い切り柴田をひっぱたいた
「お前ってさ」
坂田が言った
「なんですか?」
柴田が聞き返す
「つかめねぇよな」
坂田が言うと柴田がきょとんとした顔をする
「なんですかいきなり…」
柴田が言う
「隠し事は多いわ…いなくなるわ抜けてるわ」
坂田が指折り言った
「…俺が組継ぐならお前はずっといるのか?」
「え?」
最後小さく言った坂田に柴田が聞き返す
「うら、ゴミ」
坂田が柴田に飲み終えた缶を押し付けて門の横の出入り口から中に入った
「たまには茶にしろバーカ」
玄関に向かってかけていきながら坂田が言った
「バーカって…」
駆けて行く坂田の背中をぽかんと見ていた柴田がプッと噴出したのはまもなくのことだった
「…マジ?;」
昼休み昔ながらの石油ストーブを囲んで南が言った
「柴田さんが本間を…」
中島が南に続く
「香奈…」
京助がゆっくりと振り返ると阿部の机に腰掛けて足を組む本間が見えた
「って呼んだんだよな」
坂田が言う
「何がどうして香奈ちゃん?;」
南が坂田に聞く
「俺が知りてぇよ; やたら仲よさげだったし」
坂田が答えた
「恋人は中学二年生? 南とありす以上の年の差?」
中島が南を見た
「そこで俺を出しますか」
口ではそう言いながらも南の顔がにやける
「…香奈ちゃん…」
京助が本間の名前を言うと3馬鹿と京助は揃って顔を本間方向に向けた
「…ええ乳してまんな相変わらず」
「どこ見てんですか中島さん」
「いやでも目はソコにいくよね」
「制服になりたい俺」
「水着はえがったな…」
「…おう」
ボソボソと3馬鹿と京助が本間を見て言う
「柴田さんもあの乳に悩殺されたか」
「はっ!?」
京助が言うと坂田が声を上げた
「まっさかぁ柴田さんに…でも…どうだろね坂田君や」
南が坂田を見る
「そういや柴田さんの好みってどんなかとかお前知らねぇのか?」
京助が坂田に聞く
「…知らん」
坂田が答えた
「俺は可愛いのがイイナァ」
南が言う
「お前の好みは聞いとらんて」
中島が南に突っ込む
「柴田の好きなので俺が知ってるのったら…」
坂田がボソッと言うと京助と中島そして南が坂田を見た
「知ってるって言ったら?」
ザワザワと生徒がざわめく中でもしばしの沈黙
「…チーズおかきとコーヒー」
坂田が真顔で言った
「みぅ…」
ニャロメの喉を柴田が指で撫でるとニャロメが嬉しそうに身をよじってもっと撫でろとねだり始める
「…あれ…お前ココどうした?」
腹を向けたニャロメに柴田が聞いた
「にぅ~…」
ニャロメの前足の内側に見えた生傷柴田が見つけた
「まったく…仕方ないな…」
柴田がふっと微笑んでゆっくりニャロメの傷を撫でる
「気をつけろよ?」
柴田が指を離すとニャロメの傷が消えていた
「…あまり力は使えなくなったからな…」
ニャロメを抱き上げて柴田が言う
「俺もあの二人と同じ感情を持ってしまったんだ…おかしいだろう?」
腕の中のニャロメを撫でて柴田が目を細めた
「散々愚かだなんだかんだ言ってきたあの感情…」
柴田がニャロメを撫でる手を止めた
「…本当ヤキが回ったんだな俺も」
「なぅ~…」
柴田の言葉が通じているのかいないのかニャロメが鳴き声を上げた
「お口の恋人はロッテだろ」
京助が言う
「アイツはチーズおかきとコーヒーなんだよ」
坂田がオレンジ色のカゴを下げて向かう先には復刻版シリーズの商品棚
「俺はゆず茶のど飴が最近のお口の恋人」
南が【はちみつゆず茶のど飴】を手に取った
「飴は茶菓子にならんじゃろ」
中島がカリントウをかごの中に入れた
「割り勘だかんな」
坂田が言う
「一人500円くらい? あ、俺薄焼きサラダ煎餅食いたい」
京助が南に向かって言う
「アイアイサー」
京助のリクエストを聞いた南がカゴの中に薄焼きサラダ煎餅を放り込んだ
「割れんじゃん; 丁重に扱え;」
京助が言う
「後何買うよ」
ポッキーをカゴに入れながら中島が聞く
「…コレでいくらいったんだ?」
坂田がカゴを覗き込むと他の三人も覗き込む
「…誰か計算しろよ」
カゴの中を見たままとまっていた会話を進めようとしたのは京助
「言いだしっぺがやるべきですかここは」
南が京助の肩を叩いた
「…お前俺の期末の点数知ってて言うか?」
京助がエセっぽい笑顔を爽やかに南に向けた
「ってかドッコイドッコイの頭の俺らに無理難題ぬかせ」
中島が言う
「まぁ…足りんだろ…たぶん」
坂田が言うとレジに向けて足を進めた
「たかが菓子…されど菓子…」
中島が言うと他三人が頷いた
「まさか三千円の大台に乗ってようとは…;」
南が言う
「レジが松倉のねーちゃんでよかったナァ; 返品させてくれて助かったぜ;」
坂田が言った
「第一誰だよ; よっちゃんイカとかサラミ大量購入しようとしたヤツ」
坂田が言うと中島がゆっくりと挙手した
「お前将来飲兵衛決定だな」
南が言う
「でも飲兵衛って甘党がなるんじゃなかったか?」
京助が突っ込んだ
「そういや…そう聞くよね…」
南が考え込んだ
「てか柴田さんて酒は…」
中島が坂田に聞いた
「飲まん…ってかそうだ; コレから宴会やりからコーヒーか茶用意しとけって言っとかねぇとな;」
坂田がそう言いながら携帯を取り出した
「…なぁ」
携帯を開いてメールを打ち出した坂田に京助が声をかけた
「何だ?」
坂田が送信ボタンを押した後顔を上げて京助を見た
「…携帯って計算機機能付いてなかったっけか?」
京助が言うとはたと坂田が止まった