【第九回・参】瞳水晶
悠助にせがまれて迦楼羅は【沙紗】について話し出した
それは遠く遠い記憶の話
迦楼羅が見上げていた空から悠助へと視線を移した
「…名前は沙紗」
迦楼羅が言った
「しゃしゃしゃん?」
悠助が言う
「さ・しゃ・だ」
迦楼羅が区切って【沙紗】とはっきり言った
「しゃ…しゃ…」
ごにょごにょと悠助が何とか言おうと試みている
「…まぁいい…」
迦楼羅が溜息を吐いて言う
「沙紗ってたしか…」
京助が何かを思いだしたのか呟いた
「そうだ…乾闥婆から前に聞いただろう?」
迦楼羅が言う
「前の【時】の…犠牲の一人だ」
呟くように迦楼羅が言った
「死んじゃったの?」
「ばっ;」
悠助が迦楼羅に単刀直入にズバっと聞くと京助が慌てた
「…そうなる…のかもしれんな…」
迦楼羅が言うと阿修羅が何故か顔をしかめた
「実際は…そうなるな…沙紗はもういない…」
迦楼羅がふっと笑って悠助の頭に手を置いた
「どんな人だったの?」
悠助が聞く
「…強かった…な; イロイロと」
迦楼羅が少し顔を引きつらせながら答えた
「強かったな; 嬢は;」
阿修羅も沙紗を知っているのかうんうんと頷き言った
「何? 阿修羅も知ってるわけ?」
京助が阿修羅に聞く
「知ってるだろさ; オライだって前の【時】ん時にいたんだきに」
阿修羅が答えた
「強かったの?」
悠助が再び迦楼羅に聞く
「全てにおいて強かったなぁ…嬢は; 本当に」
阿修羅が言うと迦楼羅が今度は頷いた
「何度投げ飛ばされたことか…;」
迦楼羅が遠い目で言った
「投げ…ですか;」
京助が言う
「初めて会ったときは思い切り説教されたぞワシは;」
ふっとどこか哀愁を漂わせながら迦楼羅が言った
「…どないお嬢さんだったんですかぃ;」
京助が聞く
「沙紗は…何においても強くいる娘だった…」
迦楼羅がまた空を見上げた
「沙紗姉様; 落ち着いて!!;」
「他人の家に無断でしかも窓から入ってくるとは行儀が悪すぎではないですか?」
黒く長い髪の少女が手に握るのは先に赤い飾りのついた金色の髪
「沙紗…;」
その後ろでは数人の侍女と共におろおろとしている青銀に近い髪をゆったりと伸ばした少女と前髪の一部が上にぴょっこりと跳ねた薄青の髪をした少年が手を出せないままでいた
「沙紗様; どうかお怒りをお鎮めください;」
侍女の一人が黒髪の少女に言った
「かの方は天からの使者様と申しております…そんなことをされては;」
「では天からの使者様とやら…天では窓から他人の家に上がりこむのが礼儀なのですか?」
「だっ!!;」
【沙紗】と呼ばれる黒髪の少女が天からの使者だと言われる人物の金色の髪を思い切り引っ張った
「沙紗姉様ッ;」
薄青の髪の少年が沙紗の手を掴んだ
「もういいじゃないですか;」
「下がりなさい沙汰」
沙紗が言うと【沙汰】と呼ばれた少年が肩をすくめた
「名も名乗らない方が天の使者なのですか?」
「名乗る時間さえくれなかったではないか!! たわけがッ!!;」
沙紗が握る金色の髪の持ち主は触角のような髪型をした少年
「言い訳は聞きたくありません」
「いだだだだだッ!!;」
「沙紗!;」
容赦なく沙紗が少年の髪を引っ張ると後ろで見ていた青銀の髪の少女が止めに入った
「沙羅…」
【沙羅】と呼ばれた少女が沙紗の隣に並んだ
「もういいじゃない…ね?」
そう言いながら沙羅が沙紗の手から少年の髪を放させる
「…わかりました…では改めてお聞きします天の使者様とやら…貴方の名前は?」
沙紗がそれでもまだ怒っているのか鋭い視線で少年を見て聞く
「…迦楼羅だ…」
むすっとした少年が自分の名前を言った
「…つぇえな…;」
京助がポソっと呟いた
「うむ…;」
迦楼羅が頷く
「だが…それが沙紗なのだ」
迦楼羅が言った
「いつでも強く…誰より強くいたのが沙紗だった」
「沙紗様おやめください!!;」
木の格子窓から上がる湯気と共に侍女の声がする
「旦那様に知れたら…;」
「知られたら私を呼びなさい」
「沙紗様!!;」
おろおろする侍女に構わず沙紗が竈にかかる鍋の蓋を開ける
「私が勝手に手伝っているのです」
長箸で鍋の中の野菜に火が通っているか確かめながら沙紗が言った
「何を騒いでいるのだ…」
「迦楼羅様!!」
迦楼羅が台所に入ってくるなり数人の侍女から黄色いざわめきが起こる
「口より手を動かしてください」
迦楼羅に目もくれず沙紗が給仕の侍女に言った
「…何事なのだ?」
迦楼羅が近くにいた侍女に聞く
「はい…それが給仕の者が二人ほど流行の病で床につきまして…沙紗様が…」
「余計なことは言わなくてもいいです」
沙紗がピシャリというと侍女が下がった
「ほら!! 手を動かしてくださいと言ったでしょう!!」
沙紗が少し声を張り上げて言うと侍女等が慌てて持ち場に着き始める
「台所は男子禁制即刻立ち退きなさい」
ようやくいつもの台所風景になったのを見た後沙紗が迦楼羅を鋭く見て言った
「な…;」
鋭い視線を向けられて迦楼羅が言葉をなくす
「ワシは何も…;」
「立ち退きなさい」
何か言おうとした迦楼羅を一瞥すると沙紗は背中を向けた
「何もしておらんではないかッ!!;」
迦楼羅が怒鳴る
「うるさいですよ天の使者様」
沙紗が背中を向けたまま言う
「迦楼羅だ!!;」
迦楼羅が再び怒鳴る
「何をして…迦楼羅様?」
布の擦れる音と共に沙羅が数人の侍女と台所に入ってきた
「沙羅様…!!」
台所にいた給仕の侍女が一斉に頭を下げる
「沙紗…貴方はまた…」
沙羅が沙紗を驚きの表情で見た後微笑を浮かべた
「今日は何かしら?」
沙羅が笑いながら沙紗に聞く
「食べてからのお楽しみ」
沙紗が背中を向けたままで言った
「わかりました…さ、迦楼羅様…ここは男子禁制です」
沙羅が迦楼羅に軽く頭を下げて言うと台所から出て行った
「…あやつはいつもああなのか?」
沙羅の少し後ろを歩く迦楼羅が利いた
「ええ…そうです」
沙羅が答えた
「名家の娘らしかぬ…とお思いでしょう? でも私はそんな沙紗が好きなのです」
振り返って沙羅が笑う
「見ておわかりのように沙紗と私と沙汰は本当の兄弟ではありません…沙紗は体の弱かった私の話し相手として養女にきたのです」
ゆっくりと歩き出した沙羅が言った
「そうか…」
沙羅の後ろを沙羅と距離を置いて迦楼羅が歩く
「私にないものを沙紗は全て持っている…私はそんな沙紗を誇りに思います」
部屋の前で沙羅が足を止めた
「書の時間ゆえ…失礼いたします迦楼羅様」
沙羅が軽く頭を下げて部屋に入っていった
「迦楼羅様!!」
沙羅のが部屋に入ってすぐ背中から名前を呼ばれた迦楼羅が振り返った
「お前は…」
「沙汰ですっ!!」
廊下の欄干に足をかけてよじ登った沙汰が迦楼羅の元に駆け寄ってきた
「沙羅姉様は…書の時間ですか?」
沙羅の部屋の戸を見て沙汰が聞く
「そうらしいな」
迦楼羅が歩きながら答えた
「…なんだ?;」
しばらく並んで歩いていた迦楼羅が沙汰の視線が気になり足を止めた
「いえ!; …なんでもありません;」
沙汰が慌てて言う
「…沙汰…とやら」
迦楼羅が小さく沙汰を呼んだ
「はい!!;」
沙汰が姿勢を正して返事をした
「お前は【時】をどう思う?」
迦楼羅が聞くと沙汰がきょとんといた顔をした
「お前とその姉…実の姉の方は【時】に関わると話したのは…」
「覚えています!!」
沙汰が必要以上の声で迦楼羅の言葉を止めた
「…ワシはもしかしたらお前を手にかけるやも知れぬことも…お前の姉を手に…」
「それならば私がその前に貴方を手にかけます」
キッパリと言い切る形で沙紗の声がした
「沙紗姉様!!」
沙汰の顔がぱァッと明るくなった
「沙羅と沙汰を手にかけるというならば私が貴方を手にかけます」
ツカツカと大股で迦楼羅の横を通り過ぎた沙紗が沙汰を自分の背に隠した
「…しかし【時】が来れば…」
「ならば私は貴方からもその【時】からも沙羅と沙汰を守ります」
沙紗が迦楼羅を鋭い目つきで見ながら言った
「沙紗姉様…僕は…」
沙汰が沙紗の服を軽く引っ張った
「私の大切なものに害をなす…私は貴方が嫌いです」
沙紗が言う
「害を…と…言われてもワシはただ役目を…」
「黙りなさい」
迦楼羅の言葉を沙紗が切った
「理由はどうあれ私は貴方を歓迎しません天の使者様」
再び沙紗が迦楼羅に鋭く視線を向けた
「少しくらいワシの話を聞いたらどうだ娘!!;」
迦楼羅が怒鳴りながら沙紗の手を掴んだ
「ッ!? 私に触らないでくださいッ!!!」
「沙紗姉様ッ!!;」
「ぅおッ!!?;」
ガッと迦楼羅の服の襟首を掴んだ沙紗がそのまま迦楼羅を投げ飛ばすと迦楼羅が数メートル吹っ飛んだ
「迦楼羅様ッ!!;」
沙汰が投げ飛ばされた迦楼羅の元に駆け寄る
「言ったでしょう私は貴方が嫌いです、と…天の使者様」
服の裾を直しながら沙紗が言う
「迦楼羅だと…!!;」
沙汰の手を借りて起き上がった迦楼羅が言う
「もう一度言います私は貴方が嫌いなのです天の使者様。…沙汰食事の時間です」
迦楼羅を一瞥した沙紗が沙汰を見て少し優しい口調で言った
「今日は沙紗姉様が作ったんですか?」
沙汰が沙紗に聞くと沙紗がふっと微笑んで頷いた
「すぐ行きます!!」
沙汰が嬉しそうに言うと沙紗が小さく頷いた後背を向けて廊下を歩いていった
「…なんなんだあの娘は…ッ;」
迦楼羅が怒った口調で言う
「迦楼羅様…ごめんなさい; 沙紗姉様を怒らないで」
迦楼羅を支えて立たせながら沙汰が言った
「何故お前が謝る…まったく優しさの欠片もない娘だな…」
「それは違います迦楼羅様!!」
「だっ!!;」
迦楼羅がボソッと言った一言に沙汰が思い切り否定する一言を発すると共に迦楼羅を支えていた手を離した為 迦楼羅が再び倒れた
「あ…ごめんなさい; でも…沙紗姉様程優しい女性は僕は見たことがないです」
沙汰が再び迦楼羅を支えながら立たせた
「どこがだ;」
迦楼羅が言う
「全てです」
沙汰がキッパリ言った
「…迦楼羅様…僕は沙紗姉様を慕っています」
沙汰が少し顔を赤らめて言う
「自分の姉をか…?」
迦楼羅が聞くと沙汰が頷いた
「僕ももう数え13…15になったら一人前となれます。その時僕は沙紗姉様を娶りたいのです…姉といっても血は繋がってないですから」
沙汰が照れて頭を掻きながら言う
「…アレを娶るとなれば苦労すると思うがな…;」
迦楼羅が引きつった顔で言った
「ちょと待て;」
京助が片手をストップというカンジで前に出して話を止めた
「どうしたん竜のボン?」
阿修羅が聞く
「…15で一人前って…いうのは…何?; 15で結婚とか…いう…」
「そうだ」
京助が言うと迦楼羅が頷いた
「どこの…いつの時代ですかい;」
京助が聞いた
「…いつ…だった…といわれてもな…; あ~…」
迦楼羅が腕を組んで考える
「場所はな竜のボンたちが今中国だかってよんどるとこで…時代まではわからんきに」
阿修羅が迦楼羅の変わりに答えた
「ちゅ…って…お前等中国語できんのか!?;」
京助が驚きの表情で聞いた
「できるっちゃー…そうなのかもしれんけど…わかるっちゃーわかる?」
阿修羅が言って迦楼羅を見ると迦楼羅が頷く
「言ったであろう? ワシ等は【人間】ではないのだ」
「…それでいいんかぃ;」
迦楼羅が言うと京助が突っ込んだ
「ねぇ~続きは~?」
半紙を途中で止められた為に悠助が膨れっ面で抗議した
「沙紗様!! 沙紗様は何処ですか!」
侍女の慌てふためいた声が屋敷に響いた
「何事だ」
侍女の尋常ではない声に迦楼羅が聞く
「ああ迦楼羅様! 沙紗様の行方なぞは…」
頭を下げ侍女が迦楼羅に聞いた
「知らん…が何事かと聞いたのだが」
迦楼羅が再び聞いた
「沙羅様が発作を起こされ…」
侍女が答える
「おられました!!」
向かいの廊下から男の声がすると侍女が顔を上げ迦楼羅に一礼すると足早に去っていった
「ゆっくり飲んで…そう…そしたら息をゆっくり吐くのです」
天井からたれた布の向こうから沙紗の声が聞こえる
室内には香が焚かれていた
「…ありがとう沙紗…」
疲れきった沙羅の声も聞こえた
「今はあまり話さないほうがいい…」
沙羅の言葉を沙紗が止める
「…見事だな」
沙羅を治療する様を数人の侍女達と見ていた迦楼羅が呟いた
「でしょう?」
何故か沙汰が嬉しそうに言った
「この香も沙紗姉様が沙羅姉様の為に作ったんですよ」
部屋に漂うその優しい香りは何処となく心静かになる…そんな香りだった
「花々(かか)を残し他の者は部屋を出なさい。 人気があっては沙羅も心置きなく休めないでしょう」
天井から垂れている布を分けて沙紗が出てくるなり迦楼羅や沙汰達に言った
「後は頼みましたよ花々」
花々と呼ばれた薄紅の着物を着た侍女に沙紗が言うと花々が深く頭を下げた
「沙紗姉様…」
沙汰が沙紗を呼び止める
「大丈夫ですよ沙汰…少し顔を見せてあげてください」
沙紗がふっと微笑んで沙汰に言う
「はい!!」
沙汰が嬉しそうに返事をして沙羅が休む布の向こうへと足早に向かった
「…あなたも早く部屋を出てくださいませんか天の使者様」
迦楼羅の横を通った沙紗が迦楼羅を見ずに言った後部屋を後にする
「っ…;」
思わず怒鳴りそうになった迦楼羅が口を噤んで沙紗の背中をキッと見た後大股で沙紗の後を追う
「待たんか娘!」
部屋を出るなり迦楼羅が声を張り上げて沙紗を呼び止めた
「…何ですか」
あからさまに嫌そうな顔で沙紗が振り返る
「……」
呼び止めたのはいいが何故呼び止めたのか自分でもわからない迦楼羅が黙り込んで数分
「話すことがまとまってから呼び止めてください。私はあまり貴方と話したくないのですから天の使者様」
沙紗がそう言って迦楼羅に背を向け歩き出した
「ちょ…待てと言っているだろう!!;」
駆け足で沙紗に追いつくと迦楼羅が沙紗の肩を掴んだ
「私に触らないでください!」
「っおぁッ!!;」
胸倉をつかまれ見事な足払いを食らった迦楼羅が廊下の欄干を越えて庭に投げ飛ばされた
「私は貴方が嫌いだと言ったはずです」
沙紗がよろりと起き上がる迦楼羅に言う
「用がないならば呼び止めないでください」
「ワシは…ッ!!;」
迦楼羅の言葉を聞こうともせず沙紗が廊下を歩いて行った
「…トコトン嫌われてねぇかお前;」
京助が突っ込んだ
「まぁ…な;」
迦楼羅が何かを思い出したのか顔を引きつらせた
「でもかるらんはしゃしゃしゃんが好きだったんでしょ?」
いつの間にか阿修羅の膝の上に座っていた悠助が迦楼羅に聞く
「…その時はまだ腹の立つ生意気な娘という感情しかなかったな…」
迦楼羅が言う
「一体何があってお前はそこまで沙紗とやらにゾッコンになったんだよ」
京助が胡坐をかきなおしながら聞いた
「…怒ったのだ」
迦楼羅がボソッと言った
「怒った…って誰が誰を」
京助が聞く
「沙紗がワシをだ」
迦楼羅が答える
「…今まで聞いた話でもかッ……なり怒られてるように感じるんですけど」
京助が溜めに溜めて言う
「本気で怒ったのだ…ワシはその時初めて沙汰の言っていた沙紗の優しさがわかった…」
迦楼羅が自分の左頬に手を当てた
「…この香りは…」
広い屋敷内をふらふらと歩いていた迦楼羅がかいだことのある香りをふと感じその方向へと足を向けた
しばらく奥ばった廊下を歩き小さな離れへと続く渡り廊下を渡り終えるとその香りが強くなった
「何だここは…」
母屋の屋敷とは正反対な簡素なその建物の扉を迦楼羅が開けた
中は意外にもきちんと片付いており壁一面の書物、棚には薬草入りの小瓶や瓶が並べられていた
ふわっと風が香りを部屋中に運びついでに広げられた書物を悪戯している
ふと光が差す窓のほうに顔を向けた迦楼羅が窓辺に腰掛け書物を読み耽る人影を見た
組んだ足を窓枠に置きその自分の足に書物を立てかけていたのは沙紗
「…用が無いならば出て行ってください」
沙紗が書物から目を離さず言った
「ここは…」
「私の部屋です」
迦楼羅が聞くと沙紗が即答した
風が沙紗の長い黒髪を靡かせる
「何か用でも?」
相変わらず書物から目を離さずに沙紗が聞いてきた
「いや…ただ…香りがして…」
迦楼羅がどもりながら答えた
「…香りですか…そこの香のことでしょう」
迦楼羅を見ずに沙紗が言う
「これはお前が作ったと聞いたのだが」
白い陶器の入れ物から上る香りに迦楼羅が言う
「そうですが」
沙紗がそっけなく返す
「この間の療法も見事だったな」
迦楼羅が沙羅の発作を治めた時のことを言った
「ありがとうございます」
書物をめくりながら沙紗が淡々とお礼を言う
「…何を読んでいるのだ?」
しばらく沈黙が続いた後に迦楼羅が聞いた
「書です」
それに対し沙紗がやはり淡白に答える
「…香りが嗅ぎたいならば静かにしていてください」
また少し沈黙が続いた後沙紗が言った
「…うむ…」
少し間を置いて返事をした迦楼羅がその場に座った
窓から入る風で靡く沙紗の黒髪が太陽の光で七色にも見える
「…お前は」
「沙紗」
迦楼羅が口を開くと沙紗が自分の名前を名乗った
「沙紗…良い名だな」
迦楼羅が言う
「それはありがとうございます」
書物を読み終えたのか沙紗が窓際から降りた
「私の気を惹こうとしても無駄ですよ天の使者様」
書物を置き近くの籠を手に取った沙紗が迦楼羅が部屋に入ってきてから初めて迦楼羅を見て言う
「私は貴方が嫌いですから」
そう言うと沙紗は部屋を出て行った
「……嫌いというわりには…今話していたではないか…」
沙紗のいなくなった窓辺から入ってきた風が今度は迦楼羅の髪で遊び始めた
「その日沙紗は薬となる薬草を探しに行ってな…」
迦楼羅が言った
「その邪魔でもしたのかお前は」
京助が突っ込むと迦楼羅が首を振った
「ワシは一匹の虎を殺めた…良かれと思ってやったことだったのだが…」
「かるらん虎殺したの?」
悠助が聞いた
「…ああ…そうだ」
迦楼羅が答えると悠助が黙り込んだ
「…何かワケあったからだろ?」
悠助を見た後京助が迦楼羅に聞いた
「沙紗を襲っていたのだ」
迦楼羅が答える
紅蓮の炎が虎の体を覆い虎が地面を転がりまわっている様を一体何が起こったのかわからない沙紗はしばらく呆然と見ていたがハッとして立ち上がり自分の上着で虎を叩き始めた
「何を…!!」
迦楼羅が声を上げた
「貴方こそなんてことを…ッ!!」
沙紗が懸命にに虎を上着で叩きながら言う
「お前を襲っていたのだぞ!?」
迦楼羅が言うとぐったりと動かなくなった虎を見た後沙紗が迦楼羅を見た
「…貴方は…」
そして唇をかみしめて大股で迦楼羅に近づいてきた
バキッ
沙紗の拳が迦楼羅の左頬に当たったかと思うと痛々しい音と共に迦楼羅が後ろに倒れた
「な…何をするのだたわけッ!!;」
左頬を押さえた迦楼羅が怒鳴る
「貴方は…ッ…」
迦楼羅を睨む沙紗の目から涙が流れた
カサッという音に迦楼羅が音の方を見ると草わらから何かが飛び出し黒い塊となった虎の傍に駆けて行く
「…ニー…」
まだ熱覚めやらぬ焼けた虎に擦り寄ることが出来ずにいたのは子虎
「…子供…か…?」
殴られたことで鼻から血が出てきた迦楼羅がそれを拭いながら呟いた
「…ごめんなさい…」
沙紗が膝を付き子虎に手を差し出した
「何故お前が謝る」
迦楼羅が聞いた
「この虎はお前を…」
「私がこの虎の領域に入ったから」
沙紗が言う
「お前を襲って…」
「大切なものがあれば害をなすものに向かい行くのは当たり前です」
迦楼羅が言うと沙紗が声を震わせて言った
「私も言いました沙汰と沙羅に害をなすならば貴方を手にかけると」
威嚇のポーズを取る子虎に手を差し出したままで沙紗が言う
「だからワシは…!!」
「死するべきは私でした」
沙紗がゆっくりと立ち上がった
「この虎は…何も悪くなかった…私がこの場所に来なければ良かったこと…」
黒い塊となった虎に沙紗が握っていた自分の上着をかけた
「貴方は私の運命にまで害をなす存在なのですね天の使者様」
背を向けたままで沙紗が迦楼羅に言う
「ではお前はこの虎に殺されても良かったというのか!?」
迦楼羅が怒鳴ると沙紗が振り向いた
「ならば! この虎が死しても良かったというのですか!?」
沙紗が怒鳴り返した
「言ったでしょう!? 私がこの虎の領域に入ったと!! なのに何故この虎の方が…死ななければならなかったんです!?」
「ワシが悪いのか!?」
「誰の貴方が悪いとは言ってはいないではないですか!!!」
「そうきこえるのだ!!」
「聞こえるだけでしょう!?」
「言っているから聞こえるのではないかたわけッ!!」
「そんな口の利き方するから誰も貴方に近付こうとしないんですよッ!!」
「だッ!!; 髪を引っ張るなッ!!;」
二人がギャーギャーと言葉合戦をし始めた
「…貴方は…」
迦楼羅の髪から沙紗が手を離した
「死の恐怖というものを感じた事がないのでしょうね」
沙紗が静かに言った後子虎のほうを振り返った
「…ああ…そうかもしれん…」
迦楼羅が言う
「…そうですか…」
沙紗が小さく返事をした
「…先に戻ってください天の使者様…」
「迦楼羅だ」
沙紗が言うと迦楼羅が返したが沙紗は何も言わなかった
「…なんつーか…」
京助がボソッと言う
「何だ?」
迦楼羅が京助を見た
「…何でもねぇ…続きは?」
あぐらをかき頬に手をついた京助が言った
「…帰ってきた沙紗はいつもと変わらなくてな…おそらく沙汰と沙羅に心配されぬように振舞ったのだろうが…手は所々に火傷があって髪も少々焼けていた…」
「沙紗姉様…何があったのですか?」
沙汰が沙紗の手に布を巻きながら沙紗に聞いた
「火を使い少し…ありがとうございます沙汰」
布を巻き終えた沙汰に沙紗が笑顔で言う
「あの…沙紗姉様」
沙汰が沙紗の手を包むように自分の手を置くと沙紗を真っ直ぐ見た
「僕では沙紗姉様の力にはなりませんか? 僕は…」
少し首をかしげた後沙紗が沙汰の頭に軽く手を乗せる
「優しい子ですね沙汰…ありがとうございます」
二、三回沙汰の頭を撫でると人の気配を感じた沙紗が戸口を見た
「あ…迦楼羅様…」
沙汰が言う
「…も…;」
「も?」
迦楼羅が何故か何処となく恥じらう様な顔で【も】と一言言うと沙紗と沙汰がその【も】を繰り返した
「…もがどうしたんですか? 迦楼羅様」
沙汰が迦楼羅に聞いた
「も…も…ッ…;」
「桃ですか?」
沙汰がまた聞く
「戻られ…た…んですかッ;」
迦楼羅が言うと沙紗と沙汰が止まった
「…か…るら様?;」
しばし間を置いた後沙汰がどもりながらも迦楼羅に言う
沙紗はというとぽかんとした顔をしたまま動かない
「…どうしたんですか?;」
少し落ち着きをとり戻したのか沙汰が言った
「…別に…なんでもない…ですます;」
顔を引きつらせながら迦楼羅が答えた
「…変な話し方になってますよ?」
沙汰が言う
「なッ…!!; ワシはただ沙紗が偉そうな口調だというからだなッ!!;」
迦楼羅が怒鳴る
「だから…だな…その…;」
そして段々と声を小さくしていく
「…沙紗姉様が?」
沙汰が沙紗を見た
「…ッ~; 戻っているならばいいッ!;」
顔を赤くした迦楼羅が踵を返した
「…迦楼羅」
「なん…」
沙紗が小さく迦楼羅を呼ぶと迦楼羅が怒鳴るように声を上げて振り返った
「…今…」
そして何かに気付きハッとする
「ありがとうございました…」
沙紗が頭を下げて迦楼羅に言った
「え? え?; 沙紗姉様? 迦楼羅様?;」
ワケがわからない沙汰が迦楼羅と沙紗を交互に見る
「でも貴方がそんな口調だとかえって気持ち悪いですよ」
「な…ッ!!?;」
顔を上げた沙紗が言うと迦楼羅が阿呆面になった
「ね? 沙汰」
沙紗が沙汰に同意を求めた
「え?; …あ…はい…?;」
沙汰がワケがわからないままで同意する
「ッ~~~;」
言い返せない迦楼羅の顔が段々と赤くなっていく
「お前も同意するな! たわけッ!!」
顔を赤くした迦楼羅が沙汰に向かって怒鳴った
「かるらんかるらん」
阿修羅が迦楼羅を呼んだ
「顔緩んでる緩んでる」
迦楼羅がハッとした
「んんっ;」
軽く咳払いをして迦楼羅が誤魔化す
「しゃしゃしゃんの話してるかるらん凄く楽しそうだね~」
悠助が迦楼羅を見て言った
「な…; そ…そう…か?;」
迦楼羅が聞く
「うん!!」
悠助が頷いた
「…そうか…」
迦楼羅がふっと微笑んだ
「ハイ先生」
京助が挙手した
「なんだ? 京助」
迦楼羅が京助を見て言う
「ぶっちゃけ単刀直入にお聞きします。沙紗さんとはどこまでいったんですか」
「ブハッ!!;」
京助が聞くと何故か阿修羅が噴出した
「そんな遠くまでは行ってはおらんぞ?」
「ブッ!!;」
迦楼羅が真顔で答えるとまたも阿修羅が噴出した
「あっくんにいちゃん大丈夫?」
悠助が阿修羅を見て言う
「あのな鳥類この場合の何処まで行ったかってのはだな…手を繋いだとか抱きしめたとかの…」
京助が迦楼羅に説明する
「最近のお子様は大人だねぇ…」
阿修羅が遠い目をして言う
「そこに腰掛けないでくださいと何度言いましたか?」
「いだだだだだだッ!!;」
迦楼羅の前髪を笑顔で沙紗が引っ張りながら言う
「仕方なかろう!!; 他に座る場所がないのだ!;」
迦楼羅が返す
「では出て行ってください」
そんな迦楼羅に沙紗が淡白に答えた
「沙紗姉様!! …あ…迦楼羅様もいらっしゃったんですか」
屋敷から離れた沙紗の部屋に駆け込んできた沙汰が迦楼羅に一礼をした
「いては駄目か」
迦楼羅が言うと沙紗がまた迦楼羅の髪を強く引っ張る
「何をするたわけッ!!;」
「言ったでしょうそんな口の利き方では誰も近寄らないと…何ですか?沙汰」
迦楼羅の罵倒を軽く受け流した沙紗が沙汰に聞く
「あ…いえ…星が綺麗だったので一緒にと…」
沙汰が小さく答えた
「星?」
沙紗が迦楼羅の髪を放し窓へと歩いて空を見上げた
「ここよりも庭の方がよく見えます! 沙紗姉様!!」
沙汰が小走りで沙紗に近付くと手を掴んだ
「そんなに急がなくても星は逃げませんよ沙汰」
沙紗が笑いながら沙汰に手を引かれて部屋を出て行った
「…なんなんだ…;」
二人が出て行った後 迦楼羅がボソッと呟いた
「ね? 凄いでしょう?」
沙汰が嬉しそうに沙紗を見て言う
「本当…今日は星が…」
石段を降りて庭に足をつけた沙紗が夜空を見上げて微笑んだ
「星が綺麗に見える…」
そう言いながら沙紗が空に向けて手を伸ばした
「無理ですよ沙紗姉様;」
沙汰が笑いながら言う
「でも届きそうでしょう?」
両手を空に伸ばした沙紗が笑う
「二人して何をしているのかと思ったら…」
「沙羅姉様」
薄い上着を羽織った沙羅が庭に降りてきた
「大丈夫なのですか沙羅…そんな上着一枚羽織っただけでは寒くは…」
沙紗が沙羅に駆け寄って聞く
「大丈夫ですよ本当に心配性なんだから…」
沙羅がふふっと笑って言った
「ごめんなさいね沙汰…沙紗と二人で見ていたのにお邪魔してしまって」
沙汰の方を見た沙羅が言う
「いえ!; 別に僕はッ!;」
沙汰が両手を前に出してブンブン振りながら言った
「でも…本当綺麗…」
沙羅が夜空を見上げると沙汰と沙紗も一緒になって見上げた
「僕が空を飛べたなら星を一つ姉様達にとってあげられるのですけど」
沙汰が呟いた
「ありがとうございます沙汰」
沙紗が沙汰の言葉を聞いて微笑んだ
「空か」
声がして三人が振り返った
「迦楼羅様」
沙汰が廊下から声をかけてきた迦楼羅を見て言った
「空を飛びたいのか?」
迦楼羅が聞く
「あ…いや飛べたらナァって話ですよ」
沙汰が笑って言う
「飛べたならもっと近く…綺麗に見えるのでしょうね…」
沙紗が目を細めて空を見て言った
「沙紗」
庭に下りてきた迦楼羅が沙紗に手を差し出せといわんばかりに自分の手のひらを見せた
「…何ですか?」
沙紗が手のひらを見た後 迦楼羅を見た
「沙汰…沙羅を支えていろ」
迦楼羅が沙汰を見て言う
「え? あ…はい;」
沙汰が沙羅の隣に駆け寄った
「早く手を乗せんか!! たわけッ!」
中々手を出さない沙紗に向かって迦楼羅が怒鳴ると無理矢理沙紗の手を掴んだ
「何…ッ!!;」
沙紗が驚いて手を払おうとすると強風が巻き起こった
「きゃぁ;」
沙羅が小さく悲鳴を上げて沙汰の体につかまった
「うわっ;」
沙汰の小さく声をあげ足を踏ん張って沙羅をかばう
「目を開けなければ見えないではないか」
迦楼羅の声がすぐ傍で聞こえ沙紗が恐る恐る目を開けた
最初に沙紗の視界に入ったのは迦楼羅の横顔
そして次に目に入ったのは目の高さにある小さく光る無数の星
「どうだ?」
迦楼羅に聞かれてはっとした沙紗が下を見た
「ひッ;」
そしてしゃっくりの様な声を上げると迦楼羅にしがみつく
「落としはしないから目を開けんか;」
迦楼羅に言われて沙紗が再びゆっくり目を開ける
「…綺麗…ですね…」
しばらくして沙紗が呟いた
「そうか」
迦楼羅が嬉しそうに言う
「街明かりも星明りも…凄く綺麗…」
さっきは怖がっていた下の景色を見て沙紗が微笑んだ
「そして貴方の羽根も」
沙紗が笑んだまま迦楼羅を見て言うと迦楼羅が止まった
「…な…;」
そして急激に焦りだす
「ありがとうございます」
沙紗が言う
「…お前が…」
迦楼羅が小さく口を開いた
「…お前が望むならいつでも何度でも…飛んでも構わん…」
顔を背けながら迦楼羅がぼそぼそと言う
「だからワシの名前を呼べ」
ソレまでの小さな声と比べてはっきり聞き取れる大きさの声で迦楼羅が言った
「…名前を?」
沙紗が首をかしげる
「そうだっ!!」
迦楼羅が何故か声を張り上げた
「…用もないのにですか?」
沙紗が聞く
「そうだと言っているだろう!!;」
迦楼羅が怒鳴った
「…迦楼羅」
しばし間を置いた後沙紗が言った
「…なんだ」
迦楼羅が何故か照れながら返事をする
「…呼んだだけです」
沙紗が言った
「そうか」
迦楼羅が嬉しそうに笑った
「…変な人ですね」
沙紗が苦笑いを向けた
「…もう戻りませんか?」
沙紗が迦楼羅に言う
「…もう少し…は駄目か?」
迦楼羅が聞くと沙紗が少し黙った後 迦楼羅を見た
「…そうですね…」
そしてそう言って笑った
「…クサさ最高潮」
京助がボソッと言う
「いいなーいいなー!! 僕も飛びたい~!!」
悠助が言った
「飛べることはワシにとっては当たり前だったのだが…飛べないものにとっては新鮮なものなのだと…知ったのだ」
迦楼羅が言う
「そりゃ…そうだろうな未体験ゾーンだしなぁ…」
京助が迦楼羅を見て言うと迦楼羅が立ち上がり庭に下りた
「お前だってコッチに来て結構初めてってあっただろ?竜田揚げとかさ」
京助が言う
「そうだな…」
迦楼羅が背を向けたまま言った
「かるらん…まだ話すのけ?」
阿修羅が聞く
「…辛いんだろが…だって嬢は…」
「阿修羅」
阿修羅の言葉を迦楼羅が止めた
「…【沙紗】はもういないのだ」
しばし間を置いて迦楼羅が小さく言った
「どんなに想っても手を伸ばしても届かないのだ…【沙紗】には…な」
【安くておいしいマルチの豆腐】の宣伝車からのチャルメラが遠くから聞こえた
「だからワシは話すのだ…京助とその弟…竜の子」
迦楼羅が振り向いた
「いくつもの今までにない【モノゴト】が重なりし今までにない【時】の【鍵】となる確率がある…お前達に…今までの【時】がどんなものだったかということを」
少し肌に冷たい秋風が落ち始めた庭木の葉を散らかす
「…俺難しいことは頭に入れたくねぇんだけど;」
京助が口の端を上げて言う
「阿修羅…お前も知っている事は話しておくことだ」
迦楼羅に言われた阿修羅が目を見開いた
「かるらん…そりゃ…」
「ワシが知らなかったとでも思っていたのか!! このたわけッ!!」
迦楼羅が怒鳴った
「何? 何の話してるの~?」
悠助が阿修羅の頭のミョンミョンを引っ張る
「お前達の父親…【竜】のことだ」
迦楼羅が言った
「お父さん…?」
悠助が迦楼羅を見ると迦楼羅が頷いた
「…阿修羅お前…」
京助が阿修羅を見た
「…今回はオライは話さんぜよ…? 竜との約束なんでさ…スマンな竜のボン…」
阿修羅が苦笑いで京助を見て悠助を撫でる
「いつかきっと…話すきに…今はまだ…」
そこか悲しそうな笑い方をして阿修羅が言った
「約束だよ? あっくんにいちゃん」
撫でられながら悠助が言う
「おうさ!」
阿修羅がグリグリと悠助を撫で回した
「…なぁ鳥類」
京助が言う
「なんだ?」
迦楼羅が返事をした
「乾闥婆が言ってたんだけどさ…その…今の緊那羅って…前の【時】ん時のお前と同じ立場にいるって…」
「そうだ」
京助が言うと迦楼羅が即答した
「ワシは前の【時】の時には今の緊那羅同様見極め役という形でこちら側にやってきたのだ」
迦楼羅が言う
「じゃぁ…何か? 緊那羅は…」
「ソレはわからんぜよ竜のボン」
京助が言うと阿修羅がソレをさえぎった
「かるらんが言っただろう? 今までにない【時】だって」
阿修羅が言う
「今までにない【時】…だからどうなるかわからんきに…」
目を細めた阿修羅が京助を見た
「【天】と【空】のヤツらがこんなにも仲良くしてんのは初めてなんよ…今までになかったんよな…こんなことは」
阿修羅が言う
「…だからこそ…なのだ京助…そしてその弟ワシ等は今回来るべき【時】に…何かを望んでいるのだ」
「何かってなんだよ;」
迦楼羅が言うと京助が突っ込んだ
「…何かとは……何かだ」
迦楼羅が答える
「だから何;」
京助が聞く
「何かだ」
迦楼羅が再び答える
「だっからッ!; 何を望んでんのかって!!;」
京助が声を大きくして言う
「何かだといっているではないか! たわけッ!!」
迦楼羅が怒鳴る
「その何かがわからんからきいてんじゃん!!;」
「何かとは何かだと言っているだろうッ!!」
「わっかんねーっつーの!!」
「だから何かだッ!!」
京助と迦楼羅がギャーギャーと言い合い始めた
「何かって?」
悠助が阿修羅を見上げて聞く
「とにかく【何か】なんよ」
阿修羅が答えた
「ふぅん~…何かなの?」
「そう」
悠助が聞くと阿修羅が頷いた
「そっか」
たぶんおそらく絶対わかっていない悠助が笑顔で言う
「こっちン竜のボンは素直だねぇ」
阿修羅が悠助の頭をなでて言った
「それはなんという曲ですか?」
声をかけられて迦楼羅が振り向いた先にはゆっくりと迦楼羅の隣に歩いてきた沙紗
「コレという名はない」
迦楼羅が答えた
「貴方が作ったのですか?」
沙紗が聞く
「そうなるな」
迦楼羅が笛を下げた
「…好きですよ」
沙紗が言うと迦楼羅がバッと勢いよく沙紗を見た
「す…」
「私はその曲…好きです」
驚いた顔で何か言おうとした迦楼羅より先に沙紗が言う
「…曲…?」
気の抜けた顔で迦楼羅が言うと沙紗が頷いた
「そ…うか;」
迦楼羅が顔を背けながら言う
「…先日見せてくれた風景を思い出します」
沙紗が言った
「また見たいか?」
迦楼羅が嬉しそうに聞いた
「そうですね…機会があれば」
沙紗が微笑みながら言う
「言ったであろういつでも飛ぶと」
少し大きな声で迦楼羅が言った
「そしてお前が聞いたいならば吹く」
迦楼羅が笛を沙紗の前に差し出しながら言う
「どうしてですか」
沙紗が聞いた
「どうしてとは?」
迦楼羅が聞き返す
「何故私なのです?」
沙紗が再び聞くと迦楼羅が止まった
「私は貴方が嫌いだと散々言いました…それなのに何故沙羅ではなく私なのです? 貴方が言う【時】に何のかかわりもない…」
沙紗がまっすぐ迦楼羅を見て言う
「貴方の金色の髪と沙羅の青銀の髪…私は好きです」
「だからなんだというのだ」
沙紗が言うと迦楼羅が聞く
「…だから…」
沙紗が珍しく言葉をとめた
「ワシはお前の黒髪の方が綺麗だと思うがな」
迦楼羅の言葉に沙紗が顔を上げ迦楼羅を見た
「…あ…いや…;」
迦楼羅がどぎまぎしながら顔を背けるとしばらく沈黙が流れた
「…聞きたいです」
沙紗が小さく言った
「先程の曲…もう一度聞きたいです」
もう一度沙紗が言うと顔を背けたまま迦楼羅が笛に口をつけた
「お前笛吹けたのか」
京助が言う
「あのな竜のボン緊那羅に笛教えたんのかるらんなんよ」
阿修羅が言った
「ほぉ~!! すっげー!!」
京助が感心した声を出した
「かるらん笛上手いんだ~!! 聞きたいな~」
悠助も言う
「すまんな…ワシはもう吹かんと決めたのだ」
迦楼羅が苦笑いで悠助の頭を撫でた
「そりゃ見事だったんよ~? かるらんの笛は…音楽に全然興味ないオライですらたまに聞きたくなるンきに」
阿修羅が言う
「聞きたい! 聞きたい~!!」
悠助が身を乗り出した迦楼羅に顔を近づけて言う
「コラ; 悠;」
京助が悠助を引っ張って自分の足の間に座らせた
「ひっとのいやがるこぉとぅは~…しちゃアカーン!!」
「キャー!!」
京助がそう言いながら悠助の脇腹をくすぐりだした
「あははははは!! きっ…きょぉすけやぁだ~!!!!;」
悠助が笑いながら暴れる
「仲良しさんだぁねぇ…うっし! オライも参戦!!」
「ギャ-----------!!;」
阿修羅が京助の脇腹をくすぐりだした
「ぎゃははははははは!!!!;」
京助と悠助の笑い声が混ざって庭先に響いた
「ヒ~…ヒ~…;」
仰向けになってヒクつきながら京助が荒く呼吸をしている
「疲れた~;」
その京助の腹のを枕にしている悠助もぐったりとしていた
「満足したか?」
迦楼羅が二人に聞く
「…ぉうよ;」
京助がゼヒュゼヒュをいう息と共に言った
「いや~笑ったら腹減ったんな~」
阿修羅が伸びをして言う
「お前は笑わせてただけだろがッ!!」
京助が怒鳴った
「あ、悠助見つけたッ!!」
慧喜が庭の垣根を飛び越えて着地する
「ゴメンね悠助…」
そして京助の腹枕で寝ていた悠助の頭を撫でた
「ううん~慧喜お手伝いもういいの?」
起き上がって悠助が聞く
「うん」
慧喜が満面の笑みで答えた
「僕のど渇いたから何か飲んでくる~」
「じゃ俺も行くっ」
悠助が立ち上がると慧喜もサンダルを脱いで家に上がった
「ついでに飯まだかってきいてこいや悠」
京助がまだ仰向けで寝たまま悠助に言った
「わかった~」
悠助が返事を残して慧喜と共に廊下に出て行った
「…なぁ京助…」
迦楼羅がボソッと言う
「…人を殺めた事はあるか?」
「…は?」
迦楼羅が言うと京助が上半身のみを起こして疑問形の返事をした
「殺め…って…ないないない!!; ってかあったらタァイヘェンダァ~;」
京助がナイナイと手を振って答える
「もしそうなら俺ここにいねぇし;刑務所だし…網走」
あぐらをかいた京助が言う
「かるらん…もういいんでないかい?」
「ワシはあるのだ」
阿修羅が言うとそのすぐ後に迦楼羅が言った
「…な…マジで?」
少し間を置いて京助が言うと目を細め悲しそうな笑顔で迦楼羅が頷いた
「沙紗」
沙羅が香を焚いていた沙紗を呼んだ
「何ですか?」
香に火をつけた沙紗が沙羅を見た
「貴方は私にないものを全て持っている…」
沙羅が微笑みながら言った
「何ですかいきなり…」
沙紗が沙羅の隣に座る
「快活さ勇ましさ優しさ…」
沙羅がそう言った後軽く咳き込むと沙紗が沙羅の背中を優しくさする
「そんな貴方にだから迦楼羅様が惹かれたのですね」
沙紗の手がピタッと止まった
「何を…」
沙紗が驚いた顔で沙羅を見る
「何を言っているのですか沙羅…侍女たちも言っているでしょう? 貴方と迦楼羅は似合いだと…金色の髪と銀の髪…私は好きですよ?」
沙紗が沙羅の髪を触った
「どんなに他人に褒められようとも…当の方に言われなければそんなこと…意味を成さないでしょう?」
沙羅の声が小さく震えた
「迦楼羅様は貴方に惹かれている」
そう言いながら上がった沙羅の顔にはどことなく陰りがあった
「そんなことは…第一私は…」
「…貴方は抱きしめられたでしょう?」
沙紗の言葉を沙羅が止めた
「沙羅…あれは…」
「私は貴方になりたい…沙紗…どうして…」
沙紗が沙羅の肩に手を置いて言うと沙羅が顔を伏せた
「貴方が私じゃなかったの…?」
沙羅が嗚咽混じりに言った
「沙紗姉様」
泣き疲れた沙羅が眠った後沙紗が沙羅の部屋を出ると沙汰に呼び止められた
「沙汰…」
沙紗が何事もなかったかのように沙汰に微笑を向ける
「沙紗姉様は…僕が嫌いですか?」
沙汰が聞く
「…何を…嫌いなわけがないでしょう?」
沙紗が答えると沙汰が笑顔になった
「大切な弟ですもの」
沙汰の顔が沙紗のその言葉で曇った
「…弟ですか…」
沙汰が小さく呟いた
「どうしたんですかいきなりそんな…」
沙紗が聞く
「沙紗姉様…僕は貴方の弟でしかないのですか?」
沙汰が沙紗の手を掴んで言った
「沙汰…?」
「沙紗」
丁度沙紗の顎が沙汰の肩に乗るように抱きしめられ沙紗が目を見開く
「…慕っています沙紗」
沙汰が言った
いつものようにあの優しい香りがしていつものようにきちんと片付いてきる沙紗の部屋に迦楼羅が足を踏み入れた
「…沙紗?」
いつもと違ったのは灯りが灯っていなかったということ
「だッ;」
暗闇の中で迦楼羅が何かに躓いてコケた
「ッ~;」
額を何かにぶつけた迦楼羅が右掌に温かみを感じソレをペタペタと触るとソレが動いた
「…なんだ?」
「…何だは貴方です」
迦楼羅が呟くと沙紗の声がした
「沙紗…か?;」
迦楼羅が聞く
「…ここは私の部屋です…私がいておかしくはないでしょう」
少し震えた声で沙紗が答えた
「そうだが…いるなら灯りくらい灯さんか; 暗くて何も見えんではないか;」
迦楼羅がたぶんそこにいるんであろう沙紗に向かって言う
「…灯けてください…」
少し間を置いて沙紗が言った
「この部屋に…直接…貴方の炎を」
室内灯となる蝋燭に灯りを灯そうとしていた迦楼羅が沙紗の言葉に手を止めた
「…沙紗…?」
いつもと様子が違う沙紗に迦楼羅が声をかけた
「私を…いつかの虎の様にしてください…」
鼻を啜る音と共に沙紗が言う
「…何を…」
「やはりあの時死するべきは私でした…」
消え去りそうに小さい声なのにその沙紗の言葉ははっきりと迦楼羅の耳に届いた
「何を言っているのだ…」
沙紗の言葉に驚いた迦楼羅が言う
「貴方が私の運命をかえた…だから貴方が私の運命を終わらせてください……ッ…お願い…」
沙紗の言葉に小さく嗚咽が混ざった
「泣いて…いるのか?」
迦楼羅が聞く
「あの時私は死すべき存在だった…なのに貴方が私の死に害をなした…だか…」
半分手探りの状態で沙紗の体を見つけた迦楼羅が沙紗を抱きしめた
「…大切なものに害をなすものを手にかけるのは当たり前だと言ったのはお前だろう」
沙紗の耳元で迦楼羅が言う
「ワシは間違ってはいない」
小さく迦楼羅が言った
「…名を呼べ沙紗」
迦楼羅が言うと沙紗が迦楼羅の服を握り締めた
「迦楼羅…」
「まだだ」
「…迦楼羅…ッ」
「まだ…」
沙紗が迦楼羅の服を掴む力を強めると迦楼羅も沙紗をさらに強く抱きしめる
「…ワシの前では強くなくていい…沙紗…ワシに守らせてくれ…」
迦楼羅が自分の腕の中で泣く沙紗にだけ聞こえるよう小さく言った
「…守らせろ…か」
京助がボソッと言った
「どうしたん? 竜のボン」
阿修羅が京助を見る
「いや…そういや緊那羅もしょっちゅう俺を守るとか言ってんなぁって…」
京助が言う
「ワシはもう役目などどうでも良かった…ただ沙紗を…」
迦楼羅が自分の両手を見てそれから両手を握った
「役目…」
京助が呟く
「大丈夫だ竜のボン」
阿修羅が京助の首に腕をかけて自分の体に寄せた
「緊那羅はちゃーんと自分の意思で竜のボン等の傍にいるんきに…役目じゃなしに」
阿修羅が言う
「だから…安心してさ」
笑いながら阿修羅が京助に言った
「…別に俺は;」
京助が阿修羅の腕を振り解いて言う
「オライもそうだし…」
阿修羅が迦楼羅を見た
「ワシもだ…」
迦楼羅が答えた
「京助…」
迦楼羅が京助をまっすぐ見た
「…ワシが沙紗に出来なかった…してやれなかったことをお前にはしてやりたい」
迦楼羅が言うと京助が止まった
「竜のボン?」
阿呆面のまま止まった京助の顔の前で阿修羅が手を振る
「…言っとくけど俺受けは拒否しますぜ;」
京助が言う
「…オイオイ;」
首をかしげる迦楼羅に変わって阿修羅が京助に突っ込んだ
「【時】は来た…そして決まった…」
迦楼羅が言った
「【時】…」
京助が時と繰り返す
「【時】に選ばれたのは…」
迦楼羅が静かに話し始めた
「…沙羅は…?」
震えながら沙紗が聞いた
「…すまないな…俺もまだ力不足だった…」
迦楼羅より背丈の高く長い鮮やかな緑色の髪を三つ編みにした影が迦楼羅の隣で言った
「…【時】」
廃墟に近くなった屋敷の瓦礫の上から声がした
「今回の【時】は僕達のもの…」
逆行に浮かぶのは赤い瞳の人物
「沙羅をどうするんです…」
沙紗が瓦礫の上の人物に聞く
「【時】の主に捧げる」
赤い瞳が閉じた
「沙羅を返してくださいッ!!」
沙紗がその人物に向かって叫んだ
「うるさいよ…」
赤い瞳が沙紗を鋭く見たが沙紗は怯まず逆にその瞳を睨み返した
「そこに転がっている【時】に選ばれなかった子…君を庇ったんだろ?」
沙紗が目を見開いたまま止まった
「沙紗!!」
迦楼羅が沙紗の元に駆け寄り沙紗を呼ぶ
「君も共犯だよね迦楼羅…君もその子を殺したんだ」
「ッ…貴様…」
赤い瞳が哀れみの色で迦楼羅と沙紗を見ると迦楼羅がその瞳の人物を睨んだ
「人間が招く【時】を僕等はただ導くだけ…面倒くさいよね人間っていうのは…迦楼羅…君は人間に近付きすぎた。その結果…僕等が【時】を手に入れられたんだけどね」
雲間から現れた月が照らしたのは横たわり目を閉じた沙汰の顔と風に靡く黒い布
「私は…」
沙紗が震えながら口を開いた
「私が…沙汰を…私があの時やはり死していれば沙汰は…」
「沙紗!!」
沙紗の肩を迦楼羅が掴んだ
「お前のせいではない! 沙紗!!」
カタカタと小さく震える沙紗を揺すって迦楼羅が強く言う
「沙汰はお前が大切だっただから害をなすものから守っただけだ…!!」
沙紗の目から涙が一筋頬を伝った
「私は…何一つ守れなかったのに…大切なものを…何一つ…」
どこを見ているわけでもなくただ虚ろとなった沙紗の目は黒い水晶の様で迦楼羅は唇を噛んだ
瓦礫の上の人影が二つになったのはいつなのか
赤い瞳の人物が迦楼羅と沙紗に背を向けるともう一つの人影の白い布が風に靡いた
「待たんかッ!!」
迦楼羅が声を上げながら炎を二つの人影めがけて放つと白い布を靡かせた人影が指で宙に何かを書きソレが光った
「またね…」
カチャリという音と共に宙に書いたモノが光り迦楼羅の炎を跳ね返す
「っ!!」
跳ね返された炎が沙紗と迦楼羅めがけて迫ってきた
「下がれ!! さ…」
掴んでいたはずの細い肩が迦楼羅の手を振りほどいて黒い髪が迦楼羅の顔を撫でるとあの優しい香りがした
悲鳴を上げるわけでもない細い体が赤く燃え上がる
「さ…」
目の前で起きていることがまだ理解できない、したくない迦楼羅が炎に向かって手を伸ばすと炎をまとった細い腕が小さな手が伸ばされた
「…迦楼羅…」
悲鳴の代わりに聞こえた自分を呼んだ小さな声に迦楼羅が伸ばされてきた手を握った
「足りないぞ…沙紗…まだワシは…」
「やっと…私は…大切なものを守れたんですね…」
迦楼羅の手を沙紗が握り返すと迦楼羅もまた沙紗の手を握り返す
「だから…私は今幸せです…」
炎の中にかすかに見えたのは微笑む口元
迦楼羅の手を握っていた小さい手から握る力が段々と抜けていくのと同時に迦楼羅の頬を伝った一筋の涙
握っても握り返してこない小さい手を引き寄せ赤く燃える細い体を迦楼羅が抱きしめた
「…か…るら…」
「何だ…」
「……」
迦楼羅が小さく呼ぶ声にこたえても返事は返ってこなかった
「…なくしてから気付く…遅いのにな…」
迦楼羅が悲しそうに笑った
「か細い…小さな手を握って…それまでの気持ちが全て慕いの気持ちだと…」
迦楼羅がまるで何かを握るように軽く自分の手を握った
「…鳥類…」
京助が迦楼羅に声をかけたがそれからかける言葉が見つからないのか黙り込む
「ワシは…続きが聞きたかった…沙紗の…ワシの名前を呼んだ後に続く言葉を…だからワシは…」
「かるらん!!」
段々と早い口調で自分を責めるように話し出した迦楼羅の言葉を阿修羅が止めた
「…もういいやんけ…もう…」
阿修羅が膝に置いた自分の両手を握って言った
「もう…自分を許してやりよ…」
泣きそうな顔で阿修羅が迦楼羅を見た
「…そうはいかん…ワシは禁忌を犯した…乾闥婆は…」
迦楼羅が俯いて言う
「乾闥婆はワシの罪の象徴だ…あやつがいるかぎりワシの罪は消えないのだ…」
迦楼羅が目を伏せた
「乾闥婆…が?」
なんだかわけがわからないっぽい京助がやっと知っている単語を耳にしてすかさず聞いた
「…だがワシは乾闥婆を隣に置く…そう決めたのだ」
顔を上げ迦楼羅が京助に微笑を向けた
「乾闥婆はワシの罪である以上に…大切なものなのだ」
迦楼羅が言うと阿修羅がキュッと唇をかみ締めた
「…かるらん…乾闥婆は…お」
「言うな阿修羅」
もう黙っちゃいられねぇぜ的に口を挟んできた阿修羅に迦楼羅が言った
「ワシは乾闥婆が…あやつがそう言ってくれるまで他人の口からは聞かん…」
迦楼羅が言う
「ワシは待つ…いつまでもな…」
迦楼羅が暗くなりかけている夕空を見上げると京助も一緒になって見上げた
「あのさ…鳥類」
空を見上げたまま京助が言う
「星って…死んだヤツなんだってよ」
「…は?」
京助がボソッと言うと迦楼羅が疑問形の声を出した
「死んだヤツが…星になってるんだって話」
京助が苦笑いで迦楼羅を見る
「だからなんだ…アレ…いるかもなってさ」
夕空を指差しながら京助が言う
「その沙紗だかって…」
京助が指差す夕空を迦楼羅が再び見上げた
「お前のこと見守ってるんちゃうか?」
「竜のボン…」
京助が言うと阿修羅が眉を下げた笑顔で京助を見た
「……そうだな…可愛げなく…意地っ張りだが…な」
迦楼羅がふっと笑って言った
「あ、いたいた! ご飯できたっちゃ」
緊那羅が小走りで和室に入ってきた
「おお!! 待ってました!!」
阿修羅が自分の膝をパンッと叩いて言う
「私はハルミママさん呼びに行ってくるっちゃ」
「あ、俺が行くからいいぞ」
緊那羅が縁側の下に脱ぎっぱなしだった慧喜が履いてきたサンダルに足を入れて言うと京助が立ち上がった
「いいちゃよ私が行くっちゃから…先食べててくれっちゃ」
そう言った緊那羅が歩き出した
「いいってんじゃんか;」
緊那羅の後ろを京助が小走りで追いかけて行く
「…仲良しさんだぁねぇ…オライ達も食いに…」
「ワシはもうしばらくしたら行く…先に行っていろ」
阿修羅の誘いを迦楼羅が断った
「つれないねぇ; 悲しいわや~…;」
阿修羅が溜息を吐きながら廊下に出た
「…星…か…」
迦楼羅が一番星を見上げてふっと笑って呟いた
歩くたびに落ち葉を踏んでカサカサという音がした
「冷めても知らないっちゃよ?」
後ろをついてきていた京助に緊那羅が言う
「俺が行くってんのにお前がきたんじゃん; お前が戻れよな」
足早に緊那羅に近付きながら京助が言う
「私の方が先に歩いてるんだっちゃから私がいくっちゃ」
緊那羅が言った
「俺が行くっての!!;」
京助が少し声を大きくして言う
「寒いだろうが」
京助が言うと緊那羅が足を止めた
「…裸足にサンダルじゃん…人一倍寒がりのクセに」
止まった緊那羅の横を京助が通り過ぎる
「戻ってろ」
そう言った京助が足早に社務所へ向かっていった
「…っ…私も行くっちゃッ!!」
緊那羅が駆け出して京助に追いつく
「二人もいらねぇだろが;」
隣に並んだ緊那羅を見て京助が言う
「…ばぁか」
「痛ッ!!;」
京助が緊那羅の髪を思い切り引っ張った
「何するんだっちゃッ!!;」
頭を押さえた緊那羅が怒鳴る
「何やってるのあんた達は;」
社務所に鍵をかけながら母ハルミが二人を見て言う
「飯だってさ」
京助が言った後チラリと緊那羅を見る
「さぁさ!! 寒くなってきたしお腹もすいたし!! 早く戻るわよ~!!」
母ハルミが京助と緊那羅の手を引っ張って駆け出した
「今日は竜田揚げッ!!」
母ハルミが嬉しそうに言う
「母さんや母さんや;」
京助と緊那羅が苦笑いでそんな母ハルミに引っ張られていった
「鼻水出てますよ」
スコンという音と共に後頭部に何かが当たって迦楼羅が振り返ると京助の服を着てエプロンをつけた乾闥婆がティッシュの箱を迦楼羅の頭に当てていた
「ご飯できましたって…緊那羅が言いにきませんでしたか?」
ティッシュを二枚抜き取った乾闥婆がソレを迦楼羅の鼻に当てた
「ハルミ殿を呼びに行った…」
迦楼羅が当てられたティッシュを持ち鼻をかんだ
「呼ばれたならすぐ来てください」
「だっ;」
乾闥婆がにっこり笑って迦楼羅の前髪を引っ張った
「冷めたらまた文句言うんですから…」
乾闥婆が言う
「…迦楼羅?」
いつもならここで怒鳴るであろう迦楼羅がおとなしいのを不思議に思った乾闥婆が迦楼羅の顔を覗き込んだ
「お腹すきすぎましたか?」
乾闥婆が聞く
「いや……」
迦楼羅が首を振った
「乾闥婆…」
「何ですか?」
迦楼羅が名前を呼ぶと乾闥婆がすぐに返事をする
「今お前は幸せか?」
迦楼羅が聞くと乾闥婆がきょとんとした顔をした
「…は?」
そしてしばらく間を空けた後疑問系で聞き返す
「…行くか…腹が減ってかなわん;」
迦楼羅が立ち上がった
「一体なんなんですか;」
立ち上がった迦楼羅を乾闥婆が見上げた
「別になんでもないぞ? ホラ! 行くぞ!」
迦楼羅が乾闥婆に向かって手を差し出した
「立てますよ」
乾闥婆が迦楼羅の手を掴まずに立ち上がると乾闥婆の手を迦楼羅が掴んだ
「…迦楼羅?;」
驚いた乾闥婆が足を踏ん張った
「冷めるのであろうが!! たわけッ!」
迦楼羅が怒鳴る
「あらぁ! かるらん君とけんちゃん! ホラ! ご飯ご飯!!」
母ハルミが京助と緊那羅を引き連れて玄関を開けながら迦楼羅と乾闥婆に声をかけた
「先行ってるわよ~?」
母ハルミが家の中に入りながら言う
「…行くぞ」
クイッと迦楼羅が乾闥婆の手を引っ張る
「…わかりました」
乾闥婆が溜息を吐きながら言うと迦楼羅が何故か微笑んだ