【第八回・四】ドンブラスココ
北海道といえども夏は暑いといえば暑い
我慢の限界が来た京助が取った行動とは
「暑いよ」
蝉は鳴けども風鈴が全くといっていいほど鳴いてくれないそんな日の和室で矜羯羅が言った
「…暑いと思うから暑いんで…でも暑いから暑いと思う…んだよナァ;」
【おしゃれな店・だるまや】と筆書きされたウチワで仰ぎながら京助が言う
「風が全然ないっちゃ;」
少しでも暑さをなくそうとしているのか緊那羅がいつものポニーテールを団子にしている
「…制多迦よく縁側にいて暑くないよな…;」
京助が直射日光バリバリの縁側に座っている制多迦を見て言った
「…そういや…お前等ンとこにも暑い寒いあんのか?」
京助が矜羯羅に聞く
「ないよ…いつも同じ」
暑さに我慢できなくなったのか矜羯羅が頭の布を外した
「だからつまらないんだよ…何も変化がない…そんな【空】よりはコッチにいたほうが退屈しないしね」
少し汗ばんだ矜羯羅の額に髪の毛がくっついている
「…緊那羅ンとこもか?」
京助が今度は緊那羅に聞いた
「うん…そうだっちゃ」
畳みに汗で足がくっつくのか緊那羅が座り直しながら答えた
「ふぅん…に…しても…あっちぃぃぃ~!!;」
京助が足を投げ出して後ろに倒れるとパタパタという足音が和室に近づいてきた
「京助~!!」
風通しがいいようにと開けっ放しにしていた戸口に悠助が顔を覗かせた
「あ~?;」
京助がやる気なく返事をすると悠助が京助の頭の方にしゃがんで顔を覗き込む
「暑い?」
そして笑いながら悠助が京助に聞く
「暑い;」
京助が即答した
「じゃあ海いこ?」
悠助が言った
「…海……海!! そうだ! その手があった!」
何回か【海】を繰り返し言った後京助が飛び起きた
「海?」
矜羯羅と緊那羅が京助を見て言う
「そう!! 海!! でかした悠!!」
京助が悠助の頭をぐりぐり撫でながら言った
「坂田達も多分へばってるから呼ぶべし! ヨッシャー!!」
ウチワを手でパパンと叩いた後京助が和室から出て行く
「…元気だね」
矜羯羅が京助が出て行った後の戸口を見ながら呟くと緊那羅が苦笑いをした
「…つい…;」
制多迦がフラフラしながら呟く
「…そりゃ暑いっちゃよ…; ヒマ子さんならまだしも…そんな日の当たる所にいたら;」
緊那羅が制多迦を見て言った
「暑い!!;」
「うるさいですよ」
「暑いのだ!;」
「だからって大声出さないでください」
「だッ!; 髪を引っ張るなたわけッ!!;」
「大声出すと余計に暑くなると思いますよ?」
「だからと言って髪を引っ張るな!;」
ボケツッコミどつき漫才の会話が聞こえ乾闥婆と迦楼羅が庭先に現れた
「…暑いのに元気だね」
そんな二人を見て矜羯羅が言う
「何とかならんのかこの暑さは!!;」
迦楼羅が言った
「…そりゃそんな格好してれば暑いと思うっちゃ;」
迦楼羅の暑苦しい格好を見て緊那羅が呟く
「お邪魔します」
乾闥婆がにっこり笑って和室の中に入ってきた
「かるらんとけんちゃんも海いこ~?」
悠助が乾闥婆に抱きつきながら言うと廊下を走る足音が聞こえた
「乾闥婆ずるいッ!!」
額にヒエピタを貼った慧喜が和室の中に向かって叫んだ後 乾闥婆から悠助を引っぺがす
「…海?」
慧喜のそんな行動に動じもしないで乾闥婆が悠助に聞く
「よぉ~し! 行くぜ海!!」
京助が電話の子機を片手に和室の中の面々に向かって言った
「光る~ハゲ~光る大空~ひぃかぁるだいぃちぃ~っと」
南が腰に手を当てて伸びをしながら歌った
「ソレそんな歌詞だったっけか?」
肩からバスタオルを羽織った京助が南に聞く
「知らね」
ハッハと南が笑った
「で…海に来て何するわけ?」
腕まくりをした矜羯羅が京助たちに聞く
「そりゃお前…泳ぐに決まってんじゃん」
Tシャツに海水メガネを持った中島が足首を回しながら言った
「泳ぐ?」
さすがに暑いのか乾闥婆も腕まくりをしながら首をかしげた
「そ! ザッパーンと…ってかお前等海で泳いだこと…」
坂田が腰をひねって鳴らした後摩訶不思議服集団を見た
「僕は…川でなら…」
乾闥婆が言う
「じゃ泳げるんじゃん乾闥婆」
京助がトトンと爪先を地面に叩きつけて靴を合わせながら言った
「陸にいても暑いだけだよ~? 浮き輪持ってきたし…着替えがないんなら後から京助から借りるとかすればいいじゃん~」
南が浮き輪をくるくる回しながら言う
正月町はいわば漁師町でよく整備された砂浜があるわけでもなく【海で泳ぐ】といえば磯舟が並ぶ石浜が海水浴場となる
「…京助靴はいたまま水に入るんだっちゃ?」
緊那羅が京助と3馬鹿の足元を見て聞いた
「そ~…じゃないとウニ踏んだりして怪我するんだよねぇ…」
南が答えた
「涼しくなるのか?」
上に羽織っていた暑苦しく重そうな上着を脱いで来てもなおも暑そうな迦楼羅が海を見て聞いた
「まぁ…水だし」
中島が答える
「…泳ぐんですか?」
乾闥婆が迦楼羅を見た
「涼しくなるならばワシは行く」
迦楼羅が腕まくりをした
「…んな泳ぎにくそうな格好で泳ぐのかよ…;」
迦楼羅の服装を見て坂田が呟く
「ではどうしろと言うのだ!; 暑いのだ!!;」
迦楼羅が怒鳴る
「一旦…戻るしかねぇんちゃう?;」
中島がボソッと言った
「…だよナァ;」
京助が溜息をつきながら歩き出す
「僕等も行くの?」
矜羯羅が制多迦と顔を見合わせながら言った
「タカちゃんと矜羯羅は俺のシャツと短パンでいいなら貸すけど」
中島が挙手して言う
「じゃ乾闥婆はまた俺のだね~」
南が乾闥婆の肩を叩いた
「僕もですか?;」
乾闥婆が自分を指差して聞く
「どっちにしろお前のその格好見てるこっちが暑いし;着替えて来い」
京助が言った
「じゃ俺と緊那羅は残ってるわ…悠と慧喜まだきてないし」
坂田がメガネを外しながら言う
「オッケ。じゃぁ荷物頼むな緊那羅」
そう言うと京助を筆頭にぞろぞろと磯舟の横を通って上にあがって行った
「あれ? 京助どこ行くの~?」
「おお! 慧喜ナイス!!」
上から聞こえた声に坂田と緊那羅が顔を見合わせた後足をすすめた
「おおお!!!! いいじゃん慧喜!!」
白にピンクの花が小さく描かれた水着を着けた慧喜を見て3馬鹿と京助が拍手をする
「どうしたんだソレ」
京助が慧喜の水着を指差して聞いた
「私が貸したの」
「おおおおおおおおおお!!!」
声がして振り返った3馬鹿と京助が歓喜の声を上げた
オレンジのワンピースの水着に生えるは白く豊満な二つの山
「ナイス本間様------------------!!」
坂田が親指を立てた
「神様夏を有り難う…暑い日差しを有り難う…」
南と中島が手をあわせて青い空を見上げながら言う
「…アタシもいるんだけど」
本間の後ろにいた阿部がボソッと言った
「いや~…こう女子がいるとやっぱり花がありますな隊長!!」
京助が坂田の方に腕を乗っけて言う
「阿部さんも可愛いっちゃ」
不貞腐れていた阿部に緊那羅が笑いかけた
「あ…りがとう…」
阿部が複雑そうな顔で御礼を言う
「涼しそうだね…この服」
「ぅお!!;」
矜羯羅がそういいながら本間の水着を引っ張った
「…くらもコレ着るの?」
制多迦が阿部と慧喜、そして本間を見て聞いた
「…着たいのか?;」
京助が聞くと、制多迦がヘラリと笑いを返した
「すこ~しオマタが危険かもよ? 男の子は」
南が言う
「女子のポロリは嬉しいけど男のポロリ…カァ;」
京助が遠い目をしながらボソッと言った
「暑い!!;」
迦楼羅がいきなり怒鳴った
「うるさいですよ」
「だっ!!;」
そして案の定 乾闥婆に髪の毛を引っ張られる
「ああ; 忘れてた;」
何のために上にあがってきたのか思い出した中島がパンっと手を叩いた
「どっかいくの? 京助…」
白い薄手のパーカーを羽織った阿部が京助の腕を掴んで聞いた
「あ? ああ…コイツらこの格好じゃ泳ぎにくいから着替え」
京助が摩訶不思議服集団を指差して言う
「人を指差すものじゃないですよ」
乾闥婆が最凶の微笑を京助に向けた
「…ゴメンナサイ;」
京助が阿部の後ろに隠れながら謝る
「じゃぁ私達先に泳いでる」
本間が腰に巻いていたバスタオルを外した
「おぉおお…まぶしい…」
水着姿の本間に3馬鹿と京助がまるで眩しいものを見るかのような格好をした
「本間ちゃん…エベレスト…」
南が拍手をすると阿部がパーカーの前を閉める
「暑いと…!!;」
乾闥婆に一括されてからややしばらく黙っていたもののやはり暑さに耐えられなかったのか迦楼羅が再び怒鳴ろうとしたその時
ゴトリ
「ふぅ…」
何か重い物を下に置く音がして一同が振り返った
「…慧喜さん…悠助さん…何ですかソレは」
京助が夏の風物詩だけど海にあったら少し違和感が無いですか?というその物体を見て言う
「ヒマ子義姉様」
水着姿で慧喜がさらっと答えた
「…何コレ…なんでこんなところにヒマワリ…」
阿部がヒマ子に近づく
「気安くつかづかないでくださいませんこと!? 京様に集る小娘様!」
阿部がヒマ子に触ろうと手を伸ばすとヒマ子がくるっと振り向いて葉で阿部の手を叩いた
「……ケバイ」
ヒマ子を見た本間がぼそっと呟く
「……阿部?;」
動かない阿部の肩を京助が揺すった
「あ~…固まってる;」
南が阿部の顔を覗き込んで苦笑いで言う
「どこか涼しい場所で気がつくまで休ませておいてはどうですか?」
乾闥婆が言った
「…ワシは暑い…;」
迦楼羅が小さく言うとカモメがミョーと一声タイミングよく鳴いた
波の音とバシャバシャという音が聞こえ始めると感じたそよそよという小さな風で阿部がうっすら目を開けた
「悠助早くっ」
慧喜の声が聞こえる
「慧喜早いよぅ~!!」
そして悠助の声も聞こえた
一定の間隔で目に映るのはウチワらしき物体
「あ、気がついたっちゃ?」
ウチワが消えて見えたのは逆光を受けた緊那羅の顔
「ラム…ちゃん?」
ゆっくりを体を起こした阿部がまだはっきりしない頭を振った
「アタシ…」
「まったく…私を見て気を失うなんて失礼な…」
言いかけた阿部の言葉が多少怒りのこもった言葉で打ち消された
「そういえば緊那羅様も私を見て腰を抜かしてましたわね」
阿部の見ていた緊那羅の顔が引きつった笑いになる
「それは…;」
緊那羅が苦笑いを向けている方向へと阿部がゆっくり顔を向けた
「本当…失礼ですわ」
そして固まる
ソコにいたのは二箇所に赤い細長い布を巻いた真夏の妖精ヒマ子さん
「い…」
阿部の口元がだんだんと引きつってくる
「いやぁぁぁぁぁああああああああ!!!!!!」
「わッ!!;」
大きく悲鳴を上げて阿部が緊那羅に抱きついた
「あ…起きた」
浮き輪に乗って浮んでいた本間が岸を見てボソッと言う
「阿部さん; 阿部さん; 大丈夫だっちゃ;」
緊那羅が阿部の背中を叩いて言った
「だっ…だってヒマワリ…ひまっ…」
最高潮にパニクルっている阿部は口が上手く回らないらしくただヒマヒマ繰り返す
「落ち着いて; はい息すって~…大丈夫だっちゃ;」
そんな阿部の背中を撫でて緊那羅が言った
「本当…失礼な小娘様ですこと」
フンっと言ってヒマ子が顔を背けた
「なっ…何なの!? 何なのコノヒマワリ…ッ!!;」
ようやくだいぶ落ち着いたのか口の回るようになった阿部が緊那羅に聞く
「えっと…ヒマ子さん…だっちゃ;」
緊那羅が苦笑いで答えた
「じゃなく!! 何で!? 何でヒマワリに顔があるわけ!? しかもケバイ!」
阿部がヒマ子を指さして更に聞く
「えっと~…あ…京助;」
「京様!!!?」
「京助!!」
緊那羅が指差す方向に阿部とヒマ子が同時に振り返りながらこれまた同時に言った
「俺らもいるんですけど~…;」
南が言う
「お帰りなさいませ京様」
「ちょっと京助ッ!!」
またも阿部とヒマ子が同時に言う
「お帰りだっちゃ京助…南と中島達も」
緊那羅がワンテンポずらして言った
「コレで海に入れば涼しいのだな?」
なんとも涼しそうな夏の小学生スタイルになった迦楼羅が海を見て嬉しそうに言う
「かるら~ん!! けんちゃ~ん!! きょんがらさ~ん! タカちゃ~ん!」
悠助が海の中から手を振ったのに対し制多迦がヘラリ笑ながら手を振り返す
「ヨッシャ!! 行くぜ海-----------------------!」
海水メガネを手に中島が海へと駆け出した
「走ると転びますからね迦楼羅」
それに続きたいオーラ全開の迦楼羅に乾闥婆が溜息を吐きながら言う
「…制多迦もね」
駆け出そうとしていた制多迦に矜羯羅がさらっと言った
「は~や~く~!!」
悠助が大きな声で言った
「ヒョー!! 最高!!」
ダイブした中島が声を上げる
「俺もいこっと」
南が浮き輪片手に海へと向かう
「じゃ俺も~…ってか坂田は?」
京助が見当たらない坂田の行方を緊那羅に聞いた
「それよりアタシの質問に答えなさいよ!! 何でヒマワリが話してるわけッ!?;」
阿部が立ち上がって京助のTシャツの胸倉を掴んで聞く
「まぁ!! なんてことをするんですか小娘様!!」
ソレを見たヒマ子が叫んだ
「坂田は何か取りに行ったみたいだっちゃ」
ヒマ子と阿部の声の小休止に緊那羅が京助の質問に答える
「だからアタシの質問に答えろってばッ!!」
阿部が京助をガクガク揺すりながら怒鳴る
「京様に何をなさいますの!? お放しになってくださいませんことッ!!?」
ヒマ子が立ち上がり阿部に葉を指した
「…何してンだか…」
海の上で浮き輪に乗りながら本間が呟いた
「…風呂じゃないんだからよ;」
海に入ったものの石に腰掛けたままの迦楼羅の横を泳ぎながら中島が呟いた
「タカちゃん早い早い~!」
「制多迦様早いですッ! そしてずるいッ!!」
悠助を背中に乗せた制多迦がすぃ~っと泳ぐ後ろを慧喜が追いかける
「…涼しいな」
迦楼羅が満足そうに青空を見上げた
「…カモメの爆弾に注意してね」
迦楼羅の傍まで浮き輪に乗ってきた本間が迦楼羅の頭をなでながら言う
「爆弾?」
迦楼羅がきょとんとして聞き返す
「うんこだよウンコ」
本間と同じように浮き輪に乗った南が言った
「黙ってると結構あたるの」
本間が浮き輪から降りながら言う
「泳ぐなら貸すわ」
そして迦楼羅の体に浮き輪をはめた
「なんだこれは;」
迦楼羅が浮き輪をまじまじと見て聞く
「足バタバタって動かしてみなよ鳥さん」
南が手を足に見立てた動きでバタ足を迦楼羅に伝える
「…こうか?」
迦楼羅が南の手を見てバタ足を始めた
「上手上手」
本間が拍手をして言う
「かるらん競争しよ~?」
制多迦に乗った悠助が迦楼羅に手を振った
「俺も参加すっぞー!!」
潜っていた中島が南の後ろから浮上して手を上げた
「じゃぁ優勝者には一番デカイスイカ!!」
バンっと車のドアが閉まる音と坂田の声がした
「どこいってたんだよ;」
阿部に胸倉をつかまれたままの京助がスーパーの袋二つを手に歩いてきた坂田に聞く
「母さんがスイカもって行けって言ってたの忘れててよ;」
「運転してきたのは柴田さんじゃないのね」
いつの間にか岸に上がってきていた本間が坂田が乗ってきた車を見て言った
「柴田はまだ療養中」
坂田が言う
「そう…」
本間が濡れた髪を掻きあげた
「おはよう阿部」
そして阿部の方を見て言う
「香奈…アンタなんで平然としてられるのかアタシわかんない;」
阿部ががっくり肩を落としながら言った
「私魔法とか信じないもの。現実だから受け入れるだけ」
本間がヒマ子を見てふっと笑う
「なぁ…; 俺も泳いできていいか?;」
京助がボソッと言った
「アンタも頭冷やしてきたら?」
阿部の肩をたたいて本間が言う
「京助~!! 競争~!!」
悠助が制多迦に肩車されながら岸に向かって手を振っている
「お--------!! 今行く------------!!」
大きな声で返事を返すと京助が海へと下って行った
「緊那羅はいかねぇのか?」
スイカを手に坂田が緊那羅に聞いた
「ラムちゃんも水着着てくればよかったのに」
阿部が緊那羅の格好を見て言う
「胸の大きさ同じくらいだし…」
「え?」
最後に阿部がボソッと付け足して言うと緊那羅が首をかしげた
「別にッ;」
阿部が海に向かって駆け出すと坂田もそれに続く
「ヒマならスイカ流されないように見ててくれ!」
思い出したように坂田が振り返って緊那羅に言った
「あ…わかったっちゃ」
緊那羅が立ち上がって小走りで海へと下る
「…僕も行こうかな」
矜羯羅が立ち上がった
「君は?」
防波堤の上に腰掛けている乾闥婆に矜羯羅が聞く
「僕は遠慮します」
矜羯羅の方は見ないまま乾闥婆が答えた
「…爆弾落とされるよ?」
さっき迦楼羅に言ったのと同じことを本間が乾闥婆に言った
「よっこいしょ」
本間が乾闥婆の横に腰を下ろした
「泳がないんだね」
本間が乾闥婆に言う
「ええ…僕は…」
「はい」
顔を本間に向けた乾闥婆に突きつけられたのは乾闥婆の目と同じような青い色のラベルが巻かれたペットボトル
「…これは?」
そのペットボトルに手を添えながら乾闥婆が本間を見た
「泳がないなら水分とりなさい」
本間がにっこりと笑った
「あ…りがとうございます…」
ペットボトルを受け取った乾闥婆がどもりながらもお礼を言う
「大事な人の心配も大事だけど自分が倒れちゃその大事な人の心配もできないんだからね」
蓋の開け方がわからないのかただペットボトルを持ったままだった乾闥婆の手に手を添えると本間が蓋を開けた
「…ええ」
乾闥婆の手から手を離しながら本間が言う
「私は魔法とか信じないから。アンタ達を特別扱いもしない…でも驚いているのには変わらないんだからね? わかりにくいけど」
自らも持ってきたペットボトルの蓋を開けながら本間が言った
「だからなんです?」
乾闥婆が本間を見た
「話してほしいの栄野にも私達にも」
ペットボトルに口をつけながら本間が言う
「…私阿部が泣くところ見たくないの」
本間と乾闥婆が座る防波堤の下の海で笑う阿部を見て本間がふっとどこと泣く寂しい笑いを浮かべていった
「阿部は栄野が好きだから栄野に何かあると泣くってわかるよね」
本間が聞くと乾闥婆が頷いた
「だから少しでも知っておきたい。そうすれば…」
「…あなたは…もしかして…」
ポトッ
言いかけた乾闥婆の言葉が止まった
「…やられたね」
動きが止まった乾闥婆の頭上には一羽のカモメ
そして乾闥婆の水色の髪には白い…
「爆弾投下」
本間がペットボトルの中身を一口飲みながら言った
「あれ? 乾闥婆…」
南が大股で海にやってくると無言のまま海の中へと入ってきた乾闥婆の名前を呼ぶ
「…泳がないんじゃなかったの?」
しっかり泳いだらしい矜羯羅が濡れた髪をかきあげながら言った
「…気が変わったんです」
そう言うといきなり乾闥婆が海の中に潜った
「でも何で阿部ちゃん達俺等が海に来てるってわかったの?」
南が浮き輪の上から阿部に聞いた
「京助のおばさんから水着貸してくれないかって電話あったんだ」
立泳ぎをしながら阿部が答えた
「…へぇ~…そっかサンキュ」
南の浮き輪につかまりながら京助が阿部にお礼を言う
「ラムちゃんの分も一応持ってきてるんだけど泳がないんだね」
阿部が岸のほうを見て言うと京助と南が顔を見合わせた
「水着…?」
「緊那羅が水着…」
京助と南が小さく言う
「…どんなん?」
京助が阿部に聞いた
「え? 普通の…ワンピだよ」
阿部が答える
「トラビキニじゃなかったねぇ」
南がハッハと笑った
「いろんな意味で犯罪だろう;」
京助が口の端をあげて言うと阿部が首をかしげた
「…にか踏んだ;」
制多迦が背中に悠助をぶら下げたまま呟いた
「タカちゃん落ちる~;」
悠助が言うと後ろから慧喜が悠助を抱っこする
「どうしたんですか?制多迦様」
悠助を抱きながら慧喜が制多迦に聞いた
「あ~ウニかな」
坂田が泳いできて言う
「…ニ?;」
制多迦が聞いた
「コレコレ」
そう言うと坂田が息を吸い込んで潜っていった
「…っぷは~…ホレ」
そして何かを手にして浮かんできた
「…れがウニ?;」
坂田の手の上で黒いトゲを動かしているなんとも奇妙な物体を制多迦と慧喜がマジマジと見る
「僕ウニの塩辛好き~」
悠助がウニを見ていった
「俺はやっぱ殻のまんま焼いて食うのがいいナァ…」
坂田が言う
「…べられるの? コレ;」
制多迦がウニを指差して聞いた
「高級食材」
坂田が答える
「美味いの?」
慧喜も聞く
「好き嫌いあるけど…俺は好き」
坂田がウニを海の中に落としながら言った
「ヘンなもの食うんだね」
慧喜が沈み行くウニを見てボソッと言う
「見ためより食い物は食って何ぼだからな俺は」
坂田が笑いながら言った
「何コレ」
矜羯羅が迦楼羅の浮き輪を見て言う
「不思議なものでな…浮かぶのだ」
浮き輪が気に入ったのか迦楼羅がうれしそうに答えた
「どういう原理なんでしょうね…」
濡れてもなお変化ないピョン毛の乾闥婆が浮き輪を撫でながら言う
「楽しいぞ? 乾闥婆もやってみるか?」
迦楼羅が乾闥婆に聞いた
「僕ですか?;」
乾闥婆が目を大きくして自分を指差した
「やってみたら?」
矜羯羅がふっと笑って言う
「…僕は…その…」
乾闥婆が目をそらした
「…いいんですか?」
乾闥婆が少し照れたように上目使いで小さく聞くと迦楼羅と矜羯羅が目を見開いたままぽかんとして止まった
「…なんですかその顔」
乾闥婆がむっとした顔で言うと二人が顔を見合わせたあと乾闥婆を見た
「何なんですか;」
無言のまま見られ続けるのに耐えかねたのか乾闥婆が少し後ろに下がる
「いや…;」
迦楼羅が軽く咳をした
「…僕先に上がりますっ;」
乾闥婆がバシャバシャと水を掻き分けて岸へと向かっていく
「あんな顔…できたんだね」
矜羯羅が呟くと迦楼羅がゆっくり頷いた
「変わって…きたな」
ボソッと迦楼羅が呟いた
「…ラッコか;」
悠助を腹に乗せた制多迦が波に揺られて岸についたのを見て坂田が言う
「…もちよくて」
制多迦がヘラリ笑いを浮かべて言った
「やっぱ夏は海だぁねぇ」
南が浮き輪片手に上がってくると伸びをする
「浜風が少し痛いですけれども」
ヒマ子が日光浴をしながら言った
「あっれ…? もしかして…ヒマ子さん…」
南がヒマ子をまじましと見た
「…ソレ…水着?」
ヒマ子の茎に巻かれた二つの赤い布を見て南が呟く様に聞く
「そうですわよ?似合いまして?」
クイッと腰をひねってヒマ子がポーズを取った
「少し大胆にビキニですわ」
そして頬を赤らめた
「…大胆っていうか…普段はスッポンポンなんじゃないの?;」
南が言う
「黒にしようかと迷ったのですけれど…」
話を聞いていないヒマ子が語りだした
「京様の手前…悪い虫がついてはいけないと思い少々控えましたの」
そう言いながら顔を両葉で覆ったヒマ子の頭にハエが止まった
「…虫…ついたよヒマ子さん…ハエ」
南が言う
「ああ…なんて一途な私…」
やはり話を聞いていないヒマ子の頭でハエが両手をスリスリし始めた
「位置について~…」
坂田が片手を挙げると京助と中島が息を吸った
「ヨーイ…」
「といったらスタートって言ったら…沈めるからな」
京助が坂田を見て言う
「…図星か」
目をそらした坂田を見て中島が呟いた
「何をしているのだ?」
迦楼羅が坂田に聞いた
「スイカをかけた競泳…お前もやるか?」
坂田が答える
「勝った方がデカイスイカを食えるってんだ」
京助が言った
「…おいしいの?」
いつの間にか中島の隣にいた矜羯羅が聞く
「夏といえば!! の食い物だしな」
中島が言う
「…うまいのか…」
迦楼羅がぼそっと呟いた
「お前等も参加か?」
京助が迦楼羅と矜羯羅に聞く
「あそこのテトラまでいって岸まで帰ってくる早さで勝敗決めるんだ」
坂田が遠くに見える防波テトラを指差した
「泳ぎ方は自由!! 犬掻きでも平泳ぎでも」
中島が言う
「…勝負事なら…負けたくないね」
矜羯羅がテトラを見た
「うまいのか…」
迦楼羅もテトラを見る
「正々堂々…いざ! スイカ!!」
京助がテトラを指差して叫んだ
「さて今年もやって参りました!! 食い意地張ったヤツ等全員集合スイカ争奪競泳大会!! 実況はワタクシ坂田!! レースクィーンはアサクラ・南さんです!!」
坂田が南の浮き輪に捕まりながらウニをマイク代わりに言う
「みんながんばれ~」
「矜羯羅様~! がんばってください~!!」
悠助が相変わらず波に浮かんでいる制多迦の上で慧喜とともに応援する
「毎年やってるの?;」
阿部が坂田に聞いた
「そー! 毎年恒例!! 今のところ京助が強い…去年は浜本もいたけど」
南が阿部に言う
「食い物絡むと京助って強ぇえんだよなぁ…」
坂田が口の端をあげて言った
「よかったね」
本間が阿部の肩を叩いた
「…何がよ」
阿部が本間を見る
「今は栄野色気より食い気みたいだね」
本間が阿部の胸をつついた
「なっ…!?;」
阿部が目を見開いて赤くなる
「栄野の興味が食い気から色気に移る前に目指せ暑寒岳」
本間が後ろから阿部の胸を揉み上げた
「ちょ…; なにすンのよッ;」
阿部が水しぶきを上げて真っ赤になりながら抵抗する
「いいナァ…女子」
坂田が呟いた
「京様--------------------!! 頑張ってくださいませ------------------!!」
岸からヒマ子の熱烈な応援が届く
「…ライバル結構いるみたいだよ阿部」
阿部の耳元で本間が囁いた
「だから何よ;」
胸を押さえた阿部が本間に聞く
「大きくするの手伝う?」
「いらないッ!!!;」
両手をワキワキと動かしながら本間が言うと阿部が大声で断った
「あれ? 乾闥婆…いかないんだっちゃ?」
スイカの見張りをしていた緊那羅の横に乾闥婆が立った
「…乾闥婆?」
自分の問いかけに無反応だった乾闥婆を再度 緊那羅が呼ぶ
「…緊那羅…僕の顔に何かついていますか?」
乾闥婆が手で自分の顔を触りながら緊那羅に聞いた
「え…? …少し顔が赤いだけで別に何も…どうしたんだっちゃ?」
立ち上がり乾闥婆の顔を覗き込んだ緊那羅が言う
「…何でもありません…」
乾闥婆が俯きながら顔をそらした
「僕も…変わってきていますか?」
乾闥婆がボソッと言う
「え?」
聞き取れなかったのか緊那羅が聞き返した
「いえ…」
乾闥婆が顔を上げるとスゥっと涼しい浜風が吹いた
「緊那羅…」
スイカを軽く転がして冷やす側を変えていた緊那羅を乾闥婆が呼んだ
「…京助と悠助は…【時】にとっての大事な存在…いわば【鍵】…」
乾闥婆が言う
「…でも…もっと大きな…僕等にとっても大きな存在だと…思いはじめました」
岸から離れた海の中でワイワイやっている集団を見て乾闥婆が言った
「うん…私もそう思うっちゃ」
緊那羅が微笑んで言う
「馬鹿ですけどね」
はっきり言い切った乾闥婆を緊那羅が苦笑いで見ると乾闥婆の顔はうれしそうな笑顔だった
「うん…馬鹿だっちゃけど…ソレが京助だっちゃ」
「エィ-----------------ックショぉッ!!」
緊那羅が笑いながら言うと京助の軽快なクシャミが響き渡った
「位置について~…」
坂田が片手を挙げるとそれにあわせて中島と京助がテトラを見据えた
「…位置についてるけど」
矜羯羅が坂田に言うと京助と中島が脱力して海に沈む
「…いや…うん; ついてるねついてんだけどねっ;」
南が矜羯羅の肩を数回叩いていった
「号令って言うか…まぁ…合図だ合図ッ!;」
坂田が言う
「…ふうん…」
わかったのかわかってないのか矜羯羅が返事をした
「俺が今から位置についてヨーイ…ドン!! って言うからそのドンで一斉にあのテトラ目指せばいいんだ…わかったか?」
坂田が矜羯羅と迦楼羅に説明する
「美味いんだな」
迦楼羅が頷いた
「…お前はスイカのことしかもう頭にないだろ…」
京助が迦楼羅に言う
「京助がんばってね」
阿部が笑顔で京助に言った
「おう! サンキュ!」
ソレに対して京助が満面の笑みを返すと阿部が嬉しそうに顔を赤らめた
「うん。いい笑顔」
本間が阿部の頭を撫でて言う
「京様--------------------------!! ファイトですわ----------------------!!」
岸でヒマ子が叫んだ
「じゃ…気を取り直して…位置について~…ヨ~イ…」
坂田の声に中島、京助、矜羯羅、迦楼羅がテトラを見る
「ドン!!」
坂田の声が響くと同時に中島と京助が海中に潜った
「…いかないの?;」
中島と京助のスタートから約10秒経ってもその場にいる矜羯羅と迦楼羅に阿部が声をかけた
「行くよ?」
矜羯羅がにっこりと笑みを返す
「かるらんは足をホラ」
本間が迦楼羅の手を取った
「んはいらんと…!!;」
「スイカ食べたいんでしょ?」
いつものごとく怒鳴ろう本間を見た迦楼羅がその一言で黙って足を動かし始める
「さっき見たく…そうそう」
バシャバシャと水飛沫を上げて迦楼羅が泳ぐ
「…鳥さん…鳥さん…;」
ゆっくりと進んでいく迦楼羅を見て南が苦笑いをする
「こんが…らは?」
坂田がさっきまでそこにいた矜羯羅の姿を探す
「あそこ」
阿部が指差す方を南と坂田が見る
「早ッ!!;」
そして同時に声を上げた
「こりゃ…迦楼羅以外のあの三人の勝負だな」
先にスタートした二つの水飛沫とそのすぐ後ろについたもう一つの水飛沫を見て坂田が言う
「迦楼羅出遅れたみたいだっちゃね;」
岸から見ていた緊那羅が言う
「…応援…しないんだっちゃ?」
緊那羅が乾闥婆を見ると乾闥婆の両手がゆっくり上がり
「…迦楼羅---------------!!」
そして迦楼羅の名前を叫んだ
「…け…」
乾闥婆の大声に一同が動きを止めて岸を振り返った
「頑張ってください--------------------!!」
その声を聞いて迦楼羅がぽかんとした顔をする
「…乾闥婆の今みたいな大声…はじめて聞いたかもしれない…」
慧喜がボソッと言った
「…くも…」
制多迦も言う
「ホラ…応援してくれてるよ」
止まったままの迦楼羅に本間が言った
「…勝たなきゃね」
そして本間が迦楼羅の背中を押す
「…そうだな…」
迦楼羅がふっと笑った
「…緊那羅…」
両手を下ろしながら乾闥婆が緊那羅を見た
「僕は…変わってもいいのでしょうか…?」
どこか不安そうな笑顔で言った乾闥婆に緊那羅が笑顔を向ける
「誰だって変わっていい時が来ると思うっちゃ…変わっていいから変われる…そう思うっちゃ…私は」
緊那羅が言う
「…ありがとうございます」
乾闥婆が目を細めて緊那羅にお礼を言った
「娘、礼を言う…コレにつかまていろ」
迦楼羅が浮き輪をはずし本間に渡した
「…どういたしまして…」
ザザザザザ…
という音と共に海面が波立った
「…溺れないようにね」
矜羯羅が中島と京助に言う
「は?;」
立泳ぎをしながら京助と中島が顔を見合わせた
「迦楼羅が本気出すみたい」
慧喜が悠助を支えた
「かるらんが?」
慧喜に支えられながら悠助が波立つ海面の中心を見た
「…がったほういいかもね」
制多迦が身を起こして慧喜と悠助を抱き上げて岸を見ると海の中の岩を蹴って高く飛び上がり岸に着地する
「何?; 何;」
南が浮き輪に捕まりながら言う
「阿部ちゃんコッチコッチ」
坂田が南の浮き輪に捕まりながら阿部を手招きした
「何…?;」
坂田の手招きに応じて南の浮き輪に捕まった阿部が不安そうな顔をする
「…くるよ」
矜羯羅が中島と京助の手を取った
「へ…ッぅおおおおおおおおぉ!?;」
ズザザザザザザザザザザ-----------------------!!
わけがわからないという返事を返そうとした中島と京助の体が波によって持ち上がる
「だ…っダイタルウェ-------------------------------ブッ!!!!;」
叫んだ南の浮き輪が阿部と坂田を連れて波に乗った
「きゃぁあ----------ッ!!;」
阿部が目を硬く瞑る
「ほっほぉ-----------ぅ;」
坂田が楽しんでるのか怖がっているのか微妙な声を上げながら浮き輪に捕まっている
「…がんばってね」
本間がにっこり微笑みを向けた先には京助達とさほど大きさの変わらない少年の姿になった迦楼羅
「ああ…」
少年 迦楼羅がフッと笑った
「ゲハッ!!;」
海面に顔を出した京助が思い切り息を吐いた
「何なんだよッ!!;」
京助より少し先に海面に上がっていた中島が辺りを見回した
「ホラ…来るよ」
そんな二人に矜羯羅が声をかけた
「へ…?;」
横を通り過ぎていった矜羯羅を見て京助と中島が顔を見合わせる
「何が…」
ザザザザザザザザザ…
波音が近づいて来るのを感じた中島と京助がその方向を見た
「早ッ!!;」
「ギャ---------------!;」
迫り来ていた迦楼羅の姿を見て京助と中島が逃げるように再スタートする
「…早~…」
頭からしっかり波をかぶった阿部がぽかんとして4つの水飛沫を見ている
「てか鳥さん反則…?;」
南が濡れた前髪をかきあげて言った
「成長しただけでしょ」
何事もなかったかのように浮き輪に乗った本間が南に言う
「かるらんには変わらないじゃない」
にっこり笑いながら本間が4つの水飛沫を見た
「反則だって言ったら…呪いかけるかもよ私」
どこまでが冗談なのかわからない本間の言葉に坂田と南が苦笑いを浮かべた
「お前泳げるなら泳げるって言えよなッ!!;」
ザバザバと水を掻き泳ぎながら京助がすぐ後ろに迫ってきている迦楼羅に向かって言った
「誰がいつ泳げないと言ったのだ?」
迦楼羅が笑みを返しながら言う
「浮き輪使ってたじゃねーかよッ!;」
中島がクロールで泳ぎながら叫ぶ
「なかなか面白かったぞ」
そう言った迦楼羅が中島と京助を追い越していく
「くっそ--------------------ッ!!;」
ヤケになった京助が速度を上げた
「スイカは俺のモンだ------------------------ッ!!;」
京助の叫びが水飛沫と共に響き渡る
「かるらんはや~い!!」
岸に上がった悠助が嬉しそうに飛び跳ねながら言った
「本当…早いっちゃ…」
緊那羅がボソッと言う
「けんちゃんの応援のおかげだねっ!」
悠助が乾闥婆の腕につかまった
「僕の…?」
「乾闥婆ずるいッ!!!」
きょとんとした顔で悠助を見た乾闥婆から慧喜が悠助を引き離す
「うん! あのね! 僕も応援されると頑張ろうって気持ちになるもん」
慧喜に抱きしめられながら悠助が言う
「僕でも迦楼羅の役に立てるのですね…」
前方二つ、後方二つに分かれた水飛沫を見ながら乾闥婆が小さく言った
「京様--------------------!!! 愛してますわ---------------------------!!!」
ヒマ子の愛の応援が届いたのか京助が沈んでいく
「京助脱落…っと」
坂田がボソッと言った
「京助!!;」
ソレを見た阿部が捕まっていた浮き輪から離れて泳ぎだした
「救護班出動」
阿部に続いて本間も浮き輪から降りて浮き輪をつかんだまま泳ぎだした
「こりゃ面白くなってきましたね坂田さん…期待株の京助が脱落で鳥さんとコンちゃんの独走状態…でも中島も侮れないってことで…ねぇ?」
浮き輪につかまりながら南が言う
「そうだな~…賭けますか?スイカバーでも」
坂田が言った
「じゃ俺鳥さんに」
南が迦楼羅に賭ける宣言をした
「じゃ俺は…矜羯羅」
坂田は矜羯羅に賭けた
「中島が勝ったら?」
南が遠くなる水飛沫を見て聞いた
「京助のおごり」
坂田が親指を立てて言う
「いいねぇ~!! 中島--------------------!! 頑張れ-----------------!!!」
ソレを聞いた南が手を振って中島を応援した
「まぁ!! 京様!! 私の応援が届かなかったのでしょうか!?; あああ…不甲斐ない妻を許してくださいませ…京様…」
沈んだ京助を見てヒマ子が嘆いた
「俺…届いたから沈んだと思う」
慧喜が言うとその場にいた悠助以外の一同が頷いた
「驚いたよ」
テトラに手をついてターンをしながら矜羯羅がすぐ後ろにいた迦楼羅に言った
「乾闥婆が…ね…」
少し速度落として矜羯羅が迦楼羅と並ぶのを待っている
「ワシもだ…」
迦楼羅が矜羯羅に並んだ
「あの兄弟の周りの空気は心地いい…今までの【時】とは違う【時】が…くるのかもしれぬな」
迦楼羅が言う
「今までとは違う…変わっている…僕自身もそう…」
矜羯羅がふっと笑った
「竜は…わかっていたのかもしれん…」
迦楼羅が泳ぐのを止めて言う
「自分の息子達が【時】にとっての…【鍵】になるということも…そして今回の【時】が今までの【時】とは違う【時】であるということ…」
同じく泳ぐのを止めた矜羯羅が付け加えて言うと迦楼羅が頷いた
「竜はよく【時】を批難していた…来るべきものではないと…」
迦楼羅が波に揺られながら顔を上げた
「あやつらは…そんな竜の遺志を知らずのうちに継いでいるのかもしれん…もしかすると…最後の【時】になるやもだ…」
迦楼羅が岸に目をやると慧喜に抱きしめられているらしき悠助の姿
「今までとは違う…最後の【時】…ね…」
矜羯羅が見つめる先には本間の浮き輪に捕まって阿部に背中をさすられている京助の姿
「そうなったら…僕等は…」
ザババババ
言いかけた矜羯羅の後ろを水飛沫が通り過ぎた
「…ワシにもわからん…だが…」
迦楼羅が悠助から乾闥婆8けんだっぱ)に視線を移した
「…もう…たくさんだ…」
そして顔を歪める
「…そう思っているのは君だけじゃない…」
矜羯羅が言った
「僕も思うようになったよ…【時】は来るべきものじゃないってね…そして…あの二人を守りたいって」
矜羯羅がふっと笑う
「面白いよね今までそんなこと思った事なかったんだよ…ただ上の命に従って【時】がくればそれに従っていた…それが当たり前だと思っていたけど…京助と悠助…どちらかが欠けていたらこんな思いは生まれなかったんだろうね…」
矜羯羅が迦楼羅を見る
「…あの二人は…」
迦楼羅の髪から水滴が滴り落ちた
「中島ゴ-------------------------ルッ!!!」
坂田の声が高らかに響くとハッして矜羯羅と迦楼羅が岸を見る
「…負けたね」
矜羯羅がボソッと言った
「お疲れ様でした矜羯羅様」
岸に上がってきた矜羯羅に慧喜が声をかけた
「凄いね~!! きょんがらさんもかるらんも早いね~」
慧喜の腕の中で悠助が言う
「…かえり」
制多迦が矜羯羅にタオルを渡した
「…ただいま」
タオルを受け取りながら矜羯羅が制多迦に笑顔を向ける
「惜しかったですね矜羯羅様…迦楼羅と何か話していたんですか?」
慧喜が矜羯羅に聞くと矜羯羅が乾闥婆と迦楼羅の方を見た
「…いや…別に?」
そして慧喜に笑顔を向ける
「…んがら?」
制多迦が矜羯羅を呼んだ
「【天】と【空】…いつかは…」
矜羯羅が呟く
「迦楼羅」
乾闥婆が元のサイズに戻った迦楼羅に声をかけた
「おかえりだっちゃ」
少し間をおいて緊那羅が迦楼羅に言う
「ああ…っだだだだだだだだッ!!;」
次の瞬間 乾闥婆が迦楼羅の髪を思い切り引っ張り始めた
「け…乾闥婆!?;」
ソレを見ていた緊那羅が声を上げる
「…おかえりなさい」
乾闥婆がボソッと言った
「普通に言えんのか普通に!!;」
迦楼羅が髪を押さえながら怒鳴る
「…迦楼羅…」
乾闥婆が小さく迦楼羅を呼んだ
「…僕は…」
乾闥婆が口を開くとほぼ同時に緊那羅が立ち上がって二人から離れた
「…僕は変わってもいいのでしょうか…変わっても…貴方の傍にいていいのでしょうか…」
迦楼羅の髪を握っている乾闥婆の手に少し力がこもった
「変わっても乾闥婆には変わらぬだろう」
迦楼羅がさらっと言うと乾闥婆が顔を上げ迦楼羅を見る
「たとえ変わっても乾闥婆だという事は変わらん…お前は…【乾闥婆】…なのだろう?」
迦楼羅がどことなく悲しそうな顔で言った
「そう…言ったのはお前だろう…自分は【乾闥婆】だと…」
迦楼羅の言葉に乾闥婆が俯く
「…そう…でしたね…僕は【乾闥婆】…あの時から僕は…」
ポタポタと乾闥婆が握る迦楼羅の髪から水が滴り落ちた
「…すまんな」
迦楼羅が謝ると乾闥婆が顔を上げた
「え…?」
「せっかくお前が背を押してくれたのに勝てんで…すまんな」
きょとんとした顔の乾闥婆に迦楼羅が言う
「…嬉しかったぞ」
そしてそう付け加え背伸びをして乾闥婆の頭に手を載せた
「…こ…子ども扱いしないでくださいッ!!;」
「だっ!;」
乾闥婆が顔を赤くして迦楼羅の髪を思い切り引っ張る
「僕は…っ;」
「お-----------------------ぃ!!! スイカ割るぞー!!」
優勝者の中島が叫んだ
比較的平らな地面に敷かれた新聞紙の上に置かれた二つのスイカ
「さて…ではコレより優勝者の中島君によってスイカ割が実施されるわけですが!!」
坂田が【が】の部分で一同を振り返った
「…残念ながら棒を忘れました」
そして腰に手を当ててハッハと笑うと京助と中島が同時に坂田の両脇バラに裏手で突っ込む
「じゃぁどうやって分けるの?;」
阿部がスイカを見て言った
「うーん…;」
南が考え込む
「…分ければいいの」
矜羯羅が一歩前に出て聞いた
「そー…なんだけどねぇ;」
南が矜羯羅に苦笑いで答える
「制多迦」
南の答えを聞いた矜羯羅が制多迦を振り返るとヘラリ笑った制多迦が頷いた
「何?」
そして制多迦がスイカの前にしゃがんでスイカを人差し指で弾いた
ボゴッツ
「っおおおおおお!!!!;」
制多迦の弾いたスイカが割れて赤く熟れた果肉が姿を現した
「すげぇ!;」
中島が拍手する
「すごーい…;」
阿部も声を上げた
「もう少し綺麗に割ってほしかったね…」
矜羯羅が飛び散ったスイカの果肉をつまんで口に入れる
「…めん;」
制多迦が頭を掻きながら謝った
「じゃコッチも頼むわ制多迦」
坂田がもう一個のスイカを指差すと制多迦がヘラリ笑いで再び頷く
「じゃ! まぁ…お疲れサマー(夏)!! いただけスイカッ!!」
中島がスイカ片手に言うとソレが合図となったのか一斉にスイカに手が伸びた
「あま~いっ」
悠助がスイカを頬張って嬉しそうに言った
「種まで食うなよ~?」
京助が悠助に笑いながら言う
「迦楼羅…皮まで齧らないでください」
白い部分まで綺麗に食べていた迦楼羅に乾闥婆が言った
「赤い部分はうまいな」
ペロっと舌で口の周りを舐めながら迦楼羅が言う
「まだ食べたいなら食べ欠けですがどうぞ」
乾闥婆が自分が一口齧ったスイカを迦楼羅に差し出した
「いいのか?」
迦楼羅がスイカを乾闥婆を交互に見て言う
「残念賞ということで」
乾闥婆がにっこり笑って言った
「京助大丈夫なんだっちゃ?」
手で口をぬぐっていた京助に緊那羅が聞いた
「あ? あ~…別に平気」
二個目のスイカに手を伸ばそうとしながら京助が答えた
「惜しかったですわね京様…私の応援が届かなかったばっかりに…」
ヒマ子が鉢を引きずりながら京助に言う
「や…しっかりバッチリ届きましたので;」
京助がヒマ子から顔をそらして言うと緊那羅が苦笑いを浮かべた
「いっや~…夏だぁねぇ~…」
南が伸びをしてしみじみと言う
「短いけどな」
坂田が種を飛ばして言った
「終わりがあるから思いっきり楽しまなきゃねぇ…終わりがないものなんて楽しくないよねぇ」
南がうんうん頷きながら言う
「お!! 何だか南さんまじめ腐ったクッサイこと言いますね」
京助が南に突っ込んだ
「終わり…ね…」
三つ目のスイカを一口齧った矜羯羅がボソッと言う
「お前…ソレ何個目よ;」
中島が矜羯羅に言った
「何で俺がお前等の為にスイカバー買わなアカンねん!!;」
ガサガサと買い物袋を提げた京助が怒鳴った
「負けたからに決まってるっしょ」
そんな京助についてきた南がハッハと笑いながら少し後ろを歩く
「阿部ちゃんと本間ちゃんが帰った分浮いたんだからいいじゃんいいじゃん」
石浜海水浴を終え栄野家でひとっ風呂浴びた後買出しに出向いた南と京助がジワジワと鳴く蝉に後押しされて石段を登る
「ぁああ~…; 折角海行って涼しくなって風呂入ったのにまた汗でしっとりしてるしよ~…;」
京助が網戸になっていた玄関の引き戸を開けながら溜息をついた
「ただいま~ぁん…って…ヤケに静かじゃない?」
家の奥に向かって言った南が返ってこない返事に首をかしげつつもサンダルを脱ぎ家に上がる
「いくらなんでも全員で入るにはウチの風呂は狭いだろうしなぁ…」
京助も南に続いて家に上がった
チリリ~…ン
という涼しげな風鈴の音が家に響き渡る
「…寝てるし…;」
開けっ放しの縁側の和室で思い思いの格好で寝こけているのは坂田と中島そして慧喜の膝枕では悠助が寝息を立ててその慧喜も壁にもたれ掛かって眠っていた
「…かえり」
制多迦がヘラリ笑って庭先から手を振った
「おかえりなさいませ京様」
制多迦の後ろからヒマ子がゴトゴトとやってきて軽く頭を下げた
「残りの面々は?」
南が制多迦に聞く
「…るらは」
制多迦が縁側に腰掛け伸びをしながら答える
ミーンミーンという声とジワジワという声が競い合うように青い空に響いた
キシ…と床がきしむ
涼しい風が草の香りとともに流れ込むのは元・開かずの間
「…寝てるの?」
戸口に手をついた矜羯羅が言う
「ああ…疲れたのだろう」
窓際に腰掛け答えた迦楼羅のすぐ下でピョン毛が風に揺れる
「寝顔は可愛いのにね…」
矜羯羅がふっと笑って言う
「そうだな…」
少し上に向いた乾闥婆の寝顔を見て迦楼羅も笑みを浮かべた
「強がりで頑固なところは昔から変わらないな…こやつは」
そしてその笑みが少し曇った
「まだ…忘れられない?」
矜羯羅が腕を組んで迦楼羅に聞く
「…忘れられるものか…」
迦楼羅が言った
「あやつは…沙紗は…」
迦楼羅の手が乾闥婆の頬に触れる
「ワシが愛し守り抜くと誓った唯一の…」
矜羯羅が目を閉じた
「…すぐ傍にいるのにもう会えない…」
矜羯羅が言う
「それならいっそあの時…」
「これはワシに課せられた罪だ」
矜羯羅の言葉を迦楼羅がさえぎった
「【乾闥婆】はワシの【罪】そのものだ…」
乾闥婆の頬から迦楼羅が手を離した
「あの時から…」
乾闥婆の頬から離した手を迦楼羅が強く握った
「【沙紗】が消えたあの時から【乾闥婆】というワシの罪が生まれたのだ…」
小さく風鈴の音が聞こえ室内灯の紐が揺れる
「お!! いたいた!!」
京助の声が聞こえ乾闥婆がぴくっと動いた
「スイカバー買って…って寝てたのか;」
矜羯羅の横から元・開かずの間の中を見た京助が乾闥婆を見て言う
「スイカバー?」
矜羯羅が京助に聞く
「さっき食ったスイカの…今度は皮も種も食えますってぇヤツ? 食うなら和室にこいよ?」
チャっと片手を挙げると京助が足早に去っていった
「…先行くね」
矜羯羅がそういい残して廊下をきしませながら和室に向かった
「…沙紗…」
迦楼羅が小さく呟くとほぼ同時に乾闥婆がうっすらと目を開けた
「…あ…僕寝て…」
目をこすりながら乾闥婆が眩しそうに迦楼羅を見る
「疲れたのだろう…ここは涼しいしな…寝やすかっただろう」
迦楼羅が笑いながら言う
「迦楼羅はずっと起きていたんですか?」
立ち上がった乾闥婆が迦楼羅に聞いた
「ああ…少々話しこんでいてな」
迦楼羅が腰掛けていた窓際から降りながら言う
「京助とですか?」
歩き出した迦楼羅の後ろを歩きならが乾闥婆が聞いた
「…さぁな」
少し間をおいて迦楼羅が答えると乾闥婆が首をかしげた
「ギャー!; 何すんだッ!!;」
坂田の悲鳴が聞こえた
「いつまでも起きないからよみつるん」
そして明らかに何かを故意でやったような南の声
「だからってズボン中にアイス入れんなッ; 息子が風邪引くッ!!」
ギャーギャーという騒がしい声が栄野家に響く
「ワシ等も行くか」
迦楼羅が振り返り笑顔で言った
「そうですね」
乾闥婆もソレに笑顔を返すと元・開かずの間を出て行った