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【第七回・参】幸せ捜査網

花粉の季節、もとい桜の季節がやってきた

そんな桜にまつわる一寸不思議なジンクス

「ぷしょっ!!」

目玉焼きの黄身に箸で穴を開けて醤油をたらし混ぜて白米の上に乗せた悠助がくしゃみをした

「大丈夫だっちゃ?;」

緊那羅きんならが箸をおいて側にあったティッシュの箱を差し出した

「そろそろ悠ちゃんマスクの季節かしら」

母ハルミが立ち上がり茶箪笥の引き出しを開けて何かを探し始めた

「ありがと慧喜えき

垂れていた悠助の鼻水を慧喜えきがふき取ると悠助が笑顔を返す

「新婚さんいらっしゃ~ぃ」

テーブルに両肘を付いて味噌汁を飲みながら京助が言う

「やうやくコッチも桜の季節かァ…まぁ…早咲きの桜は見たけどすぐ枯れたしな」

チラッと横目で緊那羅きんならを見つつ京助が言った

「あれは…; …桜の木に悪いことしちゃったっちゃ…よ…ね…;」

慧喜えきが初めて此処に来た時 緊那羅きんならは栄之神社の桜の木に真冬だというのに花を咲かせた

「もう一回咲いてくれるといいんだっちゃけど…」

その桜の木は茶の間からは見えないとわかっていても緊那羅きんならは窓を見た

「…まぁ大丈夫だろ気にすんな」

そんな緊那羅きんならに京助が言う

「そういえば京助アンタ珍しく早起きだけど何かあるの?」

引き出しを閉めて母ハルミが悠助にマスクを手渡しながら京助に聞く

「何かないと早く起きちゃ駄目なんかい俺は;」

箸を咥えて食べ終わった食器を手に持ち立ち上がった京助がブツブツ言う

「駄目じゃないけど珍しいわねって…あ、食器ちゃんと桶の中に入れておいてね?乾くと取れにくいから」

「へいよ」

器用に肘で戸を開けて京助が茶の間から出て行った

「ごちそうさまでした」

そのすぐ後 緊那羅きんならが箸をおいて両手を合わせた

「悠助と慧喜えきの分も下げていいっちゃ?」

自分の食器を重ねつつ緊那羅きんなら慧喜えきと悠助に聞く

「あ、うんありがと緊那羅きんなら

マスクをした悠助の頭を撫でながら慧喜えきが言う

「ありがと緊ちゃん」

悠助も鼻水を啜りながら笑った

「わるいわねぇ…ついでに洗ってくれないかしら?」

母ハルミが湯飲みを持って緊那羅きんならに聞いた

「いいっちゃよ?」

それに対し緊那羅きんならが笑顔で答える

「あら~! ありがとう!! 助かるわァ」

母ハルミが心底嬉しそうに言った


「何? 押し付けられたんか;」

台所で水を飲んでいた京助が全員の食器を持ってきた緊那羅きんならに聞いた

「ううん? 私がやるって言ったんだっちゃ…って京助; 一回水で流してから入れて欲しかったっちゃ;」

卵の黄身と飯粒が浮かんでいる桶を見て緊那羅きんならが溜息をつき中から食器を取り出した

「悪りぃ;」

ハハッと笑って京助は水を飲み干した

「…お前主婦化してきたよな」

京助の言葉に桶の中に必要以上に洗剤を入れた緊那羅きんならが京助を見た

「はッ!?;」

片手に持った台所洗剤(白いジョイ)からシャボンの泡を出しつつ緊那羅きんならが声を上げた

「なんつーか…いつ嫁に行ってもおかしくないというか…掃除、洗濯から料理まで…」

京助が指を折りながら言う

「…ハルミママさんに教えられたんだっちゃけど;」

そういった緊那羅きんならの手には今だシャボンを出しているジョイが握られている

「母さんだいぶ楽らしいぞ? サンキュな」

京助が笑いながら水が入っていたコップを桶の中に沈めた

「や…私は…ただ…」

緊那羅きんならがジョイの蓋を閉めて俯いた

「私は…ただ…」

「京助ー!! 電話よー!!」

何か言いかけた緊那羅きんならの声が母ハルミの声でかき消された


「こっちこっちー!!」

公園の入り口付近で大きく手を振っている南に京助も手を上げて答えた

「いやしかし雨降るかも知れないなぁ…京助が九時前に起きてたなんてさ」

ガサガサとコンビニの袋を鳴らしながら中島が言う

「どいつもこいつも俺が永遠の眠り姫みたいなこといいやがって…;」

京助がケッと悪態をついた

「全国の可愛いお子様が描いている眠り姫の可憐なイメージが関東大震災のごとく崩れ落ちるぞ的発言は控えてください? ミスター?」

坂田が肩に担いでいた丸めたシートで京助をどつく

「ねぇねぇ!! 本当に桜咲いてるの?」

マスクをして慧喜えきと手を繋いでいた悠助が3馬鹿に聞く

「ああ! たぶん正月町で一番咲きの桜だろうな~昨日偶然見つけたんだ」

「灯台下暗しというか穴場というか…だな」

南と中島が言う

「…でも…この人数じゃ少し狭いかもしれないけどね」

南がチラリと後ろを振り返った

「何?」

腕を組んだまま歩いていた矜羯羅こんがらと目が合い南が矜羯羅こんがらに手を振った

「本当監視カメラか何かついてるんじゃないのかお前;」

坂田が京助のズボンを引っ張って中を覗く

「…今日はチェックですか京助君」

中島と南も京助を取り囲み中を覗く

「俺今日紺色だっぴょん~見る? 見る?」

南がハイ!と手を上げる

「…これから桜見に行くって言う時に汚いものの話題はよしてください」

背後からグッサリと突き刺さるトゲのある乾闥婆けんだっぱの言葉が飛んできた

「っ…ひどいわ!! まだ五回くらいしか履いてないおパンツなのにッ!! なぐさめてラムちゃ~ん!!」

南が緊那羅きんならに駆け寄って抱きついた

「五回も履けば充分だとおもうっちゃ;」

苦笑いで緊那羅きんならが言う

「監視カメラついてるのは俺じゃなくて緊那羅きんなら慧喜えきだと思うぞ」

「何!? 慧喜に!?」

京助がさらっと言った言葉に3馬鹿の視線が慧喜えきに集まる

「む…胸の間とかにあったりして?」

中島が京助にコッソリと聞く

「…緊那羅きんならには胸ねぇだろうが」

京助が中島に言った

「宝珠が知らせるとか何とか…言ってたよな慧喜えき

京助が慧喜えきに聞く

「そうだ」

迦楼羅かるら慧喜えきの代わりに答えた

「…ふぅん…ってかこうチョコチョコくるってことは…やっぱり…」

坂田が摩訶不思議服集団をぐるっと見渡した

「…暇人集団なんだぁね」

南が言うと3馬鹿と京助が頷いた

「…こっちにいたほうが退屈しないしね」

南の言葉を否定しないで矜羯羅こんがらが言うと隣にいた制多迦せいたかも頷いた

「そうだな…騒がしいのはあまり好まんのだが…お前等といるのは嫌いではないぞ」

迦楼羅かるらも言う

「…僕はあまり貴方がこっちにいるのはオススメできないのですが迦楼羅かるら

乾闥婆けんだっぱがボソッと言った

「…すまんな」

乾闥婆けんだっぱの言葉に迦楼羅かるらも小さく返した

「あ、そういえばさ!! こんなジンクス知ってる?」

南が何かを思い出して手を叩いた

「じんくす…ってなんですか?」

乾闥婆けんだっぱが聞きなれない言葉に対し京助に聞いた

「ジンクスって懐かしいナァオイ; 俺も久々に聞いたぜ…ジンクスっていうのは…まぁ…言い伝えというか伝承というか…」

京助が言う

「昔よく試したよなァ…佐川急便のフンドシに触ると願いが叶うとか…今佐川さん皆パンツスタイルだしなぁ」

中島が懐かしさをかもし出しながら言った

「あったあった!!」

南が笑いながら言う

「…で? そのジンクスが何?」

矜羯羅こんがらが垂らしている布を後ろにやりながら3馬鹿と京助に聞く

「あ、うんそれがさ…一番最後に咲いた桜の花って…他の花より多少色が濃くてその花を押し花にすると一生幸運に恵まれるんだと…か」

南が思い出しながらなのかすこし途切れ途切れに言った

「へぇ~それは初耳~よく桜の木の下には死体がが埋まっているとか聞くのになぁ」

坂田が言う

「ジンクスは時代の子供が作るからねぇ…常に新しいモノが生まれるもんなんだよ」

南がウンウンと頷いた

「コレはありすから教えてもらったんだ」

そしてありすの名前を口にすると南の顔がにやけた

「…それは他人にあげた場合その人に幸運がもたらされるのですか?」

乾闥婆けんだっぱがにやけている南に聞いた

「あ? …う~ん…;そうじゃないのかな? たぶん;」

南が自信なさげに答えた

「…一生の…幸運ね…」

矜羯羅こんがらがボソッと呟いた

「馬鹿馬鹿しい;」

ぐきゅるるるる…

迦楼羅かるらが悪態をつくと腹の虫も一緒になって文句を垂れた


「おわー!! 咲いてる咲いてる!!」

少し藪の中にいり込んだところに立っていた三本の桜の樹には満開の桜の花がついていた

「昨日よか咲いてるなぁ…綺麗綺麗」

中島が桜の樹を見上げて言う

「よっしゃ! 花見だ花見!!」

坂田が手を叩いて言った

「ウチのデカ桜には劣るけど結構綺麗だよな」

京助が桜の樹を見上げて言うと緊那羅きんならも桜の樹を見上げた

「でも君の方が綺麗だよハニィ」

「京助ったら…」

「…オイコラそこ!! 変なアフレコすんな!!;」

揃って桜の樹を見上げていた京助と緊那羅きんならに対し南と中島が想像でアフレコを入れた

「だってそんな感じだったんですもん」

ハッハと南が笑うと中島も頷いた

「綺麗だね悠助」

慧喜えきが落ちてきた桜の花弁を見て目を細める

慧喜えきも綺麗だよ? 花弁ついてお嫁さんみたい」

悠助が慧喜えきを見上げて言う

「…こっちはごちそうさま」

慧喜と悠助の相変わらずのラブラブッぷりに対し3馬鹿と京助が手を合わせて【ごちそうさま】と頭を下げた


「ほら!! タオル!! かるらんくんも!! 矜羯羅こんがら君達もちゃんと拭いて!! 今お風呂沸かしたから」

玄関に並んだ面々に母ハルミがタオルを手渡していく

「…雨降ったっちゃね」

「うるへぃ;」

緊那羅きんならが言うと京助が言い返した

「…僕らは空に帰ればいいんだけどね」

頭の布を外して髪を拭いた矜羯羅こんがらが髪をかきあげながら言う

「なら帰ったらどうです?」

同じく帽子を外して髪を拭いている乾闥婆けんだっぱ矜羯羅こんがらに笑顔で言った

「そっちこそ」

微オールバックな髪形になった矜羯羅こんがら乾闥婆けんだっぱに笑顔で言った

「ハイハイハイハイ~!; とにかく茶の間にレッツラ!!」

そんな二人の間をわざと通って京助が家に上がる

「風呂沸いたらまず慧喜えきと悠入れよ?」

首にタオルをかけて京助が振り返って言った

「結構降るわねぇ…」

湯気の立つ湯飲みをテーブルに置きながら母ハルミが外を見る

「桜も花散ってまうんだろうな」

立ったまま湯飲みをもった京助が窓に近づき空を見上げた

「にしても…順番待ちしている間にこれじゃ風邪引くわね…」

母ハルミが制多迦せいたか矜羯羅こんがら迦楼羅かるら乾闥婆けんだっぱの順に目を向ける

「よし!! 脱いで!!」

「は?」

母ハルミがパンっと手を叩いて立ち上がると四人が疑問系の声を出した

「濡れた服のままだと風邪も引くし…着替えるの!! ホラホラ!! 脱いだ脱いだ!! 京助と悠ちゃんの部屋も空いてるからそこで着替えてもいいし…着替えは…」

母ハルミが隣の和室の襖を開ける

「…着替えは適当に見繕ってくるから好きなの着て頂戴ね?」

意見も聞かずして笑顔を向けられた摩訶不思議服集団がぽかんとしたまま頷いた

「なんならお泊りしていく? どうせ洗濯すると乾くの待っていないといけないでしょ? そうしなさい? ね?」

半ば強制的にお泊りを決定した母ハルミが和室にかけてあった洗濯物を外し始める

「…その服って普通に洗濯しても色落ちとかしないわよね?」

靴下に手をかけた母ハルミが聞いた

「…母さんや母さんや…;」

京助が口の端を上げてボソッと言った


「少し小さいか?」

「…や大丈夫」

制多迦せいたかが肩をぐるぐる回して答える

「そっちは?」

京助が矜羯羅こんがらの方を見た

「大丈夫だよ…着て着れない事はないから」

黒いトレーナーに袖を通した矜羯羅こんがらが珍しそうに自分の全身を見ている

「動きにくくないか?」

矜羯羅こんがら制多迦せいたかが脱いだ服を集めながら京助が聞く

「…ん…大丈夫ありがと」

制多迦せいたかが笑顔を返した

「…あ…そういやお前等宝珠だかいう玉外して大丈夫なのか? 前に鳥類が外すと力がなくなるだか言ってたけど」

京助が思い出したように二人に聞いた

「…迦楼羅かるらはね特別だから」

矜羯羅こんがらが小さく言う

「…くらは外しても別になんともない…」

そう言いながら制多迦せいたかが髪についている宝珠を外しはじめた

「…も迦楼羅かるらは…外すと…」

ぱさっと制多迦せいたかの髪が解けた

「…外すと?」

京助が息を呑んだ

「…」

「京助ー!!! 洗濯物頂戴---------!!」

何か言ったらしいが制多迦せいたかの最初の一言が聞き取れない独特の話し方は悠助の元気な声で一言も聞こえなかった

「…聞かないほうがいいってことかもね」

矜羯羅こんがらが京助の肩を軽く叩いてフッと笑った


「京助ハイ」

「…で?」

母ハルミが笑顔で紙切れとサイフを京助に差し出した

「言わないとわからないかしら?」

そう言った母ハルミの片手には京助のパーカーがしっかり持ってある

「…俺風呂上がったばっかなんですが」

「今の時間行けばたぶん30%割引とかになってるはずだし…ほうれん草は特売のヤツお願いねそれとー…」

持っていたパーカーを京助の肩に掛けて手にサイフと紙切れを握らせる

「…問答無用ですか;」

溜息をつきながら京助がパーカーに腕を通した

「気をつけてね」

母ハルミがにっこりと笑った

雪の時には不要で下駄箱の隣に追いやられていた傘を手にすると京助は玄関の戸を開けた

「つったく…息子使いの荒い…乾闥婆けんだっぱ?」

まだ咲かない桜の木の下にいる乾闥婆けんだっぱを見つけた

「なぁにやっとんだお前; 風邪引くぞ?;」

「…京助」

雨で顔に張り付いた髪を指で耳にかけ乾闥婆けんだっぱが京助を見上げた

「風呂、入ってないんだろ? 俺で最後だったからいってくれば?」

さしていた傘の半分に乾闥婆けんだっぱを入れて京助が言う

「…そうですね」

乾闥婆けんだっぱが笑顔を返した

「…南の言ってたジンクスか?」

京助が桜の樹を見上げた

「最後に咲く桜の花って言っても…わかんねぇよなぁ; 四葉のクローバー見つけるよか難しいと思うぞ」

まだ蕾もつけていない桜の樹は雨を受ける葉もまだ充分に育っていなく見上げれば曇った空が見えた

「…着替え俺のタンスから適当に持ってけな? …でかいと思うけど;」

京助がポケットに手を入れて言う

「ええ…有難う御座います」

そう言って笑顔を向けると乾闥婆けんだっぱは家の方に歩いて行った

「…なんだかなぁ;」

頭を掻いた京助が再び桜の樹を見上げる

「…ジンクス…ねぇ」

京助はボソッと呟くと石段に向けて足を進めた


「桜の樹…見てたの?」

玄関を入るなり乾闥婆けんだっぱに声を掛けてきたのは矜羯羅こんがら

「…そうですが何か」

しれっとして乾闥婆けんだっぱが答える

「昼間の話?」

矜羯羅こんがらが聞く

「…どうでもいいじゃないですか。貴方には関係のないことでしょう」

「…君だけのせいじゃないでしょ?」

髪を絞って水分を抜き靴を脱いで矜羯羅こんがらの横を通り過ぎようとした乾闥婆けんだっぱ矜羯羅こんがらが言った

「…っ…」

乾闥婆けんだっぱ矜羯羅こんがらを振り返る

「もうそろそろ自分を許してあげても…いいと思うんだけど」

「貴方に…言われたくありませんよ…貴方だって…」

矜羯羅こんがらの言葉に乾闥婆けんだっぱが返す

「貴方だってそうじゃないですか」

今度は乾闥婆けんだっぱの言葉に矜羯羅こんがらが目を大きくする

「貴方だって…自分を…っくしょっ! …すいません」

言葉の途中でくしゃみをした乾闥婆けんだっぱが口元を手で押さえたまま小走りで奥に入っていく

「…僕も…ね…」

矜羯羅こんがらが笑みを浮かべて天井を見た


「っくしょんっ!!」

ザカザカと境内への道を箒で掃いていた緊那羅きんならが悠助のクシャミの声を聞いてクスリと笑った

「大丈夫? 悠助」

境内に腰掛けて慧喜えきに鼻水を拭いてもらいながら悠助は鼻を啜る

「らいじょうぶ~」

鼻声ででも満面の笑みで返事をした悠助の頬に慧喜えきが軽く口付けて抱きしめる

「…見ているコッチが照れるっちゃ;」

何故か緊那羅きんならが照れて顔を逸らしまた箒を動かし始めたがふと手を止めた

「……」

無言で空を見上げれば青い空にカモメとカラスと雲が気持ちよく泳いでいる

「掃除終わったんですか?」

足音と共に聞こえた声に緊那羅きんならが振り向いた

乾闥婆けんだっぱ…あ…桜はまだ…」

「そうですか…」

緊那羅きんならがまだ咲き始めない神社の桜の木に目を向けると乾闥婆けんだっぱも同じく目を向ける

「…またきますね」

乾闥婆けんだっぱはにっこり笑うとそのまま数歩歩きスゥッと姿を消した

「今日もきたね乾闥婆けんだっぱ

慧喜えきが言う

「…南の言ってた…こと信じてるみたいだっちゃ」

「まだ咲かないんだね」

「!!!?;」

緊那羅きんならが呟いたすぐ後に矜羯羅こんがらの声がして緊那羅きんならが驚き飛びのく

「きょんぎゃ…へっしっ!!」

矜羯羅こんがらの名前を言いかけてたがそれを悠助はクシャミに遮られた

「…鼻の下真っ赤だよ悠助」

プッと笑って矜羯羅こんがらが言う

乾闥婆けんだっぱは毎日来てるみたいだね」

慧喜えきの隣に腰掛けながら矜羯羅こんがらが言った

「はい来てますよ」

慧喜えきが答える

「他の桜はもう咲いてるのに…けんちゃんこの桜の木がいいのかな」

悠助が桜の木を見る

坂の上にある神社から見える景色の中にはところどころに薄紅色が混じっている

「…私が…先に咲かせちゃったから…だっちゃね」

緊那羅きんならが俯いた

「…まったく…緊那羅きんならといい乾闥婆けんだっぱといい…」

矜羯羅こんがらが呆れたように息を吐いた

「あんまり自分を責めるものじゃないよ…」

桜の木の下まで歩いてきた矜羯羅こんがらが桜の木に手をついた

「でも…私は…」

「どうして緊那羅きんならはこの桜を咲かせたの?」

矜羯羅こんがら緊那羅きんならを振り返って聞いた

「え…? …私はただ…あの時は…まさかでも桜が咲くなんて…わからなかったっちゃ…」

緊那羅きんならが箒を持ったまま戸惑いながら答えた

「なら緊那羅きんならが全て悪いわけじゃないんじゃない」

矜羯羅こんがらが言う

「その時はこんなことになるなんてわからなかったなら…君が全部背負い込まなくていいと思うよ?ね?京助?」

にっこり笑い矜羯羅こんがらの視線の先には片手をヒラヒラと振りながら近づいてくる京助がいた

「あ…おかえりだっちゃ」

「京助お…くっしょ!!」

くしゃみで遮られたお帰りという悠助の言葉に京助が手を振って返す

「あん時はお前のおかげで助かったんだからさ」

悠助に手を振りながら京助が緊那羅きんならに言う

「…助けられた俺とかにも責任はあるわけだ」

京助が手を振るのをやめて緊那羅きんならを見た

「連帯責任!! わかったか? …むしろお前は悪くねぇと思う俺…むしろ悪いのは俺?」

京助が頭をかきながら言う

「京助は何も…」

「だからだよ」

緊那羅きんならの言葉を京助が遮った

「何もできないからお前が助けなきゃいけなかったイコール!! …原因は俺の無力さじゃん?」

『イコール』の部分で緊那羅きんならに指を突きつけて京助が言う

「だから悪いのは俺だろ? 俺」

その指を今度は自分に向けて京助が言った

「…キリねぇんだよな…誰が悪いワレが悪いとか…だからさ!! ヤメヤメ!! な? OK?」

バフバフと緊那羅きんならの背中を叩きながら京助が笑う

「…理屈あるのかないのか…だね」

矜羯羅こんがらが小さく笑った

「そうれはそうと矜羯羅こんがら様も最近よくいらっしゃいますよね?」

慧喜えきが言う

「まさかお前も南のジンクス信じてたりしちゃってる部類?」

京助が矜羯羅こんがらに聞く

「悪い?」

それに対しさらっと矜羯羅こんがらが答えた

「…なにその顔」

突っ込むタイミングを失った上に想像外の答えが変えてきたというショックで京助が阿呆面のまま固まった

「僕が信じちゃいけない?」

矜羯羅こんがらがにっこり笑って京助に近づく

「僕だって時には現実以外にすがりたくなるよ? 生きているんだもの」

「だぁあああッ!!!;」

固まっていた京助の耳にフッと息を吹きかけて矜羯羅こんがらが言う

「耳に息かけるな耳にッ!!;」

京助が耳を押させて怒鳴る

「京助耳が弱いんだっちゃね」

緊那羅きんならが笑う

「お前は脇腹な」

「にょぉあッ!!;」

少しムカッときたらしい京助が緊那羅きんならの脇腹を突くと緊那羅きんならが変な声を上げて箒を手放した

「い…いきなりなにするんだっちゃーッ!!;」

脇腹を庇うようにして緊那羅きんならが怒鳴る

「しいていえば八つ当たり?」

京助がヘッと笑う

「だって俺 矜羯羅こんがらの弱点しらねぇし」

「だからってッ…;」

矜羯羅こんがらをチラ見して言った京助に緊那羅きんならががっくり肩を落とした

「…思えば俺お前等のこと全然知らねぇや」

ふと思い出して京助が言う

「…そう?」

緊那羅きんならと京助の漫才っぽいやりとりを傍観していた矜羯羅こんがらが京助を見る

「それ言うなら僕だってそうだけど?」

矜羯羅こんがらが言う

「そうなのか?」

京助が聞く

「そう」

矜羯羅こんがらが頬に手をやるとカチャリと腕輪が鳴った

「…そういや…そうかもな…緊那羅きんならのことも俺全然知らねぇや;」

箒を拾っていた緊那羅きんならを京助が見る

「? なんだっちゃ?」

視線を感じたのか緊那羅きんならが顔を上げた

「…知ったら知っただけ何かが得られて何かが壊れる」

矜羯羅こんがらがボソッと言った

「得ようとすると何かが壊れ壊れることによって何かが得られ…簡単だけど難しいよね」

何がおかしいのか矜羯羅こんがらが口元に笑みを浮かべた

「…なんだか小難しいこと言ってるよオイ;」

京助が矜羯羅こんがらを横目で見た

「ひぇくしょぃんっ!!」

ひときわ大きく響いた悠助のクシャミに京助と緊那羅きんなら矜羯羅こんがらも悠助に目をやった

「大丈夫悠助?;」

「らいりょる~」

マスクの中はおそらく鼻水大洪水だろうと言う鼻声で悠助が慧喜えきに笑顔を返す

「だいぶ冷えてきたっちゃね」

緊那羅が空を見上げると青空にほんのりオレンジが混ざり始めている

「今のクシャミは寒さからか?それともアレルギーからか?」

京助が悠助に聞く

「わかんない~」

ズズッと鼻を啜りながら悠助が答えた

「…お前今鼻水飲んだろ」

京助が口の端を上げて言った

「…僕だって…ね?」

矜羯羅こんがらがまだ咲かない桜の木を見上げ目を細めた

「僕だって…そう…生きてるんだよ…制多迦せいたか

ゆっくり目を閉じた矜羯羅こんがらの頭の布が風にふわっと靡いた

「よーっし!! …腹減ったし撤収ー!!」

京助が人差し指を立てて家の方に歩き出した

「…矜羯羅こんがらもくる…あれ?;」

さっきまでいた矜羯羅の姿はソコにはなく

「相変わらず神出鬼没だっちゃね;」

緊那羅きんならが小さく溜息をつくと京助の背中を追いかけた


ガタン!!!!

バタバタバタバタ…

スパァ------------------ン!!!!

「緊ちゃんッ!!」

やたらテンポよく続いた物音が緊那羅きんならの名前で止まったのは火曜日の昼過ぎのことだった

「…な…んだちゃ?;」

目を丸くして緊那羅きんならが悠助を見る

「もぅっ!! 俺をおいていかないでよッ!!」

悠助を後ろから抱きしめた慧喜えきが頬を膨らませる

「ごめんね慧喜えき…で!! 緊ちゃん!! けんちゃん呼んで!! 呼んでッ!!」

悠助が声を上げる

乾闥婆けんだっぱを?」

緊那羅きんならがきょとんとした顔で首をかしげ慧喜えきと顔をあわせた

「桜ッ!! 桜咲いてる!!」

玄関の方を指差した悠助は少し興奮気味で声が大きい

「本当だっちゃ!?」

そんな悠助の声に負けずとも劣らないくらいの大きさで緊那羅きんならが聞き返した

「うんッ! 咲いてる! 今咲いてるのっ!!」

慧喜えきの抱きしめからするりと抜けて玄関の方に走っていく悠助に慧喜えき緊那羅きんならも続いた

「あれ? けんちゃん…? けんちゃーんッ!!」

靴をズッパしながら外に飛び出した悠助が桜の木の下にいた乾闥婆けんだっぱに声を掛けた

「ゆう…ぅわ;」

名前を呼ばれて振り向こうとした乾闥婆に悠助が飛びついた

「あ…危ないですよ?;」

(けんだっぱ)よろけたが辛うじて転倒を免れた乾闥婆(けんだっぱ9が悠助を抱きとめて笑顔を向けた

乾闥婆けんだっぱずるいッ!!」

そしてお約束の慧喜えきの罵声が飛んでくる

「けんちゃん!! 桜咲いてるの見た!? ホラ!! そこ!!」

乾闥婆けんだっぱから慧喜えきに引っぺがされながら悠助が【そこ】と指さす先には咲きたてホヤホヤの桜の花が小さく群れを成していた

「…本当ですね…やっと咲いて…」

見上げた乾闥婆けんだっぱの顔が優しく綻んだ

「でも南の言ってたのって…一番最後に咲いた花ってことだったっちゃよね?」

緊那羅きんなら乾闥婆けんだっぱの隣に立って思い出しながら言う

「ええ…一番最後に咲く花です」

乾闥婆けんだっぱが言う

「今日明日辺りには咲くと思います…ので」

「ので?」

乾闥婆けんだっぱが一呼吸おいて振り向き緊那羅を見た

「今日明日僕はココに泊まります」

【ココ】と言いながら桜の木に手をついた乾闥婆けんだっぱがにっこり笑った

「ココ…って…まさか…」

緊那羅きんならが桜の木と乾闥婆を交互に見てうろたえる

「この木です」

さらりと乾闥婆けんだっぱが答えた

「か…っ迦楼羅かるらには何て…;」

嫌な予感が的中した緊那羅きんならが最初一言を噛みながらも聞き返した

「おとなしくしているよう言ってきました…が…僕がココに来るということは言ってはいませんので…もし来たとしても言わないでくださいね」


「なぁ」

「なんです?」

「家入れば?」

「結構ですよありがとうございます」

緊那羅きんならから一部始終を聞いた京助が魔法瓶の水筒とおにぎりを持ったまま桜の木を見上げた

「風邪引くだろが;」

春と言ってもさすがは北海道

日が暮れると吐く息は白く吹いてくる浜風は冷たかった

「…差し入れ」

さっきの言葉に返答がなかった乾闥婆けんだっぱに京助がおにぎりを差し出した

「降りてこいよ」

スタンと軽やかに着地した乾闥婆けんだっぱが京助を見た

「母さんも悠も緊那羅きんならも…たぶん慧喜えきも心配してるぞ」

自分の着ていた上着を乾闥婆けんだっぱの肩に掛けながら京助が言う

「ったく…ほっぺたすげぇ冷てぇじゃん」

フニっと乾闥婆けんだっぱの頬をつまみ京助が溜息をつく

「…何するんですか」

ペシッと京助の手を叩いて乾闥婆けんだっぱが言う

「鳥類も心配してるんちゃうか?」

【ホレ】と京助が乾闥婆けんだっぱにおにぎりを渡しながら言う

「…ありがとうございます」

受け取ると乾闥婆けんだっぱ迦楼羅かるらの話題には触れずお礼だけを返した

「…京助」

「なした? やっぱ家はいる…」

苦笑いしながら振り向いて見た乾闥婆けんだっぱが別人に見えて京助が止まる

「…乾闥婆けんだっぱ…だよな?」

一瞬、ほんの一瞬見えたのは黒髪の…

「そうですが?」

京助は目をこすり思い切り乾闥婆けんっだっぱに顔を近づけた

「…離れてくれませんか」

鼻と鼻がついたところで乾闥婆けんだっぱが京助に言った


「月曜日にお風呂を沸かし~火曜日にお風呂に入る~トゥルトゥルトゥルトゥルトゥルトゥルララ~♪…って曲あんじゃん? 沸かしたらすぐ入れってカンジしねぇ?」

ガチャガチャと音がするのはおそらく鞄の中の筆箱だろうと思われる放課後の帰り道

南が歌いながら言った

「いや、ソレはアレだ!! 月曜の夜中11時59分に沸かして入って時計見たら火曜になってましたってぇオチかもしれないぞ」

坂田が答えた

「ロッシーの曲じゃなかったか? ロッシーって風呂あんのか?」

中島が言う

「知らねぇよ; なぁきょう…」

坂田が京助に同意を求めようとさっきまで京助が確認されていた方向に顔を向けた

「…れ? 京助は?;」

しかしそこにいない京助を3馬鹿がキョロキョロと探し

「…いたし」

歩いてきた道の電信柱に頭を付けて口を半開きにしたまま寝息を立てている京助を発見した

「コイツ今日朝からずっとこんなんなんだよな…一時間遅刻してきたと思ったら机に座るなり爆睡さね」

坂田が京助の頭を叩きながら言った

「そういや俺今日京助の声聞いてない気がする;」

南が苦笑いで京助の尻を叩いた

「昼に行ったときも寝てたしな」

中島が京助の脇腹を突付いた

「…何かあったんかね?」

スカーっと一向に起きそうにもないですよというカンジの寝息を立てる京助の顔を下から覗き込んだあと京助の鼻の穴に指を突っ込んでツッペしながら中島が言う

「……ゲハッ!!;」

呼吸困難に陥った京助が鼻水とツバを吐いて目を覚ました

「中島エンガチョー」

「同じくエンガチョー」

南と坂田が一歩後退して言う

「懐かしいナァエンガチョー…おはよう京助君」

京助のパーカーに手を拭いながら中島がハッハと笑って言った

「っ…はぁ~; …おのれ等はッ!!;」

涙目で呼吸を整えた京助が怒鳴る

「眠気すっきりシゲキックス」

南が可愛らしげなポーズで舌をチロリと出して言った

「…った…く…ふぁぁ…」

大あくびをして京助が眠そうに目をこすった

「やたら眠そうじゃん京助…何かあったん?」

中島が聞く

「いや…ジンクスがな;」

思い切り伸びをして京助が答えた

「ジンクス? 何? 夜通しおきてると何かなるのか?」

「いんや」

坂田の質問に首をコキコキ鳴らした後一呼吸おいて京助が話し始めた

「南が言ってた桜のジンクスあるだろ? 最後に咲いた桜がどうのってぇの…あれを信じて夜通し桜の木観察していやがる方がいまして…」

京助の言葉に南がきょとんと目を大きくして何かを思い出そうとしている

「…ああ!! アレか! 桜!!」

そして思い出したのか声を上げた

「誰が信じてるんだ? 悠か? 緊那羅きんならか?」

坂田が聞く

「いんや…乾闥婆けんだっぱ。外で一晩中一睡もしないでじっと桜の木見てるんだよなァ;」

「それに付き合ったわけか」

アクビしながら答えた京助に中島が突っ込むとアクビをしながらも京助が頷く

「それはそれは…俺らも手伝ってやりたいけど本人が見つけないといけないみたいだしナァ」

南がヤレヤレと両手を挙げて肩をすくめた

「…俺って本当何も出来ねぇんだなってさぁ」

ボソッと京助が言うと3馬鹿が顔を見合わせた

「…京助?」

いつになく弱気な京助に中島が少し驚きながら声を掛けた

「…うし!! 帰って寝るッ!! アデユゥ!! 諸君!!」

チャッと手を上げて意味もなく大きな声で言うと京助が走り出した

「あ…んじゃなー!! しっかり寝ろよー!!」

ワンテンポずらして南が手を振る

「…んなこと言っちゃ俺らだって何も出来ないと思わねぇ?」

京助の背中を見送りながら中島がボソッと言うと坂田と南が頷いた


「おかえりなさい」

眠そうにあくびをしつつ帰宅した京助が布団よりも何よりも先に桜の木へ向うと眠そうな京助とは正反対にいつもどおりの乾闥婆けんだっぱがおかえりと言う

「…眠くないのか?;」

京助が目尻に溜まったあくび涙を拭いながら聞く

「ええ…大丈夫です」

乾闥婆けんだっぱが笑顔を返す

「だいぶ花開いたな」

京助が見上げた桜の木は白とも薄紅とも取れる花を広げた枝に惜しげもなく咲かせていた

「今日は暖かかったですからね…一斉に咲きました」

一本の太い枝に腰掛けていた乾闥婆けんだっぱが側にあった桜の花に触れた

「でもまだ…最後の桜の花は咲いてねぇのか?」

出掛かったアクビを噛み殺して京助が聞くと乾闥婆けんだっぱが頷いた

「今日も…貫徹するんかお前」

眠さのピークがきたのか目をこする回数が増えた京助が乾闥婆けんだっぱを見上げた

「ええ…咲くまでは…貴方は今すぐ寝た方がいいと思いますよ」

大あくびを数回繰り返して伸びをする京助に乾闥婆けんだっぱが言った

「…ありがとうございました」

小さく聞こえた乾闥婆けんだっぱの感謝の言葉に微笑んだ後京助は家に向って歩き出した


春先によく見られるという朧月が空に浮かんだその日の夜

「…迦楼羅かるらが心配してるんじゃないの?」

緊那羅きんならから差し入れされた厚手のタオルを膝にかけていた乾闥婆けんだっぱがゆっくりと下を見下ろした

「…貴方こそ制多迦せいたかが探しているんじゃないんですか?」

丁度 乾闥婆けんだっぱの腰掛けている枝の真下に矜羯羅こんがらが腕を組んで木に寄りかかっていた

「二日間【天】に戻ってないみたいだけど」

乾闥婆けんだっぱの質問には答えず矜羯羅こんがらが言う

「…貴方には関係ないでしょう」

愛想のない返事を返した乾闥婆けんだっぱ矜羯羅こんがらが見上げる

「相変わらず可愛げないね」

「貴方に可愛いどうのこうの言われる筋合いは全く皆無でしょう?」

にっこり(でもどことなく怖い)笑顔で言った矜羯羅こんがらに対し乾闥婆けんだっぱもにっこり(でもやっぱりどことなく怖い)笑顔で言い返した後にはだんまりが続いた

たまに聞こえる車の通る音や猫の喧嘩する鳴き声そして波の音と風が桜の木の葉の間を通り抜ける音

「…似てるよね」

矜羯羅こんがらが口を開いた

「…ええ…僕も不本意ながら…そう思っています」

乾闥婆けんだっぱが言う

「僕と君は」「僕と貴方は」

そして同時に言った

「…どうせ君も南とか言う京助の友達が言ったジンクスとかいうのを信じてるんでしょ」

矜羯羅こんがらが桜の木に寄りかかりながら微笑んだ

「貴方こそ」

乾闥婆けんだっぱが桜の花弁を一枚取るとそれを風に乗せた

「願いもきっと同じ様なことなんだろうね」

クスリと笑いながら矜羯羅こんがらが言う

「僕は貴方に自分を重ねていたように思えます」

乾闥婆けんだっぱが言った言葉に矜羯羅こんがらが驚いた顔で乾闥婆けんだっぱを見上げた

「…自分に似ている貴方が…正確には自分…僕自身が僕は大嫌いなんです」

乾闥婆けんだっぱが静かに言う

「だから…喧嘩売ってたってわけ?」

矜羯羅こんがらが聞くと乾闥婆けんだっぱが躊躇いもなく頷きすると矜羯羅こんがらが俯いて肩を震わせ始めた

「ッ…あはははははははは!!!!」

珍しく声を出して笑い出した矜羯羅こんがら乾闥婆けんだっぱが目を丸くする

「な…ッ;」

滅多に大きな声を出さない矜羯羅こんがらが口を開けて大笑いしているのをあっけに取られてみていた乾闥婆けんだっぱがだんだん不機嫌そうな顔になる

「何がおかしいんですかッ!!」

そしてとうとう怒鳴った

「っ…ごめんごめん…僕も本当同じだったのがおかしくて…っ」

くくく…っと噛み締めた笑い声を所々に入れつつ矜羯羅こんがらが言う

「…同じ…?」

乾闥婆けんだっぱが聞き返した

「そう…僕も君に僕の嫌いな僕を重ねていた気がしてね」

やっと笑いが収まったらしい矜羯羅こんがらがいつものように口元だけに笑みを残して言った

「こんなところまで似てたんだなって思うと…」

ソコまで言うとまた笑いがこみ上げてきたらしく矜羯羅こんがらが口元を押さえた

「…まだ笑い足りないんですか」

さらっと言った乾闥婆けんだっぱの顔もだんだんとほころんできていつの間にか口元に手があった

「本当…似すぎて腹立たしいね」

矜羯羅こんがらが笑いをこらえて言った

ガサガサという音に矜羯羅こんがらと乾闥婆8けんだっぱ)がほぼ同時にその音の方へと顔を向けた

「あ…矜羯羅こんがらもきてたんだっちゃ?」

完全防備した緊那羅きんならの手にはポットと買い物袋が握られていた

「…今日は君が付き合うの?」

矜羯羅こんがら緊那羅きんならの荷物を見て言う

「そのつもりできたんだっちゃ」

木の根元に荷物を置いて緊那羅きんならが上を見上げた

「別に付き合ってくれなくても大丈夫なんですけど」

乾闥婆けんだっぱ緊那羅きんならを見下ろした

「…プッ」

矜羯羅こんがらが小さく噴出したのを見て乾闥婆けんだっぱはムッとして緊那羅きんならは首をかしげた

「何がおかしいんですか」

乾闥婆けんだっぱが言うと矜羯羅こんがらが片手を横に振った

「別に?」

そして笑顔を乾闥婆けんだっぱに返す

「…;」

苦笑いのままいつ言い合いになるのかをハラハラしながら緊那羅きんならが見守る

「…え…とお茶…持ってきてるんだっちゃけど;」

何とかその言い合いを避けたい緊那羅きんならがポットを指さした

桜の木の周りを取り囲むようなカンジに腰を下ろした三人の手には湯気のたつ紙コップがあった

「花見茶ですね」

朧月のやわらかな光に照らされた桜の花を乾闥婆けんだっぱが見上げて呟いた

「…そうだね」

矜羯羅こんがらがボソッと言う

「綺麗だっちゃ…」

桜の木を見上げた緊那羅きんならが自然と笑顔になった

「あ…」

緊那羅きんならが何かを見つけ声を上げた

「どうしたの?」

矜羯羅こんがらが聞く

「…あの枝だけ…まだ蕾っぽいような…」

下枝の内側下からでなければ見えないような場所を緊那羅きんならが指さした

「…あれがもしかして…」

乾闥婆けんだっぱが立ち上がり見上げる

「一番最後の花…だっちゃ?」

緊那羅きんならも立ち上がると数歩後ろに下がって桜の木を見た

「…最後の花は色が濃いとか言ってなかった?」

矜羯羅こんがらが座ったまま顔だけを乾闥婆けんだっぱに向けた

「…咲けばわかりますよ」

乾闥婆けんだっぱが言う

「…見上げてばっかいると首…疲れるんじゃない?」

桜の木を見上げたままの乾闥婆けんだっぱ緊那羅きんなら矜羯羅こんがらが言った

「…その花は緊那羅のものだね」

立ち上がり服についている土を払いながら矜羯羅こんがらが言った

「え…っ私…?;」

緊那羅きんならが驚いて返事をする

「…そう…いうことになりますね見つけたのは緊那羅きんならですし」

「そんなッ!!;」

乾闥婆けんだっぱも言うと緊那羅きんならが声を上げる

「だって乾闥婆けんだっぱ矜羯羅こんがらも私よりずっと…っ…」

「見つけたのは君」

必死になって言う緊那羅きんならの胸に矜羯羅こんがらが指を付けて言った

「そうですよ? 緊那羅きんなら…見つけたのは貴方です」

乾闥婆けんだっぱがにっこり笑って緊那羅きんならの肩を叩いた

「でも乾闥婆けんだっぱ矜羯羅こんがらもずっと…待ってたんだっちゃよ!?」

さわさわと風が吹いて先に咲いていた桜の花弁を地面へと導く

「運がなかっただけです緊那羅きんならが悪いわけではありません」

そういうと咲きかけているおそらく一番最後の花を乾闥婆けんだっぱは見上げた

「…私…が見つけたから…っ…」

緊那羅きんならが俯いて小さく言った

「ほらまただ」

矜羯羅こんがらが溜息をついて言う

「京助に言われたばかりなんじゃない…キリがないんだよ…責め続けると」

腕組みをした矜羯羅こんがらがチラリと乾闥婆けんだっぱを見た

「…花を見つけた君が悪いなら…」

「…ここで待つといって貴方に差し入れを持ってこさせてしまった僕等も悪い…」

乾闥婆けんだっぱが言う

「そう言う事」

矜羯羅こんがらがふっと笑った

「でも…っ!! でも二人は…っずっと待って…咲くの…を…」

小さな声が震えによって余計に聞き取りにくくなった緊那羅きんならの肩を乾闥婆けんだっぱが軽く叩いた

「…幸せや願いというものは大きければ大きいほど見つけるのも手に入れるのもかなえるのも難しいものなんです…それだけ…僕等の願いは途方もないものなんでしょうね…」

俯いたままの緊那羅きんならの頭を撫でながら乾闥婆けんだっぱが静かに言った

「…途方もないから…たまに甘えたくなるんだよね…絶対叶わないってわかっていても夢を見たくなるんだ」

矜羯羅こんがら緊那羅きんならに近づき乾闥婆けんだっぱと同じ様に静かに言う

「…泣きながら帰ったんじゃ悠助が心配しますよ?」

乾闥婆けんだっぱが笑顔で言うと緊那羅きんならが服で目を擦った

「少し時間を置いて…帰りなよ?」

背中を向け片手を上げた矜羯羅こんがらがスゥっと消える

「…僕もそろそろ戻りますね…迦楼羅かるらがまた何かやらかしていないとも言い切れませんから」

ゆっくりと緊那羅きんならの頭から手を離すと乾闥婆けんだっぱもスゥっと消えた

「…っ…」

残された緊那羅きんならの肩がまた震えだしてその場にしゃがみこんだ


「…何してんだお前;」

京助に上から声をかけられて緊那羅きんならがもぞっと動いた

乾闥婆けんだっぱは?」

今度はすぐ隣から京助の声がした

「…帰ったんか?」

京助に聞かれて緊那羅きんならが無言で頷いた

「で…お前は何してんだよ」

あくびを噛み殺して京助が聞く

「…私…っ」

ズズッと鼻を啜る音と共に緊那羅きんならが顔を上げた

「…変な顔」

京助がすかさず言う

「どうせッ!! …花…私が見つけたんだっちゃ…」

怒鳴った後俯きながら緊那羅きんならが答えた

「へぇ…んだからへしょげてるわけか」

京助が言うと緊那羅きんならが頷く

乾闥婆けんだっぱ矜羯羅こんがらも…ずっと待ってたのに…私が…っ」

そしてそのまままた膝に顔をうずめた

「…そっか…」

京助が頭を掻きながら桜の木を見上げそして再び緊那羅きんならを見る

「…っ…」

たまに息を吐き泣き続ける緊那羅きんならに京助はかける言葉が見つからないのか頭を掻いたまま溜息を吐き

「だ---------------------ッ!! ;ったくッ!!」

大声を上げると木に寄りかかって座り緊那羅きんならの頭を自分の足に押し付けた

「きょ…?;」

驚いて身を起そうとした緊那羅きんならを押し付けて京助は緊那羅きんならの頭をポンポン叩く

「…しょっぺぇなぁ;」

ぼそっと京助が呟いた

「…お前今いっぱいいっぱいにみえる」

緊那羅きんならの頭をポンポン叩くのはやめないで京助が言った

「何でもかんでも自分のせいにして詰め込んでんだろ…泣いてるついでだし泣けるだけ泣いとけ。付き合ってやるからさ」

ポンポン叩いていた頭を今度は撫で始めると緊那羅きんならが体を縮めた

「言いたくないなら聞かんけど言いたいなら聞くからな」

京助が言うと緊那羅きんならが小さく頷く

「…つか…付き合ってやる代わりに泣き終わったら笑えよな」

鼻を啜った緊那羅きんならから目を朧月へと向けながら京助が言うと小さく嗚咽が聞こえ始めた


「コレがおそらく最後だろうと思われる花か」

緊那羅きんならが取ってきた桜の花をしげしげと見つつ京助が言う

「うん…たぶんそうだっちゃ」

泣き止んだもののまだ目が赤い緊那羅きんならが答える

「まぁ…どことなぁく濃いようにも思えるけど…さぁ…;」

上下左右くまなく花を見て京助が言う

「…その花京助にあげるっちゃ」

「は?」

緊那羅きんならが言うと京助が間抜けな顔で答えた

「だってひとつしかないし…乾闥婆けんだっぱ矜羯羅こんがらも同じくらい待ってたのにどっちかだけになんて…あげられないし…だから京助が…」

緊那羅きんならが苦笑いを向けた

「…お前は?」

花の茎を持ってくるくる花を回しながら京助が緊那羅きんならに聞いた

「私は…いいっちゃ…さっきの御礼ってことも含めて京助がもらってくれれば…」

一部分が濡れている京助のズボンをチラッと見ながら緊那羅きんならが言った

「…まだしびれてるっちゃ?」

「だぁッ!!; 突付くな!! 触るなッ!!;」

長時間座っていたせいでしびれているらしい京助の足に手を伸ばした緊那羅きんならに対し京助が怒鳴る

「…しかし…どうしたもんか…ねぇ」

桜の花をくるくる回して溜息をつき京助が言った

「…なんかいいアイディア(ネイティヴに)ないもんか…」

桜の木に寄りかかり上を見上げると静かな風にもかかわらず花弁が落ちてくる

「…おお!!! グットアイディア!! ナイス!!」

京助が声を上げて立ち上がると緊那羅きんならが驚いて目を丸くした

「…足…大丈夫なんだっちゃ?;」

緊那羅きんならが小さく聞くとひとつ間を置いて京助がしゃがみこんだ


桜の木の下に広げたレジャーシートには所狭しとお菓子やらなにやらが広げられている

「今回は雨降りそうにないな~よかよか」

南が晴れ渡った空を見上げてそれから京助を見た

「…なんだよ;」

エビセンベイを一枚咥えた京助がジト目で南を見返した

「僕等まで参加してよかったんですか?」

乾闥婆けんだっぱがお茶の入った紙コップを手に聞く

「黙ってても来るくらいなら最初から誘うってぇのもよかきに?」

中島が乾闥婆けんだっぱにペットボトルのお茶(伊右衛門)を差し出した

「入ってますよ」

注ごうとした中島に乾闥婆けんだっぱが言った

「そういえば坂田は?」

「便所」

南の質問に京助が速攻答える

「…手洗いとかいうもう少し気のきいたいいかたはできんのかたわけ;」

竜田揚げを爪楊枝に刺した迦楼羅かるらが言う

「無理だと思うよ」

矜羯羅こんがらが突っ込むと制多迦せいたかも頷く

「わかってんんじゃん」

京助が笑いながら言う

「…緊那羅きんならの姿が見えませんが…」

乾闥婆けんだっぱが面子を見て言った

「そのうち来るって」

南がエビフライの尻尾を皿の隅に置く

「尻尾残すなよ尻尾~」

その尻尾を京助が摘んで口に入れた

「…間接ちゅー?」

南が流し交じりの横目で京助を見る

「京助さんついに三又ですか?」

坂田も同じく京助を見る

「みつるんヤキモチ?」

南が坂田に向って言うと坂田が南をどつく

乾闥婆けんだっぱ!! 矜羯羅こんがら!! と…京助!! ちょっときてほしいっちゃ!!」

玄関先から緊那羅きんならの声がして一同が振り向いた

「…呼ばれてるみたいだけど」

矜羯羅こんがらが立ち上がった

「そうみたいですね…」

乾闥婆けんだっぱも紙コップを置き立ち上がる

「ホレ!! 愛人が呼んでまっせ旦那」

中島が京助の背中を叩いた

「ヘイヘイ;」

歯にエビフライの尻尾が挟まってるのかチッチッと言いながら京助もスニーカーをズッパ履きして緊那羅きんならの元に向っていく

「これは乾闥婆けんだっぱにそしてこっちは矜羯羅こんがら…で…」

矜羯羅こんがら乾闥婆けんだっぱに何かを手渡した緊那羅きんならが京助に目を向けた

「これが京助のだっちゃ」

そして京助の手を取り何かを握らせた

「これは…中に入っているのは花弁?」

乾闥婆けんだっぱが聞く

「そうだっちゃたぶん最後に咲いた花の花弁を押し花にして…」

緊那羅きんならが説明する

「どうやってこの透明なヤツにいれたの?」

不思議そうに桜の花弁の入った透明の板を見ながら矜羯羅こんがらが聞く

「プラ板ってんだソレ。二枚で花弁挟んで熱加えると縮んでこうなんの」

京助が説明する

「…二枚?」

乾闥婆けんだっぱが二枚重なっているのに気付いて緊那羅きんならを見た

矜羯羅こんがら乾闥婆けんだっぱは誰かにあげるために探していたみたいだっちゃから…二枚ずつ」

緊那羅きんならが指を二本立てて言う

「花弁は五枚だから…京助にも作ったんだっちゃ」

緊那羅きんならが京助に笑顔を向けた

「お前のは?」

京助が緊那羅きんならに聞く

「私は見つけたからそれでいいんだっちゃ」

どことなく照れくさそうに緊那羅きんならが答えた

「…いいの?」

矜羯羅こんがらが聞く

「花じゃなく花弁だから…効果ないかもだけど;」

苦笑いで緊那羅きんならが言う

「…有難う御座います」

乾闥婆けんだっぱが微笑んで軽く頭を下げた

「俺ももらっていいんか?;」

京助が緊那羅きんならに聞く

「花弁を押し花にって案くれたのは京助だし…御礼も含めてもらって欲しいっちゃ…それに…」

緊那羅きんならが顔を上げて京助を真っ直ぐ見て

「私は京助には幸せでいて欲しいんだっちゃ」

満面の笑みで言った

「…何があっても」

そして最後に聞き取れないくらいの小さな言葉を付け加えた

「…んじゃ…ま…もらっとく。サンキュな」

少し首をかしげながらも京助がお礼を言った

乾闥婆けんだっぱは鳥類にやると思うけど…お前は誰にやるんだよ」

京助がポケットに花弁をしまいながら隣にいた矜羯羅こんがらに聞く

「…秘密だよ」

矜羯羅こんがらがふっと笑って背を向け歩き出す

「京助ー!!! エビフライなくなんぞ-----------------------!!」

坂田が大声で言う

「なっ!? マジで!?;」

その声で京助が駆け出し矜羯羅こんがらを追い抜いていく

「…緊那羅きんなら…」

乾闥婆けんだっぱ緊那羅きんならに声を掛けると緊那羅きんならがどことなく寂しそうな悲しそうな笑顔を乾闥婆けんだっぱに向けて小さく頷いた


挿絵(By みてみん)

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