【第六回・伍】茶柱の心
お茶を飲むと何故かほっとする
それはどこの国でもどこの時代でも同じのようです
コポコポという音をさせながら急須に注がれていくお湯の湯気で向こう側がぼやけて見える
「…眼鏡曇った;」
その湯気で坂田の眼鏡が白く曇った
「粗茶で御座います」
京助が淹れたてのお茶がはいった湯飲みを差し出した
「結構なお手前で」
南が受け取って深々と頭を下げた
「三回まわすんだっけか? 茶」
中島が湯飲みを取って聞く
「四回じゃなかったか? アレ?」
京助も急須を置いて湯のみをもった
「ってかまわす事に何か意味あんのか?アレ」
曇った眼鏡を拭いてかけなおした坂田が言う
「…さぁ?」
南がズッと音を立てて茶を一口飲んだ
「お邪魔するっちゃ」
緊那羅が手にお盆を持って部屋の戸を開けた
「お! まってました羊羹!」
京助にお盆を手渡すと緊那羅が戸を閉めて座った
「この年寄りくさいカンジがまたいいですなぁ…緑茶に羊羹…ン~ベリグー!」
中島が一口サイズに切ってある羊羹を口に入れた
「なんだかんだ言ってもうまいんだよねぇ…やっぱり俺たち日本人だしねぇ」
南も羊羹を一つ手に取った
「お前も飲む?」
京助が緊那羅に聞いた
「あ…うん欲しいっちゃ」
緊那羅が答える
「ちょこっと劇場! …茶、ほしいっちゃ」
「…くだらねーーーーーーーーーーー!」
中島が言うと坂田がくだらないといいながらも笑って突っ込んだ
「…中島;」
緊那羅が溜息をついた
「真面目にくだらねーーーーーーーーーーー!」
急須から湯飲みに茶を淹れながら京助も突っ込んだ
「ほれよ」
湯気の立つ湯飲みを京助が差し出した
「あ、ありがとだっちゃ」
ソレを緊那羅が笑顔で受け取る
「あ」
口をつけようとして緊那羅が声を上げた
「なした?」
坂田が緊那羅に聞く
「目玉のオヤジでも入浴してた?」
南が冗談を言いながら緊那羅の湯のみを覗き込んだ
「お! 茶柱!」
緊那羅の持つ湯飲みの中にプカプカと縦に浮かんだ茶の葉の茎の部分
「へー!めっずらしー!」
中島が言う
「俺はじめて見たー…本当に縦に浮かんでやがんのー」
南が感動している
「淹れたの俺!淹れたの俺!」
京助が少し興奮気味に自己主張する
「ハイハイわかったわかった…にしても…今時の急須で茶柱なんかめったにできないんだぞー…俺も微妙感動」
坂田が湯飲みを覗き込むと湯気でまた眼鏡が曇った
「俺おかわりしていいか? 茶ー…」
中島が湯飲みを差し出した
「申し訳ございませんがニ杯目からはセルフとなっておりますのん」
京助が急須を中島に差し出した
「ケッチーでございますのん」
中島が急須を受け取りポットからお湯を注いだ
「ついでにおねがいしますのん」
南が便乗!! といわんばかりに自分の湯飲みを中島に差し出す
「俺も欲しいで御座いますのん」
坂田も同じく差し出す
「てめぇらずるいで御座いますのん」
中島が二人にチョップをした
「のんのんのんのんうざいですのん」
京助が言う
「言い始めたのは貴方ですのん」
京助に坂田が突っ込んだ
「…馬鹿だっちゃ…;」
緊那羅が小さく呟いた
「ってか茶ッ葉変えないと薄いんじゃないか?」
「早く言ぇーーーーーーーーーーーーーーーぃ」
京助の言葉に中島が急須 (お湯入り)を片手に裏手で突っ込んだ
「さすがに四人入れると出がらしだよねー…」
南が頷く
「よし!変えてこい京助」
坂田が京助の腰を叩いた
「俺かよ;」
京助が湯飲み片手に坂田の腰を叩き返す
「私がいくっちゃ;」
緊那羅が立ち上がった
「手間かけるねぇ…ラム子」
南が病弱な母親 (仮)を真似しながら言う
「…本当にそう思ってるんだったらラム子はやめてほしいっちゃ;」
苦笑いとそんな言葉を残して緊那羅が急須を持って部屋から出て行った
「ほんに京助いい嫁もろうて…母さん嬉かとよ」
南がまた病弱な母親 (仮)の真似をしながら今度は京助に言った
「誰が嫁だ誰の嫁だ;」
京助が二回南を蹴った
「ラムちゃんって中性だよな何かさ~…こう…ねぇ?」
南が【こう…ねぇ?】といいながら坂田を指差した
「何故俺に指を向ける;…まぁ確かに…最近特にだな…ねぇ?」
坂田が南の指を掴んで中島に向けた
「初対面の時はパッと見男だってわかったけどさー…ねぇ?」
今度は中島が南の指を掴んで京助に向けた
「こないだ温泉行ったときにしっかりついてただろが;…ねぇ?」
そして京助も南の指を掴んだ
「…ねぇ?」
全員で言う
「まぁ何だっていいじゃん緊那羅は緊那羅だろ」
京助がそう言って南の指を離した
「私京助のそんな細かいこと気にしないところ好きよ」
坂田が頬に手を当てて少し体をねじった
「いやーんずるいわミツコ!私だって好きなのに!」
南が坂田を押した
「そういうなら私だってそうよ!京助君!私の愛っていうか私を受け取ってー」
中島が京助にガバッと抱きついた
「私貴方たちのそんな超馬鹿っぽいところ大好きよ」
中島に抱きつかれたまま京助が投げキッスをした
「あれ? 乾闥婆…?」
急須を持って台所にきた緊那羅が先がクルンとなっている後ろ髪を見て声を掛けた
「…緊那羅?」
振り向いた乾闥婆が緊那羅に歩み寄る
「他の方たちは? いないのですか?」
台所に入ろうと足を進める緊那羅について乾闥婆も歩く
「京助の部屋に中島達がいるっちゃ。ハルミママさんと慧喜と悠助は買い物だっちゃ…迦楼羅は?」
急須をシンクの上に置いて戸棚から茶っ葉の入っている円柱の缶を取り出した
「迦楼羅は【上】に呼ばれて…それはお茶ですか?」
乾闥婆が円柱の缶を珍しそうに見た
「あ…そうだっちゃこの中にお茶の葉がはいてるんだっちゃ」
ポンっという音をさせて緊那羅が蓋を外した
「貸してください」
乾闥婆が手を差し出した
「え?」
緊那羅がきょとんとした顔で乾闥婆を見る
「僕が淹れます」
にっこりと乾闥婆が笑って言った
「…うまー…」
一口お茶を飲んだ3馬鹿と京助が声をそろえてハモった
「これ本当さっきと同じ茶?」
南が乾闥婆に聞く
「淹れ方にも各々のお茶にあった淹れ方があるんです」
乾闥婆が湯飲みを持って言った
「へー…ただお湯入れて色出ればうまいってわけじゃねーんだ?」
中島が湯飲みの中を見ながら言う
「いや、まいった…真面目にうまいわコレ」
坂田が拍手すると南、中島と京助も湯飲みを置いて拍手した
「うん…おいしいっちゃ」
緊那羅も乾闥婆に笑顔を向けた
「お茶一つで拍手もらえるんですかここでは」
口ではそう言っていてもどことなく嬉しそうな乾闥婆
「さっきは茶柱で感動、今度は味で感動…茶って感動が尽きないナァ」
南がしみじみといった
「お茶の心は日本の心ってか」
京助が湯飲みの中のお茶を飲み干した
「茶柱?」
乾闥婆が京助を見た
「そ、さっき立ったんだ」
中島が言う
「ラムちゃんのお茶にさーだから感動してたんだ」
南が残っていた羊羹を摘んだ
「茶柱見たら縁起いいんだよな?」
中島が聞く
「あれ? 願いかなうんじゃなかったっけ?」
坂田がソレに対して答える
「なんにしろおめでたいんだよな? 茶柱」
京助が言う
「ガッフッ」
「汚い」
中島が大きなゲップをすると乾闥婆がすかさずチョップを繰り出した
空になった湯飲みが6つ、空になった皿が一枚
「お邪魔しましたー!!」
南が片手を上げて玄関の戸を閉めた
京助が部屋に戻ると乾闥婆が湯飲みをお盆に乗せているところだった
「わりぃな;」
京助もしゃがんで湯飲みをお盆に乗せる
「いえ…いいですよ」
乾闥婆がにっこり笑って最後の湯飲みをお盆に乗せた
「…なぁ」
立ちあがろうとした乾闥婆に京助が声をかけた
「…なんです?」
乾闥婆がお盆を持ったまま京助を見た
「いいかげん教えてくれないかね?」
京助が真顔になった
「お前たちのこと、そして…【時】のこと」
京助が言うと乾闥婆が表情を曇らせた
「一体なんでお前等は来てるんだ?どうして俺と悠助なんだ? なんで…」
「いっぺんに聞かないで下さい」
次から次へと質問を投げかけてくる京助の頭を乾闥婆が湯飲みの乗ったお盆で潰した
「…わかりました…少しだけ…話します」
溜息をついて乾闥婆がお盆を床に置いた
「その前に」
乾闥婆が窓の方に目を向けた
「そこの窓、たぶん凍ってて開きませんよ迦楼羅」
京助が窓を見ると見覚えのある布がハタハタと風に靡いていた
「…よくわかったな;」
「毎度のことですから」
顔を引きつらせながら京助が言うと乾闥婆がにっこり笑って言った
「また窓から入ろうとしたっちゃ?;」
服の裾に雪をつけた迦楼羅を見て緊那羅が苦笑いで言った
「だってだなッ!!;」
雪を払いながら迦楼羅が声をあげた
「積もった雪で窓に届くようになって入ってこれると思ったんだろ」
京助が言うと図星だったらしく迦楼羅はふぃっと横を向いた
「学習能力皆無なんだやな」
ゼン (コマ)がケラケラと犬の姿のまま笑った
「な…ッ!!;」
迦楼羅が顔を赤くしてゼン (コマ)を見た
「駄目駄目なんだやな」
同じくケラケラとゴ(イヌ)が笑う
「やかましいッ!! たわけッ!!;」
ガーッ!! と迦楼羅が怒鳴ると紅蓮の炎が口から吐かれた
「だぁッ!;」
「火ーッ!:」
京助と緊那羅が爪先立ちになって炎を避けた
「やめてください」
「だっ!;」
乾闥婆が迦楼羅の髪を引っ張った
「どうしてきちんと玄関から入ってこないんですか」
グイグイと髪を引っ張りながら乾闥婆が言う
「わざわざ雪の中に入って服を濡らさなくても入ってこられたでしょう?」
にっこり笑っているがかなりご立腹のよう乾闥婆がさらに迦楼羅の髪を引っ張っている
「いだだだだだッ; 髪を引っ張るなといっているだろうがッ!;」
髪を押さえて迦楼羅が怒鳴る
「…引っ張りやすそうな髪してるから悪いんだやな」
ゴ (イヌ)がボソっと言った
「まずは何から話せばいいのだ?」
迦楼羅が胡坐をかいて床に座ると京助、乾闥婆そして緊那羅も腰を下ろした
「ってかまず何から聞けばいいんだ?;」
京助が迦楼羅に聞く
「聞きたいこと沢山あるみたいだっちゃね;」
緊那羅が苦笑いをした
「そりゃそうだろ; いくら俺が細かいこと気にしないってもさぁ…ねぇ? 空飛んだり水操ったりいきなり消えたり…」
京助が指折り数えて言う
「弟に妻ができたり?」
「そうそう…って…お前等なぁ;」
京助が振り返ると悠助と慧喜が買い物袋を手に部屋に入ってきた
「ただいま~!! けんちゃんかるらんいらっしゃいー」
悠助が笑顔で二人に手を振った
「おかえりなさい悠助」
乾闥婆がにっこり笑顔を返した
「やっと話すんだ?」
慧喜が迦楼羅を見た
「…少しだけだがな…」
迦楼羅が表情を曇らせた
「【上】に何か言われた?」
慧喜が言うと迦楼羅が小さく頷いた
「…じゃぁ話すのもう少し待ったら? …お二方もここに来ると思う」
慧喜が上着を脱いだ
「先、越されたね」
矜羯羅が机の上に腰掛けて微笑んだ
「…うだね…」
制多迦が壁に背を付けてそのままずるずると床に座った
「お前たちも【上】に…呼ばれたようだな」
迦楼羅が言うと制多迦が頷いた
「おっし!! 面子もそろったし…話してもらおうか」
京助が膝をパンっと叩いて言った
「何から?」「何からです?」
その京助の言葉に対して乾闥婆と矜羯羅が同時に聞き返しそして顔を見合わせるとお互いににっこりと微笑んだがどこか怖い
「…; …一番何を聞きたいのだ京助」
迦楼羅が京助に聞く
「…じゃぁまず…【時】ってやつから…」
京助が迦楼羅を真っ直ぐ見て答えた
「…いきなり核心か…まぁ…いいだろう」
迦楼羅が一呼吸おいて口を開いた
「【時】というのはだな…その…なんだ…【時】だ」
「わかんねぇよ」
迦楼羅が言うと京助が突っ込んだ
「【時】というのはいわば一種の境目です」
乾闥婆が言う
「境目?」
京助が迦楼羅から乾闥婆に視線を移した
「そう…そしてその境目である【時】がきて…これからが決まるんだ」
矜羯羅が付け足した
「…わかったか?」
そして迦楼羅が締めた
「…いやお前説明してないし;」
京助が迦楼羅にすかさず突っ込む
「ってぇとアレか? その境目である【時】が来たときに何かやってこれから…がどうなるか~ってのか?」
京助が頭でまとめながらブツブツ言う
「【時】に関して答えられることは今はコレくらいです」
乾闥婆が言った
「…他には?」
矜羯羅が頬に手を当てると腕の輪がカチャリと鳴った
「他…他…;」
京助が次に何を聞こうか必死で考えている
「もう終わりか?」
迦楼羅が言った
「終わりじゃねーけど聞きたいことテンコブリモリでどれから聞けばいいんだかわっかんねーんだよ!!;」
京助が怒鳴った
「慧喜さんとかとかるらんとかってどこからきたの?」
悠助が慧喜の膝の上で言うと視線が悠助に集中した
「【天】です」「【空】だよ」
乾闥婆と矜羯羅の言葉が重なると両者再び (どことなく怖い)笑顔をかわした
「…別々なのか?」
京助がボソッと言う
「…う。僕と矜羯羅と慧喜は【空】から迦楼羅と乾闥婆と緊那羅は【天】からココに来てる」
制多迦があくび混じりに言うと矜羯羅が制多迦の頭をどついた
「ぶっちゃけ…お前等って敵同士なのか?」
京助が言うと悠助が体を捻って慧喜を見た
「慧喜さん…」
眉毛を下げた悠助の頭を撫でて慧喜がにっこり笑う
「今は敵同士じゃないよ悠助…だからそんな顔しないで?それにもし悠助が【天】にいっても俺は悠助の味方だから」
慧喜の言葉に安心したのか悠助が笑顔になる
「【今は】って…なんだよ; ってか俺らも関係あんのか?」
京助が悠助と慧喜のバカップルぷりから何気に目を逸らして迦楼羅を見た
「貴方たち…京助と悠助は【時】の…そうですね…例えるならば【時】を鍵のかかった扉として…京助と悠助はその扉を開ける【鍵】ということにしておきましょう」
乾闥婆が説明する
「君たち二人どちらかが【天】でどちらかが【空】の鍵になる…」
矜羯羅が付け足した
「…京助…私が初めて京助に会ったとき言った事覚えてるっちゃ?」
緊那羅が京助に聞いた
「覚えてると思うか?」
京助が即答すると緊那羅が溜息をついた
「私は京助を【滅するもの】か【守るもの】かって言ったんだっちゃ」
緊那羅に言われてしばらく考え込んでいた京助が思い出したように顔を上げた
「ああ! そういやそんなこと…ってか待てよ…滅するってことは…【滅する】の【滅】って【消滅】の【滅】だよな?」
京助が聞くと迦楼羅が頷いた
「もしもだ…もしも京助…お前が【空】側の鍵とわかったらワシ等【天】は【天】の鍵である悠助を守りつつ…」
迦楼羅の声がだんだん小さくなっていく
「…【空】の鍵のお前を…」
小さな声なのに部屋の中に迦楼羅の声が響いた
シン…となった部屋の思い空気が流れる
「…慧喜さん…あの…僕…」
その空気に耐えられなくなったのか悠助が慧喜を見た
「…大丈夫…」
慧喜が精一杯の笑顔で悠助を抱きしめる
「悠助は俺が守るから…大好きだよ悠助」
小さく慧喜が言った
「京助…私は…」
そんな慧喜を見ていた緊那羅が京助に声を掛けた
「私は…っ…」
パンッ!!
手を叩き合わせた軽い音が沈黙を流した
その音の主は乾闥婆だった
「…けんちゃん…?」
悠助が乾闥婆をに声を掛けると乾闥婆がにっこりと笑顔を返した
「お茶淹れますね」
そしてそのまま立ち上がり戸口へと歩く
「お茶…って…;」
京助が少し驚いた表情で乾闥婆を見た
「…京助、緊那羅…そして悠助…手伝ってくれませんか?」
体を半分廊下に出して乾闥婆が京助と緊那羅、悠助を指名した
「うん!」
悠助が元気よく返事して慧喜の膝から立ちあがった
「悠助がいくなら俺もいく」
悠助の後を追って慧喜も立ち上がる
「え…あ…うん」
緊那羅も立ち上がり戸口に向って歩く
「俺も?;」
京助が自分を指差して言うと乾闥婆が微笑みながら頷いた
「…乾闥婆…」
迦楼羅が乾闥婆を呼ぶと乾闥婆がその笑顔のまま迦楼羅を見た
「…僕に話させて下さい」
京助が廊下に出ると乾闥婆が戸を閉めた
カチチチチ…ボッ
という音がしてガスコンロに青い火がついた
火力を最大にしてその上にやかんを乗せる
「湯のみさっき下げたやつ洗ってつかっていいっちゃね」
緊那羅が腕まくりをして食器洗い用のスポンジを手に取った
「俺はなにすりゃいいんだよ; やることねぇなら戻って…」
京助が頭をかきながら言う
「手を動かしながら聞いてください」
乾闥婆が言うと一同が揃って顔を見合わせその後 乾闥婆に視線を向けた
「慧喜は…知っていると思いますが口を挟まないで下さいね」
乾闥婆が慧喜を見て言った
「…わかったよ」
少し膨れて慧喜が言う
「ありがとうございます…京助、そして悠助、緊那羅…今から僕が話すことは前の【時】の出来事です」
乾闥婆がお茶ッ葉の缶を手に話し始めた
「え? 何? 前の【時】って…前にもあったのか?」
京助が乾闥婆に聞く
「【時】は繰り返します…何度も何度も…そうやって今ができているのです」
コトリとお茶ッ葉の缶をテーブルに置き乾闥婆が目を伏せた
「…わけわからん;」
京助が緊那羅を見た
「私も前の【時】の事は全然わからないんだっちゃ;」
湯飲みを洗い終えた緊那羅がまくっていた袖を下ろしながら苦笑いを京助に返した
「だから貴方も呼んだんです」
乾闥婆が言う
「僕全然わかんない…」
悠助が慧喜を見上げた
「後からわからないところおしえてあげるよ悠助」
慧喜が笑顔で言って悠助を抱きしめる
「前の【時】が訪れた時…緊那羅貴方が今おかれている状況に迦楼羅がいました」
乾闥婆が緊那羅を見た
「え…私の今の状況…て」
緊那羅が首をかしげる
「【天】か【空】かの見極め役です」
「あ…」
乾闥婆に言われて緊那羅が何か思い出したように小さく声を上げた
「そして前の【時】の…【時】という扉を開ける為の二人の【鍵】の名前が…」
乾闥婆が少しの間沈黙した
「…けんちゃん?」
心配した悠助が乾闥婆をの名前を呼んだ
「…名前は【沙羅】と【沙汰】…」
乾闥婆が小さく二つの名前を口に出した
「名前のつながりからわかるかもしれませんが…姉弟でした」
カタカタとヤカンの蓋が鳴り出した
「そして…血の繋がりのない…しかし兄弟のような存在がもう一人…」
乾闥婆が一旦言葉を切るとしばしの沈黙が訪れた
「…【沙紗】?」
京助が前に慧喜が、そして迦楼羅が口にした【沙紗】という名前を小さく言った
「…そうです…よくその少ない脳みそで覚えていましたね」
乾闥婆が笑顔で頷いた
「ねぇねぇ鍵になったのは誰なの?」
悠助が言った
「【鍵】になったのはね…」
「慧喜」
慧喜が悠助に向って答えようとしたのを乾闥婆が止めた
「…わかったよっ!!」
ぷくーっと頬を膨らませて慧喜がフンっと横を向いた
「悠助は京助が好きですか?」
乾闥婆がいきなり悠助に聞いた
「うん!」
悠助が笑顔で大きく頷いた
「京助は?」
「は?」
そして今度は京助に聞く
「京助は悠助が好きですか?」
悠助が京助の方を見た
「…まぁ…うん」
何を照れているのか何が恥ずかしいのか少し顔を赤らめて頭をかきながら京助が頷く
「俺は?」
慧喜が悠助に聞く
「僕 慧喜さんも好き~」
慧喜を見上げて満面の笑みで悠助が答えると慧喜が安心したように笑顔で悠助を抱きしめる
「ハイハイ; ごちそうさま;」
京助がそんな二人から目を逸らしていい加減カタカタとうるさくなってきていたヤカンの火を止めた
「緊那羅」
突然に名前を呼ばれて緊那羅が慌てて乾闥婆を見る
「…貴方の行動…昔の迦楼羅そっくりです」
「え」
乾闥婆が言うと視線が一気に緊那羅に集まった
「…お前そのうち【たわけ】とか一人称【ワシ】とか竜田揚げとか好物になったりすんの?」
京助がヤカンをコンロから下ろしながら緊那羅に言う
「…想像できない」
慧喜が悠助の頭に顔を埋めて笑を噛み締めているからなのか肩を震わせている
「やっぱり後ろに【っちゃ】がつくとして…口癖…たわけだっちゃ?」
「あははははははは!!」
京助が言うと慧喜が声を上げて笑い出した
「なっ…;」
緊那羅が顔を赤くして慧喜と京助を見た
「そんなこと言わないっちゃッ!;」
緊那羅が怒鳴る
「慧喜さん楽しそう」
悠助を抱きしめたまま大笑いしている慧喜を見て悠助も笑う
「…まったく…僕は笑い話をしたわけではないのですけれど」
乾闥婆が溜息をつく
「乾闥婆が変なこと言うからわるいんだっちゃッ!!;」
緊那羅が乾闥婆に向って怒鳴った
「何を騒いでいるのだ;」
緊那羅の声か慧喜の笑い声かはたは両方かが京助の部屋まで届いていたらしく部屋に残っていた面々が台所の暖簾をくぐってきた
「うっわ狭ッ!;」
京助がシンクの上に座った
「本家本元登場…プクク」
慧喜が迦楼羅を見てまたこみ上げてきた笑いを必死で押し殺している
「慧喜ッ!;」
緊那羅がそれをみて怒鳴る
「一体何なんだ;」
迦楼羅が首をかしげた
「いえ…ただ昔の貴方と今の緊那羅が似ているということを話していたのですが…ご覧の通り笑い話になってしまいまして」
乾闥婆が溜息をついた
「というか…この面々に真面目に話を聞けっていうこと自体はじめから少し無理っぽいとか思わない?」
矜羯羅がしれっと言った
「…確かにな」
迦楼羅が矜羯羅に同意する
「ちょっとした可能性にかけてみたのですが…まだ早かったみたいですね」
再び深く溜息をついた乾闥婆が急須にお茶ッ葉を入れる
「話し終わりなの?」
今だクックと微妙に笑っている慧喜に悠助が聞いた
「…ょうはもう終わりみたいだよ」
制多迦が笑いが止まらない慧喜の代わりに答えて悠助の頭を撫でた
「せっ…制多迦様ずるいっ!!」
笑いすぎて目尻に涙を溜めながらも慧喜が悠助の頭の上から制多迦の手を払った
「僕全然わかんなかった…」
悠助がしゅんとなる
「安心しろ悠。俺もサッパリわからんかった!!」
「…そこは威張るところじゃないと思うっちゃ…」
京助が胸を張って主張すると緊那羅が横で小さく突っ込んだ
「どこまで話した?」
迦楼羅が乾闥婆の横に立ち小声で聞いた
「…沙汰と沙羅…そして…沙紗との関係…の冒頭のみです」
急須に湯を注いで乾闥婆が静かに急須を回しながら答えた
「そうか…」
乾闥婆の手の動きを黙ってみながら迦楼羅が呟く
「辛いなら…ワシが話すぞ?」
迦楼羅が言うと乾闥婆の手が止まった
「…いえ…自分の…僕の【過去】ですから」
にっこりと乾闥婆が笑う
「…ワシの【過去】でもある」
まっすぐ乾闥婆を見た迦楼羅が言う
「…そうですね…でも…僕が伝えたいんです」
並べられた湯飲みに少しずつ急須の中身を注ぎながら乾闥婆が言った
「…あんまり気負いしないほういいんじゃない?」
突然 矜羯羅が乾闥婆の肩を叩いて言った
「な…」
いきなりのことで少しテーブルにお茶をこぼした乾闥婆が顔を上げて台所から出て行く矜羯羅の背中を見た
「…まはまだ【敵】じゃないしね喧嘩したら悠助が困るから」
制多迦が迦楼羅の両肩に手を置いてにっこり笑って乾闥婆を見た
「…んがらも…前の矜羯羅とずいぶん変わった。たぶん京助と悠助が変えたんだと思う」
迦楼羅の両肩に置いた手を動かして迦楼羅の肩を揉みながら制多迦が言う
「…きは止められないし変えられないけど僕も矜羯羅も緊那羅と同じく【二人】を守りたいんだ…」
そう言いながら制多迦が乾闥婆に目を向けた
「…めんね…前の【時】の時にこんな考えもってなかった…だから…」
「いいんです」
こぼれたお茶を拭きながら乾闥婆が制多迦に笑顔を向けた
「もう…過ぎたことです」
湯気の立つ人数分の湯飲みを見て乾闥婆が言った
「あ…」
乾闥婆が声を上げると一同が乾闥婆に目を向けた
「どうしたの? けんちゃん?」
悠助が乾闥婆に声をかけた
「乾闥婆…?」
迦楼羅も続いて乾闥婆を呼ぶ
「…?」
京助が乾闥婆の視線の先の湯飲みを覗きこんだ
「お! 茶柱!! 本日二回目ッ!」
プカプカと緑色の鮮やかな茶の中に浮かぶ小さな柱が浮き沈みするたびに波紋が広がっては消えていく
「ほぉ…珍しいな」
迦楼羅が椅子の上に上って上から見下ろした
「僕も見たい~」
悠助が言うと制多迦が悠助を抱き上げようとした
「俺がやります制多迦様ッ!」
悠助を奪い取るかのように慧喜がすばやく悠助の腰に手を回して抱き上げた
「あ…ありがと慧喜さん」
悠助が笑顔で慧喜に向って言うのを制多迦が苦笑いで見ている
「すっかりライバル視されちゃってるっちゃね」
緊那羅が制多迦に言う
「…うだね…; でも…あんなに嬉しそうな楽しそうな慧喜今まで見たことないから…」
制多迦が慧喜を見ながら微笑んだ
「…ぁいいや」
悠助を抱き上げてにこにこしている慧喜は本当に嬉しそうでおもわず緊那羅も笑顔になった
「…んとう…京助と悠助って…不思議」
制多迦が小さく言った
「…くも…変われるかな…前の僕じゃない僕になれるかな」
胸に下げてある飾りを握って制多迦が言う
「…制多迦…?」
目を閉じて飾りを握ったままの制多迦を緊那羅が覗き込むと同時に制多迦の頭から小気味いい音がした
「…たい;」
頭をさすりながら制多迦が向けた視線の先には台所の入り口に背中を預けている矜羯羅
どうやらいつものごとく玉を飛ばしたらしい
「…てたわけじゃないんだけど;」
制多迦が懸命に寝てはいなかったことを矜羯羅に訴える
「…変われるんじゃない? 僕だって変わりつつあるの…自分でもよくわかるもの」
手を腰に当てて制多迦の方に体ごと向いた矜羯羅の口元が微笑を浮かべる
「…りがと」
制多迦が矜羯羅に向って微笑んだ
「茶柱とは…縁起がいいな」
迦楼羅が茶柱の立った湯飲みを手にとった
「しかも今日は二回目なんだぜ~一回目は俺が淹れたヤツにたってさぁ~」
京助が迦楼羅の肩に手を置いて笑う
「茶柱立つと何かいいことあるの?」
慧喜に抱きかかえられたまま悠助が聞く
「願い事がかなうとかいいことが起こるとか何だかんだいってたぞ?」
京助が3馬鹿がいた時に言い合ったことを思い出して言う
「誰が?」
悠助が京助に聞いた
「は?」
京助が聞き返す
「お茶を淹れた人の願いがかなうの? 飲んだ人の願いがかなうの?」
悠助が再び聞く
「あ~…? …どうなんだべ?;」
京助が頭を掻きながら何気に迦楼羅を見た
「…ワシを見るな;」
迦楼羅が京助の視線から逃げて乾闥婆を見る
「どっちなんでしょうね」
乾闥婆がにっこり笑って悠助に言った
「淹れた人ならけんちゃんの願い事がかなうんだね」
悠助が笑顔で乾闥婆に言う
「僕の…願いですか…?」
乾闥婆がボソッと言う
「けんちゃんの願い事って何?」
悠助が乾闥婆に聞く
「僕の願いは……」
乾闥婆がちらりと目を向けた先には湯飲みの中を見たままの迦楼羅
「…お茶冷めますね」
乾闥婆がにっこり笑ってお茶の入った湯飲みをお盆に乗せだした
「けんちゃん?」
悠助が乾闥婆に声を掛けると笑顔だけが返ってきた
「てかさ全員ここに集まってんだし別に茶ココで飲んでもいいんじゃねぇ?」
京助が言う
「駄目です行儀悪い」
乾闥婆がピシャリと言い切った
「でも…かるらん飲んでるよ?」
悠助の声に一同の視線が迦楼羅に集まった
ズッという音が迦楼羅の口元から聞こえた
「…なにやってるんですか」
乾闥婆が迦楼羅に向かって言う
「あ~あ…」
京助がこれから起こるであろう乾闥婆の制裁を思い浮かべて口の端を上げた
「やはりお前の淹れる茶は美味いな」
ホゥと息を吐いて迦楼羅が言った
「…せめて座って飲んでください」
想像していた制裁がなかったことに京助は少し驚いた
「かるらんの飲んでるのって茶柱立ってたヤツだよね~じゃぁかるらんの願いがかなうのかな?」
悠助が笑って言う
「ワシの願い?」
立っていた椅子に座って迦楼羅が悠助に聞き返す
「茶柱のたったお茶を飲んだ人の願いがかなうならかるらんの願いがかなうってことだよね?」
悠助が慧喜を見上げると慧喜が笑って頷いた
「でも淹れた人の願いがかなうならけんちゃんの願いがかなうんだよね?」
悠助が今度はそういいながら京助を見た
「まぁそうなるわな」
湯飲みを一つ手にとって京助が答える
「かるらんの願い事って何?」
悠助が目をキラキラさせながら迦楼羅に聞いた
「…願い…か」
湯飲みの中に浮かんでいる茶柱を見ながら迦楼羅が呟く
「けんちゃんの願い事は? さっき聞けなかったから」
悠助が今度は乾闥婆に向って聞く
「え…あ…そうですね…」
笑顔で乾闥婆が返事をした
「…悠」
京助が悠助に声を掛けた
「なぁに?」
きょとんとして悠助が京助を見る
「願い事って言うのはな人に話せば話すだけ叶うのが遅くなるんだぞ」
京助が言う
「えぇ!! そうなの!? かるらん!! けんちゃん!! 言わないでッ!!;」
悠助が慌てて耳を塞ぎながら言う
「…本当にそうなんだっちゃ?」
緊那羅が京助に小声で聞いた
「さぁな」
京助がヘッと口の端を上げて笑う
「言いたくないことだってあるだろ」
そういいながら京助が横目で乾闥婆と迦楼羅を見た
「そうだっちゃね」
緊那羅が眉を下げて笑う
「お茶、冷めるんじゃない?」
矜羯羅が湯飲みを手に取った
「たまには立ち飲み茶ってのもよかちゃう?」
京助が湯飲みに口をつけた
「僕も飲むー」
悠助が手を伸ばすと慧喜が湯飲みを悠助の前に持ってきた
「…仕方ないですね…今回だけですからね」
乾闥婆の言葉に制多迦と緊那羅も湯飲みを手に取った
「飲み格好はどうであれお前の淹れた茶の美味さは変わらんだろう」
迦楼羅がそう言って笑うと乾闥婆がどことなく照れた素振りで湯飲みを手に取った