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【第六回 ・四】On泉

三連休を利用して坂田の母方の実家である温泉旅館にやってきた京助たち

しかしやっぱりなんだかんだ事件が起こるわけである

「駄目ッたら駄目ッ!!;」

少し渋めの揃いの浴衣を着た3馬鹿と京助が必死で宥めている相手は慧喜えき

「何でだよッ!!」

「きゃー! えきっちゃん! 前! 前ッ!!;」

中島に後ろから押さえられジタバタする慧喜えきの浴衣の前を南が慌てて自分の着ていた上着で隠す

「俺も悠助と一緒に入るッ!!」

「アカ--------------ン!!;」

赤と紺色の暖簾にそれぞれ【姫】と【殿】という文字が書かれているその前でかれこれ10分は大騒ぎが続いている

「おーれーもー!!」

どうやら男湯に悠助と共に入りたがっている慧喜えきを止めようとしているらしい

「慧喜さん…;」

どうしていいのかわからない悠助が同じくどうしていいのかわからずただ3馬鹿と京助の活躍を見学している緊那羅きんならの横で困った顔をしている

「だから!! 悠助も俺らも男で!! お前は一応女だから駄目なんだってばッ!!;」

タオルを首にかけた京助が怒鳴る

「一緒に入るッ!!」

負けじと慧喜えきも怒鳴り返す

「駄目だってーのッ!!;」

坂田と京助がハモって言う

「や---------だ--------------ッ!!」

慧喜えきが暴れるたびに浴衣が乱れていく

「えきっちゃーん; 俺らとしても一緒に入るのは心の中では万々歳なんだけどさー;」

南が中島に手を貸して一緒になって慧喜を押さえる

「…悠助がそっちの方にはいればいいんじゃないんだっちゃ?」

緊那羅きんならが何気に言った一言に一同ピタッと動きを止めた

「え?」

悠助がきょとんとして自分を指差した


「…いいなぁ…って思ってるだろ」

棚の中の青いカゴに脱いだ浴衣を入れながら中島が言うと緊那羅きんなら以外が頷く

「俺サァ…銭湯の番台に一回でいいから座ってみたいんだよねぇ…」

南が言うとまたも緊那羅以外が頷いた

「男の子ですからね」

京助が言うとやっぱり緊那羅きんなら以外が頷く

「何でもできる証拠の膨らみは憧れですよ、うん」

坂田が髪をいつもより高めのところで括るとタオルを手に取った

「…どうした緊那羅きんなら?」

坂田の行動を見ていた緊那羅きんならに京助が声を掛けた

「私も髪結いなおした方いいっちゃ?」

自分の髪を引っ張って緊那羅きんならが聞く

「湯船につかないくらいにあげた方いいかもだよね」

南が言うと緊那羅きんならが髪を解きいつものようにポニーテールを作った後それを団子に結いなおした

「…ラムちゃんうなじきれいだぁね…」

南がボソッと言う

「中島は相変わらずだなそのスネ毛」

そして中島の足を見てまたも南がボソッと言う

「スネ毛があってなんぼだろう男は」

パーンッ と自分の足を叩いて中島が言う

「いやお前は濃すぎ」

京助が突っ込む

「蟻作れ蟻」

坂田がしゃがんで中島のスネ毛に蟻を作り出すと南も反対の足に蟻を作り出した

「あッ!! 馬鹿やめろって!!; 結構痛ぇんだからよッ!;」

両足を押さえられた中島が騒ぐ

「こんだけ濃いスネ毛みたらやりたくなるってやっぱ」

京助も南の方に一緒になって蟻を作り始めた

「…風邪引くっちゃよ?;」

緊那羅きんならがその光景を見て小さく言った


事の始まりは三日前に遡りその日の放課後

「なぁお前等今度の土日祝日三連休ヒマ?」

一呼吸で一気に聞いてきた坂田に靴を持ったままで南と中島そして京助が顔を見合わせた

「…先に君がどうして俺らの三連休の予定を知りたがっているのかお聞きした後にお答えいたしましょう?」

中島が靴を玄関の床に落として履きながら言った

「温泉行かね?」

坂田が言うとまたも南と中島んでもって京助が顔を見合わせた

「温泉?」

京助が聞く

「そう」

坂田が答える

「何でまた」

南も聞く

「母さん方の実家に正月行かなかったから遊びに来いって」

坂田が答える

「俺らも行っていいのか?」

中島が聞く

「駄目なら誘わんつーの;母さんもオヤジも柴田も行けないから俺一人で行ってもナァって…来るのか?来ないのか?山ン中だから何もねぇけど」

坂田そう言いながらが靴を履いて体を起した

「なんなら緊那羅きんならとか悠とか慧喜えき?だかもいいぞ?…ハルミさんも」

「…お前今最後の【ハルミさん】だけ声のテンション違ったぞ…;母さんは無理かなァ;仕事あるだろうし…緊那羅とかなら…」

鞄を背負いなおして京助が言う

「ん~…まぁ明日か明後日くらいまでに返事くれや。送迎バス付だから金の心配はしなくてOKだしよ」

坂田が生徒玄関の戸を開ける

「温泉かァ…湯煙…混浴…卓球…」

南が温泉と聞いて思い浮かぶワードを次々にあげていく

「温泉卵、温泉饅頭、露天風呂…」

中島も南に続く

「いいねぇ…」

ホゥっと白い息を吐いて京助が言うと南と中島が頷く

「特に予定もないですし」

南が言うと京助と中島が頷く

「金も要らないとおっしゃってますし」

中島が言うと京助と南が頷く

「行っちゃいますか」

そして三人揃って坂田に言った

「そうこなくっちゃ」

笑いながら携帯を取り出し坂田がどこかにメールを送った

「男ばっかりてのが寂しいけどな」

中島が言う

「えきっちゃん来るかな~?京助」

南が京助の肩を叩いた

「悠が来るって言やぁ駄目だ言ってもくるだろうさ;」

京助が口の端を上げて言う

「あ、そうだ坂田」

携帯を開いたまま返信を待っているらしい坂田に京助が声を掛けた

「…もしかしたらだけど…人数…が…」

京助が躊躇いがちにごにょごにょ言う

「…人数? …あぁ!!; オッケオッケ! わかった」

坂田にはそれだけで通じたらしく再度メールをどこかに送った

「人数?」

理解できなかった南が疑問系に言う

「…できればちょっと変わった服装と特技ありますってことも宜しくお伝えくださいませ;」

京助が深々と頭を下げて言うと南と中島にも理解できたのか納得したような表情をした

「お宅も大変ですわねぇ」

中島が京助の肩を叩くと京助が横を向いてフッと苦笑いで息を吐いた




「坂田と一緒にいるあの男の人が来ないなら行きたいっちゃ」

「悠助が行くなら俺も行く」

栄野家の居候の返事はこんな感じだった

「同行決定な」

京助がティッショで作ったこよりを鼻の中に入れて故意にクシャミを出した

「温泉っていいわねぇ…迷惑かけないようにね?」

案の定仕事だからといって断った母ハルミが湯飲みを両手で持って言った

「んじゃ坂田に電話しとく」

立ち上がった京助が電話の子機を持ちふと止まった

「…やっぱ…なんか…人数増加しそうな気がモリモリ…」

ボソッというと緊那羅きんならのほうを振り返った

「?なんだっちゃ?」

きょとんとした顔をした緊那羅きんならが京助を見る

「…思うに鳥類や乾闥婆とか矜羯羅こんがらとか制多迦せいたかっていっつーもタイミングよく現れるけどお前ら連絡とかしてんの?」

【お前等】とひとくくりにされた慧喜えき緊那羅きんならが少し顔を見合わせて首を横に振った

「じゃぁなんだ…偶然?」

京助が子機を持ったまま聞く

「…にしてはちょっとなぁ…」

ピッピッと音を鳴らしながら京助は親指で短縮登録されている坂田家の番号を押した

「俺前に宝珠が全て知らせてるってこと聞いたけど」

慧喜えきが自分の膝で眠っている悠助を撫でながら言った

「宝珠が?」

緊那羅きんならと京助がハモった

「うん…何でも力が大きくなると宝珠の声が聞こえるんだって」

自分の指についている宝珠を見て慧喜えきが言う

「俺はまだ聞いたことがないんだけどね…制多迦せいたか様や矜羯羅こんがら様や迦楼羅かるら辺りなら聞こえてるんじゃないのかな」

「宝珠の声…」

緊那羅きんならも自分の腕についている宝珠を見た

「全ての宝珠は元々大きな一つの結晶で…それを宝珠にしてるんだって」

慧喜えきが言う

「ほー…共鳴ってヤツ?」

京助が子機を耳に当てたまま感心して頷く

「だから俺の宝珠も緊那羅きんならの宝珠も元は一つだったんだよ」

慧喜えきが言うと緊那羅きんならが自分の宝珠と慧喜えきの宝珠を交互に見た

「あ、坂田? 俺~」

電話が通じたらしく京助が立ち上がり廊下のほうに歩きながら話し始める

「【天】も【空】も元を辿れば同じなんだっちゃね」

緊那羅きんならが言うと慧喜が頷いた

緊那羅きんならは…【時】がきても二人共を守るの?」

慧喜えきが聞く

「【時】が来れば俺はアンタの敵になるけど…けど俺は…もし敵になっても…敵でも悠助は守りたい」

慧喜えきが悠助の頭を撫でると悠助が少し体を動かした

「俺には悠助が必要なんだ…【時】なんて来ないでくれればいいのに…」

悔しそうに言う慧喜えきを見て緊那羅きんならも俯いた

「俺は前の【時】の時もいた…今回もああなるのかな…」

「おーっし!! 準備しろよー!」

慧喜えきの悲しげな言葉が京助の声で止められた

「ほぇ?」

その声で起された悠助に慧喜えきが無言で抱きついた


「そういや先行くとか言ってたヤツ…」

南がカラカラと浴場への引き戸を開けると湯気がもわっと出てきた

「のぼせてるんじゃないのか?」

ザーッという音が響いている浴場の中に中島の声も響いた

「いんや…ソコで元気に打たれてますヨ~…」

いつもは顔の前に垂らしている長い前髪の一部も頭に巻いたタオルの中に突っ込んでいるのか耳についている飾りだけが打たせ湯の勢いに軽く揺れて迦楼羅かるらが気持ちよさそうに湯に打たれていた

「じじくさー…」

南がぼそっと言う

「馬ッ鹿!! 地味に気持ちいいんだぞアレ!! 修行もできるし」

「何の修行だよ;」

坂田が主張した後 迦楼羅かるらの隣に並んで湯に打たれ始めた

「お前なかなか味のわかる輩のようだな」

迦楼羅かるらが坂田に言う

「俺も温泉とかには結構うるさいんでね」

坂田が首をコキコキ鳴らした

「若年寄りが二人並んですまし顔~」

南がおひなさまの替歌を歌いながら風呂椅子に腰掛けてシャワーを出した

「うわーひっろー!!!」

高い壁の向こう側は男子の夢の花園女湯らしくさっき別れた慧喜えきの声が響いて聞こえた

慧喜えきさん走るところ…わっ!!;」

続いて聞こえた悠助の声と何かに驚いた声

「…コケたか悠…」

髪をぬらしたまま京助が壁を見た

「でもドターンとかガシャーンとか聞こえてこないってことは…」

中島が自慢のスネ毛の生えた足をガシガシと洗いながら言う

「悠助のほうが気をつけないと」

慧喜えきの声が聞こえた

「…抱き留め?」

南と京助そして中島がハモって言う

「裸で」

京助が言う

「女体に」

南が言う

「抱き留められた…」

中島が言う

「羨まッ!!」

そして三人して一斉にそう言ってシャワーを浴び始めた

「京助京助!! 外にも風呂あるっちゃ!!」

緊那羅きんならが嬉しそうに外を指差した

「あぁ…露天だろ? 行ってこいよ」

顔面にシャワーをかけながら京助が言う

「気をつけてねラムちゃん~行くまでが寒いから」

南が髪をオールバックにまとめて耳に入ったらしい水を掻き出そうとタオルに方耳を当てて頭を揺らしながら言った

「ぇ…寒い…んだっちゃ?;」

露天に繋がる通路を見ながら緊那羅きんならが考え込んだ

「当たり前だろ外だし;」

シャワーを止めた京助が立ち上がった

「前隠せ前; 丁度俺の目の前じゃん;」

中島が京助の尻を叩いた

「何を今更同じもんついてるくせに」

ヘッと笑いながら京助が腰にタオルを巻いた

「…アイツらいつまで打たれてる気だ?;」

同じく立ち上がった中島が腰にタオルをつけながら今だ打たせ湯に打たれてほけぇ~っと気持ちよさそうにしている坂田と迦楼羅かるらを見た

「…行動そろってるねぇ;」

ほぼ同時に溜息を吐いた坂田と迦楼羅かるらを見て南が言った



「うへぇええー!!;」

露天に繋がる通路を緊那羅きんならが変な声を上げて駆け抜け湯気の立つ露天風呂の中に足を突っ込んだ

「寒い寒い寒いさむーいっ!!;」

そして肩まで一気に浸かる

「ほぅ…;」

チラチラと舞い落ちてくる雪を見上げて緊那羅きんならが一息ついた

「静かに入ってこれないの?」

肩にタオルを掛けて腰から下だけが湯の中に入ってる矜羯羅こんがらが言う

「だって寒かったんだっちゃ…;」

矜羯羅こんがらとは対照的にに顎までお湯に浸かった緊那羅きんならが小さく言う

「…むいのも露天の醍醐味って中島が言ってた」

すぃーっと泳ぐようにして制多迦せいたか緊那羅きんならに近づく

「…うすけは?」

潜ったのか髪全体が濡れている制多迦せいたかが悠助の姿を探す

「悠は慧喜えきと向こう側」

後から来た京助と中島がざばざばとお湯の中に入って来た

「…こう? あの壁の?」

竹製の仕切りを指差して制多迦せいたかが聞く

「そー男児禁制の夢の花園女湯」

中島が湯に沈むとスネ毛が湯の中でゆらゆら揺れた

「…おいこら;」

京助が制多迦せいたかの腕を引っ張った

「…どこへ行くどこへ;」

腕を引っ張りながら京助が聞くと制多迦せいたかが仕切りを指差した

「…うすけに会いに行くんだけど」

「あかんっての;」

京助が制多迦せいたかの腕を思い切りぐいっと引っ張るとよろけた制多迦せいたかが湯の中に座り込んだ

「男禁制ってんだろが;」

濡れたタオルで制多迦せいたかの頭をべシャッと叩くと制多迦せいたかが竹製の仕切りの方をじっとみる

「悠助は男じゃないの?」

足を組みなおして矜羯羅こんがらが話しに入って来た

「10歳以下は男でも女でもあんまり関係ない…様な気がする風呂に関してはだけど;」

中島が言う

「ふぅん…」

矜羯羅こんがらが立ち上がり湯船に入る

「…ういえば緊那羅きんならって…たしか…」

「え?」

「さっむーーーーッ!!!」

何か言いかけた制多迦せいたかの声を慧喜えきの声が掻き消した

「慧喜!!」

京助と中島、そしてタイミングよく露天に入って来た坂田と南が慧喜えきの声に反応した

「中のあの壁は無理でも」

中島が湯から上がった

「外のあの高さの壁ならば」

京助も湯から上がる

「覗いて見せよう肩車!!」

通路を足早にやってきた坂田が言う

「そこに女湯ある限り!!」

南が言うと四人揃って竹製の仕切りに目をやった

「何を覗くの?」

慧喜が聞く

「そりゃぁ女湯…ぅおおおおお!?;」

竹製の仕切りのから男湯の方を見ている慧喜えきに気付いて3馬鹿と京助が声を上げた

「きゃー!! 慧喜えきっちゃんのえっちー!!;」

南が慌てて前を隠す

「あ、制多迦せいたか様ー矜羯羅こんがら様ー!!」

身を乗り出して慧喜えき制多迦せいたか矜羯羅こんがらに手を振った

「湯加減いかがですかー?」

慧喜えきが笑いながら聞くと制多迦せいたかが笑顔で手を振り返す

慧喜えきさん!! 駄目だよ!; 怒られるよ-!;」

悠助の声が聞こえる

慧喜えきー! もう少し前に!! 前に!!」

坂田と中島が両手で手招きをする

「そそ! ずずいっと!!」

京助と南も同じく両手で手招きをした

慧喜えきさーんっ;」

「あ…ごめんね悠助」

悠助の困った声に慧喜えきが振り向いて竹製の仕切りから消えた

「あ~ぁ…;」

慧喜えきが消えたと同時に3馬鹿と京助の肩ががくッと下がった


「いくわよ!! ヒロミ!!」

「はいッ!! お蝶婦人!!」

カコーーン!!

「甘いわよヒロミ!!」

卓球のラケットを突き出し坂田が南に向って言う

「監督…」

南がチラッと自動販売機の横の椅子に座っている京助を見た

「…エースを狙え」

京助が言った

「お約束だよなぁ…」

坂田側の得点版を捲りながら中島が言う

「ラムちゃん具合どぉ?」

京助の隣で額にパックのお茶を乗せて赤い顔をして横になっている緊那羅きんならに南が声を掛けた

「気持ち悪いっちゃ~…;」

どうやらのぼせたらしい

「寒い寒いってなかなか上がらなかったお前が悪い」

半ば呆れ顔で京助が旅館のご案内パンフレットで緊那羅きんならを仰いだ

「だって~…;」

緊那羅きんならが力の抜けた声を出した

「鳥さんはまだ入ってるんだろ?」

中島が得点版を卓球台の上に置いて腰に手を当てた

「たぶん」

京助が言う

「そういや乾闥婆けんだっぱって一緒じゃなかったよな?」

卓球のラケットで肩を叩きながら坂田が言った

「散歩行くとかいってたっちゃ…」

緊那羅きんならが小さく言った

「散歩?」

京助と南が同時に聞くと緊那羅きんならが頷く

迦楼羅かるらが上がる頃には戻るっていってたっちゃ」

ゆっくりと体を起して座った緊那羅きんならが溜息をついた

「何も今いかなくともいいじゃんねー…裸の付き合いしようぜ裸のさぁ」

中島が言う

「裸見られたくないとか」

南が言った

「実は着やせしてるとか女だとか」

「誰がですか」

坂田が言うと後ろから声がした

「だ れ が 女で だ れ が 着やせなんですか? 坂田」

にっこりと笑顔で乾闥婆けんだっぱが立っていた

「い…いっやーん!!; けんちゃんおかえりなさーい!;」

坂田が引きつりながら笑顔で言った

「ただいま…迦楼羅かるらはまだ…のようですね」

ぐるり部屋を見渡して乾闥婆けんだっぱが言う

「いや部屋の方にいるのかもしれねぇし…」

京助が言った

「お前風呂は?」

中島が声を掛けると乾闥婆けんだっぱが振り返った

「入りますよ?男湯に」

にっこり笑った (でもどこか怖い)ままで乾闥婆けんだっぱが坂田を見ながら答えた

「一緒にはいりゃよかったのによー」

京助が言う

「…僕は静かに入るのが好きなんです」

そう言って部屋から出て行った

「つれないなぁ…」

南が苦笑いで言った


ドン

「あ…すいません」

部屋を出て行った乾闥婆けんだっぱの謝る声が聞こえた

「なんもよ気にすんね」

続いて聞こえたのは女性の声

「婆ちゃんの声だ」

坂田が部屋の出入り口に向って歩き出した

「みっつ!!」

坂田が廊下にでると嬉しそうな女性の声がした

「いんやー!! でっかくなって!! ますますみのりににてきちゃーのー!」

坂田の母の漁師なまりが入った言葉は婆ゆずりなのだろうか

「婆ちゃん痛ぇって;」

京助と南、中島がこっそりと廊下に顔を出すとぽかんとしている乾闥婆けんだっぱの横で坂田に頬すりしている小柄だけど恰幅のいい女性が顔を上げた

「お…お邪魔ぶっこいてます!!;」

中島が言うと南と京助が頭を下げた

「いーぇ!! こっちこそみっつが世話になって」

浅黄色の着物を着た坂田婆が笑いながら礼を返した

「ってか婆ちゃん…他にあんまり客見えないんだけど」

婆に抱きつかれて少し乱れた浴衣を直しながら坂田が聞いた

「そりゃアレさね…組員さんが来るかとおもってたから今日明日と予約取らなかったンよ。今いるのは予約外の客だけさね」

坂田婆が坂田の頭をグリグリ撫で回して言った

「んだとも最近の子供ってェのはみんなメンコイ顔しとんやねぇ…男も女もわからんに」

【なぁ?】と言って坂田婆が乾闥婆けんだっぱに向って同意を求めた

「…僕は男ですからね」

さっき坂田が言ったことをまだ根に持っているのかにっこりと (怖い)笑顔で乾闥婆けんだっぱか言った

「女将」

若い仲居さんらしき紺色の着物の女性が小走りで坂田婆の元にやってきた

「旦那が呼んでます」

若い仲居さんはそう言って足早に戻っていく

「いいなぁ…着物姿」

南が溜息混じりに言うと京助と中島が頷く

「そいや…爺の顔まだ見てねぇな」

坂田がボソッと言った

「…一緒にこいや。爺は私じゃなくたぶんみっつに用があるんだと思うぞ」

坂田婆が言うと坂田が自分を指差した

「おめぇ等も来るけ?」

坂田婆に聞かれた京助、中島と南の三人が顔を見合わせた

「俺ら?」

そしてそういいながら坂田婆を見る

「どっかいくんだっちゃ?」

ふらふらしながらやってきた緊那羅きんならが聞く

「あんれ!! 外人さんかい!! やーやー…はろーはろー?」

「婆ちゃん…外人みんなに第一声でハローっていうのやめようぜ?;」

過去に何かあったのか坂田が引きつりながら坂田婆の肩を叩いた

「そーそーニーハオかもしれないしアンニョンハセオーかもしれないしねー」

南が笑って言う

「…一応言葉通じるし日本人カッコ仮で」

京助が言った

「まぁどんでもいいんだけどな…ホレ!! いくぞ」

浅黄色の袖で風を切って歩き出した

「…性格おばさんソックリだな」

「まぁな」

中島が坂田に耳打ちすると坂田が遠い目をして言った


【関係者以外立ち入り禁止】と書かれた戸を開け長く続く廊下から少し横に入ると小さな出入り口に長い暖簾がかかっていた

「へー…へー…」

南がもの珍しそうにあちこちを見ながら歩く

「俺旅館の裏側見たのはじめて…」

中島も南同様足元から天井壁などをもの珍しそうに見る

「俺旅館の人って旅館に住んでるのかと思ってた…」

京助が言うと南と中島が頷いた

「ほれ、足元気ぃつけんよ?」

坂田婆が戸を開けて手招きする

「おじゃましまー…」

中島が坂田に続いて中に入る

いかにも老夫婦が暮らしていますという少しレトロで懐かしい家の中

温度計のついた木彫りの熊の置物の横には【登別熊牧場】の文字

「なぁ明日帰るとき時間あるなら俺熊かにゃんまげに会いたい」

南が手を上げて言った

「天気よかったらな」

坂田が靴を脱いで家に上がると京助達もソレに続く

「奥の座敷にたぶんいるとおもうから。婆はお菓子持ってくるからな」

そう言って坂田婆が反対方向に歩いていく

「こっち」

坂田が坂田婆とは反対方向に足を進める

少し線香の匂いがする茶の間を横切って旅館が見える廊下を歩く

「爺」

ガラッと木でできたすこし重そうな引き戸を開けると石油ストーブにかけられたヤカンがシュンシュンと音を立てていた

「深弦か」

紺色のドテラを着た少し白髪の生え方が少ない痩せ型の男性が背中を向けたまま坂田の名前を呼んだ

「…なんだよ;」

京助と中島、南と緊那羅きんならが無言のまま坂田を見た

「…そういや」

「お前」

「深弦っていうんだっけな…」

「一瞬誰のことかわからなかったっちゃ…;」

四人が言う

「…お前等な…;じゃぁ南と中島はどうなんだ?」

坂田が中島と南を指差して言う

「朔夜と」

中島が南を指差す

「柚汰」

南が中島を指差す

「んで京助」

南と中島が京助を指差しながら答えた

「…なんで俺の名前だけ忘れてるか」

坂田が両手ブッチャーを中島と南にかました

「戸、閉めんかい」

坂田爺がタンの絡んだような声で言うと緊那羅が慌てて戸を閉めた

「よくきたな深弦」

読んでいた雑誌のようなものを閉じて坂田爺が振り向いた

「またエロ本か?」

坂田が座ると京助達も各々に腰を下ろした

「俺はホレ、こ赤いビキニの子いいとおもうんだがよ」

坂田爺が嬉しそうに一旦は閉じた雑誌を開いて坂田に見せた

「爺ちゃん若いねー」

南が笑う

「まだま下も現役だがね!!」

坂田爺が自分の股間を叩いた

「健全な中学生にこんなん見せていーんかい」

坂田が笑いながら坂田爺に突っ込む

「元気そうだな」

雑誌を座布団の下に隠しながら坂田爺が笑う

「爺もな」

坂田が坂田爺の肩を叩いた

「お前外人さんのガールフレンドなんかどうやって作ったんだ? 爺にも教えろ?」

坂田爺が坂田に聞く

「いやアレは…」

おそらく緊那羅きんならのことだろうと思った坂田が緊那羅きんならを見てすこし考えた後京助を見てニヤリと笑った

「この子は俺じゃなく京助 (強調)のガールフレンドなんだー (わざとらしく棒読み)」

「はっ!!!?;」

「ブプーーーーーーー!!!」

坂田が言うと南と中島が吹き出した

その様子を見て緊那羅きんならが慌てる

「何?なんなんだっちゃ?;」

畳に手をつき声を殺して笑っている南の肩を揺らして緊那羅きんならがうろたえる

「坂田てめぇッ!;」

京助が坂田の肩を掴んで激しく揺すった

「ほー…やるなお前」

坂田爺が京助を見て感心したように言った

「あいらーヴゅー? へろー?」

坂田爺が緊那羅きんならの手を握って話しかけている様子を婆がおいていった温泉饅頭を食いながら3馬鹿と京助が眺めている

「えっと…その…あの…京助~;」

ものすごく困った顔で緊那羅きんならが京助に助けを求める

「つれねぇのぉ…冗談でもあいらヴゅーくらい言って欲しいもんだなや…やっぱ彼氏が一番ってか?」

ようやく開放された緊那羅きんならがホッとした顔をする

「爺。話ってなんだ?」

一応一区切りついたっぽいカンジを見計らい坂田が坂田爺に聞いた

「おお!! そうだそうだ!! 深弦」

体の向きを緊那羅きんならのほうから坂田のほうに変えて坂田爺がアグラをかきなおす

「転校する気ないね?」

「は?」

笑顔でさらっと言った坂田爺に坂田が一言返した

「お前まさかあのヘタレ男の跡継ぎになる気でいるのか?」

坂田爺が側にあったお茶を飲む

「俺はゆるさねぇからな。たった一人の孫を組長なんぞにさせてたまっか。お前はココを継ぐんだろ?」

【ココ】とはこの旅館のことだろう

「みのりが俺の反対押し切って正月町に出て行って早17年…俺はあの男を許したわけじゃァねぇ」

食べかけの温泉饅頭を手に持ったまま坂田が止まっている

「あんな組継ぐよりこの旅館継いだ方がお前のためだど?」

南と中島、京助と緊那羅きんならが坂田を見た

「…坂田…?」

南が坂田に声を掛けた

「みのりって誰だっちゃ?」

緊那羅きんならが京助に聞いた

「坂田のかあさん…この爺さんの娘」

京助が小声で緊那羅に返す

「文化祭の時にいた人だっちゃ?」

緊那羅きんならも小声で再度聞く

「そー…」

京助がまた小声で返す

「冗談じゃねぇッ!!!」

坂田が突然怒鳴った

「うおぉ!?;」

その声に驚いた京助達が思わず声を上げた

「俺は組も旅館も継ぐ気はねぇッ!!」

坂田が食いかけの温泉饅頭を持ったまま立ち上がった

「坂田!! パンツ見えてる見えてる!!;」

中島が坂田の浴衣の裾を直した

「頑固なところはみのりそっくりだな…だがな!! コレだけは譲れん!! お前はココを継ぐんだ!! なにがなんでも継がせる!!」

坂田爺も負けじと怒鳴る

「継がねぇったら継がねぇッ!! 俺は神社を継ぐ!!」

坂田が怒鳴り返す

「ちょっとまてぇーい!!;」

ソレに対して京助が突っ込む

「なんだ息子 (将来の)」

坂田が京助に言う

「今はボケ禁止!!; 冗談禁止!!;」

京助が立ち上がって坂田に言う

「いや京助ヤツはマジだ」

南が京助の浴衣を引っ張って言った

「安心しろお前も悠もついでに幸せにしてやる!!」

坂田が【ついで】の部分を強調しながら京助の手を握って強く頷いた

「よかったな京助未来のパパでちゅよー」

中島が笑いながら温泉饅頭を食っている

「サァ!! 父と呼んでくれ!! 息子!!」

「呼ぶか阿呆」

坂田が清々しいさわやかな笑顔で京助の肩を叩くと京助も清々しくさわやかな笑顔で坂田の頭を叩いた

「…本題からずれてるような気がするっちゃ…;」

緊那羅きんならがボソッと言う

「そのうち元に戻ると思うからほっといていいと思いますよん?はいこれラムちゃんの分」

南が緊那羅きんならに温泉饅頭を差し出した

「とにかくだ!!! 俺の将来は俺が自分で決めっからなッ!! 漁師になろうとスパイになろうとも仙人になろうとも勝手だろッ!!」

坂田が坂田爺に向って怒鳴る

「イカンッ!! お前はココを継ぐんだ!! 継げ!!」

坂田爺も負けじと入れ歯を少しカコカコさせながら怒鳴る

「嫌だったら嫌だッ!! このクサレ頑固ジジィ!」

坂田が怒鳴ると眼鏡が外れて宙ぶらりんになった

「黙らんか! このへふぁっふぁふぃー!!!」

怒鳴った拍子にとうとう坂田爺の入れ歯が外れて後半が聞き取れなかったがあまりお上品な言葉を言ったわけではないということがなんとなくわかった

「…止めなくていいんだっちゃ?;」

緊那羅きんならが温泉饅頭を手に持ちながら京助を見る

「どうやって止めろと」

湯飲みを少し傾けて中身を飲みながら京助が緊那羅きんならに聞いた

「…えと…;」

緊那羅が温泉饅頭を持ったまま考え込む

「しょうがないなぁ…中島」

南が苦笑いで中島を呼んだ

「アイアイサー」

すると中島が側にあったよく旅館や会館に置いてある安っぽいアルミ製の灰皿2つを手に取った

「第一ラウンドー…終了!!」

カーーーーーーーーン!!!!

部屋中に灰皿と灰皿を叩き合わせた音が響き渡ると坂田と坂田爺がフンッと言ってはなれた

「一旦休憩、一旦休憩」

南と中島が坂田と坂田爺にお茶を手渡した

「闘いにはゴングがつき物だ」

京助が言うと緊那羅きんならが感心したように浅く頷いた

「言い合いばっかじゃ解決しないだろ~? 何か他に方法ないの?」

南が坂田の肩を揉みながら言う

「あるなら教えろ」

坂田が坂田爺を睨みながら眼鏡をかけなおした

「ないから聞いてんじゃーん;」

南が肘で坂田の肩のツボを押した

「何かないのかー?早食いでも我慢比べでも」

中島も南同様に坂田爺の肩を揉みながら言う

「フォふぇーふぁふぁふぃふぃふぉふぁふぁふふ!!」

「爺さん入れ歯入れれば?;」

坂田爺が言うと京助が突っ込んだ

「おめーらが口をとっこむなってんだ!…我慢比べ?」

入れ歯を装備した坂田爺がふと何かを考え込んだあと膝をパーンと叩いた

「よし!! 深弦!! 我慢比べだ!!」

「は?」

坂田と南が坂田爺を見た

「風呂で俺と我慢比べだ!!」

坂田爺が自分を親指で指しながら言う

「そっちは何人でもかまわん!! 一人でも俺より長く風呂に入っていることができたらここを継がなくてもいい!! だがな!! もし俺が勝ったら何が何でも継がせるぞ!! 勝負は今日これからだ!!」

坂田爺はそう言うと坂田の意見も聞かずして部屋から出ていた

「…マジかよ…;」

坂田が頭を抱えて溜息を吐いた

「でもいいじゃんー!! 勝ちゃいいんだろ?」

南がそんな坂田の背中を叩いた

「馬ッ鹿!!; 爺はこの辺りでも有名な長風呂なんだ;勝てっこねぇし…ッ;」

坂田がまたも大きな溜息をついた

「…ってか俺らも参戦せにゃあかんわけ?;」

京助が言う

「ワタシを一人にしないで…」

坂田がそういいながら畳の床にうつぶせに伸びた

「私は辞退するっちゃ;」

さっきまでのぼせていた緊那羅きんならが手を上げて辞退宣言をした


「…はぁ」

脱衣場の片隅で背中で結んである布を解きながら乾闥婆けんだっぱが溜息をつく

ガラッ!!!!

勢いよくあいた戸に大きな目を更に大きくして乾闥婆けんだっぱが驚いた

「よっしゃ!! やるか!!」

【五十嵐亭】とかかれたタオルを肩に掛けた坂田爺が大声で脱衣場にはいってきたかと思うとなんの躊躇いもなくポイポイと服を脱ぎ全裸になった

「爺…マンモスくらい隠せ;」

後からノロノロ続いて入って来た坂田が呆れたように言う

「同じもんついてるだろうか!!! ホレホレ!! いくど!!」

そのまま大股で浴場へ向う坂田爺の尻を見て坂田ががっくり肩を落とした

「…何の…騒ぎですか?」

一旦は解きかけた背中の布を再度結びなおした乾闥婆けんだっぱが聞く

「あれ? まだ入ってなかったのか?」

京助が聞くと乾闥婆けんだっぱが頷く

「これから…入ろうとしていたのですが…」

乾闥婆けんだっぱが困ったような顔で黙り込んだ

「…また後からにします」

くるっと回れ右をして出口に向う乾闥婆けんだっぱの腕を坂田が掴んだ

「逃がすか戦力」

「は?」

腕をつかまれたまま乾闥婆けんだっぱが疑問系の声を出した

「戦力…?」

坂田の手を振り払って乾闥婆けんだっぱが聞く

「実はな…」

京助が口を開いた


「嫌です」

一通り説明を聞いた乾闥婆けんだっぱが笑顔で即答した

「いったでしょう?僕は静かに入るのが好きなんです」

乾闥婆けんだっぱが再び出口の方に体を向けた

「そこをなんとかーッ!!」

中島が出口に立った

「頼む!!; お願い!!; 俺らあがったばっかりでたぶんすぐのぼせるッ!!;」

南が乾闥婆けんだっぱにすがりつく

「い・や・で・す」

乾闥婆がすがり付いている南を引きずって尚も出口に向おうとする

「たーのーむー;」

南に続いて坂田も乾闥婆けんだっぱに抱きついた

「はなしてくださいッ!!;」

乾闥婆けんだっぱが坂田と南にチョップを食らわせたが坂田も南も一向に放してくれる様子がない

「いいじゃん; 風呂入るくらいさー」

京助が言う

「嫌なものは嫌なんです!!! いい加減にしてくださいッ!!」

乾闥婆けんだっぱが珍しく怒鳴った

「男同士じゃーんッ!! ってか俺らとけんちゃんの仲じゃーん!!」

南が乾闥婆けんだっぱによじ登るようにして抱きつく

「どんな仲ですかッ!! 放してくださいっ!いい加減怒りますよッ!!!;」

必死に抵抗する乾闥婆けんだっぱに中島もついに参戦した

「頼むってッ!!; ただ入ってるだけでいいんだからいいじゃん;」

中島が乾闥婆けんだっぱに両手を掴んで宥めながら頼む

「俺を助けてけんちゃーん!!;」

坂田が更にすがりつく

「…コレは俺も参加したほういい?」

京助が乾闥婆けんだっぱに聞く

「しなくていですッ!!!!;」

「カマン京助!!」

南と乾闥婆けんだっぱの声が被った

「どっちやねん…」

京助が口の端を上げて言った

「放してくださいってばッ!!;」

3馬鹿に押さえつけられ助けを求められている乾闥婆けんだっぱが必死に抵抗する

「あ、いたいた京助~…なにしてんの?」

手にイチゴ・オレをもった悠助が脱衣場に入って来た

「坂田の人生をかけた闘いに一人でも多くの戦力をキャンペーン中…一口」

京助がそう言いながら手を出すと悠助がイチゴ・オレを手渡した

「けんちゃん嫌がってるよ? 助けてあげないの?」

悠助が京助を見上げる

「どうやって;」

京助がストローを噛んだ

「何の騒ぎさ」

いつもの布ではなくタオルで頭を包んだ矜羯羅こんがらが腰に手を当てながら近づいてきた

「タカちゃーんっ」

矜羯羅こんがらの後ろにいた制多迦せいたかを見つけると悠助が制多迦せいたかに抱きついた

制多迦せいたか様ずるいッ!!!」

その瞬間 慧喜えきが脱衣場に入って来た

「…悠に監視カメラでもつけてるんかよお前は;」

京助がイチゴ・オレのパックをベコベコ膨らませた

「義兄様もッ!! それ悠助飲んでたヤツじゃんッ!!」

慧喜えきが京助の咥えていたパックを指差しながら怒鳴った

「悠助は俺のッ!!!」

眉を吊り上げて怒鳴る慧喜えきに京助が溜息をつく

「…で…結局なにもめてるわけ?」

頭のタオルをはずして矜羯羅こんがらが3馬鹿にすがりつかれてる乾闥婆けんだっぱを見た

「嫌だったら嫌ですからッ!!! 他当たってくださいッ!!」

乾闥婆けんだっぱ矜羯羅こんがらの視線にも気付かないくらい必死で抵抗している

「…んだっぱが大声上げるなんて…よっぽどのことなの?」

制多迦せいたかが悠助の頭を撫でながら聞く

「俺の一生にかかわることッ!! オロロ~ン!!」

坂田がわざとらしい泣き真似をする

「君の一生にかかわることなのにどうして乾闥婆けんだっぱが必死なのさ」

矜羯羅こんがらが坂田に聞いた

「戦力」

坂田ではなく南と中島がハモって答えた

「戦力?」

矜羯羅こんがらが首をかしげる

「我慢比べのな。俺ら上がったばっかりだから負けるの目に見えてるだろ?だからまだ入ってない乾闥婆けんだっぱに助けも止めてる最中」

京助がイチゴ・オレのパックを悠助に手渡した

「あー!! 京助一口って言ったのに全部飲んだー!!」

悠助が頬を膨らませて怒る

「ワリ; 後で買ってやるから;」

京助が苦笑いで謝ると悠助がじとっと京助を見た後パックをゴミ箱に捨てた

「僕は一人ではいるのが好きなんですッ!!」

「そこをなんとかー!!」

一向に進歩のない交渉がかれこれ十数分続いている

「まぁ…仕方ないのかもね乾闥婆けんだっぱにとっては…まだ慣れないんだね」

矜羯羅こんがらがボソッというと制多迦せいたかが頷いた

「何が」

京助が何気に耳に入った矜羯羅こんがらの言葉に突っ込む

「なんでもないよ…それより誰と我慢比べするのさ」

さりげなく矜羯羅こんがらが話題を逸らした

「坂田の爺さん」

京助が言う

「…っき大声で入っていった人?」

制多迦せいたかが聞くと京助が頷いた

「…のさ」

制多迦せいたかがスッと手を上げた

「ハイ、タカちゃん」

中島が指名する

「…るらまだ中にいるけど…迦楼羅かるらなら勝てるんじゃないかな?」

全員が浴場への戸を見た


「まだ…って…アレから結構経ってんけど…まだ?;」

中島が浴場を指差して聞くと制多迦せいたかが頷いた

「俺らより前に入ってて…まだ?;」

南も聞くと同じく制多迦せいたかが頷く

「放っておけば一日中いるんちゃうか?;」

京助が言う

「…勝てる…」

坂田がボソっと呟いた

「勝てる!! 勝てるッ!!」

勢いよく立ち上がった坂田が浴衣のまま浴場に向ってダッシュしていた

「ビバ!! 鳥!!」

南と中島も小躍りしながら坂田に続いて浴場に入っていく

「…僕たちも行く?」

腰に手を当てて矜羯羅こんがらが残されていた一同に声を掛けた

「鳥ッ!! いや!迦楼羅かるら君ッ!!」

微妙にエコーのかかった坂田に声が浴場に響いた

「…何事だ;」

檜風呂に浸かっていた迦楼羅かるらがいつもは絶対呼ばれない呼び方をされて多少顔を引きつらせながらも返事をした

「お願いがございますの!!」

浴槽の枠にかけてあった迦楼羅かるらの手をとって坂田が迦楼羅かるらを見た

「…あまり聞きたくないのだが;」

迦楼羅かるらが顔を逸らした

「一緒に打たせ湯で修行した仲じゃないッ!」

坂田が迦楼羅かるらの手に頬擦りしながら言う

「やめんかッ!! たわけ!!; 気色悪い!;」

迦楼羅かるらが手を引っ込めながら怒鳴った

「ひどいッ!!」

坂田が両手で顔を覆いながら中島に抱きついた

「…お前が女の子ならココで抱きしめてるんだけどなぁ…」

中島がフッと遠い目をしながら笑った

「で…何の用だ? あまり聞きたくないが…」

溜息をつきながら迦楼羅かるらが聞く

「坂田の爺さんと我慢比べしてほしいんだわ」

南が答えた

「…は?」

迦楼羅かるらが聞き返す

「坂田の爺さんとどっちが長く風呂に入ってられるか我慢比べして欲しいんだとさ」

後から入ってきた京助が話しに入ってきた

「何故ワシがコヤツの爺さんと我慢比べをしなければならないのだ?;」

「お前しか勝てそうなやつがいないから」

迦楼羅かるらが聞くと3馬鹿と京助がハモった

「俺ら上がったばっかだしまだ入ってない乾闥婆けんだっぱがスゲェ拒否してるしで…」

京助が口の端を上げてヘッと笑いながら言う

「…まぁ…当たり前だろうな」

迦楼羅かるらがボソッと言った

「何が」

迦楼羅かるらに京助が聞く

「…いや…何でもない…が…そもそも話しの主旨が見えないからにはなんとも言えん。何故我慢比べなどすることになったのだ?」

迦楼羅かるらが湯から上がり浴槽の枠に腰掛けた

「実はですな…カクカクシカジカなんでございます」

南が言った

「わかるか!! たわけッ!!!;」

迦楼羅かるらが怒鳴る

「漫画ならコレで通じるのにねー不便だよねぇ…」

南がハッハと笑う

「…のさ」

制多迦せいたかが手を上げた

「ハイ、タカちゃん」

中島がまた指名する

「…かたの爺さん…見当たらなくない?」

制多迦せいたかが言うと全員で浴場の中を見渡した

「…露天か?」

坂田が露天に続く戸に手をかけた

坂田が戸越に露天の方を見ても誰かが入っている様子はなく

「…サウナか?」

そう呟いて露天への戸からサウナの戸の方へ歩き戸を開けた坂田が中を見て戸を閉めた

「いねぇ…」

キョロキョロと広い浴場を見渡してもザーっという打たせ湯の音しか聞こえず

「お前誰か入ってきたの気付かなかったのか?」

京助が頭に巻いていたタオルを巻きなおしている迦楼羅かるらに聞いた

「…そんなものイチイチ気付いてられるか」

垂れてきた前髪をグイグイとタオルの中に押し込みながら迦楼羅かるらが言う

「探す?」

慧喜えきが悠助にべったりくっつきながら言った

「そうだね~……ってえきっちゃんえきっちゃん; ここ男湯;」

何の違和感もなく男湯に入ってきていた慧喜えきに南が突っ込んだ

「探すって言っても…」

矜羯羅こんがらがふぃっと露天の方を見た

「…あっちしかないんじゃない?」

そして露天を指差す

「まぁ…そうなんだけど;」

さっきは覗いただけだった露天への戸に坂田が手をかけた


「ひょー…;浴衣着てても寒みぃッ!;」

少し吹雪き模様になってきていた外に出ると坂田が叫ぶ

「風呂までの距離長すぎじゃねぇ?思ったけど」

中島が続いて出て言う

「寒いから走って滑って転んじゃうよねー」

南も笑いながら言った

「…おい」

京助が前を歩いていた中島の肩を掴んだ

「なんだよ?」

中島が京助を振り返ると先頭を歩いていた坂田も振り向いた

「…足」

「足?」

京助が言うと全員自分の足を見た

「いや…あれ…」

京助が指差した方向を全員が揃って見た

「足…だな」

「足だよね」

「…し…」

「どう見ても足だよね…」

満場一致で京助が指差したもが【足】だと認められた

「…誰の?」

矜羯羅こんがらがボソッと言う

「…お前の?」

中島が京助に言う

「いや、しっかりついていますから」

京助が浴衣を巻くり上げ足を見せた

「じゃぁ…もしかして…」

南がゆっくり坂田を見た

「…もしかして…もしかしなくて…坂田爺?」

中島も即席の俳句を言いつつ坂田を見た

「爺ッ!?;」

坂田が【足】目掛けて走り出すと中島と南、京助も駆け出した

「おぉお!!; ビンゴッ!!;」

中島が大声を上げた

「救急車ッ!! 救急車ッ!!;」

南も大声を上げる

「の前に隠すもの隠すものッ!!;」

京助も大声で言う

「爺ッ!! 爺ッ!!;」

坂田が坂田爺を呼ぶが坂田爺はぐったりとしたまま動かない

「落ち着け!! たわけ!!」

迦楼羅かるらが頭に巻いていたタオルを坂田爺の腰の辺りにかけた

「栄野弟…乾闥婆けんだっぱを呼んでこい」

迦楼羅かるら慧喜えきにべったりくっつかれている悠助に言う

「けんちゃん? うん!!」

元気よく返事をした悠助が中へと入っていく

乾闥婆けんだっぱより救急車だろッ!!;」

中島が迦楼羅かるらに言った

「…かじま…乾闥婆けんだっぱは…」

制多迦せいたかが中島の肩を叩いて何かを言いかけた

乾闥婆けんだっぱは医者より役に立つ」

迦楼羅かるらが言うと京助と3馬鹿がきょとんとした顔をした

「…乾闥婆けんだっぱって…医者なのか?」

坂田が迦楼羅かるらに聞いた

「正確に言うと【迦楼羅かるら専属の医者】みたいなものだね」

矜羯羅こんがらが答えた

「何!? 鳥さんどっか悪いの?!;」

南が迦楼羅かるらを見た

「誰が鳥だ!! 誰がッ!!;」

迦楼羅かるらが怒鳴ると口から小さく炎が出た


「軽い脳震盪ですね。しばらくすれば気付きます…が…ここでは風邪引きますね…頭動かさないように中に運んでください。お尻の方の処置は気づいてからですね」

乾闥婆けんだっぱが駆けつけた従業員にてきぱきと指示を出している

「…医者みてぇ…」

3馬鹿と京助が感心して頷いた

「だから乾闥婆けんだっぱ迦楼羅かるら専属の医者見たいなものなんだってば」

矜羯羅こんがらがソレに対して突っ込みを入れる

「さっきも南が聞いてたけど鳥類どっか悪いのか?」

京助が思い出したように矜羯羅こんがらに聞いた

「態度?」

「性格?」

「根性?」

坂田、南、中島が冗談交じりで言う

「…まぁ…ソレもあるかもしれないけど本当ドコ悪いんだ?」

京助が再び聞く

「…僕が言うわけにはいかないよ…【時】がくれば迦楼羅かるらが直接話す時期が来ると思うから」

矜羯羅こんがらがにっこりと微笑んで言った

「また【時】かよ…;」

京助が頭をかきながら溜息をついた

「え? 何? 何? 【時】って何?」

南が京助に聞く

「…うすけと京助にとっても僕達にとっても…南達にとっても凄く大事な事」

制多迦せいたかが小さく言った

「え? 何…俺らにも関係あんの?」

坂田が聞く

「というか…生きとし生けるもの全てだね」

矜羯羅こんがらが答える

「特に京助と悠助…【時】は君たちを待っているから君達が目覚めるのを」

そう付け加えた矜羯羅こんがらが目を伏せた

「目覚め…って俺起きてるンですが」

京助が言う

「…うじゃなく」

京助にすかさず制多迦せいたかが裏手ツッコミを繰り出した

「おお!! ナイス突っ込みタカちゃん!!」

中島が親指を立てると制多迦せいたかも笑って親指を立てた

「…だから…制多迦せいたかに変なこと教え込まないでくれる?」

矜羯羅こんがらが溜息をついた


「ドクダミの葉をよく洗って汁が出るまでよく揉んでソレをつけてください」

翌日見送りに起きだしてきた坂田爺に乾闥婆けんだっぱが言う

「本当に効くのか?」

京助が乾闥婆けんだっぱの肩に寄りかかりながら聞いた

「やって見るやって見ないはご本人の自由です」

乾闥婆けんだっぱがにっこりと笑った

「いや~…さんきゅさんきゅ これ俺の尻の穴も安泰だ」

坂田爺がハッハと笑って乾闥婆けんだっぱの肩をバシバシ叩いた

「…痛いんですが」

笑顔で言った乾闥婆けんだっぱだったがあからさまに嫌がっている様子がヒシヒシと伝わってくる

「深弦!!」

坂田爺が坂田婆と話していた坂田を呼んだ

「いいか!今回はオジャンになってまったが…俺は諦めたわけでねぇからな!」

そう言って坂田爺が笑う

「…また来てくれな」

坂田爺が乾闥婆けんだっぱの頭をクシャクシャと撫でて坂田の方に歩いていく

「…早くよくなるといいな坂田の爺さんの痔」

京助が笑をこらえている様子で言った

「ドクダミは結構効きますから」

乾闥婆けんだっぱがさらッと言う

「お前…何でもできんだな」

京助が言うと乾闥婆けんだっぱが首を振った

「…僕が一番したいことは僕には絶対できないことですから」

いつもの同じ様な笑顔で言った乾闥婆けんだっぱだったがどこか悲しそうだった

「おーぃ!!!! 京助ー!! 出発すんぞー!!」

中島が京助に向かって叫んだ

「じゃぁ僕はそろそろ迦楼羅かるら連れて先に戻りますね」

乾闥婆けんだっぱが旅館の方に向って歩き出した

「…もしかしてまた風呂はいってたのか?;」

乾闥婆けんだっぱの後姿を見ながら京助が呟いた


挿絵(By みてみん)

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