【第六回・参】大菓の改心
バレンタインが近づいて 悩める乙女がここにひとり
「…どこ見てんのさ?」
休み時間阿部の視線を胸に受けた本間が阿部に聞く
「…やっぱり牛乳とか飲むとそんなになるの?」
本間の胸を羨ましそうに見た後自分の胸を見て阿部が溜息をつく
「揉むと大きくなるって聞いたことあるけど」
足を組んでイカソーメンを一本口に咥え本間が言った
「はやく彼氏作れば?」
横から手を伸ばしてきたミヨコが笑いながら言う
「彼氏…かぁ」
意味もなく伸びをして机に突っ伏した阿部がチラッと斜め後ろを見る
「無理無理こう見えてこの子結構一途だから」
本間が阿部の頭を撫でながらミヨコに言った
「まぁ…なんたってかれこれ7年越しだしねぇ?」
ミヨコも本間と同様阿部の頭を撫でる
「そろそろいんでないのかい? 郁恵ちゃん」
目線を斜め後ろに向けたままの阿部に本間が耳元で囁いた
「時期的にも…告るのに丁度いいイベントあるじゃん?」
そう言ってミヨコが壁に貼られたカレンダーに目をやった
「…も~…勝手に進めないでよッ!;」
足をバタバタさせて阿部が完全に突っ伏した
「…できるならとっくにしてるもん…」
阿部がボソッと呟いた
「しょうがないなぁ…」
本間が席を立ち阿部の斜め後ろへと歩いていく
「…香奈?;」
席を立つ【ガタン】という音で顔を上げた阿部が本間の姿を追って斜め後ろを見た
「栄野」
本間が京助に声を掛けるのを見た阿部が声も無く驚く
「あ?」
浜本の席でUNOをしていた京助が返事をすると本間がなにやら話し始めた
「…そうありがと」
しばらくして本間が戻ってくると阿部がすぐさま身を乗り出して本間に顔を近づけた
「なに聞いてきたのッ!!?;」
小声で本間に聞く
「暑寒岳だって」
本間が意味ありげな笑顔で言った
「…は?」
意味がわからない阿部とミヨコが疑問系の声を出す
「エベレスト、富士山、大雪山、桜島、十勝平野の中でどれがいいって聞いたら栄野は暑寒岳が一番だそうです」
イカソーメンを数本手に掴んでその内の一本を阿部に口に入れながら本間が言った
「…何ソレ…」
ミヨコが本間に聞くと
「胸の大きさ」
本間がさらっと答えた
「香奈がエベレストだとするとー…」
「…アタシはどれなわけ?」
阿部が真剣に聞く
「…公園の砂山くらい?」
ミヨコが阿部の胸を見ながら答える
「…十勝平野はあんまりでしょうからね」
そう付け足したミヨコをジトッと横目で見た後阿部はイカソーメンをまとめて口に入れた
「目指せ暑寒岳だぁね」
本間が足を組みなおして阿部に言った
「ハルにも聞いてこよーっと」
イカソーメンを数本持ってミヨコがマイダーリンの元へ向かう
「はぁ…」
阿部が溜息をつくとチャイムが鳴った
「きょうぅすけぇ~!!!」
校門を出たところで聞こえた悠助の声
「悠? と…慧喜?」
ぼふっと音をさせて悠助が京助に飛びつく
「義兄様ずるいッ!!!」
そんな悠助を慧喜が京助から引っぺがした
「お? 新顔だね誰々?」
南が慧喜を見て京助に聞く
「慧喜さんだよ」
悠助が慧喜に抱きしめられながら答えた
「へぇ~…」
坂田が慧喜をまじまじ見る
「…じろじろ見るな」
むすっとして慧喜が坂田に言う
「あれか? 緊那羅の仲間?」
中島が京助に聞いた
「んにゃ何だかコイツは制多迦とか矜羯羅側らしいけどようわからん;」
「ほーぅほうほう」
京助が言うと3馬鹿が揃って数回頷いた
「…で…? さっきコイツお前のこと【義兄様】って呼ばなかったか?」
思い出したように坂田が言う
「呼んだよ? だって京助は悠助の兄弟だから。旦那の兄弟は様つけるんだってヒマ子義姉様言ってたし? ねー? 悠助ッ」
悠助を思い切り抱きしめてすりすりしながら慧喜が言う
「…旦那…って…」
南が無言で悠助を指差しながら京助を見ると京助が頷いた
「慧喜さんはねー僕の子供産んでくれるんだってー」
下校時間真っ最中だった校門前の視線が悠助の一言で一斉に注がれた
「あぁあ;痛い痛い!視線が痛い!!!;」
坂田が声を上げて後ろを向いた
「産むって…あの…女の子なわけ?;」
南が慧喜の全身を見ると慧喜が悠助を離し腰に手を当てて身を起した
「失礼なヤツばっかりだな」
手を当てた腰にはきちんとくびれがありそのくびれの上には二つの胸の膨らみがあった
「何気にスタイルよくね?」
中島がボソッと呟くと坂田と南が頷く
「大雪山ってとこですかね」
「うおぉおお!?;」
ひょっこりと現れた本間に3馬鹿と京助が驚く
「ほ…本間;」
胸を押さえて落ち着きを取り戻そうとしている中島が言った
「あの子はいないの? 金髪の変な話し方の細い子」
あくまでマイペースな本間がしれっとして聞く
「緊ちゃんは寒いから家にいるよ?」
悠助が言う
「そうならいいの」
にっこり笑って本間が回れ右をしてスタスタと歩いていった
「…何なんだ?;」
その後姿を見て呟いた京助に3馬鹿がが首をかしげた
「キンナラムちゃんに用事あったみたいだね」
南が言う
「…アイツ俺より胸あった」
慧喜がボソッと言う
「ムカツク」
慧喜が去っていく本間を睨んだ
「…悠助は大きい胸の方好き? 俺嫌い?」
慧喜が聞くと悠助が首をかしげて少し考えた後
「僕は慧喜さん好きだよ?」
そう言って満面の笑みを慧喜に向けた
「悠助…ッ」
慧喜が思い切り悠助を抱きしめる
「…典型的馬鹿ップル」
坂田が言った
「毎朝行ってきますのチューしてたりしてな」
中島が冗談半分で笑って言った
「してる」
京助が頷いて言うと3馬鹿が揃って慧喜と悠助を見た
「…小1なのに妻有かァ…やるな悠助! その兄は二股かけてるってのに! …向日葵とオスに」
坂田が言うと京助が坂田にパンチを入れた
「あ、やっぱり義兄様二股かけてたんだ? じゃぁ緊那羅も義姉様?」
慧喜が納得したように言う
「かけてねぇしかけた覚えもねぇッ!; 勝手に人の経歴汚すなッ!!;」
京助が怒鳴った
「で? なしたんよ」
滅多に車の通らない車道に横一列になって歩きながら京助が慧喜と悠助に聞く
「お使い~スーパー行ってほうれん草とレノアと~……」
悠助は頼まれたものを二つほど上げその後ポケットをゴソゴソして紙を取り出した
「モヤシとシーチキンとレタスと特売品の豚肉~」
ピンクの色上質紙に印刷されている広告を見ながら悠助が言う
「重いから中学校寄って京助と行きなさいってハルミママが言ったの」
ポケットに広告をしまいながら悠助が笑顔で言った
「さいですかー…;」
京助が遠い目をする
「ねぇねぇ慧喜とかいったっけ?」
南が悠助にべったりの慧喜に話し掛けた
「そうだけど何」
慧喜がそっけない返事をする
「あのさ俺服作るの好きなんだけど今度着てみてくれない?」
南が目を輝かせて慧喜に言った
「何で俺が…」
慧喜がブスッとして答える
「俺が着てもいいんだけどさ~…さすがに着て歩くとヤバイから; 俺一応男だし」
南が苦笑いで言った
「服って着てこそなんぼだしさー…な? 頼むって」
両手を合わせて慧喜に南が頭を下げた
「慧喜スタイルいいしさー似合うと思うんだよなー…なー? 悠?」
南が悠助に同意を求めた
「うん!」
おそらく意味はわかっていないのだろうけど悠助が元気良く返事をした
「悠助が言うなら…いいよ」
悠助が一言返事しただけで慧喜があっさりOKする
「やっり!」
南が嬉しそうに指を鳴らした
「ってかお前等どこまでついてくるんよ…; 中島と南逆方向じゃん;」
どこまでも同じペースでついてくる3馬鹿に京助が言った
「いーじゃん暇だし」
南が言った
「そー…ってか今時間ならたぶんミカ姉買い物に来てると思うから」
中島が道路の反対側に見えるスーパーを指差して言う
「あれ?」
坂田が声を上げた
「あれって…阿部ちゃんと本間ちゃんとミヨコじゃん」
トラックが一瞬視界を遮った
「あーべーちゃーーーん!!」
悠助が阿部を大声で呼ぶと慧喜がむすっとふてくされた
「…栄野達だ」
本間が軽く手を振ると阿部も振り返った
信号が青に変わると京助達が小走りで道路を渡って来た
「何してんの?」
南が聞く
「チョコ買いにね」
ミヨコがスーパーの自動ドアをあけながら言う
「チョコ? …あぁ! バレンタインか!!」
坂田が入ってすぐ目の前に設置されているピンクと金で飾られた特設商品棚を見て言った
「…バレ…って何?」
慧喜がきょとんとして呟いた
「…好きな男の子にチョコあげる日」
阿部が慧喜の横を通りながら言った
「好きな…?」
慧喜が悠助を見ると悠助が笑顔を返した
「…ちょっとペチャパイ!」
慧喜が阿部に向かってそう大きな声で言うと客の視線が阿部に集まり当の阿部は顔を赤くしてキッと慧喜を睨んだ
そして大股で慧喜に歩み寄ってきた
「なによッ!」
怒りを最小に押さえつつ阿部が慧喜に言う
「…詳しく教えて」
慧喜が言った
「バレンタインってのはね好きな男の子にこれ…こんな風にハート型とかしたチョコをあげて気持ちを伝えるの」
ふてくされてる阿部の代わりにミヨコが慧喜に説明する
「買っちゃう人も多いけどやっぱり手作りだよねぇ」
阿部の肩に寄りかかりながら本間がしんみりと言った
「手作り…」
慧喜がラッピングされて並んでいるチョコを眺める
「…女子盛り上がってんナァ;」
買い物カゴにモヤシを放り入れながら京助が呟いた
「年に一度のドキドキイベントだしね」
南がハッハと笑う
「俺今年もらえるんだろうか…」
中島がボソッと言うと三人が止まった
「…俺母さんからくらいかなァ…」
坂田がフッと鼻で笑う
「同じく」
京助が言う
「なんなら俺がやろうか? アサクラで」
南が開き直ったように笑顔で言った
「遠慮します」
中島、京助、坂田が同時に顔の前で手を振って拒否の姿勢を示した
時計の針が午後十時を示した
「さって…風呂にでも入るかな」
くぁあと大きな欠伸をして京助が首をポキポキ鳴らす
「アンタで最後だからお風呂の電源落としてきてね?」
母ハルミがテレビを見ながら言った
「ヘイヘイ…っと慧喜?」
タオル片手に茶の間から出ようとした京助が戸をあけたところにたっていた慧喜に多少驚く
「悠は?」
京助が慧喜を茶の間に入れた
「悠助は寝たよ…ハルミママ様」
京助の質問に答えたあと慧喜が母ハルミに話しかけた
「なぁに?」
にっこりと笑顔で返事をした母ハルミの隣に慧喜が座った
「あのね…チョコ…ってどうやって作るの?」
慧喜が母ハルミを真っ直ぐ見て聞いた
「チョコ? …あぁ!! もうすぐバレンタインだものね」
母ハルミが笑った
「そうねぇ…久々に作ってみましょうか」
そう言った母ハルミの顔は青い春の頃に戻ったようにイキイキとしていた
「悠にか?」
京助が戸口に立ったまま言う
「うん」
慧喜がキッパリと即答した
「あらあら」
慧喜の即答に何故か母ハルミが嬉しそうに笑った
「お前本当に悠好きなんだな」
ヘッと口の端をあげて言った京助に慧喜が大きく頷いた
「好きだよ? 大好き…だって悠助は…」
「うっわ; びっくりしたっちゃ;」
茶の間に入ろうと戸を開けたところに京助がいて驚いた緊那羅の言葉で慧喜の言葉が途切れた
「わりぃ;」
京助が緊那羅に謝りながら廊下に出る
「電源忘れないでよー?」
母ハルミが少し大きな声で京助に向かって言った
「何の話してるんだっちゃ?」
戸を閉めて緊那羅が慧喜の隣に腰を下ろした
「バレ何たらっていうチョコをあげる話」
慧喜が答える
「本当は何だか違う日らしいんだけど…日本じゃ好きな人にチョコをあげる日になってるのよね~2月14日って」
母ハルミが笑った
「慧喜は悠助に?」
緊那羅が言うと慧喜が頷く
「俺悠助好きだもん」
慧喜が迷いもなくはっきりと言い切った
「…悠助…俺を好きだって言ってくれた…」
俯いて慧喜が小さく言った
「今まで誰からも言われた事がなかったんだ…好きなんて…好きだって言われて…俺…」
慧喜が照れくさそうにでも嬉しそうに何かを思い出して微笑む
「嬉しかったんだ…好きって言われてこんなに嬉しいものなんだって…初めて悠助が俺を見つけてくれた様な気がして…だから俺は悠助が好き…大好き」
緊那羅と母ハルミがそう嬉しそうな話す慧喜を笑みを浮かべながら見ていた
「矜羯羅様と制多迦様は俺を拾ってくれたから好きだけど…悠助はもっと好き」
母ハルミが組んだ手に顎を乗せて慧喜の話を聞いている
「俺…悠助が笑って俺の名前を呼んでくれるのが凄く嬉しくて悠助が俺のそばにいてくれるのも嬉しくて」
「ありがとう」
母ハルミが微笑みながら言った
「悠ちゃん…悠助のことそんなに好きになってくれてありがとう。母として凄く嬉しいわ」
本当に嬉しそうな微笑で母ハルミが言うと慧喜が顔を赤くした
「孫が楽しみだわ」
母ハルミが冗談っぽく言って笑うと緊那羅も笑った
「期待してて」
慧喜が笑って言った
「ヒマ子さんは京助にチョコあげるんだっちゃ?」
緊那羅がヒマ子に水を与えながら聞いた
「チョコ?」
与えられた水を吸収しながら真冬に咲く向日葵は首をかしげた
「何でも好きな人にチョコをあげて好きって言う日があるらしいんだっちゃ」
最後の一滴を鉢の中に入れた緊那羅がジョウロを置いた
「昨日ハルミママさんと慧喜が話してたんだっちゃ」
ザカザカと肥料を鉢の中に入れて緊那羅が言う
「…そう…そんな日があるんですの…」
しばらく黙ったあとヒマ子が何かを思いついてにやりと笑った
「緊那羅様はいかが致しますの?」
「私?」
ヒマ子に突然聞かれて緊那羅がきょとんとしたままヒマ子を見上げた
「京様にはあげないのですか?」
何かを確認するかのようにヒマ子が緊那羅に聞く
「私…は…」
手に肥料の袋を持ったまま緊那羅が考える
「…あげた方…いいのかな…」
ぼそっと緊那羅が呟く
「京助が喜ぶならあげたい な」
「やはり!!!」
ヒマ子の背後に突如嫉妬の炎が燃え上がった (様に思える)
「キィィィィッ!!! やはりお二人はッ!!」
ヒマ子がどこから取り出したのか白いハンカチを噛んで悔しがる
「…チョコ…」
鉢から肥料を溢れさせながら緊那羅が小さく言った
「…やっぱり手作りがいいのかなぁ…でもなぁ~…う~…」
スーパーのバレンタインコーナーで阿部はかれこれ数十分行ったり来たりをしている
「どうしよう…」
肩に掛けた鞄を握り締めて阿部が悩みに悩んでいる
「京助だけ…って…う~ん…;」
「義兄様がどうかしたのか?」
「!!!?; ッいやぁあああああああああああああッ!!!!!」
阿部の叫び声がスーパー中に響き渡った
「あ…阿部さん…?;」
鞄振り上げた阿部におそるおそる緊那羅が声を掛けた
「ラ…ラムちゃんと…慧喜…?;」
鞄を振り上げたまま阿部が言う
「あら阿部ちゃん? どうしたの大きな声出して」
買い物籠を持った母ハルミが後から来て阿部に声を掛けた
「あ…おばさん…;」
まだ鞄を振り上げたままの阿部が母ハルミに向かっていった
「…鞄おろせば?」
阿部が鞄を振り上げたのを避けてよろけて緊那羅に支えられていた慧喜がぶすっとして言う
「慧喜何かしたんだっちゃ?」
緊那羅が慧喜に聞く
「何もしてないよ! ただコイツがあに…」
「なーーーーーッ!!;」
慧喜が言いかけた言葉を阿部が大声を出してかき消した
「京助?」
「なんでもない!!; なんでもないのッ!!;」
両手を前に出してブンブンと振って阿部が言う
「ラムちゃん達こそ何買いに来たのッ?」
そして話題を変えようと阿部が聞いた
「チョコ」
慧喜が答えた
「バレンタインのね。阿部ちゃんもそうなんじゃないの? ずいぶん悩んでたみたいだから本命かしら?」
母ハルミがクスクス笑いながら言う
「ちっ…ちが…;」
顔を赤くして阿部が口ごもる
「とっ…父さんに! あげようかなぁ…なんて…;」
ハハッと笑いながら阿部が言った
「俺は悠助にあげる」
慧喜が言うと阿部が緊那羅を見た
「…ラムちゃんは?」
いきなり話題を振られて自分を指差したまま緊那羅が阿部を見ると阿部が頷いた
「私は…」
阿部が息を呑んで答えを待っている
「…京助」
阿部が止まった
「…と悠助とハルミママさんと迦楼羅と乾闥婆と…あと…」
次々に緊那羅の口からでてくる名前に阿部がぽかんとした
「ちょ…ちょっと待って待ってッ!!;」
阿部が待ったをかけた
「何だっちゃ?」
指を折りながら名前を言っていた緊那羅が阿部を見る
「本命はッ!! 本命!ほ・ん・め・いッ!;」
阿部が少し怒ったように言った
「本命って…何だっちゃ? バレンタインって好きな人にチョコあげるんだってハルミママさんがいってたっちゃ…だから…あ! 阿部さんにも…」
緊那羅が笑顔で言うと阿部がはぁと溜息をついた
「あのねぇ…;アタシが聞きたいのは本命は誰なのかってこと! 本命ってのは一番好きな人のことでッ!!」
阿部が怒ったように少し大きな声で説明する
「じゃぁ俺は悠助」
慧喜がまたも言う
「アンタには聞いてないッ! 誰!?」
慧喜に怒鳴ったあと緊那羅の方を向いた阿部が緊那羅ににじり寄る
「え…ぇえと…; そう言う阿部さんは誰が本命なんだっちゃ?;」
緊那羅に聞き返されて阿部が止まり一気に顔が赤くなった
「あ…アタシは…ッ!! アタシはいいのッ!! てかいまアタシが貴方に聞いてるんでしょッ!!」
赤い顔のまま阿部が怒鳴る
「まぁまぁ…若いわねぇ」
隣で製菓用のチョコをカゴに入れながら母ハルミが笑うと周りにいたおばさんや店員もクスクス笑っているのに阿部が気付き更に顔を赤くした
「あ、ラムちゃん!!」
自動ドアから荷物を持って母ハルミ、慧喜と共にスーパーを出ようとしていた緊那羅を阿部が呼び止めた
「ちょっと…話いいかな?」
緊那羅がきょとんとして母ハルミを振り返ると母ハルミは笑顔で頷き自動ドアが閉まった
「なんだっちゃ?」
買い物袋を持ち替えて緊那羅が阿部に聞く
「あのね…ラムちゃんと京助…って」
もごもごと小さな声で阿部が言う
「私と京助?」
緊那羅が聞き返す
「って…イトコなんだ…よね? それだけ?」
ちらっと緊那羅を見ながら阿部が聞く
「それだけって…何がだっちゃ?」
そして再度 緊那羅が聞き返した
「恋人とか…許婚とか…ないよね?」
俯いたまま阿部が小さく言うと緊那羅は少し考えて口を開いた
「私は京助を守りたいだけだっちゃ」
顔を上げた阿部に緊那羅が笑顔で言った
「…それは好きだから?」
阿部が緊那羅に聞く
「そう…なるのかな」
緊那羅が考えながらいうと阿部が溜息をついた
「そっか…じゃぁ負けない。アタシだって京助守れるってわかったもん」
口元に笑みを浮かべて阿部が緊那羅に向って言った
「え…?;」
意味が深そうな笑顔で言われて緊那羅が少し逃げ腰になる
「絶対負けないんだから」
そう強く笑顔で言うと阿部はスーパーから出て行った
「……?;」
緊那羅がぽかんと買い物袋を下げたまま阿部の背中を目で追った
「諸君!! グッモー!!」
眠そうに白い息を吐きながら大あくびをした坂田の背中を南が叩いた
「元気だねぇ…」
坂田の隣でこれまたあくびをした中島が言う
「お! めっずらしー! 京助がいらっさる!!」
連続であくびをしている京助を南が見つけて言った
「あくびうつすなよ…自分だけので余ってるんだからさぁ…」
京助がそう言ってまたあくびをした
「やたら眠そうだなオイ;」
南が笑いながら京助の顔を覗き込んだ
「あ~…朝っぱらから泡だて器の音で起された」
頭をかきながら京助がまたあくびをする
「泡だて器?」
中島が聞く
「そ~…ウチの女性陣がなんだか張り切っててさぁ…;」
はぁと京助が溜息をつくと坂田がピクっと反応した
「女性陣ってことはハルミさんも入ってるんだよな!?」
そして中島を押しのけ京助に聞く
「母さんどころか緊那羅まではいっちょるわ;」
京助が答えた
「うーわー…」
3馬鹿がそろって言いながら笑った
「京助もってもて?」
中島が言うと京助がどつく
「ハルミさんの手作りかァ…京助…いや京助君!! 仲良くしようじゃないか!」
坂田が京助の手を握って言った
「ひっどーぃみつるん! 私からのチョコは拒否ったくせにぃ!!」
南が小指を立てて言う
「キショいわ!」
体育ジャージの入った袋で坂田が南を殴る
「いたーぃん!!」
南が笑いながら言った
「なんにせよ…ある意味闘いの日だよなァ…男にしても女にしてもバレンタインって…俺…甘い物好きじゃないくせに欲しかったり」
中島が言うと
「わかるわかる」
残りのメンバーが揃って頷いた
「なんでなんだろうねぇ」
南が鼻から息を出した
「バレンタインにもらうチョコって何の変哲のないチョコにしろもらえるかもらえないかで結構アレじゃん?」
中島が言う
「まぁ…なんでだろうなぁ…うん」
【結構アレ】で一応通じたらしい京助が頷く
「そこら辺なんていうか不思議だよなァ?」
坂田が言うとそろって頷く
「イッツア、ヴァレンタインマジック? シャランラ」
南がどこかで聞いたことのある呪文のようなものを唱えつつ一回転する
「コケるぞ」
坂田が言うと中島がこけた
「…身代わり地蔵…」
京助がボソッと言う
「決心はついたのかい」
3馬鹿と京助の後ろを歩いていた本間が隣にいる阿部に声を掛けた
「…まだ」
阿部がむすっとした顔で答えた
「でも宣戦布告はしてきた」
スタスタと歩く速度を速めて阿部が言う
「ふぅん…」
本間が阿部にあわせて速度を上げた
「ラジオ体操のの男の子」
ボソッと本間が言うと阿部がビクッとした後顔を赤くして本間を見た
「…がまさか一緒の中学の同じクラスにいようとはねぇ…」
ニヤっと本間が笑う
「…っ…香奈ッ!;」
阿部の大声で3馬鹿と京助が振り返った
「お? 阿部ちゃんと本間ちゃん? おハロー」
南がヒラヒラ手を振る
「お前最近よく怒鳴るよなァ…元気だなぁ」
京助があくびをしながら言った
「いいじゃない別に…っ;」
マフラーをクイッと引っ張って阿部が顔を隠す
「今は絶対ラジオ体操に間に合わないよね」
本間がボソッと言った
「ラジオ体操?」
中島が本間のソレを聞き取って聞き返す
「な…なんでもないの! 何でもッ!!;」
阿部がバシッと中島の背中を叩いて小走りで校門をくぐった
「うん何でもないから」
そんな阿部に本間もついて校門をくぐっていく
「…乙女の秘密ってぇヤツ?」
坂田が言う
「この時期の女子はようわからん;」
京助がまたあくびをする
「お前あくびしす…ぎ」
突っ込んだ南にも京助のあくびがうつる
「一時間目なんだっけ」
京助が坂田に聞く
「確か数学…ってか何でも寝る気だろうお前」
坂田が答えた
「おうよ」
京助が伸びをした
「うわぁあああッ!!!!;」
ガタン! ガシャーー!
三時間目が半ばに差し掛かった頃窓際の席の男子が叫んだ
何事かと思い教室中がその男子生徒に目を向ける
「どうした?西村…おぉおぉおお!!?;」
声を上げた西村という男子生徒を見た教師も声を上げた
「…おい…起きろ京助」
一時間目からぶっ通し眠っている京助を坂田が丸めたノートで一発叩いた
「…んだよ…四時間目終わったのか?」
前髪に微妙な寝癖と頬に赤い跡をつけた京助が突っ伏していた机から身を起した
「お客さん」
丸めたノートで坂田が指す窓の方を目をこすりながら京助が見た
「義兄様」
窓の外でヒラヒラ手を振っている慧喜に京助が手を振り返す
「…で? なんだよ?俺はまだ眠いんだけど」
慧喜に手を振りながら京助があくびをする
「しっかり起きろ」
坂田がもう一発丸めたノートで京助を叩いた
「……慧喜!?;」
しっかり起きたのか京助が慧喜を見て叫んだ
窓にダッシュして開けると冷たい風が教室に流れ込んできた
「何してんだお前はッ!;」
「お届け物」
京助の問いかけに返事するより先に慧喜が何かの包みを差し出した
「何だ何だ?」
坂田が京助の肩にあごを乗せてソレを見る
「なんたら…っていうチョコのお菓子」
慧喜がにっこり笑った
「…お菓子はいいけどお前一人できたのか?;」
京助が包みを受け取りながら慧喜に聞くと慧喜が下を指差した
「…緊那羅;」
下には防寒に対しての完全防備の服装でで上を見上げている緊那羅がいた
「おわ!! ラッムちゃーんじゃーん!!! やほー!!」
浜本が京助を押しのけて緊那羅に手を振った
「こら授業中だぞ」
教師が一応教師という立場からか無駄だとわかっていつつも一応注意する
「ラムちゃんも来てるみたいですが」
本間がシャープペンをクルクル回しながら阿部に言う
「…だからなんなのよ」
不機嫌そうにして阿部が言うと本間がにやっと笑った
「相手は手作りっぽいナァって?」
本間がノートに何やら落書きを書いた
「対抗?」
ちらっと阿部を見ると阿部は頬を膨れさせたまま騒がしい窓際を見ていた
大きな三又鈎を立ててその上にバランスよく乗っかっていた慧喜が飛び降りる
「じゃぁね義兄様!」
京助に向って慧喜がブンブン手を振る
「おー…; …あ! ちょっと待て」
京助が自分の鞄の中から取り出したモノにゴソゴソと何かをしている
「緊那羅!」
そしてソレを緊那羅に向って放り投げた
京助が緊那羅の名前を呼んだことに阿部がピクッと反応すると本間がフッと笑った
「面白…」
ボソッと言った本間を阿部が睨む
「カイロ!あったけぇだろ」
京助が叫ぶと緊那羅が頷いた
「ありがとだっちゃ!」
カイロを握り締め緊那羅が笑顔で言う
「気ィつけて帰れよー!」
「ラムちゃんまったねー!」
坂田と浜本がほぼ同時に二人に向って叫んだ
「…お客が帰ったなら席に着けそこの三人…京助包みは休み時間に開けるようにな。今は駄目だぞ今は」
ハァと溜息をつきつつ教師が言うとチャイムが鳴った
「アレ?何ラムちゃんと慧喜きてたんだ?」
鳴り終えると同じくらいにガラッと隣のクラスの窓が開いて南が顔を出した
「差し入れもらったから中島引き連れてこい」
坂田がそう言って窓を閉めた
「均等に分けろ均等にッ!!!」
「あッ!! テメ!! 今ツバつけたろッ!!」
「やかましいッ!!; 騒ぐなッ」
「スゲー!!手作りだってさ~」
休み時間が始まったと同時に窓際の席に黒い人だかりができた
「タイムバーゲンに群がる主婦みたい」
本間がソレを見て言う
「うめー!!」
しばらくしてその人だかりの山から歓声が上がった
「ぞりゃそうだ!ハルミさんの指導だしな!マズイとか抜かしたヤツはケリ飛ばすぞ!」
坂田の声が中心付近から聞こえる
「何? さっきのあの子京助関連なワケ?」
一人の男子生徒が京助に尋ねた
「悠の嫁。ねーお・に・い・さ・ま」
中島が京助の首に抱きついて言った
「そういや【義兄様】って言ってたナァ…子供生まれたらお前14にしておじさんか」
男子生徒が言う
「京助だって一緒にいた金パの子が彼女なんでねーの?」
ダンッ!!! ガン!!! バン!
大きな音がして群れていた男子他教室中が音の方向に目をやると教室の戸口を見ている本間がいた
「…なんでもないの」
ゆっくりと振り返った本間がにっこり笑顔で言った
「手作り無理だね」
保健室のベッドに腰掛けて保健医に手首に包帯を巻かれている阿部にミヨコが言った
「まったく…あんだけ力入れて机叩けば手首も捻挫するよ~」
ヤレヤレと溜息をつくミヨコに阿部が膨れる
「はい! お嬢様方!保健室ではお静かに」
保健医が包帯をテープで止めながら注意した
「…だって…はぁ」
阿部が包帯の巻かれた右手首をさすりながら大きな溜息をついた
「…勝ち目ないのかなァ」
そのまま阿部がベッドに倒れこんだ
「らしくない」
その阿部のスカートを本間が捲る
「…何してんのよ香奈」
女だけしかいないからなのか悲鳴も上げず阿部が小さく突っ込む
「宣戦布告してきたアンタどこにいったのさ」
本間が腰を下ろした
「だって…」
「弱音吐くのは当たって砕けた後でもできるでしょ」
パンッ! と小気味いい音を立てて阿部の尻を本間が叩いた
「当たらないと砕けもしないしね」
ミヨコも言う
「栄野も結構鈍感だしねぇ」
保健医が笑いながら言うと阿部とミヨコが驚いて保健医を見た
「何でゆうこちゃん知ってんの!?」
阿部が大きな声を出すと保健医ゆうこちゃんが人差し指で【シー】というジェスチャーをした
「何年女やってると思ってんの」
そう言って笑うゆうこちゃんを阿部がぽかんとしたまま見る
「別に決心がつかないなら焦らなくてもいいんじゃないかねぇ?取られたら取り返すって手もあることだし」
「うっわ大人の意見」
ゆうこちゃんが言うとミヨコが突っ込んだ
「恋ってそんなものだよ」
フフッとゆうこちゃんが笑う
「でも…」
阿部がまたベッドに顔をうずめた
「取り返せないような気がする…」
ゴロゴロと意味もなくベッドの上を転がる阿部の制服を掴んで本間が止める
「強敵?」
ゆうこちゃんがミヨコに聞く
「金髪で京助の家に一緒に住んでる」
ミヨコが答えた
「付き合ってるの?」
ゆうこちゃんがまた聞いた
「らしい…けど本人には聞いてないからわからないの」
ミヨコがまた答えた
「ならまず栄野に聞いてみたら?」
ゆうこちゃんがさらっと言った
「聞いてもちゃんとしたこと教えてくれないんだもん…」
阿部が天井を見上げて呟いた
「ねぇ…ゆうこちゃん…どうして人を好きになるのかなァ…」
ボソッと阿部が呟いた
「悩んで苦しくて怒ってさぁ…そこまでしてどうして好きなんだろう」
そう言った阿部の最後の方の言葉がどことなく震えている
「好きだからだろう? 好きだから好きになるんじゃないの?」
それに対してさらっと保健医ゆうこちゃんが返した
「好きなもの聞かれてどうして好きなのか理論的に説明できるやつの方が少ないんじゃないかな? …世の中白黒はっきりできないものの方が多いんだよ…四時間目はここにいなさい。香奈、連絡宜しくね」
ベッドのカーテンを閉めながら保健医ゆうこちゃんが本間に言った
「アンタ等まだ若いんだから」
ゆうこちゃんが苦笑いを浮かべて言った
「そういやゆうこちゃん…もうすぐよ…」
「はーいーチャイムなるよー」
ミヨコが言いかけた言葉をわざとらしくゆうこちゃんが遮った
「あ、復活」
昼休み弁当の中の玉子焼きを箸で持ち上げていたミヨコが教室に入って来た阿部を見つけた
「考えはまとまったの?」
タラコが顔を出したおにぎりを片手に本間が聞くと近場の席から椅子を失敬した阿部がソレに腰掛けながら頷いた
「チョコは渡すけど…言わない」
ミヨコが差し出した玉子焼きを食べて阿部が自分の弁当を開いた
「いいの?」
本間が聞く
「チョコは渡すの?」
ミヨコも聞いた
「…今はまだ…もう少し…この関係でいたいような気持ちになってきたの」
パチンと箸箱を開けて阿部が言う
「その間に取られたら?」
本間が食べ終えたおにぎりのアルミ箔をクシャクシャ丸めながら聞いた
「もちろん取り返してやるわよ」
阿部が笑っていった
「それでこそ阿部!」
ミヨコが蓋を開けたばかりの阿部の弁当からから揚げを一つ奪って口に入れた
「好きなものは好きだからしょうがないって何かあったよね」
本間がボソッと言った
バレンタイン当日朝阿部は机の上に置いてある薄いピンクの包みを撫でた後鞄に入れた
「渡すだけ渡すだけなんだからさりげなくさりげなく…よしっ!」
自分に呪文のように言い聞かせ鞄を肩に掛けて部屋を出た
「…もう五時間目ですよ~」
本間がペシペシと阿部の頭を叩いた
「わかってるわよッ!!; …だって…」
そう言って阿部がチラッと目を横にやるとソコには坂田や浜本達と笑いながら話している京助の姿
「京助っていっつも誰かといるんだもん…」
机に突っ伏してはぁあと大きな溜息をついた
「昼休みは昼休みでいつもの面子でご飯食べてたり休み時間は休み時間でああでしょ?」
ぶつぶつ小さく言う阿部の頭を本間がなでた
「確かに…栄野の周りにはいっつも誰かいるんだよね…一人でいるのあんまりみたことないし」
南に抱きつかれている京助をみながら本間が言った
「…なんなら放課後私と一緒にやる?」
本間が自分の机の中から紙袋を取り出した
「…香奈…?」
その紙袋の中には青い包みが一つ入っていた
「私は坂田に用事があるんだけどね。どうせ一緒に帰るんだろうから」
「さか…ッて…香奈…初耳…」
本間の衝撃告白に阿部が驚く
「言ってないもの」
紙袋を机に戻して本間がしれッと言った
「香奈も女だったんだね」
阿部が頷きながら言う
「…少なくとも外見は阿部よか女だよ」
豊満な胸をさりげなく主張させながら本間が言うと阿部がその胸を叩いた
「何々? 何の話?」
ミヨコが阿部に肩に手を置いて話しに入って来た
「彼氏持ちには関係ない話し」
本間が言うと阿部が頷く
「なにさぁ~も~…」
ミヨコが膨れた
「お前等今日ヒマ?」
帰りのHRが終わり廊下で待っていた南と中島に京助が声を掛けた
「何? 何かあんの?」
ポケットに手を突っ込んだまま中島が聞く
「ハルミさんの手作りチョコ食いにいくんだけど来なくてもいいぞ」
坂田がやたら軽い足取りで踊りながら言う
「…やたら作ってんだよ母さん…と慧喜と緊那羅; 面白いらしくて; …で食いに来ないか聞いて来いってさ」
京助が半ば呆れ顔で言った
「ナイス!! いこうぜ!」
南がガッツポーズをした
「くんのかよ…」
坂田が舌打ちをする
「坂田」
「うおおぉお!!;」
いきなり本間に声を掛けられた坂田が声を上げて南に抱きついた
「イヤンみつるんたらこんな公衆の面前でダ・イ・タ・ン」
南が坂田を抱きしめ返す
「…どっかいくの?」
そんな光景に突っ込みも笑いもせずに本間が坂田に聞く
「俺ン家。処理活動に協力してもらおうかと思ってさ」
京助が答えた
「ふぅん…私らも行ってもいい?」
本間が京助に聞いた
「私ら…って阿部もか?」
本間の後ろにいた阿部を見つけて京助が本間に聞いた
「うん駄目?」
阿部をチラっと見た後本間が京助に聞き返した
「いいんじゃない?女子って甘い物好きだし」
中島が言うと本間が中島を見てにっこり笑った
「助言ありがとう。どう? 駄目?」
本間が京助に更に聞く
「いや…俺は別にいけど」
その京助の言葉を聞いた阿部の顔がすこし嬉しそうにほころんだ
「阿部塾とか大丈夫なのか?」
京助に聞かれて阿部が慌てて
「う…うん! 今日7時からだし」
鞄を抱きしめて笑いながら答える
「ならいくか」
玄関の方向に向って歩き出した京助にぞろぞろと続いて歩き出した3馬鹿の後ろを阿部と本間が歩く
「…きっかけは作ったからね」
本間が阿部の尻をペシっと叩いた
「…かえり」
茶の間の戸を開けると温かな空気とほんのり香るお茶の香りそして独特の話し方が京助達を出迎えた
「…何してんだお前等…」
「一服」
尋ねた京助に茶を一口飲んだ矜羯羅が答えた
「京助おかえりーみんないらっしゃい~」
「おかえり義兄様…あれ? ペチャパイ達もいんの?」
慧喜が奥の和室から顔を出した
「うるさいっ!」
阿部が慧喜に向って怒鳴る
「おじゃまします」
本間が部屋に入って戸を閉めた
本間の顔を見るなり膨れた慧喜が悠助を抱き上げる
「慧喜さん?」
抱き上げられた悠助が慧喜を見る
「アイツ俺より胸あるから嫌い」
慧喜がフンっと顔を振った
「あれ? 緊那羅は?」
ぐるり部屋を見て緊那羅の姿が見えないのを疑問に思った京助が悠助に聞くと阿部がピクっと反応した
「緊ちゃんはね~…」
「うっわ; …なんだか大人数だちゃね;」
タイミングよく部屋に入って来た緊那羅の手にはタオルが握られていた
「ヤッホ! ラムちゃん」
南が片手を上げる
「いらっしゃいだっちゃ。京助おかえりだっちゃ」
南に手を振り替えしながら緊那羅が言った
「何してたんだお前」
上着を脱ぎながら京助が聞く
「ん~…手洗ってたんだっちゃ。さっきまでお菓子作ってたから…」
緊那羅が手をヒラヒラ振りながら言うとどことなく甘い香りが漂っていることに気付く
「また作ってたのか?;」
京助が呆れ顔で聞いた
「またって…そんなに作ってるのラムちゃん?」
阿部が緊那羅に聞いた
「え…あ…でも殆ど矜羯羅が…」
チラっと緊那羅が矜羯羅に目を向けた
それに合わせるかの様に京助や3馬鹿の面々もゆっくりと湯気の立つ湯飲みを口につける矜羯羅に目をやった
「…食ったんか…?」
小さく京助が聞くと矜羯羅は湯飲みをテーブルに置いて小さく息を吐いた
「…あんだけの量をか?;」
「悪い?」
にっこりと笑みを向けて矜羯羅が言った
「京助の母さんが食べていいって言ったんだもの」
そういいながら矜羯羅は欠伸をしている制多の頭を叩いた
「一体どんだけの量だったんだ…?;」
南が顔を引きつらせながら苦笑いを浮かべる
「俺が朝見たときにはこんくらいのケーキ5つと…生チョコっぽいのが大量に…」
京助がジェスチャーも交えて説明すると呆れたような驚いたような顔で一同 矜羯羅を見る
「何さ」
少しムッとしたような声で矜羯羅が言った
「いえ。別に。何も」
3馬鹿と京助がハモって言う
「じゃあ何か? もうアレ…ハルミさんのチョコはないのか?;」
坂田が嘆く
「ハルミママさんのはないっちゃけど…ちょっと待っててっちゃ」
緊那羅が茶の間から出て小走りにどこかに向っていった
「少しくらい…残しておいてくれたってっ…」
床に手をついて坂田が激しく落ち込む
「坂田」
そんな坂田に本間が声を掛けた
「ハイこれ」
そして差し出された紙袋と本間を坂田がきょとんとした顔で交互に見る
「本間ちゃん…それって…」
南が紙袋を指差して言う
「チョコ」
本間がさらっと言ったのに対し3馬鹿と京助がどよめく
「…本気で?」
坂田がほんのり顔を赤くして本間を見る
「そう」
本間が頷きながら言った
「俺に…」
「ううん柴田さんに」
周りが一気に凍りついた
「…柴田さん?」
中島がボソっと言うと本間が頷く
「よろしく」
にっこりと笑って坂田に紙袋を押し付けて本間が阿部の隣に戻る
「…ど…ドントマイーン;」
鳩が豆鉄砲食らったような顔をしている坂田の肩を南と中島、そして京助がかわるがわる叩いた
「今度はアンタの番」
本間が阿部の耳元でボソッというと阿部が鞄を握り締めた
「あれ? 坂田…どうしたんだっちゃ?;」
何かをお盆に載せて茶の間に戻ってきた緊那羅が今だどっかから還ってこれていない坂田を見て言った
「何だソレ」
京助が緊那羅の持っていたお盆を見て言う
白いさっきまで緊那羅が持っていたタオルが上にかけてあり何が乗っているのかわからない
「…んと…」
緊那羅がそのお盆をテーブルに置きタオルを取った
「坂田」
緊那羅に名前を呼ばれて半分還ってきた坂田が振り向くと目の前に差し出された小さな包み
「南と中島も」
同じく名前を呼ばれた南と中島にも緊那羅が小さな包みを差し出した
「悠助、慧喜…に矜羯羅と制多迦」
緊那羅がポンポンと名前を挙げつつ小さな包みを各々の前に置いていく
「これは阿部さんと…本間さんの」
ぽかんとして緊那羅の行動を見ていた阿部の前にも包みが差し出された
「そしてこれが京助の分だっちゃ」
最後に京助の手の上に小さな包みをおいて緊那羅がにっこり笑った
「おぉ! トリュフだ!」
包みを開いた中島が声を上げた
「ラムちゃんお手製?」
南が聞くとすこし照れながら緊那羅が頷いた
「ハルミママさんみたくはいかなかったんだっちゃけど;」
「いや美味いわ」
口にトリュフを放り込んだ中島が頷いた
「うん美味い美味い」
坂田も言うと緊那羅がホッとして笑う
「ホラ先こされた」
トリュフの包みを畳みながら本間が言うと阿部が横目で本間を見た
「お邪魔しましたー」
微妙にハモった挨拶と同時に玄関が開いて中島が出てきた
それに続いて南、坂田、阿部、本間が次々に出てくる
「…はぁ」
抱いていた鞄を肩に掛けて阿部が溜息をつくと本間が阿部の頭を撫でた
「何か悪かったなせっかくきてもらったのにさ」
京助がジャケットを羽織りながら言う
「いんや?別にいいさ~…てお前どっか行くの?」
南が靴の踵に指を入れて履き心地を調節している京助に聞いた
「あ~? ああ」
トトンと爪先と地面に当てて靴を履くと京助は顔を上げた
「緊那羅ー俺ちょっくら阿部送ってくるわ」
京助が家の中にそう言うのを聞いて阿部が驚く
「…え?」
そして思わず本間の方を見ると本間はにっこり笑って阿部の背中を叩いた
「京助やっさしー」
坂田が京助に抱きついた
「送って…って…いいの?」
肩に掛けた鞄の取っ手を握り締めて阿部が聞く
「お前も女だしな一応」
京助が笑って言った
「…最後のチャンス到来」
本間が言うと阿部が深呼吸した
「ラムちゃんのチョコおいしかったね」
除雪のせいでやっぱり細くなっている歩道を歩きながら阿部が言った
「あんだけ作りゃ上手くもなるわな」
京助がヘッと笑って言う
「足元気ィつけろよ」
除雪車が固めていった割と大きく堅い雪の塊がゴロゴロしている箇所を歩きながら京助が言った
「うん…」
交互に出される足にあわせて無造作に振られている京助の手を見ながら阿部が小さく返事をした
「京助って昔は早起きだったよね」
「は?」
阿部が唐突に言った一言に京助が足と止めて振り返った
「夏とかラジオ体操欠かさず行ってたじゃない?」
阿部も足を止めた
「…あ~…昔はな~…ってかどうしたよ急に昔話始めて」
再びゆっくりと京助が歩き出すと阿部が小走りで京助の隣に並んだ
「ううん何でもない。ただそうだったなぁって」
何気なく歩道を阿部に譲って自分は車道を歩く様にした京助が阿部を見る
「…変なヤツ」
鼻から白い息を吐いて京助が呟いた
「いっぱいトンボがいたっけ…」
カチッ
チャ~ララ~チャ~ラララ~チャ~ララ~ララ~…♪
正月町に毎度おなじみ【愛の鐘】が鳴り響いた
夏には夕焼け小焼けだったメロディーが冬には遠き山に日は落ちてに変わっているのには一体何人気付いただろう
【柴野ストアー】の立て看板のところで阿部が足を止めた
「ここでいいよありがと」
京助に笑顔を向けて阿部が言った
「そうか? …んじゃ気ぃつけて…」
「あ…京助!」
背中を向けた京助の名前を無意識のうちに呼んで阿部はハッとした
「何?」
振り返った京助を見て阿部は鞄の取っ手を強く握る
「あ…あのね…」
深呼吸した後阿部は鞄のファスナーをあけた
「手作りじゃないんだけど…お礼」
京助の目の前に差し出されたピンクの包み
「…爆弾?」
「チョコッ!!」
その包みを指差して京助が冗談を言うと阿部が怒鳴った
「いらないならあげないッ!」
真っ赤になりながら阿部が怒鳴る
「…サンキュ」
阿部の手から包みを取って京助が笑う
「…うん」
阿部の顔がほころんで笑顔になる
「じゃぁね」
軽く手を振って阿部が駆け出す
「コケんなよー!」
京助が後ろから叫ぶのを聞きながら阿部はなんだか嬉しくなってぎゅっと鞄を抱きしめた